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イザベラ管理人-24a



イザベラ管理人第24話:大切なモノ・後編


ガリア王家を象徴する青色のレンガで作り上げられた、壮麗にして華美なる宮殿グラン・トロワ。
その中の最も奥まった場所に彼の自室は存在する。
彼…すなわち、このグラン・トロワを始めとする王国ガリアそのものの主である無能王ジョゼフは、愛する女神とマジックアイテム越しに会話していた。
「ほほぅ、そうかそうか、トリステイン魔法学院襲撃は失敗したか!人質をとることさえ成功したなら、あの名高い”偉大なる”オールド・オスマンがいても問題はないと考えていたが、それほど甘くはなかったか!」
彼の前には、巨大にして精緻極まるハルケギニアを模した箱庭が設置されていた。
国中の細工師が集まり、1ヶ月もの時間をかけて作り上げられたそれは、まさしく世界の縮図と言えるほどの精巧さを誇っている。
箱庭には、当然のことながら白の大陸アルビオンも存在している。
縮められたアルビオンの上には、つい先ほどまで青と赤の軍が睨みあっていた。
だが、今は一色の軍しか残っていない。当然である、この箱庭においては神である彼の振ったサイコロによって、この小戦争の勝敗は決したのだから。
「何?白炎を倒したのはあの使い魔なのか?それは興味深いな!確か白炎はトライアングルメイジだろう、それを倒すとは!予想以上に面白い駒のようだ!」
この部屋には、今は主である彼しかいない。
彼の愛人であるモリエール夫人は、勝敗が決した際に体調が悪いと退室していた。
だが、それも致し方ないことであろう。彼女は、美しさだけが取り得の”ただの”貴族なのだから、この箱庭の意味を知ってしまっては眩暈も起こそうというものだ。
「イザベラもなかなか面白い使い魔を召喚したものだ!一時は捨てようかとも考えたが、なんでも取っておくものだな!」
この箱庭は、正しくハルケギニアの縮図。この箱庭で起こったことは、現実のハルケギニアでも起こるのだ。
箱庭そのものに取り立てて魔法がかけられているわけではない。せいぜいが固定化程度のものだ。
そう、この箱庭で起こった出来事を現実にフィードバックするのは、全く違う魔法…すなわち、権力である。
「……何?プチ・トロワを監視していたガーゴイルが全て無力化されただと?」
現実のアルビオンへのフィードバックには数日のラグはあるが、必ずこの箱庭と同じになるだろう。
すなわち、グラン・トロワと同じ色である青へと。
「ク…ククク…フハハハハハ!イザベラ、イザベラよ!お前は何をしようとしているのだ?いいぞ、いいぞ!そうだったな、お前は曲がりなりにも余の娘であった!フハハハハハハ!!」
箱庭で展開される喜劇を演出する劇作家ジョゼフは、今日も己に課したルールの下に脚本を書く。
既に終わってしまったアルビオンの劇に彼はもはや興味を失っていた。
ならば、次の脚本を書かねばならない。今度は如何なる物語にしようか?
「楽しみだ、楽しみだぞイザベラ!余に手を読ませるなよ?でないと潰してしまうからなぁ!さぁ、存分に余を楽しませてくれ!フゥハハハハハハハハ!!」
狂える王は哄笑を上げ続ける。
だが、その瞳だけは永久凍土の中で凝る氷のように、何者も触れ得ない冷たい輝きを放ち、アルビオンの上に置かれたピンクの髪の小さな人形と、剣を背負った剣士の人形を見つめていた。
今宵、王の意を受けて、ガリアが誇る精強なる両用艦隊がアルビオンへ向けて出撃する。
数日前まで起こっていた爆破事件が与えた損害は軽微なものであり、戦力は多少目減りした程度。アルビオンにいる敵を吹き飛ばすのになんらの支障もないだろう。
華やかに出撃する両用艦隊の影で、岬に血まみれで倒れ伏すシスターの姿があったが、そんな些事に気づいたのは数名の海兵だけであり、彼らも出撃の準備で忙殺されるうちに忘れ去っていった。
唯一、彼女の死を看取るように、そばには黒いフードをかぶった人形を始めとした掌ほどの小人形数体だけがいた。
それから三日後、レコン・キスタ戦役は終結した。
突如として参戦したガリア艦隊がレコン・キスタの司令部を首魁クロムウェルごと吹き飛ばすというなんとも呆気ない幕切れであった…。

華美さにかけてはグラン・トロワにも引けをとらないが、統一性と壮麗さに欠ける、混沌とした印象を与えるツェルプストー城の城主の娘キュルケは驚きのあまり声も出なかった。
「………え……タバサの従姉……?」
今日も耕介の部屋へ向かうタバサと鉢合わせし、戯れに昨日訪ねてきた二人の少女のことについて質問したところ、彼女から返ってきた答えは至極単純明快なものであった。
すなわち、「従姉」と。
キュルケはラグドリアン湖の一件からタバサの正体を知った。
そして、そんな彼女の従姉となれば…
「ま、まさか、え、ほんとに!?」
タバサはコクリと頷き、次に唇に指を当てた。
「お忍びってこと?でも、こんな微妙な情勢の中をゲルマニアまでやってくるなんて、凄い神経してるのね…。この私が心底驚かされるとは思わなかったわ…」
その言葉に、タバサの鉄面皮がわずかに動いた。
親友であるキュルケにしかわからない程度の変化ではあるが、彼女には正確に読み取れる。
それは…疲れと諦念であった。
「あー……タバサも苦労させられてるのね…」
キュルケは苦笑して、タバサの頭を労るように二度撫でた。
たいがいのことには動じないこの冷静な少女にこんな反応をさせるとは、”来客”は噂に違わぬ食わせ者であるらしい。
「うーん、その来客に俄然興味が湧いてきたけど…」
タバサをここまで困らせるその従姉に是非とも会ってみたいところだが…今のキュルケには何を差し置いてもやらねばならぬことがあった。
「コルベール先生?」
突然、キュルケが相好を崩し、頬を両手で挟んで体をくねらせる。
タバサが不用意に放ったその一言は、キュルケのスイッチを押してしまっていた。
簡単に言うならば惚気スイッチである。
「そう、ジャンよ!もう、彼ったら凄いんだから!まだ完成するかもわからないから秘密にしてくれって言われてるんだけど、本当に凄いものを作ってるのよ!」
タバサの鉄面皮が微妙に動き、気づくものが見たならば”渋い顔”と評するべきものになった。
こうなるととてつもなく長いのである。
「でも彼ったら放っておいたら寝食を忘れて没頭しちゃうの。私がそばについていてあげないとダメなのよ!まぁそこも可愛いんだけど!あぁ、彼の情熱の炎に中てられて、私の”微熱”が微熱で済まなくなっちゃうわ!」
キュルケのマシンガン惚気は止まらない。
台本でも読みながら喋っているのかと錯覚してしまうほどに淀みなく、キュルケはコルベールが如何に素晴らしい男で、自分が如何に彼に恋焦がれているかを語り続ける。
10分だけそれに付き合ったタバサは、速やかに決断を下した。
「それでね、食事を持っていってあげたらもージャンったら…あら?タバサ?」
すなわち、戦術的撤退である。

キュルケの冬もマシンガンを華麗にかわしたタバサは、耕介の部屋の前で鉢合わせしたメイドから朝食を受け取って部屋へと入った。
相変わらず部屋には特に変化はなく…と言いたいところであったが、一つだけ変化があった。
それは、耕介が時折うなされるようになったことだ。
規則正しい寝息を立てる以外は不安を掻き立てられるほどに変化のなかった頃からすれば、表情が変化するということはそれだけ耕介の体に”余裕”が戻ってきたという証左だろう。
だが、その変化が苦悶とは…諸手を挙げて歓迎することは出来ないが、さりとて変化のなかった頃がいいかと問われればそれも否…どっちつかずの気持ちを持て余してしまう。
案の定、今も低いうめき声が切れ切れに聞こえてくる。何かしらの悪夢を見ているせいだろう、汗もかいている。
まずは、カートの下段に入れられた水を張った桶で手ぬぐいを湿らせて耕介の体を拭いてやることにする。
そっと撫でるような手つきで優しく顔を拭いていると、苦悶に歪んでいた耕介の表情がわずかに和らぐ。
耕介の苦痛を少しでも取り除いてやれた喜びに、タバサの表情がわずかに緩んだ。
次にシャツのボタンを外してはだけさせ、そのままゆっくりと首、胸元、腕、腹と拭っていく。
さすがに下半身は着替えを任せている使用人に頼んでいるので、今のところはこれで終わり。
シャツを元に戻し、手ぬぐいを桶に沈めて、今度は杖を取る。
まずはシルフィードとの感覚共有を起動、シルフィードが未だ夢の中であることを確認する。
次に風の流れを読み取って庭、廊下共に誰もいないことを確認。
最後に、小声で「ミカヅキ」と囁きかける。やはり返答はなし。
一通りの確認作業を終え、タバサは耕介の体に《操り》をかける。
ゆっくりと上半身を起こさせて、そのままの姿勢で固定する。
後は…”いつも通り”にするだけだ。

よくよく考えれば、タバサは確認作業をもう一工程入れるべきであった。
けれど、これを始めて既に1週間、彼女は”慣れて”しまっていた。
タバサは、フォークを人参のような赤野菜に突き刺し、己の口に放り込む。
飲み込むのに支障がないように咀嚼し、ベッドに膝をついて膝立ちになる。
目前に、目を閉じて微動だにしない耕介の顔が迫る。いや、その表現は正しくない。タバサが近づいている。
慣れたといっても、この行為自体に慣れるわけもない。タバサの白磁のような頬は、紅を垂らしたように色づいていた。
《操り》で口を開けさせ、己の唇を合わせる。
咀嚼した野菜を舌を使って耕介の口中に移していく。
舌に感じていた野菜の甘みはすぐに感じなくなった。別の”味”で上書きされるせいだ。
つぅ…とタバサの顎をこぼれた涎が伝っていく。
野菜を全て”食べさせた”タバサは唇を離してベッドから降りる。
「……ふぅ……」
微妙に熱を帯びたため息をつき、すぐに顔をふるふると振って、”食事”を続行する。
それから数分、水音は断続的に続き…さて、この”食事”方法は当然のことながら時間がかかる。
そして、この1週間、”食事”中にこの部屋に来た者は誰もいなかった。
それは運がよかったこともあるし、キュルケが使用人達に極力耕介の部屋に入らぬよう言い含めていたおかげでもある。もちろんキュルケは単純にタバサと耕介の時間を邪魔せぬようにと気遣っただけで、この”食事”方法のことなど露ほども知らぬが。
けれど、今この城には、二人の来客者がいた。片方は現在、今朝ガリアから届けられた書類と睨めっこしている。もう片方は、種族的に完全夜型なので今は眠りの園にたゆたっている。
そして、タバサにとっても来客にとっても不運なことに、書類は早々に片付けられてしまっていた。
ついでに、タバサは”食事”に夢中で廊下の空気が動いていることに気づかなかった。
となれば、こうなることは必然であろう。
バン!
「あーまったく、あんな程度の案件をこっちにまで届けてくんじゃないよ、無駄な時間とったじゃ……な……い…………か………」
突然、扉が乱暴に開けられ、件の来客が現れた。
タバサがビクッと上半身を痙攣させ、その拍子に口中にまだ残っていた料理を飲み込み…サビの浮いた歯車のようなぎこちなさで振り返った。
来客の名はイザベラ。タバサが今まさに口付けていた耕介の主である。
全てが停止していた。いや、タバサの顎を伝う涎だけは重力に従って彼女の白い喉を伝い、一部の紳士諸氏が絶賛するであろう垂直の胸元へと伝っていった。
もう一つ、動いたものがあった。それは耕介だ。だが、目覚めたわけではない。単に《操り》がきれてベッドに倒れこんだだけである。
ボフッと柔らかな綿のつめられた布団に耕介の体が受け止められる。
けれど、タバサもイザベラも動かなかった。動けなかった。
互いに完全に思考が停止していた。まるで世界そのものが止まったかのような錯覚さえ起こしそうなほどに微動だにしない。
だからどちらも気づかなかった。ベッドに倒れこんだ耕介の表情が歪んでいたことに。
それから数分経っても二人は停止したままで、彼女が来なければいったいいつまでそのままであったろうか。
「もー…ひどいよいざべらぁ…えるざねむいのに、かってにおにいちゃんにあいにいっちゃうなんて…」
寝起きのせいかいまいち意味の不明瞭な言葉を垂れ流しつつ、庭師達によって丁寧に剪定された木々や、廊下に配された花瓶に活けられた花々を急成長させて窓からの日光を遮らせたエルザがやってきたのである。
後からやってくる庭師達やメイド達が発狂しそうな光景ではあるが、エルザにとってそんなことは知ったことではない。
「んぅ…?なにしてんの、二人とも?」

いつも艶やかな輝きを放っていた金髪も今はぼさぼさのまま、眠たげに目をこすりながら、それでもエルザは停止した二人よりもよほど状況把握能力を有していた。
耕介のベッドに膝立ちになっているタバサ、扉を開けた姿勢で停止しているイザベラ。
これだけでエルザはだいたいのことを把握した。
「あー!タバサお姉ちゃん抜け駆けなんてずるいんだー!ただでさえ昨日までお兄ちゃんを独り占めしてたのに、今度は目覚めないのをいいことに朝駆けで無理やり既成事実作ろうなんて!」
だが、往々にして状況のみから導き出した推論はどこかずれているものである。
平時であればイザベラもタバサも即座にツッコミを入れたであろうが…今の二人は思考が完全に停止していた。
そして、空白の意識には、大きな声というのはするりと入り込むものだ。
果たしていったい何を想像したのか…それは二人の名誉のために割愛するが、とにもかくにも二人はほぼ同時に”何か”を想像し、瞬間湯沸かし器もかくやの速度で顔を沸騰させた。
「あ、あああああんたシャ、シャシャルロットォォォーーーーーーーーーーーー!いったい何してたんだーーーーーーーーー!」
「ずるいずるいずーるーいー!エルザもお兄ちゃんと作るーーー!」
「…ぅぁ……」
イザベラは真っ赤な顔のままタバサに詰め寄り、エルザは耕介の眠るベッドにダイブし、タバサは意味を成さぬうめき声を上げて杖を抱きしめ顔を俯かせる。まさしく混沌。
だから、この時も最初に気づいたのはエルザであった。
「お兄ちゃん…?え、どうしたの!?」
エルザの声に、取り乱していた二人が我に帰る。
二人は同時に耕介へと目を向け…耕介が苦悶に顔を歪めながら弱々しく両手で胸をかきむしっていることに気づいた。



『お前は人を殺したんだ』

殺人の事実と、何より手に残るその”手触り”が槙原耕介を破壊していた。

『お前は人を殺したんだ』

人の肉を切り裂き、骨を断ち、血しぶきを浴びる。

『お前は人を殺したんだ』

けれど…「特別」なはずのその”手触り”は、今まで己が幾万と切り裂いてきた家畜達の”手触り”に似ていた。

『お前は人を殺したんだ』

人間は他者から大なり小なりなんらかを奪わねば生きていけぬ生き物だ。故に、同族以外のモノの命をいくら手にかけようがそれは”仕方のないこと”である。

『お前は人を殺したんだ』

そう、自分とて日常的に”殺し”を繰り返している。それを理解しているからこそ、せめて料理人である己は食材に成り果てた命達を無駄なく活用すべきだと思っていた。

『お前は人を殺したんだ』

だが、今殺したのは同族である人間だ。その人間には、槙原耕介と同じように人生があり、心があり、思いがあった。

『お前は人を殺したんだ』

そんな人間を、タバサを護るためとはいえこの手は斬り殺した。人一人の人生を奪ったのだ、その手触りはおぞましくも覚えていなければならないと覚悟していた。

『お前は人を殺したんだ』

だが、現実はどうだ?全て…そう、全て覚えのある感触だった。肉を切る、骨を断つ、血を抜く…全て、無数にさばいてきた食材達と同じだった。

『お前は人を殺したんだ』

ならば、今まデ己はいったい何を殺してイたのだ?幾万と殺人ヲ行ってきた殺人鬼と同義でハないか。

『お前は人を殺したんだ』

なラば、己は殺人鬼ナのか?あぁ、思考ガ迷走シテいる、何をしてイル?何ヲシていた?アァ、殺人ノ感触が…いや、こレハ本当に殺人の感触か?料理の感触か?料理人は殺人鬼だっタノか?あぁ気分ガ悪い、吐キそうダ…!

『お前は人を殺したんだ』

うるサイ…いったいなンナんだコノ声は…神経を直接やすりガケされているヨウだ…!

『お前は人を殺したんだ』

ウルサイ…ウルサイうルサイ、仕方がなかったんだ!仕方がなかったんだよ!

『お前は人を殺したんだ』

嫌ダ…嫌ダ、嫌ダ嫌ダ嫌ダ…誰カ…誰か助けてくれぇぇぇーーーーーーーーーーー!!



「コースケ!」
助けを求めて差し伸べられた耕介の手は、3人分の温もりに包まれていた。
「……あ……?」
目が痛む。体は自分のものではないように感覚が鈍い。持ち上げた腕も、関節が軋んで今にも落ちてしまいそう。
故に…確かに耕介は意識を取り戻していた。
朦朧とした視界に、ここ数ヶ月ですっかり見慣れた3人の少女の顔が映っている。
まったく状況がわからないし、記憶が混濁しているのか何をしていたのかも思い出せないけれど…とにかく彼女達に声をかけるために口を開こうとした。
「…ぅ…あ……」
けれど、声が出ない。喉が動かない。本当に他人の体に意識だけが乗り移っているような感じだ。
「コースケ…まったくあんたは散々人に心配かけやがって…。とりあえず、今はひとまず休みな、あんた一ヶ月も寝てたんだから突然動けるわけないだろ」
「お兄ちゃん、大丈夫?どこも痛くない?」
伸ばした右手に、イザベラ、タバサ、エルザの手が重なっているのが見えた。
同時に、彼女達の声を聞いたことで、焦燥と恐怖に埋め尽くされていた心が安らいでいく。
だから、耕介はその安らぎに身を任せ、そのまま眠ることにした。
(今度は…悪夢を見ずにすみそうだ……。そういえば…どうして俺は…あんなに…怖がって…)
その疑問も、津波のような眠気に意識ごと押し流されていく。
そうして、ひどく安堵した表情で、耕介は再び眠りの底に落ちていった。

耕介が眠りに落ちたことを確認したイザベラは、即座に後ろを向いた。無論、耕介の手を握ったまま。
「良かったぁ、お兄ちゃん目を覚ましたね!…あれ、イザベラどしたの?タバサお姉ちゃんも」
エルザが顔を上げると、イザベラは顔を背け、タバサは顔を俯かせている。
「な…ななんでもないよ…!」
イザベラは迂闊であったと言わざるを得ない。
その声は、誤魔化しようがないほどに掠れていたから。
タバサはもっとわかりやすかった。ポタポタと水滴が落ちていたからだ。
エルザの口元がつりあがり、ニヤリと形容すべき笑みを形成する。
「お姉ちゃん達、乙女だね~!」
エルザの背とお尻から悪魔の羽と尻尾が出ていた。無論、錯覚であるが。
「な、泣いてなんているわけないだろ!戯言もたいがいにしな!」
強い口調で言うイザベラだが、やはりその声は掠れていたし、顔も背けたままでは説得力などあろうはずもない。
ますますエルザの口元がつりあがり、三日月のような笑みが深まっていく。
「うふふ、お兄ちゃんが起きるまでに泣き止まないと、心配させちゃうよ~?」
「わ、わかってる……あ…」
「あれあれ、泣いてないんじゃなかったっけ?うふふふふふ」
「ぐ…こ、この性悪ヒル女…!」
イザベラは、泣かないと誓っていた自分がいつの間にかこれほどに涙もろくなっていることに驚いていた。
耕介がいつ目覚めるかもわからないと知らされた時も、なんとか冷静さを保つことが出来た。目覚めた時、感情をコントロールする自信もあった。
それがこの体たらくでは、まるでエルザの言う通りの初心な乙女ではないか。権謀術数渦巻く王宮で生きてきたイザベラという女は、もっとしたたかで冷たかったはずだ。
けれど…実に1ヶ月ぶりに耕介の声を聞いたことで一気に感情が決壊して、その勢いは洪水のようにイザベラという器から溢れ出してしまった。
自身が思うよりも、イザベラは不器用なのだろう。
気恥ずかしくも思うが…同時に、仕方がないではないかと声高に叫びたくもなる。
それだけ、イザベラは槙原耕介という存在を必要としているのだから。
それは、隣で声を殺して泣き続ける、心を凍らせてしまった哀れな従妹姫も、ここぞとばかりにイザベラをからかう金色の少女も同じだろう。
もはや彼女達にとって、耕介は欠けてはならない心のピースになっているのだから。



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