あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

ゼロな提督-24 a


 ウルの月、第四週ティワズ、イングの曜日、正午。
 トリステイン王国首都トリスタニアの中央広場、サン・レミ聖堂前。

 中央広場を囲む群衆は、静まりかえった。
 町中の鐘も、今は鳴らない。
 警備の騎士達は動かない。今、目の前に展開する現状を把握出来ず、士官は命令を下せ
ない。
 聖堂のファーサードには、中から何人もの貴族が駆け寄ってくる姿が見える。そして中
央広場に見える姫の姿を見た瞬間に息を呑み、硬直した。
 上空を旋回する竜騎士達は、遠い地上で何が起こっているのか分からず旋回を続けてい
る。

 いや、何が起こっているのか分からないのは全員同じだろう。
 目の前で起きているのに、理解出来ないのだ。

 ただ一人、ヤンだけが正確に理解していた。
 想像はしていたが、まさか現実に起きるとは思わなかった。あんぐりと口が開いたまま
動けない。
 ヤンの次に理解したのは、ヤンの隣で呆然としていたシエスタ。彼女は直前にヤンの想
像を聞いていたので、何が起きたのか理解出来たのだ。
「まさか・・・ウェールズ皇太子を使って・・・アンリエッタ姫を・・・」
 デルフリンガーすらも声がかすれる。
「姫を、亡命させる・・・お、おでれーたぁ・・・」


 凍り付いた中央広場の中、大群衆と騎士達に囲まれたアンリエッタ姫は、ウェールズ皇
太子と抱き合い、口づけを交わしていた。




       第24話       破局




―――御伽噺でよくあるお話。
 昔々、とある小さな国にそれはそれは美しいお姫様がいました。
 北の帝国を治める悪い皇帝は、お姫様をお嫁さんにしようとしていました。
 でも、お姫様は西の国の王子様の事がずっと好きでした。
 王子様も、戦争に負けて敵に捕らえられていたけど、お姫様の事が忘れられません。
 そしてお姫様と悪い皇帝の結婚式の最中に、不思議な魔法使いに助けられた王子がお姫
様に会いに来てくれたのです!
 お姫様は王子様に助けられ、悪い皇帝の追っ手を振り切り、二人で幸せに暮らしたので
した。
 めでたし、めでたし―――


「―――めでたくないっ!」
 ヤンは怒鳴った。


 御伽噺なら「姫と王子が幸せになりました。めでたしめでたし」で終わりだが、これは
現実だ。時の流れは止まらないし、歴史は全ての人が主人公だ。今、目の前の事象から新
たなる波紋が世界に広がるんだ。

 同盟は決裂し、アルビオンが侵攻してくる。更にゲルマニアまでもが侵攻しかねない。
レコン・キスタの脅威があるとはいえ、こんな恥辱を与えられて国交断絶程度で済ませて
は、アルブレヒト三世の沽券に関わる。ただでさえ始祖の血を引かず権威に欠ける皇帝、
威信を傷つけられては統治に支障がでる。多少の危険を冒してでも、血をもって贖わせよ
うと考えても不思議はない。
 トリステインは四分五裂の戦国時代となり、戦火に街も田畑も全て焼き払われ荒廃する。
それをアンリエッタはアルビオンのロンディニウムから「おお、この罪深き姫をお許し下
さい」と涙しながら見下ろすんだ。愛しの皇太子の腕の中、最高級のお菓子をつまみなが
ら、悲劇のヒロインを演じて。
 あとはレコン・キスタが平定した、かつての故郷にお飾りの御輿として君臨し直す。彼
女にしてみれば昔と変わらぬ飾り、名称が王女から女王に変わっただけ。それでも愛しの
ウェールズと添い遂げれたから最高だろう。
 ハルケギニアが戦乱の時代に突入しようと、名も無き人々がどれ程命を失おうと、聖地
周辺でビダーシャル達エルフを相手にどれ程の血が流されようと、気にもとめないのは間
違いない。ファンタジーな御伽噺では血を流し倒れる一般人なんか語られないから。

「ふざけないでくれっ!!」
 再び、心の底から怒声を上げた。
 王族として絢爛豪華な生活を貪った代償が自由の剥奪だとするなら、自由が欲しかった
なら、勝手に出奔でも出家でもすればよかったんだ!なんでわざわざ自分を信じ、精一杯
仕えてくれた人々を害するような行為をするんだ!?

 かつてこれほどの怒りに震えた事があったろうか?
 記憶に鮮明なのは、自身の良き理解者であったビュコック提督の死。

 ヤンがイゼルローン要塞再奪取(宇宙暦800年/新帝国暦2年1月2日~14日、第10次
イゼルローン攻防戦)を実行している間、ビュコック元帥は皇帝ラインハルト率いる帝国
軍本隊を引きつけるべく、死を覚悟して戦いを挑んだ(同年2年1月16日、マル・アデッ
タ星域会戦)。
 結果、イゼルローン要塞の再奪取には成功したが、ビュコック提督は戦死した。その訃
報を聞かされたヤンは、自らの無能を責め立てた。誘拐同然でも良いから提督を自分と共
に連れてくるべきだった、と。手に持っていた熱い紅茶が煎れられた紙コップを握りつぶ
して火傷を負った事にすら気付かないほど。

 しかし、今日この場面の怒りは違う。ベクトルが明らかに正反対だ。
 自責の念ではない、他者への怒り。
 想像力の欠けた無能な主を生み出す無能者の国への怒り。
 魔力を偏重し理性や科学を軽視する社会への怒り。
 姫をここまで歪ませ追いつめた貴族制度への怒り。

 いや、同じベクトルの怒りも混じっている。
 こんな国で新しい人生を踏み出そうと考えた、自分の甘さと愚かさへの怒り。
 信じられない。本当に信じられない。自分はこんな間抜けだったのか?

 皇帝ラインハルト、今こそ君の気持ちが良く分かった。
 こんな主を戴くのは間違いだ。のさばらせるのは悪だ。歴史の汚点だ。
 打ち倒した門閥貴族に対する苛烈なまでの粛正と追放は正しかった。
 ついさっき裏切ったばかりの国民の目前で自分一人の幸せに酔いしれているような珍獣
を、いや害獣を生かしておいて何の得がある?そう考えるのは自然な事だ。


 ハルケギニアに来たばかりの自分なら、「自分はこの国の者ではないから…」と、傍観者
を気取った事だろう。
 だが今は違う。
 もう故郷には帰れない。『門』を塞ぐ為、帰ってはならないんだ。
 意地っ張りで寂しがりやな可愛いルイズ、愛してると言ってくれた美しいマチルダ、タ
ルブの村には自分が必要と言ってくれた元気なシエスタ、正体不明な流れ者の自分を信頼
してくれた寛大なヴァリエール公爵と枢機卿…他にも色んな人がいる。見習いだけど執事
という仕事もある。
 今は一介のトリステイン国民だ。

 そう、過去はどうあれ、今の自分はトリステイン国民だ。
 では、そのトリステインを害する存在がいれば、どうするべきだろう?
 それがよりにもよって国の支配者たる王族だった場合は?

 そうだ、落ち着け、落ち着くんだ。
 僕はヤン・ウェンリーだ。イヤだったけど、不敗の魔術師とか英雄とか智将とか呼ばれ
てたんだ。この程度の危機は今までいくらでもあったじゃないか。
 考えろ。灰色の脳細胞を叩き起こせ。この状況で、これから展開される絶望的な歴史の
奔流の中で、自分はどうすべきか。
 策を練るんだ。

 確かマザリーニ枢機卿とマリアンヌ陛下は、まだ城にいるはずだ。今回はヴィンドボナ
へ移動するだけだし、のんびりパレードに参加していると国政が滞るので、結婚式当日に
ラ・ロシェールから艦隊で直接ヴィンドボナへ向かう。…そうか、そこを突かれたのか。
姫を諫めうる人物がいない、この瞬間を。
 いや、ここにいなくて良かった。あの女が口で諫められたくらいで反省なんかするもん
か。絶対、無視して同じ事をする。もしこの現場を目にしたら、二人とも脳梗塞か心筋梗
塞で即死しかねない。
 ゲルマニアの大使は…どこにいるのか知らない。だが、パレードにはいないから、城か
ラ・ロシェールのゲルマニア艦隊だろう。なら、まだこの事実を秘密裏に処理出来る可能
性があるかも知れない。
 姫の説得は、もはや不可能。あのファンタジーに理屈が通用するもんか。
 では、どうする?姫が騙されてました、とでも言い張るか!?いや、まて、よく考える
んだ。あの女が国より男を選んだという事実を誤魔化すのは今さら無理…男?
 男?ウェールズ皇太子??

 アンリエッタが、ウェールズ皇太子と、抱き合ってる…?


 ウェールズ、皇太子が、ここにいる!!!




 突如、中央広場に突風が吹いた。
 硬直して動けない人々の輪の中に、一騎の風竜騎士が舞い降りたのだ。
「姫!お乗り下さいっ!!」
 騎乗する騎士が叫ぶ。その騎士の後ろには一人の貴族が竜にしがみついている。立派な
衣装に身を包んで、必死な形相で騎士の後ろに隠れている。
「ジョンストン!?」
 聖堂入り口に立ちつくしていたベアトリスが叫んだ。その名は公爵の話で知っている。
アルビオン艦隊司令長官及び貴族議会議員である政治家サー・ジョンストン、今回のアル
ビオンからの大使だ。
 ウェールズは杖を掲げルーンを詠唱する。アンリエッタを抱えたまま飛翔し、風のよう
に風竜へと舞い降りた。


 風竜は翼を広げ、甲高い咆哮を響かせ、再び疾風を中央広場に巻き起こした。
 警護の魔法衛士隊も、上空の竜騎士隊も、唖然とする群衆も、今まさに風竜の飛び立つ
瞬間を目にしながら、動く事も声をあげることも出来なかった。


 閃光が貫いた。

 中央広場から飛び立とうと飛翔したばかりの風竜を、幾筋もの光が貫通した。


 人々は、その光が何か知らなかった。だがヤンだけは知っていた。それがブラスターの
生み出す熱線だと。
 しかし、ヤンはまだブラスターを撃っていなかった。
 着ている燕尾服の胸元には、自分と一緒に召喚されたブラスターが入っている。そして
それを今まさに撃たんと、グリップに手をかけた所だったのだ。その時、別のブラスター
が光を放った。


「ふざけないでよおーーーーーーーーーーっっ!!!!」
 シエスタがブラスターを乱射していた。
 宙に浮いた風竜へ、さらに熱線が襲いかかる。


 ヤンはシエスタの行動も理解した。予め聞いていたヤンの話から、目前の事態を把握し
た彼女は、同じく怒りに我を忘れた。そしてタルブの村から隠し持って来た銃を取り出し
たんだ。
 そう、もう一つの事を忘れていた。シエスタは只のメイドじゃない。オイゲン・サヴァ
リッシュの直系子孫。魔法世界にありながら科学知識を身につけた、タルブのエージェン
ト。ワイズからヤンの護衛を命じられ、ブラスターを手渡されてても不思議は無かったん
だ。


 風竜の巨体に対して、拳銃の熱線では出力が弱い。硬い鱗を突き破りはしても、筋肉や
内臓にまで必殺のダメージを与えるのは難しかった。宙に浮く巨体の向こう側にいる人間
にも当たらない。だが、それでも風竜に傷を負わせ、薄い皮膜を穴だらけにするには十分
だった。
 宙に浮いて飛び去ろうとしていた風竜が苦痛に身体を歪ませ、突然浮力を失った翼が巨
体を支えきれなくなる。

 風竜は墜落した。
 きりもみしながら、広場周囲の建造物へと頭から突っ込んだ。

 轟音と共に建物の上部が砕け、破片を飛び散らせ、周囲の群衆に竜の血と石が雨の如く
降り注ぐ。建造物の下で硬直していた人々はようやく動き出した。悲鳴を上げて逃げまど
い、破片で受けた傷を押さえ、倒れた隣人や家族を安全な場所へと運ぼうとする。
 そして広場を囲む全ての人々も動き出した。紳士達が怒号と困惑の声を荒げる。淑女達
が失神する。子供達が泣きわめく。パニックが広がりつつある群衆を押さえようと騎士達
が杖を振り上げ大声を上げる。だが彼等が騎乗する幻獣達も、突然の騒乱に驚いて命令を
聞けず暴れ回る。
 そんな中、ウェールズがアンリエッタを抱えて広場中央に降り立った。『フライ』をかけ
たままだったため、風竜の墜落に巻き込まれる前に逃げる事が出来たのだろう。

「シエスタ!」
「は、はい!?」
 風竜が墜落したのを見て、ようやく引き金を引くのを止めたシエスタにヤンが叫ぶ。
「ウェールズを捕まえるんだ!!」
「え、え?捕まえるんですか!?」
「そう!援護してくれ!!」
 言うが早いかヤンはブラスターを手にして駆け出した。慌ててシエスタも後に続く。


 既に群衆にはパニックが広がり、広場の中にまで人が溢れ始めている。
 人垣の隙間をすり抜け、ウェールズ達に気付かれぬよう身を隠し、広場へと進む。
 そして二人は群衆から抜け出し、とうとうアンリエッタを地面に降ろした皇太子の横顔
を視界に入れた。ブラスターの銃口を凛々しい若者へと向ける。

 だが、ヤンとウェールズ達の間に一人の人物が立ちはだかった。

「そこまでだよ、ヤン・ウェンリー」
「ワルド、子爵…」
 グリフォン隊の制服に身を包んだ羽帽子の男、ワルドが王族を背にして立っていた。
 ヤンは、驚愕に一瞬動きが止まる。後ろから来たシエスタも魔法衛士隊隊長の姿にたじ
ろいでしまう。
 その瞬間を逃さず、ワルドはルーンを詠唱した。

「ユビキタス・デル・ウィンデ…」

 呪文が完成すると、ワルドの体はいきなり分裂した。
 一つ…、二つ…、三つ…、四つ…、本体と合わせて、五体のワルドが現れた。分身達は
皇太子と姫と、ワルド本体を囲んだ。
 ただし、杖は王族二人でなく、平民二人に向けられている。

 杖と銃を向け合う彼等は、互いに動けない。
 ヤンは知っている。ワルドが風のスクウェアである事を。ワルドの分身達を相手にして
いる間に本体が逃げるなり攻撃するなり出来るから。シエスタもいきなり現れたグリフォ
ン隊隊長への対応に迷っている。
 ワルドも動けない。二人が持つブラスターが竜すら容易く撃ち殺す銃だと知ってしまっ
たから。そして万が一にも王族二人に当たってはならないから。

 怒号と悲鳴と咆哮が響く中央広場。いまだ群衆が駆けてこない、ぽっかりと開いた空間
で、王家の二人とグリフォン隊隊長と平民二人は睨みあっている。

「ヤン!?」
 ファーサードから声がした。
 横目で見ると、扉前で未だに硬直していたベアトリスの隣にルイズが出てきていた。他
にも公爵夫妻、オールド・オスマンとロングビル、タバサ、ギーシュなどが聖堂から外へ
出て、中央広場の騒乱に目を丸くしている。
「ルイズ!ウェールズを捕らえるんだっ!!」
「ちぃっ!」
 瞬間、ヤンの前に立つワルドの分身が舌打ちし、次いで唇から呪文が漏れる。
 更にヤンの背からカシュンッと長剣が飛び出した。
「俺を構えろ!」
「え!?」
 構えろとデルフリンガーに言われても、いきなり何なのかヤンには分からない。
「急げっ!」
 慌てて背に左手を伸ばし、柄を握りしめる

「『ウィンド・ブレイク』!」
 空気の塊がヤンとシエスタに向けて放たれた。

 だが、ヤンが剣を抜き放つのが一瞬だけ早かった。風の魔法は輝く刀身に吸い込まれて
いく。目の前で起きた事に彼は目を疑った。
「これは…」
「これがおれっちの力の一つさ!安心しな、相棒。ちゃちな魔法は全部、俺が吸い込んで
やるよ!」
 それを見ていたワルドも目を疑い、さらに舌打ちの音を響かせる。


 ヤンもシエスタもウェールズに向けてブラスターを構えている。だがその射線上にはワ
ルド達が立ち塞がっている。二人とも、このままワルドを殺すべきか否か判断が付かず、
再び睨み合いに陥ってしまう。
 そしてウェールズは、未だ動かない。チラリと視線を上に向け、空を見上げただけだ。
アンリエッタは自らの目と耳を塞ぐかのように、皇太子の胸に顔を埋めている。

 その姿に、ようやく公爵が声を出せた。
「ウェンリー!これは一体何事だ!」
 ヤンはワルド達と睨みあったまま、彼が生涯出した事が無いであろう、あらん限りの大
声で答えた。
「レコン・キスタは王女亡命を謀ったんです!皇太子をエサに!まだ間に合う!皇太子を
捕らえるんだっ!!」 
 ヤンの言葉にルイズも公爵夫妻も、オスマンも、ロングビルも、ギーシュも、ベアトリ
スも、ファーサード付近から外を見ていた全てのトリステインの要人達が息を呑んで絶句
した。


 皇太子の捕縛。
 それが唯一、この絶望的状況を逆転させうる選択肢。王女を確実に釣るため、目の前に
いるのは皇太子本人のはずだ。
 アルビオン王家の生き残りを失えば、レコン・キスタは旧王党派に対する求心力を失っ
て内部分裂を起こし自壊する。アンリエッタが大観衆の面前でウェールズと抱き合い口づ
けをかわしたのも、ウェールズを捕らえるための演技、と皇帝に言い訳が出来る。だが逃
がせば、全てはトリステイン滅亡へと動き出す。
 最悪、皇太子もワルドごと殺すしかない。
 そう分かってはいる。分かってはいるが、引き金を引く事が出来ない。ウェールズに身
を寄せるアンリエッタも邪魔だ。何とかして生かして捕らえたい。立ち塞がるワルド子爵
を説得出来ないかと思考を巡らしてしまう。


「静まれぇー!」
 ワルドが叫んだ。分身含めて5体全部が同時に、大群衆が生む騒乱の中ですら響き渡る
大声で。
「姫の御前である!皆の者、控えい!!」
 威風堂々たる合唱が広場を満たす。そして王族という言葉に民も騎士も反応した。
 我に返り、広場にいるアンリエッタ姫の姿を思い出し静まりかえる。そして広場の中央
から外側へ、慌てて跪く人々の動きが水面に広がる波紋のように移動していく。

 ここにいたって、ようやく広場は静けさを取り戻した。
 未だ跪いていないのは幻獣に騎乗していた騎士達、上空の竜騎士、そしてワルドへ銃を
向けるヤンとシエスタ。5メイルほどの間をあけて対峙している。
 広場中央の、抱き合い睨みあう男女に全ての視線が集まる。

 ワルドは膝を屈しようとしないヤンとシエスタへ杖を突き出す。
「無礼であろう!跪け!」
 だがヤンは膝をつこうとはしない。左手にデルフリンガー、右手に銃を構えたままワル
ドと睨みあう。シエスタは次の行動が判断つかず、抱き合う王族とワルドとヤンの間で視
線を彷徨わせてしまう。
 ことここに至っても飄々とした口調で、ヤンは応じた。膝を屈するという行動でなく、
彼の頭脳が生み出した言葉で。
「君が内通者だったんだね、ワルド子爵」

 内通者、即ち裏切り者。
 ヴァリエール家の人々は悟った。城でヤンが語った予想は真実を見抜いていた事を。そ
して彼がその先の事実を、王女亡命を早期に察知した事を。


 だが、ワルドは首を横に振った。
「それは違う。僕は殿下の卑しき僕に過ぎない。王家に仕える臣下として、アンリエッタ
姫に付き従うのは当然の事だよ」
「それが国を裏切る事になっても、かい?」
「国を裏切る?何を言ってるんだ。殿下は始祖より授けられた王権を有している。殿下に
仕える事は国に忠誠を尽くす事と同義だ」
「そのために、トリステインが戦火に沈み、数多の国民が死ぬとしても、かい?」
「全ては始祖より授けられし王権の依って立つ所。その王権が正道に立ち直るというなら
僕は犠牲を恐れはしない」
「正道?」

 ヤンの脳裏にイヤな予感が駆けめぐった。
 レコン・キスタに与するワルドと、アルビオンへ亡命するアンリエッタこそが正道だと
いう。だとすれば、その正道とは…。

 今まで何も語らず、チラチラと視線を空へ向けていただけのウェールズが、ようやく口
を開いた。威風堂々と、歌うように楽しげに。
「我らレコン・キスタは聖地を奪還する!余は王権の正道に立ち直りし者なり!」

 一瞬、ヤンもルイズも、ファーサードでじっと話を聞いていたロングビルも視界が真っ
暗になった。めまいがした。あんぐりと口が開いた。よろけそうになった。頭も腹も痛く
なってきた。
「わ、ワルド子爵…まさか、あなたも聖地奪還を?」
「そうだ。聖地、それこそが俺の目的さ」
 ワルドは堂々と認めた。ヤンは本当に頭痛がした。こめかみも後頭部もガンガンしてく
る。
 よりにもよって、こんな所で、こんなバカな理由で、最悪の事態を引き起こしてくれた
なんて。しかも聖地の真実を知らないのだから、ウェールズやワルドを含めた、この場の
全ての人々が同調しても非難のしようがない。
 だからって聖地の真実を語ったって信じるはずがない。それが狂信者であればなおさら
だ。

 なら、信仰以外の点を突くしかない。
「わ、ワルド子爵。わかってるんですか?このままではアルビオンと、もしかしたらゲル
マニアも侵攻して、トリステインが滅ぶんです。ルイズも死ぬかもしれないんですよ?あ
なたの、婚約者でしょう!?」
「もちろん分かっている。だからルイズも来ればいい。そして、君もだよ」
「僕も!?」
「そう、君も。そして君の恋人のフーケも」

 ヤンは息を呑む。まさか、そこまで知られていたなんて、と。レコン・キスタの、いや
ワルドの真価を見誤っていた事を、今さらに悔やんでしまう。

「おっと、ここではミス・ロングビルだったね、失礼」
 今さら謝られたところで、ヤンの心臓はヘタなダンスを止めてくれなかった。二の句が
継げない。
「もうトリステインは終わりだ。だから早く三人ともアルビオンへ来たまえ。僕はアルビ
オンで爵位と領地をもらってルイズと結婚する。皇帝陛下には、既に君を参謀として推挙
してあるよ。フーケについては、父君の名誉回復とサウスゴータ太守の地位も確約を得て
いる」
 あまりの手際の良さに、あんぐりと口が開いてしまう。まったくもって筋が通ってる。
とてつもなく魅力的な申し出だ。というか、まともに考えたらワルドについていくのが正
解だ。

 そう。極めて魅力的で筋の通った常識的な申し出だ。幾つかの点を除いて、だが。


 乾ききった舌を、やっとの思いでツバで潤し、
「その、まともに考えると、とっても嬉しい申し出なんですが…幾つか問題が…」
「ふむ、何かな?」
「聖地って…どうしても回復しないと、ダメですか?」
「無論だ。それこそがレコン・キスタの大義だからね。何より、俺自身が行きたいんだ」
 当然の如く、自信を持ってワルドは肯定した。
「僕はブリミル教徒じゃないんですが…」
「大丈夫、皇帝陛下は寛大なお方だよ。それに、これからゆっくり始祖の教えを学べばい
いし」

 ヤンは頭の中で「勘弁してくれ…」と呟いた。
 頭が痛いとか目まいがするどころじゃない。視界が歪んできた。この上なんでブリミル
なんて大バカを朝な夕なに拝まなきゃならないんだ。

「でも、トリステインが火の海になるし、ハルケギニアが血に染まるし、おまけにそこま
でやってもエルフ相手に勝てる見込みなんか…」
「怖いのは分かる。だが、だからこそ!君の知略を貸して欲しい、流れる同胞の血を僅か
でも減らすために。君たちの力を、ハルケギニア全ての力を束ねる必要があるんだよ!勝
利のため、聖地回復のために!」

 本当に、本当にもう、勘弁してくれ!ヤンは叫びたかった。
 聖地なんか無いんだ。そこは千年前から荒野なんだ。でっかいクレーターだ。始祖のせ
いで世界は滅びの危機にあるんだ!そう大声で皆に言いたかった。第一、僕は戦争なんか
まっぴらだ!ルイズの執事として働いて、ヒマな時は学院で本でも読みながらタルブのワ
インを飲んでいたいんだ!
 が、言っても無駄だという事も百も承知だった。ワルドはハルケギニアの人間として正
論を述べてるだけだから、何も言えない。
 オマケにティファニアがいる。ハーフエルフで虚無の使い手。公になればただではすま
ない。悪くすればモード大公事件の二の舞だ。まだビダーシャルにティファニアの事を話
してもいないから、サハラに連れて行けるかどうかも分からない段階だし。

 そんなヤンの沈黙を、ワルドは好意的に誤解した。
「迷うのは分かる。いきなりの事だからな。君やルイズ、フーケの命は保証する。ヴァリ
エール家についても皇帝陛下への口添えをしてもいい。後からでもアルビオンへ来てくれ
ればいいよ」
 ヤンには分かっていた。ワルドの申し出は破格の条件だという事を。自分たちを戦力と
して、本当に必要としていると。ワルドにしても、アンリエッタと共にアルビオンへ行く
以上は反逆でも裏切りでもない、滅ぶ国に忠義を尽くす必要はない、恥じ入るべきものは
何もない、と。
 だからこそ、ワルドを説得するのは不可能だと理解した。


 そして皇太子は演説を続ける。
「アンリエッタ姫は余の呼びかけに応じ、始祖への真の信仰に目覚めてくれた!
 聞けっ!トリステインの民よ、我らレコン・キスタはエルフより聖地を奪還すべく立ち
上がった!そのために、王家の務めを忘れ惰眠を貪り私腹を肥やして国を傾かせた王党派
を打ち倒したのだ!」
 皇太子の演説内容は、ブリミル教徒としては筋の通ったものだ。混乱して理性を失いか
けていた人々に大きな説得力を与えているようで、静まりかえって広場に響く涼やかな声
に耳を傾けている。
 だから、彼等はすっかり忘れている。エルフを打ち倒すなど夢物語だと。この6千年に
成功した者はいないと。エルフの10倍の軍勢をもって、ようやく勝利が得られるという
ほどに力の差がある事を。レコン・キスタ自身も私腹を肥やさんとする貴族が集まった烏
合の衆だと。
 そして、アンリエッタ姫はゲルマニア皇帝との結婚式へ向かう最中だという事も。




新着情報

取得中です。