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戴天神城アースガルズッ!-6

  第6話:「スリーピング・ダーティー」


 土くれのフーケ。そう呼ばれる盗賊がいる。
 貴族の所有する秘宝、特に希少なマジックアイテムを好んで狙う怪盗であった。
 強力な『固定化』の掛けられた壁や扉をものともせず、それらをことごとく砂や粘土に変えて侵入を果たすやり口がその二つ名の由来である。フーケは『錬金』の使い手なのだった。
 フーケの手にかかれば、よほど強力な『固定化』の魔法を施した壁でないかぎり、『錬金』によって障害にはなり得なかった。
 忍び込むばかりではない。力任せに屋敷ごと破壊する場合はゴーレムを使役するのだった。その身の丈はおよそ三十メイル。城壁すら破壊可能な巨大な土ゴーレムであった。
 そしてこの盗賊は一種義賊的な側面を持ち合わせていた。何よりも、平民を狙わないのだった。
 無論、そもそも平民が高価な宝物を所持しているということ自体があり得ぬ話ではあるが、貴族に虐げられる衆民にとって信じる物事は楽しければ楽しいほどよい。彼らにもその程度の自由はあるのだった。
 貴族にとっては頭の痛い話である。何よりも体面と面目を重んじる貴族に、『盗賊一人に為す術もなく秘宝を奪われた』という醜聞は致命的なものであった。
 平民の喝采と貴族の憎悪を一身に受けたフーケの噂は瞬く間に広がり、今や捕らえれば王国騎士である『シュヴァリエ』の称号を得られるほどの存在になりおおせたのだった。
 そして、そのフーケが今狙っているものは、トリステイン魔法学院の宝物庫に収められた『破壊の杖』と呼ばれるマジックアイテムである。

「突破口を開けてくれたのはあのゴーレム。そして邪魔をするのもあのゴーレム、か……」

 二つの月の明かりを背に受けて、青く長い髪を揺らしながら呟く人影。学院別館の屋根から送られるその視線は、魔法学院本塔五階にある宝物庫を捕らえて放さなかった。
 そこには亀裂がある。ルイズとギーシュの決闘の最後に、アースガルズがその拳を叩き付けた場所であった。アースガルズは強力な『固定化』の施された壁を、その豪腕の物理的な破壊力だけで打ち砕いたのだった。
 そしてその亀裂を隠すように、アースガルズは屹立していた。どことなくバツが悪そうな佇まいであった。
 手当を受けたあと丸一日眠り込んでいたルイズは起きると同時にアースガルズをこっぴどく叱りつけ、教師による修復がされるまで誰もそこに近づけさせぬように命じたのだった。
 フーケとしては痛恨である。今となってはあの一日だけが好機であった。
 無論、その日には学園に潜り込んでいるフーケにも雑事――他ならぬ決闘の後始末――があったのだが、お宝さえ手に入ったあとは存在が露見しようがどうでもよいはずであった。
 鈍ったか、とフーケは己を哂った。

 他愛ない喧騒。取るに足らない確執。穏やかな時間。当たり前の朝。緩やかな昼。次の目覚めが約束された夜。
 それら全ては、フーケという存在から縁遠いものでだった。
 もしかすると、フーケはただただ『チャンスを待つ』時間が過ぎることを望んでいたのかもしれなかった。
 ここでは安定した給金が受け取れた。
 警吏に脅える事のない生活が送れた。
 時期ではない、時期ではないと言い聞かせながら、フーケ己がこの学園に順応していくことを感じていた。
 それは恐怖であり、同時に心地良さをもたらすものであったのは確かだ。
 地下に巣食う全ての者がそうであるように、フーケもまた人として望むべき輝きがあることを理解していた。そうでなければ、けだものになるしかない。
 そして、『時期』は来た。動かねばならなかった。裏切れぬものもあった。
 望んだところで手に入るかどうかも定かではない輝きよりも、己の手にある仄かな欠片こそがフーケの守るべきものであった。

「ままならないねえ、何もかも――――うん?」

 夜目を研ぐ。真白のシーツを引きずるように広場に現れた人影を、フーケはとらえた。
 頭に包帯。腕に添え木。軽く突っかかるような足取り。小柄な体格。夜にも鮮やかなピーチブロンド。
 巨人の主、ルイズであった。
 アースガルズの足元に辿りついた彼女は、しばらく巨人を見上げたあと、ゆっくりと手を伸ばした。
 己の足元に辿りついた主人を見下ろすと、ゴーレムは仕方ないなとでも言いたげに瞳をちかりと瞬かせ、ゆっくりと手を伸ばした。
 ほう、とルイズは触れ合った巨大な手にどこか満たされた息を吐き出して、その手に乗り込んだ。傷が痛むのか、ひどく苦労しているようだった。
 それが当然であるかのように、アースガルズはその胸の前で主人を捧げ持った。ルイズはこの夜で最も安心できる場所から、世界の果てを眺めた。
 それだけだった。それだけで、ルイズは体に残る鈍痛を忘れた。滑り込むように、眠りの淵へと落ちていく。
 病室を抜け出したのはまずかったかしらね。わたしを最初に見つけるのはやっぱりシエスタかしら。まあいいわ、シエスタに優しく叱ってもらうのは、悪くないもの――――そんなことを考えながら。
 遠い塔の上からその光景を眺めたフーケは柔らかく微笑み、次いでぞっとするほど酷薄な笑みを浮かべた。これは『使える』
 くすくすと、暖かさと冷たさの混淆した笑みを零しながら、フーケはゆっくりと己が身を夜へと飲み込ませていった。



■□■□■□


 病室を抜け出したのはまずかった。そしてルイズを最初に見つけたのはやはりシエスタであった。
 ただし、優しくは叱らなかった。

「お聞きですかミス・ヴァリエール」
「聞いてる。聞いてるわ。聞いてます、二時間も前からずーーーーっと」
「そうですか、もう二時間も経ちましたか。では包帯を替えて薬を塗りましょう。染みるやつを」
「ごめんなさいシエスタごめんなさい」
「アースガルズさんも止めてくださったらよかったのに……」
「えへん。アースガルズは世界で一番主人に忠実な使い魔だからね、当然よ」
「べりべりべりべり」
「痛い痛い痛い! 絆創膏剥がさないでってばッ!」

 ルイズの私室。暖かな陽光の差し込む室内。ベッドの上で体を起こしている主人。傍らに控えるメイド。
 もはやそこには栄えあるヴァリエール侯爵家令嬢の姿はなかった。しっかり者の姉に――あるいは、母に――叱られているお転婆な少女がいるだけだった。
 重病人が失踪したという騒ぎを聞きつけた瞬間にシエスタは駆け出し、そして当然のようにルイズを見つけ出したのだった。もちろんその場でアースガルズもきっちり叱っている。神々の砦涙目。
 シエスタはそっと息を吐いた。密やかなそれは、嘆息というにはいささか嘆きが足りなかった。
 絆創膏で傷を隠したルイズの頬を、シエスタは撫でた。微かな戸惑いを見せたあと、彼女の主人は目を閉ざしてシエスタの掌に顔を預けた。唇の端に浮かべた微笑みが彼女の心境の全てであった。
 シエスタは不意に泣きそうになった。この方は貴族で、メイジで、素直すぎるほどに素直になれない女の子で、そして私の主人。
 では私は、この方のいったい何なのだろう。

「私などが、あなたを心配してはいけませんか……?」
「いけないわ。鬱陶しいもの」

 高慢な口調で言い返し、それでいて極上の宝石でも扱うような手つきで、ルイズは頬に当てられたシエスタの掌に己の掌を重ねた。強く握り締める。無条件に愛されることに彼女は慣れていなかった。

「嫌いよ、何もかも。同情も、憐れみも、侮蔑も、嘲笑も、わたしに向けられるありとあらゆる感情が嫌い。全てがわたしの足枷よ」

 シエスタは何も言わずに、そっと主人を抱き寄せた。
 今のルイズの顔色を窺うことがたまらなく不敬に感じた。同時に、この世の誰にも今のルイズの表情を見せたくはなかった。ある種の独占欲なのかもしれなかった。
 シエスタの胸元に額を押し当てて、ルイズはくぐもった声を洩らした。でも、とその声は聞こえた。

「嫌いだけどね、シエスタ。嫌いだけど、あんたはその中でもいちばんマシだわ――――ほんとうに、大嫌いだけど」

 ますます強くしがみ付いてくるルイズを、シエスタは無言のまま受け入れた。表情は見えなかったけれども、首元まで真っ赤に染めた主人に何かを問う必要などないと思った。

 暖かすぎてくすぐったさまで感じるルイズの吐息を胸に浴びながら、シエスタは手を動かした。主人の髪をゆっくりと梳く。陽光が弾け、淡い桃色の輝きが撒き散らされた。

「お嫌ですか。こうされるのは」
「……嫌いよ、子ども扱いされてるみたいだもの。もっとして」
「承りました」

 主人についての何もかもを心得たメイドは、それだけでルイズの告げた言葉の意味と、告げなかった言葉の意味と、告げざるをえなかった言葉の意味と、隠したがっている言葉の意味を把握した。
 ならばあとには何もいらない。私はメイドでよかったと、この時ほどシエスタが強く思ったことはなかった。
 遠くに授業を受けている学生の声を聞いた。さらに遠くに誰かの使い魔の鳴き声を聞いた。そして直ぐ身近に、己の主人の吐息を聞いた。私はメイドでよかった。

「……ねえ、シエスタ。」
「はい、ミス・ヴァリエール」

 眠気の混じった声に揺らされて、シエスタはたおやかな感動から立ち戻った。
 ふと己の胸元を見ると、ルイズが蕩けるような微笑みを浮かべてこちらを見上げていた。誰も彼もが笑みを返さずにはいられない、そういった微笑みであった。鼻血が出るかと思った。

「シエスタは、アースガルズとおんなじ匂いがするわねぇ……」

 そう言って、こてんと再び己に頭を預ける主人を、メイドは丁重が過ぎるほどの態度で抱えなおした。
 今のは褒め言葉なのかしらと、そんなことを考えながら。


■□■□■□


 夕暮れ。
 全ての授業が終わったことを示す鐘が鳴り響いてしばらくしてから、一人の客がルイズの私室に訪れた。
 何の手当もせず、赤い線の引かれた頬をむしろ見せ付けるように示す少年。薬すら付けていないのは、少しでもその傷の治りを遅らせることを望んでいるようにしか見えなかった。
 彼は男性として洗練された態度で室内からの招きに応ずると、まずメイドに見舞いの品を手渡した。香りのよい花束と、女子がよく好みそうないくつかの果物。
 そして最後に取り出された一品にルイズは苦笑し、シエスタは礼儀正しく目を逸らした。それは一回りのクックベリーパイであった。

「それでどうしたのギーシュ。あんた今だいぶ愉快な顔になってるわよ」
「ああ、これかい?」

 ルイズの問いに、傷側と反対の頬を指しながら、ギーシュはにっと笑った。誰かに思い切り頬を張られでもしたらしく、くっきりと赤い手形が残っている。
 口元を歪めたまま彼はその跡を指でなぞった。傷とは別な意味で、これもまた彼の勲章なのだった。

「ケティに言ったのさ。僕はあらゆる女性の心を潤す薔薇になりたい。君一人のためだけの薔薇にはなれそうにもないが、それでも君は僕を愛してくれるだろうか、とね」

 そしたらばちーん! さ。とギーシュはもう一度笑った。

「格好いいんだか格好悪いんだかわからないわね……っていうかあんた全然反省してないじゃない」
「ちなみにモンモランシーには泣きながら縋り付いて許してもらった」
「格好悪ッッ!!」

 短く突っ込みを入れたルイズに向かって、それでも尚ギーシュは朗らかな態度を崩さなかった。そこには負の感情など一切存在しない。心の底から今の己を楽しんでいるようだった。
 あの敗北が彼の何かを変えたらしかった。情けなくとも気障な伊達男。それが彼が新たに自分に課した立場であった。
 ルイズはそれに気付かぬ振りをした。悪くないと思ったからだ。彼女にとってはそれで充分だった。

 軽く腕組みをしながらギーシュは言葉を探す。そういえば、ヴァリエールはあの後の顛末を知っていただろうか。

「あとは……そうだね。敗者の責として先生方のところに行ったのだが――――」
「ちょい待ち。あれはわたしの反則負け、よくて引き分けでしょう?」
「莫迦を言うなよヴァリエール。誰が、君が、なんと言おうと、あれは僕の敗北さ。これだけはたとえ君でも譲れないね」
「でも」
「これ以上なにか言うなら、僕は君が怪我人だろうが何だろうが今すぐ決闘を申し込ませてもらうよ。僕の敗北を賭けてね」
「…………わかったわ、降参。あれはわたしの勝ち、そういうことね」
「無論だとも」

 客人に振舞う紅茶を用意しながら、シエスタは微かに肩を震わせた。今の会話を大真面目に語る二人の貴族が可笑しかった。
 無論、部屋の空気となり、部屋の雰囲気そのものとなるべきメイドは、吹き出すなどといった礼を失した態度などとらなかった。
 代わりに砂糖の量を増やし、紅茶の甘さを強くする。喜劇役者めいた二人への、復讐にもならぬささやかな復讐であった。
 紅茶は音を立てることもなく、ギーシュの座った卓に置かれた。寝床のルイズには直接手渡される。
 ありがと、シエスタ。メイドは深々と頭を下げ、部屋の隅に控えた。彼女らのやり取りを軽く片眉を上げて見ていたギーシュは、カップを手に取ると僅かに掲げ、メイドに向かって微笑んだ。

「ありがとう、シエスタ君」
「いえ」

 同じく礼で返したシエスタは、あら、と内心で首をかしげた。ミスタ・グラモンはこういうことで「ありがとう」なんて言う方だったかしら?
 シエスタか答えを思いつくよりも先にギーシュはルイズへと向き直った。なんのてらいもない仕草だったが、にやにやと笑うルイズにはさすがに嫌な顔をしてみせる。
 こほんと空咳して、ギーシュは話を戻した。

「さて、あの後の話だがね。退学処分だろうが便所掃除一週間だろうが甘んじて受けようと、僕は雄々しく職員室へ向かったわけだが」
「落差のある喩えをしないで」
「話の腰を折らないでくれよヴァリエール。君は少々物事を直接的に表現したがる癖がある。しかも我慢知らずだ。それはレディとして直すべきだと思うよ。
 ……ああ、いやいや何の話だったかな。そうそう、処分の話だ」
「発言の前半はいくらでも反論したいところだけどまあいいわ。で、処分は。あまりにも重いなら私が直談判に出るわよ、覚悟しなさい」
「それはそれは跡形も残らなさそうな話だ。まあいい、その心配はない。なにしろ両者おとがめなしだ」
「――――は?」
「両者、おとがめ、なし」
「なんで?」
「知るものか」

 そこで初めてギーシュは姿勢を崩した。足を組み替えて、椅子の背に体重を預ける。どうやら彼にしてもあまり納得がいっていないらしかった。
 なにがしかのペナルティを受けてこそ己の敗北は完成するのだとでも言いたげであった。女子には理解できぬ男としての思考だった。ヴァリエールならば理解できるかもしれないが、と彼は内心で苦笑する。

「なんというか、こう……女性の服を脱がせると、胸に大量の詰め物がされてあったような気分だよ」
「だから妙な喩えをしないでってば!」
「うむ、失礼」

 まったく悪びれることなくギーシュは頷き、紅茶を一口。
 甘かった。

「まあ、言いたかないが僕らは大貴族だ。落としどころに困ったあげくに有耶無耶になってしまった――――というのが僕の想像力の限界かな」
「ううん……そんなところかしらねえ。なんだか気持ち悪い話だわ」
「はは、やはり君になら僕の気持ちが理解できたか」
「なんの話?」
「こちらの話、さ」

 しばらく訝しげな表情を作っていたルイズだったが、まあいいわと首を振り、シエスタに呼びかけた。

「シエスタ、そこの戸棚の上に軍略盤と駒があるの。ちょっと持ってきてくれるかしら」
「うん? 何をするつもりなんだい」
「罰がなくて欲求不満なんでしょ?」

 ルイズはちらりと微笑んだ。朝にシエスタに向けたふわりと艶やかな笑みではなく、どこか悪戯な、悪童めいた笑みであった。

「怖いメイドの監視下に置かれて、ベッドから抜け出す事のできない哀れな少女の暇つぶしに付き合いなさい。これ、決闘の勝者からの命令だからね」
「なるほど。敗者としては諾々と従わざるを得まい」

 ルイズとギーシュ。二人はこの時から関係を深めていくことになる。ところが不思議なことに、年頃の男女として色気のある話が湧いたことはただの一度もない。
 後に、この二人の関係にやきもきすることすら疲れたモンモランシーがぽつりと洩らした一言があるのだが、それは速やかな納得と共に瞬く間に定着することになる。
 曰く――――――――『知的な体育会系』






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