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ゼロのエルクゥ - 19


 その身の丈は3メイルほどか。オーク鬼より一回り大きく、トロール鬼やオグル鬼よりは二周りほど小さい。
 でっぷりと腹の出た鬼どもと違い、鍛え上げられた逆三角形を連想させるスラリとしたフォルム。その姿は狼が二足歩行に立ち上がったようであり、亜人というよりも獣人といった方がふさわしい。
 確かに見たことがない種族だったが、大きさからいって、5メイルのトロール鬼兵士が振るう棍棒の一撃に耐えられるはずがない。
 耐えられるはずがないのだ。なのに。

 ―――ばしゅっ、と血風が舞い、上半身の右半分が丸々吹き飛んだトロール鬼兵士が、地響きを上げて崩れ落ちる。

 なのに、なぜ。

 ―――別のトロール鬼兵士が振り下ろした棍棒が、軽々とその掌に受け止められる。左手に握られている剣が一閃、トロール鬼の首を綺麗に斬り飛ばした。

 なぜ、この『鬼』は事も無げに、それらを屠りながら前進してくるのだ。
 そう、オークやトロールなど、『鬼』という言葉を使うにはあまりにも惰弱に過ぎる。そう、思わせられる。
 目の前のこれこそ、まさに『鬼』。その表す意味に、最もふさわしい存在だ。

 ―――ゴォゥッ、と風を巻き、背後にいた指揮官のメイジから『フレイム・ボール』の魔法が『鬼』に向かって放たれる。

 普通の人間がまともに受ければ、炭の塊になる火の玉。
 その光景も、何度も見た。

 ―――『鬼』が左手の剣を振るう。火の玉と剣とがぶつかり合い……『フレイム・ボール』は、跡形もなく消え失せてしまうのだ。まるで、その刀身が炎を吸い込んでいるかのように。

「ひぎゃあああああああああああああっ!!!」

 どんっ。軽い地響きがして、黒き『鬼』の姿が掻き消える。直後、響き渡る断末魔。
 ものすごい速度でジャンプし、手前の槍ぶすまを飛び越え、先ほど『フレイム・ボール』を放った指揮官のメイジが叩き潰されたのだ。……文字通りの意味で。

「ば、化け物おおおっ!」
「なんだっ、なんなんだあああーっ!!?」

 腕を振るい、脚を振るい、剣を振るい、その度に血飛沫が舞う。平民も、貴族も、亜人も……その前では、全て獲物に過ぎなかった。
 自分は、手に持っていた愛銃を構える気も起こらなかった。これまで数多の戦場でメイジを十は撃ち抜いた自慢の相棒だったが……そんなもの、あれに効くはずもない。

「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!」 」

 意識を黒く塗り潰すような咆哮。
 自分はその甘美な誘いに抗う気も起きず……幸運な事に、そのまま気を失う事ができたのだった。

§

 勝ち気に逸っていた『レコン・キスタ』軍は、急転直下、死地へと投げ出された。
 突如現れた、謎の『鬼』が想像を絶する力で暴れまわり、前線の将兵をことごとく薙ぎ倒している、と。
 命からがら後退に成功した兵、高地ややぐらからの物見、また風のメイジによる遠見の魔法、それら全てが伝えてくる出来事は、その荒唐無稽な報告が事実である事を示していた。

 最前線を担っていた二個大隊のうち、果敢にも(あるいは所詮一匹だと侮って)それに立ち向かっていった者は、平民貴族亜人正規傭兵を問わず、ことごとく死んだ。
 勝ち戦にある者は、死にたくないものだ。
 死んではせっかくの勝利の美酒を味わう事が出来ない。略奪する宝、戦功への恩賞、武勇に与えられる名誉……それらが惜しくて、命を惜しむ。
 利益を惜しみ、命を惜しむ者が、誰構わず死と恐怖を振りまく正体不明の化け物に立ち向かっていくわけがあろうか。
 二個中隊、およそ数百の歩兵や指揮官のメイジがその爪にかかり、腕に押し潰され、脚に踏み潰され、剣に首を飛ばされたところで―――勝利を確信し、その先の略奪に思いを馳せてすらいた正面隊の士気は完全に崩壊した。
 兵達は犬死にを恐れて散り散りに逃げ出すか、恐怖に気を失うか、やぶれかぶれにニューカッスル城に突撃し、城壁の守りに散らされていった。
 そしてその化け物は、今も目に付く者全てに襲い掛かり、殺戮を繰り広げている―――。

§

 殺す。

 ―――爪を振るう。槍を構えていた兵士が六枚に下ろされて絶命した。

 殺す。

 ―――腕を振るう。折れた槍を捨てて脇差を振りかぶった兵士の上半身が、空き缶のようにひしゃげた。

 殺す。

 ―――跳び上がる。着地点にいた銃兵が、足の裏の下敷きになって落としたトマトのように潰れた。

 殺す。

 ―――剣を振るう。飛んできた魔法がその刀身に吸収され、ついでに近くにいた兵士数人が、山刀に刈られる背の高い草よろしく、それぞれ適当なところを斬り飛ばされてもんどりうった。

 殺す。
 殺す。殺す。殺す。
 儚く消える間際に、命の炎が一際燃え上がる。だが、そんなものはどうでもよかった。エルクゥの悦びなど欠片も感じない。
 あるのは、ただ炎。それは蝋燭の消えゆく炎ではなく、そのまま本人を包み込んでその身を荼毘に伏す業火。

「かははっ、なんてぇ心の震えだ! いいねぇいいねぇ、主人の仇討ちに震えるハート! 燃え尽きてヒート! ガンダールヴ最後の大仕事だぜえ!!」

 漆黒の肌の中に、眩しいほど煌々と光を放つ左手のルーン。そこに握られた剣が景気よく声を出し、目前に差し迫った『ジャベリン』の魔法による巨大な氷の矢を、瞬時に蒸発させた。

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!」

 呼応するようにエルクゥが咆哮を上げる。
 だんっ、と血染めのその場から、『ジャベリン』が放たれた方向へとまっすぐに跳躍し―――その風のトライアングル・メイジは、刹那の後に絶命した。

§

 軍隊、というのは、人間社会での集落同士が戦う為の組織である。
 それが戦う事を想定しているのは、同じ数、同じ種類の人間だ。どれほどの腕があろうと、それが『人間』という枠に収まる以上、一人の達人では十人の雑兵に勝てない。
 数の力。そういう理屈だ。
 しかし。人ではない、たった一体の超越者と戦うには、軍隊は向かない。千を集め、万を集めても、その『数』という力を発揮出来ないまま無駄に命を散らすだけだ。
 ドラゴンの暴君を討つのは、軍隊ではなく、英雄なのだ。
 まだドラゴンなら、巨大なドラゴンならば、千の兵士によって一斉に銃を撃つことにも意味があるかもしれない。その巨体には、千の銃弾を集める事が出来るのだから。(逆に言えば、ドラゴンの炎の息も、百や千の兵を一斉に焼く事だろう)
 しかし、3メートルしかない少し大きな人型程度には、百人の兵士を殺到させたところで百人が同時に斬りかかれるはずもない。千人でも万人でも、せいぜいそれを相手に発揮される『数』の力は十人分。
 その十人分を蹴散らすぐらい、超越者にとっては呼吸をするにも等しい。呼吸の回数が百回だろうと千回だろうと、それは等しく『時間の問題』でしかないのだ。
 さらに『数』を増やそうとその外から弓や銃、魔法を撃てば、その近くにいる味方に当たるかもしれない。百人が一斉に囲めるような距離があっても、その人型は跳躍一つで銃の射程など飛び越えてくる。
 業を煮やし、使い捨ての傭兵など知った事かと広範囲に及ぶ魔法をぶっ放した貴族などは、化け物の持つ剣に魔法を無効化された挙句、周囲の傭兵達によって逆襲を受け、それを守る兵との同士討ちが始まっている。その隊は、もはや軍としての用を成さないだろう。
 前線のそんな混乱ぶりを間近で見ていた後方の隊では、機を見るに敏な傭兵や、戦の経験のない徴募兵が、次々と逃亡を始めていた。

 堅城を落とす為に集められた五万の軍。それは、たった一匹のエルクゥに、全くの無力であった。

「……なんという」

 ニューカッスル城の天守からは、『レコン・キスタ』軍五万の呆れ返りたくなるように巨大な陣容が一望できた。横っ腹への奇襲など微塵も警戒していない、岬の突端に位置する城の城壁にただひたすら殺到する為だけの、縦に長く伸びた突錐陣。
 そして、今まさにその只中で殺戮の神楽を踊り続ける、使い魔の姿。
 それを眺めるウェールズには、それを戦いと呼ぶのは憚られた。殺戮か、虐殺か……それとも、狩猟か。見るものを圧倒させる五万の陣は、瞬く間に見るも無残な血の海へと変貌していく。

「今なら、我らごと逃げ延びる事も可能かもしれませんな」
「……かもしれないな」

 傍らの侍従の呟きに、ウェールズは重く頷いた。
 城壁に張り付いてくるはずだった無数の兵がことごとく血に沈んでいく。もはや前線に展開していた部隊は壊滅状態だった。恐慌状態のままその横を走り抜けて城壁に取り付く兵士も散見されるが、見張りの兵だけで追い散らせる程度だ。

「まあ、逃げ延びる先がない我らには、ここを守るしかないのだがね。我らの名誉ある敗北は、彼に譲ってしまったのだから」
「いや、そうとは限りませんぞ」
「……パリー?」

 かつて『鉄壁』の二つ名を欲しいままにした初老の侍従。その衰えぬ鋭い視線が、眼下に広がる五万の軍容の、そのさらに向こうを睨みつけている。そんな気がした。

「殿下、およそ全ての戦いと呼べるものには、一つの鉄則がございましてな」
「ほう。その心は?」
「『攻撃は最大の防御』と言うものです」

§

「もう一度報告を繰り返せッ!」
「は、はっ! 本日一〇一七、ニューカッスル攻略部隊が敵の襲撃を受け、先陣を担っていたハイランダーズ連隊は全滅。連隊長サザーランド侯以下、第一大隊長ランカスター伯、第二大隊長アーガイル伯、全てご殉死なされました」

 全滅した隊のは言うに及ばず、後方の隊の傭兵や徴募兵までも逃亡を始めており、被害は今なお増大中、というその報告は、怒鳴り返した幕僚長には全く理解の出来ないものだった。

「敵の戦力は!? あやつら、玉砕覚悟で打って出たか!?」
「は。そ、それが……」
「何だ! わからんのか!?」
「て、敵は、一騎の亜人であるとの事です!」

 搾り出すように叫んだ若き伝令の仕官の言葉に、簡素な野陣テントにしつらえられた軍議の場がざわついた。

「貴様、冗談を聞いているのでは―――!」
「詳しく説明しなさい。騎士ノーマン」
「ク、クロムウェル閣下……」

 激昂しかかった幕僚長を遮ったのは、中心に座っていた司教服の男であった。いかつい勲章ときらびやかなマントばかりのその中心には、この場にそれ以上ないほど不似合いな、緑色の法衣姿がある。
 『レコン・キスタ』総司令官、オリヴァー・クロムウェルが、顔の前で手を組み合わせ、テーブルに肘を付いていた。
 その傍らには、真っ黒いローブに身を包み、フードで顔を隠したその秘書が侍っている。わずかに垣間見える口元や体つきから見るに、中肉中背の、青年と少年の境目にある男性、という風情だが、クロムウェル以外の誰も、その顔を見た者はなかった。

「ヘイバーン統幕僚長。怒りは我らの鉄の結束を崩す。冷静に報告に耳を傾けたまえ。疑問があれば、理でもって問いたまえ。彼は年若くして竜に認められた、誠実で誇りある騎士だ。余が保障する。偽報であるかどうかは、彼の責にはない」
「は、はっ」
「さあ、詳細を、我らが同志ノーマン」

 にっこり、と笑いかけた司教に、伝令仕官は平伏して答えた。

「手に持った剣で魔法を弾き、風のメイジ以上の俊敏さを持ち、トロール鬼以上の力を振るう見た事もない『鬼』と報告が上がっております。突如としてニューカッスル城門前に現れ、襲い掛かってきたと」
「それが数千の我が軍を殺し尽くしたと? 信じられぬ話だが、間違いはないのだね?」
「はっ。全ての物見が、同じ事実を報告致しました。自分も伝令に飛び立つ際に報告どおりの姿を見ましたが……その勢いは全く衰えず、我が軍を、蹂躙しておりました」

 場が静まり返る。その場にいるのは全て軍部の高官だったが、皆、『信じられない』といった表情を浮かべている。
 目を閉じて黙り込むクロムウェルの耳元に、傍らの黒いローブの人物が口を寄せた。
 丈の長い漆黒のローブが重力に引かれ、二人の顔を隠す。

 その裏で、威厳と不気味さを保っていた二人の相好が―――盛大に崩れた。

「どどどどどどーしようサイトくん! そんな化け物の事、知ってたかい!?」
「お、俺だって知りませんよ! ジョゼフの野郎もそんな奴がいるなんて一言も……!」
「さ、サイトくんのマジックアイテムで何とかできないのかい!?」
「一匹でメイジ込みの数千人ブチ殺すような化け物倒せるアイテムなんて貰ってませんて!」
「どーしよ!?」
「どーしろと!?」
「バス降りて歩いてたら」
「後ろからイキナリ!?」
「ところでサイトくん、『ばす』ってなんなのかね?」
「えっと、俺の世界での乗り合い馬車っていうか……って現実逃避してる場合じゃないですってクロさん!」
「だ、だって、どうしろっていうんだい?」
「と、とりあえずあの騎士さんを下がらせて、ここの人達にアイディアを出してもらいましょう。もう間が持ちません」
「う、うん。わかった。―――落ち着きたまえ、同志諸君。指揮官が取り乱しては、兵が不安がりますぞ」

 二人が体勢を戻し、ごほん、とクロムウェルが咳払いすると、騒然となっていた軍議の場はさあっと静かになった。

「忠実なる我等が騎士ノーマン、貴重な報告ご苦労であった。貴君のもたらした情報は、必ずや我が同志達を勝利へと導くであろう。下がってゆっくりと休み、次の任務に備えたまえ」
「はっ!」

 クロムウェルが何度も頷き、笑顔を浮かべると、伝令の竜騎士は深く頭を下げて退室していった。

「さて、諸君、親愛なる我が『レコン・キスタ』の同志諸君。今の報告を真実だとして、どのような対処をするべきだと思うかね?」

 その言葉に、軍議は再び紛糾を始めた。
 どのような化け物でも五万の軍勢には勝てまい。いや被害を無闇に広げるだけだ一度全軍を下がらせて正体を見極め選りすぐりの竜騎士で討伐すべきだ。いやいやそれでは王党派に時間を与える事になる宣戦布告破りが他国にばれようものなら我等の正当性が問われ―――。

「……なんとかなりそうっすかね」
「……その化け物って、何者なんだろうね」
「さあ……敵の秘密兵器かなんかでしょうか?」
「報告します!」
「「っ!」」

 息を切らせた伝令兵が陣幕に飛び込んできたのは、議論の熱が高まり、ひそひそ話をする総司令官と秘書の顔に落ち着きが戻ってきた時だった。

「何事だ!」
「お、王立空軍の旗を掲げた艦が、この陣に向かい最大戦速にて突撃してまいります!」

 その報告に、高官達は先ほどまでの舌の熱も忘れ、文字通り跳び上がって驚いた。

§

「弾薬は全て下に向けて撃ち尽くせよ! 敵の艦など相手にするな! イーグル号、及びその乗員はこれよりその全てを以って『レコン・キスタ』本陣への弾丸となる!」

 『鉄壁』の号令に、おぉぉー! と艦中から鬨の声が上がる。

「『鉄壁』の名にふさわしくない荒っぽさだね、パリー!」
「言ったでありましょう、『攻撃は最大の防御』ですとな! それとも殿下には、座して死を待つ趣味がおありでしたかな!」
「まさか!」

 機動力を重視した設計の、その最大戦速にて五万の兵を飛び越えていくイーグル号の甲板で、主人と侍従は抑えきれぬ笑みを漏らしていた。

「狙うは総司令官、オリヴァー・クロムウェルの首級のみ! おのおのがた、気張りなされよ!」

 どんっ! と腹に響くような重音とともに、敵艦の砲撃が船体を掠めていき、イーグル号が大きく揺れた。
 甲板にて杖を構え、楽しくて仕方ないという風に顔を歪めるメイジ達に、取り乱す気配は全くない。

「総員、突撃ぃっ!!!」

 怒号と共に、二百余名のメイジ達はマントを翻し、こぞって甲板から飛び降り始める。
 その眼下には、開けた地に張られた野陣がある。『レコン・キスタ』軍、ニューカッスル攻略拠点の陣であった。


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