あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

もう一人の『左手』-29


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「いい匂いだな」
「ええ」
 風見の声に、厨房で子供たちに囲まれながらシチューをかき混ぜていたティファニアが笑顔で答える。
「“ブイスリー”、そろそろ夕食の時間ですよ」
 ティファニアは、彼をあくまで『風見志郎』とは呼ばない。
 それでいい、と風見も思うし、好きに呼べばいいとも言った。彼女が召喚した使い魔と、ここにいる自分とは、あくまで別人であるという事実は、やはり二人を並べて見せない限り、少女にとって理解も納得もできない事象なのだろう。
 なにより自分が『V3』である事も、決して間違いではないのだから。

「――さ、ジム、そろそろ、そのチェスを片付けちゃいなさい。シチューが置けないでしょう?」
 かまどにかけられた大鍋。そこには風見とティファニア、そして孤児たちの分を含めた十二人前のシチユーが、ぐつぐつと煮込まれている。おたまを回す手を止めたティファニアは、テーブルに集う数人の少年たちに声を掛けた。
 彼らは風見とチェスをうっているジムという少年を、外野から応援しているのだ。

「そりゃないよテファ姉ちゃん、いま、すっごくいいところなんだからさ」
 少年たちに取り囲まれる形で椅子に座り、チェス盤を前に難しい顔をしているジムが、ティファニアの言葉を遮るように言う。
 四回戦目でようやく風見に一矢報いる可能性が見えてきた少年からすれば、ここでゲームが中断されるのは、なんとも面白くないのだろう。もっとも、風見からすれば、ナイトとルックとビショップ落ちのハンデ戦なので、少年が優勢なのは当然なのだが。
「逃げようなんて思うなよ“ブイスリー”、決着つくまで絶対やめないからな」
 睨むように言うジム少年に、風見は無言で苦笑しながら、頭を掻いた。

 風見自身、自分があくまで無愛想で、お世辞にも人当たりがいいとは言えない人間である事は承知していたが、それでもウェストウッド村の孤児たちが、まとわりつくように懐いてくる様子を、かなり不思議には思っていた。……不愉快だとまでは思わなかったが。
 この子供たちが自分の事を、ティファニアが召喚した、記憶をなくした平行世界の風見志郎――“ブイスリー”と勘違いしているのは分かる。なにしろ別人だということを説明していないし、説明しても理解してもらえないことは確実なのだから。
 だが、彼としてはどうしても、子供たちやティファニアの態度から類推できる“ブイスリー”の人となりに、疑問を抱かざるを得ない。たかが記憶をなくした程度で、自分の人格が、そこまで他人から懐かれるような人格者に変質してしまうとは、とうてい思えないのだ。
(まあ、しょせん別世界の俺だ。そういう『風見志郎』がいても不思議はないのかも知れん)

「いい加減にしなさいっ!! そんな行儀の悪い真似、わたしが許しても、神様と始祖がお許しにならないわよっ!!」
 ハーフエルフの美少女は、腰に手を当てて、聞き分けのない少年たちに一喝を飛ばした。
 ジムたちを始めとする少年たちの顔が、面白いくらい真っ青になる
――夕食のお祈りが始まったのは、それからすぐのことだった。


 ここはシティオブサウスゴータと港町ロサイスを結ぶ街道から、少し外れた森の中にある小さな集落――ウェストウッド村。

 ミョズV3の『逆ダブルタイフーン』に、ハリケーンごと“撃墜”された彼は、野生のワイバーンに襲われていたティファニアを救出し、この村に案内された。
 もっとも、ハーフエルフの少女を救出した時点では、あまり意識していなかったが、どうやら風見の肉体が負ったダメージの深さは、相当なものであったらしく、その晩から彼は、ティファニアの家のベッドから動けなくなってしまったのだ。


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 アツアツのシチューを、目を細めながら美味しそうに、スプーンですするティファニア。
 風見は、そんな彼女を、ちらりと見る。
 そんな彼に、ハーフエルフの美少女は、なぁに? と言わんばかりの可憐な笑顔を向けてくる。年頃の少年なら無条件で、――いや、それどころか、こっちから金を払ってでも守ってやりたくなるような、そんな無垢な微笑。
 風見は、いまさら自分が、そんな笑顔一つで赤くなるほどウブではない事を知っている。
 むしろ、何故この娘は、こんな無防備な笑顔が出来るのだろうと、学者のような冷静さで疑問に思ってしまう。

“ブイスリー”の話を聞くときに話題に出たが、この少女自身もどうしてなかなか、半端な人生を歩んではいない。
 その血脈は、傍系とはいえアルビオン王家の血を受け継ぎ、その人相は、エルフ独特の神秘的な美貌を誇り、その肉体は、体格的に在り得ないプロポーションを所有し、その内面は、あくまで遠慮・謙譲・慈悲を忘れぬ、孤児たちの優しい母親代わり。
 それほどの彼女でありながら、両親を殺され、他者から恐れられ、こんな寂しい集落で、人目を忍んで暮らすしかない。たとえ彼女にとって、この生活が、どれほど平穏無事なものであったとしても。
 悲惨な過去であり、不遇な現在であり、そこに未来の展望はない。 
 にもかかわらず、彼女は笑う。
 一分の曇りすら窺わせない、純真無垢な笑みを。
 そんな主を置いて、“ブイスリー”は、のこのこ戦場に出向いたのだ。

 少女との邂逅から、今日で四日目の夜だ。
 体内で蠢く自己修復機能が、そろそろ肉体の完全回復を告げている。
 風見としても、そろそろここを出て行く頃合だと判断せざるを得ない。ティファニアが召喚した“ブイスリー”と、何としても会わねばならない。『仮面ライダー』の誇りを捨て、ただの人間に改造人間のパワーを振るう、もう一人の自分を、何としても止めねばならない。
 日本での記憶を持たない者に、『仮面ライダー』の誇りもクソもないのは分かる。だが、それでも奴は、他人ではない。平行世界の出自とはいえ、奴は“自分”なのだ。風見志郎であり、仮面ライダーV3なのだ。放っておけるわけはない。
――そう思っていた。

 だが、風見の決心は、揺らぎ始めていた。
 この寒村で過ごした数日間で、彼は、ティファニアという少女を知ってしまった。知ってしまった以上、――もはや以前のような強い憤りを、“ブイスリー”に抱けなくなっている自分を発見したのだ。
 まあ、どちらにしても“ブイスリー”と会わねばならない事に変わりはない。
 だが、その意思を風見はティファニアに明かす気はなかった。成り行き次第では、――彼女には可哀想だが――“ブイスリー”と敵対する可能性さえあるのだから。
 だからこそ体調は、万全にしておかねばならない。万が一の事態となった場合、手負いのボディで勝てるほど『V3』は甘くない。
 そのための世話を、“ブイスリー”の召喚主たる少女にかけてしまっているのは、風見にとっても、皮肉という以上に心苦しい事態ではあるが。

 だが、昨晩にでも出立できた風見を、敢えてこの村にとどまらせたのは、もう一つ理由がある。
 ティファニアが気付いているかどうかは分からないが、この村――少なくとも、この家は何者かの厳重な監視下に置かれている、という事実だ。

 風見が、その視線に気付いたのは、この家に身を休めて二日目の朝である。
 最初は、この村に住まう孤児たちの気配かと思った。――が、彼はすぐに気付いた。視線に込められた硬い意志と、ほの暗い怯え。そして妙な力を。
 翌朝、散歩のフリをして村を歩き、その視線と気配から、“連中”を分析する。
 人数は交代制らしいので把握できなかったが、少なくとも三人。多くて五人。
 自分のような体術の心得があるか、『風』の上位メイジならば、気配を自在に消せるので参考にならないが、彼ら視線の露骨さから判断して、それはないと見極める。それどころか、こういった裏の仕事に全く慣れていない連中なのかも知れない。
 風見が感じた“力”が、メイジの言うところの“精神力”なら、視線の数とに若干ズレがある。どうやら全員がメイジではないようだ。
 コルベールの話によると、ハルケギニアに於いてエルフは、文字通り、人類の敵対種として恐れられているようなので、視線に含まれる怯えは、おそらくティファニアへのものであろう。
 怯えはともかく、敵意は感じなかったので、どうやら彼女たちに危害を加える気はないらしい。


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(監視だとすれば、誰が、何故?)
 いくつかは予想はつく。
 監視者が王党派の手勢だった場合、ニューカッスルにいる“ブイスリー”が裏切らぬよう、主たる彼女をいつでも人質に取れるように保健をかけている――のかも知れない。
 監視者が貴族派の手勢だった場合、ニューカッスルにいる“ブイスリー”に、王党派を裏切らせる事ができるように、主たる彼女をいつでも人質に取れるよう監視している――のかも知れない。

 まあ、どちらにしても幾つか疑問は残る。
 世評に聞くウェールズという男なら、監視者に護衛の任を兼務させてもよさそうなものだが、連中の視線から感じる気配に、好意的な感情はあまり見えない。だいたいティファニアがワイバーンに襲われている時も、奴らは黙って見ていただけだった。
 また、世評に聞くクロムウェルという男なら、いま現在まで、むざむざティファニアに手を出さない理由がない。一刻も早く彼女の身柄を押さえて、“ブイスリー”に裏切らせてよさそうなものなのだが。

(バカな話だ)
 風見は、そんな別世界の自分に向けて、心中で毒づかざるをえない。
 少女の話では、“ブイスリー”が、ニューカッスルで手柄を立てた暁には、彼女の実家であるモード大公家を再興させる段取りになっているそうだ。
――まあ、正直、気持ちは分かる。
 この悲惨な少女を知った上で、同情を寄せぬ男は、まずいまい。
 だが彼は、いま現在、この無垢で可憐な御主人様に、監視が付けられている事実を知っているのだろうか? その監視者が、彼女の窮地を意図的に見過ごすような、危険な連中であるという事実を知っているのだろうか?
 ティファニアの性格からして、彼女が“ブイスリー”を単なる使い魔としてではなく、“家族”として見ていた事は明白だ。そんな彼女が、実家の再興に釣られて、“家族”を戦場に送り込むなど、まず在り得ない話であろう。
 ならば、“ブイスリー”の参戦は、ただの勇み足だということになる。
 彼が戦うべき本当の相手は、彼女と孤児たちというファミリーが送る、慎ましいながらも穏やかな生活を、権力闘争や戦争といった“混沌”に利用しようとする者たちのはずなのだ。たとえば、それは例の監視者たちであり、その背後にいる黒幕であるように。
 ならばこそ、お前は彼女の傍にいてやれ、と“ブイスリー”に言ってやらねばならない。
(なら、俺が為すべき事も、ただ一つか)
 風見がそう思った、まさにそのときだった。



「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッッッッ!!」
「ぃぃぃぃぃいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃッッッッ!!」
「――たっ、たすけっ……ああああああぁぁぁッッッッ!!」
「うぎゃえああああおおおおううううぇぉぉぉッッッッ!!」
「ぁぁぁぁっ、あっ! あぢっ! あぢぢぃぃッッッッ!!」



 五つの絶叫が、ウェストウッドの森に同時に響き渡った。
 ただの悲鳴ではない。人体の限界を超える激痛に襲われたとき、それでいて、叫ぶ余裕が神経と精神に残されている時にのみ人が発するような、文字通りの阿鼻叫喚。
 そして、家屋を見張っていた全ての気配が、一斉に消えた。

 その瞬間、風見は動いていた。
 立ち上がると同時に、椅子を窓に向かって投げ、ガラスが割れる音を待つまでもなく、卓上の大鍋を、やはり窓から放り投げる。彼がその窓から屋外へ身を投じたのは、それからであった。――最初の悲鳴から風見が草むらに飛び込んで身を隠すまで、数秒と経ってはいない。

「思ったより戦い慣れしているようだな。少なくとも、あのボンクラどもよりは楽しませてくれそうだ」

 半ば揶揄するような声が、夜の森に響く。
 敵は一人。しかも声に余裕がある。よほど腕に自信があるようだ。
 吐き気を催すような肉の焼ける悪臭が、風見の鼻を衝く。この村を張り込んでいた者たちの末路であろうか。それに混じって木材と金属の焦げる臭いが、周辺に漂っている。もし、椅子か大鍋のタイミングで外に飛び出していたら、間違いなく黒焦げにされていただろう。
(『火』のメイジか……!!)
 おそらくはスクウェア・クラス。少なく見積もってもトライアングルの上位。仲間の気配がしないのは気になるが、前述の通り、手練の『風』メイジなら気配を追うだけ無駄なので、警戒しつつも思考から除外する。


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 その瞬間、真っ白に燃える炎のカタマリが、風見の位置を正確に襲った。
――躱す。
 だが、地面すれすれで向きを変えた炎球が、風見が身を躱したその位置を、正確に狙撃する。避けても躱しても、まとわりつくように炎球は自動追尾してくるのだ。まるで、彼がどちらに避けるかまで予測していたかのように。
(こっ、こいつっ!!)

 風見はすでにして気配を消している。
 並みの人間ならば、これだけ矢継ぎ早に動き回れば、疲労や恐怖で必ず呼吸が乱れ、気配があからさまになる。だが、それでも彼は、この状況下であっても足音一つ立てず、呼吸を完全にコントロールする事が出来た。
 それは改造された肉体と、幾多の死線を乗り越えた精神を持つ、風見志郎なればこそだ。――にもかかわらず、この術者の魔法攻撃は、完璧に風見の位置を捕捉している。
 しかも、炎球の温度が半端ではない。
 その熱量は、おそらくコルベールさえ凌ぐかも知れない。まともに喰らえば骨さえ残らないだろう。

 とにかく、このまま逃げ回っていても勝ち目はない。それだけは確かだ。
 転がりながら炎から身を躱しつつ、小石を拾い、気配めがけて投げつける。
「くっ!?」
 男の声と同時に金属音がして、一瞬、攻撃がやむ。おそらく杖で小石を防いだのだろう。
 石ころはルーンが『武器』と見なさないため、ガンダールヴの力を借りることは出来ないが、それでも改造人間の強肩で投げられれば、プロ野球の投手並みの球威と速度が出るだろう。呪文詠唱に集中しているはずのメイジに、簡単に防げるものではない。
 やはり、ただのメイジではないようだ。
 だが、それでも隙が生じたことには違いない。
 風見は、その場から跳躍し、蛇の速度で森の木陰にすべりこむ。

――が、その位置さえも正確に、炎球は来襲する。まるで彼がそこに隠れたのを見ていたかのように。
(バカなっ!?)
 とっさに風見は樹を盾にするが、樹齢数百年の巨木が、まるで油を染み込ませた枯れ枝のように燃え上がる。その炎はスポットライトのように、宵闇にまぎれたはずの風見の姿を、あかあかと照らし出した。

 攻撃は、来なかった。

 理由は分からない。だが、闇の中で照らし出された彼の姿は、狙いをつけるならば、これ以上の好機はなかったはずなのだ。
 メイジは同時に二つの呪文を詠唱する事は出来ない。それはコルベールから聞き、知っている。だが、これほどの術者ならば高速詠唱をこなせないはずがない。次弾、次々弾の炎球が、絶え間なく放たれて然るべきなのに。
(何故だ?)
 とにかく、彼はその隙に、別の木陰へ移り、再び暗闇と一体化する。

「ふん……下らんな。貴様の戦いとは、そうやって隠れて逃げ回る事なのか?」
 男が呆れたように、言い放つ。

 たしかに男の言う通りだ。
 このままでは、どうにもならない。八方塞がりだ。
 逃げ回るのが精一杯で、攻撃といえば、さっきのように石ころを投げつけるくらいしか出来ない。
 無論、戦う方法はある。
 だが、それは風見にとって、何よりも考えたくない方法だった。
(変身するしかない、のか……!? 人間相手に、この俺が……仮面ライダーの力を振るうしかないというのか……!?)

 相手は魔法使いだ。仕方がないじゃないか。
 そう思う自分もいる。
 フーケのゴーレム相手にも、コルベール先生の炎球を弾いたときも、変身したじゃないか。いまさら迷っている場合じゃないだろう? 
 それも一つの理屈だ。
 だが、それでも風見は、その決断に抵抗を覚えずにはいられない。
 分かるのだ。この男の強さが。こいつがまだまだ本気になっていないということが。
 おそらく変身して戦えば勝てるだろう。人間相手に戦闘モードの改造人間が戦えば、その結果は火を見るより明らかだ。だが、本気になったこの男相手では、おそらくV3といえど手を焼くに違いない。最悪の場合、この男を殺してしまう可能性もある。
 フーケならば、ゴーレムを破壊すれば事は足りた。
 コルベールならば、こちらが殺気を消せば、話が通じた。
 だが、――おそらく、この男は、死なない限り戦意を失う事はないだろう。
(どうする? 変身するか? だが、仮面ライダーが人を殺すなど、あっていいはずがない……!!)

「どうだ、こっちに出てこないか。お前はメイジではないのだろう? いま出てくれば、お前の間合いに入るまで攻撃しないと誓ってやるよ」


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 在り得ないほど白々しいことを言う奴だ。
 屈辱のあまり、思わず風見は奥歯を鳴らしそうになった。
 だが、その思いは、さっき浮かんだ一つの疑問を、ふたたび思い起こさせる。
(何故、奴は攻撃してこない? 何故そんなバカげたことを言っている?)
 時間稼ぎか? それとも、攻撃できない理由があるのか?
(試してみる価値はある、か……?)
 風見は口を開いた。

「見くびるなよメイジ。俺を弄ぶ余裕があるなら、さっさと呪文を唱えたらどうだ」

 攻撃は……やはり来ない。
 いつでも隣の木陰に移動できるように筋肉に込めた力を、ふたたび脱力させる。
 それでなくとも、気配を完璧に殺した風見を狙い撃つような敵である。いまの声で、明らかに自分の位置は露呈したはずだ。にもかかわらず、攻撃は来ない。
 聞こえてきたのは、弾けたような男の笑い声だけだ。

「お前……くっくっくっ……面白いな……名を聞かせろ……ッッッ!!」


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――まったく、楽しい仕事だぜ。
 メンヌヴィルは心中、唄うように呟いた。
 任務内容に、あまり期待したわけではないが、この自分と、ここまで渡り合えるヤツが“標的”の護衛についているとは、嬉しい誤算もいいところだ。この思わぬ計算違いを、彼は心から楽しんでいた。


 最初、命令の内容を聞かされたときには、あやうく、そこにいたクロムウェルを焼き殺しそうになったが、何とかこらえた。
 サウスゴータ地方の集落に出向き、少女を一人さらってくる。
 特に困難とも思えないこの任務に、彼が指名された理由は、その“対象”がエルフの血を継いでいるので、先住魔法を使って反撃してくる可能性があるため。また、王党派の監視体制を出し抜ける経験と実力の所有者、という事であったらしい。
(バカげてるにも程がある)
 メンヌヴィルは、心中で吐き捨てるように呟いた。
 暗殺ではなく拉致、という話ならば、その小娘を焼き殺すことも楽しめない。
 人肉の焼ける香りを何よりも好む彼は、自らの嗜好を無視するような命令に怒りを覚えたが、シェフィールドの話を聞いて、気が変わった。

 そのエルフの小娘が、王党派の仮面の亜人――あの『赤い悪魔』を使い魔として召喚したメイジであるらしい、という話なのだ。
――ということは、そのハーフエルフは、先住魔法のみならず系統魔法の使い手でもあるということになる。『サモン・サーヴァント』は通常、系統魔法のコモンマジックに分類されるからだ。
 そこの詳細を訊いても、首領の女秘書は、妖しく笑うだけで答えを返さなかった。だが、メンヌヴィルから言わせれば、その情報で、逆に任務に興味が湧いたといっていい。

『白炎』のメンヌヴィル。
 彼は稀代の殺人狂であると同時に、――いや、それ以上に、常軌を逸した戦闘狂であったからだ。

 彼が、かつて自らの眼を焼いたメイジ『炎蛇』を追い続けるのは、決して復讐のためだけではない。そのメイジと再戦し、心行くまで戦闘を愉しみたいからだ。任務内容が殺しであろうがなかろうが、標的は強いに越したことはない。
 系統魔法にして先住魔法の使い手。しかも、あの『赤い悪魔』を使い魔として従えるほどのメイジならば、雑魚であろうはずがない。――とまでは、彼は期待しない。
(まあ、所詮その小娘が、俺と渡り合えるタマかどうかなど、か細い可能性であろうがよ)
 どうせなら、その使い魔がいるうちに襲撃したかったな。そうメンヌヴィルは一人ごちた。

 メンヌヴィルに視覚はない。だが、その行動に不自由はない。むしろ光を失って以来、より周囲の状況を理解できるようになったと言っても過言ではない。
 彼は触覚でものを視る。
 こう言えば、まるで彼が特異体質か人外のように聞こえるが、そうではない。
 盲者である彼は外界の様子を、音でも匂いでもなく、温度で知るのだ。『火』のメイジとして炎を使ううちに、温度に対する皮膚感覚が飛躍的に先鋭化していった結果である。
 いまでは距離・位置に関係なく、温度数値を正確に測ることが出来るし、体温による人物特定は勿論、年齢・性別・体調から精神状態さえ見当をつけられるというのだから、その感覚は人というより、むしろ蛇に近いとさえ言える。

 それほどのメンヌヴィルである。
 メイジならぬ者が、彼に気付かれずに間合いに入るのは、ほぼ不可能にちかい。
 ハッキリ言えば、彼がその気であったなら、エルフ娘の“護衛”が窓から飛び出した瞬間に、焼き殺すことも可能だったはずなのだ。
『その気』だったならというのは、つまりメンヌヴィルにも油断はあったという事である。


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 彼としても“標的”と、その周囲がどういう状況だったのかくらいは把握していた。
 家の中には“標的”以外に子供が十人。
 そして、家を監視するように男が四人。そのうちメイジは二人。残りは傭兵であろうか。あまり熱意が感じられないのは、この連中がウェールズではなく、彼女の両親を殺したジェームズの手駒だからだろう。そこまでは『レコン・キスタ』の情報どおりだ。
 だが、ここから先が、事前に貰った情報と食い違った。
 家の中に何者かが、もう一人いるのだ。
 しかも、そいつの発する体温は、どう考えても人間のものではなかった。
(例の使い魔?)
 だが、メンヌヴィルはその瞬間に、自分の考えを打ち消す。
 あの化物は、いまニューカッスルにいるはずなのだ。このウェストウッド村と、あの岬の城塞は、常識で考えても、一日で往復できる距離にない。
 どちらにしろ、メンヌヴィルには関係はなかった。
 体温から察するに、“標的”たるエルフ娘に、たいした魔力を感じなかったのは失望したが、監視どもを含め、“標的”以外の人間は、全員殺していいとの許可を得ている。その謎の人物にしても“肉”が一人分増えたと思えばいい。単純に彼は、そう思っていた。

 そして、彼は行動を起こした。

 王党派の見張りを焼き殺した時に、連中に悲鳴を上げる余力を残したのは当然、わざとだ。メンヌヴィルの実力を以ってすれば、あの程度の連中が相手ならば、声一つ立てさせずに殺すなど、それこそ雑作も無い。
 だが、意図的だと言ったが、そこに然るべき理由はない。
 強いて言えば、人肉の焼ける香りと同じく、生きながらその身を焼かれる者の断末魔の叫びも、悲鳴を聞いた恐怖で“標的”の体温が変化するのを感じるのも、メンヌヴィルの嗜好に叶う。――その程度の理由に過ぎない。

 だが、誤算はあった。
 見張りどもの悲鳴が奏でるオーケストラを拝聴しようと思った瞬間、家の中の“そいつ”が、予想以上に素早く、的確な臨戦体勢をとったのだ。
 油断をしていたメンヌヴィルは、彼らしくない事に、判断ではなく反射で動いてしまう。
 窓をブチ破る音に反応して椅子を燃やし、温度に反応して、次に窓から投げられた熱源――おそらくは夕食の鍋であろう――を焦がし、肝心の護衛が窓から飛び出した瞬間に、反応できなかったからだ。
 そして、“そいつ”は、新たに彼が放った『フレイムボール』を、避け、躱し、凌ぎ切り、ついに森に逃げ込んでしまう。しかも、一切の動揺を気配に表すこともなく、である。
(おもしれえ……!!)
 戦闘狂たる彼は、この男に敬意さえ覚えた。

 メンヌヴィルとて万能ではない。
 戦闘に於ける弱点は歴然と存在する。
 たとえば、いくら彼でも、水中に身を潜める敵との戦闘は出来ない。また、豪雨の中で泥まみれになった敵と戦うのも、ほぼ不可能だ。単純に『火』の呪文は、水がからむ環境では威力を激減させるから、というだけではない。
 水や泥は、熱を遮断し、敵の位置特定を困難にさせるからだ。敵の位置が分からなければ、メンヌヴィルといえど、ただの盲人に過ぎない。

 だが、水のない場所では無敵なのかといえば、やはりそうではない。
 たとえば、いまの彼を取り巻く状況。
 森の中で、樹木を盾にする敵。
 そいつを狙った炎が、森林に延焼すれば、その高熱は、たやすく敵の体温を、彼の皮膚感覚から隠してしまう。熱を遮るのは水だけではない。火もまた、熱を遮るに充分な存在なのだ。
 そしてメンヌヴィルの放つ『火』は、瑞々しい巨木を簡単に、それこそ紙のように燃やし尽くしてしまう。
 だが、そういう状況なればこそ、彼の口元には笑いが浮かぶ。ふてぶてしい、切れるような笑みが。

 眼前の敵が、何らかの意図を持って森に潜んでいるのか否かは分からない。たとえば、“そいつ”が森の中に、何らかの罠を仕掛けていたとしても、メンヌヴィルは、それを不思議とは思わない。
 挑発の言葉を口にしつつも、彼は一度敬意を払った敵に油断するほど、のんびりとはしていない。
 だが、このままでは埒があかないのも事実だ。
 おそらく敵は、まだメンヌヴィルが体温を頼りに狙いを定めている事実までは気付いているまい。ならば、まだ駆け引きの余地はある。

「名乗らぬ護衛よ、もう一度訊く。森から出てこないか?」
 返答はない。まあ、そうだろう。メンヌヴィルはニヤリと笑う。だったら、これならどうだ?

「出てこぬならば、いまからガキどもを焼きに行こうか」


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 木陰に隠れた“そいつ”の体温が、ゆらりと変化する。
(たいしたヤツだ)
 メンヌヴィルには今の一言が、男の心理状態をいかほど動揺させたか、それこそ手に取るように分かる。だが彼が評価するのは、そこではない。動揺してなお一分も呼吸を乱さない、その身体制御にだ。
 盲人たる彼には分かる。“そいつ”の隠形が、どれほど見事なものであるのかを。信じられない事だが、男は窓から飛び出して以来、一度も気配をあらわにしていない。
おそらくメンヌヴィルが並みの盲人であったなら、戦うどころか、“そいつ”の存在すらも感知できないだろう。
(だが、……それでも、俺には通用しねえ。相手が悪かったことを始祖に愚痴るんだな)

「なら仕方ねえな」

 そう言うや、メンヌヴィルは振り返った。
 凄まじい速度で、何かが飛来してくる。それを彼は余裕をもって躱した。おそらく石ころか何かだろう。
 たとえ、無機物であっても彼の温度センサーを出し抜くことは出来ない。ましてや今の攻撃は、手段・タイミング共に、充分予想できた。そのあと“そいつ”が、どう動くのかも含めてだ。
(やはり、な)
 森から飛び出した“そいつ”は、複数の石ころを投げながら、走り寄ってくる。こちらに呪文詠唱の機を与えないつもりなのだろう。メイジならぬ身で、メンヌヴィルの間合いに入ろうとするなら、それしかない。
だが、それはメンヌヴィルの実力を、甘く見すぎていると言うしかない。
「ふんっ!!」
 詠唱もなしに、杖の一振りで張られた炎の壁が、数個の石ころを同時に熔かす。
 だが、“そいつ”は動揺しない。石を防がれる程度までは読んでいたのだろう。
(なら――!)
 その瞬間、メンヌヴィルは炎の壁に使用した『火』を、まるごと一個の巨大な炎球に変化させ、投げつけた。男はそれを躱す。――だが、

「甘いわっ!!」
“そいつ”が避けようとした瞬間、メンヌヴィルは炎球を爆発させたのだ。
 さすがにその攻撃までは予想していなかったのか、男は衝撃波と熱線をもろに喰らって吹き飛んだようだ。
 たとえ火の粉一粒でも、人体を充分に焼き尽くすメンヌヴィルの『火』である。その爆熱をまともに浴びて、即死しない生物がいるわけがない。――はずだった。


“そいつ”は、生きていた。


 いや、ただ生きているだけではない。
 体温をさらに変化させ、かろうじて“男”と識別していた性別すら、もはや分からないまでに、身体が急激な変化を遂げているのだ。
「ッッッッ!」
 その瞬間、“そいつ”が身に纏っていた高熱が消えた。
 掻き消されたのだ。この『白炎』のメンヌヴィルの炎が、種火のようにあっさりと。
――こんな生物がいるわけがない。
 彼は王党派の例の亜人『赤い悪魔』について噂以上のことは、まだ何も知らないが、それでもメンヌヴィルは思った。『悪魔』というのはニューカッスルにいるそいつじゃない。そんな存在がが何匹もこの世にいてたまるか。
『悪魔』とは、眼前にいるコイツのことをいうのだ。
 メンヌヴィルは戦慄した。いや、これは恐怖だ。眼を焼かれて以来、数十年ぶりに感じる恐怖だ。

「貴様、一体……何者だ……!?」

 返事はない。

「貴様は……『悪魔』……なのか……!?」

 やはり、返事はない。だが『悪魔』という言葉を聞いた瞬間に、“そいつ”の足が、ぴたりと止まった。
 もはや体温から、その“生物”の心理状態を窺うことはできない。手持ちの知識で図るには、“そいつ”は、あまりにも異質すぎる存在だったからだ。
 だが、少なくとも言葉は通じるようだ。
 何故なら、そいつは――。

「悪魔――か。……なるほど、案外真理をついているかも知れないな」


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 その瞬間、メンヌヴィルは思った。
(違う……!!)
 こいつは『悪魔』なんかじゃない。
 こいつは、ただの“生物”だ。首を刎ねれば普通に死ぬ、当たり前の“生物”だ。
 ただの“生物”でないならば、本物の『悪魔』ならば、なぜ俺ごときの魔法で、手傷を負っている!?
『悪魔』でないなら、――いや、もうコイツの正体などどうでもいい。『悪魔』であろうが、なかろうが、そんな事はもう、関係ない!!
 その瞬間、メンヌヴィルを陥れていた恐怖は、歓喜となった。
 彼が求める、ただならぬ敵――強敵。その飽くなき戦闘本能が求める存在が今、まさにここにいる!!
 全身を駆け巡る魔力を解放するに足る相手を、
 かつて己が光を奪った『炎蛇』以来、永年の退屈とともに捜し求めた、自分を凌ぐ力の所有者を、
――メンヌヴィルはついに見つけたのだ。


「『悪魔』よ、もう名乗れと言わぬ。ただ、俺と戦い、そして――死ね!!」


 全身の体力と精神力を、いま詠唱中の『火』に残らず、ぶちこむ。
 この呪文を放った後、おそらく自分は指一本動かすことさえ出来ないだろう。
 だが、かつてない歓喜が、彼を駆り立てずにはいられない。
(ここで死んでもいい)
 もし、雑念の余地があれば、メンヌヴィルは本気でそう思ったかも知れない。
 もう、メンヌヴィルは眼前の“そいつ”の体温以外、何も“見て”いなかった。
 だから、彼は気付かなかった。
 背後の家から、いつのまにか“標的”が出てきていたことも。その“標的”が、聞いた事もないような呪文を詠唱していた事も。

 ナウシド・イサ・エイワーズ……ハガラズ・ユル・べオグ……、

「ティファニア……!?」
『悪魔』が何かを呟いたようだが、もはやメンヌヴィルの耳に、そんな言葉は届かない。
 あと数秒で呪文は完成する。

 ニード・イス・アルジーズ……ベルカナ・マン・ラグー……、

 陽炎のように空気がそよいだ瞬間、杖に込められた『火』とともに、メンヌヴィルの歓喜は消失した。


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「森を抜けると街道に出るわ。そこにあなたの原隊がいると思う」
「ああ……すまねえな、お嬢ちゃん」 
 寝起きのような顔をして、ふらふらとメンヌヴィルは去った。

「大丈夫だった“ブイスリー”!?」
 幾筋か、白い煙が立ち昇る赤いボディ。ティファニアは、心配そうにV3に駆け寄った。
「いまのは……?」
 かすれた声でV3が尋ねる。
「わたしの魔法。あの人の記憶を、ちょっといじったの。街道に出る頃には、多分わたしたちのことは忘れてると思う。――もう安心よ」
 少し恥かしげにそう言いながら、満面の笑みを浮かべるティファニア。V3が無事だった事を、心からホッとしているのだろう。
 だが、それに反してV3の声は、冷静という以上に、氷の冷気を纏っていた。



「ティファニア、おまえ――そうやって“ブイスリー”の記憶を奪ったのか?」



 ウェストウッドの空気が凍りついた。



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