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ゼロのミーディアム 第一章 -24



絶好の洗濯日和といえる晴れ渡る空の下。そんなすがすがしい気候とは裏腹に、学舎裏の水場に、苛ついた声が響き渡る。 

「ああっ!腹立つ!腹立つ!腹立つぅ!!」
「そんなに力入れると布地が痛んじゃいますよ?」

恨み言を言いながら、女物のパンツを乱暴に洗う小柄な黒翼のメイドと、ハルケギニアでは珍しい黒い髪のメイドの二人である。


「そうは言うけどね大佐。私の愚痴聞いてよぉ!」
「は…はぁ。私で良ければ」
水銀燈はシエスタに昨日及び今朝の騒動について愚痴り出した。

忙しなく口を動かしながらも洗い終わったパンツを背後の籠に放り投げ、二枚目を手に取りゴシゴシやりはじめる水銀燈。
ルイズに文句を言いながら、現在進行形でその彼女のお世話をしているのだから何とも奇妙な話だ。

習慣化し過ぎて、彼女自身もその事に気づいてないのではなかろうか?

「はぁ…それは災難でしたね」
横暴だの我が侭だの洗濯板だの言うお人形に、頬にタラリと汗を垂らしシエスタは曖昧に返す。
怒りに任せルイズをボロクソに言う水銀燈だが、ルイズの最も嫌う『ゼロ』の言葉は絶対に口にしないのは彼女なりの良心か、あるいは同じ悩みの彼女に自分を重ねた故の事か。

「えらく簡素な反応ね。私すっごく苦労してるのよぉ?」
今一つわからないと言った表情のシエスタに水銀燈が不満を漏らした。

「貴族の方と言うのは大概自尊心の強いお方ばかりですからね。特に、そのお世話をする仕事に付けば慣れっこになっちゃって」
魔法学院で働いていれば相手にするのは、もっぱらプライドの高いメイジ連中ばかり。

シエスタもそこまで長く勤めている訳では無いが、ここに居ればメイジ達の理不尽さは理解できるし、その対処の仕方は嫌でも身に付くのだろう。
何より、彼女が言った通り慣れてしまうのだ。

「貴女我慢強いわねぇ…」
呆れと感心半々の意味をこめ水銀燈は感慨深げにシエスタを見つめた。
このお人形もミーディアムとの持ちつ持たれつの生活を始めてそこそこ経つが、この黒髪のメイドの境地にはまだまだ程遠い。

そもそも水銀燈、本来なら人の世話をするような性格では無い。むしろ普通にルイズの使い魔やってること事態が奇跡なのだ。


…え?何?「声だけ聞いてりゃ引きこもりとさんじゅうななさいだからだろ?」って?

「…そうよ!貴女がいたじゃない!」

水銀燈は手の平をパン!と合わせ、何かに気付いたかのようにハッとした顔をシエスタに向けた。

「ねえシエスタ!貴族にモーニングコールを頼まれた事ない?」
「モーニングコール?貴族の方を朝起こして差し上げる事ですか?」
「そう!それそれぇ!」

一応は水銀燈は使い魔なのだ。
なまじキュルケやタバサと言ったルイズと同じ貴族・メイジの意見を聞いていたのがまずかった。

水銀燈は認めないだろうが目上の者を起こす事になるのだから、それを聞くなら学院でメイドやってるシエスタに尋ねた方がいいに決まっている。

「ね、ね。どう言う風に起こしてるのか私に教えてぇ」
「そうですね…。気分を害されないように、どんなに起きてくださらなくても、根気よく丁寧に呼びかける事でしょうか?」
「ほほう、それでそれでぇ?」
人差し指を頬に当て上を見上げながら言うシエスタに、水銀燈は腕組みして相づちを打つ。

「えーと、それだけ…かなぁ…」
「……それだけ?」
満足な答えでは無かったのか、水銀燈はガッカリと肩を落とした。

「あっ、だけど、どんな方でも長く呼びかけ続ければちゃんと起きて貰えますよ?」
「う~ん…起きてくれないからと強行手段に出たのが裏目にでたのかしらぁ…。いやいや!相手はあのルイズだもの!」
「ミス・ヴァリエールだってきっと起きてくれますよ」
シエスタは言うが水銀燈は顔をしかめて即座に否定する。

「甘い!甘いわぁシエスタ!あの子の自分勝手ぶりは寝てたって変わらないの!貴女ルイズに甘過ぎ!!」
「あら、私から見ればあなたもミス・ヴァリエールもモット伯から救って頂いた恩人ですもの。素晴らしいお方だと思いますわ」

そうしてシエスタはにこやかに微笑んだ。
貴族の邸宅に殴りこみをかけた際、ルイズもまた駆けつけてくれたのだ。それを思い出すと、今のとこ悪いイメージしか無かった水銀燈のルイズに対する認識も改まる。

「そうね…あの子我が侭だけど心根は悪い子じゃないものね」
シエスタの言う通り誠意を示せばそれは伝わるだろう、ミーディアムの根っこの部分に賭けてみようと彼女は一つ頷いてシエスタを見据えた。

「ありがと、シエスタ。これであの子を起こしてみせるわぁ!」
「その意気です。頑張って下さいね」



そして黒衣の天使は三度、眠り姫に挑む。
翌日の朝、使い魔は寝息立てるミーディアムの傍らに浮かび、その寝顔を見つめていた。

「さあ、ルイズ!決戦の時よ!」
「ただの目覚ましに何マジになってんのさ…姐さん……」
とりあえずデルフリンガーのツッコミは華麗にスルー。

三度目の正直とするため意気揚々とルイズを指さす水銀燈だが、眠り続ける彼女が気づくはずもない。
そもそも、この程度で起きてくれるのなら水銀燈も苦労しない。
……あっ、このお嬢様、鼻提灯出し始めたぞ。水銀燈の神経を逆撫でするルイズの無意識の反撃である。

「や、やるじゃなぁい…!」
「いや、むしろな~んもやってねーから。で、今度の作戦は何なんだ?」
指をさしたまま顔をヒクヒクひきつらせる水銀燈にデルフが尋ねた。

「今度のはシエスタ直伝の作戦よ」
「へぇ、メイドの嬢ちゃんだっけか?その道の奴に聞くたあ、やるじゃん!」
デルフリンガーの好意的な意見に水銀燈も満足する。
「シエスタは言ってたわぁ…心を込めればちゃんと相手に伝わるって!」
「何となく分かるけど、姐さんあんたにゃ似合わねぇ言葉だな」
「失礼しちゃうわぁ…。私だってやるときはやるわよぉ」

あくまで今回は荒事にならないように努めるのが先決。
故にゆっくりとルイズの肩をさすって呼びかける。

「ルイズ…朝よ。起きて。今日も気持の良い朝よ」
「うわ、マジ似合わね」
「やかましいわね、ほっといてよ」
後ろの剣はとことん無視して使い魔はミーディアムに呼びかけた。
それも懇切丁寧に呼びかけた。

背後にお淑やかそうな水色の髪のメイドさんと、猫耳つけた侍女長さんと、
老け顔のメイドさんじゅうななさいの姿が見えるくらい丁寧に呼び続けた。

中々起きなくてイライラしだすと、一瞬だけ怖い顔したピンクの歌姫っぽい人や、銀髪黒翼のお人形の姿が…って本人じゃんこれ。
ああ、あと全部分かった人は僕と握手。


それでも我慢して地道にそれを続けた末、ルイズは確かに起きてくれた。


「こんな時間になるまで何やってんのよ!ご飯食べられないじゃないのよバカーっ!」
「シエスタの嘘つきぃぃぃー!」

……でも結果はご覧の通り『三度目の正直』ではなく、『二度ある事は三度ある』。
三戦中三敗と言う惨めな結果を迎えてしまった水銀燈。アドバイスをくれたシエスタを恨もうとは別段思わない。
それでもルイズに追われて必死こいて逃げる彼女は、そう叫ばずにはいられなかった。

「あああああ!やってられないわよぉぉぉーーーー!!」
水銀燈は、中庭で塔の壁をげしげし蹴りながらこの三日間で一番の憤慨っぷりを見せていた。
色々な方法でルイズの起床を促すも、物の見事に失敗。
つまり堕天使さんもうお手上げ。

「落ち着きたまえ水銀燈。麗しき乙女がそんなに声を荒げるのは良くないよ」
そんな彼女の後ろで、涼しげな顔して杖をいじっているのはギーシュ。

彼は開けた広場で偶然水銀燈に会い、壁に向かって八つ当たり中の彼女の愚痴を聞いていたのだ。

「シエスタの案を一日目…いや、せめて二日目にやればここまで酷くはならなかったと思うんだけどね」
「どう言う事よぉ」
意味深げなギーシュの言葉に水銀燈は壁キックを中断して振り向いた。

「言葉通りだよ。せめて二日目に優しく起こしていれば、今日程ルイズも怒らなかったと思うんだ。一日目と二日目のツケが今日回ってきたのさ」

ルイズのストレスを短期間に続けて蓄積させたのが問題だったのだとギーシュは言っているのだ。

彼は香りを楽しむように薔薇の杖を顔の前に掲げ、言葉を続ける。
「でも一番手っ取り早く、確実だったのは、ルイズ本人に聞く事だったんじゃないのかい?」
「はうっ!?」

ギーシュのあまりに的確な正論に水銀燈は自分の胸を押さえて驚愕の表情を浮かべた。
「貴方…何者!?ギーシュがこんなマトモな事言うはず無いわぁ!?」

ふるふる指を震わせて水銀燈はギーシュに人差し指を突きつける。

「酷いなぁ。僕はただ思った事をそのまま言っただけなのに」
指差された彼は一つため息をついて苦笑した。
こう見えてギーシュは、トリステイン指折りの武門の嫡男である。
同時に好色とも知られるグラモン家だが、戦況の分析や敵の攻め落とし方はお手のもの。

ギーシュは水銀燈の言った状況を簡単に分析して客観的に述べたに過ぎない。

浮気癖のお陰で女の子にしょっちゅう逃げられる彼だが、言い替えれば何度も逃げられるくらい女の子を口説き落としているのだ。
彼らグラモン家のメイジにとっては意中の女性も、倒すべき敵も両方『落とす』ものに違いは無いのだから。

(そう言えば舞踏会前に会った時は私の悩みを解決してくれたのよね、この子)
話してみれば意外に頼れる男なのかもしれない青銅のメイジ、ギーシュ・ド・グラモン。
水銀燈は彼にに対する評価を『ヘタレ』から『やればできる子…?』へとランクアップさせた。


そんな風に水銀燈は感心しつギーシュを見ていたのだが、ふとその後ろに妙な物が映った。

頭に馬鹿でかいロールをした金髪のカツラを被り、ローブのいたるところにレースや刺繍をつけ、おめかしした中年の男性だ。
彼は緊張した顔つきで忙しそうに中庭を走っている。
そして水銀燈とギーシュに気づくと方向転換してこちらへ走ってきた。

近づいてくる顔を見ればそれは水銀燈も良く知る人間。

「これはこれはミスタ・コルベール。どうかしたのですか?」
「忙しそうねぇ。おまけに、そんなにめかし込んじゃって」
コルベールは二人の真ん前までくると膝に手をつきぜぇぜぇ息を整える。
そして慌てるようにして、のほほんとしている水銀燈とギーシュに返答した。

「二人とも一大事ですぞ!今日は学院にとって最良の日となるでしょう!なんと!この学院にあのアンリエッタ様が来られるのです!!」

「アンリエッタぁ?誰よそれ…」
「アンリエッタ姫殿下が!?」
ギーシュはパッと顔を満身の笑みで輝かせ水銀燈の言葉を遮る程の声をあげた。
そのギーシュの驚きと喜び具合、そして姫殿下と言う言葉から水銀燈は察した。
つまりはこのトリステインの、それもこの二人の浮かれっぷりからしてとっても綺麗なお姫様が学院を訪問するのだろう。


「そうです!したがって粗相があってはいけません。急な事ですが、今から全力を挙げて歓迎の儀の準備を行います!」
「素晴らしい!アンリエッタ様に僕の名を覚えて頂くチャンスじゃないか!」

相当急な、しかもこの国で最高クラスのお偉いさんの訪問であるのに、コルベールもギーシュも嫌な顔どころか大歓喜している。
この調子ではこの二人だけではなく他の人間達も同じような物だろう。
そのアンリエッタ姫殿下とやらが、いかに人気者なのか伺い知る事ができる。

「その通り!姫殿下に諸君らが立派な貴族に成長した事をお見せする絶好の機会と言えるでしょう!生徒は正装したのち、門に整列するように!」
「こうしちゃおれない!水銀燈!悪いけど僕は失礼させてもらうよ!!」
「では私も他の者にも伝えねばならんのでね。ごきげんよう!ああ忙しい!忙しい!」
二人は大慌てかつ、大はしゃぎで走り去る。


「何だか大変な騒ぎのようねぇ…。でも、何しに来るのかしら?そのお姫様とやらは…」
そう考えながら、黒衣の天使は二人の後ろ姿をは生暖かく見送った。

学院総出でお出迎えする程のゲスト、アンリエッタ姫殿下。
本物のお姫様を見るチャンスと言うこともあってか、水銀燈も少し興味を惹かれたのだろう。

正門に行ってみれば、ルイズ・キュルケ・タバサ、といつもの面々もそこに来ていた。

「……」
「何よぉ、何か文句あるの?」
今朝の騒ぎをまだ許していないルイズが使い魔を無言で睨み付け、水銀燈はミーディアムを苛立たしげに睨み返す。

まさに一触即発の状況だが、正門をくぐって王女を乗せているのであろう馬車が入ってくると、ルイズは水銀燈を無視してそちらへと視線を移した。

頭に角を生やした馬、ユニコーンに引かれた馬車を、整列した生徒達は一斉に杖を掲げて出迎える。
しゃん!と小気味よく杖の音が重なった。

止まった馬車に召使いが駆け寄り、前に豪華な絨毯を敷き詰めた。
最後に呼び出しの衛士が緊張した声で王女の到来を告げる。

「トリステイン王国王女、アンリエッタ姫殿下のおなーーーーりーーーーッ!」
だが、がちゃりと馬車の扉より出てきたのは、お坊さんみたいな丸い帽子をかぶり、灰色のローブに身を包んだ痩せぎすの男だった。

生徒達は思わず顔をしかめる。
皆の気持ちを総じて表せば、こうなるだろう。

「「「(誰だよお前……)」」」

露骨に嫌がられる彼はマザリーニ枢機卿。現トリステインの内政と外交を担うこの国の苦労人であった。
日々、国の為に力を尽くしている御仁に、この扱いはあんまりだと思われるが、等の本人は別段意に介した風も無い。

そんな沈黙の中で黒いお人形が驚愕の表情で小さく呟いた。
「あれが、……アンリエッタ姫殿下!!」
「んな訳無いでしょうがぁぁぁぁぁぁぁーーーーッ!!」
ボソッと呟いた水銀燈の独り言にルイズの地獄耳が反応し、使い魔の耳元で大声を張り上げる。

敬愛する姫殿下を『鳥の骨』と勘違いされたのだから仕方がないが、
己の耳をつんざく甲高い声を受けた水銀燈、両耳押さえて大抗議。

「ちょっとした冗談じゃないのよぉぉぉぉーーーーッ!」
ルイズの耳元に怒鳴ってやり返した。
そのまま取っ組み合いになると、互いの頬の引っ張り合いを始める。

周囲の人間が人差し指立ててしーっ!と、注意を促した。
それで渋々、双方手を離すが、それでも小声で口喧嘩が続く。

「あんたのせいで怒られちゃったじゃない…」
「冗談真に受ける貴女が悪い…」

どうやら二人の仲直りはまだまだ先となりそうだ。

マザリーニが馬車の横に立つと、続いて降りてくる王女がその手を取った。

(成る程、確かにこれはお姫様ね)
水銀燈の言う通り、そこにはおとぎ話から抜け出して来たような、まさにお姫様がいた。
すらりとした気品ある顔立ちに、薄いブルーの瞳、高い鼻が目をひく瑞々しい美女。
男子は勿論女子も歓声を挙げている。人気があるのも頷ける容姿だ。


「あれがトリステインの王女?ふん、あたし達のほうが美人じゃない。ね~?水銀燈?」
隣のキュルケが水銀燈に抱きつきながら言う。

「本当にお姫様っているのねぇ。…って、うっとうしい!」
豊満な胸をぐりぐり後頭部に押し付けてくるキュルケを、水銀燈はぶんぶん頭を振って振り払った。

ふと、先程から黙っているルイズを見れば、彼女は真面目な顔をして王女を見つめていた。
何か思う所あるのか、清楚で華やかな佇まいだ。

(この子も黙ってればいい子なのに…)
近頃の自分の扱いを棚に上げ、水銀燈は深いため息をついた。
そのルイズの横顔が、はっとした顔になった。それから顔を赤らめる。何よ、何があったのよと水銀燈もルイズの視線の先を確かめる。

その先には見事な羽帽子をかぶった凛々しい貴族が、鷲の頭と獅子の胴体を持った幻獣に跨がっている。
ルイズは心ここに在らずとでも言う風にその貴族を見つめているのだ。

(この子も隅に置けないわねぇ、一目惚れだなんてぇ。このネタで後でからかってやりましょ!)
と、ニヤニヤ水銀燈は考えつつ、もう一度、その凛々しい貴族を見る。

どこかで見たような気がするのは気のせいだろうか?それに、ルイズは一目惚れをするような人間だった、だろうか?
彼女は腕組みして首を傾げた。

(羽飾りの帽子…凛々しい貴族…たしかどこかで…。うーん、思い出せないわぁ…)

隣のキュルケも色目を送りながら、その貴族の男を見ている。
「あらっ、いい男」
「やら……」
キュルケの呟きに、それまで本とにらめっこしてたタバサが突然反応する。
だが言い終える前に、水銀燈がその口を手でパシッと塞いだ。

「よく分からないけど貴女、今とんでもない事言おうとしたでしょ」
「……私にも分からない」
しれっと爆弾発言をかまそうとしたタバサだが、水銀燈の女の勘がそれを阻んだのだ。

なお、彼女らの言う通り深い意味は分からないのだろうが、
それは貴女方はずっと知らない方が幸せな言葉です…とだけ言っておこう。

…ウホッ!

その日の夜。水銀燈は鞄の上に腰掛けてルイズをじっと見つめていた。

今のルイズはえらく落ち着きが無い。
部屋の中をうろうろ歩き回り、ベッドに腰掛ける。
かと思えば今度は枕を抱いて、ぼんやり宙を見つめ呆け始めた。

この奇行が始まったのは、あの姫殿下の歓迎式典。詳しく言えば羽帽子の貴族を見た直後。

「ルイズ…どうしたのかしら?」
日頃見られぬその様子に、流石の水銀燈も調子が狂う。
そんなルイズを見ていると、突如コンコンと部屋のドアがノックされた。

「ルイズ。お客さんよぉ」
使い魔の言葉をルイズは無視する。と言うよりは聞こえて無いのだろう。彼女はぼーっとして反応すら見せない。

「この私を無視するなんていい度胸してるわね…」
お人形の眉間に皺が寄り、険しい顔つきとなった。だが、やはりミーディアムはそれに気付く様子は無い。

「貴女の方が近いじゃない!ねぇ!聞いてるの!?」
聞いてないからこそ、枕抱いて微動だにしないのだ。再びドアからノックが鳴る。

「ああもう!今出るわよぉ!!」
業を煮やした使い魔が乱暴な口調で、ドアへと向かった。
直後さらなるノックが響く。

「せっかちね!少しくらい我慢なさいよ!!」
三度目のノックは規則正しく叩かれた。始めに長く二回、続いて短く三回。
とたんに、ルイズがハッと我に返る。

「こんな夜分にどこのお馬鹿さんよ!!」
ドアの前にいたのは、真っ黒な頭巾にマントを被った不審な人影。
…正直怪しいにも程がある。
「何だお前!?」
「怪しい奴だが!!」
とアピールしてるような物だ。
「このおじさん変なんです!」
「そうです!私が!変なおじさんです!!」
と開き直ってるような物だ。

だがそれ以上に、マントの隙間から出ている物を見て水銀燈は大きく目を見開いた。
(魔法の…杖!?)
素性を隠したメイジらしき者が、杖を持って待ち構えていたのだ。
何にせよ、この目の前の人間、ろくな者であるはずが無い。

半ば反射的に、水銀燈は羽を右手に集束させ剣を構成。すかさず、前のメイジの首筋に突きつけた。

「動かないで」
水銀燈は冷やかに告げる。
威嚇するように広がる黒翼、射殺すような鋭い光を放つ紅眼、そして首筋にギラギラ輝く白刃を前に、
招かざる訪問者は小さく「ひっ…」と後退る。
その声はまだ若い少女ととれる声。

「水銀燈!その御方から剣を引きなさい!!」
背後のルイズが青ざめ、声を震わせて言った。



「はぁ!?何言ってるの貴女?どこかの刺客かもしれないのよ!!」
「いいから剣引いて!」

不承不承で水銀燈は剣を引く。頭巾を被った少女は安心してホッと胸を撫で下ろし、手にした杖を軽く振り光の粉を部屋中に放つ。
「ディティクトマジック(探知魔法)…」
「どこに耳が、目が光っているかわかりませんからね」

そして少女は頭巾を取った。

「お久しぶりね。ルイズ・フランソワーズ」
「ひ、姫殿下!」
現れたのは、なんとあのアンリエッタ王女。彼女は涼しげな、心地よい声で旧友の名を呼んだ。


だが、そんなアンリエッタとは対照的にルイズは大慌てでまくし立てる。
「申し訳ございません姫さま!私の使い魔がとんだ御無礼を!!ほら水銀燈!あんたも謝る!」
「仕方ないじゃない!ドアの先にあんな露骨に怪しいのがいたんだもの!私は悪くないわよ!!」

頭を無理矢理にでも下げさせようとするルイズに、頑としてそれを拒否する水銀燈。

「気にしないでルイズ。後をつけられぬ為とは言え、わたくしも浅はかだったわ」
アンリエッタは目の前で喧嘩し出した二人の無礼を気にもせず、ニッコリと笑って言った。
そしてまじまじと水銀燈を見つめ、彼女に話しかける。

「えーと…あなたがルイズ使い魔さん?」
「この子が言うにはそうらしいわ。…あんまり認めたくないのだけれど」
「どう言う意味よあんた!」
水銀燈がげんなりし、ルイズがそれに文句をつけた。

「ルイズ・フランソワーズ…あなた使い魔に天使様を呼び出したの?」
「ご心配はいりません。この子はただの人形です!」
「ただの人形って何よ!!」
今度は水銀燈がルイズに喰ってかかった。
非常に表情豊かで、主人に文句を言うお人形。
それを不思議に思いながら、アンリエッタは小さく笑ってルイズに向き直る。

「そうよね。ルイズ・フランソワーズ、あなたって昔からどこか変わっていたけど相変わらずよね」
「姫さまもお変わりないようで」
感極まった二人は、互いの体を抱きしめ合った。

蚊帳の外となった水銀燈は一つ溜め息をついて再び鞄の上に腰掛ける。

(このお姫様はルイズに会いたくて学院に来たのね)
旧友の再開を噛み締め合うルイズとアンリエッタを見てそう思う。

(……でも本当にそれだけなのかしら?)
手を取り合い昔話に華を咲かせ始める二人の少女。実に微笑ましい光景ではあるが、水銀燈、その様子に何故かえらく嫌な予感を感じた。

「あの頃は毎日が楽しかったわ。悩みなんか何も無かったのですもの」
深い、憂いを含んだ王女の声。彼女は諦めの入ったような表情で深いため息をついた。

「姫さま?何か深刻なお悩みが…?」
ルイズは心配になってアンリエッタの顔を覗き込む。
ある意味アンリエッタはその言葉を待っていたのかもしれない。それでも、親友であるルイズには言葉が躊躇われた。

「いえ、何でもないわ。ごめんなさいね……。あなたに話せるような事じゃないのに…」
「おっしゃって下さい!あれほど明るかった姫さまが、こんなに顔を雲らせるなんて!
きっとなにかとんでもないお悩みがおありなのでしょう!」

性格に多少難はあるが、良くも悪くもルイズは純粋なのだ。
ましてや相手が敬愛する王女であり、古くからの親友たるアンリエッタでは構わずにいられぬ筈がない。

「私をおともだちと呼んで下さったのは姫さまです。そのおともだちに悩みを明かす事ができないのですか?」
「今でもわたくしをおともだちと呼んでくれるのね、ルイズ・フランソワーズ。とても嬉しいわ」
ルイズの言葉に、アンリエッタは涙ぐんで目元を拭った。
何か決心したように彼女は頷き、ルイズに向き合い話を切り出す。

「今から話すことは、誰にも話してはいけません」



この間に、鞄に腰掛けた水銀燈は一言も喋らず、ルイズとアンリエッタの様子を見つめていた。

(何だか昔を思い出すわね……)
ローゼンメイデンの長女でありながら昔の水銀燈は非常に弱々しく、儚げな少女であった。

――思い起こすのは、そんな自分を拾い、支えた一人の少女の事。

歩く事すらおぼつかない水銀燈を励まし、お茶のいれ方から、日常の生活の仕方まで…。そして、「生きる事とは戦う事」と教えた紅き薔薇の少女。

水銀燈もまた、気が遠くなるような昔に友と呼べるような者が傍らにいたのだ。

目の前で何やら真剣な表情で話し合うルイズとアンリエッタに、当時の自分と妹の姿が重なる。

黒の少女は、あの頃は本当に幸せだと思っていた。紅の少女を美しく思い、憧れすら感じた。

そんな懐かしい記憶に、水銀燈は少しだけ悲痛な面持ちとなる。
(もしも、あのまま決別の時を向かえなければ私達もこの子達みたいに……)



――くだらない。

だが、すぐにそう吐き捨てる。

「……馬鹿馬鹿しい考えだわ」
支えてくれたと思っていた少女のそれは、所詮は偽善だった。
あの時、自分は騙されていたのだ。と、苦渋に満ちた顔つきで思い直す。
己の誇りを深く傷つけた者の事など、絶対に許せるものか。

(作りかけの、ジャンクのくせに!!)

あの時に浴びせかけられた屈辱の言葉は、今まで一瞬たりとも忘れた事は無い。
その紅い薔薇はこの漆黒の天使にとっての妹である。
…そして今となっては憎んでも憎みきれぬ、忌まわしき宿敵だった。

「真紅……ッ!!」
彼女はギリッと奥歯を噛み締め、虚空を睨み付けてその名を呟いた。


「水銀燈!あんた聞いてるの!」
「…えっ?」

水銀燈は、その視界に割り込んで来たルイズの怒り顔にはっとする。

「ほら!やっぱり聞いてなかったんじゃない!」
腰に手を当て、覗き込むように不機嫌な顔を使い魔に向けるミーディアム。
眉を吊り上げ責めるような口調で言葉を続けた。

「何ボーッとしてるのよ!姫さま直々に仰せ付けられた任務なのよ!」

「…任務ですって?」
水銀燈は眉を潜め、瞳を細めた厳しい眼差しをアンリエッタに向けた。
王女は、居心地悪そうな苦しい笑い顔を、申し訳無さそうに浮かべている。

「話せば長くなりますが…」
「姫さま!こんな子にわざわざ話し直す必要などありません!」

いちいちカチンとくる子ね。と、水銀燈は、ルイズに一瞬穏やかでない眼光を向ける。

「いいえ、わたくしの我が侭であなた方をアルビオンに遣わす事になるのです。
彼女にも私の口から伝えさせてください」

もの悲しい調子で軽く俯いて、アンリエッタは語り出した。

「わたくしはゲルマニア皇帝に嫁ぐことになったのですが…」
それを聞いたルイズが、ふん!と吐き捨てた。
何度聞いても腹立たしいと言わんばかりに、そっぽを向く。彼女はゲルマニアが嫌いなのだ。

「仕方がないの。同盟を結ぶためなのですから」
ルイズの憤慨に弱々しく微笑んだ後、アンリエッタはハルケギニアの政治情勢を説明しはじめた。
アルビオンの貴族が反乱を起こし、今にも倒れそうな事。
王室を倒した反乱軍は次にトリステインな侵攻してくるであろう事。
それに対抗するために、トリステインはゲルマニアと同盟を結ぶようになった事。
そして今言った通り、同盟の証としてアンリエッタがゲルマニア皇室に嫁ぐことになったこと…

「政略結婚って言うのよね」
「……その通りです。わたくしは王室に生まれた身…。好きな相手と結婚するなんて、物事ついたときから諦めていますわ」
水銀燈の包み隠さぬ直接的な物言いに、アンリエッタは口調を沈ませた。 

「礼儀知らずのアルビオンの貴族達が、この同盟を望む筈がありません。したがって婚姻を妨げるための材料を血眼になって探しています」
「…話が見えて来ないのだけれど。いい加減本題を切り出してくださるかしら」
水銀燈はこの世界の情勢に等、さして興味は無い。政略結婚云々に関しては、所詮は他人事過ぎない。
そんな事を長々と話をされても、ただ苛立ちが募るだけだった。

「あんた、どれだけ姫さまに無礼を働けば…!」
「良いのです。ルイズ・フランソワーズ。…ここからが本題となります」

荒ぶるルイズを手で制し、アンリエッタは少しの間、目を瞑って本題を語り出した。

「任務とは…わたくしが以前したためた一通の手紙を、アルビオンより取り戻して欲しいのです」
「それが貴女の言った婚姻を妨げる要因?」
「ええ…それが反乱軍に渡れば、彼らはすぐにゲルマニア皇室にそれを届けるでしょう」
「何が書いてあるのよ?」

アンリエッタは口をつぐんだ。言う事が出来ないのか、ただ単に言いたくないのかは分からないが、伝える気は無いらしい。

「その手紙はアルビオン王家のウェールズ皇太子がお持ちなのよ」
押し黙ったアンリエッタの代わりにルイズが口を挟んだ。

アルビオン王家は反乱軍の猛攻で壊滅寸前と言っていた。手紙を持つのはそこにいる皇太子。
王女の言う任務とは、それ即ち…
「……要するに、敵陣の真っ只中に突っ込んで、負け戦の決まった皇太子から、国を揺るがすような何だか分からない手紙を取り戻して来いって事なのね」
水銀燈が不機嫌な顔を崩さずアンリエッタに向けて言う。

「その通りよ」
さも平然とルイズは返した。一国の命運を賭けたであろう王女直々の任務。それを彼女はあっさりと承諾したらしい。
おまけに水銀燈も同行する事前提で、相談もせず勝手に決めてしまったようだ。
果たしてルイズは事の重大ささが分かっているのだろうか?
水銀燈はあきれ果て言葉も出なかった。

ルイズは元気を無くしたアンリエッタの手を取って励ます。

「ご心配は無用です!このルイズ・フランソワーズ、姫さまとトリステインの危機を見過ごす訳にはまいりません!
姫さまの御為とあらば、地獄の釜の中だろうと、竜のアギトの中だろうと、恐れはしませんわ!」
どこからそんな自信が来るのかと、水銀燈は頭を抱えた。

「『土くれ』のフーケを捕まえたこの私が、必ずやこの任務を成功させて見せましょう!!」

――続けて言ったこの一言がまずかった。
(この子、あの騒動を自分一人の手柄みたいに…)

ルイズは別にそんな風に言ったのでは無いが、
今の水銀燈の耳にはルイズ言葉一つ一つに、嫌気と言う名のフィルターがかかって聞こえているのだ。

忌々しい過去を追憶したせいで、気が立っていたのもある。

だが何より、連日の喧嘩がこの二人の間に、深刻な亀裂を生じさせていたのだろう。
ギーシュは、この三日間でルイズの鬱憤を貯めすぎたのがいけなかったと言ったが、何も鬱憤を貯めていたのはルイズだけでは無い。
水銀燈もまた、ルイズの傍若無人っぷりに腹を立てていた。
そして今の一言で彼女の憤りは規定値を完全に振り切ってしまう事となる。


「水銀燈!善は急げよ。明日の朝早くにここを出るわ!」
ルイズはやる気に満ちた燃えるような顔を水銀燈に向けた。

「……ええ。行ってらっしゃい。頑張ってきてね」
対する彼女は下を向いて、最低温の凍りつくような声で返答する。

「は?何言ってるのあんた。寝ぼけてるの?」
「私も貴女が何を言ってるのか理解できないわ」

水銀燈とルイズとの間に険悪な空気が渦巻き始める。ミーディアムの顔は怒りで朱に染まり、使い魔の口元には冷たい薄ら笑いが浮かんでる。

凄まじいまでの温度差だ。

「だから!私とあんたで姫さま直々の命を受けてアルビオンに向かうって言ってるんでしょうが!!」
「冗談は止してよ。この私が貴女のお供を……?フフフ……」
ルイズの怒声に物怖じ一つせず、俯いた水銀燈は口元を隠して不気味にクスクス含み笑いをした。

ミーディアムと王女はその妖しい笑みを緊張の面持ちで見つめている。

そんなお人形の顔が上がった。
それは純粋な、まさに天使の微笑みだった。
小首を傾げ、表情を変えず堕天使は口を開く。


「絶、対、嫌」



だがその口より告げられた言葉は、表情とは最もかけ離れた、あまりに無慈悲な一言であった。



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