あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

虚無の魔術師と黒蟻の使い魔-07-3


ギーシュは背中に地面を感じていた。
つまり自分は倒れているのか? 必死に状況を把握しようと頭を巡らす。
脚が痛い。痒い。熱い。それは突如現れた巨大な蟻にやられたもの。
胸が痛い。それは? それはルイズとぶつかったことによる痛みだろうか。
腹が重い。どういうことだ? 何かが乗っている。腹だけじゃない。腕も何かに押さえつけられている。どういうことだ?
ぽたり。
何か液体が己の顔に落ちてきた。
ギーシュは目を開く。
そこには涙を流すルイズがいた。
ギーシュが感じた重みはルイズだった。腹の上に馬乗りに乗っかっている。そしてギーシュの両の腕を脛で押さえている。
そして涙を流している。
「な、」
「あふふはは」
なぜ泣いている? この状況でそれを聞くのはひどく間抜けなようにも思えたが、ギーシュの頭に真っ先に浮かんだ疑問はそれだった。しかし、そう問い質そうとしたギーシュの言葉を遮り、ルイズの口から奇妙な笑いが漏れた。
「あははあはあ……あぁ、痛いわ……すごく、痛い」
ルイズが言った。
よく見ればただ涙を流しているだけではない。ルイズは明らかに痛みに顔を歪めていた。
ギーシュは状況を把握するため、ルイズを見る。
ルイズの左手は、自身の右肩を押さえていた。右腕は、力無くだらりとぶら下がっている。
「肩が、外れるのって、こんなに、痛いのね」
状況はほぼ全てルイズの思惑通りに進んでいた。
「準備はできている」。ルイズはそう言った。
『準備』。ルイズはギーシュに賭けを持ちかけ、ギーシュと話している間に、5匹の黒蟻をギーシュの足元に移動させた。
そして、4匹の黒蟻にギーシュの脚を齧らせた。
ギーシュがどれ程痛がるか、どれ程の混乱を引き出せるかは未知数だったが、十分すぎる混乱を引き出せた。痛みよりも、血や巨大な蟻の姿こそが混乱させる要因となったようだ。
もし、混乱が足りなかった場合は残したもう1匹で別の場所に噛み付いてやろうと思っていたが、それは必要なかった。
そして、ギーシュが混乱し、野次馬たちもわけがわからずそれに注目する中、ルイズは1つ深呼吸をした。
ゆっくりと呼吸をし、心を落ち着かせ、悠然と歩く。ギーシュが呼び出し、そしてギーシュの混乱によりコントロールを失いただ立ち尽くすだけのワルキューレのもとへ。
そして、ルイズは杖の先端でワルキューレに触れ、錬金を唱え、爆破した。
爆破したらば、先程とは打って変わって、猛然と走り出す。肉体強化によって底上げされたルイズの身体能力、全力を使いギーシュに体当たりした。
そして倒れたギーシュに馬乗りになり、今に至る。
黒蟻の魔法では、ワルキューレをどうすることもできない。だからワルキューレではなく、ギーシュに向けて蟻を放った。
ワルキューレを破壊するには爆発を当てる必要がある。だが、爆発は狙いがつかない。だから、深呼吸し、心を落ち着けた上で、外しようの無いゼロ距離で魔法を唱えた。
黒蟻の魔法ではギーシュを混乱させることはできても、すぐ蟻を潰されて終わってしまう。だが、ルイズには肉体強化によって底上げされた身体能力がある。
ギーシュと同程度の身体能力。ならばギーシュを倒すのには十分。ましてや、相手は魔法を使うことを第一に考えているのだ。
然るべくして今の状況がある。
ルイズにとって計算外があるとすれば、体当たりをしたときに、ギーシュと直接ぶつかった右肩が外れてしまったこと。
いや、多少のダメージは織り込み済みではあったが、思っていたよりずっと痛かった。
肩が外れるのはこんなに痛かったのか。闘うということはこんなに痛いことだったのか。
そのあたり、覚悟していたつもりでも実際に身に受けてみると、やはり痛いのだ。
だが、痛がってばかりはいられない。まだ決着がついていない。
まだギーシュが負けを認めていない。
まだ、ギーシュはシエスタに謝ってはいない。

「ひ、卑怯だぞ!」
ギーシュは、己の上に乗るルイズに向けて叫ぶ。
「今のは、良く解らないが変な虫が湧いていて混乱しただけだ。そんなトラブルにつけ込むなんて、貴族として恥ずかしくないのか!」
ギーシュはルイズを非難する。するとマリコルヌらギーシュの取り巻きたちもそれに呼応する。
「甘ったれ……」
そう呟いたのはタバサであったが、それは誰かを非難する言葉ではなく、ただの率直な感想であり、その声は誰の耳にも届くことなく喧騒に消えた。
ルイズは左手で涙を拭うと、「ふう」と一つ息をつく。
右肩はずきずきと痛むが、そんなことを気にしている場合ではない。決闘の最中である。
ほんの一秒、ルイズは考えて、口を開いた。
「あの蟻は私の使い魔よ」
ルイズは嘘をついた。魔法権利によって呼び出されたものであり、使い魔ではない。しかし魔法だと主張したならば、系統はなんだという話になる。
それは答えられない。
治癒の魔法を習得していたなら、水系統の魔法に偽装することもできたが、蟻を、生き物を作り出す魔法などどの系統にも存在しない。
そうなると、先住魔法、異端扱いされるのが落ちだろう。
そもそもルイズは杖を持ってもいなかったのだ。系統魔法と言い張るのは手遅れだ。
ならば、使い魔と称するのが一番無理は少ないだろう。
「何を言ってる? お前の使い魔は石ころじゃないかっ!」
ギーシュがルイズの言葉に噛み付く。
無理は少ないと言っても、そもそもが嘘なのだ。やはり無理はある。
だが、その無理をどうにかしないことには、この決闘にけちがつく。ギーシュが負けを認めない。
それだけではない。この決闘だけの問題ではないのだ。何か良い言い訳をしなければ、せっかく身につけたこの黒蟻の魔法を人前で使うことはできない。
この決闘だけの問題ではない。故に、当然ルイズはこの決闘などとは関係なく、言い訳、嘘を既に用意している。
もう少し細かい部分を煮詰めてからコルベールあたりに言うつもりであった嘘を、ここで披露する。
「あの石はね、蟻の巣なのよ」
「は?」
ルイズの言葉にギーシュは当然の反応を示す。
そんなギーシュの反応を無視し、ルイズは己の頭の中にある嘘の筋書きを読み上げていく。
「あんな巨大な蟻がいるなんて驚きだけど、世界のどっかにあんな蟻がいるらしいわ。あの石はその蟻の巣の一部だったみたいね。つまり私は蟻の巣と契約したの」
そこでルイズは一度言葉を切り、野次馬たちの反応を見る。少しざわついてはいるが、こちらの言葉をきちんと聴いているようだ。
これから大手を振って黒蟻の魔法を使うためにも、学院の者にはこの嘘を信じてもらう必要がある。
「その結果ね、どうやらその巣に住む蟻全てが私に従うようになったみたい。しかもね、主と使い魔の繋がりかしら、その蟻たちは私の求めに応じて召喚されるの。どう? すごいでしょう?」
これがルイズの考えた嘘。
蟻の巣と契約したからといって中に住む蟻が全てルイズに従う、あまつさえその蟻が必要に応じて召喚されるなどと到底信じられるものではない。
だが、コントラクト・サーヴァントの効果というものには未知の部分が多い。
ルーンを刻まれることによって人語を使えるようになったりと、使い魔に何かしらの能力が付加されるケースがある。だがどういった条件で能力が付加されるかはよく解っていない。
『人に飼われる動物は人語を理解できるようになることが多い』といった程度。前例から推し量る程度でしかない。
つまり、蟻の巣などという前例の無い使い魔にどんな能力が付加されるかは誰も解らない。ルイズの言葉を否定する根拠が一切無いのだ。
しかし、ルイズの言葉を肯定する根拠も無い。
それなら肯定のための根拠を今から見せてやればいい。
「な、アレだ。適当なことを言って、あの蟻をさも自分の手柄のように言ってるだけだろ」
ギーシュはルイズの言葉を受け入れない。そのギーシュに向けてルイズが左手を差し出す。
何も乗っていない手の平。その手の平に、突如巨大な黒蟻が現れる。
「うあぁああ!」
ギーシュが驚き、叫ぶ。
野次馬たちも驚きの声をあげる。
何も無い空間に突如現れた巨大な黒蟻。その現象を説明するには未知の魔法でも持ち出すか、ルイズの説明を信じるか、だ。
正解か、嘘か。
「ほうら、ね」
ルイズは言うと、にやりと口元を歪める。
「だからね、さっきの脚を真っ赤にしてぎゃあぎゃあ喚いた無様な姿は、私の攻撃によるもの。トラブルでもなんでもなくて、れっきとした決闘の一場面に過ぎないの」
ルイズは言葉を切る。
「だから、あんたは負けを認めなさい」
ギーシュはくつくつと笑った。
「は、はは。馬鹿を言うなよゼロのルイズ。この状況のどこが負けだと言うんだい」
ギーシュは己の腕を確認する。
両の腕を押さえつけるルイズの脛。それはとても女子の力とは思えない力が込められており、その戒めを解くことは出来そうにない。
それならそれでかまわない。
武門の誉れ高いグラモン家。その一員たるギーシュ。幾ら実戦経験がなかろうと、戦いの最中に杖を手放すなどという愚を犯しはしない。
蟻に襲われ混乱の中にあっても杖を放さなかった。
ルイズの体当たりによって倒れた今も、その右手に杖は握られている。
「確かに君は蟻を呼び出せるみたいだ。随分と小賢しく立ち回って僕を倒して馬乗りになって……それが、どうしたんだ?」
続いてルイズの手を確認する。左手は先程蟻を呼び出して見せた手。そこに杖はない。右手も肩が外れ、ただぶら下がっているだけという状態。何も握られていない。
ルイズは杖を手放している。
「得意気に馬乗りになって、それじゃぁ背後からワルキューレに襲われたら逃げることも出来ないじゃないか」
ギーシュは言う。
馬乗り――マウントポジションと呼ばれるこの体勢は上位のものに圧倒的な優位性がある。だがそれは肉弾戦におけること。
なぜマウントポジションにおいて圧倒的に上が優位かというと、下にいるものの打撃が上のものに届かない、届いても力が入り難いからである。
しかし、魔法なら。魔法は杖を持ちルーンを唱えさえすればどんな体勢だろうと威力を発揮することが出来る。
ましてギーシュの得意とする魔法はゴーレム。
1対1しか想定していないマウントポジションに対して多対一の戦いをすることが出来る。
「あなたのゴーレムは、壊したわ」
「壊れたなら、また作るだけさ」
ギーシュの薔薇を模した杖。ルイズに腕を押さえられることにより、その杖はギーシュの足元に向いている。つまり、ルイズの背後にワルキューレを作ることが出来る状態だ。
そして、ルイズは杖を手放している。
この状態でルイズに杖を向けられたのなら、青銅で出来たゴーレムをバラバラにしたその杖を向けられたなら、負けを認める以外になかっただろう。
だがルイズの手に杖は握られていない。
「また作る……ねぇ。じゃぁ、こういうのはどうかしら。あんた好きでしょ、古き良き時代の貴族の決闘の物語。男ってそういう本ばっか読んでるじゃない。だからそれに倣って、『唱えな! どっちが早いか試してみようぜ』というやつよ」
ルイズの言葉にギーシュは思わず笑いそうになる。
ルイズはとんだ勘違いをしている。
ルイズは蟻を呼び出すスピードによっぽど自信があるのだろう。だがそんなものは関係ない。
よしんばワルキューレを作るより早く蟻を呼び出し攻撃したとしても、それで勝てるわけではない。勝つのは、より早く相手を行動不能にした方である。ルイズの蟻にそんな力は無い。
ルイズが杖を持っていたなら。ルイズがルーンを唱えた瞬間、ギーシュはワルキューレと同じ運命を辿る。しかも、ワルキューレを呼び出してから攻撃を命じるという2つの動作が必要なギーシュよりも確実に早い。
だが、ルイズの手に杖はない。
「…………」
「…………」
ルイズとギーシュはお互い口を閉ざし、視線が交差する。
何か合図があるわけではない。どちらかが動いたらそれが合図である。
どのタイミングで仕掛けるか、緊迫した状況にも見えるが、ギーシュは仕掛けるタイミングを計っているわけではない。
ただ再び蟻に噛まれるその痛みに、覚悟を固めているだけ。そして覚悟が決まり次第、ルーンを唱えるだけである。
「ワ……」
ギーシュが口を開いたその瞬間、ギーシュの体に痛みが走った。
蟻に噛まれる痛みは覚悟済み、そんなものではルーンをとめることは出来ない。
だがギーシュを襲った痛みはそんなものではなかった。
野次馬たちがどよめく。
ギーシュがルーンを唱えるべく動かしたその顎に、ルイズの左拳が叩き込まれたのだ。
否応もなくギーシュの詠唱は止まる。
(蟻じゃなくて、拳だと!? メイジ同士の戦いで!?)
ルイズの拳による攻撃をギーシュは全く予期していなかった。
(いや! 予期して然るべきだった! ルイズはさっきだって体当たりなんておよそメイジらしからぬ攻撃をしたんじゃぁないか!)
(ならば! ならば、この痛みも覚悟してルーンを唱えきればいいだけのことだ!)
ギーシュにはワルキューレを呼び出す以外の活路はない。ならば覚悟を新たにその活路へと突っ走るしかない。
「ワ……」
再びルイズの拳が叩き込まれる。
「ル……」
しかし、詠唱は止まず、切れ切れにではあるが続いていく。
三度の左拳。
「キュ……」
「あぁ、こうか」
次に叩き込まれたのは拳ではなかった。
今までギーシュに叩き込まれた拳の面ではなく、小指側の面、いわゆる鉄槌をギーシュの顔面へと振り下ろした。
「ぐ……」
ギーシュの詠唱は止まった。
詠唱など、とてもしていられない衝撃。
ルイズの鉄槌がギーシュの顔から離れると、真紅の糸が鉄槌と顔を結ぶ。ギーシュの鼻は本来ありえない方向に曲がり、どくどくと赤い血を流している。
右肩をいためているルイズにとって、上半身のひねりによって力をこめるパンチでは、どうしても右肩を庇ってしまい威力が出ない。それに対し左肩を中心とした回転で力を発揮できる鉄槌ならば、右肩をそれほど気にせずに振るうことが出来る。
結果、ギーシュの鼻はへし折れ、そして、つい先程決めたばかりの覚悟もへし折れた。
最初のパンチを受けたとき、ルイズの膂力に高を括った。所詮は女の力。ルーン一つ唱える間耐えることなど容易いと。
しかし、これは無理だ。こんなのを何発も受けたら死んでしまう。女の力とはとても思えない。
「ぶはぁ、はぁ」
鼻から血が溢れ出、呼吸の苦しくなったギーシュは、大きく口で息をする。
「早く負けを認めなさいよ、ギーシュ」
ルイズの降伏勧告。
そんなもの受け入れられない。そうは思えど、振り上げられた赤い拳から目を離すことができない。
ここで負けを認めなければ、また鉄槌が振り下ろされる。
それを想像しただけで戦意を湧き起こすことなど出来なくなってしまった。
「…………」
ルーンも、反抗の言葉も、降伏の言葉も出てこない。ただ、ルイズの拳を注視するだけのギーシュであったが、
「ふう」
とため息をついたルイズが、その拳にぎゅうと力を込め直したのを見た瞬間、その沈黙すらも守ることが出来なくなった。
「僕の負けだ! 許してくれ!」
ギーシュは懇願するように叫んだ。
喚声が起こる。
その喚声を背に受けながらルイズは立ち上がった。
ギーシュは両手で顔を覆っている。
既にその手に杖は握られていない。負けを認めた瞬間、その手は杖を持つ力を保つことができなくなった。
ルイズはあたりを見渡す。シエスタの姿を探す。
シエスタと目が合った。ルイズがシエスタのほうへ近寄ろうと一歩踏み出すと、逆にシエスタがルイズのほうへと駆け寄ってくる。
「大丈夫ですか!? ミス・ヴァリエール!」
開口一番、シエスタはルイズの右肩を案じる。
「大丈夫よ、シエスタ。それより……」
「だ、大丈夫じゃないですよ! 痛いですよ!」
「え、まぁ痛いけど、だいじょ……」
「大丈夫じゃないです! はめましょう! 私できますよ! 弟たちが肩をはずしたりなんて日常でしたからっ!」
「え、はめるって……ゴキっと?」
「はい! ゴキっと!」
そう言うとルイズの右手を持とうとするシエスタ。ルイズは慌ててシエスタを止める。
「だ、大丈夫。後で医務室の先生にお願いするから! それより今は……」
ルイズは何とかシエスタを宥め、話をそらそうとする。シエスタはまだ心配そうな顔で、ルイズの右腕を見ながらオロオロしているが、それは置いておいて、ルイズは倒れたままのギーシュへと視線を向ける。
「ギーシュ! 負けたんだからとっとと謝りなさい!」
倒れたままのギーシュに容赦なく言う。
ギーシュは鼻を押さえながら、上体を起こす。上目遣いにルイズを見る。が、その視線をすぐに外し、地面へと遣る。
「……悪かったよ」
ギーシュは顔を上げぬままに言う。
「悪かったよ。今までゼロだなんだと馬鹿にして。これからは改めるよ……」
ギーシュは渋々と、謝罪の言葉を述べる。
「何言ってるのよ、ギーシュ。私に謝ってどうするのよ! いや、謝るのは大いに結構なんだけど、それより先に謝る相手がいるでしょう!」
ルイズはシエスタの手をつかむとギーシュの前へと引っ張る。
「シエスタに謝る約束でしょう!」
ルイズの言葉にギーシュは思わず顔を上げる。
幾ら約束したこととはいえ、平民に謝るなど出来ようか。
ギーシュは抗議の声を上げようとしたが、それはシエスタに阻まれた。
「え! そんな、私なんてどうでもいいですよ! それよりお二人とも早く医務室に……」
負ければ謝るという賭けではあったが、シエスタにとってそれは現実感を伴わない。どんな理由があろうと貴族が平民に頭を下げるなど現実には有り得ない。
そんな非現実よりも、目の前の怪我だけがシエスタの現実であった。
しかしルイズは譲らない。
「駄目よ! 謝るの!」
ルイズはシエスタの目をまっすぐに見る。
「あなたのことがどうでもいいわけないでしょう! あなたは悪くないのに不当に責められて……泣きそうになってたじゃない!」
ルイズの言葉に、そしてその口振りに押され、シエスタは言葉に詰まる。
「でも、私は平民……」
「平民だからとかそんなの関係ないわ! いや、平民だからこそよ!」
搾り出すように発せられたシエスタの言葉を、ルイズは遮る。
すぅと、息を吸い込むルイズ。
そして声のトーンを落とし、シエスタに、そして己に言い聞かせるように語る。
「あのね、シエスタ。最近私は考えてたのよ。貴族とは何か。どうあることが貴族として正しいのか。人の上に立つってどういうことなのか。力さえあれば人を支配してもいいのか。
……力の無い者は力を持つ者の都合だとか、誇りだとか、そんなもののために傷つかなければいけないのか」
ルイズは思い出す。
『本』の中。モッカニアの幼いころの記憶。
気づかずに蟻の行列を踏みそうになったモッカニアを止めたレナス。
「踏んでは、いけないわ」
「自分より弱いものを虐げてはいけない。母さんと、誓って」
そのころのモッカニアはただの弱い、力のない少年だった。
年月が流れ、モッカニアは強くなる。世界最強とまでいわれる力を手に入れる。
そして、武装司書の仕事のために、正義のために、世界の平和のために、多くの命を奪ってしまった。
モッカニアは、圧倒的に強く、他者を容易く踏みにじることの出来る己の力を呪うようになった。
自分はモッカニアと違う。私はモッカニアの生きた全てを見た。その上で考え、行動することが出来る。
力を持ち、人の上に立ち、力を振るう。どうすればそれらの行為を肯んずる理由となるか。
「そんなの簡単な答えよ。力を持つ者が力を持たない者の上に立つなら、その力は力を持たない者のために使われるべきだって、それだけよ!」
貴族が平民を支配する代わりに、治安を維持しインフラを整え外敵と戦う。平民に出来ないことを貴族が行う。平民の持たぬ魔法という力を平民のために使う。そんなのは当たり前のことだ。そういう理屈でハルケギニアの貴族は平民を支配している。
その当たり前こそが、最も重要だ。それこそが第一原則。
逆にその当たり前以外、貴族が平民を支配するに足る理由などない。
それがルイズの出した結論。
何よりも、弱き者のために強き者は力を振るう。
弱き者を虐げてまで誇るべき誇りなど在りはしない。

「だからね、シエスタ。あなたが不当に虐げられているのなら、私はあなたのためにその不当と戦うわ! 貴族として私が持っている力は、あなた達平民のためにあるのよ!」
平民にすら哀れまれる己の無力が嫌だったルイズ。
力を手に入れ哀れまれなくなったのなら、平民からどう思われたかったのか。哀れみの対極こそがルイズの求める貴族の姿。
平民から頼りにされ、平民から尊敬される貴族になりたかった。平民から尊敬を集め、平民から憧れられる貴族こそ、ルイズの求める貴族の姿だった。
「……私の……私達の為、ですか?」
「ええ、そうよ」
ルイズは薄い胸を張ると、少し照れくさそうな笑顔を作りシエスタに向ける。
シエスタは胸を張り照れくさそうに笑うルイズのその姿に、なぜか自分まで気恥ずかしい気持ちになってしまい、思わず頬を赤く染める。
「あ、ありがとうございます」
シエスタは俯き加減に、そう言った。

「ということで、ギーシュ。私は平民を、シエスタを悪くもないのに責め立てたあなたを許さないわ。ちゃんと謝りなさい」
ルイズはギーシュのほうへと向きなおると、言った。
「…………」
ギーシュは少し間、口を噤んでいたが、やがて立ち上がるとシエスタの前へと出る。
ギーシュは顔を押さえていたその手を離す。
再び血がどくどくと流れ出す。だがそれをまるで気にしないかのような顔でシエスタを見る。
「先ほどのアレは、完全に僕が悪かった。君には一切非は無い。それなのに君をなじる様な事をしてしまった。すまない」
ギーシュが頭を下げた。鼻から流れる血が地面へボタボタと落ちる。
周りがどよめく。
「うわ、あぁ、えと、あの、あ、頭を上げてください!」
シエスタは自分に対して頭を下げる貴族という現実とは思えない姿に混乱する。
「なんか微妙に偉そうな謝り方なのがむかつくけど、まぁいいんじゃないかしら」
ルイズが言うと、それを合図にしたかのようにギーシュは頭を上げ、また鼻を押さえる。
シエスタはそれを見て肩をなでおろした。
ギーシュの顔は下半分が手で覆われていたが、その目は少し穏やかなものになっていた。
この決闘において、徹頭徹尾、ルイズの行動の意味が理解できなかった。だが、それがやっと理解できた。
シエスタのため。平民のため。ルイズの行動は、ただそれだけの理由から来たものだった。
それならば、理解できる。
貴族は平民を支配する代わりにその力を平民のために使う。それは実情とは大きくかけ離れているかもしれない。貴族の誇りと平民を天秤にかけて平民をとる貴族がどれほどいるかと問われれば、まず間違いなくごく僅かにしかいないだろう。
だが、実情と大きくかけ離れていようと、支配の代償としてその力を平民のために振るうという概念は建前として確かに存在する。
まるで平民のためこそが全てに優先されるようなルイズの口振りは、あくまで建前でしかない概念を極端にしたようなものだが、建前で極端でもそれは貴族の定義の範疇に収まるものだ。
ならばルイズを理解できる。
ルイズは己の信じる貴族としての在り方を貫いただけだ。
(では僕は? 僕の信じる貴族としての在り方とは?)
ギーシュは自問し、そして答えを見つけたからこそためらわずにシエスタに謝ることができた。
「ルイズ、君のその、弱いもののためにこそ力を振るうという信条は素晴らしいと思うよ」
ギーシュは言うと、足元に落ちた己の杖。薔薇を模したそれを拾い上げ、口に銜える。
「それは素晴らしいと思うが、僕は違う……。僕の力はね、全ての女性を幸せにするために存在するのさ」
薔薇の杖を銜えながら、さらに鼻から血をドバドバと流しながらも、明瞭な発音で言い放ち格好をつけるギーシュのその姿は、ぱっと見ると滑稽で、よくよく見ると尚更滑稽だった。
「あは」
ルイズは思わず笑ってしまう。
「君のおかげでそれを思い出したよ……。全く恥ずかしい。僕の存在意義とも言うべきそれを忘れて、平民とはいえ……いや、そうじゃないな、そうじゃない。
シエスタ。シエスタのような可憐な女性を泣かせようとしていたなんて、穴があったら入りたい気分だ」
何を言ってもやはり滑稽なギーシュではあったが、滑稽であるが故、つい今しがたまで決闘をしていたルイズとギーシュの間のわだかまりを忘れるに十分だった。
ルイズはちらりとシエスタを見る。
シエスタは、滑稽ではあっても可憐だなどと言われたからだろうか。頬を赤く染めて俯いている。
「ギーシュ。一応言っておくけど」
ルイズはギーシュへ向き直ると左手を差し出す。
ギーシュは、それを握手をしようと差し出されたのかと思い、自分の手を差し出しかけるが、その前にルイズが言葉を繋げる。
「もしシエスタに手を出したりしたら、今度はその鼻をへし折るだけでなくて、この子達に食べさせるからね」
ギーシュが握ろうとしたその手に、巨大な黒蟻が現れた。
「はは、はははは……」
ギーシュは銜えた薔薇を取り落とし、乾いた笑いが口から漏れる。

「あの、お二人とも、そろそろ医務室へ行ったほうがよろしいのでは……」
シエスタが控えめに声を上げる。
「えぇ、そうね。正直さっきから痛くて痛くて頭が変になりそうだわ」
「あぁ、僕もね、正直このまま血を流し続けたらちょっとやばいんじゃないかって思い始めたところさ」
良く見るとルイズの顔は脂汗だらけになっている。ギーシュは相変わらず盛大に血を流し続けている。
二人とも、笑っているような苦しんでいるような、綯い交ぜの顔になっていた。
「でも、その前に一つ、別に重要なことじゃないけど聞かせてもらっていいかい? ルイズ」
「なによ」
早く医務室へ向かうべきだと思いつつも、ギーシュはルイズに聞く。
「君の使い魔。蟻というか、蟻の巣というか、どこまでを使い魔というべきか解らないけど、名前をつけているのなら教えてくれ。あの蟻たちにしてやられた訳だからね。知っておきたい」
「…………」
ルイズは少し間をおいて、
「モッカニアよ。全部まとめて、モッカニア」
そう言うと、脂汗浮くその顔に、笑みを作って見せた。

ルイズは、医務室で治療を受けながら、モッカニアのことを思う。
モッカニアは……レナスの言葉を守って生きるなら、武装司書になどなるべきではなかった。正義になどなるべきではなかったのだ。
正義のために力を振るう仕事になど就かず、弱い者のために力を振るえばよかった。
そうすれば、少なくともあんな死に方をすることはなかった。
正義なんてものは、モッカニアのような心優しい人間には手に余る代物だ。
正義が行われなければ罪無き者が虐げられ、正義のために弱きものを虐げる。そんな選択はハミュッツのような人間に任せておけば良い。
あの館長代行であれば、一切の感傷も挟まずにその二つを天秤にかけ、より重きものを選ぶだろう。選んだ後はただその選択によって起こる戦いを楽しむ。あれはそういう人間だ。
モッカニアはそんな選択に迫られる場所に立つべきではなかったのだ。
ルイズは思う。
自分の誇りと、弱いものを守ることなら、誇りなど捨てるべきだろう。でも正義なら? それが行われなければ正義は滅び、悪は栄え、多くの人が苦しむ。そのために弱い者を犠牲にすることを善しと出来るか。
そんな選択を迫られるような立場には立ちたくない。そんな気宇壮大な正義なんてもののためではなく、自分の目と手の届く範囲で、力を持たない人のために力を振るえばそれでいい。
そう考えて、ルイズははたと気づく。
別に正義のような稀有壮大なものに限ったことではない。
ただ目の前の、一人の弱者を救いたいというそれだけのことにも、他の弱者に犠牲を強いなければならないことなど幾らでも起こり得る。
もし、そんな選択を迫られたら一体どんな決断を下すのか。
解らない。
ルイズの決断、ルイズの力によって、どちらかの弱者が犠牲になる。
それはルイズの目指す貴族としての道の袋小路だ。
幾ら考えても答えなど出せそうにもないので、
(そんなことが起こりませんように)
とりあえずルイズは何にともなく祈ってみた。


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