あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

ゼロな提督-21


 ガリア領、アーハンブラ城。
 ハルケギニアとエルフ領の境界線上に位置する丘の上の城。城壁は細かい幾何学模様に
彩られている。現在は廃城となっており、軍事拠点としては機能していない。丘の麓にオ
アシスがあり、城下町は交易地として栄えている。
 炎天下の中、無人であるはずの城には沢山の人が立っていた。その中には背が高く耳が
尖った人々も多く見える。
 エルフと人間が争いもせずに同じ場所に集まっていた。
 彼等は巨大な鉄の塊を取り囲み、数名が鉄の塊の上によじ登っている。
 よじ登っていたうちの一人が軽やかに飛び降りて、囲んでいた群衆の中で最も豪華な衣
装をまとった、30歳くらいの美貌と逞しい肉体の男性の前に駆けてきた。
「陛下!遺体と遺留品の回収、全て終了致しました!」
「うむ、ご苦労」
 ガリア王ジョゼフは、目の前に並べられた物を一瞥した。

 今、ジョゼフの目の前には巨大な鉄の塊がある。ただしそれは錆び付き、穴があいて、
あちこちに大きな歪みがある。右側のキャタピラも外れていた。そして穴からは塊の内部
を覗き見る事が出来た。沢山のコンソールとモニター、そして操縦桿やスイッチ類が見え
ている。
 30年前、ヨハネス・シュトラウスが操縦していた装甲輸送車だ。



     第二十一話    神の手



 そしてジョゼフの足下には車内に残されていた物が並んでいた。ほとんどは小型ヴィー
クルに載せ替えられてシュトラウスが持ち去ったため、大した物は残っていない。残され
たそれらも錆び付き、朽ちかけていた。
 その横には砂の中でミイラ化した遺体も並べられていた。全員ハルケギニアの人間と同
じ人種だ。服装は銀河帝国軍人の軍服だが。

 王は群衆の中の一人に声をかけた。
「ビダーシャルよ。確かお前の話では、エルフの死体もあるはずだが?」
 長身のエルフは浮かない顔で振り返る。
「砂漠の地下から引き上げた際、先に回収させてもらった。お前達には必要なかろう」
 ふん、と王はつまらなそうに鼻を鳴らした。

 彼は目の前に並べられた器具の幾つかを手に取り、あちこちを触ってみる。だが、どれ
も何の反応も示さない。
 装甲車を見ると、穴から顔を出した騎士が首を横に振るのが見えた。「やはりダメだ。完
全に壊れているようだ。何の反応もしない」と他の騎士へ叫んでいる。
 ビダーシャルが中を覗き込むと、一人のメイジがあちこちのボタンをカンカン叩いてい
た。しかし、砂の中に30年埋もれていた装甲車は、もはや何の反応も示さなかった。
 だが、反応を示さず幸いだった事は彼等には分からない。何しろ叩かれていたボタンの
一つは装甲車に搭載されたレールガン発射ボタンで、その銃身は折れ曲がっていたから。
 エルフと人間に囲まれた装甲車は、30年の時を経て、既に単なる鉄屑と化していた。

 ビダーシャルはジョゼフの正面に立った。
「これで例の蛮人が遺した品々は全て集まったはずだ。『生存者』の足取りも確認し終えて
ある。お前の要求は全て満たした。交渉の権利を得たと解釈してよろしいか?」
「よかろう。お前の話が真実であると認めよう」

 答えるジョゼフは手にした遺留品をジッと見つめたままだ。新しいオモチャを手にした
子供のように、しきりにあちこりいじくり回している。


「…言っておくが、それらが全て動かない事は確認済みだ。引き上げ時に我らエルフが総
掛かりで調べ上げたのだからな」
「ほう。で、どうであった?何か分かったか」
 見上げる王に、ビダーシャルは沈痛な顔で首を横に振る。
「…信じがたい高度な技術、としか言いようがない。理解の範疇を超えた代物だ」
「そう、か…。エルフの技術すら大きく凌駕するとはな。やはり、分かるのは例のヤン・
ウェンリーという男だけか…」
 ビダーシャルは頷いた。暗い顔で。

 ジョゼフはいい加減、目の前のエルフが今にも溜め息をつきそうな程に陰鬱な顔をして
いるのが気になった。
「さっきから気になっているのだが、一体お前は何をそんなに落ち込んでいるのだ?」
 答えるエルフの舌は、まるで鉛の様に重そうだった。
「実は、『シャタイーンの門』の事だ」
「門?…聖地はどうなっているのだ。悪化の一途を辿ってるとのことだったが」
 ビダーシャルの声も、あまりにも重苦しい。

「門が、閉まらないのだ」

「・・・何ぃ!?」
 一瞬、ジョゼフは彼が何を言ったのか理解出来なかった。
「最近は門が開きっぱなしだ。連日連夜、休むことなく何かが飛び出そうとしている」
「何と…では、例の激しい嵐も、か」
「いや、それがそうではない。今までとは異なる、小さな爆発がひたすら延々と続いてい
るのだ。大地の精霊が余裕を持って押さえ込める程度のものだ」
 説明されたジョゼフは首を捻る。果たして門から生じる爆発の頻度と規模の変化が一体
何を現すのか、を。
「…召喚される物が、変化している?」
「恐らく、そうだ。今までは大きいものをたまに召喚していたのが、今は小さな物をひっ
きりなしに召喚しているのだろう」
「何故、そうなるのだ?」
「わからん…。虚無に関する情報が少なすぎることもあるしな。
 ともかく、協力を求めておいて悪いが、我々はすぐに再びネフテスへ戻らねばならん。
諸部族でも連日対応のため会議が開かれているのだ。
 言っておくが、ヤン・ウェンリーという男に軽々しく手を出すな。彼にはいずれ老評議
会からの招待状を届けるだろうからな」
「おっと、それはこちらの台詞だ。下手にお前達に手を出されて、ロマリアに嗅ぎ付けら
れるとやっかいだぞ。トリステインで教会が動くと、余の愛らしい姪だけでは手に余るだ
ろうからな」
「言われるまでもない。では、そろそろ帰らせてもらう。今後の事は会議で諸部族の方針
が決まってから相談させて欲しい」
「そうか。まぁ、ご苦労だったな。また会おう」

 エルフ達はビダーシャルに率いられ、砂漠の中へと消えていった。
 その背を見送る王は、誰にも聞き取れぬ程に小さな声で呟く。
「…暇つぶしに世界を手の平の上に乗せて遊ぼうかと思っていたが、どうやらもっと面白
そうなモノが現れそうだな」
 押し殺した笑い声が砂の中に吸い込まれていく。

 砂漠の中の廃城。朽ちかけた装甲輸送車。
 もはや干からびきった銀河帝国軍人達は、何も答える事はなかった。





 所変わりトリステイン城のうららかな午後。
 警護の騎士が数名控えるマザリーニの執務室では、ルイズが椅子に座る枢機卿に報告を
していた。
「・・・以上、アルビオンでの調査結果です」
 黙って話を聞き続けていたマザリーニは満足げに深く頷く。
「そうか…ご苦労。皇太子生存の件についてはド・ポワチエ将軍からも同様の調査報告が
示された。また、皇太子が公の場に姿を現さなかった件については君たちと同意見だ」
 やせ細った枢機卿からの評価に、ルイズも緊張から解き放たれると同時に誇らしさで身
体が軽くなるかのようだ。後ろのヤンも、そんな主の姿を嬉しげに見つめていた。


 村人達に手を振られ、セブランの風竜でルイズ一行はタルブを飛び去った。
 学院にロングビルとシエスタを降ろし、荷物を部屋に放り込んだルイズとヤンは、即座
にトリステイン城へ報告に向かった。アルビオン行についての学院長への報告はロングビ
ル、シエスタは学院の仕事をしにいった。ヴァリエール家のメイドになったハズなのだが、
この辺は結構いい加減なものらしい。
 そして早速枢機卿にアルビオン調査報告を行った。内容については先日手紙に記したも
のと変わりはないが。


 一息ついたルイズが、少し躊躇った後に口を開いた。
「あの、差し出がましい事なのですが…皇太子の件、姫さまへは?」
 とたんに、満足げだった枢機卿の顔は苦々しげに変わった。
「伝えずともよい…と言いたい所だったのだが、既に知られている。まったく、小雀達め
が、余計な事を」
 その言葉に、ルイズとヤンも顔を見合わせてしまう。
 二人には、心労の果てにやせ細った枢機卿が、溜息と共に更に細くなった気がした。

 ルイズの手紙は枢機卿とヴァリエール公爵に送ったが、彼等が軽々しく重要情報を口に
するとは思えない。恐らくは慌てて情報収集に走った大使一行、機密を保てはしなかかっ
たろう。
 意に沿わぬ政略結婚を前にしてマリッジブルーに入ってるかもしれない若き姫。その心
を乱すような情報、出来るなら遮断したかった事だろう。

 そしてジロリとルイズを睨んだ。
 枢機卿としてはルイズを恨むのは筋違い承知しているだろうし、睨んでる気は無いのだ
ろうが、やせ細った男の視線を真っ直ぐ向けられると、どうにも眼光鋭く思えてしまう。
「で、その件で姫はミス・ヴァリエールから報告を受けたい…との事だ。
 まぁ、皇太子と直接会ったわけでもないのだし、今の報告以上の事はないだろうが。と
りあえず心安らかに婚儀まで過ごして頂けるよう、姫に会って行かれてはくれまいか?」
「はい!承知致しました!」
 ルイズにしてみれば渡りに船だ。姫から直接王家の秘宝について話を聞けるのだから。
「では、よろしく頼む。時間が良ければすぐにでも」
「もちろんですわ!すぐに姫さまの下へ参ります!」
 というわけで、ルイズは侍女に案内されて執務室を後にした。
 だがヤンは出て行かなかった。

 まるで当然のように部屋に残ったヤンを見て、マザリーニは怪訝な顔をする
「主について行かぬのか?」
 ヤンはコホンと小さく咳払いをする。
「私は平民です。故に、姫殿下のご尊顔を許しもなく拝謁する地位にありません」
「そうか。ではヤンよ、大義であった。学院への…」
 ヤンに退室を命じようとした枢機卿の言葉を、ヤンの小さな咳払いが遮った。
「失礼。猊下、無礼を承知で伺いたい事があるのですが」
「ふむ?よかろう。手短に申してみよ」
 ヤンは恭しく頭を垂れてから、少々演出を交えつつ話を切り出した。


「私が召喚され、時が過ぎました。良き主に恵まれ、仕事も友も得ました。帰郷の目処も
立ちません。ゆえに、この国にて一介の平民として暮らそうかと思うのです」
「ほう、そうか。それは目出度い事だ」
 マザリーニは頬を綻ばせた。その表情に裏があるようには見えず、率直にヤンがトリス
テインで生きる事を喜んでいるようだ。
「ただ…この国で生きるには、私には一つ足りない物があるのです」
「足りない物?」
「はい。ハルケギニアの民として、決定的に欠けた物があります。それ無しにはトリステ
イン国民として生きる事が叶いません」
「ほう、それは?」
 ヤンは、持てる最大限の演技力を駆使して仰々しく、かつ簡潔に一言で語った。

「始祖への、信仰」

 その言葉に、マザリーニも威厳をもって答えた。
「なるほど、確かに始祖への信仰心無しにハルケギニアで生きていく事は、暗黒の洞窟を
目隠しで歩くに等しい」
「御意」
 まるで立体TVの役者のような演技を心がけてるヤンだが、どうも自分のやってる安っ
ぽい演技に気付いて嫌気がしてくる。

 祈祷書の情報が欲しい。だが、ルイズが虚無の系統という可能性には気付かれるわけに
はいかない。虚無の系統には安全装置がかけられており、これを解除する鍵が指輪と始祖
の秘宝であることにも。
 ヤンは『始祖への信仰を司る教会の人間であるマザリーニは、虚無も秘宝も全て知って
いる』という可能性は低いと見ている。もしそうなら、ルイズに始祖の秘宝を持たせ、テ
ファのように虚無の系統を使えるようになるかどうか確かめるはずだ。だがルイズには、
そんな記憶は無いとの事だった。過去に試された事をルイズが忘れてるだけかも知れない
が。
 虚無の危険性を正確に知っているため、あえて虚無について黙殺しているという事もあ
りえないわけではない。もしくはルイズは虚無の系統ではなく、本当にただ魔法が失敗し
ているだけと早期に判断した、とも。
 いずれにせよ、ヤンは虚無に言及する事なく祈祷書の情報を引き出す必要がある。その
ためヤンは心にもない始祖への信仰を口にした。
 アンリエッタの方は今頃ルイズが行っているだろうと期待して。


 そんなヤンの企みを知ってか知らずか、かつて教皇の地位をすら争った男は顎に手を当
てて思考を巡らせる。
「そう言う事であれば、学院のある教区担当の司教に紹介状を書いておこう。始祖ブリミ
ルの教義について落ち着いて学ぶと良いだろう」
「いえ、実は教義について、枢機卿より教えを賜りたく思うのです」
「ほう…私から、かね」

 ヤンは胸一杯に大きく息を吸ってから、練習したかのように淀みないセリフを長々と語
り出した。
「無論、身の程を弁えぬ平民の過ぎた望みとは承知しています。
 ですが、『忠誠は報いるところがあってこそ成り立つ』というのも事実です。なれば、ア
ルビオン調査の褒美として、三年前に教皇選出会議から帰国要請すら受けた猊下より、始
祖について教えを賜りたく思うのです。
 無論、猊下はトリステインの為に日々身を粉にしておられる身です。時間が無いのであ
れば、諦める所存です」
 言い終わったヤンは、自分の歯がフワフワと宙に舞っているのではなかろうかと苦笑い
しそうになるのを、必死で我慢した。始祖について時期教皇と黙された人物から話を聞き
たいのは嘘じゃない、と自分を必死で納得させながら。


 マザリーニは警護の騎士のうち一人を呼び寄せ、小声で何事かを囁く。それを受けた騎
士は少し考えてから、同じく小声で返答する。
 ほどなくして、騎士がヤンに向き直った。
「喜ぶがよい。猊下はお前のために後の予定を変更してくださるそうだ」
「恐悦至極。感謝の言葉も見つかりません」
 いっそわざとらしいと言えるほど深々と礼をする。話を受けた騎士は予定変更を伝える
ため退室した。

 もともとヤンは士官学校時代の校長から「穏和な表情で辛辣な台詞を吐く」と言われた
人物。ある政治家の愛国的演説で、数万人の聴衆が起立して拍手と歓声の協奏曲を奏でて
いる中、ただ一人黙々と座り続けた事も。
 つまり、腹芸だの面従腹背だのは苦手…というか単純に少し大人げない。処世術はお世
辞にも長けていない。
 そんなヤンの精一杯の演技。自分に自分で嘘をつくくらいしないと、とてもやり遂げら
れそうにないと自覚していた。神への信仰心はおろか、「『こんな面倒臭い運命の糸を学院
に張り巡らさなくても、ルイズを城の宝物庫へ呼び寄せればいいだけだろ!』と、おバカ
のブリミルに文句を言いたい」のが本音なのだから。

 そんな始祖への恨み言は飲み込んで、あくまで始祖の教義について口にした。
「実は、私も始祖について学ぼうとオールド・オスマンに教えを請い、また学院の図書館
で本を漁ったりしました。ですが勉強不足のためか、どうにも始祖の教義について詳細が
分からないのです」
「ほう…さすが向学心旺盛だな。続けたまえ」
 マザリーニは椅子に深く背を預け、ヤンの言葉を待つ。
 祈祷書については、ヤンも学術的な観点のみから語れるので気が楽だ。なので、ヤンは
自分の考えを率直に示した。


 そもそも始祖ブリミルの偉業とその教えは『始祖の祈祷書』に記されているはず。この
ため始祖の教えを学ぶにあたり、まず祈祷書を読む事から考えた。だが、この点からいき
なり躓いた。
 オールド・オスマン曰く、『一冊しかないはずの祈祷書が各地に幾つも存在する。内容は、
それらしいルーン文字を並べ立てただけ、全て紛い物。貴族、司祭、それぞれが本物と主
張するが、内容が一致しない。各地の祈祷書を集めれば図書館が出来る』とのこと。この
ため神官達が様々に教義解釈を導き、各地の寺院や貴族が都合良く治世に利用している。
腐敗の温床とすら言われる。
 この点を批判し、『始祖の祈祷書』の解釈を忠実に行う『実践主義』運動がロマリアの一
司祭から始まった。こうした腐敗寺院の改革を目指す運動を行う人々を総称して、新教徒
と呼ぶ。この改革のうねりは国境を越え、市民や農村部に広まり、教会からは権力や荘園
が取り上げられつつある。
 ちなみに現教皇である聖エイジス三十二世は『新教徒教皇』呼ばれることがある。だが
これは現教皇が各宗派の荘園を大聖堂直轄にしたり、各寺院へ救貧院の設置を義務づけた
り、免税の自由市を作るなど、腐敗一掃と教会改革に積極的なため。教義解釈とは無関係
と思われる。
 実のところ、『実践主義』とか新教徒とは言っても、要約すれば利権の再分配を求めてい
るだけでしかない。目先の利益に汲々としているのは、今の神官や修道士やレコン・キス
タと変わる事はない。
 いずれにせよ祈祷書の記述が不明なので、どの解釈が妥当なのか誰にも分からない。祈
祷書の解釈を忠実に行うべし、と唱える『実践主義』の新教徒にすらも。


「・・・結論として、『始祖の祈祷書』の正しい内容が不明という点が、そもそもの問題と
思われるのです」
 聞いているマザリーニは黙ったまま、何も口を挟まなかった。目も閉じてヤンの話を聞
き続けている。この反応はヤンには意外だった。
 ヤンが口にした内容は教会批判。これを口にしたのがヴァリエール家三女ルイズの使い
魔であり、始祖とは無縁な遙か異国から先月召喚されて、トリステイン王国に有意義な献
策や情報をもたらした人物という事情がなければ、異端審問という名の処刑もあり得ただ
ろう。


 マザリーニは、ゆっくりと目を、そして口を開いた。
「…トリステイン王家にも『始祖の祈祷書』が伝わっている」
 やった!とヤンは心の中で拳を握りしめた。
「はい。ですが現在はクルデンホルフ大公国へ送られていると聞いています。確かベアト
リス・イヴォンヌ・フォン・クルデンホルフ姫殿下が巫女に選ばれたとか」
「その通りだ。…まったく、貴公の聡明さと向学心には恐れ入る。僅か二ヶ月足らずで教
会の暗部と、その根本原因までも見抜くとはな」
「とんでもありません。日々自らの無知を思い知らされ、精進を重ねる毎日です」
 ヤンは深く頭を下げる。

 もっとも、ヤンはもちろん地球におけるキリスト教宗教改革初期の指導者ジャン・カル
ヴァン(Jean Calvin、1509-1564)は知っている。聖書の内容が伝わってるキリスト教で
すら、聖書に立ち返り、教会における権威の所在を「聖書のみ」とし、聖書を正しく解釈
すべきとするマルティン・ルター(Martin Luther、1483-1546)もいる。彼の教えを祖とする
プロテスタントだの、ピューリタン革命(1642-1649、イングランド・スコットランド等で
起きた内戦・革命)だのが起きるのだから、教義の内容が伝わっているかどうかは主たる
問題ではないと理解している。
 結局は祈祷書についての情報を得るための方便でしかない事をヤンは自覚していた。

「そして、貴公の望みは…真の祈祷書であるはずのトリステイン王家に伝わる『始祖の祈
祷書』。そこ記された教義内容の原文を知りたい、という事か?」
「御意」
 頭を垂れたままのヤンを、マザリーニはジッと見つめる。
 そして、ゆっくりと椅子から立ち上がり背を向けた。遠く窓の外に見えるトリスタニア
へ目を向ける。姫の婚儀とパレードに向け準備が進み、既にお祭り騒ぎが始まっている城
下町の喧騒も城の執務室までは届かない。
 しばし、重苦しい沈黙が流れる。
 下げたままの頭を僅かに上げ、チラリと枢機卿を見る。だがやせ細った男は相変わらず
外を見つめたままだ。
 ヤンの腰が痛み出した頃、ようやく返事が帰ってきた。苦々しげな、そして申し訳なさ
そうな声で。

「済まぬが、貴公の願いには応えられそうにない」

 その言葉に、ヤンは別に驚かなかった。幾つかの理由で予想した回答だったから。まず
はそのうちの、主題から外れる理由について述べてみる。
「やはり、下賤な平民ごときが枢機卿から直接教えを賜るなど、恐れ多い…ということで
しょうか?」
「そのような事はない。貴公の働きは報いるに値する。少なくとも私自身は伝えられるな
らば伝えたいと思う」
「ならば、王権の基礎を為す始祖の秘宝ゆえ、軽々しく口の端に乗せるなど憚られる、と
いうことでしょうか?」  
「それもない。祈祷書自体は秘宝だが、その内容を隠す事は始祖の教えを広めるべき教会
の意義に反する。枢機卿という地位にある以上、そのような事はせぬ」
「なれば、何故に?」

 尋ねるヤンの脳裏に残る選択肢は二つ。祈祷書が、真か…それとも、偽か。
 答えを待つ彼に、老人のように髪も髭も白くなってしまった男は、更に老けてしまうか
のごとき深い溜め息をついた。そして僅かに振り返り、警護の騎士達に退室を命じる。騎
士達は一礼して退室した。後に残るのはマザリーニとヤンのみ。


 再び窓の外へ向き直ったマザリーニは、諦めたかのように淡々と語った。
「何故なら、貴公に伝えるべき内容が、無いからだ」
 ヤンはゴクリとツバを飲み込み、恐る恐る再び尋ねる。
「それは、他の祈祷書と同じく、それらしいルーン文字を並べ立てただけの紛い物…とい
うことでしょうか?」
「だったら、まだ良かったのだがな…」
「…もしや、白紙…?」
「聡明すぎるのも考え物だな。まったく、その通りだ」
「失礼ながら、インクが6千年の間に消えたとか、偽物とすり替えられたとか、そういう
事は?」
「無い。王家の記録上、最初から白紙なのだ」
 沈痛な面持ちのマザリーニとは対照的に、ヤンは踊り出したい気分だった。

 紛い物を通り越し白紙。それがヤンの求めた答え。トリステインの祈祷書が真たる証。
 ティファニアが虚無の魔法を得たのは、音が鳴らないはずの古ぼけたオルゴールから。
始祖の秘宝自体も虚無の秘密を守るために、一見して鍵とは分からないように偽装してあ
ると見ていた。それが書であれば、書として体裁を為していない、つまり白紙だろうと。
 そしてこれこそが、紛い物の祈祷書が出回る理由でもある。オリジナルがオリジナルに
見えない、誰にも真贋が見分けられない。なら偽物は造り放題。
 加えて、祈祷書の原本が白紙だとしたら、現在の教会の教えは捏造された大嘘というこ
と。教会の権威を傷つけぬように解釈するには、トリステイン王家の祈祷書が偽物とする
しかない。今度は王家の権威に傷が付く。

 だが、ふとヤンの脳裏に今度は疑問が湧いてくる。
 教皇の地位すら得る事の出来たマザリーニ枢機卿の信仰心は、何を拠り所とするのか…

「あまり残念そうに見えないが、全ては予想の範囲内かね?」 
 演技を忘れて推理に没頭していたヤンは慌てて我に返った。
「いえ、滅相もありません。ですが、祈祷書の内容が全く一致を見ない事から、可能性の
一つとして考えてはいました」
「そうか。では貴公は、こう考えたのではないかな?『教会が説く始祖の教えは、全て偽
りか』とな」
「いえ、そのような…」

 やはり、虎の尾を踏んでしまったか、とマザリーニの顔を見たヤン。だが、マザリーニ
は別に何の感情も現してはいなかった。彼の疑問は当然の事であり、それに対する答えは
用意してあるかのように。

「貴公の疑問は当然だ。
 だが、重要なのはトリステインの祈祷書ではないのだ。祈祷書とは始祖の偉業と教えを
記した物だ。つまり、始祖の時代に生きた人が書いた、始祖の御言葉と偉業を記した全て
が本物の『祈祷書』なのだよ。
 白紙なのは残念であり不可解だ。だが始祖の聖遺物であることに変わりはないので、重
大な問題ではないのだ。あまり口外はして欲しくないがな」
「なるほど…」
 ヤンは素直に感心したが、それは始祖の偉大さを実感したからではない。ものは言いよ
うだという点についてだ。第一、記された時期が始祖と同時代でも、内容の真偽が不明な
のは同じだ。

 だが、次の言葉にはヤンも目が点になった。
「そして、教義にも信仰上のさしたる意味はないのだよ」
「教義に、意味がない?」
 マザリーニは深く頷いた。
「何故なら、始祖が我らにもたらした系統魔法こそが、常に我らを守り導くからだ」

 その言葉に、ヤンは一瞬唖然とした。ハルケギニアの宗教は魔法と深く結びついている
事に、今さらながら考えが至った。


「・・・つまり、系統魔法という奇跡が常に身近にあり、人々に祝福を授けている。だか
ら始祖の偉大さと人々への加護を知るために、言葉に囚われる必要はない…ということで
しょうか?」
「簡単に言うと、その通りだ。魔法を使えぬ平民の貴公には納得出来ぬ所もあるだろう。
だが、その貴公も魔法の恩恵は受けていよう?」
 水魔法により一命を取り留めたヤンとしては反論しにくい。

 ヤンは祈祷書に関する必要な情報は得たので、それ以上疑問をぶつける事はなかった。
 枢機卿はヤンに、ある司祭への紹介状を手渡してくれた。教会の教義についての細かな
成立の経緯や、解釈の変遷等は彼が詳しいので教えを請うとよい、とのことだった。

 それでも彼の脳裏には抑えの効かない推理と考察が飛び交う。
 ブリミル教はキリスト教のような唯一神信仰の様に見えるが、その真実は魔法そのもの
という自然崇拝に近いのだろうか。だが古代エジプトのアテン信仰やペルシアのゾロアス
ター教、また地球教徒のような純粋な自然崇拝ではないように思える。いや、地球教は信
徒を麻薬で洗脳して自爆攻撃に使用するテロ集団だ。ブリミル教は自然崇拝というより、
科学信仰に近い性格を持つのかも知れない。科学が人間の意思に従って恩恵も災いも等し
くもたらすように、同じく魔法も人間の意思に従って恩恵も災いも等しくもたらす。これ
は人の力が及ばない大自然を崇め恐れる自然崇拝とは大きく性格を異にする。人智の及ば
ぬ絶対的存在である虚無とブリミルを畏怖すると同時に、生活の役に立つ系統魔法への感
謝を忘れない…という事だろうか?単に魔法万能主義の象徴としてブリミルが存在するの
かも知れない。
 どうであれ、ブリミルへの畏怖と魔法の利用価値を統治に都合良く利用しているのは間
違いない。統治そのものの矛盾と腐敗が新教徒という形で噴出しているのか…。

「この辺は研究の価値があるなぁ…いずれじっくり調べてみようかな」
 退室するヤンの呟きは誰にも聞かれる事はなかった。単なる情報収集の素材として口に
したブリミル教だったが、意外に灰色の脳細胞を刺激する題材と気付かされた。


 枢機卿の執務室を出て、警備の騎士からデルフリンガーを受け取ると、アンリエッタと
の話が終わったばかりのルイズがワルドに警護されて戻ってきた。
 小さな主に、ヤンは胸に手を当て大仰にお辞儀する。 
「お疲れ様でございます、お嬢様。姫殿下のご機嫌はいかがでしたか?」
 ルイズも胸を張り澄まし顔で応じる。その手は優雅に窓へと伸ばされた。
「些か気が晴れぬご様子。ですが婚儀の日には、あの空のように晴れ渡る笑顔を下々に示
して下さるでしょう」
 それを横で見ているワルドはクスクス笑い出した。
「君たち、演技過剰だよ」
「今さら気持ちわりーんだよ!二人とも」
 ヤンの背中のデルフリンガーもきつい突っ込みを入れる。照れるヤンとコロコロ朗らか
に笑うルイズ。
 そんな二人を見てるワルドもついつい頬が緩んでしまう。

「二人とも、アルビオンでは中々の活躍だったじゃないか!ウェールズ皇太子生存の情報
は貴重だよ。いや、時間さえあればアルビオンでの話を君たちからじっくり聞きたいね」
「あら、子爵様。私はいつでも構いませんわよ。ねぇ?ヤン」
「ええ、もちろんです」
 二人の返事を聞いたワルドは素直に残念そうな顔をした。
「うーん、すぐにでも話を聞きたいところなんだが、何しろ姫さまの婚儀が近いからね。
元々の姫殿下護衛任務に加えて、式典警護に衛兵の訓練にと、てんてこ舞いなんだ。
 だけど、近いうちに必ずまとまった時間を取るよ。ヤン君とは是非とも天下国家につい
て語り合いたいと思ってたんだ。それに…」

 鷹のように鋭い目が、ルイズに向けて陽気なウィンクをする。


「姫殿下の婚儀が済んだら、次は僕らの婚儀だからね」
「そ!そんなワルド様!私は、まだ、そんな…」
 ルイズは頬を染めて俯いてしまう。
「ははは!ゴメンゴメン、別に急ぐ話じゃないよ。公爵とも話をしないといけないしね。
それじゃ、また!」
 城の正門でヴァリエール家のいつもの馬車に乗り込み、ワルドと別れた。




 ヴァリエール家のトリスタニア別邸へ向かう道中、ヤンは枢機卿との話をルイズとデル
フリンガーに語った。
「…というわけで、祈祷書は恐らく本物だよ。あとは指輪だね」
「指輪も大丈夫よ!姫さまが右手薬指に『水のルビー』を着けてらしたの!なんでも、古
くから王家に伝わる秘宝だそうよ!」
「ほほー!おでれーたな!これで、虚無の封印が解除出来るわけだな!?」
 床に置かれた長剣の言葉にヤンは頷く。
「可能性は十分だよ。あとは婚儀の後に適当な理由を付けて借りて試せば良いだけだ」
「やったわ!あぁ~、早く祈祷書を見たいなぁ~」
 ルイズは舞い上がらんばかりに大喜びだ。ヤンの手を取ってブンブン上下に振り回し、
勢い余って足下のデルフリンガーがガンガン蹴られる。


 狭い車内で大はしゃぎしていると、馬車が停まった。
 飛び降りてきた御者のヤコブが扉を開けると、二人の目の前には別邸。それを見たとた
んに二人とも、盛大な溜息とともにカクッと肩が落ちた。
 その有様にヤコブも困ってしまう。
「あの、お嬢様…ヤンも、ほら、公爵様が待っておられるんだからよ!」
 せめて公爵の機嫌を取ろうとルイズが買ってきたタルブのヴィンテージワインをヤンが
カゴに入れ、長剣を背負う。二人は判決を受ける被告人のようにトボトボと別邸の門をく
ぐっていった。


「おお!ルイズよ、無事に帰ってきたか!うむ、手紙は読んだぞ!立派な功をあげたでは
ないか!城でもお前のこれまでの働きと合わせ、大変な話題になっていたぞ!
 ウェンリーも、よく娘を守りきってくれた!大義であった、礼を言うぞ!」
 公爵の部屋に入るやいなや、公爵は満面の笑みでルイズを抱きしめて再会を喜んだ。
 二人とも、公爵はすっかり激怒しているものと思っていたので、驚いて言葉がしばらく
出てこなかった。

 ようやく父君の抱擁から解放されたルイズが、目を白黒させながら尋ねる。
「あ、あの、父さま。怒っていたのでは、なかったのですか?」
 今度は尋ねられた公爵が目を白黒させた。
「何?…あ、ああ、無論だ!怒っているとも!まったく、学業もあるというのに何を遊び
回っておるか!任務が終わったのなら早くもどらんか!
 ウェンリー、貴様が付いていながら何たる失態か。今後このような事は無いようにな!」
 慌ててルイズから離れて背筋を伸ばし、二人を叱責する公爵。が、その顔は明らかにニ
ヤけていた。

 ヤンの背で長剣が小声で呟く。
「おでれーたな。どーやらルイズが手柄あげて帰ってきたのが相当嬉しかったらしいぜ。
早く褒めたかったのか」
 二人も慌てて直立不動で公爵のお叱りを受けるが、チラリと横目で互いを見て、クスリ
と笑ってしまった。



 結局その日は二人とも別邸に泊まる事となった。
 晩餐ではルイズから聞かされるアルビオンの旅に公爵は感心しきりだ。特にサウスゴー
タの酒場で聞いた兵士達の話には思うところが多かったようだ。ちなみにヤンは執事らし
く、他の執事やメイド達と共にデルフリンガーを立てかけた壁に控えている。
「そうか…四年前の、モード大公の一件が…」
 神妙な顔のルイズがチラリとヤンを見た。
「ええ…ヤンに言われましたわ。『魔法で戦争は出来ても、政治は出来ない』と。目から鱗
が落ちる思いでした」
「ほう、そうか…ウェンリーよ、そのような事をルイズに言ったのか?」
 問われたヤンは小さく頷く。
 大公は深くゆっくりと頷く。
「そうか…ウェンリーよ」
「はい」
「これからもルイズにお主の知恵を授けてやってくれ」
「御意」
 ヤンは、今度は深々と礼をした。横のメイドや執事からは不審・好奇・嫉妬その他の視
線が向けられる。
 そのやりとりを見たルイズが、ふと呟く。
「お抱え学者みたいね」
「執事より適職であろう」
 公爵は当然のように答えた。
 その後も公爵は愛娘の話に頬が緩みっぱなしだった。




 次の日の早朝、ヤコブの馬車に乗って二人は学院への帰路についていた。
 ヤンは学院までの話のネタにと、ふと気になった事を聞いてみた。
「ところでルイズ、姫様の様子はどうだったんだい?」
「うん、それなんだけど…どうみても憂鬱なご様子だったわねぇ」
 ルイズは宙を見上げながら、姫との謁見の様子を語り出した。


「――以上が、アルビオンでの事です」
「それでは、ウェールズ様には会えなかったのですね?」
「はい。残念ながら」
「そうですか。ご苦労様でした」
 そう言ってルイズの労をねぎらうアンリエッタだが、どこか虚ろな表情をしている。心
ここにあらずといった感じだ。
「あの…姫さま?」
 声をかけられて急に我に返る。
「あ、あら、いやだわ。私とした事が」
 といった姫だが、すぐに再び視線が宙を彷徨い出す。

 さすがにルイズも怪訝そうに姫殿下の顔を覗き込んでしまう。
「…姫さま。もしかして、ウェールズ様とお会いになりたいのですか?」
 とたんにアンリエッタの目が見開かれ、そして寂しげに俯いた。
「今も、愛しておいでなのですね」
 憂いを含んだ青い瞳が、ゆっくりと鳶色の瞳へと向けられる。
「私はトリステインの姫です。好きな相手との結婚など、最初から有り得ないのです。私
がゲルマニアに嫁ぐ事で同盟は結ばれ、トリステインの平和が保たれるのですから。
 第一、私たちが愛を誓い合ったのは、昔の話なのですよ…」
 そう言ってアンリエッタは哀しげに微笑んだ。姫の言葉は、まるで自分に言い聞かせる
かの様だった――



「・・・というワケなの」
 ヤンは黙ってルイズの話を聞いていた。代わりに床に置かれていたデルフリンガーが口
を開いた。
「ふーん。やっぱ姫さんは政略結婚なんて、したくないわけだ。おまけに皇太子への未練
タラタラなわけかね」
「何て事いうのよ!」
 ルイズはガシャッと長剣を踏んづけた。

「考えてみれば、アンリエッタ姫も不憫だよね…」
 ヤンがようやく口を開いた。
「愛した人に会う事も許されず、政治の道具にされ、好きでもない皇帝の下へと嫁がされ
るんだから。王家の定めとはいえなぁ…」
「確かに、ね。でも、私達のような貴族だって家の為に結婚をするのは当然の事よ。町娘
みたいに気楽な人生は送れないわ」
 ルイズの言葉に、ヤンは頭をボリボリかいてしまう。
「そうだねぇ…貴族制度に自由を奪われるのは平民だけじゃなく、貴族もなんだねぇ」
「へへ、おでれーたな、ヤンよ。おめーにも分からねー事があんだな」
「デル君、そんなの当たり前だよ。知らない事の方が遙かに多いに決まってるさ」
「んで、娘ッコよ。おめーの方はどうなんだ?あのワルドって貴族との婚約だけどよ」

 長剣から話を振られたルイズは目を白黒させてから、頬を染めて顔を伏せる。

「そんな、その…そりゃ、昔は憧れてたわよ。今も素敵だと思うし…でも、すぐに結婚な
んて言われても…今は虚無の事で頭が一杯だし…」
 その言葉に、ヤンもちょっと困った顔だ。
「まぁ、子爵も言ってたけど、公爵に話を聞かないといけないし、まだ学生の身だしね。
ゆっくり考えてからで良いと思うよ」
 そんな話をしつつ、馬車は学院へ向けて進んでいた。





 お昼前に学院に着くと、馬車を降りたルイズもヤンも、うにゅぅ~っと伸びをした。
 ルイズが感慨深げに校舎を見上げる。
「ふぅ~、とにもかくにも、これでアルビオン潜入任務は全て完了よ!」
「そうだねぇ。いやー楽しかったなぁ」
 そんな二人の後ろで荷を降ろし終えたヤコブが手綱を繰り、馬車を方向転換させた。
「それではお嬢様、失礼致します。ヤンも元気でなー!」
「ご苦労でした」「毎回ありがとぉ~」
 手を振るヤンに見送られ、ヤコブの馬車は去っていった。

 ヤンが大荷物とデルフリンガーを背負ってルイズの後をついていく。
 学院のそこかしこから「おー!久しぶりじゃねーか!」というマルトーの威勢の良い声
や、「あらぁ、ルイズも使い魔さんも、ようやく帰ってきたのねぇ」というキュルケの甘っ
たるい挨拶、「やぁやぁ、二人とも無事で何よりだねぇ。早速アルビオンでの話を聞かせて
くれないか?」というギーシュの声など、二人を出迎える様々な声が響いてきた。




 その日の深夜。
 トリステイン城では、薄い肌着のみを身につけたアンリエッタが、巨大な天蓋付きベッ
ドで眠れぬ夜を過ごすしていた。
 そんな彼女の耳に、コツコツ…と何かを叩く音が届く。
 身体を起こして窓の方を見ると誰もいない。だが、窓に何か紙片が張り付いている。
 ふと気になり、ベッドを降りて窓に寄ってみる。よく見ると、その紙片には短い文章が
書き殴ってあった。
「風吹く…夜、に!?」
 紙片に書かれた文章を読み上げたとたん、王女の目は驚愕のあまり大きく見開かれた。
慌てて窓を開け放ち、窓に張り付いていた紙片を手に取ってみる。

 それは、蝋封に花押が押された手紙だった。 

             第二十一話   神の手   END


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