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マジシャン ザ ルイズ 3章 (33)

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マジシャン ザ ルイズ 3章 (33)隠れたる死霊

ドアを、静かに1サントほど開ける。中からぼんやりとした明かりが外へと漏れ出した。
油断無く警戒しつつ、その隙間から中を覗く。――異常なし。
音を立てないように注意しながらゆっくりと扉を開き、今度は素早くその身を中へと滑らせる。

部屋の中、頼りない灯りが所々に灯されている。
小さく揺れる火に照らし出され伸びた影も、つられたようにゆらゆら踊り舞う。
主人の力を誇示するように設計された広い間取りと高い天井、精巧で美しい調度品の数々、その奥には雄弁に存在感を発している天蓋付きのベッド。
足音を吸い込む毛足の長い血のような赤をした絨毯、タバサはその上をゆっくりと進む。

赤い天蓋、赤い毛布、協調性かはたまた悪趣味の産物か、どこまでも赤く染められた寝台。
そこにタバサが求めた部屋の主人の姿は――無い。
かけられたシーツは綺麗に手入れされて、皺一つ無く伸ばされている。それが意味するところ、それはこの部屋の主人はまだ部屋へと戻ってきていないということ。
念のため周囲を確認し、隠れられそうな場所のいくつかに当たりをつけて確認するが、全て空振りに終わった。

アテが外れた。
てっきりこの時間、ここに出向けば会うことが出来ると思っていた人物。
彼女が戻ってきていないという事態は、予想の範囲内ではあったが可能性としては低いと考えていた。
最初から誤算。頭に描いた計画の修正を余儀なくされる。
ここ以外に彼女がいると思われる場所。真っ先に思い浮かぶのはグラントロワではなくプチトロワ、彼女のかつての住処。
しかし思い直して頭を振る。
『それはない』
自分の想像が正しければという前提つきだが、彼女は今現在、この王宮での実権を握っていない。そんな状態で我が儘を通せるとは到底思えない。
ならばどこか? それを考えたとき、直感的に一つの光景が脳裏に浮かび上がった。
他に思い当たる場所もない。ならばまずは行ってみよう、そう思い、タバサは再び部屋の外へ向って歩き出した。

月光を遮る分厚い雲。不意に出てきた冷たく乾燥した山風。さやさやと音を立てる草木の音。
棟と棟とを繋ぐ渡り廊下。夜陰に隠れ見えないが、その繋がる先は王宮本宮の裏口。記憶にある地図を頼りに歩いていたタバサは、やがてそこへ辿り着いていた。
灯りもなく視界も悪い、加えて外部からは丸見えとなるこの渡り廊下数十メイル。
襲撃者にとっては最高のロケーション、タバサにとっては最も危険な数十メイル。
何かが起こるとすれば、ここの他に無い。
そんな確信に似た感想を抱きながら、タバサはその廊下を歩き始めた。
十メイル――異常なし。冷たい風が山から吹き下ろす風だと気付く。
二十メイル――異常なし。草木の間に淡い光。燐光を発する光虫。
三十メイル――異常なし。光虫の優しい光に照らし出された白い百合の花が、見るものも居ない夜の中で悲しい美しさをたたえていた。
丁度半分ほども来ただろうか、周囲は平穏そのもの、未だ何も起こらない。
完全な暗黒に慣れてきたタバサの目が、その奥にある頑丈そうな作りの裏口を見つけた。
彼女の心に去来する心配が杞憂であったことへの安堵と、未だ燻る警戒心。

 その、油断無さが、彼女をコンマ差で救った。

とっさに横っ飛びに地面を転がる。
動物的直感、考えるよりも先に体が動いていた。
刹那、固いものを削るような、叩き割るような音が響き渡った。
同時にタバサの鼻腔が生臭い鉄のような匂いを嗅ぎ取る。状況理解の前に、タバサの体と精神が一足飛びに、戦闘状態のそれへとシフトした。
何が起こったのかわからない。わからない、が、喜ぶべき事態ではないことだけははっきりと分かった。
転がった状態から足のバネを利用して前方へと跳び、ジグザグを描きながら猫科動物のようなしなやかさでもって裏口へと駆ける。
その途中にちらりと廊下の様子を横見で確認する。
そこには、深々と三本の爪で作られたような傷痕が一直線に残されている。それも、まるでドラゴンが引っかいたような鋭い傷であった。

一つ、二つ、三つ、巧みにフェイントを織り交ぜながら疾走と跳躍を繰り返す。
二呼吸の後、タバサは暗闇の中でも裏口が目視できる距離へと接近したが、そこには閉じた扉一つあるだけ。
予想していた敵の姿が無く、益々事態の把握に手間取る。
攻撃直後、タバサはそれを裏口前近くに潜んでいた敵メイジによる迎撃だと判断していた。
それがここに来て揺らいできている。
周囲に隠れられそうな遮蔽物は無い。加えて前方の扉は完全に閉まったままである、もしもメイジが扉から中へと逃げたのなら扉の開け閉めに伴う音ですぐに分かるはずだった。
同様に、扉の前から移動したと言うのも考えにくい。攻撃から今までの間に視界の範囲外に足音を立てずに移動するのは不可能だろう。
ならば何が――

背後から破砕音

咄嗟に、タバサは口の中で唱えていたエアニードルの呪文を、振り向きもせずに背後へ解き放つ。
ギャリギャリッという音が聞こえたが、結果を確認せずにタバサはそのまま扉へ飛び込んだ。
幸い扉に鍵は掛かっておらず、すんなりと侵入することができた幸運を始祖ブリミルに感謝する。
そのまま体ごと体当たりするようにして扉を閉めると、素早く鍵を閉めてその場から飛び退いた。
そして扉に背を向けると、全力で駆け出した。


疲労だけではない理由で早鐘を打つ鼓動の音を聞きながら、タバサは先ほどの疑問を繰り返してみた。
廊下に走った傷痕は裏口の扉付近から一直線に伸びていた、となれば攻撃は正面か真後ろからされたことになる。
タバサは攻撃者の姿こそ目にしなかったものの、それでも音が前方から聞こえたことだけは覚えていた。
敵をメイジの定石に当てはめて考えてみると、あの扉の前には術者の姿がある『はず』だった。
しかし、二度目の攻撃が背後から来たという事実を加味すると、その定石すら疑わしい。
真っ当な方法では、タバサの目を欺きながら敵メイジが、瞬時に前方から背後へと回るのは不可能に近い。

と、そこでタバサは足を止めた。
目的地に到着した、という訳ではない。異常を察してのことである。
彼女が発見した異常、それは床に広がっていた水溜まりだった。
黒い、黒い、水溜まり。
床へ落としていた視線を、徐々に上げていく。

そこには、血の海に溺れるようにして、
                  ごろりと
                       胴体を境に真っ二つに切断された、女性だったものの残骸が、転がっていた。

赤い絨毯を更に赤黒く染め上げて、犠牲者がもう何も映さぬ瞳でタバサを見上げている。
場所は謁見の間へ繋がる中央ホールへ続く廊下の途中、大臣達の執務室が連なる区画。
そこで哀れな娘は生者を怨むように目を見開いていた。
下半身はやや離れた場所にある。上半身だけで這ったのだろう、床につけられた血の跡でそれを窺うことができた。
中途半端に曲がっている左腕は娘のすぐ側にある扉のノブを掴もうとしたのだろうことが、べったりと汚れたノブで知れた。
タバサは彼女の視線を受け止めるようにして正面から近づいていくと、覗き込むようにしてその場に膝を下ろした。
「………」
まずは、彼女の顔に手をやって、瞼を降ろす。そうすると、まだあどけなさが残る、年若い娘の素顔が現れた。
そばかすが残る、健康的に日焼けした顔。きっと、こんなところに居なければ、明日も明後日も笑っていられたであろう、真っ白な死者の顔。
だが、死は全てに等しく平等で、また理不尽である。
もう二度と笑うことのない彼女を想い、タバサは心の中で黙祷を捧げた。

視線をずらして致命傷を確認すると、何にも増して明らかなそれは、『三本の爪痕』を伴っていた。
間隔はそれぞれ左右とも二十サントほど。間違いなく、それは先ほどタバサを襲ったものと同一であった。
そしてふと思い出した、あのとき嗅いだ臭いのことを。
その主こそ目の前の彼女なのだろう。傷口に手を当てると、その考えを裏付けるように、その遺体からは温もりを僅かに感じることができた。
顔色は変えず、心の中で痛ましさに顔をしかめながら、タバサは冷静に状況を確認していく。
まず、分かったのは彼女は最初足を引き裂かれ、転んだところで腹部を真っ二つにされたということだった。
床に残された爪痕は最初直進的に進み、途中で曲がって反転している。
これは最初の襲撃と致命傷となった二度目を意味しているようである。
次に分かったのは『爪』の範囲。
爪三本の範囲は高さ約五十サントほどで、これは彼女の足に刻まれた傷痕から推定することが出来た。
二度目で彼女の腹部を割いて絶命させているのもこの為だろう。
そして最後の発見。それは、加害者がやはりメイジではないという確証。
タバサはもう一度左右を見回して周囲を確認した。
この廊下の幅は2メイルほど、そこを血の海が隙間無く広がっている。
つまり、裏口の扉へと向かうためには、血の海を避けては通れない。
タバサは先ほど自分が歩いてきた方向を見た。

そこには、血の足跡など無い。

つまり、ここを横断した人間はいないのである。
そこまで考えたとき『人間』じゃないものなら? という発想がタバサの脳裏に浮かび上がった。
メイジじゃないなら? 人じゃないなら? 地面に足をつけていないものなら?

姿が見えないもの、だったら?

タバサの背筋が凍りつく。
最も考えないようにしていたもの、しかし一度考えてしまえばその考えから逃れるのは難しい。
それは 『幽霊』

速すぎる移動速度も、目に見えない体も、残されていない足跡のことも、幽霊だったらと考えると全て辻褄が合ってしまう。
あえて考えないようにしてきた可能性、普段なら一蹴する可能性。
だが考えれば考えるほどそれが正しいように思えてきてしまう。

タバサは幽霊が苦手である。それは子供の頃から、騎士となって風雪のタバサと呼ばれるようになった今でも。


情報は確認した、これ以上得られるものは何もない。
タバサはそう判断すると、ひざ立ちの姿勢から立ち上がった。
その表情は変わらず感情というものが感じられない。だが、この場にルイズやキュルケが居たのなら、その顔が強ばっていることに気がついただろう。
けれど、彼女の心に迷いなど無い。恐怖など、足を止める理由にならない。
ただ、ただ、前進あるのみ。


                      そこには何もなかった。影だけがあった。
                              ――バッソ・カステルモール「氷の姉妹」


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