あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

其の六:一つ目の決意


――――背中に暖かい熱を感じた。



ゆっくり開けた両目から薄く光が差し込み、はっと意識を覚醒した。
習慣ゆえにか、体を起こすと反射的に身構えた。さほど激しい動きではなかったが、足場である太い古木が小さな軋みを上げる。

ここはどこだ……?

頭の一部が、どこかしらがまだ呆然としていた。
振りかぶって周りを見渡すと、どうやら視界が悪いのは
ひとえに眠りから覚めたばかりだからではないらしいとわかった。
目覚めたそこはうす暗く、そして押し殺したように静かだった。
いつもと変わらぬ夜のようだった。自身のいた世界での、まるで戦時中のように明かりが無い夜。光の無い町は寂しく怖い。

――――明かりを灯せば、やつらが目を付ける。

崩れ落ち、瓦礫と化した建物に染み入る夕日だけが、唯一の明かりだった。
平穏が尊かった、何よりも欲しかった。
笑いあえた日々が、心の中に重く重く圧し掛かっている。
師も仲間も父親さえもなくした、まだ齢一桁の戦士が頼れるものがあるはずも無かった。

「眠っていたのか」

手のひらを眺めた後、空虚に向かってつぶやいた。当然答えは無い。
長い長い眠りだったような気がする。逆らいがたい眠気に誘われて、自然に目を閉じたことなんていったい何年ぶりのことだったか。
右の手で傷を撫でる。ずいぶんといい夢を見ていた気がする。
とても平和な世界の、とても優しい人に出会った。いまだ背中に暖かさと重さの名残を実感するほど素敵な夢だった。
とたん、夢を思い返して自嘲する。オレってこんなに感傷的だったっけ?


自分に皮肉を浴びせてやると、自然と笑みが零れた。
――気のせいか体が軽い。これは久々にかみ締めた熟睡の結果か、それとも幻想のごとき夢のおかげか、どちらでもいいが、どちらでもよくない考えだ。

夢は、所詮夢だから。

夢じゃ現実は変わらないのだ――――。

「……さて、早く戻ってやらなきゃな。今日もトランクスの修行を見てやる約束をしてたはずだったな」

のそりと体を持ち上げると、背中に乗っかっていたものがずれた。
ゆっくりと、それは重力にしたがいつつ、服に引っかかってずるずる落ちていく。
やたらと柔らかくて暖かいものだ。完全にこちらに体重を任せている。
うっとうしく思ったわけではない。いつまでもまとわりつく夢の名残は暖かすぎて、気を抜くとそのまままた夢の世界に突入してしまう羽目になりかねなかった。
やや残念な気持ちを引きずったまま、取り除こうと振り向いて目が見開いた。

それは、その人は、胴着に側頭部をすり当ててずるずる落ちながらも、規則正しい寝息を立て、柔らかな微笑みを浮かべて安らかに眠っていた。

見開いた目が、驚きに震えてさらに小さくなった。
心の中で悲鳴をあげ、飛びのこうと体を動かしたら頭が胴着を滑ってずり落ちる速度が増したので、余計に慌ててしまう。
よく起きないなこの人。と心の奥底で感嘆しつつも頭にそっと手をやって、なるべく丁寧に下に降ろした。
すっと顔をのぞく、今、失礼と思う余裕は無い。
場所が変わったというのに、相変わらず微笑んだ寝顔を見ると緊張が綻んだ。

……左頬が少し赤く見えるのは気のせいだ。うん……。


突然チクッと、頭の中を鋭い痛みが走った。
頭を抑えると、夢の欠片がパズルのように集まって、形を作った。

この人は――――――――――……!

バラバラに巡る記憶を突き破られ、悟飯は目の前で眠る、無防備な人物の名を思い出した。

「そうか……、夢じゃなかったのか」

長い沈黙の果てにはき出たのは、どこか失笑のような声だった。
人造人間と戦い、敗れ、殺され……しかし、『文字通り』に命を拾われた。
これまでいた所とは、違う世界で。


考えに浸っていると、下方から光が差し込んだ。体を乗り出して光源を見ると、光の伸びる先に、無理やりこじ開けられてへし曲がった鍵のついた木製の扉が
一人ぽつんと転がっていた。
あっ、そうか! と手をたたく。扉がきっかけとなり、脳裏によみがえった今までのことが、順々に流れていく。
なぜかこの家の人たちに追わてしまい、どうしようかと悩んでいる時にカトレアさんの気を感じて探し当て、倉の中で話していると衛兵が来て、とっさの機転で天井まで飛んで隠れたおかげで見つからなかった…………

そこまで思い出し、ようやく状況を把握する。
自分たちはそのまま寝てしまったのか? 子供のようにぐっすりと。

「カトレアさん。カトレアさん!」
「ん……ぁ? おはようゴハン。どうかしたのかしら?」

肩ゆすって起こすと、カトレアは実にのんびりとした様子でくーっと背伸びをした。

「どうしたのって、マズイですよ」
「?」

何が? とでも言うように目をこすりながら首をかしげてくる。
どうやらこちらも完全熟睡だったようで、まだぼーっとしているらしい。
昼の会話を思い出す限り、カトレアさんは誰にも行く先を告げずここにいる。
そして、衛兵の人たちは現れた曲者が彼女を連れ去ったと勘違いしていた。

「ちょっとここにいてください。いいですね!」

気になるのは外の様子。考えうる最悪のパターンしか映りそうには無いが、億万が一を信じて、一応確認しておく必要があると判断した。
が、飛び降りるより先に、リストバンドを細い手が掴んだ。
どこ行くの? と言いたげな目だった。暗闇に目が慣れてきたせいか、よりはっきりと表情が伺えるようになっていた。

結局、二人で下に降りた。
カトレアがどこかうれしそうに笑っていた理由は、悟飯にはわからなかった。




「…………はぁ」

主のいない部屋の中、膝の上ですやすや眠る子猫の背を撫でながら、メイドは深く、落胆したようにため息をついた。

考えが甘かったと言わざるをえない。
窓から時折入る光を憂鬱に俯けた身体に浴びて、頭を抱えた。
これは先ほど――暗くなり始めてから護衛兵のランプの灯りがばたばたと忙しなく駆け回っているせいだ。
慌しい気配は、たとえ部屋に閉じこもっていたとしてもひしひしと伝わってくる。
ここに本人がいないので当たり前なのだが、お嬢さまはまだ見つかって無いらしい。

子猫を起こさぬよう、そっと膝からおろし、メイドは考える。
カトレアお嬢さまはおそらく、件の【侵入者】と一緒にいるのではないだろうか? と。
集中する意識に比例して、目が細まる。
思い返すは失踪数秒前、侵入者の話をあの若い衛兵に聞いたときのこと。
見逃すはずも無い。あの時、お嬢さまの心に一瞬生まれたのは、驚きと、それを体現した空虚の表情。
あれが示唆するものを考えると、どうしても一つの可能性が引き出される。

――お嬢さまは侵入者を知っているのではないか……?

いったん考えが方向性を持つと、気になることが後からずるずると出てくる。
ここ数日の上機嫌。
それに同調した体調の安定。
何かたくらんだような微笑み(これはいつものことか?)。
そして、カトレアお嬢さまと同時に消えた、編み物。
そういえば、血のようなもので染まり、傷でボロボロな山吹の服を編み始めたのも数日前からだった。
……考えが少しまとまって、持ち上げた頭を軽く頷かせる。
大体のことは予想できた。
これが違うなら、私は本当にお嬢さまの思考回路に偏見を持っていることになるが、言ってしまうと何だが、予想が外れている気がしない。


普段から花のような可愛らしさと双月のような美しさ、太陽のような暖かさを兼ね備えた人だ。
が、その微笑みの分厚い層に隠された奥に、肉食獣や戦士の持つそれとは違う“したたかさ”がある。
しかも、本人はそれを自覚しているのだかいないのだか、たぶん後者だ天然だ。

「ま、だからあの人は仕え甲斐があるんですが」

ふぅと息を吐くと、扉が叩かれた。
ドンドンとなると、また一定の間を空けてドンドンと、やけに控えめな叩き方である。
メイドははっとなった。
彼女は知っていた。(いろんな意味で)やたら激しい気性のこの一家で、こんな丁寧で優しい叩き方をするお人は一人しかいない。
ぱっと顔が明るくなり、メイドは扉まで駆け寄った。
まだ叩かれている最中に、取っ手を強く握ると勢いよく開いた。

「お嬢さま! 心配しましたんで……す?」
「ただいま、遅くなってごめんなさい」

言葉が止まる。位置が低い。声の発生位置がいつもより。
ふふっと微笑み、健気に手を振るカトレアお嬢さまは、だいぶ下にいた。
目線があがる、そこで、視線が合う。漆黒の瞳、左頬から額にかけて走る傷跡。
驚いたような困ったような、それらを混ぜ合わせたような表情を浮かべ、何を言えばいいのか必死で詮索しているような、片腕の無い平民。

「ど、どうも……」
「あ、ああ……?」

お互いに詰まったような言葉の後、ぎこちなく一礼を交わす。
悪い奴ではないようだ。何もかも予想通り。
ただ唯一の想定外は、平民の右腕にカトレアお嬢さまは、まるでぬいぐるみのように優しく、しっかりと抱き上げられていたことだった。





後始末は以外にもすんなりと行われた。
戻ってきたカトレアは早速部屋を出て、緊張感を張り詰めさせて頬のやせこけたように見える、今にも失神しそうな衛兵に話しかけた。
はじめ衛兵は大混乱し、わけのわからないことを騒いでいたが、ぎゃあぎゃあ喚くのが逆に人を集め、隊長だか護衛長だかに今までどこにいたのか、侵入者についてもうそ――迷い込んだ傭兵の人がいて、助けてやったと言ったらしい――の説明を話した。
疑われるのが心配だったが、衛兵たちはそんなことよりも主人が帰還するよりも早くすべての問題が解決したことに心底安堵し、感涙し、カトレアは結局何も問い詰められることなく部屋に返されあっさりこと無きを得た。

そして……


「はぁ~、異世界の人ですか。変わったもの……もとい、人もいたものですね」

メイドは紅茶の入ったティーカップを置き、乾いた声で興味なさそうに言った。
カトレアはコロコロ笑って別のカップを手に取り、口に運ぶ。
口の両端から、甘いにおいのほのかな湯気が舞い上がって消える。

「ごめんなさいね。本当はあなたにだけは教えたかったんだけど、それより先にあんな事になってしまったから」
「……面目ないです」

言葉と共に、悟飯はガクッとうなだれた。
口からカップを放し、カトレアは悟飯を見た。
おほんとわざとらしく咳き込み、メイドは夜食を持ってきます。何も食べてないでしょう?
と言い残して、さっさと部屋を出て行った。
窓から差し込んだ月明かりが、沈黙に動けない二人と、眠っている動物たちを照らし出す。
悟飯は気まずそうに頭を掻いて、それから恐る恐る口を開いた。

「驚かなかったですね、あの人」
「あの子、とっても気が強いのよ」
「気が強いって言うか、肝が据わってるって言いますか……」
「ゴハンはああいう子が好みかしら?」
「……え!?」

口を開いたまま、悟飯は動きを止めた。
頬が薄く赤くなり、また頭を俯ける。目があちらこちらに泳いでいる。
カトレアはそれを見て、口元に手を当てて上品にくすくすと笑った。

「冗談よ、気にしないでね」

語尾にハートマークか音符でもつきそうな位、軽快な声だった。
悟飯は顔を下げたまま、こくんと首を傾けた。

カトレアはカップを置いた。
中はすでに空となり、甘い香りの湯気が部屋に舞い、消えていった。




空は白い雲が薄く広がり、朝日をその身に迎えるように青く広く染まっている。
孫悟飯は屋敷の屋根に立ち、細めた目で遥か彼方を見つめていた。

朝の冷たい風に帯がはためき、通すもののない左袖が体を叩いている。
悟飯は左肩をぐっと掴み、そして目を閉じた。

暗闇の中に、さまざまなことが浮かんでくる。
父の顔、母の顔、師の顔、仲間の顔。
そして、たった一人あの地獄の世界に取り残された、小さな希望――――……

――必ず戻る。
――必ず、戻ってみせる。救われた命。

やり直せるはずなのだ。

確かに左腕はない、体もボロボロだ。帰る方法もまったくわからない。
しかし、それでも、できる。

――――まだ……こうして生きているのだから。


握り締めた拳を胸と水平に突き出し、悟飯強く、そう誓った。





広すぎるベッドの中で、カトレアは仰向けに倒れたまま、両手を胸に添えた。
組み合わせた手に握られ、しわの寄った山吹色の胴着は、飯の染め抜きも含めてもうすっかりもとの姿を取り戻していた。



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