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虚無の魔術師と黒蟻の使い魔-06


魔法権利を身につける。そう決めたルイズは、夕食が終ったあとの時間を魔術審議のための時間として充てることとした。
毎晩魔術審議を欠かさず行い、そして魔法権利を行使し魔術審議の成果を確認する。
はじめ、ルイズは己が天才かもしれないと思っていた。
本来たった一回の魔術審議で魔法権利を獲得するということはまず無いことだ。故に一回で魔法権利を獲得した己を、すわ天才かと思ったのだ。
たった一回の魔術審議で一匹とはいえ蟻を生み出せるようになったルイズは、己に魔法権利を扱うための才能が多大に与えられているのだと思ったのだ。
だがそれがどうにも違うようだということが、2回目以降の魔術審議でわかった。

2度目の魔術審議。ルイズは黒蟻の魔法ではなく、他の魔法権利を獲得しようとした。次姉、カトレアを癒すための治癒の魔法を身につけようと思ったのだ。
だが、そう思い行った魔術審議は、前回とはまるで違う結果となった。
魔法権利を獲得できなかった、だけではない。茫洋として、権利獲得に近づいているという手ごたえがまるで無かった。
これはどういうことかと思い、ルイズは他の様々な魔法の魔術審議を試してみた。モッカニアの記憶にある、同僚の武装司書たちの魔法。
だが、そのどれもが同じ結果に終わる。
黒蟻の魔法以外で唯一成功したのは肉体強化のみ。
肉体強化は、武装司書なら程度の差はあれ誰でも使う。当然モッカニアも習得している。
どうやらモッカニアが習得した魔法のみ、並外れた速さで習得できるということらしい。

モッカニアと契約したからモッカニアの魔法権利を引き継いだ。ということだろうか。
一発で黒蟻を呼び出せるようになったのが、自分自身の才能によるものではなさそうだと判り、自分が天才なのかもしれないとぬか喜びしていたルイズは少し残念に思ったが、それほど落ち込みもしなかった。
本来、世界の公理に手を加えられるようになるには、1年程度かかるのが普通なのだ。
モッカニアの魔法限定とはいえ、いとも簡単に魔法権利を獲得できたのを僥倖と思うべきだろう。

ここでルイズに選択が迫られる。
このまま黒蟻の魔法を高めていくのか、それとも時間をかけて他の魔法権利を習得するか。
他の魔法とはすなわちカトレアを癒すための魔法。
ある程度時を必要とするだろうが、魔術審議を繰り返せば、モッカニアのもの以外の魔法も使えるようになるだろうとは思う。
だが、黒蟻の魔法と治癒。両方を身につけるのは不可能だろう。

モッカニアの記憶の中に、治癒の魔法を使う武装司書が一人いる。
ユーリ・ハムロー。
モッカニアの友人であり、モッカニアが心を病んだ後、最も次期館長代行に近いと言われたユキゾナ・ハムロー。その妹だ。
ユキゾナはその強大な力とは裏腹に、子供のころから病弱であった。武装司書になるまでの人生、そのほとんどをベッドの上で過ごしたらしい。
武装司書になってからも、ユーリがいなければその職務を果たすことはできないだろう。
そんなユキゾナがどうして武装司書になれたのか。
それはユキゾナとユーリの兄妹が、二人とも司書養成所に入る前から魔法権利を獲得していたためだ。
なぜ、養成所に入る前から魔法権利を習得していたのか。友人であるモッカニアにも、ユキゾナは語ろうとはしなかった。
とにかく、ユーリは兄を癒すための魔法を、ユキゾナは破壊のみを突き詰めたような魔法をすでに持っていた。
ベッドの上で過ごす人生で、ユキゾナがどうしてそんな力を手に入れたのかは分からないが、ユーリは間違いなく兄のためにその力を手に入れたのだろう。
そして司書養成所に入ってからも治癒の魔法を磨き続けた。
その才能のほとんどを治癒に費やしてしまったため、ユーリは肉体強化以外の戦闘向けの魔法は一切持たない。
あまり多くの魔法権利を手に入れることは、混沌に近づきすぎて命を落とすことにもなりかねない。ユーリにはこれ以上魔法権利を獲得する余裕がないのだ。
もっとも、さらに魔法権利を獲得する余裕があるとしても、ユーリの性格からしてそれも兄のために使うのだろうが……。

ルイズが治癒の魔法と黒蟻の魔法、両方を実用レベルで身につけようと思うなら、ユーリ以上の才能が必要となる。
さらに黒蟻の魔法にモッカニア自身のレベルを求めた場合、その上で治癒の魔法を使うにはモッカニア以上の才能が求められる。
それだけの才能があれば、文句なしで館長代行の地位に就けるだろう。

また、治癒の魔法一つに絞ったところで、やはりユーリ以上の才能は欲しい。

魔法の才能はあるが体の弱いユキゾナを、カトレアとどうしても重ねてしまう。
気になるのは、ユキゾナとカトレア、どちらの病が重いのだろうかということだ。
武装司書の激務をしていることを思えば、ユキゾナはカトレアに比べればよほど健康と思ってしまうが、ユキゾナには常にユーリが付いているのだ。
秘薬をもった水のメイジが常にサポートしているようなものだ。
やはり、どちらの病が重いというのは決め難い。
ユキゾナとカトレアの病が同程度のものと仮定した場合。
ユーリは常にユキゾナのそばにいながら、ユキゾナの病を完治させることはできないでいるのだ。
ならばルイズにはユーリを超える才能が必要だ。
侯爵家たるヴァリエールにとって、水のメイジと秘薬を確保するのは容易いことなのだ。その財力をもってトリステイン中から腕利きの水のメイジを招聘しているのだ。
カトレアの現状を改善しようと思うなら、潤沢な秘薬をもった水のスクウェア以上の力が必要になる。
ユーリの治癒の魔法も、秘薬が必要ないという点は称賛に値するが、水のスクウェアを超えるものとは思えない。
ルイズに果たしてユーリを超えるだけの才能があるのか?
しかも、ルイズは16歳だ。
ユーリは司書養成所に入る前から魔法権利を持っていた。モッカニアの記憶によれば、ユキゾナが養成所に入ったのが15歳。ユーリは2つ年下で13。
つまりユーリは、どんなに遅くとも本来魔術審議を始めるはずの13歳以前に魔法権利を獲得しているということだ。そして13歳からは、養成所で正式な訓練を始めている。
現在16歳のルイズより3年以上早く治癒の魔法を習得し、磨いてきたことになる。
3年以上の遅れを追いつき、さらにそれを越えていくだけの才能。
そんなものが己に備わっていると思えるほど、ルイズは楽観的ではない。むしろ、今の今まで魔法の才能がないと言われて育ってきたのだ。

しかし、黒蟻の魔法。
こちらの魔法は、今すぐにでも使うことができる。
そして、モッカニアの魔法権利を引き継いだというのなら、最終的にモッカニアと同じレベルにまで到達できる可能性がある。
世界最強と言われるレベルにまで達することができるかもしれない。

結局、ルイズは黒蟻の魔法を選んだ。
己がユーリ以上の治癒の使い手になれるのかどうかという不安。
治癒を選んだ場合、やっと力を手に入れたと思ったのに、おそらく一年近くは魔法を使えないという点。
もし世界最強という力を手に入れることが叶えば、ヴァリエールの力をもってしてできないような「何か」ができるかもしれない。
そういったことを踏まえた上での決断だが、それらとは別にもう一つ思うところがあった。

ルイズが手に入れたのはモッカニアの才能だけではない。
モッカニアの『本』。モッカニアの記憶。すなわち情報。
『魔法権利を手に入れる方法』をルイズは知っているのだ。
軽はずみにできることではない。簡単にやっていいことでもない。
だが、この情報を誰かと共有するという選択肢が確かに存在する。
己はユーリを超える治癒の使い手になれないかもしれない。
だが、他の者は?
もし百人が、皆、治癒の魔法を磨けば、一人ぐらいはユーリを超える存在が現れるのではないか?
貴族は駄目だろう。異端の力。しかも、治癒の魔法以外に手を出すなと言って従う者などいないだろう。
だが平民は?
系統魔法とは違う魔法権利。系統魔法は使えなくても、魔法権利は身につけることができるのではないか?
事実、自分がそうではないか。系統魔法はいまだ成功しない。
そしてモッカニアの世界では、魔法を使うのに血統など関係ない。才能は個人個人に与えられるのだ。

ルイズは、この考えはあくまで心の片隅にとどめておくこととした。
下手をすれば、貴族制の存続に関わりかねない危険な考えだ。
だが、心の片隅から、この考えが消えることもないだろう。
おそらくカトレアを癒すことを考えれば、有効な手であることに間違いないから。


召喚の儀式から5日が過ぎた。ルイズの日常はそれまでのものと微妙に変化していた。
だが、その変化はほんの些細なものであったため、周囲の誰も気づかない。
しかし、唯一人、キュルケだけはそのほんの些細な変化に気づいていた。
些細な変化。
ひとつは、食前の始祖への祈りを、今まで以上にまじめにするようになったこと。
二つ目。夕食の後すぐに部屋に戻るようになったこと。
そして最後に、メイドに何かを命じるとき、黒髪のメイドに優先的に声をかけるようになったこと。そして、そのメイドと短いが会話をするようになったこと。
どれも些細なこととは思うが、最後のメイドの件だけ、キュルケは少し気になった。
平民と仲良くするなど、今までのルイズからは考えられない。
「まさか魔法使うの諦めて、平民の仲間入りするなんて言わないわよね」
キュルケは呟く。
そんなことは認められない。私に断りもなく諦めるなど認めるものか。

この学院で唯一、キュルケだけがルイズの敵だ。
他の生徒は、幾らルイズをからかおうと腐そうと、彼らはルイズを敵とは思っていない。
彼らのそれは平民が貴族に対して陰口をするのと同じである。
彼らは既にヴァリエールという家名に敗北を認めている。
敵わないと認めているヴァリエールの、唯一の弱みといえるルイズで腹いせをしているだけである。
だがキュルケは違う。
ツェルプストーの者にとって、ヴァリエールの名は紛うことなき敵である。
入学したばかりの頃は、そういった理由から、とりあえずといった気持ちでルイズを敵としてみなしていた。
しかし今は違う。
ルイズの魔法の才能を知るにつれ、キュルケはルイズを敵ではないと認識した。敵に成りうるだけの力を持たないと認識した。
だが、ルイズはそうは思わなかった。
ルイズはキュルケの言葉の一つ一つに噛み付いた。ルイズは己がゼロでありながら、キュルケに対して真っ向から敵対した。
だからキュルケはルイズを敵として認めることにした。ルイズが敗北を認めない限り、ルイズには敵としての価値があると認めた。

「貴族としての意地だけで生きてるようなもんなのに、それすら捨てちゃったらあんたに何が残るっていうの?」
キュルケはルイズを睨む。
ルイズは今日も黒髪のメイドと話している。
別段楽しそうにしているわけではないが、会話はそこそこに弾んでいるみたいだ。
「…………」
キュルケの視線を友人のタバサも追うが、特に興味もないので、すぐに視線を本へと戻した。


「シエスタ。またあの貴族の娘か?」
厨房で、シエスタは料理長のマルトーに声をかけられた。
昼休み。とはいえ貴族たちはほとんど昼食を終え、それぞれが好き勝手に過ごしている時間である。
ゆえに、厨房で働く使用人たちも少しずつ暇ができる時間帯でもある。
マルトーは手の空いた者から昼食を済ませるようにと指示しており、厨房に戻ってきたシエスタにもそう命じようとした。
しかしシエスタは戻ってくるなり、ケーキと紅茶の用意を始めたため、そこで先ほどの言葉が出た。
「まったく。どういう風の吹きまわしだが知れねえが、貴族の気まぐれには困ったもんだ。シエスタも迷惑だろ? なんだったら、あの娘の目につかないような所の仕事に回してやるぞ?」
マルトーは不機嫌そうに言う。
「迷惑とかそういうのはないですよ」
シエスタは苦笑いする。
「ミス・ヴァリエールがどうして私に声をかけてくださるのかよく解らないですけど、何か無茶なこと言ってくるわけでもないですし、あまりに忙しい時は他の手の空いてるメイドに声かけるようにしてくれますし。逆に……」
逆に声をかけられたおかげで少しさぼることもできると言おうとしたが、それは上司の前で言う言葉ではないと思い、その言葉は呑み込む。
シエスタはケーキと紅茶を乗せたワゴンを押しながら厨房を後にする。
「まぁ、なんにせよ貴族のやることだ。用心しておけよ。いつ手のひら返して難癖つけてくるかもしれねえからな」
シエスタの背中に向けてマルトーは言った。


ルイズはシエスタの戻ってくるのをぼんやりと待っていた。
今日はどんな話題を振ろうか、そんなことを考えながら。
シエスタに異端云々の話をしたのはやりすぎだった。今にして思う。
だからこそ、あれ以来毎日のように声をかけるようにした。そして他愛のない話題を振る。
『一万エキュー拾ったらどうするか』『青と水色、より涼しいのはどちらか』『レモンを生でかじれるか』『ハシバミ草のおいしい調理法』など、特に意味のない会話を繰り広げる。
ルイズがシエスタを捕まえて他愛のない会話をする。それを日常にすることで、あの会話も日常の一つに埋没させようという心算だ。
だがそれとは別に、シエスタとの会話を純粋に楽しいと思うルイズもいる。
クラスメイトとほとんど会話をしないルイズにとって、久しぶりに得た日常的に会話を交わす存在である。
例えそれが平民であろうと、シエスタとの会話は心休まる時間になりつつある。

ルイズは最近考え事をする時間が多い。
今までも、人と交わらない分いろいろと考え事をしていることが多かったが、それは考えているのではなかったと今は思う。
結局ルイズが考えていたのは、自分が魔法を使えないということと、それに付随するあれやこれや。そんなものは疾うに一通り考えつくしてしまっている。
考えているように見えて、過去の考えをなぞるだけの作業にすぎなかった。
結局、誰とも交わらず自分だけで完結しているくせに、その自分がいつまでも魔法を使えないまま変化をしなかったのだから、新しい思考を生み出すなどということはあり得なかったのだ。
今は、モッカニアの『本』、日々の魔術審議、そしてシエスタとの会話から新しい刺激を受け、そしてそれが新しい思考を生み出している。

貴族足らんという思いを常に抱いて生きてきたルイズが、最近特に思うのはその貴族というものについてである。
シエスタと何度か会話し、多少気心が知れてきたと思う。だが、どんなに会話が弾んでも、シエスタがきちんと身分の違いを弁えた言動からはずれることはない。
それは本来、至極当たり前のことではあるのだが、今のルイズはその当たり前にも少し疑問を持つようになった。
モッカニアの『本』には、世界最大の大国であるイスモをはじめ、貴族のいない国がいくつか存在する。
それらの国は民主主義というルイズにとって未知の政治形態をとり、貴族が政治を行うのではなく、国民の投票によって選ばれた者たちが代表して政治を執り行う。
つまり、投票という形ですべての国民が政治に対する一定の影響力を持っているのである。
ルイズにはいまいち理解できない制度であるが、民主主義こそが理想とする声も彼の世界では大きい。
ルイズの、ハルケギニアの価値観なら、魔法という軍事力を持ち、領地の統治のための教育を幼少から受けている貴族が政治を執り行うことが正しいとされている。
民主主義における、政治の知識のない者まで政治に対して影響力を持つという仕組みは、余計な混乱をもたらすだけではないかとルイズは思う。
一方、貴族が政治を執り行う国もある。
モッカニアの生まれ育ったロナ公国などがそれだ。
だが、こちらの貴族はハルケギニアのそれとは違い、魔法を使えるわけではない。
魔法権利は、貴族でも平民でも、魔術審議をしっかり行った者に与えられるのだ。そこに身分は関係ない。
むしろ、貴族は武装司書のような魔法を使う仕事を下賤な仕事とみている節がある。
これもルイズにはいまいち理解できない。
貴族は平民の使えない魔法を使うという絶対的な優秀性があるからこそ、そうではない平民たちを支配するに足るのではないか?
もしそうでないのなら、貴族足らんとし、魔法の使えない己を恥じ、只管に魔法の練習を繰り返してきた自分は何なのだろうか?
つまり貴族にとって肝要なのは、人の上に立つに足る優秀性であり、その優秀性が必ずしも魔法である必要はないということか。
それはゲルマニアの考えに近い。トリステインの貴族が野蛮と断ずるゲルマニア。彼の国では金を稼ぐことに優秀であればメイジでなくても貴族になれる。
ルイズは貴族として恥じない存在になりたいと常々思ってきた。それは、とにかく平民の上に立つだけの優秀性を手に入れればいいのか?
いや違う。
それでは足りない。
ただ優秀ならば、強ければそれでいいというのなら、モッカニアはあんな死に方をしなかった。

モッカニアの父親は貴族だった。貴族として、統治者として優秀かどうかはモッカニアの視点からいまいちはかり知ることができない。
ただ、貴族としての権力という力を持った強い存在ではある。
対してモッカニアの母親、レナス・フルール。彼女は弱かった。
領主であるモッカニアの父の気まぐれによって孕まされ、女手ひとつでモッカニアを育てたが、終には貧しさの中で死んだ。
その後モッカニアは父に引き取られ、裕福な暮らしの中で貴人としての教育を受けた。だが、やがては家を飛び出し、そして武装司書になった。

モッカニアにとって母と過ごした時間は、貧しくとも大切な思い出である。
だが、父と過ごした時間は、ただただ苦痛でしかなかった。

モッカニアの『本』を通したルイズからは、モッカニアの父はモッカニアやレナスを苦しめるだけの存在にしか思えない。
領主の権力をかさにレナスを手篭めにし、そしてレナスは貧しさの中女手一つでモッカニアを育てることになる。
たとえどれほど為政者として優秀だったとしても、モッカニアの父を貴族として認めたくはない。
トリステインにも、モット伯という、権力をかさに平民の娘を手篭めにする貴族がいる。
彼らのしていることは下種そのものだとルイズは思う。貴族としての誇りを著しく傷つけるものだ。

つまり大切なのは誇りか。
貴族の誇りに恥じないような行いをすることこそが、真に貴族として必要な資質か。
貴族としての誇りを守るために行動し、そしてそれに足るだけの力を持つ。それが貴族ということ。
ルイズはひとまずそう結論した。


シエスタがケーキを持ってやって来た。
ルイズはそれを確認すると、自分の膝の上にハンカチを広げた。そして、こっそりと蟻を一匹呼び出し、ハンカチの上に置く。他の者からはテーブルの陰になって見えないだろう。
魔法権利を獲得してから、日常的に蟻を呼び出すようにしている。
魔術審議は己が魔法を使うことをより強く想像することが重要だ。そのため普段から魔法を使って、魔法を使う自分に慣れ親しんでおくことは、権利をより強くするのに役に立つ。
シエスタはケーキをルイズの前に置くと紅茶の用意をする。
ルイズはシエスタの視線が紅茶のほうに向いているうちに、ケーキをフォークで少し崩し、一かけらハンカチの上に置く。
そして、呼び出した蟻にそれを食べさせる。
食べさせるということ自体には意味はない。定期的に食料を与えなくては呼び出せなくなるということもない。呼び出すたびに新しい蟻が生まれ、以前呼び出した蟻の腹が満たされていようと、新しく呼び出した蟻には関係ない。
ただ、使い魔であるモッカニアの『本』が食事の世話も何も必要ないため、蟻に餌を与えることで、使い魔気分を味わっている。
そして、蟻を使い魔のように扱う代わりに、モッカニアの『本』は持ち歩かなくなった。何かの拍子に破損してしまうことを心配してということもあるし、『本』のことが誰かにばれてしまうのを防ぐためでもある。
モッカニアの『本』は柔らかな布に幾重にも包まれ、二重底になった宝石箱にしまわれている。
『本』は破損してしまうとその情報が大きく失われてしまう。全てのかけらを集めても、元の『本』一冊分の情報には到底届かないのだ。
普段は厳重に保管しておき、必要なときだけ取り出すようにするべきだろうと判断した。

「どうぞ」
シエスタがルイズの前に紅茶を置く。
「おいしい」
ルイズは一口啜ると呟いた。
話し相手云々を置いてもシエスタばかりに声をかけるというのは悪くないことだと、淹れられた紅茶の一口目を飲むたびに思う。
シエスタはルイズの好む温度、味を完全に把握している。
毎回、その時その時に目に付いたメイドに頼んでいたのではこうはいかないだろう。
メイドは一般的に理想とされる紅茶の入れ方を教育されてはいるのだろうが、必ずしもそれがルイズにとっての理想とは限らない。
「シエスタの入れてくれる紅茶が学院で一番おいしいわ」
「ありがとうございます」
シエスタはそう言うと、少し照れたようにはにかんだ。
貴族の令嬢のするような高貴さや品を湛えた笑みとは違うが、素直でかわいらしい笑みだとルイズは思う。

さて、どんな話題を振ったものか。
ルイズはきょろきょろとあたりを見渡す。
「香水……」
ふと頭によぎった単語をルイズはそのまま言葉にする。
「シエスタはどんな香りの香水が好き?」
ルイズはそれほど香水には拘らない性質だが、香水という単語がふと口をついてしまったため、そのまま質問することにした。
「香水……ですか? 私は普段使わないのでなんとも言えませんけれど……」
シエスタが少し困ったような顔で小首をかしげる。
「ただそうですね。薄荷とか、そういったさわやかな香りは好きですね」
「あぁ、そう……」
シエスタの答えを聞きながらも、ルイズはしまったなと内心で舌打ちする。
香水は高級品であり贅沢品だ。平民であるシエスタにとっては馴染みの薄いものである。
(どうしてこんな話振っちゃったのよ。自分もそれほど興味ないし、シエスタにも縁遠い物だってのに……)
会話の内容など他愛のないものでよいとはいえ、まるで広がりようのない話題を振ってしまったことに少しばつの悪さを覚えるルイズ。
それを誤魔化す様にまた周囲に目をやる。
そこではたと気づく。
「香水だわ……」
「香水ですか?」
ルイズの呟きに、シエスタは小首をかしげながら鸚鵡返しする。
「香水が落ちてるのよ、そこに。なんで香水のことが頭をよぎったのかと思ったら……」
シエスタがルイズの視線を追うと、確かにそこには紫色の香水壜が落ちていた。
「あれは……モンモランシーのかしら」
モンモランシーはルイズのクラスメイトで、その二つ名は『香水』。二つ名の通り香水の調合を得意とするメイジである。
(だけど……)
モンモランシーを探すと、香水からは微妙に離れた位置にいる。
そして、
「ギーシュがすぐ近くにいるし、ギーシュが落としたのね」
そう結論付ける。
ギーシュとモンモランシーは何かと仲を噂される関係である。
大方、モンモランシーがギーシュに香水をプレゼントでもしたのだろう。
「仕様がないわね。あんなとこに落っことして、誰かが気づかずに香水ぶち撒けでもしたら大変だわ」
ルイズはそう言うと、立ち上がろうとする。
だが、それをシエスタが制する。
「ミス・ヴァリエール。私がミスタ・グラモンに渡しておきますので、どうぞごゆっくりしていてください」
シエスタはルイズに一礼すると、ギーシュの方へと歩いていった。
ルイズはその背中を見送る。その表情は少し寂しげだ。
シエスタはギーシュに香水を渡したら、そのまま厨房に戻ってしまうだろう。
まだろくに会話していない。何かもっと話をしたい、と思いはするが、話をしたいから戻って来いと言うのはルイズのプライドが許さない。
あくまでルイズは用を言付けるついでに話をするのだ。
(あーあ……)
ルイズは心の中でため息を吐くと、目の前のケーキにフォークを刺した。


「オールド・オスマン。大変です!」
学院長室のドアがコルベールによって勢い良く開かれた。
「んが、ぐぐ」
院長のオスマンは、普段口うるさく注意してくる秘書のロングビルがいないのをいいことに水タバコをふかしていたが、突然勢い良く入ってきたコルベールに驚き、タバコにむせてしまった。
「げほっ……。なんじゃね、えーっと、ミスタ・コルトレーン」
「コルベールです! そんなことよりこれを見てください!」
「年寄りが咳き込んでるのも『そんなこと』かね。それはよっぽど大変なことなんだろうのぉ、ミスタ・コールター・オブ・ザ・ディーパーズ君」
咳き込みながらもコルベールに恨みがましい視線を送るオスマン。
その視線にたじろぎながらも、コルベールは一冊の本を差し出す。
「これを見てください、オールド・オスマン。そして私の名前はコルベールです」
その本を見て、オスマンの表情がにわかに真剣味を帯びる。
古今のさまざまな書物が魔法学院には収められているが、それらの中でも一際古いものであろうと一目で判る装丁。『始祖ブリミルの使い魔たち』とタイトルが振られている。
「2年生の使い魔召喚が終わって日も浅いこのタイミングで、そんな本を引っ張り出してくるということは、つまり、そういうことかのう」
「はい。生徒が呼び出した使い魔の中に、この書に記されている『ガンダールヴ』のルーンと同じルーンが刻まれたものがいまして……」
オスマンは背もたれに身を預け、「ふむ」と一つ嘆息する。
「『ガンダールヴ』のう……。確か、あらゆる武器を使いこなし、詠唱中のブリミルを守ったという……。本当だとしたら大事よの」
オスマンの言葉には多少の疑意が滲んでいる。コルベールの期待していた反応とはいささか異なる。
「本当ですよ! この書物に記されているルーンと同一のものに間違いありません!」
それに反論するコルベール。
「それでは聞かせて欲しいのじゃがの。その『ガンダールヴ』は誰の使い魔で、どういった生き物なんじゃ? 武器を使うというからには人に近い形をしていると思うんじゃが……」
オスマンが言う。
コルベールはその言葉からオスマンの反応がなぜ薄いのかを悟る。
もし生徒の中に、亜人のような人型に近い種族を呼び出したものがいれば、疾うに教員中に知れ渡っているだろう。亜人を呼び出した例は皆無ではないが、レアなケースなのである。
オスマンの反応は、今年呼び出された使い魔にそういった、武器を使えるような生き物がいないことを踏まえたうえでの反応だったのだ。
コルベールは苦々しい顔で口を開く。
「呼び出したのはルイズ・ヴァリエール。使い魔の種族は……石ころです」
コルベールの言葉にオスマンは目を丸くする。

「そうか。報告は受けておったが、その石ころか……。石ころがどう武器を使うのかという話じゃ。わしはそれこそ『ガンダールヴ』なら、亜人どころか人間でもいい思うのう。
武器というのは人間が使うように作られたものなのじゃから。なんにせよ、石ころじゃぁのう」
「しかし、この本には……」
なおも食い下がろうとするコルベール。
「始祖関連の書物は真贋の怪しいものばかりじゃ。まぁ、その本を疑うのが一番妥当じゃろ」
オスマンの言葉にコルベールはがくりと肩を落とす。
その様子を見てオスマンはやれやれといった調子でため息を吐く。
「じゃがの。そう結論するのもいささか早計での」
「はい?」
「考えなきゃならんのは、もしその本の記述が正しかったら、石ころに刻まれたルーンが『ガンダールヴ』のものに間違いなかったらということじゃ」
オスマンの言葉に、コルベールは何を言わんとしているのか理解できず呆けた顔をする。
「しかし、先程オールド・オスマン自身が仰ったように、石ころでは武器など扱いようもないではないですか」
「よおっく考えるんじゃぞ。使い魔はルーンを刻まれたのであって、刻むのはメイジのコントラクト・サーヴァントの魔法じゃろ。そして、そのヴァリエールの娘っ子は、魔法がまるで成功しないというんじゃろ」
オスマンの言葉を噛み砕くように考えるコルベール。
そして、その言わんとする意味を理解する。
「つまり、ミス・ヴァリエールにコントラクト・サーヴァントをされたものは『ガンダールブ』のルーンが刻まれるが、彼女はサモン・サーヴァントを失敗し、本来呼び出すべきものとは違うものを呼び出してしまった……」
「ま、そう考えることもできる、ということじゃ。本来呼び出すべきは人間かそれに類するものだったが、何の間違いか石ころが出てきてしまったと」
二人には知る由もないが、ルイズが召喚したのはモッカニアの『本』であり、それは人間の魂である。肉体こそ持たないものの人間を呼び出しているのである。
「しかしそうなるとミス・ヴァリエールは始祖と同じ使い魔をもつということになるわけで……つまり、始祖と同じ系統……」
「虚無の使い手……ということになるのう」
『虚無』という言葉に二人は口を噤み、しばし沈黙が流れる。
虚無系統の魔法の使い手は始祖ブリミル以来確認されておらず、もはや伝説である。軽はずみに言ってよいものではない。

「虚無だとしたら」
コルベールが口を開く。
「ミス・ヴァリエールは始祖の再来ということになります。王宮に報告するべきでは?」
「たわけ。まだ仮定の段階じゃ。それに虚無だとしてもそれを公表するかどうかはまた別じゃろ。それこそヴァリエール本人に対しても話すべきかどうか」
オスマンは苦い顔をする。
「なぜです?」
「ハルケギニアのどこに虚無の魔法を教えられる者がおる? 虚無だけど結局魔法は使えないなどと聞いても本人は虚しいだけじゃろ。
そして、アカデミーの連中。あやつらは虚無だけど魔法は使えない、で許すわけがなかろう。虚無を引き出すためなら人体実験でもなんでもするじゃろうな」
オスマンの言葉、特にアカデミーのくだりにコルベールの表情は露骨に歪む。
「なんにせよ、仮定の域をまるで出ない話じゃ。取り敢えずは裏付じゃな」
「そうですね。他の書物で『ガンダールヴ』のルーンが記載されてるものがないか調べて見ます」
「ふむ。それと、サモン・サーヴァントをやり直すというのも手じゃろ。もしガンダールヴなら、今度こそ人のようなものが呼び出されるかもしれん」
「確かに」
ここで、コルベールの表情が少し曇る。
「しかし、新しい使い魔を召喚するためには……。使い魔の召喚をしなおすために使い魔を殺す……いや、彼女の使い魔の場合は壊すですか? そんなことを生徒にさせるわけにはいきません」
「確かにの。じゃが、何も彼女自身にやらせることはなかろう。なぁに、ちょいと事故が起きればいいだけの話じゃ。別に生き物でもなし。石ころ一つ、壊したって罰は当たらんじゃろ」
「そうですね……。まぁ、彼女も石ころが使い魔では不満でしょうし……。多少のルール違反。そんなのもので彼女が気に病むことのないように、出来るだけ自然な事故が起こすようにしますか」
そう言って二人は苦笑いした。

「では、とりあえず私は時間を作って図書館でルーンについて調べてみます」
そう言ってコルベールは席を立とうとする。しかしその時院長室のドアがノックされる。
「失礼します」
入ってきたのはオスマンの秘書、ロングビルだった。
少しあせった様子のロングビルは部屋に入るなり口を開く。
「オールド・オスマン。生徒たちの間で決闘騒ぎが起きており、教師から眠りの鐘の使用許可が欲しいと……」
その言葉にオスマンは思わずため息を吐く。
つまるところ、喧嘩の仲裁のために宝物庫を開けて秘宝を使わせろというのだ。
「かーっ。全く、生徒の喧嘩なんぞに秘宝を使えるわけがなかろ。全く、情けない教師共じゃ。貴族の餓鬼共も、喧嘩する暇があったら魔法の修行でもしろというに。それで、どこのアホ貴族が喧嘩しとるんじゃ?」
「ギーシュ・ド・グラモンとルイズ・ヴァリエールです」
ロングビルの挙げた名前に、オスマンとコルベールは思わず顔を見合わせる。
「……まぁ、あれじゃ。放っておきなさい。あんまり大事になりそうだったら実力行使でとめりゃよい」
「かしこまりました」
ロングビルは深々と一礼すると部屋を出て行った。


「放っておいて良いのですか?」
コルベールの言葉をよそに、オスマンは学院の秘宝の一つ、遠見の鏡を取り出す。
「ヴァリエールの娘についてはこれから良く観察しとかなくちゃならんだろうからの。失敗魔法とやらに虚無のヒントがあるかもしれん」
「魔法を見るだけなら、決闘を止めて、また後で見ればよろしいのでは?」
「魔法を見るだけではない。場合によっては虚無なんていう得体の知れない力を持つようになる娘じゃ。どうして決闘なんぞするのか、性格的な部分。魔法が使えない、ほとんど無力とはいえ、なけなしの力をどう使うのか。そういったところも知っておくべきじゃろ」
オスマンはそう言うと、短くルーンを唱える。
すると鏡に生徒たちの輪が映し出される。その輪の中心には二人の生徒が向かい合っている。
「ほれ。お前さんも見ていきなさい」
コルベールは無言で鏡の見える位置へと移動する。
「ところで……。なぜ宝物庫にあるべき遠見の鏡がここにあるのですか?」
コルベールの言葉にオスマンはにやりと笑う。
「のう。経費削減のためにも女子寮や女子風呂にかけられておる魔法を妨害するあれやこれやはなくすべきだとは思わんかね」
「少しは悪びれたらどうです?」


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