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もう一人の『左手』-27


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「敵突入部隊、接近してきます!!」
「指揮官は分かるか!?」
「そっ、それが……」
「どうしたっ!?」
「ウェールズ殿下本人が率いているようですっ!!」

 その瞬間、『レキシントン』の幕僚たちを、沈黙が包み込んだ。
――ウェールズ殿下が、来る……!!
 かつての自分たちの主君にして上司。
 アルビオン史上類を見ないほどの大反乱を巻き起こした国王ジェームズ1世の虐政。だが、失望させられ続けてきたアルビオンの国民にとって、皇太子ウェールズは、王家に残された最後の希望だった。
 その若き王子が、自らこのフネに乗り込んでくる。叛徒逆賊として、我々を殺すために。
 ならば我々はどうだ? ボーウッドは自問する。
 いかに敵とはいえ、杖を向けることが出来るか!? あのウェールズ殿下を、直接その手に掛ける事が出来るか!?

――ボーウッドは自答する。
(やるしかない……!!)
 自分は軍人なのだ。
 軍人として戦に臨む以上、私情は捨てねばならない。
 再び背筋を伸ばした時、ボーウッドは迷いを捨てていた。

「対空砲火で応戦せよ!!」
 索敵班の伝令に『レキシントン』の副長が、そう怒鳴り返すが、ヘンリー・ボーウッドは、その命令を制し、冷静な声音で指示を出す。
「無駄だ、撃ったところで当たりはせん。むしろ全砲門を閉じさせい」

 そうなのだ。一人の敵兵を狙撃するのが大砲の役目でもないし、そんな小さな的を狙ったところで、当てるほどの命中精度も期待できない。軍艦が装備する火砲とは、あくまでも“面”を攻撃する兵器であり、“点”を狙うものではないからだ。
 むしろ迂闊に砲門を開いていて、大砲の射出口に火矢でも射掛けられたら、たちまち火薬に引火して、こんな木造艦など木っ端微塵だ。

“フライ”で移動中のメイジは魔法を使えないが、王立空軍のメイジたちは、白兵戦のために、全員が長弓や弩・銃などの訓練を欠かさない。
 それは“フライ”で飛翔しながら敵を攻撃するためであり、たとえ魔力が切れても戦闘を続行するためだ。無論、普通のメイジなら、たとえ軍人と言えど杖以外の武器など持たないが。
 だが、王立空軍の司令官にウェールズが就任した時、彼は就任演説で、こう言い放った。軍人とは、精神力が切れれば何も出来ない者を呼ぶのではない、たとえ素手でも敵と戦う者をよぶのだと。
 彼の方針に反感を抱いたメイジたちは少なくなかったが、それでもウェールズの持論が正論である事は間違いない。敵として、彼の斬り込みに相対した今、それは否応なく思い知らされる。
「艦内総員に通達! 敵の斬り込みが来る。戦闘員は至急、第一種兵装にて甲板で待機!たとえウェールズ殿下本人であろうとも容赦はいらん! 敵突入部隊を一人たりとも乗り込ませるな!!」

 その時だった。
「索敵班から報告! 味方竜騎士隊が全騎180度回頭!『レキシントン』に向かってきます!!」


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 バカどもめ!!
 ボーウッドはそう思った。
 竜騎士たちは、どうやら我が艦の援護に回るつもりらしい。
 竜騎士の機動性と小回りなら、ドッグファイトになっても“フライ”で自在に飛翔するメイジにも優位に立てる。いわんや竜騎士は、飛翔中のメイジとは違い、魔法も使えれば竜のブレスという『攻撃兵器』もある。空中戦の有利は言うまでも無い。
 だが、今からでは遅い。竜騎士たちが敵に追いつく前に、敵は『レキシントン』の甲板に取り付いてしまうだろう。ならば、むしろ早々と『イーグル』号を撃墜してくれた方が助かる。
「竜騎士に発光信号を送れっ! 当艦には構わず、いそぎ敵艦を撃滅せよとな!!」

 そのとき、ある竜騎士の吐いたブレスが、『レキシントン』の帆に命中する。メインマストは音を立てて炎上し始めた。

 ヘンリー・ボーウッドは愕然とした。
 こんな初歩的なミスを、歴戦の竜騎士ともあろう者がやるとは思わなかったのだ。
 味方の艦に接近中の敵に向かって、背後から攻撃を仕掛けるときは、流れ弾が味方の艦を直撃しないように、射角に注意するのは、空戦に於ける基本中の基本なのだ。つまり『レキシントン』に接近する王党派の突撃部隊の存在に、よほど慌てたという事だろうか。
(ばかどもがっ!! だから言わんこっちゃない!!)
 ボーウッドは、床を激しく踏み鳴らした。
「発光信号を用意っ、接近中の竜騎士に通達せよっ!! 『軍令に従い、直ちに敵艦を攻撃せよ。これ以上、当艦に接近するならば、我が軍への反逆と見なす』となっ!!」
「はっ、はいっ!!」

「艦長、周辺の僚艦に連絡を」
 シェフィールドが、またもや口を開いた。
 しかし、その瞳にはもはや、いつもの嘲るような光は宿ってはいない。
 だが、それでもボーウッドからすれば、彼女は所詮、耳障りな雑音を撒き散らす、でしゃばり素人に過ぎない。彼は聞こえないフリを決め込んだ。
「竜騎士が旗艦に攻撃を仕掛けた場合は、当艦もろとも竜騎士を狙撃せよ。そう伝えて下さい」

 ボーウッドは一瞬、ぽかんと口を開いた。
 何を言っているのだ、この女は!?
 まるで、竜騎士どもの離反が、すでに決定事項であるかのような口を利く。
「ミス・シェフィールドっ!! これ以上、余計な差し出口をされるようだと、艦橋から退出していただきますぞっ!!」
 そう言って、ボーウッドが女を睨みつける。
 だが、シェフィールドは怯まない。
「彼ら竜騎士の目標は、間違いなく当艦です。急ぎ『レキシントン』を後退させ、弾幕を張って下さい。さもないと、この艦は沈みます」

 たまらず、幕僚たちが口を開いた。
「ミス・シェフィールド! 彼らの反逆が事実であるという根拠は!?」
「理由もなく味方を誹謗する事は許されませんぞ!!」

 しかし――、
 そのとき、三十騎の竜騎士が一斉に吐いたブレスは、残らず『レキシントン』に吸い込まれた。




「甲板員に消火を急がせろっ!! 『レキシントン』取り舵一杯っ!!」
「とっ、取り舵一杯、サー!!」
 ボーウッドの悲鳴のような指示に、操舵手が舵を切る。だが、メインマストに損傷を受けたフネは、のろのろと手負いの獣のような、もたついた動きを見せるだけだ。
 副長が、たまらず叫ぶ。

「全砲門開けっ、王党派の突撃隊は構うなっ!! 当たらずとも良い、裏切り者の竜騎士を接近させるなっ!!」


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(なんということだ……!!)

 ボーウッドは、思わず己の爪を噛みそうになる。
 竜騎士隊が『イーグル』号から反転した時、彼らの離反をまったく疑っていなかったといえば、実のところ、それは嘘に近い。
――ヘンリー・ボーウッド個人も、このレコン・キスタを名乗る反乱軍に身を置き、かつて忠誠を誓った王党派に刃を向けている自分を、密かに恥じていたのだから。
 そして、彼は知っていた。貴族派に於いて、我が身を恥ながら戦っているのは、おそらく自分だけではないであろう、とも。
 しかし、戦況を鑑みて、いくら何でも裏切りはすまいとタカを括っていたのは事実なのだ。……そう思って油断していた自分が許せない。王党派を追い込めば追い込むほど、彼らに心を残す者たちがどう動くか、それを甘く見ていた自分が許せなかった。
――そして、戦況はまさに、シェフィールドが予言した通りになった……!!

 だが、実を言えば、竜騎士たちの反逆行為は、全てヴィンダールヴ風見の仕業であり、ボーウッドの考えている事はまったくの的外れなのだが、それを理解しているのは、この場ではシェフィールドただ一人であり、無論、彼女はそれを説明する気は無かった。



「白旗を揚げよ」



 その場にいた全員が振り返った。
「聞こえたろう艦長。白旗を揚げ、次いで停戦の発光信号を打ち上げよ」
 まるで他人事のような涼しい顔で、艦長にそう命じる一人の男。
 ブザマな失神からようやく目覚めた、クロムウェルが屹立していた。

 オリヴァー・クロムウェル大司教。
 アルビオン貴族派連合軍総司令官にしてレコン・キスタ貴族院議長を兼任する、事実上の貴族派の首魁。だが、一見すれば、漆黒の僧衣を纏った、痩せぎすの男に過ぎない。
 しかし、その眼鏡の奥に光る蛇のような瞳は、先程までだらしなく意識喪失していたとは、まるで思えない炯々とした輝きを放っていた。

 だが、ボーウッドとしても、一人の軍人として、その命令に簡単に頷くわけには行かなかった。
「しっ、しかし、閣下! まだ戦は終わったわけではありませんぞっ!?」
「君の判断は聞くつもりは無い。それとも、あの竜騎士たち同様、君もわたしに逆らう気なのか?」
「……!!」
 そう言われては、もはや彼としても返す言葉も無い。
 結局ボーウッドは、副長を振り返ると、重く頷いた。


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 重さ1トンにも及ぶ鉄柱を挟んで、二人の改造人間が対峙していた。

 ここは戦場。
 貴族派本陣に自沈攻撃を仕掛けた『マリーガラント』号に積まれていた硫黄は、なおも燃え続け、天空の双月と相まって、夜にもかかわらず、まるで昼間のような明るさで大地を包む。
 総勢五万を号する貴族派連合軍の重包囲網を、まるでナイフのように真一文字に切り裂く王党派二百の鉄騎軍。――だが、刃の切っ先となるべき仮面の男は、まるで凍てついたように、その動きを止めていた。


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 彼には、ティファニアに召喚される前の記憶がない。つまりハルケギニアに召喚される以前、何処で何をやっていたのか、そもそも自分は一体何者なのかという記憶を持っていない。覚えていたのは“ブイスリー”という名だけだ。
 だから、眼前に対峙する、自分と同じ姿をした男を見た時、骨が震えるような感覚に襲われた。
“ブイスリー”は感じたのだ。
 眼前に立つこの者は、まさしく自分と、まったく寸分違わぬ『同じ存在』であると。
 双子の兄弟どころではない。肉体を組成する細胞の一片までも、完全に一致する同位体。文字通りのもう一人の『自分』。
 相違点があるとするならば、ルーンの位置――“ブイスリー”が胸部にルーンを刻まれているのに対し、眼前の『自分』は、額にルーンを刻んでいた――くらいであろう。
 つまり“ブイスリー”は、動けなかった。
 そんな不可解極まりない存在が、いきなり出現したのだ。動揺するなと言う方が無理な話だ。

 しかし、不意に出現したドッペルゲンガーを前にして“ブイスリー”の脳裡に、とある考えが電光のように浮かぶ。
(こいつなら、あるいは俺が何者か知っているかもしれない)
 記憶を失った彼が、一瞬、そういう思いを巡らせたとしても、誰もそれを責める事は出来ないだろう。眼前に屹立している男は、まぎれも無い『自分』なのだ。本来在るべき、失われた記憶を持ち合わせているとしても、まったく不自然ではないはずだ。
 知りたい事は無限にある。訊きたい事はそれ以上にある。だが、それを追求するためには、この奇怪な睨み合いの成り行きを呆然と見ている味方たちが邪魔だった。
 自分が王党派のために戦っているのと同様、この不可解な闖入者も、貴族派に合力する者かも知れない。ならば、今の自分がやろうとしているのは、まぎれもない『敵との対話』であるからだ。それは少なくとも、戦闘中に許される行為ではない。

「マーヴェリー卿、こいつは俺が引き受けます。今すぐ軍を動かしてください」

 周囲の兵と同じく、同じ顔をした亜人同士の、奇妙な一騎打ちに眼を奪われていた王軍の指揮官ジェラルド・マーヴェリー伯爵は、“ブイスリー”の声に込められた強い意思によって、まるで尻を叩かれたようにびくりと震えた。
(ここにいては巻き込まれる!? ……この怪物同士の戦闘に……!!)
 その超人的な戦闘能力によって、落日のニューカッスル城の防衛を、ほぼ一手に引き受けていた“ブイスリー”。そして、そんな彼と全く同じ姿をした、もう一人の赤い仮面。
――恐竜と恐竜の戦いに人間が巻き込まれれば一体どうなるか。結果は火を見るより明らかだ。
 何より、ここで王党派の勢いを停止させるわけにはいかない。五万の包囲網を中央突破し、貴族派の混乱をなおも助長せねば、寡兵の王軍に勝ち目は無い。そのためにも――、
「ゆくぞ皆の者!!」
 マーヴェリー卿の声と同時に、王党派鉄騎兵たちは、ふたたび馬蹄を轟かせ、突撃を開始する。
「武運を祈るぞ“ブイスリー”!! いずれ勝利の祝宴でまた会おうぞ!!」


「軍人気取りか……いい気なものだな」
 額のルーンを輝かせ、赤い仮面が皮肉を利かす。
“ブイスリー”は答えない。
 王軍の存亡を一手に担う“ブイスリー”は、当然のように自分の事を『王党派の一兵士』であると認識している。だから軍人気取りと言われては、さすがにカチンときたが、それでも沈黙を守ったのは、興味が怒りを凌駕したからだ。
――眼前のドッペルゲンガーが、一体自分に何を語ろうとしているのかという、純粋な興味が。

「一つだけ訊いておこう」
 ドッペルゲンガーは言葉を続ける。
「仮面ライダーたる誇りを投げ捨て、改造人間のパワーを以って、ただの人間を殺戮する。――何故だ?」


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 やはり“ブイスリー”には、彼の言わんとする意図が理解できない。
 カメンライダーという言葉の意味は分からんが、敵と戦うのが兵士であり、敵を殺すのが戦争ではないか。そして俺は兵士であり、ここは戦場だ。
 だから“ブイスリー”は、こう答えた。


「それの、なにが悪い」


「そうか。……やはり貴様は……」
 眼前の男の口調が、あからさまに変わったように“ブイスリー”には聞こえた。

“ブイスリー”としては、実のところ、もう少し彼の話を聞きたくはある。――だが、眼前の『自分』の複眼を見た瞬間、もはや戦闘以外の一切の問答は無用である事を“ブイスリー”は知った。
 彼が発していたものは、バカでも分かるほど明瞭な“殺気”であったからだ。
(『敵』……こいつは『俺』なんかじゃない。俺の前に立ちふさがる、ただの『敵』だ!!)

「殺す。貴様はこの世にあってはいけない存在だ」

 そう言い放つや、額に『ミョズニトニルン』と刻まれた、もう一人の改造人間は、まるで綱引きのように引っ張り合っていた巨大な鉄柱を放り出し、その瞬間に赤い疾風と化していた。
 忽然と姿を消した彼を追って、“ブイスリー”も反射的に地面を蹴る。まるで瞬間移動のような素早さで、彼らは、地上数十メイルもの上空へ跳躍したのだ。 
 その差は、まさしく一秒の数十分の一程度のものでしかなかったであろう。だが、先手を取る形で跳躍したミョズV3の攻撃は、下からジャンプしてくる“ブイスリー”を、必然的に上から迎撃する形になっていた。

(もらった!!)
 ミョズV3が、心中そう叫んだかどうかは分からない。
 だが、身体性能が同等である以上、ものをいうのはタイミングや体勢といった二次的な条件である事は言うまでも無い。

――V3キック。

 仮面ライダーV3の一番スタンダードな決め技であり、無論、一撃必殺の破壊力は充分にある。
 空気を切り裂かんばかりの速度で蹴り出された二本の右脚は、天空の双月を背景に、あたかもロボットアニメのドッキングシーンのような正確さで足裏を重ね合い、それぞれの力のベクトルを真正面からぶつけ合った。
「くうっ!!」
 だが、パワーが同じなら、位置的・体勢的に有利な側の威力が上回るのは、物理法則上の必然だ。“ブイスリー”は、弾かれたように吹き飛ばされ、壮大な地響きを立てながら大地に激突する。

「ふっ……」
 この程度かと言わんばかりに鼻で笑いながら、ミョズV3は軽やかに着地する。
 その時だった。
「……っっ!?」
 下半身から力が、不意に抜けた。
(なっ、なにいっ!?)
 信じられなかった。
 彼は膝をついていた。
 蹴り勝ったのは自分のはずなのだ。現に“ブイスリー”は、同じキックを放っていながらもブザマに撃墜され、土埃にまみれて転がっている。
 なのに、――なのに、この俺が……足を痺れさせて大地に膝を屈している!?

「~~~~~~~っっっっっっ!!」

 足腰に無理やり力を込め、立ち上がる。
 思わずふらつきそうになる下半身を、気力で支え、“奴”を振り向く。
“ブイスリー”は、そこにいた。
 派手に吹き飛ばされ、ずっとダメージは大きいはずなのに、何事も無かったかのように、そこに屹立している。
 まるで、ミョズV3が立ち上がるのを、待っていたかのようであった。


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 こんな風に扱われる自分を、許す事は出来んっっ!!
 自身に対する怒りが、ミョズV3の身体にエネルギーを注ぐ。
 だが、感情論で、体力が回復できるとは、いくら彼でも思ってはいない。
 時間を稼がねばならない。
 あと30秒。――30秒攻撃を喰らわなければ、下半身に力が戻ってくる。
 だが、いくら何でも“奴”が、そんな甘い敵であるはずがない。
 ミョズV3は両腕を交差し、『スイッチ』を入れた。
 クロスハンド……V3・26の秘密の一つ。両腕を交差して、細胞強化装置を作動させる事で、一時的に全身の防御力を上昇させる。

 ゆらり。
 身体が揺らめいたと思った瞬間、“ブイスリー”が土煙を舞い上げ、こっちに猛然と走り寄って来た。しかも、そのままの勢いで反動をつけ、右の拳を叩き込もうとしているらしい。
――何というテレフォンパンチ……。
 むしろ呆れるような失望感を伴いながらも、“ブイスリー”の右フックを廻し受けで捌き、ミョズV3は、カウンターの正拳を“奴”の顔面に叩き込んだ。

「なっ!?」

 まともに入ったはずだった。
 並みの人間ならば、頭蓋が砕けてザクロのように吹き飛んでいる。
 たとえ腰に力が入りきらずとも、このタイミングで彼のパンチをまともに喰らったなら、その程度の威力は充分にあったはずだった。
 だが、もろに入ったはずの彼の鉄拳を、“ブイスリー”はその場から一歩も引かず、頬で受け止め、微動だにしない。
「ばかな……!!」

 その瞬間、するりと“ブイスリー”の両腕が動いた。
 蛇のように巻きついた両手が、ミョズV3の頚骨を砕き折らんばかりにガッチリと掴み、締め上げる。恐るべきパワーだった。それは、これまでデストロンの怪人相手に戦闘経験を繰り広げていた彼でさえ、経験した事が無いほどに。
「くああああっっっ!!」
 ミョズV3のアンテナが煌くような光を発すると、文字通り、稲妻のような衝撃が“ブイスリー”を襲った。
 V3サンダー……V3・26の秘密の一つで、触覚から放つ、接近戦用の高圧電流。
 だが――。
(こっ、こいつ……!! サンダーが効いていない、のか!?)
“ブイスリー”は首を絞める手を一向に緩めない。むしろ、その腕力は上がっているように感じる。

 その瞬間、ミョズV3の体がふわりと浮いた。
 いや、そう感じただけだ。“ブイスリー”が、首を絞めたまま彼の体を、まるで人形のように軽々と放り投げたのだ。
「くうっ!!」
 20メイルもの距離を、地面と平行にぶん投げられた赤い仮面が、派手な土煙をあげて大地に叩き付けられる。絵だけ見れば先程のキック合戦と同じだ。相違点があるとすれば、いま地面を這っているのは、さっきとは逆に、額にルーンを刻まれた側だということか。

(どういうことだ……!?)
 ダメージを負ったボディを叱咤し、懸命に立ち上がろうとするミョズV3。
 どうもこうも……もう間違いない。
 コイツは――この“個体”が持つパワーは、明らかに自分より上だ。残念ながら、そう判断せざるを得ない。
 しかし、しかし何故だ!?
 彼には分かる。
 この“ブイスリー”の肉体条件は現在の自分と完全に同じだ。決して、再改造で超電子ダイナモやマーキュリー回路を内蔵しているわけではない。ギギやガガの腕輪といった外的要因で身体性能の増強を図っているわけでもない。

(ルーン、か……!?)


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 なおも炎上を続ける貴族派本陣をバックに、逆光になった“ブイスリー”の姿が目に映る。蒼白く輝くルーン文字をレッドボーンに刻み込んだ、おそるべき殺戮の兵士。
 もし彼の推察通り、胸のルーンが“奴”に力を与えているのならば、それこそミョズV3の容認できることではない。使い魔の烙印ごときの力を借りて、パワーアップを果たす仮面ライダー。その“個体”に手も足も出ない仮面ライダー。
「恥知らずにも程があるだろ……!!」

 彼の中で何かがごとりと音を立てた。
 凄まじいまでの闘志が湧き上がってくる。
――いや、やはり戦いというものは、そうこなくてはな……!!
 こういう逆境でこそ俺は――『風見志郎』は燃える男だったはずだ。
 その瞬間、身を焦がすほどだった憤怒は消えた。羞恥も屈辱も消えた。あるのはただ、眼前のドッペルゲンガーに対する、純粋なまでの闘志、それだけだった。
 彼は“ブイスリー”に対し、無意識の内に口走っていた。
「いいだろう。遊びはここまでだ」
 ただパワーで自分を凌駕する相手、というだけならば、今までゲップが出るほど戦い、生き延びてきた。その気になれば、やりようはいくらでもある――。

 その時だった。
 上空に、見事なまでの満開の花火が打ち上がり、その瞬間、戦場の空気が変わった。

「そこまでだぜ、ズ~~~カ~~~」

 大砲を背負ったカメという、V3の数倍以上の異形な肉体を持った怪人。
 胸部にルーンを持つ、もう一人の改造人間。
――カメバズーカが、そこに立っていた。
「あの花火は停戦の合図だ。そうなったらお前ら、もう戦うことは許されねえ。王党派にとっても、レコン・キスタにとってもなぁ」



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 クロムウェルが指示した、停戦信号と白旗の効果は絶大だったようだ。
 あれほど執拗に周囲を飛び回っていた竜騎士たちも、攻撃を止め、どこかへ飛び去ってしまったようだ。
 だが、それで命の安堵を喜ぶ者は、この『レキシントン』の艦橋にはいない。艦長ヘンリー・ボーウッドを始め、その幕僚たちは皆、憤然とした表情をありありとクロムウェルに見せ付けていた。

 ワルドは艦橋を出ると、廊下の壁にもたれ、パイプに火をつけた。
「いいかい?」
 フーケが、ひょいと顔を出し、訝しげな視線を艦橋に――おそらくはクロムウェルに――向けた。
「あんた軍人だろ、分かりやすく説明してくんない? 一体何がどうなって白旗なんて揚げるハメになってるのさ?」
 その言葉を聞いて、ワルドは薄く笑った。
「ちょっと、何がおかしいのさ?」
 声を荒げるフーケをなだめるように、ワルドは優しい眼を向ける。
「お前が怒るほど悪い“策”ではないということさ」
 そう言われては、フーケの剣幕も水をかけられたのと同じだ。
「“策”って、それじゃあやっぱり……!?」
「当然だろう」
 クロムウェルは――と、ワルドは呼び捨てると、

「最初から降伏する気なんかないさ」

 フーケは開いた口が塞がらないといった顔をする。


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「さっきまでの戦況は把握しているな?」
 フーケは無言で頷く。
「実際、かなり我が軍は危機的状況にあった。王党派の地上部隊は、包囲網を中央突破しかねない勢いにあったし、空では竜騎士に裏切られ、旗艦は敵に直接乗り込まれそうになっていたしな」
「……敗北寸前だったってこと?」
「ああ。だが、ここで大事なことが一つある。分かるか?」
 フーケは無言で首を振る。
「敗北寸前と『敗北』は違うってことだ。このまま戦を続けていたとすれば、我が方の混乱に乗じて、敵はいよいよ勢いを増すだろう。旗艦は撃墜され、包囲網は突破され、貴族派は四分五裂になってしまうだろう。つまりそれが――『敗北』だ」
「だから『敗北』してしまう前に、自分から白旗を揚げて戦を止めたって言うのかい!?」
 愕然としたようにフーケが言う。
「そうだ。『敗北』する前に『降伏』を選び、自軍の勢力を温存する。普通の軍人には絶対に出来ない選択だ」

 そこまで言われれば、さすがにフーケでもクロムウェルの肚は読める。
 自軍の勢力を維持したまま停戦するというのは、いつでも戦を仕切り直せるということなのだ。
 そして、停戦によって王党派の破竹の勢いは水をかけられ、いざ再戦ということになれば、そこにあるのは、圧倒的な兵力の多寡という、物理的な有利のみが貴族派に残る。
 そうなれば、むしろ交渉で下風に立たざるを得ないのはウェールズの方だ。再戦を回避せねばならない彼としては、出せるカードに決定的にハンディキャップがついているも同然だからだ。
 そしてクロムウェルとしては、時間を稼いで兵に休息を取らせ終わり次第、交渉もクソもなく戦争を再開する事だろう。結果として言えば、貴族派の勝利だけが残る。
 フーケはボーウッドたちが、あれほど苦い顔をしているわけを、ようやく理解できた気がした。

「小賢しいにも限度ってモンがあるだろう……騎士道もクソも無いじゃないか……!!」

「だが、古の武人はこうも言っている。勝てば官軍、とな」
 そう言いながら廊下に顔を出したのは、采配を取ったクロムウェル本人であった。さすがのフーケも真っ青になって、顔を伏せる。そんな彼女に、クロムウェルは一見無邪気な笑顔を送る。
「フーケ君は不服なようだが、わたしは軍人たちよりさらに一歩、上からの視線を持たねばならないのでね。たとえ卑怯と謗られようが、それも為政者のつらいところさ。――まあ、部屋に入りたまえ」

 ワルドはパイプの火を消すと、蒼くなっているフーケに肩をすくめて笑顔を見せ、僧衣を纏った蛇のような目をした男を追って、艦橋に入室する。

「艦長」
 不意に、クロムウェルがボーウッドを振り返った。
「突入部隊を率いておるのは、本当にウェールズ本人なのか?」
 ボーウッドは、何故そんな事を訊くと言わんばかりの硬い声で返答する。
「はい。索敵班の報告に拠れば、間違いないと思われます」
「ならば、話は早いな」
 そう言うと、クロムウェルは亀裂のような笑みを見せた。
「停戦交渉はこの艦橋で執り行おう。白旗を揚げた側に、勝者が出向いて頂くというのもおかしな話だが、王党派の総帥が自ら乗り込んできているとすれば、その場で会談を始めた方が合理的だ」
 そして、シェフィールドをちらりと、悪戯っぽい目で見ると、
「幸か不幸か、私もここにいる事だしな」

 しかし、クロムウェルが何を言いたいのか、ワルドでさえよく分からない。
「その停戦交渉の場で、ワルド子爵――」
 クロムウェルは眼鏡を外すと、まるでこともなげに言い放った。


「ウェールズを殺したまえ」


 ワルドも、フーケも、ボーウッドも、この艦橋にいた『レキシントン』の全てのクルーが、クロムウェルのその言葉を聞いて唖然とした。
 ただシェフィールドと、眼鏡のレンズをハンカチで拭いているクロムウェルだけが、変わらず爬虫類のような冷たい笑いを浮かべていた。



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