あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

GIFT01



 Gift[ギフト]
 英語……贈り物の意味。
 独語……毒の意味。


 ある文学者は言った。
 〝人間は生まれながらにして孤独なのだ〟


 おそらくこの日は自分という人間にとって人生最悪の日だろう。
 そう、ルイズは思った。
 より正確に、そして客観的な視点に立つならば、これからの人生がより最悪なものになる、そのスタート地点。
 自分の意思に関わりなく、その最低にして最悪な場所に、ルイズは立っている。
 運命によって、否応なしに立たされているのだ。
 まわりがやかましい。
 ざわざわと、非常に耳ざわりだ。
 しかし、みんなが何を言っているのかはわからない。
 そもそも、こいつらは何故へらへら笑っているのだろう。
 耳はいつもと変わらず、極めて正常に機能しているけれども、心が理解することを拒否している。
 でも、そんな誤魔化しはいつまでも通用しない。
 ああ、そうだ。
 わかっている。理解しているわよ!
 ルイズは震える体を押さえこみながら、召喚したばかりの『使い魔』を凝視した。
 ドラゴンやグリフィンではない。
 ネズミでも、虫でもない。
 そして、もちろん人間なんかではなかった。
 それどころか、生き物ですらない。
 簡単に説明するなら、それはあちこち焼け焦げた真っ黒なボロクズだった。
 見たところハンカチ一枚分もない、小さな布切れのようなもの。
 何かの服か、それともマントの一部だったのだろうか?
 それはわからないが、何であろうとこの使い魔を表わす言葉は、たった一言ですむ。
 ゴミだ。
 これが、自分の使い魔か。
 ルイズはショックで呼吸することさえ忘れかけた。
 ゼロのルイズ。
 魔法の使えない自分に冠せられた嘲笑の言葉。
 貴族に相応しからぬ者への侮蔑。
 メイジではないメイジ。
 そんな紛い物が、呼び出した使い魔は――ゴミクズ。
 吐き気を伴った恐怖が、ルイズの脳髄を走り抜けた。
 今日からはゼロではなく、マイナス。
 ゴミのルイズか。
 いやだ!
 ルイズは必死になって現状を否定した。
 「ミスタ・コルベール! もう一度、召喚をさせてください!」
 げらげらと笑い続ける周囲にかまわず、ルイズは教師のコルベールに食ってかかった。
 こんなことがあっていいわけがない。こんなひどいことが認められていいわけがない。
 けれど、現実はどこまでも非情で無慈悲だった。
 「それはダメだ。ミス・ヴァリエール」
 いくらかの時間をおいた後、頭の寂しい教師は厳格な声でそう言った。
 「ルールはルールだ」
 「使い魔召喚の儀式は神聖なものだ」
 「好き嫌いでどうこうできる問題ではない」
 そんな埒もない建前を並べ立てた後、
 「召喚をした以上、それが君の使い魔だ」
 草むらに転がるちっぽけなボロクズを指して、禿げ頭の教師はそう宣言した。
 その途端、どっと周囲が沸いた。
 「さすがはゼロのルイズね!」
 「ゴミクズを使い魔にしたメイジなんて、史上初だ! 最大の快挙だよ!」
 「まあ、ゼロにはぴったりの使い魔だよな」
 「こりゃ他の誰にも真似はできないぜ!」
 囃し立てる声に、いつもならば噛みついたであろうルイズも、この時は微動だにできなかった。
 うつむき、屈辱に震えながら、黒いボロクズを拾い上げるのが精一杯だった。
 手に取って見ると、屍を焼くような嫌な臭いがした。
 その横で早くコントラクト・サーヴァントをしろ、とコルベールがうながす。
 逡巡を繰り返した後、ルイズは完璧に暗記した呪文を唱え、ボロクズに口づけをした。
 やがて、襤褸切れの黒い表面に、使い魔のルーンが浮かび上がる。
 それを見つめるうちに、いつしかルイズの震えは止まっていた。
 授業が次の段階に移行し、皆が『フライ』の呪文で飛び立って行く中、ルイズはボロクズを手に、のろのろと歩き出していた。
 嘲り、罵倒するクラスメートの声に、ルイズはもはや何の反応も示すことはなかった。
 少女の顔は死人のように真っ白になり、目はまるで廃人のようになっていた。


 夜、二つの月が地上を照らす頃。
 ルイズは生気の欠片も存在しない表情でベッドに身を投げ出していた。
 枕のそばに、召喚した使い魔が、もの言わぬボロクズが投げ出されている。
 これはきっと悪い夢だ。
 ルイズはベッドに顔を埋めながら、自らに言い聞かせ続けていた。
 きっと自分はまだベッドの中で眠りについているに違いない。
 そして、使い魔召喚の儀式の時にはきっと、すごいとまではいかなくても、ちゃんとした使い魔を召喚できるに違いないのだ。
 きっと、そうだ。
 そうでなくては、ならない。
 もしも、そうでないのなら、あまりにも理不尽ではないか。
 どうして、自分がこんな屈辱を受けねばならないのか。
 ルイズはいまや、自分が声もなく泣いていることさえ理解できてはいなかった。
 いつしか、泣き疲れたルイズの意識は、現実と頭の中の境が曖昧になっていく。
 部屋の主がかすかな寝息をたて始めた頃、投げ出されたボロクズがせわしなく蠢き始めたが、それを見る者はいなかった。
 それはいつしか布切れからコールタールにも似たスライム状へと変化を遂げ、驚くようなスピードでベッドの上をすべり出す。
 動くごとに、それに刻まれた使い魔のルーンがせわしなく輝く。
 やがて、黒いスライムはルイズに接近すると下着の間からするりと侵入し、絹のような少女の肌を移動していった。
 その奇妙な使い魔は、まるで安らげる寝所でも見つけたかのように、ルイズの背中に張りついた。
 ぴくりとルイズの顔が動いたが、その寝息が乱れることはなかった。


 夢の中で、ルイズは小さな部屋にいた。
 それは見たことがあるようで、ないような部屋。
 自分の暮らしている女子寮のようでもあり、実家にある自分の部屋のようでもある。
 また小さい頃に訪ねたどこかのお屋敷のようでもあった。
 その部屋の中に、ルイズの他に誰かがいる。
 形はよくわからない。
 そこにいるのはわかっているのだが、うまく姿が見えないのだ。
 ただ、そいつの考えていることは何となくわかる。
 そいつは、何かにひどくとまどっているようだった。
 そしてひどく疲れ、傷つき、休養と栄養を必要としている。
 でも、この生き物は何を食べるのだろう?
 ルイズは困ってしまう。
 そして、その生き物自身も困っていた。
 新しい環境に、そして自分に生じている本能とは違う感覚に。
 これから新しい場所で生きて行くためには、今までと同じものだけではいけない。
 もっと、違うものも食べなくては……。


 疲労を覚えながら目を覚ました時、太陽はとっくに昇っていた。
 眩暈に、軽い頭痛さえする。
 何度も魔法の練習を行い、精神力をすっからかんにした翌日も、こんな感じだった。
 だが、その時とは明らかに違うことがある。
 ルイズはどちらかというと、寝起きが良くない。
 起きても、しばらくはぼうっとしていることが多いのだ。
 それにも関わらず、この朝は疲労感にも関わらず、頭の中が妙にクリアになっていた。
 目も、耳も、鼻も、ひどい鋭敏になっているような気がする。
 窓の外から聞こえる生徒や使用人たちの声や足音が、はっきりと聞こえる。
 まるで自分の全身から無数の見えない糸が壁も天井もすり抜けて広がっているような錯覚を覚えた。
 その見えない糸のいくつが、振動というか、気配をルイズに伝えてくる。
 何か熱い火のようなものが二つ、すぐ近くで動いている。
 そればかりではなく、その二つはルイズに向かって近づいてきている。
 ――キュルケ?
 ルイズは唐突に、そのうちの一つが何者であるのかを理解した。
 仇敵とも言えるあの不快で、淫蕩なゲルマニア女だ。
 だが、もう一つは?
 ちくちくと、警戒信号が背中――脊髄を通して頭に送られてくる。
 ルイズはとっさに、杖を手にとった。
 その動作は恐ろしいほど俊敏なものだったが、ルイズ自身はそれを理解していなかった。
 いつでも杖を振るえるように注意しながら、ルイズは気配のせまるドアを睨みつけた。
 予測通りにキュルケが部屋に入ってきた。
 ノックもせずに。
 相変わらず無礼で嫌な女だ。
 ルイズは内心舌打ちをしながら、じろりと赤毛の美女を睨んだ。
 「おはよう、ルイズ」
 キュルケは虫の好かない笑みを浮かべる。
 しかし、ルイズにとって今はこんな女のことは二の次だった。
 「後ろに何を隠してるの?」
 キュルケはルイズの態度にかすかに驚きを見せたが、すぐさま笑みを浮かべる。
 「別に隠しているわけじゃないわ。あなたに、私の使い魔を紹介しておこうと思ってね。フレイム~」
 主人の呼びかけに応じ、巨大な火蜥蜴がのそりと姿を見せる。
 なるほど、もう一つの気配はこいつだったのか、とルイズは納得した。
 サラマンダー。図鑑などからの知識だけではあるが、よく知っている幻獣だ。
 ルイズがじろりと視線を向けた途端、サラマンダーはびくりと、まるで脅えるように身を震わせた。
 火属性。それを得意とするメイジ。そいつに従う炎を吐く幻獣。
 また、ちくちくと危険を報せる信号がルイズの脳裡に響いた。
 危険。敵。
 ルイズのすぐ近くで、誰かがそう叫んだ気がした。
 弱点。警戒。
 ブランドものだと、使い魔の自慢を垂れ流すゲルマニア女を、ルイズは無言で部屋から押し出した。
 押し出すというより、突き飛ばすとするべきかもしれない。
 そんなに力はこめたつもりはないのに、キュルケは大げさによろけて廊下に尻餅をついた。
 ふざけたな女だ、嫌味のつもりか。
 不快の念をこめた一瞥をキュルケに向けた後、ルイズはさっさとドアを閉めた。
 部屋の中で一人になった。
 炎。弱点。
 また、あの叫びが聞こえた気がした。
 弱点。克服。必要。
 強化。発展。進化。必要。
 栄養。補給。必要。
 ルイズはそれを振りきるように、頭を振った。
 これは、誰の声だ?
 そう考えた時、ルイズの腹が盛大なコールを発信してきた。
 早急に、エネルギーを補充せよと。


 食堂で朝食をたっぷりとってから教室に向かうと、ひそひそとした囁き声と、くすくすという笑い声がルイズを迎えた。
 あの憎たらしいキュルケは、相変わらず男子生徒をはべらせている。
 ちょっとした女王様というところだ。
 ちらりとルイズに視線を送ってくるが、その時は不思議と気にはならなかった。
 発情期、雌猫に群がる雄猫だと思えばむしろ微笑ましくさえある。
 くすくす笑う連中も、いつでも踏み潰せる虫けらの群れだと思えば、どうということはない。
 よくは、わからないが――ルイズの胸の中に奇妙な自信が生まれ始めていていた。
 それがどこからくるものかわからないのだけれど、全てが虚無に感じられた昨日のことが嘘のようだ。
 やあ! と周囲に手を振ってしまいたいほどだ。
 授業が始まると、中年女性教師シュヴルーズはまずニコニコとして教室を見まわす。
 「春の使い魔召喚は大成功のようですね」
 のん気に言っているシュヴルーズの姿は、あまり尊敬の感じられるものではなかった。
 「中には、大失敗した者もいますけどね!」
 そんなことを大声で言ったのは誰だったのか。
 鋭敏になったルイズの聴覚は、すぐさまそれを捕らえ、無礼者を見つけ出した。
 数人の生徒たちがげらげら笑いながらルイズを見ている。
 「ゼロのルイズ、あの襤褸切れはどうしたんだ!? お前の使い魔だろ? ちゃんと持ってきてるのか!?」
 ルイズはそれに対して黙っていた。
 ――言われてみれば、あのボロはどうしたっけ?
 昨日枕のそばに放り出したと思ったが、今朝は見た覚えがない。
 あんなものが、勝手にどこかにいくわけはないし……。
 沈思しかけたが、けたたましい嘲笑がすぐさま思考を断ち切らせた。
 ちりちり、と背中が疼いたような気がした。
 疼くと同時に、何かが……ルイズの頭の中で小さく爆ぜた。
 それは、感情ではない。
 記憶とか、知識とか言われるようなものだ。
 不完全ではあるが、未知の記憶の断片がよどみなくルイズの頭に流れ込む。
 その情報は、ルイズの中にごく自然に溶けこんでいき、彼女のその後の行動を決定させた。
 ルイズは侮蔑してくる連中に、怒りだしはしなかった。
 それどころか、にこりと極めて上品に笑いかけたのだ。
 「すごいわね。立って歩いて服を着て、その上に人間の言葉をしゃべるなんて……。一体誰の使い魔かしら?」
 よく響く声で、パーティーで洒脱な会話を楽しむ貴婦人のようにルイズは言った。
 その言葉に、笑いは一瞬静まる。
 「ゼロのルイズ! 何わけのわかんないこと言ってるんだ! とうとう頭にきたのか?」
 笑っている男子の一人――マリコルヌがはやしたてる。
 するとルイズは目をむいてマリコルヌを見る。
 「まあ、なんて口のききかた? 誰が主人が知らないけれど、それが貴族に対する態度? 少しばかり利口だからって無礼な豚ね」
 「ぶ、豚!?」
 マリコルヌが顔を真っ赤にする。
 笑い声が、微妙なものになった。
 「いくら使い魔といっても、やっぱり獣は獣らしく扱うべきよねえ。ほら、さっさと豚小屋に戻りなさいな子豚ちゃん」
 「ふざけるな、僕は風上のマリコルヌだ! 豚なんかじゃない!」
 「マリコルヌ? ああ、あんた彼の使い魔なの? で、ご主人様はどうしたの? 今日は欠席?」
 ルイズは笑う。
 あくまでもマリコルヌを豚として扱うつもりらしい。
 「おいおい、ゼロのルイズが余裕を見せてるじゃないか? しっかりしろよ、風上のマリコルヌ!」
 他の生徒がからかいの声をあげる。
 「うるさい!」
 と、マリコルヌは癇癪を起こす。
 「二人ともいいかげんにしなさい。お友達をゼロだの豚だの言ってはいけません」
 騒ぎにうんざりしたのか、シュヴルーズは杖を手に厳しい声で言った。
 「ミセス・シュヴルーズ、一体の何の話でしょうか?」
 ルイズは大げさに手を広げてみせながら、心外だという顔をした。
 「私は、クラスメートを侮辱などしてはいませんわ。ただ、豚を豚と言っただけのことです」
 その発言に、マリコルヌはついに怒りで震え始める。
 「ミス・ヴァリエール、いいかげんになさい! ミスタ・マリコルヌに無礼でしょう!」
 「はあ? 何をおっしゃってるんです? どこにマリコルヌがいると?」
 「どこにって……」
 ミス・シュヴルーズは不安を覚えながら、ルイズを見た。
 まさか、この少女は本当にどうかしてしまったのか? 
 「ああ、あそこにいるやつのことですか?」
 ルイズはわざとらしく身を引きながら、
 「ミセスは少しお目を悪くされましたの? あれは、豚じゃないですか。人間ではありませんわ」
 マリコルヌを見てそう断言した。
 一瞬狂人と思われるような言動も、その口元に張りついた涼やかな微笑がそれを否定する。
 シュヴルーズは怒るよりも呆れて、声が出なかった。
 「ゼロのくせに……ゼロのくせに……」
 マリコルヌはぶるぶると震えながらも、目を血走らせ、杖をつかんでいた。
 ルイズはちらりとそれを確認してから、おもむろにマリコルヌに近づいていく。
 「な、なんだ、今さら謝っても……」
 マリコルヌは尊大に言うが、言葉は長く続かなかった。
 突き出した杖が、ルイズの手に握られていたからだ。
 ルイズはただ、無防備に突き出された杖の先端をつかみ、取り上げただけのことだった。
 しかし、その動作はあまりにも速かった。
 そのため、ほとんどの人間には杖がマリコルヌの手からルイズの手に瞬間移動したようにしか見えなかった。
 「あ」
 メイジにとって、魂であり命とも言える杖をあっさり奪われたマリコルヌは事態をうまく認識できず、ぽかんとしていた。
 ルイズは奪った杖をしばらく弄んでいたが、やがてそれをぼきりと二つに折って、ゴミか何かのように窓から放り捨てた。
 「豚に杖はいらないわよね」
 すました顔で言った後、すたすたと座っていた場所に戻る。
 「う、うわああ!」
 数秒ほど経過し、ようやく事態を認識したマリコルヌは、発狂したような叫びをあげ、ルイズに飛びかかった。
 だが、その手がルイズを捕まえる前に、ルイズはきっとして振り返り、スナップをきかせた平手でマリコルヌを歓迎した。
 マリコルヌはボールのように後ろに転がって、そのまま立ち上がることはなかった。
 ルイズに終始豚扱いされた少年は鼻から血を流し、完全に気を失っていた。
 教室内が騒然となるのに、しばらくの時間がかかった。


 他の教師が駆けつけた後、ルイズは学院長のもとまで連れていかれ、数日間の謹慎を申し渡された。
 マリコルヌの怪我はそう大したものではなかったが、杖を折って捨てたのが悪かったらしい。
 あの下劣な豚には相応の報いだと思うのだが。
 あれこれとコルベールやオスマンに説教されたものの、ルイズはまるで反省などしていなかった。
 そもそもの発端は、あの脂肪豚だというのに、何故自分が反省しなければならない?
 あんな豚が魔法を使えること自体が大きな間違いなのだ。
 そんな間違いは即座に正されるべきである。
 その証拠に、マリコルヌを処断してから、不快な雑音が消えたではないか。
 まあ、もしもまた雑音を発生させる輩がいたのなら……。
 今日のマリコルヌと同じように、思い知らせてやればいい。
 今までは歯を食いしばって耐えるか、怒鳴り返すかのどちらかだったが、それでは問題は解決しない。
 問題は、自発的に動いてこそ解決できるのだとルイズは学んだ。
 クズどもには、思い知らせてやればいいのだと。
 いや……思い知らせてやらなければならない。
 ルイズはひどくウキウキした気分で、着替えを始めた。
 この時、ルイズは初めて背中に何かが張りついていることに気がついた。
 鏡で確認すると、それは黒い布切れ。
 はがす時すこしばかりひりひりしたが、特に問題もなく取ることができた。
 「これ、いつの間に……」
 使い魔のルーンが刻まれた黒い布切れは、何か前とは違って見えた。
 前よりもつやがよくなり、ほんの少しだが、大きくなっているような。
 「ひょっとして、これ。何かのマジックアイテムだったのかしら……」
 ルイズは不思議に思いながら、布切れを左腕に押しつけてみた。
 すると、布切れはぴたりと、まるで第二の皮膚のようにルイズの腕に張りついた。
 本来そうであるべきかのように。
 一瞬ルイズはその黒い布が自分の中に吸い込まれるかのような錯覚をおぼえた。
 ルイズのものであってルイズのものではない感情が、五体を駆け巡る。
 頭がクリアになっていき、どんどんと感覚が拡大していく。
 と――同時に、どこまでも広大な世界が自分を中心に閉じていくかのようだった。
 糸を伸ばせば、世界の果てのことさえ見聞きできそうな気分だった。
 強い快感をおぼえ、ルイズは黒い使い魔をなでてみた。
 使い魔のルーンをなでているうちに、ルイズの脳内でまた誰かの記憶が爆ぜた。


 ――俺は、あんたにとっちゃ、毒だよ。

 ――俺は……毒<ヴェノム>だ。


 それは誰が、誰に対して言った言葉なのか。
 まるで理解できないが、その一方でルイズは理解していた。
 これは、かつて使い魔の半身だった者の記憶だ。
 それが誰でどんな相手だったのか?
 こういったことは、ルイズにとってはさして興味を引くものではなかった。
 そんなことより、ルイズはもっとこの黒い使い魔をまといたかった。
 こいつで真っ黒なドレスを造り、双月の輝く夜に踊ればどれほど素敵だろう。
 「――ヴェノム」
 ルイズはその言葉をつぶやいてみた。
 なんとも響きがいい。
 心にぴったりとくる。
 「ヴェノム。ヴェノムね……」
 ルイズには、毒を意味するその単語が、ひどく神聖で快いものに思えた。
 にこりと微笑み、ルイズは愛しげに、腕に張りついた使い魔を見つめた。



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