あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

ゼロな提督-19 b


 そういうわけで午後。一行は村長とシエスタに連れられ、みんなでサヴァリッシュの書
庫へ。
 ロングビルは書庫の本に、ついでにヤンの銃へも『固定化』を入念にかけていく。
 村長は理解出来ず困っていた語句や理論について、ヤンの分かる範囲で講義を受ける。
 ルイズとシエスタは書庫の上、ワイン樽に囲まれながら松明の光の下で帝国語の初歩を
講義。
 書庫のテーブル上に置かれているデルフリンガーは、退屈しのぎに尋ねてみた。
「なあ、村長さんよ。ここの本って、ほとんどは表に出せないんだろ?」
「ええ、そうですね」
「実際、どんくらいスゲェ知識なんだ?」
「うーんと…どれくらい、と言われましても…」
 村長は、どう答えたものかと頭を捻る。
 代わりに答えたのはヤン。
「多分だけど、例えば…戦争の主役が貴族から平民に代わるくらい、かな」

 その言葉に、『固定化』をかけ続けていたロングビルも耳がピクリと動く。

「詳しく説明するのは時間がかかるから省くけど、そこの製鉄と化学の2冊を使えばハル
ケギニアの銃を別物ってくらい強化出来るね。つまりハルケギニアのフリント・ロック銃
じゃなくて」
「あ、あの、ヤンさん。それ以上を軽々しく口にするのは危険ですので」
「おっと、そうですね。すいません」
「ちぇー、けちんぼ」
 村長に止められ、ヤンは口を閉ざした。長剣だけでなく、ロングビルの後ろ姿も残念そ
うだ。

 ヤンが口にしようとした銃は輪胴式弾倉、簡単に言うとリボルバー。もちろん弾はドン
グリ型で、銃身にはライフリング。
 魔法の射程より遠くから、ルーンを唱えるより早く、絶対避けられない速度の鉛玉を、
弾倉の全弾連続で撃ちまくる。前線に立たされたメイジは真っ先に穴だらけにされるだろ
う。
 戦争の主力はメイジの個人的魔力から銃を持った平民の集団に代わる。国の軍事力は貴
族の数ではなく平民含めた工業力で量られる。なにより、平民へ杖を振りかざそうとした
メイジは即あの世行き。
 ほとんど貴族社会の終了を意味する。

 ヤンは内心、ハルケギニアに平民の革命を起こすという誘惑に駆られそうになる。
「たしかに、この書庫の知識は凄いんだけど…影響が大きすぎるんだ。いきなりこれらの
書物を公表したりしたら、ハルケギニアが火の海になるよ。いや、その前にタルブが怒り
狂った没落メイジ達に滅ぼされる。
 ホント、もったいないけど、慎重にいかないとね…ルイズも!他の人に言っちゃダメだ
から!公爵にもだよ!」
 地下室入り口から覗いていたピンクと黒の髪が慌てて引っ込む。少しして「うぅ~、分
かってるわよ」と渋々な声が聞こえた。




 そして夕方。
 農作業から帰ってきた村人が、それぞれの家路につく。
 ワインなどの出荷は全て終わったようで、荷馬車は数台が空のままで村はずれに置かれ
ている。
 あちこちの家からは夕食の香りが漂ってくる。


 村の中心から村長の家へ、長い影を伸ばしたジュリアンが走っていた。
「じーちゃん!お客さんの貴族達、みんな帰ったよー。準備出来たって!」
 と言って村長宅へ駆け込んできたが、当のワイズ村長が見あたらない。
 あちこち家の中を走り回るが、それでも見つからない。
「まだ戻ってきてないのかな…?」

 ジュリアンががサヴァリッシュの書庫へ足へ向けようとした時、村長とルイズ一行が書
庫から帰ってきた。少年が祖父の所へ駆けてくる。
「じーちゃん。宿が空いたよ。お風呂も使えるって」
「おお、そうか。ありがとよ」
 お風呂、という言葉に村長の後ろに立つメイジ二人が目を輝かす。

 クルリと村長は振り返り、二人にニッコリ微笑んだ。
「実はですな、この村には買い付けに来られた貴族の方々用に、粗末ではありますが宿を
用意してあるのです。ご婦人の貴族も来られますので、お風呂は良い物を備えてあるので
す。
 もうお客の貴族達は全員帰られましたので、今は自由に使えるのです。どうでしょう、
準備はさせてあるので入られませんか?」
「もちろん入るわ!」
 即答したのはルイズ。デルフリンガーを抱えてる。
「あたしも入るわね」
 満面の笑みでロングビル。
「やっぱ女って風呂が好きなんだな」
 と言うのはルイズに抱えられた長剣。

 だがジュリアンはキョロキョロと辺りを見回す。
「じーちゃん。ヤンさんはどうしたの?」
 書庫から戻ってきたルイズ達一行の中には、ヤンの姿が無かった。
「あの方は、何か一人で考え事をしたいと言ってな、一人で草原の方へ行かれたよ」
「そか。じゃ、呼んでこようか?」
「いや、シエスタにお願いしようかな。おい、シエスタよ…」

 村長は振り返ってシエスタの名を呼んだ。
 だが返事は無い。
 ルイズもロングビルも周囲を見渡す。
 朱く染まる夕暮れの村、ソバカスの少女はどこにも見えなかった。




 果てしなく広がる草原。
 夕焼けの中、金色に染まる草の海。その畔にヤンの姿はあった。
 村から遠く離れた場所に腰をおろし、足をだらしなく投げ出して夕陽を眺めている。

 そんな姿を、村から走ってきた黒髪の少女は遠くから見つけた。大きな声で呼ぼうと胸
一杯に息を吸う。
「ちょいとお待ちよ」
「!?ッッゴホッブフッ!」
 いきなり後ろから声をかけられ、驚いたシエスタはむせ混んでしまった。
 慌てて振り返ると、いつのまにやらロングビルが立っていた。全く音も気配も無かった
所をみると、『フライ』で飛んできたのだろう。


 呼吸を整えたシエスタが、ロングビルへ向き直る。
「いきなりなんでしょうか?ミス・ロングビル」
「なぁに、ちょっと聞きたい事があってね…あなたは、何をしようとしてましたか?」
 ニコリと笑って尋ねられ、シエスタもニコリと笑って答える。
「もちろん、お風呂に呼ぼうとしていました」
「そうですか、それはご苦労様ですね。でも、それは私がしますから、あなたは家に戻ら
れて良いですわ」
 上品で、そして丁寧な口調。だが、それはどちらかというと慇懃無礼な類のものに聞こ
えた。そして、それに対するシエスタの答えも同じく慇懃無礼に聞こえた。
「いえいえ、そのような雑務は私達メイドの仕事ですわ。貴族のご婦人はお戻り下さい。
お風呂も準備してありますから、ゆっくりと入られるのがよろしいかと思います」

 二人は微笑みを絶やしてはいない。なのに、どうみても二人がまとう空気は友愛や穏和
からは遠かった。
 まるで凍り付いたかのように、二人の微笑みは顔に張り付いて変化しない。

「ちなみに、聞きたいのですけど…」
 凍てつく空気に、先にヒビを入れたのはロングビル。
「ミスタ・ヤンをお風呂に呼んで、その後はどうするのかしら?」
 シエスタは満面の笑みで、当たり前のように答えた。
「もちろんメイドとして、お背中を流して差し上げますわ」

 ロングビルの微笑みにもヒビが入った。こめかみに浮き出た青筋によって。

「あらあら!殊勝な事ですわね。きっとあなたはメイドの鏡なのでしょうね」
「いえ、まだまだ修行中の身ですわ。だから精一杯、出来うる全てを尽くして主に仕える
事にします」
「そうですか!それは立派な事ですわね。頑張って下さいね!…でも、ミスタ・ヤンの背
中を流す必要はありませんわ」
「あら、どうしてでしょうか?」
 ロングビルは満面の笑みで、当たり前のように答えた。
「ヤンは、私と一緒にお風呂に入るからですよ!もちろん、ヤンの背中は私が流しますの
で、あなたに流してもらう必要はありませんの!」

 シエスタの微笑みにもヒビが入った。こめかみに浮き出た青筋によって。

 二人の間に一陣の風が舞う。周囲の空気がドンドン冷えていくのは、だんだんと日が傾
いていくからというだけだとは思えない。

「…言っときますけど、あなたとヤンさんは、身分違いです」
 少女から凍てつく微笑みは消えた。代わりに凍てつく無表情が張り付いた。
「違うね。あたしゃ貴族の名を無くした身だよ。だからあたいもヤンも、同じ平民さ」
 女の顔にも凍てつく無表情が張り付いた。口調も荒く崩れていく。
「メイジなのは変わりません。不釣り合いです」
「ヤンはメイジかどうかなんて気にしちゃいないよ。あいつはそんな肝の小さなヤツじゃ
ないのさ」


 二人は視線をぶつけ合う。その鋭い視線に触れた空気が焦げ付くかという程だ。


「じゃあ、こう言いましょう…ヤンさんは、普通の人です。平穏無事な生活が似合ってま
すし、あの人もそれを望んでいます。あなたの世界に引きずり込まないで下さい」
「あたしの世界…何の事だい?」

 白磁のように白く透き通る美女の肌に、一筋の汗が流れる。

「サヴァリッシュ一族の知恵を見くびらないで欲しいです」
「だから、何の話さ」


 ロングビルは、油断無く周囲の状況を観察する。
 ヤンは遙か遠くに小さく見える。こちらに背を向け、二人に気付いていない。
 他に人影は見えない。

「あの日、『破壊の壷』が盗まれた日、ヤンさんは大慌てであなたを捜していました。そ
の後ローラからヤンさんの伝言を告げられたら、あなたも慌てて学院を飛び出していった
そうですね?」
「ん…ああ、そうだったかねぇ?随分前だし、良く覚えてないね」

 わざとらしく腕組みして首を傾げる。だが、その手は胸元の杖へと向かっている。
 シエスタも同じように腕組みをする。

「その後、あなたはヤンさんに連れられて学院に戻ってきました。なぜか落ち込んだ様子
で。そして『破壊の壷』も『ダイヤの斧』も無事に帰ってきました。あまりにも不自然な
ほどあっさりと」
「ふーん、そんなこともあったねぇ…で、なにが言いたいんだい?」
「あなたが『土くれのフーケ』だと言いたいんです。
 あなたはヤンさんに正体を見破られたんですよ。でも、ヤンさんはあなたに恩があった
から、盗品を返すのと引き替えに黙ってくれたんでしょう」

 二人の間の空気が決定的に凍り付いた。ぶつかり合う二人の目は、睨みあっているとい
うに相応しい。

「で…あたしがフーケだという証拠は?」
「ありません。でも、これまでの犯行現場のほとんどで、あなたとそっくりの人物をみか
けたという証言が得られるでしょうね」
「ふぅ…ん、面白い推理だねぇ…」

 ロングビルはゆっくりと移動する。金色に輝く草原の方へ、少しずつ。
 よく見るとシエスタも、いつの間にか草むらの方へ移動していた。

「もし、その推理が正しいとして…だ。どうして誰にも言わなかったんだい?」
「証拠が無い、という事もあります。けど一番の理由は、タルブの村に火種を持ち込まな
いためです」
「なーんだ!それじゃ誰がフーケでも意味が無いじゃないか!」

 あざ笑うように口の端を釣り上げるロングビルに、シエスタは変わらず平常を保ち続け
ている。そして、ゆっくりと話を続ける。

「でも、いつか他の誰かに見破られます。その時はヤンさんも共犯として捉えられてしま
います。ヤンさんのために、身を引くべきです」
「ハッ!脛に傷持つのはお互い様さ。あんたは教会や王家を、いつ敵にするか分からない
サヴァリッシュ家の者なんだからね」

 二人は既に、草原の中に足を踏み込んでいる。
 二人とも腕組みは崩していない。だがスタンスは肩幅に広げ、いつでも不測の事態に対
応出来るよう、油断無く足を構えている。

「私は、ヤンさんが好きです」

 シエスタは何のためらいもなく口にした。
 ロングビルの歯ぎしりが草むらに響く。
「あんたは、サヴァリッシュの教えとやらでヤンに優しくしていただけだろう?」
「最初はそうでした。でも、ヤンさんは本当に素敵な人でした。
 優しくて、穏やかで、知的で…そして勇敢で、心の広い人でした。あんないい人、探し
ても見つかりません」
「同感だわ。あいつのためなら泥棒家業なんか足を洗うね」
「大金も手に入りますしね」


 シエスタの痛烈な皮肉に、ロングビルは激怒したりはしなかった。
 それどころか、少し哀しげに笑った。

「それもあるさ。あたしは故郷の村に家族がいるんだけどね…子供ばかりの、孤児院みた
いな村さ。あたしが盗んできた金で、どうにかみんな生き延びてこれたんだ。
 ヤンは資金援助をしてくれるって、快く言ってくれたよ。
 あの子達のためにも、何よりあたい自身のために、ヤンを離さないよ!」
 その言葉に、シエスタも笑顔を返した。
「あたしだってヤンさんが必要です。そして村のためにも、譲れません!」



 二人は、睨みあう。
 まるで呼吸すら忘れたかのように動かない。
 互いに相手の僅かな変化も見逃すまいと、全神経を集中する。



 そして、一陣の風が吹いた時、二人は動いた。目にも止まらぬ速さで、胸元から抜きは
なった。



 ロングビルは、杖を。

 シエスタは、ブラスターを。



「やっぱり、持ってたね」
 ヤンが持つ銃と同じ銃を向けられても、ロングビルは驚きはしなかった。
「当然ですよ。フーケ相手に丸腰なわけないじゃないですか」
 ハルケギニアに名を轟かすフーケの杖を向けられても、シエスタは動じなかった。



「念のため、聞くけどさぁ…」
「…何ですか?」
 杖と銃はそのままに、二人は言葉を投げ合う。
「大人しく引き下がる気はないかい?」
「それはこっちのセリフです」
 杖はいつのまにやら魔力を帯びている。
 銃は真っ直ぐフーケの心臓を狙っている。
「困ったねぇ…そうだ、良い事を教えてあげるから、それで勘弁してくれないかい?」
「良い事?」
「そう、良い事さ」
 フーケは、悪魔のように醜く顔を歪めて笑った。


「ヤンが、あたしに幾つキスマークをつけたか」


 瞬間、シエスタの顔が紅潮し、身体が強張る。
 その一瞬をフーケは逃さない。杖から魔力を放とうと意識を集中する!




  ヤーンッ!どこいったのー!ヤンってばーっ!!



 草原にルイズの声が響いた。
 反射的にフーケは草むらの中に伏せた。
 我に返ったシエスタも慌てて伏せる。


 村の方からルイズが駆けてきていた。二人の姿には気付いていないらしく、横を通り過
ぎていく。

  おーい、ここだよー

 ルイズの声に気付いたヤンが答えた。
 二人は草むらの中でルイズとヤンから身を隠す。




 ルイズはヤンの傍まで全速力で駆けてきた。
「はぁっはぁっ…まったく、主ほっぽって、こんなところで何してるのよ?」
「ん~…ちょっと、夕陽を見てたんだ」
 ヤンの前には、地平線の彼方へ沈もうとする夕陽がある。

 ぼんやりと遠くを見つめるヤンの左に、ルイズもちょこんと腰をおろした。
「また、考え事?」
「うん…まあ、ね」


 ヤンは曖昧にだけ答えて、夕陽を眺め続ける。
 ルイズもそれ以上は尋ねようとしない。
 二人並んで沈む夕陽を眺め続ける。


 観念したかのように、ヤンは語り始めた。
「・・・きっとオイゲンも、こんな風に夕陽を眺めたんだろうね」
 少女は座ったまま、夕陽を眺め続けている。
「あの人は、僕に『この世界で生きるのも悪くない』って言ってたよ。きっと、それは本
当なんだと思う」
 彼の主は、何も答えない。
「正直、威張り散らす貴族達にはうんざりだよ。でも、君がいる。マチルダも、シエスタ
君も、デルフリンガーも…。この世界でも、どうにかやっていけるんだと思う」

 鳶色の瞳がヤンを見上げた。
「ねぇ…」
「なんだい?」

「あたしを、恨んでる?」

 恨んでるかと聞かれ、ヤンはビックリしてルイズを見た。
「恨むって、どうしてだい!?」
「だ、だって…その…」

 少女は言いにくそうに身をよじらせる。
 少し迷った後、意を決して語り出した。


「だって、あたしのせいでしょ?ハルケギニアに召喚されたのも、突然使い魔にされたの
も」
 ヤンは目をパチクリさせて、そして笑い出した。
 その様に、ルイズは頬を膨らませる。
「な、何よ!何がおかしいのよ!」
「あははは!はは、いや、だって、君がそんな、気にしてただなんて!」
「もう!あたしだって、悪いと思ってるのよ!」

 顔を赤く染めたルイズはぷいっとそっぽを向く。
 ようやく笑いが収まったヤンは、優しく語りかけた。

「確かに、僕は君に召喚されたよ。使い魔として、奴隷としてね。おかげでガンダールヴ
なんて訳の分からない物にされてしまった。
 でもね、恨んでなんかいない。むしろ感謝してるんだよ」
 ルイズの肩がピクンと跳ねる。でも振り向こうとはしない。
「なにしろ僕は、召喚されたから命が助かったんだ。襲われた時の状況から言って、召喚
されなかったら間違いなく死んでいた。君は僕の命の恩人だよ。その点は間違いない」

 ルイズは動かない。黙ってヤンの話を聞いている。

「僕はね、ルイズ。多くの人を殺してきた。僕がなにか言うたびに、腕を振り下ろすたび
に、数え切れないほどの敵味方を殺してきたんだ。
 その僕が誰に殺されたからって、やり残した事があるからって、文句のつけようはない
よ。だから、そんな僕をすら助けてくれた君には、無条件で感謝してる」

 ルイズは、チラリと肩越しに視線を向ける。

「…ホント?」
「ああ、本当だよ」
 ヤンは心からの笑顔を返す。
「そして、僕は奴隷になんかならなかった。それどころか、君は僕を執事として雇ってく
れた。怠け者で無能な僕を、ね!なんとも心の広いアルジサマじゃないか!」

 鳶色の瞳が、じーっとヤンを見つめ続ける。

「ねぇ、だからさ…ルイズ。これからも、よろしくお願いして、いいかな?」

 ヤンの目を見上げながら、ルイズは何も答えない。
 代わりに動いた。

 ヒョイッと小さなお尻をヤンの脚に乗せ、細い身体をヤンの胸に預けた。

「当然よ。メイジと使い魔は一心同体…あんたは、ずっと私の傍にいなさい」
 薔薇の蕾のような小さく愛らしい口から、甘えるような声が漏れる。
 右手がキュッとヤンの胸元を握りしめた。
「うん。正直、故郷の事を忘れるのは無理だ。でも、君と一緒に新しい人生を歩む事は出
来ると思う」
「ん…頑張りなさいよ…」

 ルイズは目を閉じ、ヤンの胸に頭を埋める。
 ヤンはピンクの髪を優しく撫でる。


 夕陽がほとんど大地の彼方に沈んだ頃、冷たい風が草原を渡ってきた。
 小さな口から、くちゅん!と可愛いくしゃみが漏れる。

「ご主人様、そろそろ帰りましょうか」
「そうね。そうそう、宿のお風呂が使えるんだって!すぐに入るわよ」
「へぇ、それはいいなぁ。暖まりそうだ」


 二人は立ち上がり、身体に着いた草や土をはたき落とす。
 そして、ルイズはヤンの手を握って歩き出した。

「んじゃ、急いで帰るわ。そうそう、あんた、あたしの背中を流しなさい」
「え…。前から聞きたかったんだけど、それって執事の仕事なのかい?」
「当然でしょ!今夜は頭もちゃんと念入りに洗うから、クシを忘れちゃダメだからね!」
「はぁ~い。それじゃ、女性の髪を洗うのは初体験ですが、このヤン・ウェンリー、ご主
人様の髪を洗わせて頂きます」
「ええ、優しくしないと許さないんだから!」

 夜へと移りゆく草原。
 二人は手を繋いで村へと帰っていった。




 で、草むらの中に残ったのはソバカスが可愛い美少女と緑の髪が艶やかな美女。
 二人とも、あんぐりと口を開けっ放しのまま、微動だにしない。
 杖とブラスターは、二人が隠れる草むらの地面に落ちていた。


「や…ヤン、さん…」
 シエスタの声は震えている。
「あ、あれほど、甘やかすなって言ってるのに…」
 フーケの肩は震えている。
「そんな、まさか、ミス・ヴァリエールとヤンさんが、二人が…そんな不潔な関係だった
なんて!」
 少女は現実から目を背けるかのように顔を手で覆う。
「いや!まだだ。あの二人は恋だの愛だの、そんな事は意識してないよ。どちらかという
と、親子って感じだね」
 とは言うものの、フーケの手は色を失うほど強く握りしめられている。
「でも、でもでも、このままじゃ、いつあの二人は異性って意識を持ち出すか…」
「って!あたしらこんなとこでボサッとしてる場合じゃないよ!」
 と叫んで立ち上がった女は、強引に少女の腕を取って立たせる。
「あんた!二人を追いかけるんだよ!ルイズの背中を流すのはあたしの仕事ですって、早
く言ってくるんだ!」
「そ、そうですね!今ならまだ間に合います!」
「あたいはヤンを『甘やかすなー!』ってしばき倒す!急ぐよ!」
「はいっ!」
 言い声の返事と共に、二人は村へ走り出した。


「ところでフーケさん!」
「ロングビルって呼びな!」
 全力疾走しながらも、二人は口が止まらない。まるで胸中の不安と恐怖を会話で誤魔化
すかのように。
「それじゃロングビルさん!ルイズさんは、婚約者!いましたよね!?グリフォン隊の!
隊長さん!」
「その通り!意地でも、ルイズとワルドを!ひっつけてやる!!」
「協力しまーっす!」

 二人は固い握手をかわしてから、村へ走っていった。 

              第十九話   ある村の平和で静かな一日   END


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