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ゼロのエルクゥ閑話3


 コォーン―――と、ウエストウッドの森に涼やかな打音が響き渡った。

「ふうっ……」

 二の腕ほどの丸太を鉈で真っ二つにしたセーラー服の少女―――柏木楓は鉈を置き、割った薪を拾い集めてまとめると、布切れで額を拭う。
 肩口で切り揃えられた烏の濡れ羽のような漆黒の髪が、ふわりと揺れた。

「お、お疲れさまです、カエデさん」

 小屋の陰から、見るからにおそるおそるという感じで金色の髪が顔を出す。
 楓はさっとそれ―――自分を召喚した少女、ティファニアを一瞥だけして、薪割りの作業に戻った。

「……これくらいしか、出来ないですから」
「い、いいえっ。ま、薪割りとか、これまで大変でしたし……す、すごく助かってますからっ!」

 ティファニアが、ぶんぶんと首を左右に振る。
 それはお世辞でも何でもなく、男手のないこの村において事実ではあったが……同年代の少女と話す事などほとんど初めてで動揺を隠そうともしないその態度は、楓に社交辞令だと誤解させるのには十分であった。

「……私は望んでここにいるから、気にしないで。置いて貰えて、ご飯を食べさせてもらってるんですから、せめてこのぐらいはさせてください」
「はう……」

 そして、そんなティファニアには、口数少なな楓の言葉は、いきなり見も知らぬ場所に召喚するなどというとんでもない失礼をしてしまった自分に対する気遣いの言葉のように思えて……恐縮するばかりだった。

 コォーン―――

 食い込んだ鉈に、見事に真っ二つにされる薪。最初こそ戸惑ったものの、楓の細腕でも男数人をまとめて病院送りに出来るエルクゥの膂力をもってすれば、それは少しの慣れだけで簡単な作業と化した。

「…………」

 ティファニアは、薪割りの様子をじっと見つめながら……楓の事について考えていた。

 遠い、とても遠いところから、『ここに飛ばされたものと同じもの』に連れ去られた恋人を追ってきたと言う。
 勝手に連れてこられたわけじゃないからそんなに恐縮しないで。と、焦ってひたすら頭を下げる事しかできなかった自分に対して言われた言葉。
 それが、自分に対する気遣いなのか、本当の事なのか……人付き合いの経験が皆無と言っていいティファニアには、判断がつかないでいた。
 とりあえず、どう考えても、いきなり召喚なんかされて怒らないのは、変だ。そして彼女、柏木楓には、(少なくとも表面上は)怒っている様子はなく、こうして手伝いをしてくれたりすらしている。
 だったら、本当の事なのだろうか? でもそうだとしたら、なぜその恋人を探しに行かず、ここにいるままなのだろうか。召喚魔法の『波動』とやらを『感知』して、それに『便乗』出来るなんて術者なら、人の一人ぐらいすぐにでも探し出せそうな気がするのだけど。
 この辺りの地理の事を聞いてきたり、街に出たいと言ったり……もしかしたら、私を気に病ませないために、嘘をついているのかも―――。
 そんな事をぐるぐると考えて結論は出ず、ティファニアはおっかなびっくり楓に接する事しか出来なかった。

 楓は、とりあえずの目的を果たせはしたが、同時に困り果ててもいた。
 意識を吸い取られるような衝撃を抜けたら、そこはファンタジー世界だった。
 耕一のやっていたゲームのうんたらクエストとか、へんだら島戦記とか、映画でやっていたなんたら国物語とか、かんたら物語とか、要するにああいう、剣と魔法の世界。
 ここハルケギニアは、そういうところであるらしかった。
 荒唐無稽な話だったが、何せ気がついた時に目の前にいたのが、長く尖った耳を持つ物語の通りの『エルフ』であったのだから、信じざるを得なかった。(彼女曰く、人間との混血であるハーフエルフであるとの事だが、楓には違いなどわからないので気にしていない)
 彼女が手慰みに唱えた『使い魔召喚の魔法』によって、自分はここに来る事が出来たらしい。あの時に感じた『同じ波動』は、つまりその、『召喚の魔法』だという事だろうか。とすると、耕一もまた誰かに『召喚』されたのか―――。
 そう考えて、すぐにエルクゥの意識に潜れば、そこには、確固たる耕一の存在感がある。
 距離は遠いようでそれはおぼろげでしかなかったが、確かに存在するそれに、楓は安堵に打ち震えた。
 すぐにでも探しに行きたいのは山々だったが、全く地理のわからない身では、当てもない旅どころの話ではない。
 幸い、そのエルフの少女は善人のようで、失敗で召喚してしまったと恐縮しきりであったので、その善意を受けてこの村にお世話になりつつ、地理を調べてからお暇しよう、と考えたのは、喜びに震える心での判断としては、極めて妥当であっただろう。
 問題は……このウエストウッド村が隠れ里であり、エルフ族が迫害の対象となっているという事であった。
 街に出るにも、細心の注意を要する。楓のように色々な意味で目立つ風貌の者が村から街に出ていって村に戻ってくれば、ここの存在が露見する可能性は低くないだろう。
 そこまでの迷惑をかけるわけにもいかず、とはいえここにいるのはそのエルフの少女と、幼くして親を亡くしたという孤児達のみ。地理とか社会とか世界とかの情報源としては、心許ないと言わざるを得なかった。
 ティファニアは一応、博識と言えるレベルの知識を持ち合わせてはいるが、初対面の人間とはとりあえず一定の距離を置く癖のある楓にはそれがわかるはずもなく。
 何の進展もないまま数日が経ち、楓は、迷惑をかける前にここを出ていってぶっつけ本番で近くの街に出てみようか、などと思い始めていた。

 静かな森が急に騒がしくなったのは、そんな折の、昼下がりの事だった。

§

「ッ!」
「えっ!?」

 ひゅん、と空気を切り裂く―――懐かしい音がした。
 遥か遠い記憶から、それは弓から放たれた矢の音だと思い出すのに一瞬を要し、楓はティファニアを背中に庇うように立ち上がった。
 周囲に矢が降りそそぎ、地面や家々に突き刺さっていく。
 矢が飛んできた方向から、何人もの、粗野な鬨の声が響き渡った。

「と、盗賊!?」
「―――!」

 背中のティファニアの声と、記憶の中での人里の―――略奪の風景が重なり、楓は躊躇なくその場から跳躍した。
 その瞳と、纏う空気は、朱。

「ひゃっは―――あがっ!?」

 黒ずんだ槍を構えて一番乗りの歓声をあげようとした男は、目の前に突然現れた標的のはずの少女に、鉄兜から覗くその顎を打ち抜かれた。
 男は顎を基点にぐるんと真横に一回転して昏倒し、木々の狭間に崩れ落ちる。

「びゃっ―――!?」
「げっ―――!?」
「ぎ―――!?」

 楓の振るう鬼の爪が、鬼の腕が次々と紅く閃き、後続の盗賊達が瞬きの内に討ち伏せられていく。
 ティファニアは呆気に取られた表情で、そのわずか十数秒の血風の舞を見つめていたが……楓が倒れ伏した一人の男の喉元に貫手を構えた瞬間、思わず叫んでいた。

「だ、ダメッ! 殺さないでっ!!」
「っ!?」

 その叫びに、振り下ろしかけた手をすんでの所で止める事に成功する。

「あ、あの、こ、この人達も、ある意味、被害者っていうか、こうしないと生きていけない人達なの。い、今、この国では、王様の軍と貴族の軍が争っていて……逃げ出した傭兵とか、住むところを追われた人達とかが、こういう風に盗賊になったりしてて、その、だから……」

 殺してしまうのは忍びない、と。
 武器を構えて問答無用に村を襲おうとした盗賊に対してまで向けられる思慮に、楓は、優しすぎる彼女の妹を思い出した。

「……でも、逃がすわけにはいかないんじゃないですか?」
「う、うん。だから、こうするの―――」

 ティファニアは、意識を半分ほど取り戻したらしき、頭を押さえて振っている一人の男に、さっとペンのような杖を構える。

「―――ナウシド・イサ・エイワーズ……ハガラズ・ユル・ベオグ―――」

 すると、先ほどまでのおどおどとした様子から、雰囲気が一転した。
 まるで謡うように、何がしかの呪文が、その小さく湿った唇から朗々と紡がれる。

「ニード・イス・アルジーズ・ベルカナ・マン・ラグー……!」

 呪文の完成と共に、ペンを振り下ろす。
 ぐわん、とその場の空気が歪に揺れたような感じがした。

「ぐ……あ、あれ、こ、ここはどこだ?」
「あなたは森で迷ったのよ。ここは何もない村。森を西に抜ければ街道に出るわ」
「そ、そうか。ありがとうよ、お嬢ちゃん……」

 その男は、ふらふらとおぼつかない足取りで歩いていってしまった。

「……今のも、魔法?」
「ええ、そう。彼の"記憶"を無くしたの。"この森に来た目的"と……"盗賊になった理由"の記憶。街道に出る頃には、この村の事も覚えていないはずです。……すいません、ちょっと気絶してる人達を集めてくれませんか? まとめてかけてしまいますから」

 楓は言う通りにしながら、驚きを込めてその様子を見つめていた。

「……すごいものですね。魔法っていうのは」
「私なんて……落ちこぼれです。他の魔法は全然使えません。土のメイジなら薪割りなんてしなくても燃料を作ることが出来るし、水のメイジなら怪我を治せるし……」

 そんな事を話しながら、気が付いた男達から順次、ティファニアの言葉通りに街道に向かって歩いていく。
 その様子に、楓は、森のそう深くないところにあるこの無防備そうな隠れ里が、どうして今まで『隠れ』る事が出来ていたのか、その理由がわかったような気がした。

「あなたの方がずっとすごいわ。あんなに早く動いて、傭兵として戦っているような人達を一瞬で気絶させちゃうんですもの」
「……私は、別に」

 これは、ただ体が強いだけの力。人を傷つける事しか出来ない力。
 それは―――愛する父と叔父を引き裂き、愛する人までもその爪にかけようとした、呪わしい鬼だ。
 こんなもの、なければいいと……何度思った事だろう。

「……ごめんなさい。触れてはいけないところだったのね」

 誉めたつもりであったのに、決して嬉しそうにはしない楓を見て、ティファニアが表情を曇らせる。

「……いえ、別に。私は何も話していないのだから、気にする事ではありません」

 楓は首を振った。
 全ては過ぎ去り、乗り越えた事だ。今のところは深刻な悩みというわけでもない。
 けれど、ティファニアにとっては、表面に出した苦悩だけでも、十分に衝撃的なものであったのだろう。

「ううん、私は……きっと、そういう事には気付かないといけないはずで……その……」

 その顔は暗く、しかし、自身の苦悩を糧に、他人の苦悩へ優しさを向ける事の出来る暖かな心が滲み出すような、そんな表情で……楓は知らず、口元に微笑みを浮かべていた。

「……気付いたじゃないですか」
「えっ?」
「本当に、言われて思い出しただけです。……これまでティファニアさんと過ごした数日間に、そんな事で悩んではいなくて……だから、ティファニアさんは、私が思い出した瞬間に気付いたんです。それは……きっと、すごい事です」
「…………か、カエデ、さん」

 ティファニアは、楓の言葉の意味を理解するのに数瞬を要し……理解した瞬間、顔を真っ赤にして俯いてしまう。

「あ、あの、あの、あ、あんなに動いて、疲れましたよね。お、お茶にしましょ?」
「はい」

 照れを誤魔化すように述べられた誘いに、楓は意識して微笑み、頷いたのだった。

「―――おやおや、気の抜けた目で森を歩いてく集団がいたから急いで来てみたんだけど……これはなかなか、面白そうな事になってるじゃないかい、テファ?」
「えっ!?」

 その後ろから、少し低めで成熟した女性の、しかしどこかはすっぱな声が聞こえて、ティファニアは慌てて振り返った。

「ま、マチルダ姉さん! いつ帰ってきたの!?」
「ほらほら落ち着きな。今さっきって言っただろ?」

 草色の髪を揺らし、フード付きの長い外套に身を包んだその女性―――『土くれ』のフーケの姿を目に入れ、ティファニアは彼女の本名を呼びながら、驚きの表情を浮かべた。

「で、この子は誰だい? またぞろ、親無しの子でも拾ってきたかい?」

 結わえていた髪を解き、変装用の伊達メガネも取り去ったフーケは、からかうような口調で言いながらしかし、油断の無い目を楓に向ける。

「……私は」
「あ、あの、う、うん、そうなの。戦で親を亡くしたらしくて、森の中に逃げてきて倒れちゃってたのを……」

 楓が口を開くのを遮るように、ティファニアが言葉を並べる。
 フーケはそれを見て、どこか呆れたようにため息をついた。

「はぁ。テファ、あんたに隠し事は無理だっていつも言ってるだろ?」
「あ、あう……」
「ま、さっきの賊みたいにほっぽりだしてないんなら、何か事情があるんだろうけどね。……ほらほら、そんな顔しない。別に怒っちゃいないからさ」

 幾分か警戒の緩んだ目で楓を見て、フーケは大仰な仕草で肩を揉んだ。

「ま、立ち話もなんだ、長旅で疲れてるマチルダ姉さんを休ませながら、ゆっくり話しておくれよ」
「う、うん……」

 楓に向かって申し訳なさげな目を向けながら、ティファニアはフーケに続いて家の中へと入っていく。
 楓は、ようやく外の事がわかりそうな人物に出会えた事に内心で喜びながら、二人の後に続いた。


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