「ひ、姫殿下、なぜこのような下賎なところに……」
「おともだちに下賎も高貴もありませんわ。懐かしいルイズ! それとも、私の事など忘れてしまったの?」
「おともだちに下賎も高貴もありませんわ。懐かしいルイズ! それとも、私の事など忘れてしまったの?」
ルイズは、ぶるぶると盛大に首を振った。
「わ、私などに、もったいないお言葉にございます。アンリエッタ姫殿下」
「もう、おともだちと言ったでしょう? そんな堅苦しい行儀はやめてちょうだい。そんなの、宮廷の中だけでもうたくさんだわ!」
「ひ、姫殿下……」
「ほら、覚えていて? 一緒になって、お庭で蝶々を追い掛け回したじゃないの」
「も、もちろんです。あの時は、お召し物を泥だらけにしてしまって……侍従長様にこってりをお叱りを受けました」
「そうよ! そうよルイズ!」
「もう、おともだちと言ったでしょう? そんな堅苦しい行儀はやめてちょうだい。そんなの、宮廷の中だけでもうたくさんだわ!」
「ひ、姫殿下……」
「ほら、覚えていて? 一緒になって、お庭で蝶々を追い掛け回したじゃないの」
「も、もちろんです。あの時は、お召し物を泥だらけにしてしまって……侍従長様にこってりをお叱りを受けました」
「そうよ! そうよルイズ!」
美少女二人が芝居がかった様子で抱き合うのを、耕一は呆と見やっていた。
「お姫さんてーのも大変だぁなぁ」
「……みたいだなぁ」
「……みたいだなぁ」
ギーシュでだいぶ慣れてはいたが、やはりこういうノリにはついていききれない。舞台上の女二人に、剣と男は完全に観客だった。
ひとしきり昔話で盛り上がると、緊張していた様子のルイズも、アンリエッタとおでこを突き合わせてあははと笑っていた。
ひとしきり昔話で盛り上がると、緊張していた様子のルイズも、アンリエッタとおでこを突き合わせてあははと笑っていた。
「でも、感激ですわ。姫さまが、そんな昔の事を覚えてくださっているなんて……てっきり、もう忘れてしまわれていたものかと」
「忘れるものですか。あの頃は毎日が楽しかったわ。そう、一番楽しかった。今は肩が凝るばっかりよ」
「忘れるものですか。あの頃は毎日が楽しかったわ。そう、一番楽しかった。今は肩が凝るばっかりよ」
切り揃えられたアンリエッタの栗色の髪が微かに揺れ、一瞬だけその表情に愁いが混じった事に、耕一は気付いた。
それは、彼が特に彼女を注視していたとか、何かしらのシグナルを感じたとか、そういう事ではなく―――単に、その表情の類に、酷く見覚えがあったからだ。
それは、彼が特に彼女を注視していたとか、何かしらのシグナルを感じたとか、そういう事ではなく―――単に、その表情の類に、酷く見覚えがあったからだ。
「自由なあなたが羨ましいわ。ルイズ」
「……私にも、悩みはありますわ。姫さま」
「うふふ、そうね。ごめんなさい。そういうつもりではなかったのよ」
「ええ、わかっていますわ」
「……私にも、悩みはありますわ。姫さま」
「うふふ、そうね。ごめんなさい。そういうつもりではなかったのよ」
「ええ、わかっていますわ」
それは、諦め。
遠い、体験した覚えの無い記憶の中で、彼の二人の妻が共通して浮かべていたものだった。
エディフェルは、程近い自らの死に。リネットは、届かぬ自らの想いに。―――どちらかと言えば彼女のそれは、後者の方に似ている。
ぎり。と、意識せずに耕一の奥歯が鳴った。
遠い、体験した覚えの無い記憶の中で、彼の二人の妻が共通して浮かべていたものだった。
エディフェルは、程近い自らの死に。リネットは、届かぬ自らの想いに。―――どちらかと言えば彼女のそれは、後者の方に似ている。
ぎり。と、意識せずに耕一の奥歯が鳴った。
「相棒?」
「……なんでもないよ、デルフ」
「……あら?」
「……なんでもないよ、デルフ」
「……あら?」
瞬間だけ観客の雰囲気ではなくなった男に、ようやく気付いた、という風にアンリエッタが目を向けた。
「あ、あらあら。本当にごめんなさいルイズ。もしかしてわたくし、お邪魔だったかしら?」
「えっ? そんな、邪魔だなんてとんでもない。何故そのような事を?」
「だって、そこの殿方と夜を過ごしていたのでしょう? いやだわ、わたくしったら、とんだ粗相を致してしまったみたいね」
「えっ? そんな、邪魔だなんてとんでもない。何故そのような事を?」
「だって、そこの殿方と夜を過ごしていたのでしょう? いやだわ、わたくしったら、とんだ粗相を致してしまったみたいね」
言葉の刹那、ルイズの顔が、瞬間湯沸かし機もかくやというスピードで沸騰した。
「な、ななな、ち、ち、ち、違います姫さま! こ、ここ、コーイチはですね!」
「コーイチ、様と仰るの? 変わったお名前ね。本当に申し訳ありませんわ」
「あ、いや、その」
「コーイチ、様と仰るの? 変わったお名前ね。本当に申し訳ありませんわ」
「あ、いや、その」
仰々しく頭を下げられて、一瞬耕一は否定を忘れてしまった。
「つ、使い魔! 使い魔なんです姫さま! コーイチは私の使い魔!」
「もうルイズったら、恥ずかしいからって、おともだちに隠し事はなしよ。人が使い魔だなんて聞いた事がないわ」
「ほ、ホントなんですってばあ! ほ、ほら! 黙ってないであんたからも何か言いなさいよ!」
「もうルイズったら、恥ずかしいからって、おともだちに隠し事はなしよ。人が使い魔だなんて聞いた事がないわ」
「ほ、ホントなんですってばあ! ほ、ほら! 黙ってないであんたからも何か言いなさいよ!」
ちょっと涙目のルイズに、耕一は苦笑しながら左手を掲げた。
「あら……本当、でしたの?」
「使い魔っていうのも、恋人じゃないっていうのも本当ですよ」
「使い魔っていうのも、恋人じゃないっていうのも本当ですよ」
その甲に描かれたルーン文字を見て、アンリエッタは目をぱちくりさせた。
「人が使い魔だなんて……ルイズ、あなた、昔からどこか変わっていたけれど……相変わらずね」
「……ちなみに、人じゃなくて、亜人ですわ、姫さま」
「あんまフォローになってねえぞ。娘っ子」
「うるさいわねこのボロ剣!」
「……ちなみに、人じゃなくて、亜人ですわ、姫さま」
「あんまフォローになってねえぞ。娘っ子」
「うるさいわねこのボロ剣!」
もうボロじゃないもんフフーンと余裕で鼻歌を歌うデルフリンガーの言葉の通り、アンリエッタは目だけではなく、顔全体で驚いていた。
「あ、亜人、なのですか」
「まぁ、一応そういう事になってるみたいです」
「は、はぁ。それに、こちらはインテリジェンスソード……それも、かなりの業物のようですわね……」
「へへっ。さすがお姫さま。娘っ子と違って見る目があるねぇ」
「まぁ、一応そういう事になってるみたいです」
「は、はぁ。それに、こちらはインテリジェンスソード……それも、かなりの業物のようですわね……」
「へへっ。さすがお姫さま。娘っ子と違って見る目があるねぇ」
カタカタと飾りを鳴らして上機嫌をアピールする剣に、ルイズは頭を抱えた。
じっと見つめてくるアンリエッタの視線に、耕一はぺこりと頭を下げる。
じっと見つめてくるアンリエッタの視線に、耕一はぺこりと頭を下げる。
「えーと、どうも。柏木耕一と……あ、いや、コーイチ・カシワギって言うべきなのかな?」
「ミスタ・カシワギ……やはり、珍しいお名前ですね。まるで東方の言葉のよう。どこか遠いところから?」
「ええ。ルイズちゃんの召喚で無理矢理呼ばれてきまして」
「よ、余計な事言わなくていいのよっ!」
「あらあら、まあまあ」
「ミスタ・カシワギ……やはり、珍しいお名前ですね。まるで東方の言葉のよう。どこか遠いところから?」
「ええ。ルイズちゃんの召喚で無理矢理呼ばれてきまして」
「よ、余計な事言わなくていいのよっ!」
「あらあら、まあまあ」
焦った様子を見せるルイズを見て、ころころと笑うアンリエッタ。その表情には、先ほど耕一が垣間見たものは見受けられなかった。
そして、それもまた妻達と同じだった。まったく女という生き物は隠し事がうまいものだ、などと一昔前のハードボイルド小説のような愚痴が頭をよぎった。
そして、それもまた妻達と同じだった。まったく女という生き物は隠し事がうまいものだ、などと一昔前のハードボイルド小説のような愚痴が頭をよぎった。
「そして俺様はデルフリンガー! ガンダールヴの左手よ!」
「……なんだそりゃ。がんだーるぶ?」
「……なんだそりゃ。がんだーるぶ?」
突拍子もない事を言い出した剣に、三人が訝しげな顔を向けた。
「……何か聞いたことあるわね、それ。………そう、確か、始祖ブリミルの率いた4つの使い魔のうちのひとつ、だったかしら」
「よく知っているわね、ルイズ。そう、神の左手ガンダールヴ。始祖の使い魔の1つよ」
「で、なに、まさかあんた、そのガンダールヴに使われてたとか言い出すんじゃないでしょうね」
「よく知っているわね、ルイズ。そう、神の左手ガンダールヴ。始祖の使い魔の1つよ」
「で、なに、まさかあんた、そのガンダールヴに使われてたとか言い出すんじゃないでしょうね」
日頃の勉強のおかげか、辿り着いた真実を口走りながらルイズは問うた。その真実にデルフリンガーは、はっきりと、堂々とした声で―――
「わからん!」
と答えた。
「なんじゃそりゃぁ!」
「いやー、なんか自己紹介っつの? かっこよさげな口上でも言おっかなーとか思ったら、自然と出てきたフレーズなんだわね、これが」
「ああもう、買ったときにも六千年前とか言ってたけど、うさんくさ過ぎて本当なのかデタラメなのかわっかんないわ……」
「うむ。俺にもわかんね!」
「いばるなああああああっ!!!!!」
「うふふ」
「いやー、なんか自己紹介っつの? かっこよさげな口上でも言おっかなーとか思ったら、自然と出てきたフレーズなんだわね、これが」
「ああもう、買ったときにも六千年前とか言ってたけど、うさんくさ過ぎて本当なのかデタラメなのかわっかんないわ……」
「うむ。俺にもわかんね!」
「いばるなああああああっ!!!!!」
「うふふ」
騒音が心配になるぐらいの喧騒のなか、アンリエッタは心から楽しそうな笑顔を浮かべていた。
§
「さて、わたくしはそろそろ戻りますわ」
「え、そうなのですか?」
「え、そうなのですか?」
暫しの歓談の後、アンリエッタは静かに、腰を下ろしていたルイズのベッドから立ち上がった。
「ええ。おともだちと友誼を深めに来たのですもの。もっともっと、出来る事なら夜を徹して話していたいのは山々なのだけれど……」
「姫さまはお忙しい身です。明日も早くご出立なされると聞いております」
「そう。そうなの。馬車の中で居眠りなんてしたら、口うるさい枢機卿殿に何を言われるかわかったものじゃありませんわ」
「姫さまはお忙しい身です。明日も早くご出立なされると聞いております」
「そう。そうなの。馬車の中で居眠りなんてしたら、口うるさい枢機卿殿に何を言われるかわかったものじゃありませんわ」
柔らかく笑って、扉に手をかける。
「ありがとうルイズ。今夜は本当に楽しかったわ。また来てもいいかしら?」
「は、はい。このようなところでよろしければ、いつでも歓迎致します」
「は、はい。このようなところでよろしければ、いつでも歓迎致します」
にこりと微笑みで返事を返し、アンリエッタは優雅に踵を返してちょっとお茶目な様子で黒いフードを被ると、小走りに部屋を出て行った。
「……はぁ。びっくりしたわ。まさか、急に姫殿下がお越しになられるなんて……」
「……ルイズちゃん、ちょっとトイレに行ってくるな」
「え、ちょ、コーイチっ?」
「……ルイズちゃん、ちょっとトイレに行ってくるな」
「え、ちょ、コーイチっ?」
そして、まるで後を追うように、自分の話も聞かず、返事も聞かずに出て行く耕一に、
「な、何なのよ……?」
怒る暇すらなく、呆然としてしまうルイズだった。
「……姫さま」
「えっ? あ、つ、使い魔さん? ど、どうかなさったのですか?」
「えっ? あ、つ、使い魔さん? ど、どうかなさったのですか?」
廊下を出てすぐ、耕一が呼び止めると、アンリエッタは焦った様子で周囲を気にし始めた。
「大丈夫です。周りには誰もいません」
「……何か、ご用なのですか?」
「……何か、ご用なのですか?」
潜めた声で、アンリエッタが耕一に向き直る。
「すいません。お節介かもしれませんが……」
耕一は、先に頭を下げながら、言葉を続けた。
「何か、悩みがあるんだったら、一番話しやすいのは友達ですよ、と」
「えっ!?」
「諦めて……時間が経てば解決する悩みならいいですけど。そうでないなら、早めに誰かに話して手を打たないと、きっと後悔します。……目上の人とかに相談しにくいような事なら、尚更」
「…………」
「えっ!?」
「諦めて……時間が経てば解決する悩みならいいですけど。そうでないなら、早めに誰かに話して手を打たないと、きっと後悔します。……目上の人とかに相談しにくいような事なら、尚更」
「…………」
あんな顔をしている人を、放ってはおけなかった。
お節介でも、余計なお世話でも、放っておくのは、自分の……そう、自分の心が許さなかった。
お節介でも、余計なお世話でも、放っておくのは、自分の……そう、自分の心が許さなかった。
「それだけです。突然呼び止めてすいませんでした」
耕一はそれだけ言うと、踵を返す。
その背中に、アンリエッタが見せた逡巡は、わずかだった。
その背中に、アンリエッタが見せた逡巡は、わずかだった。
「待ってください」
「はい?」
「……少し言い忘れた事があったので、わたくしも戻りますわ」
「……そうですか」
「はい?」
「……少し言い忘れた事があったので、わたくしも戻りますわ」
「……そうですか」
§
「―――つまり、『軍事同盟を兼ねた政略結婚がご破算になるような手紙が、それを阻止したい勢力に今にも滅ぼされようとしている王国の王子が持っている。このままでは手紙がその勢力の元に行ってしまうのも時間の問題だけどどうしよう』と、こういう事ですか?」
「は、はい。そうなります」
「は、はい。そうなります」
知らない人にはそこそこに、知ってる人にはよくわかる要約を聞きながら、アンリエッタは頷き、俯いてしまった。
「……元がわたくしの私情から始まった事ですので、母様にも枢機卿にも話せずにいたのです。ありがとうございます、使い魔さん」
「い、いえ」
「い、いえ」
見事に、『時間に任せていたらとんでもない事になっていた』悩みに、耕一は冷や汗を垂らしていた。
まさか、そんな国レベルでヤバイ悩みだったとは。
まさか、そんな国レベルでヤバイ悩みだったとは。
「私がその手紙、取り返して参ります!」
「……ルイズちゃん」
「……ルイズちゃん」
なんとなく予想通りの言葉がルイズから紡がれて、耕一は肩をすくめた。
「だ、だめよ! アルビオンの貴族派は、今にも王党派の篭る最後の城、ニューカッスルを包囲しようとしていると聞きます! そんな危険なところに、学生のあなたが……!」
「姫殿下の御為ならば、トリステインの公爵家であり……そして、そ、その」
「姫殿下の御為ならば、トリステインの公爵家であり……そして、そ、その」
ルイズは、かああっと顔を真っ赤にして、俯きながら言う。
「ひ、姫さまのおともだちである私に、否応はありません。力を貸させてください、姫さま」
「ルイズ……」
「ルイズ……」
その言葉に、アンリエッタの瞳がさっと潤った。
「……行ってくれるの、ルイズ?」
「身命に代えましても」
「身命に代えましても」
アンリエッタは、潤んだ瞳を隠すように目を閉じると、数秒の後に開く。
その顔は凛々しく整った、王女の顔だった。
その顔は凛々しく整った、王女の顔だった。
「命じます。ルイズ・フランソワ―ズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。アルビオンに赴き、密命を果たしなさい」
「慎んで拝命致します。明朝すぐに出発したいと思います」
「慎んで拝命致します。明朝すぐに出発したいと思います」
ルイズは跪き、頭を垂れる。
アンリエッタはすぐに膝を折り、ルイズを抱きしめた。
アンリエッタはすぐに膝を折り、ルイズを抱きしめた。
「……無理だと感じたら、すぐに戻ってきて。絶対に、命を粗末にしないで、ルイズ」
「もちろんです」
「もちろんです」
ルイズから離れたアンリエッタは机に座ると、羊皮紙にさらさらと何かを書き付け始める。
一端ペンを置き、文面を眺め……その表情が苦悩に歪んだ後、搾り出すように、最後に一文を付け加えた。
一端ペンを置き、文面を眺め……その表情が苦悩に歪んだ後、搾り出すように、最後に一文を付け加えた。
「……始祖よ、お許しください。この手紙もまた、自分勝手なわたくしの恥部となりましょう。しかし、それでも……」
苦い顔をしながら杖を振るうと、くるくると羊皮紙が巻かれ、封蝋がされ、花押が押され……立派な密書の出来上がりとなった。
「この密書を渡せば、ウェールズ王子は手紙を返してくださるでしょう。それから……」
密書と共に、アンリエッタは自らの指にはまっていた指輪を抜き、ルイズに渡した。
透き通るような蒼色の、大きな宝石がはまった指輪だった。
透き通るような蒼色の、大きな宝石がはまった指輪だった。
「母から頂いた『水のルビー』です。せめてものお守りに持っていってください……お金が心配なら、売り払って資金に当てても構いません」
それから、少し考えるような仕草をすると、
「……できたらですが、一人、手練の者を護衛につけましょう。明日の朝、正門で貴方達と合流するよう手配しておきます。ですが、力及ばない時は……申し訳ありません」
そう付け加えた。
ルイズが深く頭を垂れる。
ルイズが深く頭を垂れる。
「ご配慮に、感謝致します」
「……全てはわたくしの短慮から出た杖の錆です。わたくしが力を尽くすのは当然の事……気にする必要はありません」
「……全てはわたくしの短慮から出た杖の錆です。わたくしが力を尽くすのは当然の事……気にする必要はありません」
目を伏せて首を振り、アンリエッタは、やれやれ大変な事になったと頭を掻いていた耕一に向き直った。
「使い魔さん、わたくしのおともだちを、よろしくお願い致します」
「……ま、そんな大それた悩みだとは知らなかったとは言え、言わせちゃったのは俺ですしね。出来るだけはやってみますよ」
「……ま、そんな大それた悩みだとは知らなかったとは言え、言わせちゃったのは俺ですしね。出来るだけはやってみますよ」
『内戦中の国に侵入して、負けている方の指導者と接触を取り、当国にとって外交上不利になる品物を回収せよ』
まごうことなきスニーキング・ミッション。どこぞの蛇じゃないんだからと一笑に付したくなるが、現実だった。死ぬ可能性バリバリの、"任務"だ。
そして、今、耕一は、間違っても死ぬわけにはいかない。彼は、彼一人だけの体ではないのだから。無事に帰り、楓を安心させてやらなければならない。
それは彼の義務であり、責務であり、責任であり、使命であり……何よりも、願いだった。
そして、今、耕一は、間違っても死ぬわけにはいかない。彼は、彼一人だけの体ではないのだから。無事に帰り、楓を安心させてやらなければならない。
それは彼の義務であり、責務であり、責任であり、使命であり……何よりも、願いだった。
しかし、それでも。
断ろうとか、逃げようとかいう気は起きなかった。
断ろうとか、逃げようとかいう気は起きなかった。
ここで、見捨てて逃げてしまったら……きっと自分自身が、胸を張って楓ちゃんに会えなくなる。
エディフェルやリネットと同じ表情を浮かべる、何かを諦めなければならなかった人を、助ける事が出来る。
それらは、耕一が危険に飛び込むのには十分すぎる理由だった。
エディフェルやリネットと同じ表情を浮かべる、何かを諦めなければならなかった人を、助ける事が出来る。
それらは、耕一が危険に飛び込むのには十分すぎる理由だった。
―――まあ、王女様に恩を売っておけば、もう少し熱心に元の世界に戻る方法を探してもらえるかもしれない、という打算も、無いとは言えなかったけれども。
「……ありがとうございます」
アンリエッタは目を伏せ、祈りを捧げるように両手を握り合わせた。
「始祖ブリミルよ。今一度、身勝手な貴方の子に加護をくださいまし。アルビオンに吹き荒ぶ猛き風より、彼等をお守りくださいますように」