あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

ゼロのエルクゥ - 12


 ルイズは、夢を見ていた。
 今日の舞台は、数年前まで住んでいた生家、ラ・ヴァリエール家の本宅。

「はあ、はあ……」

 十ほども幼い姿の自分が、当時の自分の背格好からは迷路のようにしか見えなかった庭木の植え込みの間を、息を切らせて走っていた。

「ルイズ、ルイズ、どこに行ったの? まだお話は終わっていませんよ! ルイズ!」

 後ろから、厳しい母の声が響き渡る。
 ルイズはぎゅっと目を瞑り、必死に足を動かした。彼女の安息の場所に向かって。
 そこは、広すぎる公爵家の屋敷の中で、住人達に忘れ去られた場所。
 訪れる者は世話をする庭師だけになった、舟遊びをする為の大きな池。
 池のほとりに繋がれた小舟の中が、優秀な姉達と違って魔法の出来ない自分が父や母に睨まれる事のない、幼いルイズの数少ない安心できる場所だった。

「うう、ぐすっ……」

 持ち込んである毛布にくるまると、ぎいぎいと小舟がきしむ音と、ちゃぷちゃぷと揺れる水音が、聞こえる音の全てになる。
 水と土が織り成すその調べを聞いていると、次第に悲しみに暮れていた気持ちが慰められていくのだった。

「はあ……」

 そうして、どれくらいの時間が経っただろうか。
 この光景は、過去のものだった。この後、婚約者である憧れの子爵様が慰めに来てくれたはずだ。
 しかし、これは夢。過去を回想しているわけではなく、霞に見ているただの夢だった。

「あれ……?」

 水と土の演奏が、どこか遠くに聞こえる。代わりに響いているのは―――轟と燃え盛る炎と、全てを切り裂く風からなる鋭い旋律。

「え―――?」

 毛布から顔を出し、舟の縁から周囲を見たルイズは、絶句するしかなかった。
 そこは綺麗に剪定された実家の池ではなく、どこかの河原。砂利と泥水の流れる河原に浮かぶ舟の中だった。

「ど、どこ、ここ……?」

 きょろきょろと周囲を見渡すと、瞬間、そこは舟の上ですらなくなった。

「おお、おお、エディフェル! しっかりしろエディフェル……!」
『えっ?』

 自分の口から、野太い男の声が漏れ出る。
 その視線の先には、見た事もないような服を身にまとい、河原に横たわり、炎に照らされ、太い腕に抱かれた女性の姿があった。
 まるで、自分が抱きかかえているような視点だったが……私の腕はこんなに太くないわよ、とルイズは妙に冷静な事を考えた。
 抱きかかえている女性の胸に大穴が空いていて、その白磁のような肌にべっとりと血糊が張り付いているのも、どこか朧に目に映る。

『な、何よこれ……!』

 口を動かそうとしても、言葉にならない。胸を焼くような焦燥だけがそこに渦巻いていた。

「……わかっていたのです。こうなるであろう事は……」

 ごぼ、とその女性の口から赤い飛沫が弾ける。

「貴方を助け、貴方と共にある事は、一族への裏切り……皇女である私には、それが最大限の報復でもって贖われる事を……」
「もういい、喋るな。すぐに治療を」

 静かに、女性は首を横に振った。

「助かりません。それに……私が助かってしまったら、今度はリズエルが……」
「構わぬ。お前以外の誰がどうなろうと構わぬ。そう言ってわしを鬼としたのはお主であろうが……!!」
「ふふ、そうでしたね……」

 血を吐きながら、女性は穏やかな……酷く穏やかな表情を浮かべる。
 その儚い笑顔に、ルイズはどこか、優しい下の姉の面影を見出していた。

「ああ、愛しています、次郎衛門。願わくば、姉を……エルクゥを恨まないで」
『えっ?』

 聞き覚えのある単語に、夢心地だったルイズの意識が急に鮮明となる。

「愛している。愛しているエディフェル。だから死ぬな。わしを鬼とした主が死ぬな。その貸し、一生を捧げなくば返せぬものと知れ……っ!」
『あ、あ、う……!』

 激情。
 溶けた鉄にも似た、真っ赤な色をした激烈な感情が、容赦なくルイズの意識に流しこまれる。
 それは、耕一の『シグナル』を受け取る時と同じ感覚で―――そして、同じでは到底ありえなかった。
 耕一のシグナルが後ろからそっと肩を叩かれる程度の驚きであるとすれば、これは"ファイヤーボール"の直撃。骨まで灰になるような、溶鉄の温度だ。

「ふふっ……相変わらず厳しい方。ご心配召さらず。この身、既に全て貴方に捧げております故に……」
「ならば、ならばっ……!」

 女性の手がふらふらと伸び、自分の頬を撫でた。その指が、微かな水気に濡れる。
 それでも、身体中を焼き尽くすような溶鉄の激情は、少したりとも衰えない。

「エルクゥの御魂は、ヨークによって滅する事叶いません。幾星霜かの時の後に、また」
「……違えたら、許さぬ。お前はわしのものだ。必ずまた、来世で」
「はい。次の世でも、必ず貴方の元に」

 そうして、二人の顔が、紅に濡れた唇が近付き―――

§

「はっ!?」

 ルイズは、がばっ、と布団を跳ね上げて目を覚ました。

「はーっ……はーっ……」

 どくん、どくん、と心臓ががなり立てている。

「な、なに、今の、夢……」

 夢、であったのだろう。実家にいたはずなのにいきなり見も知らない場所にいたり、何者かもわからないような男女の死別に居合わせたりと。

「エル、クゥ……」

 でも。
 いつもなら、浮かび上がる意識の底に置いていかれてしまう夢の内容を、今はありありと思い出す事が出来た。
 炎。風。血。微笑み。そして、溶けるような―――想い。

「ううっ」

 思い出して、ぶるりと背筋が震えた。

「なんだったのかしら……エルクゥ、って言ってたし、コーイチに関係ある事なの?」
「さあなあ。俺にゃわかりよーもねえなあ」
「ひっ!?」

 夜明けの暗がりの中、独り言に反応する声が上がって、ルイズは文字通り飛び上がった。

「なんでえなんでえ。そんなお化けでも見たような顔で驚くなってんだ」
「あ、あんたね……」

 カタカタ、と金具が鳴る音がする。それは、まだ寝息を立てている使い魔の横に立てかけられている、喋る剣の声だった。

「もう、寝る時は鞘に入れときなさいって言ったのに……」
「そんな寂しい事言うなよ娘っ子。こちとら作られてから数千年、久々に気のいい使い手に出会って充実した時を過ごせてるんだからよ」

 カタカタカタ、と大きく飾りを鳴らして笑うデルフリンガーに、ルイズはそれに負けない大きなため息をつき……続けて、大あくびをかました。

「うう、まだこんな時間じゃないの……はぁ」

 まだ薄暗がりの外を見て、布団を被りなおす。

「なんだ、また寝るのか。たまには早起きもいいもんだぞ」
「それ以上喋ったら鞘に押し込むわよ」
「むぎゅ」

 そう言ったら押し黙ったので、ふんと鼻を鳴らして目を閉じた。
 けれど、あの溶鉄のような激情を思い出して心臓は落ち着きを見せず、眠ってしまったらあの続きを見てしまうような気がして……ルイズは寝直す事の出来ないまま、段々と日が昇っていくのを眺める羽目になったのだった。

§

「恐れ多くも先の陛下の忘れ形見、我がトリステインがハルケギニアに誇る可憐な一輪の花、アンリエッタ姫殿下が、本日ゲルマニアご訪問からのお帰りに、この魔法学院に行幸なされます」

 黒ずくめの怪しい先生の授業もハゲ頭に乗っかった金髪ロールのカツラも、睡眠の足りない胡乱な頭で見聞きしていたルイズは、その一言にはっと目を覚ました。

「姫殿下が……」

 脳裏に、懐かしい記憶が蘇る。
 それは、ちょうど朝夢に見たような、幼き日々。魔法を使えないと言う事が、まだ母の説教で済んでいた頃。

「……ふぅ」

 しかし、ルイズは首を振って、開きかけた記憶の扉を閉めた。

「覚えていらっしゃるはずがないものね」

 物心はついていた頃だから、聞けば思い出すかもしれないが、それだけだろう。
 しかも、今の自分は『ゼロ』のルイズ。何かの折に小耳に挟まれていたら、失望されているかもしれない。そんな者と幼少のみぎりに遊んでいたのか、と。
 そう考えると、知らず、ぶるりとルイズの背が震えた。

「……もう慣れたと思ったんだけどな」

 最近は、そんな事気にもしない奴等がずっとそばにいるものだから、忘れかけていたのかもしれない。『ゼロ』という二つ名に込められた意味を。

「―――生徒諸君は正装し、門に整列すること。諸君が立派な貴族に成長したことを、姫殿下にお見せする絶好の機会ですぞ! 御覚えがよろしくなるように、しっかり杖を磨いておきなさい! よろしいですかな!」

 皆が引き締まった顔でコルベールの激を聞いているのを、ルイズはどこか張りのない表情で見つめていた。

「トリステイン王国王女、アンリエッタ姫殿下のおなーーーーりーーーーッ!」

 そして昼を過ぎ。
 門に整列した生徒達の前、猛々しい声と共に、老人に手を取られた女性が、一角獣ユニコーンが綱を引く絢爛な馬車から姿を現した。
 その横には、幻獣グリフォンに跨り、大きな羽帽子で顔を隠した護衛らしき衛士の姿。
 そのどちらにも覚えのある面影を見つけ、ルイズは周囲の生徒と同じ杖を掲げた格好のまま、じっとそれを見つめている。
 不安と憧れが半々に混じった視線が、ゆらゆらと二人の間をさまよっていた。

「……キュルケさんとタバサちゃんは杖を掲げなくていいのか?」
「あたしはゲルマニアの者だもの。興味がなきゃ義理もないわ。お姫様って言っても、あたしの方が美人だしね。ま、あの衛士隊の殿方は素敵そうだけれど」
「…………」
「はは……」

 その横に控えている耕一が、同じくその横でつまらなそうにしている二人に聞くと、キュルケはいつものペースを崩さないまま、タバサなどは木陰に座って本を広げる事で、それぞれらしい返事をした。

§

「……なるほど。誰も気付かぬうちにと、そういうわけですか」
「その通りですじゃ、枢機卿殿。ディテクト・マジックにも反応はなく、今のところどう盗んだのかすら不明ですわい」
「さて、伝統あるトリステイン魔法学院の威信が問われますな。盗まれたのが宝物ではなく生徒であったとしたら、いかがするおつもりでしたか」
「……さて、返す言葉もないですな」

 夕刻。学院長室では、昼間にアンリエッタ姫をエスコートしていた老人、このトリステインの政務を仕切る実質上の宰相であるマザリーニ枢機卿が、飄々としてはいるが、どこか弱った表情を隠せないオスマンの報告を聞いていた。
 一週間前に起こった、『土くれ』のフーケによる盗難事件の報告である。その横では、アンリエッタ姫が苦い顔で二人の話を聞いていた。

「枢機卿。過ぎた事を責めても」
「然りです殿下。ですが、これからの話に入る為には必要な事でもあるのです。オールド・オスマン。これから警備体制に関しては、こちらからも口を出させていただきますぞ。このトリステイン魔法学院には、他国からの留学生も多く預かっておりますでな」

 それが誘拐される事も有り得る。言外にそう言っていた。
 もしそうなった場合、その相手国との関係がどうなるかは、語るまでもない。

「……仕方ありますまいな」

 口だけじゃなく手も足も出す気じゃろうに、という内心を隠しながら、オスマンは弱った様子で重く頷くしかなかった。
 学院の自治は重要ではあるが、生徒の安全には代えられないのだ。そして、目の前の老人には、その担う重責―――まだ齢四十だが、その重き荷が、彼をそこまでに枯れさせてしまったほど―――に相応の、それが出来るだけの力があった。

「さて、まずは―――?」

 具体的な話を詰めようと開いたマザリーニの口はしかし―――びりびり、という大地の震えに閉じられた。

「地震ですかな。珍しい」

 アンリエッタを庇うようにマントを広げ、マザリーニが周囲を見渡す。

「ああ、枢機卿殿、これは違いますぞ。お気になさらず」
「オールド・オスマン?」

 妙に落ち着き払ったオスマンの態度に、マザリーニが怪訝な表情を浮かべた。
 再び、大きく震えた。

「とある生徒の魔法の練習ですじゃ。最近張り切っておるようでしてな。毎夜の事なのです」
「……魔法の練習? これがかね?」
「珍しい事ですが、その者は魔法を失敗すると爆発してしまうのです。この通り」

 オスマンが杖を一振りすると、横の姿見が、一人の少女の姿を映し出した。
 それを見た瞬間、アンリエッタの目と口が驚きに見開く。

「……ふむ」

 段々と夜が深くなっていく宵闇の中、桃色の長いブロンドを汗に濡らし、杖を振り続ける少女。その傍らでは、蒼い髪の小柄な少女が、その使い魔であろう大きな風竜に、爆発からの盾にするように背を預け、本を広げている。
 桃髪の少女が必死の表情で杖を振ると、近くにあった握り拳ほどの石が盛大な爆発を起こし、濛々と煙を吐き出した。

「本来は爆発音もするのですが、ちと近所迷惑だと生徒からの苦情がありましてな。とはいえ生徒の自助努力を止めるというのも心苦しいです故、彼女の友人や教師が交代で、サイレントの魔法をかけておるのです」

 振動と映像は、一致している。
 しばらくの間、杖を振っては爆発して建物が響くのを見つめた後、マザリーニは大きくため息をついた。

「……話を進める雰囲気ではなくなりましたな。追って書状にてご連絡致しましょう」
「あいわかり申した」

 マザリーニは部屋を出て行こうと踵を返す。
 アンリエッタは同じくその少女が映る鏡を見つめていたが、その表情はマザリーニとは真逆の、どこか懐かしく嬉しいようなものを含んでいた。

「……ルイズ・フランソワーズ」
「殿下、参りますぞ」

 彼女の唇から紡がれた小さな言葉は、扉を開けてアンリエッタを待つマザリーニの耳には届かなかったようだった。

§

「よう娘っ子、今日も絶好調だったみてぇだな」
「黙りなさい溶かすわよ」

 ルイズは不機嫌そうに剣を蹴飛ばすと、湯上りで赤みの差した肌をごろんとベッドに横たえた。

「ちょっ、蹴るなってあぁん♪」
「へ、へへ、変な声を出すなぁぁぁっ!」
「ぐへ! 娘っ子それはさすがに痛えってちょっ! 相棒タンマ! ストップ! ストップ・ザ・スローイン!」
「すまんデルフ。さすがに俺もキモかった」
「ひでえよ相棒……ちょっとしたお茶目じゃねえかよ」

 デルフリンガーの声はどう聞いても中年のおっさん声であるので、冗談でも『あぁん♪』などという可愛らしい文字列は似合わなかった。
 思わずルイズがカカトで踏みつけ、耕一が窓から投げ捨てようとしてしまったのも無理ない事であったろう。

「やれやれ、ひでえ目にあったぜ」
「自業自得よ。まったく……」

 ルイズはベッドに入り直すと、早々に布団を被る。魔法の練習が疲れるのか、最近はとても健康的な時間に就寝してはいるが、それにしても早かった。まだ月が昇ってそれほども経っていない。

「もう寝るのか?」
「……今日はちょっと張り切っちゃったのよ。おやすみ、コーイチ」
「ああ、おやすみ」

 ルイズが背中を向け、さてさすがに俺も寝るには早すぎるけどどうしよう、と耕一が暇を潰す先を考え始めた時。

 コン、コン

 と長めのストロークでドアがノックされた。

「はーい、どなたで―――」

 コココン

 耕一が応対の為に立ち上がろうとすると、再び短く三回。

「えっ!?」
「る、ルイズちゃん、どうした?」

 何か閃くものがあったのか、ノックを聞いて飛び起きるルイズ。
 数秒ほどそのドアの方を見つめると、眉を寄せながらブラウスを身に付け、おそるおそるといった感じでドアを開けた。

「……あ、あなたは」

 そこにいたのは、長く黒いマントで体を隠し、黒いフードをすっぽりと被った人物だった。
 見るからに怪しげだったが、ルイズの表情は、どこかそういう"怪しんでいる"というのとは違う驚きだった。
 黒マントはそっと唇に指を当てると素早く部屋の中に潜りこみ、フードを取り去る。その素顔に、ルイズの目が今度こそ見開いた。

「……ルイズ・フランソワ―ズ」
「ひ、姫殿下……!」
「ああ! 覚えていてくれたのね。ルイズ、懐かしいルイズ!」

 黒フードの少女―――アンリエッタ・ド・トリステインは、感極まった声でルイズに抱きつき、心から嬉しそうな笑顔を浮かべた。


新着情報

取得中です。