虚無と狼の牙 第二話
ウルフウッドはなぜか学院の講義に出ていた。目の前で教師の説明する話は全くわからない。けれども、学校というものへ通った事のない彼は、自分が授業を受けているというだけで、どこか歯がゆく嬉しい気持ちになるのだった。
なぜ彼が授業を受けているのか。その説明をするには例のギーシュとの決闘騒動までさかのぼらなくてはならない。
例の決闘のあと良くも悪くも彼は有名人になってしまった。平民が貴族を打ち負かしたことが気に食わない生徒に絡まれるようになった。もっともこの場合大半はウルフウッドに睨まれるだけで、なにやら適当に理由をつけて逃げ出すのだが。
そしてもう一つの困ったことは、なぜか彼が女子生徒にもてはじめたことである。ルイズの同級生であるキュルケに言い寄られたり、例のギーシュが二股をかけていたケティという女の子からラブレターをもらってみたり。もっとも根本的にそういう風に扱われることに彼は慣れていないし、そもそもこの年頃の女子の淡い年頃の男性に対するあこがれみたいなものに付き合う気も全くないので、ウルフウッドにとっては迷惑な話だった。
そして、彼の主人であるルイズもこの使い魔の扱いにはほとほと困っていた。彼が決闘をやらかすたびに、もっとも彼自身は「ガキのしつけや」と言い張っているのだが、余計な気を遣わなくてはならないし、それ以上にこの使い魔の異常なまでのデリカシーのなさ。この間なんてそんな馬鹿使い魔に香水をプレゼントしようとしたモンモランシーに対して
「おう、金髪のおじょうちゃん。確か、あんたの名前知ってるで。えーと『洪水のオモンラシー』!」
などととんでもない発言をかまして彼女を泣かせた。それを聞いたルイズは心の底で、そういう言い方もあるのかとちょっと感心したのは内緒だ。
とにかく、この男を野放しにしておくと男女を問わず彼にひきつけられ、そして彼にやられた無残な死体の山が気付かないうちに築かれていくのである。
しかたがないので苦肉の策として、ルイズは昼間はぷらぷらと厨房の手伝いなんぞをして過ごしている彼を常に自分の目の届くところに置くようにした。結果、このようにルイズの授業に彼は付き合っているのである。使い魔の管理も仕事のうちである、と自分に言い聞かせている。
目の前ではシュヴルーズが授業を行っていた。
「なぁ、あのおばちゃんもセンセいうことは魔法使いなんか?」
「そうよ、っていうか授業中は話しかけないで」
気まずそうにルイズに小声で注意されて、ウルフウッドは仕方がないので黙る。なんか気分が高揚するので、彼は誰かに話しかけたくて仕方がないのだ。
「皆さん。春の使い魔召喚は、大成功のようですわね。このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に、様々な使い魔たちを見るのがとても楽しみなのですよ」
そこでシュヴルーズはウルフウッドのほうをチラッと見た。確かに噂どおりの男前だ。同僚にも男はいるにはいるが、どうも教師というのはひょろひょろっとしているのが多くて、男としての野性味溢れる魅力に欠ける。その点このウルフウッドは非常にワイルドだ。魅力的だ。
「では、授業を始めますよ」
シュヴルーズは、顔をぶるぶると振って、こほんと重々しく咳をすると、杖を振りかざした。机の上に、石ころがいくつか現れた。
「私の二つ名は赤土。赤土のシュヴルーズです。『土』系統の魔法を、これから一年、皆さんに講義します。魔法の四大系統はご存知ですね? ミスタ・マリコルヌ」
「は、はい。ミセス・シュヴルーズ。『火』『水』『土』『風』の四つです!」
シユヴルーズは頷いた。
「今は失われた系統魔法である『虚無』を合わせて、全部で五つの系統があることは、皆さんも知ってのとおりです。その五つの系統の中で『土』はもっとも重要なポジションを占めていると私は考えます。それは、私が『土』系統だから、というわけではありませんよ。私の単なる身びいきではありません」
シュヴルーズは再び、重々しく咳をした。
「『土』系統の魔法は、万物の組成を司る、重要な魔法であるのです。この魔法がなければ、重要な金属を作り出すこともできないし、加工することもできません。大きな石を切り出して建物を建てることもできなければ、農作物の収穫も、今より手間取ることでしょう。このように、『土一系統の魔法は皆さんの生活に密接に関係しているのです」
ウルフウッドはその言葉に食い入るように聞き入った。金属の精製加工技術……もしかしたらこの世界でも『アレ』が手に入るかもしれない。
「今から皆さんには『土』系統の魔法の基本である、『錬金』の魔法を覚えてもらいます。一年生のときにできるようになった人もいるでしょうが、基本は大事です。もう一度、おさらいすることに致します」
シュヴルーズは、石ころに向かって、手に持った小ぶりな杖を振り上げた。
そして短くルーンを眩くと、石ころが光りだした。
光がおさまり、ただの石ころだったそれはピカピカ光る金属に変わっていた。
「なぁなぁ」
「なによ」
ウルフウッドは隣のルイズを突いた。
「おじょうちゃんもああいう錬金いうやつ出来るんか?」
「はぁ?」
「やから、金属を作り出したりとか、加工したりとか。そんなんできる?」
「あんたねえ、授業中は話しかけないでって」
「ミス・ヴァリエール」
案の定、見咎められてしまった。
「は、はい」
「授業中の私語は慎みなさい」
「すいません……」
「おしゃべりをする暇があるのなら、あなたにやってもらいましょう」
「え? わたし?」
「そうです。ここにある石ころを、望む金属に変えてごらんなさい」
ルイズは立ち上がらない。困ったようにもじもじするだけだ。
「出来るんやったらやってみせてや、なぁ」
ウルフウッドはそんなルイズの肩を揺さぶる。目が、完全に期待に輝いている。
「ミス・ヴァリエール! どうしたのですか?」
シユヴルーズ先生が再び呼びかけると、キュルケが困った声で言った。
「先生」
「なんです?」
「やめといた方がいいと思いますけど……」
「どうしてですか?」
「危険です」
キュルケは、きっぱりと言つた。教室のほとんど全員が頷いた。
「危険? どうしてですか?」
「ルイズを教えるのは初めてですよね?」
「ええ。でも、彼女が努力家ということは聞いています。さぁ、ミス・ヴァリエール。気にしないでやってごらんなさい。失敗を恐れていては、何もできませんよ?」
「ルイズ。やめて」
キュルケが蒼白な顔で言った。
しかし、その言葉に刺激されたのかルイズは立ち上がった。
「やります」
そして、緊張した顔で、つかつかと教室の前へと歩いていった。
隣に立ったシュヴルーズはにっこりとルイズに笑いかけた。
「ミス・ヴァリエール。錬金したい金属を、強く心に思い浮かべるのです」
思い描いた金属を作り出せるのか、なんと便利な、とウルフウッドはがらにもなく興奮していた。
ルイズは意を決したようにルーンを唱え杖を振り下ろした。そのとき爆発が起こり机ごと石が砕け散った。
「いだぁ!」
身を乗り出すようにして見ていたウルフウッドの頭に見事に石のかけらが命中した。
涙目になったウルフウッドが爆発の後に見たのは、惨憺たる格好となったルイズとカエルみたいに地面にはいつくばって気絶したシュヴルーズの姿であった。
「ちょっと失敗みたいね」
その状況に置いて、ルイズは何事もなかったかのように平然と言い放った。当然、他の生徒たちから猛然と反撃を食らう。
「ちょっとじゃないだろ! ゼロのルイズ!」
「いつだって成功の確率、ほとんどゼロじゃないかよ!」
ここでウルフウッドは額に出来た傷をさすりながら、彼女の通り名であるゼロの意味を理解した。
なぜ彼が授業を受けているのか。その説明をするには例のギーシュとの決闘騒動までさかのぼらなくてはならない。
例の決闘のあと良くも悪くも彼は有名人になってしまった。平民が貴族を打ち負かしたことが気に食わない生徒に絡まれるようになった。もっともこの場合大半はウルフウッドに睨まれるだけで、なにやら適当に理由をつけて逃げ出すのだが。
そしてもう一つの困ったことは、なぜか彼が女子生徒にもてはじめたことである。ルイズの同級生であるキュルケに言い寄られたり、例のギーシュが二股をかけていたケティという女の子からラブレターをもらってみたり。もっとも根本的にそういう風に扱われることに彼は慣れていないし、そもそもこの年頃の女子の淡い年頃の男性に対するあこがれみたいなものに付き合う気も全くないので、ウルフウッドにとっては迷惑な話だった。
そして、彼の主人であるルイズもこの使い魔の扱いにはほとほと困っていた。彼が決闘をやらかすたびに、もっとも彼自身は「ガキのしつけや」と言い張っているのだが、余計な気を遣わなくてはならないし、それ以上にこの使い魔の異常なまでのデリカシーのなさ。この間なんてそんな馬鹿使い魔に香水をプレゼントしようとしたモンモランシーに対して
「おう、金髪のおじょうちゃん。確か、あんたの名前知ってるで。えーと『洪水のオモンラシー』!」
などととんでもない発言をかまして彼女を泣かせた。それを聞いたルイズは心の底で、そういう言い方もあるのかとちょっと感心したのは内緒だ。
とにかく、この男を野放しにしておくと男女を問わず彼にひきつけられ、そして彼にやられた無残な死体の山が気付かないうちに築かれていくのである。
しかたがないので苦肉の策として、ルイズは昼間はぷらぷらと厨房の手伝いなんぞをして過ごしている彼を常に自分の目の届くところに置くようにした。結果、このようにルイズの授業に彼は付き合っているのである。使い魔の管理も仕事のうちである、と自分に言い聞かせている。
目の前ではシュヴルーズが授業を行っていた。
「なぁ、あのおばちゃんもセンセいうことは魔法使いなんか?」
「そうよ、っていうか授業中は話しかけないで」
気まずそうにルイズに小声で注意されて、ウルフウッドは仕方がないので黙る。なんか気分が高揚するので、彼は誰かに話しかけたくて仕方がないのだ。
「皆さん。春の使い魔召喚は、大成功のようですわね。このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に、様々な使い魔たちを見るのがとても楽しみなのですよ」
そこでシュヴルーズはウルフウッドのほうをチラッと見た。確かに噂どおりの男前だ。同僚にも男はいるにはいるが、どうも教師というのはひょろひょろっとしているのが多くて、男としての野性味溢れる魅力に欠ける。その点このウルフウッドは非常にワイルドだ。魅力的だ。
「では、授業を始めますよ」
シュヴルーズは、顔をぶるぶると振って、こほんと重々しく咳をすると、杖を振りかざした。机の上に、石ころがいくつか現れた。
「私の二つ名は赤土。赤土のシュヴルーズです。『土』系統の魔法を、これから一年、皆さんに講義します。魔法の四大系統はご存知ですね? ミスタ・マリコルヌ」
「は、はい。ミセス・シュヴルーズ。『火』『水』『土』『風』の四つです!」
シユヴルーズは頷いた。
「今は失われた系統魔法である『虚無』を合わせて、全部で五つの系統があることは、皆さんも知ってのとおりです。その五つの系統の中で『土』はもっとも重要なポジションを占めていると私は考えます。それは、私が『土』系統だから、というわけではありませんよ。私の単なる身びいきではありません」
シュヴルーズは再び、重々しく咳をした。
「『土』系統の魔法は、万物の組成を司る、重要な魔法であるのです。この魔法がなければ、重要な金属を作り出すこともできないし、加工することもできません。大きな石を切り出して建物を建てることもできなければ、農作物の収穫も、今より手間取ることでしょう。このように、『土一系統の魔法は皆さんの生活に密接に関係しているのです」
ウルフウッドはその言葉に食い入るように聞き入った。金属の精製加工技術……もしかしたらこの世界でも『アレ』が手に入るかもしれない。
「今から皆さんには『土』系統の魔法の基本である、『錬金』の魔法を覚えてもらいます。一年生のときにできるようになった人もいるでしょうが、基本は大事です。もう一度、おさらいすることに致します」
シュヴルーズは、石ころに向かって、手に持った小ぶりな杖を振り上げた。
そして短くルーンを眩くと、石ころが光りだした。
光がおさまり、ただの石ころだったそれはピカピカ光る金属に変わっていた。
「なぁなぁ」
「なによ」
ウルフウッドは隣のルイズを突いた。
「おじょうちゃんもああいう錬金いうやつ出来るんか?」
「はぁ?」
「やから、金属を作り出したりとか、加工したりとか。そんなんできる?」
「あんたねえ、授業中は話しかけないでって」
「ミス・ヴァリエール」
案の定、見咎められてしまった。
「は、はい」
「授業中の私語は慎みなさい」
「すいません……」
「おしゃべりをする暇があるのなら、あなたにやってもらいましょう」
「え? わたし?」
「そうです。ここにある石ころを、望む金属に変えてごらんなさい」
ルイズは立ち上がらない。困ったようにもじもじするだけだ。
「出来るんやったらやってみせてや、なぁ」
ウルフウッドはそんなルイズの肩を揺さぶる。目が、完全に期待に輝いている。
「ミス・ヴァリエール! どうしたのですか?」
シユヴルーズ先生が再び呼びかけると、キュルケが困った声で言った。
「先生」
「なんです?」
「やめといた方がいいと思いますけど……」
「どうしてですか?」
「危険です」
キュルケは、きっぱりと言つた。教室のほとんど全員が頷いた。
「危険? どうしてですか?」
「ルイズを教えるのは初めてですよね?」
「ええ。でも、彼女が努力家ということは聞いています。さぁ、ミス・ヴァリエール。気にしないでやってごらんなさい。失敗を恐れていては、何もできませんよ?」
「ルイズ。やめて」
キュルケが蒼白な顔で言った。
しかし、その言葉に刺激されたのかルイズは立ち上がった。
「やります」
そして、緊張した顔で、つかつかと教室の前へと歩いていった。
隣に立ったシュヴルーズはにっこりとルイズに笑いかけた。
「ミス・ヴァリエール。錬金したい金属を、強く心に思い浮かべるのです」
思い描いた金属を作り出せるのか、なんと便利な、とウルフウッドはがらにもなく興奮していた。
ルイズは意を決したようにルーンを唱え杖を振り下ろした。そのとき爆発が起こり机ごと石が砕け散った。
「いだぁ!」
身を乗り出すようにして見ていたウルフウッドの頭に見事に石のかけらが命中した。
涙目になったウルフウッドが爆発の後に見たのは、惨憺たる格好となったルイズとカエルみたいに地面にはいつくばって気絶したシュヴルーズの姿であった。
「ちょっと失敗みたいね」
その状況に置いて、ルイズは何事もなかったかのように平然と言い放った。当然、他の生徒たちから猛然と反撃を食らう。
「ちょっとじゃないだろ! ゼロのルイズ!」
「いつだって成功の確率、ほとんどゼロじゃないかよ!」
ここでウルフウッドは額に出来た傷をさすりながら、彼女の通り名であるゼロの意味を理解した。
「なぁ、おじょうちゃん」
「なによ!」
廊下を歩くルイズは機嫌が悪い。さっきの授業の大失敗があったからだ。今は着替えを取るためにルイズの部屋へ向かって歩いている。ウルフウッドも教室に一人残っても仕方がないので、その後にくっついている。
「さっきのがじょうちゃんの魔法か?」
「なによ! それって嫌味!」
ルイズにキッとにらまれて、ウルフウッドは「ちゃうちゃう」と両手を胸の前で振る。
「ワイ、魔法のことは全然わからへんけど、悪うないと思うで」
「はぁ?」
ルイズはますますをもってして不機嫌そうに聞き返す。この使い魔はしょうもない慰めでも言おうとしているのだろうか。だとしたらなおさら情けない。
「あんな大失敗のどこが悪くないのよ! どうせわたしはゼロのルイズよ! どんな魔法を使っても爆発ばかりの!」
「おじょうちゃん、あの爆発は狙って起こせるんか?」
「狙っても狙わなくても、魔法を唱えればね!」
「やったら悪ないで、あれ」
「何が?」
「一瞬で机を粉々にする破壊力は悪うない。言うやろ? なんたらとはさみは使いよう、て。やから使い方次第であれは活かせる、ってあいたぁ!」
ルイズが思いっきりウルフウッドのすねを蹴飛ばした。ウルフウッドはすねを抑えて片足で飛び上がる。
「なにさらすねん!」
「あんたがへんなことを言うからでしょうが!」
ルイズはすねをさするウルフウッドを置いて、肩をいからせて歩く。本当にデリカシーがない。励ますにしてももっとましな励まし方はないのだろうか、まったく。
「なによ!」
廊下を歩くルイズは機嫌が悪い。さっきの授業の大失敗があったからだ。今は着替えを取るためにルイズの部屋へ向かって歩いている。ウルフウッドも教室に一人残っても仕方がないので、その後にくっついている。
「さっきのがじょうちゃんの魔法か?」
「なによ! それって嫌味!」
ルイズにキッとにらまれて、ウルフウッドは「ちゃうちゃう」と両手を胸の前で振る。
「ワイ、魔法のことは全然わからへんけど、悪うないと思うで」
「はぁ?」
ルイズはますますをもってして不機嫌そうに聞き返す。この使い魔はしょうもない慰めでも言おうとしているのだろうか。だとしたらなおさら情けない。
「あんな大失敗のどこが悪くないのよ! どうせわたしはゼロのルイズよ! どんな魔法を使っても爆発ばかりの!」
「おじょうちゃん、あの爆発は狙って起こせるんか?」
「狙っても狙わなくても、魔法を唱えればね!」
「やったら悪ないで、あれ」
「何が?」
「一瞬で机を粉々にする破壊力は悪うない。言うやろ? なんたらとはさみは使いよう、て。やから使い方次第であれは活かせる、ってあいたぁ!」
ルイズが思いっきりウルフウッドのすねを蹴飛ばした。ウルフウッドはすねを抑えて片足で飛び上がる。
「なにさらすねん!」
「あんたがへんなことを言うからでしょうが!」
ルイズはすねをさするウルフウッドを置いて、肩をいからせて歩く。本当にデリカシーがない。励ますにしてももっとましな励まし方はないのだろうか、まったく。
その日の夜、トリステイン魔法学院校長室、ここでコルベールは校長であるオスマンに報告を行っていた。
「で、その使い魔が伝説のガンダールブであるというのかね?」
「えぇ、そのとおりです、オールドオスマン。これを見てください」
コルベールは何かの本をオスマンに差し出す。オスマンはその本を見ると「うむ、確かに」とだけ呟いた。
「それに現に彼はドットメイジとはいえ、あのグラモン家の子息であるギーシュを打ち負かしました。我々も遠見の鏡で見たでしょう? あの動き、明らかに人知を超えています」
オスマンは無言で腕を組み考え込む。
「伝説の使い魔ガンダールブ、か。それはそうと、君、やけに落ち着いているというか冷静じゃな」
「と、言われますと、オールドオスマン?」
「てっきり君のことじゃから、もっと興奮してまくし立てるかと思ったのじゃけれども」
「いえ、ちょっと気にかかることがありまして」
「何じゃその気にかかる事というのは?」
「大したことではございません」
そう呟くように言うと、彼は禿げ上がった頭をハンカチで拭いた。
彼の脳裏では昼間にあの使い魔が一瞬見せた狼のような目が焼きついていた。なんとかその場では冷静な対応を保てたものの、正直その瞬間全身が粟立った。彼は知っていた、あのような目をする人種を。
あの男はただの気さくな若い男などではない。その瞳の奥には自分の想像も付かないような恐ろしい獣が棲み付いている。コルベールはそんな確信めいた不安に取り付かれていた。
そして、そんな男がガンダールブの力を得たこと。そこに彼はどうしようもない恐怖を感じていた。
「で、その使い魔が伝説のガンダールブであるというのかね?」
「えぇ、そのとおりです、オールドオスマン。これを見てください」
コルベールは何かの本をオスマンに差し出す。オスマンはその本を見ると「うむ、確かに」とだけ呟いた。
「それに現に彼はドットメイジとはいえ、あのグラモン家の子息であるギーシュを打ち負かしました。我々も遠見の鏡で見たでしょう? あの動き、明らかに人知を超えています」
オスマンは無言で腕を組み考え込む。
「伝説の使い魔ガンダールブ、か。それはそうと、君、やけに落ち着いているというか冷静じゃな」
「と、言われますと、オールドオスマン?」
「てっきり君のことじゃから、もっと興奮してまくし立てるかと思ったのじゃけれども」
「いえ、ちょっと気にかかることがありまして」
「何じゃその気にかかる事というのは?」
「大したことではございません」
そう呟くように言うと、彼は禿げ上がった頭をハンカチで拭いた。
彼の脳裏では昼間にあの使い魔が一瞬見せた狼のような目が焼きついていた。なんとかその場では冷静な対応を保てたものの、正直その瞬間全身が粟立った。彼は知っていた、あのような目をする人種を。
あの男はただの気さくな若い男などではない。その瞳の奥には自分の想像も付かないような恐ろしい獣が棲み付いている。コルベールはそんな確信めいた不安に取り付かれていた。
そして、そんな男がガンダールブの力を得たこと。そこに彼はどうしようもない恐怖を感じていた。
一方その頃、肝心の話題に上っている男であるウルフウッドはルイズの部屋にてある頼みごとをしていた。
「武器屋に連れてってくれ、ですって?」
「そや」
ウルフウッドは部屋の隅に敷いた自分用の藁の上で胡坐をかきながら、ベッドに座るルイズを見ている。
「出来る限り早いうちに、この辺りに武器屋みたいなとこがあったら案内して欲しいねん」
「と、唐突に一体何を言い出すのよ? 第一武器なんて何のために必要なわけ?」
「ワイは使い魔やろ、つまりはおじょうちゃんをまもらなあかん。そうすると武器が必要になるのは当たり前やないか」
嘘八百もええとこやな、とウルフウッドは思う。
「確かにそりゃそうだけれども、でも……」
「頼むて。別になんか欲しいわけやない。どんな武器があるか知りたいだけやねん」
それはウルフウッドの本心だった。自分の持っている銃器の類は確かに強力な武器だ。しかし、銃器には共通して弾丸を消費するという弱点がある。つまり、彼は確認しておきたかったのだ。この世界の文明のレベルを。そして、自らの牙を思う存分振り回せる環境にあるかどうかを。
「あんた十分強いじゃない。それなのになんで武器なんかに興味を持つの? それで十分でしょ?」
もっともだ。ウルフウッドは心の中でルイズの言葉に首を縦に振った。しかし、彼の中にあるある種の本能のようなものがそれを許さない。落ち着かないのだ。銃を奪われた自分など想像もしたことがない。
こんな別世界に来てまで――彼は心の中でそう呟いて自嘲気味な笑みを浮かべた。体の芯まで染み付いた暗殺者としての本能に抗えない自分自身をあざ笑った。
正直に白状すると、彼の精神は高ぶっていたのだった。あの時、ギーシュのワルキューレをパニッシャーで殴り飛ばした時。体が異常に軽かった、意識が研ぎ澄まされていくのを感じていた。なぜだかはわからない。けれども、自分は間違いなくそこに確かな満足感と快感を感じていた。
「まぁ、明日は虚無の曜日だから、別にあんたをつれていくのは構わないけど」
ルイズは納得できないなりにも、一応ウルフウッドの要求は筋は通っているので気が進まないながらも、しぶしぶながら許諾した。
「おおきに」
そしてウルフウッドは人懐っこそうに笑った。
ルイズは思った。彼がそうやって人懐っこそうに笑うほどに、それが虚ろに見えてくることを。
「武器屋に連れてってくれ、ですって?」
「そや」
ウルフウッドは部屋の隅に敷いた自分用の藁の上で胡坐をかきながら、ベッドに座るルイズを見ている。
「出来る限り早いうちに、この辺りに武器屋みたいなとこがあったら案内して欲しいねん」
「と、唐突に一体何を言い出すのよ? 第一武器なんて何のために必要なわけ?」
「ワイは使い魔やろ、つまりはおじょうちゃんをまもらなあかん。そうすると武器が必要になるのは当たり前やないか」
嘘八百もええとこやな、とウルフウッドは思う。
「確かにそりゃそうだけれども、でも……」
「頼むて。別になんか欲しいわけやない。どんな武器があるか知りたいだけやねん」
それはウルフウッドの本心だった。自分の持っている銃器の類は確かに強力な武器だ。しかし、銃器には共通して弾丸を消費するという弱点がある。つまり、彼は確認しておきたかったのだ。この世界の文明のレベルを。そして、自らの牙を思う存分振り回せる環境にあるかどうかを。
「あんた十分強いじゃない。それなのになんで武器なんかに興味を持つの? それで十分でしょ?」
もっともだ。ウルフウッドは心の中でルイズの言葉に首を縦に振った。しかし、彼の中にあるある種の本能のようなものがそれを許さない。落ち着かないのだ。銃を奪われた自分など想像もしたことがない。
こんな別世界に来てまで――彼は心の中でそう呟いて自嘲気味な笑みを浮かべた。体の芯まで染み付いた暗殺者としての本能に抗えない自分自身をあざ笑った。
正直に白状すると、彼の精神は高ぶっていたのだった。あの時、ギーシュのワルキューレをパニッシャーで殴り飛ばした時。体が異常に軽かった、意識が研ぎ澄まされていくのを感じていた。なぜだかはわからない。けれども、自分は間違いなくそこに確かな満足感と快感を感じていた。
「まぁ、明日は虚無の曜日だから、別にあんたをつれていくのは構わないけど」
ルイズは納得できないなりにも、一応ウルフウッドの要求は筋は通っているので気が進まないながらも、しぶしぶながら許諾した。
「おおきに」
そしてウルフウッドは人懐っこそうに笑った。
ルイズは思った。彼がそうやって人懐っこそうに笑うほどに、それが虚ろに見えてくることを。
「なぁ、移動手段て馬以外ないの? けつが痛うてしゃあないんやけど」
「文句言わないの。これだから馬にも乗った事のない平民は」
「そやかて、三時間もけつ揺さぶられたらそらきついで」
「あー、もう、街中で下品な言葉使わないで!」
二人は約束どおりトリステインの城下町にやって来ていた。尻をさすりながら文句を言うウルフウッドの前をルイズがずんずんと進んでいく。
「けど、馬いうのは不便やな。遅いし。荷物は運べへんし。けつは痛いし」
「あのねえ」
なおも文句を言い続けるウルフウッドに向かってルイズは振り向いてまくし立て始めた。
「ごちゃごちゃうるさいのよ! 第一、あんたのあの重たい十字架、だったけ? あんなもの馬が運べるわけないでしょうが! あんな重たいもの乗せたら馬の背骨が折れるわよ!」
そうなのである。朝、出発しようとしたときウルフウッドはいつもの癖でパニッシャーを担いだまま馬に乗ろうとしたのだ。
「お前らちゃんと魔法以外の技術にも目を向けたほうがええぞ」
ウルフウッドはため息を付くように誰へともなく呟いた。
「それとあとすりには気をつけなさいよね。この界隈はほんとうに多いんだから」
「こういう人があつまるところですりがおんのは、どこの世界も変わらへんな」
変なところでウルフウッドは感心していた。ちなみに今はウルフウッドが財布を預かっている。貴族は財布なんか下僕に持たせるのよ、と言われたからである。
「――っと。言うてるそばからか」
ウルフウッドは自分のジャケットの内側へ伸ばされた手を掴んでいた。すりである。ウルフウッドはその手を差し込んできたすりの顔を見下ろした。
「おい」
その言葉にすりは震えながら身をすくめる。
「全く、なにやっとんねん、このガキは」
あきれるような声を出して、ウルフウッドは掴んだ手を離した。そして、腰をかがめて目線をすりに合わせる。そのすりは、まだ年端もいかない少年だった。ぼろぼろになった布切れと呼ぶほうがふさわしい衣服を着て、埃だらけの髪と垢まみれの顔でウルフウッドを怯えた目で見つめる。
その直後、もう一人の少年がウルフウッドに飛び掛ってきた。ウルフウッドは難なくその少年の振り上げた拳を掴んで止めた。
「お前ら、ひょっとして兄弟か?」
ウルフウッドに襲い掛かってきたもう一人の少年は、すりの少年よりも少しだけ幼そうな顔立ちをしていた。おそらくは、兄弟二人組みのすりなのだろう。実行役の兄が捕まったので、それを助けるべく弟がウルフウッドを襲ったようだった。
彼らは抵抗するそぶりはもう見せない。その代わり、ウルフウッドを力強くにらみつけている。
「お前ら、ちょっと待っとれ」
ウルフウッドは落ち着いた声で兄弟に話しかける。兄弟はウルフウッドの目を見据えたまま静かに彼の動向を見つめている。
「ちょっと、あんたなにやってるのよ」
そんなウルフウッドの態度を訝しげに思ったルイズを、ウルフウッドは手で制する。
「すまんのう。手持ちこんだけしかないねん」
ウルフウッドはポケットから銀貨を三枚取り出した。これはルイズから預かっているお金ではない。彼が時々魔法学院の厨房などを手伝って稼いでいる、彼自身のお金である。そこの料理長のマルトーはなぜかウルフウッドをいたく気に入ったようで、ウルフウッドに簡単なアルバイトみたいなことをさせているのだった。
「一枚はオマエ、一枚はオマエ、で、もう一枚はオレや」
そう言ってすりの少年たちの手に一枚ずつ銀貨を握らせていく。
「少のうて悪いが、ええか? これで」
そしてウルフウッドは悪戯っぽく子供たちに笑いかけた。子供たちの表情が光が差す様に明るくなる。そして、彼らはウルフウッドに笑いかけると、無言のまま走り去った。ウルフウッドはその後姿を寂しげな目をして見送る。
「……何をやっているのよ、あんたは」
「あぁ、おじょうちゃんのお金には手えつけてへんから安心してな」
何事もなかったかのようにウルフウッドは笑ってみせる。
「そうじゃなくて、どうしてあんな、へ、平民のすりにお金をあげるようなことしたのよ?」
「さあな。なんでやろな」
残ったコインを一つ指ではじいて、それを空中で掴むと、ウルフウッドは満足そうに笑った。ルイズは怒っているような表情でウルフウッドをにらみつける。どういう顔をしていいかわからなかったから、とりあえず怒っているように見せているという表情だった。
「なぁ、前から思てたんやけれどもな」
空を見上げながらウルフウッドは呟くように言う。
「な、何よ」
「あんまし無理はせえへん方がええで。自分で自分を殻に押し込めて生きていく生き方は辛いやろ」
「な、なんであんたにそんなことを! それに別にわたし自分を殻に押し込めているわけじゃないわよ!」
ルイズはむきになってスカートの裾を両手で掴んで反論した。しかし、ウルフウッドは空を見上げたまま気持ちよさそうに笑うだけである。
「そうか? まぁ、ええわ。あのガキ共の背中を見送ったとき、じょうちゃん笑っていたような気がしたんやけどな」
言うだけ言ってこの使い魔はご主人様をほっといて先を歩き始めた。
どこか納得のいかないルイズも無言でしばらくそのままたち続けたが、やがて走ってその後を追いかけた。
ウルフウッドの後を歩きながらルイズは思う。彼の中に感じるぽっかりと空いた様な空白は、彼が誰かに自分の心を切り出すようにして与え続けたためではないか、と。
「文句言わないの。これだから馬にも乗った事のない平民は」
「そやかて、三時間もけつ揺さぶられたらそらきついで」
「あー、もう、街中で下品な言葉使わないで!」
二人は約束どおりトリステインの城下町にやって来ていた。尻をさすりながら文句を言うウルフウッドの前をルイズがずんずんと進んでいく。
「けど、馬いうのは不便やな。遅いし。荷物は運べへんし。けつは痛いし」
「あのねえ」
なおも文句を言い続けるウルフウッドに向かってルイズは振り向いてまくし立て始めた。
「ごちゃごちゃうるさいのよ! 第一、あんたのあの重たい十字架、だったけ? あんなもの馬が運べるわけないでしょうが! あんな重たいもの乗せたら馬の背骨が折れるわよ!」
そうなのである。朝、出発しようとしたときウルフウッドはいつもの癖でパニッシャーを担いだまま馬に乗ろうとしたのだ。
「お前らちゃんと魔法以外の技術にも目を向けたほうがええぞ」
ウルフウッドはため息を付くように誰へともなく呟いた。
「それとあとすりには気をつけなさいよね。この界隈はほんとうに多いんだから」
「こういう人があつまるところですりがおんのは、どこの世界も変わらへんな」
変なところでウルフウッドは感心していた。ちなみに今はウルフウッドが財布を預かっている。貴族は財布なんか下僕に持たせるのよ、と言われたからである。
「――っと。言うてるそばからか」
ウルフウッドは自分のジャケットの内側へ伸ばされた手を掴んでいた。すりである。ウルフウッドはその手を差し込んできたすりの顔を見下ろした。
「おい」
その言葉にすりは震えながら身をすくめる。
「全く、なにやっとんねん、このガキは」
あきれるような声を出して、ウルフウッドは掴んだ手を離した。そして、腰をかがめて目線をすりに合わせる。そのすりは、まだ年端もいかない少年だった。ぼろぼろになった布切れと呼ぶほうがふさわしい衣服を着て、埃だらけの髪と垢まみれの顔でウルフウッドを怯えた目で見つめる。
その直後、もう一人の少年がウルフウッドに飛び掛ってきた。ウルフウッドは難なくその少年の振り上げた拳を掴んで止めた。
「お前ら、ひょっとして兄弟か?」
ウルフウッドに襲い掛かってきたもう一人の少年は、すりの少年よりも少しだけ幼そうな顔立ちをしていた。おそらくは、兄弟二人組みのすりなのだろう。実行役の兄が捕まったので、それを助けるべく弟がウルフウッドを襲ったようだった。
彼らは抵抗するそぶりはもう見せない。その代わり、ウルフウッドを力強くにらみつけている。
「お前ら、ちょっと待っとれ」
ウルフウッドは落ち着いた声で兄弟に話しかける。兄弟はウルフウッドの目を見据えたまま静かに彼の動向を見つめている。
「ちょっと、あんたなにやってるのよ」
そんなウルフウッドの態度を訝しげに思ったルイズを、ウルフウッドは手で制する。
「すまんのう。手持ちこんだけしかないねん」
ウルフウッドはポケットから銀貨を三枚取り出した。これはルイズから預かっているお金ではない。彼が時々魔法学院の厨房などを手伝って稼いでいる、彼自身のお金である。そこの料理長のマルトーはなぜかウルフウッドをいたく気に入ったようで、ウルフウッドに簡単なアルバイトみたいなことをさせているのだった。
「一枚はオマエ、一枚はオマエ、で、もう一枚はオレや」
そう言ってすりの少年たちの手に一枚ずつ銀貨を握らせていく。
「少のうて悪いが、ええか? これで」
そしてウルフウッドは悪戯っぽく子供たちに笑いかけた。子供たちの表情が光が差す様に明るくなる。そして、彼らはウルフウッドに笑いかけると、無言のまま走り去った。ウルフウッドはその後姿を寂しげな目をして見送る。
「……何をやっているのよ、あんたは」
「あぁ、おじょうちゃんのお金には手えつけてへんから安心してな」
何事もなかったかのようにウルフウッドは笑ってみせる。
「そうじゃなくて、どうしてあんな、へ、平民のすりにお金をあげるようなことしたのよ?」
「さあな。なんでやろな」
残ったコインを一つ指ではじいて、それを空中で掴むと、ウルフウッドは満足そうに笑った。ルイズは怒っているような表情でウルフウッドをにらみつける。どういう顔をしていいかわからなかったから、とりあえず怒っているように見せているという表情だった。
「なぁ、前から思てたんやけれどもな」
空を見上げながらウルフウッドは呟くように言う。
「な、何よ」
「あんまし無理はせえへん方がええで。自分で自分を殻に押し込めて生きていく生き方は辛いやろ」
「な、なんであんたにそんなことを! それに別にわたし自分を殻に押し込めているわけじゃないわよ!」
ルイズはむきになってスカートの裾を両手で掴んで反論した。しかし、ウルフウッドは空を見上げたまま気持ちよさそうに笑うだけである。
「そうか? まぁ、ええわ。あのガキ共の背中を見送ったとき、じょうちゃん笑っていたような気がしたんやけどな」
言うだけ言ってこの使い魔はご主人様をほっといて先を歩き始めた。
どこか納得のいかないルイズも無言でしばらくそのままたち続けたが、やがて走ってその後を追いかけた。
ウルフウッドの後を歩きながらルイズは思う。彼の中に感じるぽっかりと空いた様な空白は、彼が誰かに自分の心を切り出すようにして与え続けたためではないか、と。
ウルフウッドは手に取ったものを一通り弄繰り回すように眺めると、深い深いため息を付いた。
「あかん。こんなもん旧式もええとこやで……」
「いやいや、旧式などではございませんよ。それは当店で入荷した最新式の銃でして」
「いや、そういう意味ちゃうねん。こう、もっと根本的になぁ」
ウルフウッドは困ったような表情で、手に持った銃を眺める。武器屋にやってきて見せてもらった最新式の銃は、彼の悪い予想どおりに単発の火打ち式。一発撃ってしまったら終わりという代物であり、さらには金属の加工精度が悪いため命中率も低い。
「こんなんやったらないほうがマシかもしれへん」
「なによ、銃が欲しいって言い出したのあんたじゃないの」
落ち込むウルフウッドの横からルイズが口を挟む。しかし、ウルフウッドは首を左右に振るだけだった。
彼がここへ来た目的は二つある。まずは、今使っている銃の弾丸、もしくはそれを作り出す技術があるのかを確認すること。そしてもう一つは、彼のもといた世界での最後の戦いで破損したパニッシャーの修理を頼むこと。しかし、この店の品揃えを見る限りでは、どちらも希望薄である。
弾薬がない以上銃はあまり使えへんな。ウルフウッドは静かに覚悟を決めた。手持ちの弾丸はパニッシャーに残っている分と、懐のマガジン一つ。こうなってくると今までのような戦い方はできない。
それ以外の武器、となると刃物、ナイフの類か。これなら弾切れを心配する必要はない。一応、護身術程度には扱いは仕込まれている。使えないことはない。
「銃よりも剣使うたほうがマシかもしれへんな」
「おう、いいこというじゃねえか、そこの若いの!」
突然店内に響いた声にルイズとウルフウッドは同時に辺りを見回す。しかし、そこには自分たち以外に客はいない。どういうことだ、とウルフウッドが首をひねっていると
「おう、どっちを見てやがるんだ。こっちだ、こっち」
と、店の隅っこのほうに立てかけられた剣のほうから声がする。
「こら、うるせえぞ、デル公!」
「なんだと、この馬鹿店主が!」
ウルフウッドはその時、店の隅に置かれた剣の一つの鍔が一人でカタカタなっているのを見た。
「まさか、あれ、剣が喋ってるんか……?」
「インテリジェンスソードね」
ウルフウッドの疑問にルイズが答えた。
「インテリジェンスソード? なんやねんそれ?」
「簡単に言えば、意思を持った剣よ。魔法を掛けて作り出すの」
「へー、お前ら魔法使いの考えることはオレにはわからへんわ」
ウルフウッドは目の前の異様な光景にあきれ返るような声を出す。
「おい、こら、こっちをへんなものでも見るような目で見るんじゃねえ」
「いや、十分へんなものやろ……」
「なんだと、このやろ! てめえちょっとばかしいいこと言ったから褒めてやろうと思ったのに……っと、こいつはおでれーた。お前使い手かよ」
「使い手、やと? どういう意味や?」
剣の言葉に、ウルフウッドの視線に鋭さが宿る。それを見たルイズはかつて一度だけ自分に向けられた狼の視線を思い出した。
「どういうもこういうもねえ、そのままの意味だよ。若えの。武器が欲しいならオレを連れていきな」
「ちょっと、あんたあんなへんなの買う気じゃないでしょうね」
ルイズが不安そうにウルフウッドの服の裾を引っ張る。
「そうですよ、当店ではあんなのよりももっと立派な剣をいろいろと取り揃えておりますから」
店主も両手をもみ手にしてウルフウッドに語りかけてくる。
「いや、これでええで」
「って、ちょっとあんたねえ」
ルイズはあからさまにウルフウッドに不満な視線をぶつけてきた。しかし、ウルフウッドは軽くそれを笑っていなすと
「喋る剣なんて、おもろいやないか。それにや――武器なんて買うて一体それを誰に向けるねん、ていう話やしな」
と少し自嘲気味にからっぽな笑みを浮かべた。
「あかん。こんなもん旧式もええとこやで……」
「いやいや、旧式などではございませんよ。それは当店で入荷した最新式の銃でして」
「いや、そういう意味ちゃうねん。こう、もっと根本的になぁ」
ウルフウッドは困ったような表情で、手に持った銃を眺める。武器屋にやってきて見せてもらった最新式の銃は、彼の悪い予想どおりに単発の火打ち式。一発撃ってしまったら終わりという代物であり、さらには金属の加工精度が悪いため命中率も低い。
「こんなんやったらないほうがマシかもしれへん」
「なによ、銃が欲しいって言い出したのあんたじゃないの」
落ち込むウルフウッドの横からルイズが口を挟む。しかし、ウルフウッドは首を左右に振るだけだった。
彼がここへ来た目的は二つある。まずは、今使っている銃の弾丸、もしくはそれを作り出す技術があるのかを確認すること。そしてもう一つは、彼のもといた世界での最後の戦いで破損したパニッシャーの修理を頼むこと。しかし、この店の品揃えを見る限りでは、どちらも希望薄である。
弾薬がない以上銃はあまり使えへんな。ウルフウッドは静かに覚悟を決めた。手持ちの弾丸はパニッシャーに残っている分と、懐のマガジン一つ。こうなってくると今までのような戦い方はできない。
それ以外の武器、となると刃物、ナイフの類か。これなら弾切れを心配する必要はない。一応、護身術程度には扱いは仕込まれている。使えないことはない。
「銃よりも剣使うたほうがマシかもしれへんな」
「おう、いいこというじゃねえか、そこの若いの!」
突然店内に響いた声にルイズとウルフウッドは同時に辺りを見回す。しかし、そこには自分たち以外に客はいない。どういうことだ、とウルフウッドが首をひねっていると
「おう、どっちを見てやがるんだ。こっちだ、こっち」
と、店の隅っこのほうに立てかけられた剣のほうから声がする。
「こら、うるせえぞ、デル公!」
「なんだと、この馬鹿店主が!」
ウルフウッドはその時、店の隅に置かれた剣の一つの鍔が一人でカタカタなっているのを見た。
「まさか、あれ、剣が喋ってるんか……?」
「インテリジェンスソードね」
ウルフウッドの疑問にルイズが答えた。
「インテリジェンスソード? なんやねんそれ?」
「簡単に言えば、意思を持った剣よ。魔法を掛けて作り出すの」
「へー、お前ら魔法使いの考えることはオレにはわからへんわ」
ウルフウッドは目の前の異様な光景にあきれ返るような声を出す。
「おい、こら、こっちをへんなものでも見るような目で見るんじゃねえ」
「いや、十分へんなものやろ……」
「なんだと、このやろ! てめえちょっとばかしいいこと言ったから褒めてやろうと思ったのに……っと、こいつはおでれーた。お前使い手かよ」
「使い手、やと? どういう意味や?」
剣の言葉に、ウルフウッドの視線に鋭さが宿る。それを見たルイズはかつて一度だけ自分に向けられた狼の視線を思い出した。
「どういうもこういうもねえ、そのままの意味だよ。若えの。武器が欲しいならオレを連れていきな」
「ちょっと、あんたあんなへんなの買う気じゃないでしょうね」
ルイズが不安そうにウルフウッドの服の裾を引っ張る。
「そうですよ、当店ではあんなのよりももっと立派な剣をいろいろと取り揃えておりますから」
店主も両手をもみ手にしてウルフウッドに語りかけてくる。
「いや、これでええで」
「って、ちょっとあんたねえ」
ルイズはあからさまにウルフウッドに不満な視線をぶつけてきた。しかし、ウルフウッドは軽くそれを笑っていなすと
「喋る剣なんて、おもろいやないか。それにや――武器なんて買うて一体それを誰に向けるねん、ていう話やしな」
と少し自嘲気味にからっぽな笑みを浮かべた。
「あー、くそぉ! まぢでイライラする!」
夕暮れの大通り、といっても彼の感覚ではそんなに大きな通りでもないのだが、を歩くウルフウッドはいらだたしげに頭をぼりぼりと掻いていた。
「仕方がないでしょう! ないものはなかったんだから!」
ルイズはそんなウルフウッドを隣で小突きながら、叱り付ける。
「けどなぁ、いくらなんでもタバコがないなんておもわへんかったで……」
「あんたの言う火をつけたら煙の出る棒みたいなのはちゃんとあったでしょ」
「どこの世の中にお香を口に加えて吸うやつがおんねん。オレが探してたんはタバコや、タ、バ、コ」
「似たようなものじゃないの」
「違う、全然違う。はぁー、死ぬまで禁煙なんぞするかいとおもてたのに。まさかこんな形で禁煙する羽目になるとはなぁ……」
ウルフウッドは心底意気消沈していた。彼が町に来た裏の目的、それはタバコを仕入れることだったのである。彼が懐にいれていたタバコは土の中にいたせいか湿気ってしまって、吸えたものではなかった。よって、ヘビースモーカーの彼はこの世界に来てから一本もタバコを吸っていない。そろそろ禁断症状が表れる頃合だったのである。
「結局手に入ったんはこんな面白グッズひとつか」
ウルフウッドがそう呟くと、間髪いれずにその背中から
「おい、こらてめー。このオレ様を面白グッズ呼ばわりとは言ってくれるじゃねえか!」
「え、そうなんちゃうの?」
「てめえ、伝説の剣デルフリンガー様をつかまえてその言い草とは!」
「まぁ、そんだけおもろかったら伝説にもなるわな」
「おい、こらてめー」と憤るデルフリンガーを背に、どうでもよさそうにウルフウッドはため息を付く。タバコがないとなんか落ち着かない。
「あんたさー、じゃあなにを考えてそんなうるさい剣なんか買ったのよ?」
「あぁ、やって、これ話し相手にちょうどよさそうやろ?」
ルイズはその返答に思わず「話し相手ならわたしがなってあげるわよ」と言いそうになったが、そこはぐっと言葉を飲み込んだ。
「まぁ、ええやないか。どっかの誰かさんが大盤振る舞いしたせいで、どちみちこの剣しか買えへんかったんやし」
「お、大盤振る舞いですって!」
ルイズが眉を吊り上げて立ち止まった。
「まさか、持ってきた金をほとんど寄付してしまうとは思わへんかったわ」
そうなのである。この町についてすりの一件があった後、ルイズは何を思ったのかウルフウッドを連れて町の福祉役所に向かい、そこに持ってきたお金のほとんどを寄付してしまったのである。
「そ、そうやって、福祉に力をいれるのも、き、貴族たる我々の義務なのよ!」
ルイズは顔を真っ赤にして言い返す。まさかウルフウッドの行動に感化されたなんていうことは、死んでも認めたくない。
もともと、寄付するつもりだったのである。けど、たまたまウルフウッドが先にあんなことをやってしまったせいで、そう見えるだけなのである。へんな対抗意識を燃やして、見栄を張ってほぼ全額寄付したなどということは絶対ない。そういうことにしておいた。
そうやってむきになるルイズを見て、ウルフウッドは困ったように頬を緩ませる。
「そうか、ほなまぁそういうことにしといたるわ」
「しといたるわ、ってなによ! あんたわたしの使い魔のくせに!」
自分を指差して真っ赤な顔でわめき散らすルイズに苦笑いを浮かべながら、ウルフウッドは前へ進んでいく。
貴族や平民なんて枠に縛られずもっと素直に生きたらいいのに――
「けど、一旦体に染み付いてしもうた生き方いうのは、なかなか変えられへんもんやからな――」
誰にともなく呟いた言葉は夕方の町の喧騒に消えた。
夕暮れの大通り、といっても彼の感覚ではそんなに大きな通りでもないのだが、を歩くウルフウッドはいらだたしげに頭をぼりぼりと掻いていた。
「仕方がないでしょう! ないものはなかったんだから!」
ルイズはそんなウルフウッドを隣で小突きながら、叱り付ける。
「けどなぁ、いくらなんでもタバコがないなんておもわへんかったで……」
「あんたの言う火をつけたら煙の出る棒みたいなのはちゃんとあったでしょ」
「どこの世の中にお香を口に加えて吸うやつがおんねん。オレが探してたんはタバコや、タ、バ、コ」
「似たようなものじゃないの」
「違う、全然違う。はぁー、死ぬまで禁煙なんぞするかいとおもてたのに。まさかこんな形で禁煙する羽目になるとはなぁ……」
ウルフウッドは心底意気消沈していた。彼が町に来た裏の目的、それはタバコを仕入れることだったのである。彼が懐にいれていたタバコは土の中にいたせいか湿気ってしまって、吸えたものではなかった。よって、ヘビースモーカーの彼はこの世界に来てから一本もタバコを吸っていない。そろそろ禁断症状が表れる頃合だったのである。
「結局手に入ったんはこんな面白グッズひとつか」
ウルフウッドがそう呟くと、間髪いれずにその背中から
「おい、こらてめー。このオレ様を面白グッズ呼ばわりとは言ってくれるじゃねえか!」
「え、そうなんちゃうの?」
「てめえ、伝説の剣デルフリンガー様をつかまえてその言い草とは!」
「まぁ、そんだけおもろかったら伝説にもなるわな」
「おい、こらてめー」と憤るデルフリンガーを背に、どうでもよさそうにウルフウッドはため息を付く。タバコがないとなんか落ち着かない。
「あんたさー、じゃあなにを考えてそんなうるさい剣なんか買ったのよ?」
「あぁ、やって、これ話し相手にちょうどよさそうやろ?」
ルイズはその返答に思わず「話し相手ならわたしがなってあげるわよ」と言いそうになったが、そこはぐっと言葉を飲み込んだ。
「まぁ、ええやないか。どっかの誰かさんが大盤振る舞いしたせいで、どちみちこの剣しか買えへんかったんやし」
「お、大盤振る舞いですって!」
ルイズが眉を吊り上げて立ち止まった。
「まさか、持ってきた金をほとんど寄付してしまうとは思わへんかったわ」
そうなのである。この町についてすりの一件があった後、ルイズは何を思ったのかウルフウッドを連れて町の福祉役所に向かい、そこに持ってきたお金のほとんどを寄付してしまったのである。
「そ、そうやって、福祉に力をいれるのも、き、貴族たる我々の義務なのよ!」
ルイズは顔を真っ赤にして言い返す。まさかウルフウッドの行動に感化されたなんていうことは、死んでも認めたくない。
もともと、寄付するつもりだったのである。けど、たまたまウルフウッドが先にあんなことをやってしまったせいで、そう見えるだけなのである。へんな対抗意識を燃やして、見栄を張ってほぼ全額寄付したなどということは絶対ない。そういうことにしておいた。
そうやってむきになるルイズを見て、ウルフウッドは困ったように頬を緩ませる。
「そうか、ほなまぁそういうことにしといたるわ」
「しといたるわ、ってなによ! あんたわたしの使い魔のくせに!」
自分を指差して真っ赤な顔でわめき散らすルイズに苦笑いを浮かべながら、ウルフウッドは前へ進んでいく。
貴族や平民なんて枠に縛られずもっと素直に生きたらいいのに――
「けど、一旦体に染み付いてしもうた生き方いうのは、なかなか変えられへんもんやからな――」
誰にともなく呟いた言葉は夕方の町の喧騒に消えた。