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イザベラ管理人-20



イザベラ管理人第20話:炎の色は・中編


タバサは己の未熟と迂闊を呪っていた。
相手はあれだけの少人数で、女子どもばかりとはいえ魔法学院に奇襲をかけてきた相手なのだ、決して侮るべきではなかった。
確かに相手の目を眩ませての奇襲は有効だった。
だが、それだけに頼るべきではなかったのだ。
認めざるを得ない。タバサは、この戦いに心の全てを傾けていなかったのだ。
この先に起こるであろう、ジョゼフからの過酷な指令や、母の毒を治す解毒薬の情報を如何に探すかをわずかに考えていた。
その結果がこれだ。
至近距離から爆風を浴びて、内臓がひっくり返ったように気分が悪い。
倒れた拍子に後頭部を打ったらしく、頭がふらついてまともに体を動かすことも出来ない。
咄嗟に空気中の水分を集めて熱は防御したが、隣のキュルケまでカバーできるほどに範囲を広くしたために防御力が不十分で、衣服が燃え上がっていないのが不思議なほどに熱い。
情けなくて口惜しくて、自分に激しい怒りを覚える。
前ばかりを見て、足元をすくわれた愚かな自分。こんな形で、復讐も遂げられず、母を治すこともできずに朽ち果てるなど、無駄死に以外の何者でもない。
さらに許せないのは、大切な友人であるキュルケを護ることも出来ないことだ。
「今まで何を焼いてきた?炎の使い手よ、今度はお前が燃える番だ」
温度で他者を知覚するという、およそ人間とは思えぬ恐ろしい白髪のメイジがキュルケに杖を向ける。
あのメイスのような巨大な杖から生まれ出る炎が、これからキュルケを、そして自分を焼くのだろう。
復讐の炎を凍った心の中心で燃え盛らせ続けた自分が、なんの関係もない第三者に炎で焼き殺される。なんという皮肉だ。
白髪のメイジの杖の先から炎が飛び出した。
それは一直線にキュルケへと向かう。いまだに舌は痺れたように巧く動かず、ルーンを唱えることも出来ない。
母を元に戻してあげたかった。父の仇を討ちたかった。イザベラと一緒に紅茶を飲みたかった。キュルケのお喋りを聞いていたかった。シルフィードの背で風を感じていたかった。
そして…耕介の温かい手で頭を撫でてもらいたかった。
きっと、幽霊というのは、こうして生まれるのだろうと思う。こんなにも未練を残していては、死んでも死にきれぬというものだ。
(今度、幽霊に出会った時は…怖がらずに慰めてあげよう…)
頭痛と激しい怒りと未練が混ざり合って、タバサは冷静な思考が出来なくなっていた。
「…ミスタ?」
キュルケの間が抜けた声が聞こえた。
朦朧とした視界に、いつの間にか誰かが立ちはだかっているのが見えた。
後ろからでも見える肌色の頭頂部に黒いローブ…それは、徴兵にも応えず、この戦時下に教鞭を執り続けた教師コルベールであった。
「私の教え子から、離れろ」
どうやら、彼が白髪のメイジの炎を消し飛ばしてくれたらしい。
タバサの胸に一縷の希望が灯った。
どうやら、まだ自分の命運は尽きていなかったらしい。
せめて魔法が使える程度に回復するまで、コルベールが時間を稼いでくれれば、まだなんとかなるかもしれない。
白髪のメイジが何かを話している。どうやらこの男はコルベールの過去を知っているらしい。
コルベールの杖から現れた巨大な炎が蛇の形をとって飛翔した。それは白髪のメイジを無視し…食堂から魔法を放とうとしていた敵メイジの杖を食らい尽くした。
恐ろしいほどに正確無比で素早い詠唱と操作だった。
彼の横顔が見える。その時、タバサは自分の視界がまだ回復しておらず、幻覚を見ているのかと思った。
いつも柔和な笑顔を浮かべ…悪く言えば昼行灯である普段の彼からは想像もつかない、ゾッとするような酷薄な笑みを…コルベールは浮かべていたのだ。
タバサは瞬間的にコルベールを恐ろしいと思った。確信できる、白髪のメイジの言葉は真実だ。このコルベールという男は…数え切れないほどの人間をその炎で食らい尽くしてきた虐殺者だ。
タバサとて、任務上殺人を犯したことはある。最初に人を殺した瞬間は、何も思うことはなかった。任務のために必要だったからだし、魔法というのは殺人の”手応え”がないせいだ。
だが…その晩、死んだ敵兵の死相が夢に出てきた。それから数日は眠れぬ日々が続いた。
目を瞑る度に死人の顔が夢に出て飛び起き…やがて、そんな感覚は麻痺していった。
もはやタバサは、無表情に人を殺せる。そうでなければ生き残れなかったからだ。

そして、このコルベールというメイジは…タバサのさらにさらに先にいる。
必要とあらば、子どもも老人も区別せずに同じ”殺害対象”として無感動に焼き払える…完成された軍人という機械。
あの白髪のメイジと対峙していながら、恐れるでもなく高揚するでもない。ただ、目的を達成するために戦術を立て、それが可能だと判断したが故に浮かべる笑み。
いつか…自分もこのように笑うようになるのだろうか…。
その想像は、タバサの背筋に氷柱を刺し込んだ。
3年前、ジョゼフに抱いた怒りと憎悪と殺意は未だ全く衰えていない。いや、むしろ更なる油を注がれ、燃え上がっている。
この憎悪を晴らす術は、この手をあの男の首から溢れ出るどす黒い血で汚す以外にありえない。
復讐した後のことなど考えたことはない。タバサの目的は復讐と母の心を元に戻す術を手に入れること、この二つだけだったからだ。
母が治ったら、昔のように甘えたいと思う。けれど…血にまみれた自分はもう母のシャルロットではない。
もはや自分は目的のためだけに稼動し続ける人形”タバサ”でしかないのだから。
だが、そんなタバサの覚悟は…甘かったと言わざるを得ない。
復讐を遂げるならば、コルベールのようになるべきだ。だが…心の奥底に封じ込めた柔らかい部分が悲鳴を上げる。
自分の行く末を…こんな冷たい戦場とは無縁な昼行灯だと思っていたコルベールに突如突きつけられ、”シャルロット”が嗚咽を漏らす。
「火が司るものが、破壊だけでは寂しい。私は20年間、そう思ってきた。だが…結局、私は逃れられないのか」
コルベールの声色は、無念を示す言葉とは裏腹に、冷たいものだった。
きっと、回路が繋がったからだろう。
昼行灯のコルベールも、この冷たいコルベールも同一人物だ。ただ、繋がっている回路が違うだけ。
けれど…それだけでこんなにも人は変わる。
恐ろしい。それがタバサには恐ろしい。
いつか自分にもこんな回路が生まれる。いや、もう生まれかけている。そして…それ以外の回路がなくなってしまうかもしれない。
我知らず、タバサはやっと痺れの取れてきた舌と喉を動かしていた。
「コースケ…」
奇しくも、その瞬間に”それ”は飛来した。

最初に異変に気づいたのは、メンヌヴィルであった。
長年探し続けた、自分から光を奪い去ったあの男…コルベールを見つけ、歓喜と共にいざ殺し合おうと杖を構えた時。
彼にしかわからない温度の視界が、飛来する熱源を感知したのだ。
「風竜だと!?」
上空から凄まじいスピードでそれはやってくる。
いったい何者なのか、見当もつかない。王都からの応援かとも思ったが、それにしては来るのが早すぎるし、何より熱源は一つだ。
コルベールの姦計かとも考えたが、コルベールの温度変化が、彼も風竜の出現に気づき驚いていることを伝えていた。
メンヌヴィルたちが乗ってきた艦には竜を載せていないから、味方という線も薄いだろう。
となると、全くの第三者か?そうであるならば、もはや正体を推測するなど不可能だ。
だが、一つだけわかることは…そいつが、この因縁の対決に水を差す無粋者だということだ。
一方、コルベールも困惑していた。
昔の…掛け値なしの”炎蛇”であった頃の自分に回路を繋いだというのに、上空から風を蹴散らして正体不明の何かがやってきたのだ。
王都からの応援とは考えにくいし、メンヌヴィルの反応から敵の増援というわけでもなさそうだ。
いったいこの闖入者は状況にどんな影響を与えるのか…見当もつかない。
結果、同じ部隊に所属していた二人の元軍人は、同じ結論を下した。
すなわち、最大限の警戒を払ったままで様子を見る。
闖入者の素性が不明なのだ、ヘタに動くことは出来ないし…何より、他者に意識を割いたままで勝てるほど、この一戦は甘くはないのだ。
二人が次に起こり得る出来事を想定し、警戒を払い…だが、闖入者は全く予想を裏切る行動に出た。
「と…飛び降りた!?」
速度を緩めずに突っ込んできた風竜から影が飛び降りたのだ。
それはおそらく《レビテーション》の効果だろう、落下速度を緩め、それでも運動エネルギーを殺しきれずに地面に落下、そのままごろごろと転がり、メンヌヴィルの背後にある茂みに突っ込んでやっと停止した。
メンヌヴィルは素早く食堂側に飛びのき、視界にコルベールと茂みを同時に捉えられる位置に移動する。ちょうど3人を頂点にした三角形が生まれた。
この時、二人は同じ疑問を抱いていた。
この闖入者の挙動は明らかにおかしい。メイジならば、《フライ》で飛び降りれば良い話だ。
だが、何故《レビテーション》にした?《フライ》を使わぬ理由がないし、その方が落下によるダメージなど受けずに済むではないか。

落下のダメージから回復したのか、闖入者が立ち上がった。
そして、やっと二人の疑問は解消した。闖入者…謎の男は、剣を抜いたのだ。マントも羽織っていない。すなわち、平民。何やら男の周囲で光が舞っているのが気になるといえばなるが、それは魔法の光とはどこか違う印象を受ける。
だが、それは新たな疑問を与えた。平民が風竜から一人で飛び降りてくる…?ますますもってわけがわからない。
二人は同時に決断を下した。未だにこの男の正体は掴めないが…男を意識からはずすことにしたのだ。
相手は平民、銃も持っていないのなら、この卓越したメイジ同士の死闘に介入できるはずもない。
邪魔になるならば、もののついでに焼き払ってやれば良いだけだ。
双月に雲が徐々にかかり、光の恩恵が衰退していく。
二人が互いに意識を収束させようとしたその瞬間
「タバサから離れろッ!」
男の叫びが緊迫した空気を切り裂いた。
次いで起こった出来事に反応できたのは、コルベールだけだった。
「ミス・タバサを知っているのか?な…何ッ!?」
コルベールは見たのだ。男の剣が白い炎に鎧われるのを。
まさか、長剣に見せかけた杖とは!
「神咲無尽流…洸牙!」
男の口から聞いたこともない類の呪文が流れ、次いで剣型の杖が横一文字に振るわれる。剣を鎧っていた炎が一直線にコルベールへと飛翔した。
コルベールはメンヌヴィルとの戦闘のために詠唱しておいた魔法を使わざるを得なかった。
コルベールの指揮棒型の杖から巨大な炎の蛇が現れ、白い炎と激突し、相殺された。
恐ろしい威力だ、トライアングルでも上位に位置するコルベールの魔法を相殺するとは、最低でもラインの上級からトライアングルほどの威力。
コルベールは次に起こる事態に備えて、再びルーンを詠唱しながら、まずは試せることを試すことにした。

メンヌヴィルは困惑していた。
コルベールが突然、男に向けて炎を放ったのだ。
邪魔者を先に排除しようというのか?だが、この”白炎”を前にして余所見とは、コルベールらしくもない!
先ほどの男の言葉に何か意味があったのかもしれないが、これは好機であることは間違いない。
「余裕だな、コルベールゥ!」
メンヌヴィルの杖から炎の球が二つ生み出され、コルベールへと飛翔しようとした時。
「何、罠かッ!?」
メンヌヴィルは咄嗟に炎の球を留めた。
先ほどコルベールが放った炎が男との中間点で突然消滅したのだ。
あの炎はコルベールの誘いであった可能性がある。何を企んでいるのかはわからぬが、むざむざ罠にかかってやるほどこの”白炎”は甘くはないのだ。
そう…彼には”見えていなかった”。
男が金属の棒…剣を、明らかな間合いの外から何故か横一文字に振ったことはわかっていたが、その剣が白い炎に包まれていたことには気づかなかった。
当然であろう、その剣から放たれたものは…この世の法則から全く外れた力。温度の視界しか持たぬメンヌヴィルにとって、それは絶対に知覚不可能な攻撃なのだ。

耕介は怒りに駆られながらも、冷静に思考を働かせる。
まずは、タバサのそばにいる男を引き離すことが第一だ。
御架月の治癒によって、未だ痛みは残っているが無視して動ける程度には回復した。
先ほど放った洸牙を追いかけるようにして、男へと走り出す。
洸牙が男の放った炎によって無効化されるが、そうなることは端から織り込み済みだ。
二つの力が激突し、火の粉が舞い散る中を突っ切り、御架月に霊力を叩き込んで最短距離で斬りかかる。
後一歩で一足刀の間合い…というところで、男が声を上げた。
「ミス・ツェルプストー、友人を連れて逃げなさい!」
言葉と同時に、男が食堂側へ飛びのく。《レビテーション》の魔法も併用しているのだろう、助走なしに跳んだとは思えぬ跳躍だ。
だが、そんなことよりも、男の言葉が耕介には引っかかった。
(ツェルプストー……なんだ、どこかで聞いたことがある…どこだ!?)
戦闘用に思考を切り替えていたため、いったいいつどこで聞いた名前なのかが咄嗟に思い出せない。
加えて、こちらの人間の名前はやたらと長いものが多いために、耕介はフルネームを暗記している相手がほとんどいないのだ。
耕介が完璧に覚えているフルネームの中にツェルプストーという名はない。だが、どうにも引っかかる。いったいどこで聞いた名前だったか…?
先んじて食堂側に飛びのいていた白髪の男の杖から炎の球が二つ飛び出した。
それは迷うことなく禿頭の男を目指して飛翔した。
禿頭の男は、空中にいる時から詠唱を始めていたらしく、洸牙を相殺した炎の蛇を生み出してそれを迎撃する。

これからどうするかを思考していた耕介の視界の隅に、赤い髪が踊った。
その炎のような赤い髪に、耕介の記憶が一気に呼び出される。
「ツェルプストーって…キュルケなのか!?」
そう、ツェルプストーとは、キュルケのファミリーネームだ。キュルケの名前は耕介が知る中でも最長の部類に入るが、最後のツェルプストーだけは記憶の片隅に残っていたのだ。
タバサを抱えて歩き出していたキュルケが、耕介の声に反応して振り向いた。
「え…その声に…それ、カタナ…?貴方、コースケ!?」
キュルケの安堵と驚きが混ざった声を聞き…耕介は御架月を振りかぶった。
「キュルケ、伏せろぉ!」
耕介の視界の端から、いくつもの氷柱がキュルケ達を標的に据えて飛来していた。

コルベールはキュルケと剣を持った青年との短い会話を聞き、疑念を確信に変えていた。
(あの青年は敵ではなさそうだ…!)
キュルケの言葉には、明確な安堵が混ざっていた。あの青年を警戒していないのだ。
ならば、あの青年が何者かはわからないが、タバサやキュルケの味方であることは間違いないだろう。
こちらに最初に斬りかかってきたのも、自分を二人から引き離すためだと考えればしっくりくる。
まずは自分がこの学院の教師であることを伝えるべきだろう…そこまで思考して、コルベールは自分の迂闊さを呪った。
メンヌヴィルと青年にばかり注意を払っていて、食堂側への警戒を疎かにするとは、何たる愚かさ!
雲によって片方が隠されてしまい、独り身になった月から降る月光を、氷柱が反射する。
食堂側に潜んでいたメイジが、逃げようとしていたキュルケ達に向けて《ウィンディアイシクル》を放ったのだ。
「く…間に合ってくれ!」
コルベールは待機させていた炎の蛇を解き放ち、氷柱の群れに追いすがらせる。
「隊長殿、また余所見かぁ!」
魔法を放った直後で無防備となったコルベールの隙を見逃さず、メンヌヴィルが成人男性を一飲みに出来そうなほどの巨大な炎を解き放った!

メンヌヴィルは勝利の確信と共に特大の炎球を解き放った。
”視界”には、部下のメイジが放った魔法を迎撃しようとするコルベールが見える。
どうやら、コルベールは本当に”教師”などというものになってしまったらしい。
「本当に腑抜けてしまったようだな、隊長殿…!」
この”白炎”を前にして、これほどに決定的な隙を見せるとは…自分から光を奪ったあの冷酷な”炎蛇”とは思えぬ甘さ。
昔の彼ならば、あの二人の生徒を一瞬で切り捨てたはずだ。
まずは目の前の最大の敵を打倒し、次に指揮系統を失って動揺した食堂内の敵メイジを殲滅…これが、最も”効率的”な作戦。
戦いに犠牲はつき物だ。たった二人の死と、コルベールの敗北によって発生しうる食堂に集められた90人もの人質に発生しうる危険。
天秤に乗せて量る必要さえもない、単純なリスクの計算だ。
あの”炎蛇”はその計算を誰よりも徹底的に行えるからこそ、メンヌヴィルのような人の命を奪うことに躊躇いを覚えないような冷酷な男達を率いる隊長の座にあったのだ。
メンヌヴィルは運命の残酷さと皮肉さを嘆いた。
20年という時間は、メンヌヴィルに力を与えてくれた。彼はその時間をフルに使って、敵を焼き続けた。
だが、20年という時間は、同時にコルベールから力を奪った。彼は安穏というぬるま湯に浸かり続け、”炎蛇”という冷酷無比な戦士からただの教師に堕した。
20年間、メンヌヴィルはいったい何を追っていたのか?
メンヌヴィルは、信じたこともない始祖に悪態をついた。
まったく、あんたはなんという皮肉屋なのだ!
そう…運命を与えるのが始祖だと仮定するならば、彼はとてつもなく意地の悪い劇作家だろう。
「な、なんだと!?」
メンヌヴィルの”視界”は、確かに何も捉えていなかった。
彼の放った炎は、コルベールを間違いなく飲み込むはずだった。
だのに―――

「え……?」
キュルケは、今起こっている出来事から現実感が感じられなかった。
今まで、彼女にとって死とは遠いものだった。
彼女の実家はゲルマニアの端にあり、隣接しているヴァリエール領とは幾度も矛を交えてきた家柄だが、ここ最近は国境沿いの小競り合い程度で本格的な戦闘などなかった。
自身、優れた火のトライアングルメイジであるが、彼女はそれを殺しのために使ったことはない。相手がいなかったのだから、当然だ。
それが故の”微熱”。彼女は火の属性の特徴とは、『情熱と破壊』だと標榜しているが、彼女の炎は色恋に向けられるばかりであった。
彼女は18歳とは思えぬほどに豊満なプロポーションをしており、自身もそれが周囲の男達にとってどれほど魅力的なものかを理解して武器にしている。
それは同時に、他の女性達から不興を買うということも織り込み済みであるということだ。
無論、周囲との摩擦が起こるし、学生同士の戯れのようなものではあるが決闘沙汰もあった。
だが、それらは全て本物の”殺し合い”ではない。
彼女は火の使い手ではあるが、火が人間を焼く”匂い”や”感触”とは程遠い存在であった。
そんな彼女の前に突然現れたあの恐ろしい白髪のメイジ。
炎で目を焼かれながらも、人を焼くことをやめず、ついには温度で他者を認識するという異常性を得た男。
あの男は、どうしようもないほどに恐ろしい死の匂いを発散していた。
あの男に、杖を向けられた時、彼女は初めて死の感触を知った。
あの男が発した炎は、自身が操る炎と同じものとは思えぬほどに『破壊』を体現していた。
そして…彼女を救ってくれたコルベールからも同じものを感じた。
二人は知っているのだ。火が人を焼く”感触”を。
だが、コルベールが現れた時、彼女は恐ろしいとは思わなかった。
白髪のメイジは火に酔っていた。だが、コルベールは…自身の火がいったい何を為すかを理解してそれを使い…同時に、恐れていた。
そう、彼は腰抜けと謗られようと、一生己の火を封印するつもりだったのだ。
彼が常々言っていた『火が司るものが破壊ばかりでは寂しい』という言葉は、彼の願いそのものだったのだ。
そんな彼が、何故封じたはずの火を再び燃やす気になったのか?決まっている、彼は護るために杖をとったのだ。
『私の教え子から、離れろ』
敵を燃やし尽くす苛烈な炎でありながら、その炎が彼女を傷つけることはないと断言できた。
彼女はコルベールが纏うその橙の炎に魅せられた。
必ず彼が護ってくれると信じられた。
けれど…その彼は今そばにはおらず、タバサを抱える彼女に向かって、幾本もの氷柱が迫ってきている。
今…掛け値なしに、自分は死のうとしているのだ。
もはや氷柱は目前まで迫ってきており、今更ルーンを唱えたところで、どうやっても串刺しになる方が早い。
助かったと思ったのに…こんなにもあっさりと自分は死ぬのだろうか?
そう思っても、やはり現実感が感じられない。目の前に迫ってくる氷柱は、以前タバサと誤解から決闘沙汰になった時に向けられた氷柱よりも明確な殺意が篭っているはずなのに。
後から思えば、それはキュルケ自身、これに刺し貫かれることはないと無意識にわかっていたからかもしれない。
何故なら、”熱”を感じていたからだ。
ボシュゥゥ!という戦場には似つかわしくない間抜けな音と共に、数秒後にはキュルケとタバサを串刺しにしようとしていた氷柱は後ろから追いすがってきた炎の蛇に飲み込まれて水蒸気を撒き散らした。
「きゃあ!」
至近距離から水蒸気を吹き付けられ、未だにダメージが抜けていなかった彼女の体はバランスを崩して地面へと倒れこんだ。

コルベールは、自分が死ぬと理解していた。
あのタイミングで放たれた氷柱を迎撃するには、待機させていた魔法を解き放つしかなかった。
彼の二つ名である”炎蛇”とは、その炎が通常の炎球よりも速い…それこそ、蛇のように素早く、細やかに操作することからつけられた名だ。
彼の炎ならば、あの氷柱にギリギリ追いつけるだろう。
だが、彼の目の前にはかつての部下であり、今では敵であるメンヌヴィルがいた。
メンヌヴィルは彼を殺すことに固執している。それは、『全力で戦いたい』などというものではない。メンヌヴィルは単にコルベールを焼き殺したいだけだ。
結果さえ同じであるなら、過程は問わない。
ならば…目の前でコルベールがこれほどの隙をさらして、そこを突かぬはずがない。
メイジの戦いとは、読み合いだ。
魔法には必ず詠唱がある。メイジとは攻撃するために隙を晒さねばならないという、個人単位の戦闘者としては致命的な欠陥があるのだ。
だが、それでも魔法という力は絶大で汎用性に富んでいるが故に、メイジの優位は動かない。
すなわち、メイジ同士の戦いは手を読まれた者が負ける。
ましてやコルベールとメンヌヴィルは、魔法の力比べをしているのではない。彼らが行っているのは、殺し合いだ。
故に。
「隊長殿、また余所見かぁ!」
メンヌヴィルがその時点で撃てる最大の魔法を放ってくることは当然の帰結。
そして、コルベールにはもはやどうすることも出来ない。
炎の魔法が攻撃力に特化していると言われる最大の理由は、他の魔法よりも圧倒的に高い追尾性が故だ。
知覚しきれる範囲であれば、集中力さえ切れねば確実に炎を操作し、対象に当てることが出来る。
加えて、メンヌヴィルは温度を追尾させるという、他のメイジでは絶対に不可能な手段が取れる。
今から《フライ》で飛んだとしても、数秒の延命にしかならないし、何より氷柱を狙った炎の操作に支障が出る。
すぐ目前に、死の具現が迫る。
あぁ、死んだな…と、コルベールはまるで他人事のように自身の死を予感していた。
だが、同時に満足もしていた。
彼は、確かに人質になっている生徒達の安全を考慮し、キュルケとタバサを見殺しにすると瞬時に決断していた。
ここでコルベールが敗北すれば、メンヌヴィルは満身創痍のキュルケとタバサを易々と殺し、他の銃士達も殲滅するだろう。
あの不可思議な魔法を使う青年がいるが、彼の実力は全くの未知数、考慮に入れることは出来ない。
ならば、90人のために、あの2人を見殺しにしてメンヌヴィルを殺すべきだ。
けれど…冷静な思考がそう決断したにも関わらず、彼の体は二人の”生徒”に迫る氷柱を阻止すべく炎を解き放っていた。
コルベールはとても安らかな気持ちだった。彼は…教師であれたのだから。
思考は確かに”炎蛇”だった。だが、20年間に染み付いた教師としてのコルベールが確かに存在したのだ。
それは、任務の名の下に老若男女を問わず等しく焼き殺し続けた彼が、軍人という機械ではなく…子どもに大切な”何か”を教えられる教師になれたのだという証に他ならない。
それが、ひどく嬉しかった。
彼が放った炎の蛇が、生徒達を狙った氷柱に追いつき、飲み下した。
なんとか間に合ったようだ。これでいい。後は…あの青年と銃士達に任せるしかないのが心苦しいが、生徒達を無事に救い出してくれることを祈るしかない。
”炎蛇”…いや、”教師”コルベールは、信仰の果てに始祖より救いを賜った神官のような心持ちで目を瞑った。
双月が完全に雲に覆われ、周囲に闇が満ちる。
そして、その闇を一瞬だけ、炎の花が鮮やかに花開いて蹴散らし…また、闇が世界を覆った。



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