あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

虚無と狼の牙-01b


 翌朝、ルイズは目を覚ましてから、いつものように着替えを取りに行こうとして、床にある何かにつまずいた。
「いたーい!」
 つま先を打ち付けて、涙目でその場に倒れこむ。
何か硬くて大きなものが床に置いてある。
憎憎しげな目でその物体を見た。
そこには見慣れない布にくるまれた巨大な物体が置いてあった。
「……十字架?」
 ふとそんなことを思わず口走る。
「よう、じょうちゃん。おはようさん」
 いきなりそんなふうに声を掛けられて、ルイズは慌ててその声の方角に目をやる。
部屋の隅に黒い服を着た男が、こちらに背を向けて寝転がっていた。
そのまま右手を軽く挙げて挨拶をしている、つもりらしい。
 ここにきて半分寝ぼけていたルイズはようやく昨日の出来事を思い出した。
使い魔、である。彼が、ルイズの呼び出した使い魔なのである。
 ここにきてルイズの頭の中でふつふつと怒りが湧いてきた。
朝から蹴飛ばして痛い目を見たのは、この男の持ってきた荷物のせいである。
それに、そもそも根本的にこの男の態度が気に食わない。
「ウルフウッド! あんたこんなものを床に置いてどういうつもりよ!」
「どういうも、こういうも他に置くとこないやないけ」
 ウルフウッドは背を向けたままでどうでもよさそうに答える。
その態度にますます腹を立てたルイズは、この男を自分と同じ目に遭わせるべく、目の前の十字架を持ち上げてぶつけてやろうとした。
「っつ、ちょ、ちょっと、なによこれ。一体何で出来てるのよ?」
 十字架を掴んで持ち上げようとしたのだが、持ち上がらない。中腰で必死に踏ん張って見てもびくともしない。重い、むちゃくちゃに重いのである。
 そんなバカな、とルイズは思った。昨日、このウルフウッドはこの十字架を何でもなさそうに担いで歩いていたはずである。一体どうなっているのか。
「それ持ち上げるんは、おじょうちゃんには無理やで。重たいやろ?」
 気が付けばウルフウッドがのそりと立ち上がりルイズのほうを見ている。
「あー、もう、一体これは何なのよ!」
 腹立ち紛れにルイズは十字架を蹴飛ばそうとしたが、さっきそれで痛い目を見たことを思い出してあきらめる。
「何って、ワイの大事な商売道具や、って言うたやろ?」
 そして、ウルフウッドはどうでもよさそうにあくびをした。



 ウルフウッドとルイズはならんで学院の廊下を歩いていた。
不機嫌そうに口を尖らせて先を行くルイズの後をウルフウッドが付いて行く。
 ルイズは不機嫌だった。
朝食の際に、ウルフウッドに自分との立場の違いを認識させてやろうと思ったら、ウルフウッドはあっさりと床に座り込みうまそうに固いパンとスープを食べた。
本人曰く、「黙っててもメシが当たるだけで御の字や」ということらしい。
この男がどういう生活を送ってきたのかは知らないが、この程度の扱いは彼の中では上等の部類に入るらしい。
 結局、仕返しの一つも出来ないままのルイズであった。
「あー、もうなんでこんな奴が使い魔に。けど、一度契約しちゃうと使い魔が死ぬまで新しい使い魔とは契約できないし」
 そんなことをいやみったらしくぶつぶつとウルフウッドに聞こえるように呟きながら、ルイズが歩いていると、ウルフウッドが声を掛けた。
「なぁ、じょうちゃん。使い魔いうのは死なへんと契約が切れへんっていうたよな?」
「そうよ、それが何?」
 ウルフウッドのほうを見ずルイズは不機嫌に答えた。
「ちゅうことはや、使い魔であるということはつまりは生きている、いうことになるんやな?」
「当たり前でしょ。それはそうと、わたしも聞きたいことがあるの?」
「なんや? 答えられることやったらなんでも答えたるで」
「わたしずっとあんたのこと普通の平民だと勝手に思っていたけど、本当にただの平民?」
「どういう意味やねん?」
「だって、あんた土の中から現れたし、ひょっとしたら人の姿をした土系統の幻獣かなんかかもしれないと思って……」
 ルイズはウルフウッドが土の中から現れたという事実に一抹の希望をかけた。
もしも、彼が土の幻獣か精霊の類ならば、さらにそれが人の形をし人語を理解するということになれば、それは非常にレベルの高い使い魔を召喚したということになる。
しかし、その希望はあっさりと打ち砕かれた。
「いや、ワイは人間やで」
 ウルフウッドは敢えて自分を『ただの人間』とは言わなかった。
 期待はずれの答えに、またルイズの怒りのボルテージは上がる。
「じゃあ、なんであんたは土の中に埋まっていたりしたのよ!」
「なんでって、それは多分……」
「多分、何よ?」
「多分、死んでもうたから埋められたんやと思う」
 この衝撃の告白にルイズは固まった。死んだ? 埋められた?
「そういえば、さっきあんたわたしに変なことを聞いてきたわよね? 使い魔っていうのは生きていないとダメなのかどうか、とか」
「うん。正直自信ないねん。自分が生きているのかどうか」
 ルイズは青ざめた顔で両手を固く握り、肩を振るわせ始めた。
「……あんた、わたしから離れなさい」
「なんやねん、いきなり?」
「いいから離れなさい! それでもう付いてこないで、いいわね!」
 ウルフウッドを指差して、言いたいことを言うだけいうと、ルイズはそのまま振り返ることなくその場から走り去った。
 ウルフウッドはその走り去る背中を見ながら「年頃の女の子いうのはむつかしいな」と思っていた。



 あれからルイズは一人教室で頭を抱えていた。その隣に一人の女子生徒が腰掛ける。
「おはよう、ルイズ」
「おはよう」
 ルイズは顔を上げないまま返事をした。
「ねえねえ、あなたの使い魔って、普通の平民っていう話本当?」
「……違うわ」
「あらー、いっちょまえにとぼけちゃって。そんなことをしても無駄よ。あんたが平民を呼び出したっていうのはもう学院中のうわさなんだから」
「うるさいわね、キュルケ。違うっていったら違うのよ」
「何よ、そんなに平民を呼び出したことを認めたくないわけ?」
「……いっそただの平民のほうがまだマシだったわ」
 ルイズをからかうようなキュルケの口調にも、ルイズはのってこない。一人ただひたすらに沈んでいくだけである。
こりゃだめだ、と思ったキュルケは軽く両手を挙げて、これ以上からかうことをやめた。
「本当にただの平民だったほうがましだったわ。まさか、あいつが、ゾ、ゾンビだったなんて……」
 誰にも聞こえない声でそう呟いたあと、ルイズは机に突っ伏した。

 一方、その頃ウルフウッドは洗濯をしようとしていた。
他にやることがなくてひまだったというのもあるが、一応昨日ルイズに洗濯を頼まれていた手前それはやっておこうと思ったのである。
なんだかんだ言ってもこの男は律儀なのだった。
 けど、いざ洗濯をしようと思い立ったはいいものの、どこに道具があるかわからない。仕方がないので、近くを歩いていた人に声を掛ける。
「そこのメイドのじょうちゃん。すまんけど、洗濯道具がどこにあるか教えてくれへんか?」
「はい?」
 腕いっぱいに洗濯物を抱えたメイド服の少女はその声にウルフウッドのほうを振り返った。そして、ウルフウッドを見てなにかをひらめいたような顔をした。
「あ、ひょっとして、あのあなたはミス・ヴァリエールの使い魔さんですか?」
「そやけど」
 何で知ってんの? とウルフウッドは首を傾げる。
「くす。だって、有名ですよ。ミス・ヴァリエールが平民の人を召喚しちゃったって」
「まぁ、それはそうなんやけど、その平民とか使い魔いうのはやめてくれへんかな。なんかどうもそういう言い方は好かんねん」
「あ、す、すみません」
「いや、別にかまへん。怒ってるわけちゃうから」
 慌てて謝った少女をウルフウッドは苦笑いしながら右手で軽く制した。
「ワイはウルフウッド」
「あ、わたしはシエスタです。このトリステイン魔法学院でメイドをしています」
「ほな、よろしゅうな」
 ウルフウッドはシエスタに右手を差し出して、笑ってみせた。

 雲ひとつない洗濯日和の空の下、ウルフウッドは洗濯板を抱えて洗濯に精を出していた。
「あの、別にわたしの分までやっていただかなくても……」
「かまへん。ちょっとしたお礼みたいなもんやし、それにワイ洗濯好きやねん」
 恐縮するシエスタの隣で、ウルフウッドは黙々と洗濯を続ける。顔に嬉々とした色を浮かべて、本当に洗濯が好きなようだ。
「変わっていますよね。お洗濯の好きな男の人って」
「んー、ほんま言うと洗濯が好きなんと違うて、こういうのが好きなんや」
 不思議そうな顔でシエスタはウルフウッドを見る。こんなに幸せそうに洗濯をする男の人は始めて見た。
「こうやって洗濯なんかしてるとな、昔を思い出すねん……」
 ウルフウッドはそうひとりごちると、どこか遠くを見るように目を細めた。彼の人生の中で、唯一幸せだったとき。何も知らずに幸せだった昔。彼は洗濯石鹸の泡の中に、自らの故郷を見ていた。
 シエスタはそんな彼の横顔を、食い入るように見つめていた自分に気が付いた。
どうしてこの人はこんなに寂しそうな目をするのだろう、と思う。
そして、彼女の視線に気が付いた彼と目が合った。シエスタは思わず頬を染めて視線を彼からずらしてしまう。
彼はそのまま何事もなかったかのように洗濯を続けた。

「ちょっと洗濯手伝うただけやのに、昼飯ごちそうになって悪いなぁ」
「いえ、いいんですよ。どうせ余ってしまうんですし」
「余るて、もったいないことするなぁ。あのガキ共……」
 ウルフウッドはそれから厨房にやって来ていた。
洗濯を手伝ったお礼としてシエスタにここで昼ごはんを食べさせてもらっていたのだ。
貴族用の豪華な食事は彼にとっては実に久々のまともな食事だった。
「メイドのじょうちゃん、あれだけでこんな風にメシ食わしてもらうのは悪いから、なんか言うてや。手伝うたるで」
「え、っとそれじゃあデザートを運ぶのを手伝ってもらえますか」
「まかしとき」
 こうしてウルフウッドはデザートを持って、シエスタと共に食堂へと向かった。

 ルイズは食堂でもまだ一人で落ち込んでいた。目の前の食事にもほとんど手をつけていない。それくらい彼女にとってはショックだったのである。
「おい、ルイズの奴随分落ち込んでいるみたいだな」
「魔法が出来ないからって平民を連れてきた罪悪感にさいなまれているんじゃないの?」
「ははっ、そうかもな」
 しかし、ルイズの耳には周りのそんな中傷も聞こえてこない。
どうやら土の中からあいつが現れたことも、周りの人間はそうやってルイズがもともと平民を仕込んでいたということで納得されているようだった。
 ルイズは泣きそうになる。周りから馬鹿にされているからではない。彼女が召喚してしまったものを嘆いているのだ。
 普通の平民ならまだよかった。しかし、よりにもよって自分が呼び出したのは普通の平民どころか、その死体。俗に言うゾンビという奴だ。
なんで、わたしの使い魔はそんな気持ちの悪い化け物なのか。
神様、魔法の才能がないばかりではなく、よりにもよってあんな化け物が使い魔なんて。いったいわたしが何をしたというのか。
「こら、出されたメシはちゃんと食わんかい」
 うるさい。こんな状況でごはんなんて喉も通らないわよ。
「おい、こら。無視するな、アホ」
 誰が、アホよ。確かに、今は言い返す元気もないけど、でも人を捕まえてアホはないんじゃないの。
 と、そこでその声が聞き覚えのあるものであることに気が付いた。
「きゃあぁー!」
「な、なんやねん!」
 ウルフウッドの顔を見て悲鳴を上げるルイズ。そんなルイズを見てうろたえるウルフウッド。
「お前、自分の使い魔を見て悲鳴上げるて、どういう神経しとんねん」
「ち、近寄らないでって言ったでしょ! 第一あなたここで何してるのよ!」
「何って、デザート配っとんねん。見たらわかるやろ」
 右手にデザートの皿をもって、左手を腰にあて、ウルフウッドはため息混じりに答えた。
 突然食堂で始まった謎の痴話げんかに周りの視線が集まる。


「誰もそんなことを聞いてないわよ! この化け物!」
 その一言を言ったとき、ルイズは後悔した。
ウルフウッドの目に一瞬だったが、悲しい表情が見えたからだ。
いや、それは悲しさだったのかどうかわからない。
そこに映っていたのはもっと空っぽなもの、言うなれば虚無が浮かんでいた。
「えっとあの、だって、あなた、死んでるんでしょ?」
 その目にどこかいたたまれなくなったルイズは遠慮がちにそう言った。
 ウルフウッドはここに来てやっと理解した、なぜ彼女が怯えていたかに。
小さくため息を付くと、デザートの載ったお盆をテーブルに置く。そして、空いた両手でルイズの頬に触れた。
「ち、ちょっといきなり何するのよ」
 突然のウルフウッドの行動にルイズは思わず顔を赤くする。一体突然何をするのだろうか、この使い魔は。
「あたたかいやろ」
「え?」
「ワイの手ちゃんとあたたかいやろ」
「……うん」
 彼女の頬に触れるウルフウッドの両手は確かにあたたかかった。その触れられている場所が火傷するのではないかというほどに。
「なんでかは知らんけど、ワイはちゃんと生きているみたいや。多分、きっとおじょうちゃんの魔法のおかげやろうと思うで」
「わたしの……魔法?」
「そうとしか考えられへんやろ? 
だって、ワイはおじょうちゃんの魔法でこの世界に呼び出されたんやから。だから、おじょうちゃんの魔法のおかげでワイは生きとんねん」
 そうやってウルフウッドはルイズの目を見つめたまま、笑って見せた。
 魔法で人を生き返らせる? ひょっとしてそれってとてもすごいことじゃない? だって人を生き返らせる魔法というのはほとんど伝説でしか存在しないような魔法じゃない。水のスクウェアメイジだってそんな芸当は出来ないわよ。
「ふ、ふふ、ふふふ」
 突然ルイズは笑い出した。その不気味さに思わずウルフウッドは手を引っ込める。
何が起こっているのかわからない。とにかく目の前の少女の精神構造が理解できない。
「そうよね。そうよ。よくよく考えたら失敗なんかなわけないじゃない。
わたしとしたことが迂闊だったわ。まさか、自分がそんな伝説の魔法の使い手だったなんて。
いやだわ、まぁ、どうしよう……」
 周りの野次馬もウルフウッドも何が起こったかわからない。
なにせさっきまで深海の底にいるかのように落ち込んでいて、それが叫んだかと思うと、次は何かをぶつぶつと呟きながら不気味に笑っているのだ。
「まぁ、その、なんや。ちゃんとメシは残さず食えよ」
 そう言うだけ言って、完全に自分の世界に旅立ってしまったルイズを置いて、ウルフウッドはその場から逃げ出した。
 ウルフウッドはルイズを励ますためにそのようなことを言ったのだが、彼は一つ大きな見誤りをしていたことには気が付いていなかった。
それは、ルイズはああ見えて意外と単純である、ということである。

 なにやらおかしな世界に旅立ってしまったルイズをほっといて、ウルフウッドは黙々とデザートを配り続ける。
周りの生徒はみんなきょとんとした顔で見つめるが、厄介事には巻き込まれたくないので誰もウルフウッドには話しかけない。
ウルフウッドのほうも話しかけられても返答に困るので、その方がありがたかった。
 そうやってデザートを配っていると食堂の一角に人だかりが出来てることに気が付いた。
持ち前の野次馬根性を発揮してウルフウッドが人だかりを覗き込んでみると、なにやらキザったらしい格好の男子生徒が誰かに絡んでいる。
その絡んでいる相手はウルフウッドの見知った相手だった。
「なんや、メイドのじょうちゃん、なんかヘマでもやらかしたんか」
 目の前の男子生徒はものすごい剣幕でシエスタに「謝れ」と詰め寄っている。
ウルフウッドはシエスタとは知らない仲ではない。それに昼飯を奢ってもらったお礼もある。
ここは仲裁に入ることに決めた。


「はい、ちょっとごめん。どいてなー。道開けてー」
 野次馬たちを掻き分けてシエスタのほうへとウルフウッドは近づいていく。そこで、シエスタがウルフウッドの存在に気が付いた。
「あ、ウルフウッドさん」
 その声に相手の男子生徒もウルフウッドのほうを振り向く。
「なんだい、キミは?」
「その子の知り合いや」
 ウルフウッドは適当にそう答えて、二人の間に入った。
「そうか、思い出したぞ。確か君はゼロのルイズの使い魔だったね」
 男子生徒はウルフウッドの顔を見て、納得したように手を打った。
「で、平民が一体何の用だい」
「いや、この子がどんなヘマをしたんかは知らんけど、まぁそうカリカリせんとその辺で許しといたれや。女の子いじめるのはかっこ悪いで」
 ここで周りから男子生徒に対して失笑が漏れる。これに気分を害した男子生徒は肩を震わせると、
「このメイドが軽率に、香水の壜なんかを拾い上げたおかげで、二人のレディの名誉が傷ついたんだ。
別に僕は彼女をいじめているわけではない。ただ正当な謝罪を要求しているだけだ」
「正当いうんやったら、事情を説明してみいや」
 ここでこの男子生徒は「うぐっ」口をつぐんだ。そうすると周りの連中が囃し立てるように状況を代わりに説明し始めた。
「そら、出来もせん二股をかけるお前が悪い。ギーシュいうたか? そんなんで八つ当たりなんかすんなよ」
 とだけ、あきれ返ったように言い放って、ウルフウッドは「ほな行くで」とシエスタの手を引いてその場を去ろうとした。
「待ちたまえ」
 去ろうとするウルフウッドをギーシュは大声で引き止めた。
「なんやねん。恋の悩み相談やったら、ワイは専門外やで」
 ここでまた回りがどっと湧いた。
「違う、そうじゃない。どうやら君は貴族に対する口の聞き方を知らないようだね」
 はぁー、とウルフウッドは大きくため息を付いた。別に平民とか貴族とかは彼にとってははどうでもいいが、こうもしつこいとうんざりしてくる。
「クソガキ相手に口の聞き方もへったくれもあるか」
「……決闘だ。君に決闘を申し込む」
 ギーシュは頭一つ分大きいウルフウッドを見上げるようにして宣戦布告した。
彼にとっては、ウルフウッドのほうが背が高く見上げる格好になっていることからして気に食わない。
おまけにこのウルフウッド、三枚目っぽく振舞っているが顔立ちはかなり整っている。
それに彼ら男子生徒にはない、野生的な力強さがある。
そんな彼に対して、女子生徒の間でひそかにかっこいいよねという噂が流れている。
それも彼にとっては気に食わない。
「なんや、ここでワイとやるいうんかい?」
「ふざけるな。貴族の食卓を平民の血で汚せるか。ヴェストリの広場で待っている。ケーキを配り終わったら、来たまえ」
 そう言うなりギーシュは踵を返し食堂から出て行った。
「あ、あの……」
 シエスタが不安そうな顔でウルフウッドを見る。
「あぁ、まぁしゃあないわ。ガキのしつけは大人の仕事やからな。ちょっと行って一発しばいてくるわ」
 ウルフウッドは洗濯物を干すときと変わらない笑顔でシエスタに軽く手を振ると、食堂の入り口に置いてあった十字架を担いで外へ出た。



「とりあえず、逃げずに来たことは、誉めてやろうじゃないか」
 ギーシュは、薔薇の花を手に携えて歌うように言った。
「誰がお前みたいなクソガキ相手に逃げるか」
 ウルフウッドはめんどくさそうに頭を掻いている。
「それでははじめ――」
「ちょっと、待ちなさい!」
 決闘の始まりを告げるギーシュの合図を誰かが遮った。見れば、さっきまで食堂で自分の世界に旅立っていたルイズがこちらに向かって走ってやってくる。
「よう、じょうちゃん」
「よう、じゃないわよ。あんたいったいわたしのいない間に何やってんのよ!」
「ちと、ガキのしつけや」
「ガキのしつけって、あんた自分の状況わかってるの? 平民がメイジに勝てるわけないでしょ。よくて怪我、悪ければ……」
「大丈夫やて。いくらヘンテコな魔法使えたところで、こんなガキには負けへんて」
 ウルフウッドは顔を真っ赤にしてすごい剣幕で詰め寄るルイズの前でひらひらと右手を振ってみせる。
「あんたね――」
「まかせとき。それに命のやり取りやったらワイは慣れとるしな」
 そう言ってウルフウッドは少し唇を歪める。その表情にまたルイズは彼のからっぽな何かを見た。そして、それ以上何も言えなくなってしまう。
「それになんや、使い魔いうのはじょうちゃんの身をまもらなあかんのやろ。やったら、これくらいでビビるわけにはいかへんやろ。まかしとき」
 ウルフウッドはルイズの肩を優しく叩いた。
「……もう、知らない」
 ルイズは口を尖らせたまま、そっぽを向いた。自分にこの男を止められる言葉が存在しないのが悔しかった。
「ご主人様との別れはすんだかね? 使い魔くん」
「おう、待たせて悪かったな。ほなとっととはじめよや」
 そのウルフウッドの声にギーシュは手に持った薔薇の花びらを一つ地面に落とした。
「僕の二つ名は『青銅』。よって、このワルキューレが僕の代わりにお相手するよ」
 そういうやいなや地面が盛り上がり、槍を構えたギーシュの肩ほどの大きさの像が現れる。
「ほぉー、驚いたわ。そんなんも出来るんか、魔法ていうやつは」
「今更感心しても遅いよ。行け、ワルキューレ!」
 そのギーシュの掛け声と共にワルキューレは突進する。槍を構えて一直線にウルフウッドを突く。
しかしウルフウッドは全くたじろぎもせずに、軽く体をひねってその突きを交わすと、ワルキューレの頭に足を掛けて踏みつけるように蹴りだした。
バランスを崩して地面に倒れるワルキューレ。
「なんや、倒れたら自分では立ち上がれへんみたいやな」
 ウルフウッドは地面でばたばたと手足をばたつかせているワルキューレを見て、特に何の感慨もなくそう言い放った。
「どれほどのもんかとおもたけど、動きは鈍い、狙いはばればれ。この程度やったら近所のガキをいじめる程度にしか使えへんで」
「た、たかだかまぐれで一体倒したくらいで調子に乗ってもらったら困るね。これでどうだ!」
 ギーシュは薔薇の杖を振った。辺りに花びらが舞う。そうするとあっというまに彼の周りに七体のワルキューレが現れていた。
「あちゃー、困ったなぁ」
「どうだ、さすがにこれだけの数に囲まれてはどうしようもあるまい」
「なぁ」
「なにかね? 命乞いかい?」
「こいつらいちいち素手でしばいていたら痛いから、ワイも武器を使うてかまへんか?」
「あぁ、構わないよ。銃でも剣でも好きなものを使いたまえ」
「ほな、遠慮なく」
 ウルフウッドは満足そうに笑うと、傍らに突き刺してあった十字架を手に取った。
「ええで。いつでもどうぞ」
「何を取り出すのかと思えば……そんなもので僕のワルキューレが止められると思っているのか!」
 そして、七体のワルキューレがいっせいにウルフウッドに飛び掛った。
周りにいる誰もが、だめだと思って目をつむろうとした瞬間、何かを鈍器で殴る音が七発響いた。
 ルイズもそうやって目を閉じたうちの一人で、こんなことならもっと全力で止めるべきだったと後悔しながら、やっとのことで勇気を振り絞って目を開けた。
そして、そこにいたのは十字架を片手に佇むウルフウッドの姿、だけだった。



「え……?」
 ルイズは呆気にとられた。自分の使い魔が無事なのはいいことだ。それについては全く問題はない。
けど、ギーシュの七体のワルキューレはどこへ行った?
 そう思った瞬間、ルイズの背後でドスンと何か重たいものが地面に落ちる音がした。それも連続してほぼ同時に複数。
 慌てて背後を振り返る。
そこではギーシュのワルキューレが地面に叩きつけられたせいか、それともそれ以前にやれらたのかはわからないが、半分砕けた状態で七体きれいに折り重なっていた。
「そ、そんな馬鹿な!」
 悲鳴にも似たギーシュの絶叫が響き渡る。
「なんでやろ、おかしいな」
 そして、ウルフウッドもなにやら納得できない表情で自分の右手を見ている。彼自身も何か違和感を感じていたらしい。
「き、君は一体何をしたんだ?」
 ギーシュはそんなウルフウッドに詰め寄った。
「何をしたって、殴り飛ばしただけやないけ。お前のワルキューレちゅうのを」
「ふ、ふざけるな。人間の力であんなことが出来るものか。そうか、わかったぞ。君のその持っている武器だ。
それに何かが仕込まれていると見た。それを検分させてもらおう!」
 ギーシュはウルフウッドの持っている十字架を指差した。どうやら、さっきの出来事はこの十字架のせいであると言いたいらしい。
「かまへんで。ほい」
 そう言ってウルフウッドはギーシュに十字架を投げる。ギーシュはそれを受け止めるが、まるで台風にへし折られる細い木のように、そのままなすすべもなく十字架に押し倒された。
「な、なんだ、これは……重い、重すぎる……」
 十字架にのしかかられて、ギーシュはひぃひぃと息を漏らす。そして、頭の中で納得していた。
そりゃ、こんな重たいもので思いっきり殴り飛ばされたら自分のワルキューレが風に舞うように吹っ飛ばされるのも仕方のないことだと。
 そして、もう一つの恐ろしい事実に気が付いた。こんな重いものを平然と振り回すこの目の前の男の筋力。それはもはや人間のレベルではない。
化け物だ、怪物だ。自分はとんでもないものにケンカを売ってしまった。勝てるわけがないじゃないか。どうしよう。
っていうか、それ以前に苦しい。内臓が潰れそう……
「ま、参った。降参だから、これをどけて」
「ええで。けど、一つだけ条件をつけさして貰うわ」
 ギーシュはこくこくと頷いた。
条件でもなんでもいい。早くこれをどけてくれないと死ぬ、間違いなく死ぬ。
 ウルフウッドはそんなギーシュの反応に満足すると、片手で十字架を持ち上げた。
ギーシュは青ざめた顔で大きく息を吐く。
「ぼ、僕も貴族だ。決闘に負けた以上、潔く君の要求を受け入れよう」
 ほうほうの体ではあったが、ギーシュはなんとか己のメンツを保つべく、出来うる限り落ち着いた声で自らの覚悟を示した。
「おぉ。結構根性あるやないか。その意気は気に入ったで」
 そんなギーシュを見てウルフウッドはどこか嬉しそうに笑う。
「ほな、ワイからの要求や。心して聞け」
「……はい」
 ギーシュは背をちぢこませて、その要求を待った。
死刑を執行される前の罪人というのはこんな気持ちなのだろうか、そんなことをぼんやりと考えていた。
「ワイの要求いうのはな……」
 周りにいた全員が息を呑む。一体何を言い出すのだろうか。どんな恐ろしい要求を突きつけるのか……

「メシはちゃんと残さず食え」

 そう言ってウルフウッドはギーシュの額にデコピンをした。



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