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もう一人の『左手』-25


「まったく、やられましたな」
 そうぼやきながら、羽帽子の男は、エール酒のジョッキをあおる。
 ニューカッスルから単身、脱け出してきたワルド子爵であった。

 ここは、ニューカッスル包囲軍の本陣近くの、とある天幕。
 空になったワルドのジョッキに酒を注ぐのは『土くれ』のフーケ。そして、その様子を冷ややかな眼差しで、額にルーンを刻まれた風見志郎が見ている。
 そして、ひとしきり酒で喉を潤した彼は、ジョッキを置き、テーブルの上座の位置に座す、漆黒の僧衣を纏った男に目を向けた。無論、その僧形の男の傍らにはシェフィールドが、気配さえ感じさせぬままに侍っている。

 レコン・キスタ最高貴族院議長にして、アルビオン貴族派連合軍総司令官オリヴァー・クロムウェル大司教。……事実上のレコン・キスタの領袖であるが、彼自身は一人の私兵も一寸の領地さえも持たない、ただの神官くずれに過ぎない。

「あのヴァリエール家の旗は、やはり何とかならないかね、子爵」
「何をいまさら。無視を決め込むには、もはや遅きに失したと言うべきでしょうな」
「呑気なことを……!! 君ほどの者が付いておって、何故あのような旗を掲げさせたのだ!!」

 もはやレコン・キスタの名で、トリステイン王政府と公爵家に、正式な問い合わせをしてしまっているのだ。無論、それはクロムウェルの指示ではない。貴族としての常識を持った、とある騎士の独断だ。
 結果、そのメイジは軍法会議にかけられ、禁固刑を言い渡されてしまった。もっとも彼自身は、戦時国際法に照らし合わせ、何一つ後ろめたい事はしていないと、最後まで主張していたが。

 問い合わせた以上は、回答を待たねばならない。その回答が返って来るまでは、貴族派としても、迂闊に城を攻められない。いや、レコン・キスタ首脳部の本当の悩みどころは、そんな王党派の時間稼ぎではない。
 クロムウェルのこめかみに、じわりと大粒の汗が浮かぶ。
「あの旗が揚がっている以上、気の短いヴァリエール公爵の私兵隊が、いつ我らが陣中の後背を衝くかもしれんのだぞ!!」

――そう、そこだ。
 王女アンリエッタが、ヴァリエール家の末娘にこの任務を与えたのは、あくまでお忍び。公爵本人や、公爵家に何ら筋を通したわけではない。宰相のマザリーニさえ預かり知らぬ、アンリエッタ個人の私的任務なのだ。つまり、非は一方的に王家サイドにある。
 そうなると、王家に次ぐほどの兵力と資産を持つという公爵家サイドが、可愛い末っ子を死地に追いやった王政府に反発して、独断でアルビオンに攻めかかってくるという可能性は、かなり大きい。
 枢機卿がアンリエッタに代わって、公爵家に詫びを入れても、彼はトリステイン貴族に人望が無いため、怒り狂った公爵が聞き入れ、矛を収めるとは思えない。
 もしそうなってしまったら、トリステイン王政府も指を加えて見ているわけには行くまい。国権の長たるプライドから、そしてヴァリエール家への義理から、必ずや正式な派遣軍をアルビオンに送り込んでくるはずだ。
 その際、トリステインと攻守同盟を結んでいるゲルマニアが、どう動くかは未知数だが、皇帝アルブレヒト3世は、度重なる政争の果てに帝位を掴んだような、アクの強い男である。黙って見ているとは思われなかった。

 そう考えると、ニューカッスルへの総攻撃など、とても出来るものではない。今すぐにでも包囲網を解体し、陣を組み直さねばならない。なにせ、アルビオンの貴族派は全軍で、このニューカッスルを囲んでいる。
 逆に言えば、首都ロンディニウムはおろか、軍港ロサイス、街道の要衝シティオブサウスゴータなど、軍勢の背後は、全くがら空きになっているのだ。
 かといって、王党派をここまで追い込んでおきながら、いまさら和議を結んで停戦するほど、貴族派はめでたくは無い。テューダー王家がアルビオンにある限り、レコン・キスタは、いつまでたっても反逆者・簒奪者の汚名から脱け出せないのだから。
 まさしく、圧倒的な優勢から、旗一本で膠着状態に持ち込まれてしまったのだ。



 だが、ニューカッスルから単身脱出してきたワルドの態度は、飄々としたものだった。
 彼は、クロムウェルの焦りをよそに、ぬけぬけと『喉が乾いた』と言ってエール酒を要求し、いまも、声を荒げるクロムウェルを前に、表情一つ変えない。
 つまり彼は、
「策はありますよ」
 と、こう言い切ったのだ。

「……」
 クロムウェルは、さすがに一介の神官から、浮遊大陸を席巻する一大勢力の首領となった男である。そんな内実が伴うか不明な言葉に、ほいほい喜ぶような底の浅さを見せる真似はしない。
 ただ、蛇のような目で、鋭くワルドを睨んだままである。
「聞かせてもらおうか」
――くだらぬ話なら、この場でその首、叩き落すぞ。
 僧帽の下から薄く光る眼差しが、そう言っている。
 その眼光は、逆に言えばいかにクロムウェルが、これから吐かれるワルドの言葉に耳を傾けているか、その証明でもあった。
 そしてワルドは、そんなクロムウェルの目を見て、――笑った。


「レコン・キスタとしては、今宵にでも、総攻撃をかけられませい」


 クロムウェルの眼光が、鋭さを増した。
「……なにぃ?」
「ヴァリエールの末娘にしても、使いようによっては、公爵家をトリステイン王家から離反させる手駒として使えましょう」
「人質、か……?」
 クロムウェルの表情が緩む。安心から発生した微笑ではない。
――この男も所詮はこの程度か。そんな嘲りが混じった笑いだ。
「甘いな。仮にもトリステイン第一の家格と伝統を持つヴァリエール公爵家が、たかが娘一匹と引き換えに、国家反逆の汚名に甘んじると、本気で考えておるのか?」
 だが、ワルドは冷静だった。

「それは閣下の解釈でござろう。わたしの考えは少し違います」

 どうやら、ただの希望的観測ではないようだ。だが、話を最後まで聞くまではクロムウェルとしても、何も言いようがない。
「閣下は、ヴァリエール公爵の人となりを御存知でない。あの方が、魔法もロクに使えぬ末っ子に、どれだけの深い愛情を注いでおられるか、閣下は御存知でない」
「……」
「ですが、わたしは違います。――仮にもわたしは、ルイズ・フランソワーズと婚約まで結んでいた身ですからな。一時期は、家族同然に扱っていただいた覚えがあります。つまり公爵も、公爵夫人も、ルイズを含めた三人の娘たちも皆、等しく“知って”おります」
「ヴァリエールの末娘は、人質になり得る……そういうことか……!?」
 そのクロムウェルの問いに頷くワルドの笑みには、もはやふてぶてしいと形容すべき毒素が、十二分に含まれていた。少なくとも、ルイズは、婚約者のこんな獰猛な笑顔を見たことは無いはずだ。
「不肖の子ほど可愛いと一般にも言われますが、それは何も、平民や町民に限った話ではありませぬ。ましてや、そんな我が子を戦場に直接送り込んだ責任は、王女その人にあることは明々白々。そんな王家に、あえて忠誠を尽くすほど公爵は穏健ではありませんぞ」

「……」
 確かに、ワルドの言い分には説得力がある。
 だが、クロムウェルとしても、よし分かったと気安く頷くわけにはいかない。
 ワルド自身が言ったように、クロムウェルはヴァリエール公爵に関する情報を、何も持っていないからだ。
 公爵が、娘一人と国家反逆を天秤にかけて、こちらの思い通りに動くような男かどうかは、圧倒的に未知数である。いや、むしろ分が悪い賭けだと言ってもいいだろう。
 だが、分が悪いからといって、このまま手をこまねいているわけにはいかない。『何もしない』という事こそが、いま一番最悪な選択肢である事は、誰の目にも明らかなのだから。




「……ワルド君」
「はい」
「分かっているとは思うが、今一度、念のために訊こう」
「なんなりと」
「ニューカッスル総攻撃にあたり、問題点は二つ。一つは、ルイズ・フランソワーズの身柄に、傷一つ付けてはならぬということ。そしてもう一つは――」
「短期決戦、でございますな?」
 クロムウェルは、大仰に頷いた。
「――そうだ。仕掛ける以上は、次なる攻撃こそを最終攻撃とせねばならない。ヴァリエール家がどう出ようが、トリステインがどう動こうが、やつらがアルビオンに出師する前に、ニューカッスルを陥とさねばならない。絶対に。何があっても絶対にだ」
 しかし、ワルドの微笑は、その獰猛さを隠さない。
「ご安心を。伊達にトリステインの大使を名乗って、ニューカッスルに潜り込んではおりません。すでに攻略法は考えてあります。それに、どのような乱戦になろうとも、小娘一人を守り切るなど、この『閃光』のワルドには、いと雑作もなきこと」

 つまり、貴族派がニューカッスルに乱入しても、敢えてトリステインのワルド子爵として戦い、ルイズを守るとワルドは言っているのだ。どちらにしろ小娘の眼前で、裏切り者の仮面を脱ぐ事は出来ないから、捕虜になるまで戦うしかない。
 どうせやるなら、そこまで徹底しなければ、芝居も意味を失ってしまう。ワルドとしても、今の段階でルイズの信頼を失うわけには行かないのだから、そこのところは考えてある。
 貴族派が欲しい首は、あくまで王党派首脳部の首であり、トリステイン大使ではないのだ。むちゃくちゃな抵抗さえしなければ、自害に追い込まれる事も無いだろう。

「なるほど、流石はトリステインの魔法衛士隊を預かるだけの事はある。大した自信だ。――ならば次は、君が言うニューカッスル攻略法とやらを聞かせてもらおうか?」
「はい」
 ワルドは、エール酒を一口飲むと、再び口を開いた。
「閣下は、ニューカッスルの地下に、浮遊大陸の真下から通じる大穴が存在するのを御存知ですか?」

――今晩中に王党派の息の根は止めてやる。
 ワルドは心中で呟いた。
 そして、
(だがクロムウェル、貴様がその地位にいられるのも、今宵限りだ)
 と、いう一言も。



「そうか。やっぱり……ここには、『俺』がいたんだな……?」
 うめくように声を上げる風見志郎に、ティファニアは黙って頷いた。

 ここはシティオブサウスゴータと港町ロサイスを結ぶ街道から、少し外れた森の中にある小さな集落――ウェストウッド村。
 壮年以上の大人たちは誰も住んでおらず、このティファニアと名乗るハーフエルフの少女と、彼女が面倒を見る孤児たちが暮らす、村と呼ぶのもはばかられるほどの、十軒ほどの小さな村。
 風見志郎は、その一軒にいた。
 自分の事を『ブイスリー』と呼びつつ、物怖じせずにまとわりついてくる子供たち。だが、少女が『彼は疲れているのよ』と言うと、全員仲良く外に出て行ってしまった。
 残ったのは、けげんな顔をしている美少女――ティファニア一人のみ。

「正直に言って、わたしには、あなたが何を言っているのかサッパリ分かりません。ですが……わたしたちの知るブイスリーと、あなたが別人であるという事だけは、どうやら信じざるを得ないようですね……」




 森の中でワイバーンから助けてやった時に、彼女の見せた反応。明らかにこの少女――ティファニアが、『自分』に面識があることは、風見にも分かっていた。
 それほどティファニアの初対面の行動は、風見の予想を超えていた。なんとイキナリ、胸に飛び込まれ、わんわん泣かれてしまったのだ。
 V3の姿に怯えて流した涙ではない。ワイバーンから助かった安堵の涙でもない。 
 逢いたかった信じていたと、再会を祝う涙を流されては、彼としても戸惑う以外に為す術はなかった。自然、この美少女が『V3の姿をした何者か』と、自分を勘違いしていると考えるのが筋であろう。
 そう考えることに、いまさら風見は矛盾を感じていなかった。
 なんとなれば、ついさっき、愛車たるハリケーンを“逆ダブルタイフーン”で撃墜した、もう一人のV3の姿を、彼自身が目撃していたからだ。

 最初、この美少女は、ここにいる風見志郎が、彼女の知る何者かとは明らかに別人であるという事実を、なかなか信じようとはしなかった。
 まあ、無理はない。
 顔も同じ。声も同じ。同じ特殊能力を持ち、変身後の姿も、何もかも同じ。
 何しろ、彼女らの知る“ブイスリー”と、ここにいる風見志郎は、生物的には全く同じ人間なのだ。
 そんな人間がぶらりと現れて、おれとそいつは別人だ、などと言ったところで、誰が信じるだろう? 普通はまず、その人物の言い分を聞く前に、正気を疑うのが先だろう。
 だからティファニアが最初にした事は、あなたは疲れているのよ、とにかく家に帰りましょうと言って、風見をこの集落に引っ張って来ることだった。

 だが、風見のことに、うすうす違和感は覚えていたらしい。
 彼女曰く、その“使い魔”は、風見ほどの無愛想さを身に纏ってはいないらしい。
 そして、風見の左手に刻まれたルーンを見たとき、初めて少女の瞳にあからさまな警戒が浮かんだ。

「あなたは、いったい誰なんです……? わたしが召喚したブイスリーは確か、そのルーンを左手ではなく、胸に刻んでいたはずですが……?」
「ようやく会話が成立しそうだな」
 風見は、怯える少女に、にこりともせずにそう言った。
「その前に聞かせてくれないか。君が召喚した“使い魔”のことについて、詳しく」

「あの人は……1年ほど前に、わたしがサモン・サーヴァントで召喚したんです。まさか、人間が召喚されるなんて思わなかったですけど……」
 彼女は、それまで自分をメイジと認識すらしていなかったらしい。
 魔法が全く使えなかったわけではない。だが、彼女が使用できる呪文は一つだけ。親代わりに面倒を見てくれた姉も、やがて魔法を教える事に匙を投げ、それ以降、魔法とは殆ど関わりのない生活を送ってきたのだという。
 そんな彼女が、“サモン・サーヴァント”を試してみようという気になったのは、彼女が面倒を見ている孤児の一人が、森で野獣に食い殺されてしまった時。血は繋がっておらずとも、『我が子』が非業の死を遂げた悲嘆と孤独に耐えかね、彼女は――

「で、試しにやってみたら、『俺』が現れた、というわけか」
 ティファニアは、その台詞に無言で頷いた。

「でも、ゲートの中から現れたあの人は、何も自分の事を覚えていませんでした。一切の記憶を失っていたんです。覚えていたのは、“ブイスリー”という名前と、変身の能力だけ……」
「怖くなかったのか……? そいつは、――いや、俺たちは、普通の人間じゃないんだぞ」
 そう問われて、少女の顔に初めて、うっすらとした笑顔が浮かぶ。
「わたしはエルフの血を継ぐ者です。怖がられる事があっても、わたしが誰かを怖がる事はありませんわ。ましてや、わたしがこの手で召喚した、大切な家族を怖がるなんて」

 こっちに召喚された『風見志郎』は、上手くやっていたらしい。少女の笑顔を見て、風見はそう判断した。日本の記憶を失っていたことが、どうやらプラスに働いていたようだ。
(ラッキーな奴だ。帰るべき世界の記憶がなければ、未練の持ちようが無いからな)
 だが、気になるのは、そこから先だ。
 この少女は確か、“ブイスリー”はニューカッスルに行ったと言っていた。
 つまり、言わずと知れた貴族派と王党派の戦場である。そんなところへ改造人間が何をしに行ったのか。

「……はい。ウェールズ殿下から密かに打診されたのです。王家のために、そのブイスリーの力を貸してはくれぬか、と」




 思わず風見は立ち上がっていた。
「ばかな……!!」
 この俺が……たとえ記憶を失っていたとしても、この俺が……“仮面ライダー”たる誇りをドブに捨てて、醜い内戦ごときに力を貸しているというのか……!? 権力の犬となって、改造人間のパワーを、ただの人間相手に振るっているというのか……!?
 風見にとって、その一言は、まさしく寝耳に水であった。

 だが、その風見の剣幕は、ティファニアを怯えさせるには充分だったのだろう。ひっ、と息を飲み込むと、いかにも済まなさげに、事情を説明し始める。
「ウっ、ウェールズ殿下は、マチルダ姉さんが出て行ったあと、密かに何かと、わたしたちの面倒を見てくれた恩人でもあるんです! 殿下は、王家再興の暁には、ふたたびモード大公家の名誉を回復すると約束して下さいました!! だからブイスリーは……」
 だが……。
 わたしが止めるのも聞かず、行ってしまったのです。そう言った時、少女の瞳は涙に濡れていた。おそらく、いま彼女の胸のうちでは、彼を制止できなかった自分の無力さを苛む声が、轟くほどの音量で暴れ狂っているに違いない。
「……」
 風見は、そんな少女に、かける言葉を持たなかった。




「しかし、本当にいいのかいルイズ? ぼくたちはあくまでお忍びでアルビオンに来ているんだよ。それを……あんな旗を、この城に掲げるということが、どういうことか本当に分かっているのかい?」
「いいんです。もう仰らないで下さい、子爵さま」
 ワルドの言葉を切って捨てたルイズの声は硬かった。
「これは、わたしが決めた事なんです。姫さまだって、お父様だって、きっと分かって下さいますわ」
 そう言い切った小さな背中は、婚約者の方を振り返りもしない。そのまま靴音を響かせて、ウェールズの部屋に向かっている。
(やれやれ……)
 ワルドは、心中呟いた。

「殿下、ルイズ・ラ・ヴァリエールとワルド子爵にございます」
 扉をノックし、二人は室内に通された。
 ルイズは二度目だが、ワルドは初めてだ。この皇太子の私室にしては、呆れるほどに簡素な室内を見て、ワルドは声すら出なかった。
 だが、ルイズはそんな事にお構いなく、王子に本題を切り出す。

「殿下。何か、このわたくしにお預けになりたいものがあると伺いましたが……」
「ああ、これだよ。これを是非ともアンリエッタに渡して欲しいんだ」
 そう言って、ウェールズは、例の手紙が入っていた小箱から、一冊の小冊子を取り出し、ルイズに手渡した。
「これは……?」
 ウェールズは顔色も変えずに答えた。


「我がテューダー朝アルビオンが滅亡の一途を辿った、その過程を、僕なりに分析して記したものさ」


「殿下……!?」
 ルイズが絶句する。
 形こそ違うが、これはどう考えても遺言ではないか。
「亡国の王子が、この地上に遺せる最後のものだ。何があっても絶対に、アンリエッタのもとに届けてくれたまえ」
「殿下……殿下は、もう、覚悟をお決めになられてしまわれたのですか?」
 少女は、王子に詰め寄った。が、ウェールズの微笑みは崩れる気配さえない。




「この政策メモには、本邦衰亡の原因究明以外にも、――国家を興すとはどういう事か、民を牧すとはどういう事か、それを僕なりに頭を捻って、僕なりの答えを書いたつもりだ。きっとアンリエッタの役に立つだろう」
 だが、勘違いはしないでくれたまえ。ウェールズは悪戯っぽくそう言うと、
「僕は、これでもニューカッスルで死ぬつもりは、断じてない。この世でテューダー王朝を再興できる者は、この僕以外にいないのだからね。石にかじりついてでも、この包囲網を脱出してみせる」
 ウェールズは、ルイズに『亡命はせぬ』と言い切ったその口で、こともなげに王家の再興を宣言する。いや、口だけではない。彼の目からは満腔の自信が溢れんばかりに放たれている。おれならば出来る。彼は真実それを全く疑っていないのだろう。

――何という男だ……!!
 事ここに及んで、未だ望みを失わざる、その覇気。
 それでいて、失政の原因をおざなりにせず追求する、その為政者としての目。
 ワルドは、このウェールズという男と、もっと違う出会い方が出来なかった事を心底悔やんだ。少なくとも、これほどの男が、同志としてレコン・キスタにいたならば、どれほど心強いか知れたものではない。
 だが、もう遅い。
 遅いのだ。
 ワルドの偏在がニューカッスルを脱け出して数時間になる。
 今頃は、レコン・キスタの本陣で、この城を陥落させるための最終作戦会議が行われているはずだ。そして、もうそろそろ、城の真下の大穴めがけて貴族派の艦隊が発進することだろう。

「分かりました殿下……。この手記は、必ずやアンリエッタ姫殿下に手渡させて頂きます」

 ルイズが、口を真一文字に結んで誓う。
(何をばかな……トリステインに持ち帰ったところで、宝の持ち腐れよ)
 ワルドとしても、明晰で知られるウェールズが記した貴重な政策メモを、アンリエッタごときに呉れてやる気はさらさら無かった。テューダー王家滅亡後のアルビオン統治計画に於いて、このメモは計り知れぬ価値をもつであろう。
(安心しろウェールズ。お前の政策は、すべておれたちが引き継いでやる。共和政の名のもとにな)


 その時だった。
「殿下! 失礼致します!!」
 扉をノックした、その声は、いつかの少年兵のものであった。
「使い魔たちから連絡が入りました。叛徒どもが、叛徒どもが動いたそうです!!」
「空襲か?」
 ウェールズの問いに、少年兵はむしろ目を輝かせて答えた。
「いえ、それが――貴族派の艦隊は、アルビオンの直下へ向かっている模様です!!」
「えっ!?」
 反射的にルイズが声を上げる。
 早すぎる!? ヴァリエール家の旗は、もう少しレコン・キスタの諸侯たちを釘付けに出来ると思ったが、甘かったということ!? って言うか、貴族派が何で地下の縦穴を知っているの!?
 だが、次の瞬間、ルイズはさらに頭脳がフリーズしてしまう。

 ウェールズが、声を立てて笑ったのだ。

「そんなに不安そうな顔をしないでくれたまえ、ヴァリエール嬢。こんなにも早く、僕の言葉を証明できる機会が来てくれた事を、つい始祖に感謝してしまったのさ」
 むしろ、その言葉に愕然とするのは、ワルドの方であった。
 どういうことだ!? それは一体どういうことだ!? 地下の大穴こそが、このニューカッスルの死命を制する弱点だったのではなかったのか!?

「まったく、このニューカッスルの地下港をようやく発見してくれたのか……。無能すぎる敵だと逆にこちらの計算が伴わぬゆえ、困っておったのだが……ふふふふふ……!!」
「はい、――これでようやく、謀反人どもに目にモノ見せてやれまする」



――虚勢ではない!?
 ウェールズも、そしてこの少年兵も、まさしく勝利を確信した笑みを浮かべていた。
 だが、まだワルドには、ウェールズの腹の内が分からない。
 一体どうするつもりなのだろう。艦隊と平行して、包囲軍も動き出しているはずだ。三百少々しか手勢を持たぬ王党派が、それら貴族派全軍を向こうに回して戦えるわけが無い。

「全軍に通達せい!! 『イーグル』号、『マリー・ガラント』号は十分後に艦隊を組んで出航!! 残りの全戦闘員は、武装に身を固め“虎ノ門“に集結! 号砲と同時に地上に攻撃を開始せよ!!」

「はっ!!」
 少年兵が退室すると同時に、ウェールズは、獰猛な笑顔で振り返った。
「ついて来られい大使殿よ。これより奇跡を御目にかける」



「きゅいきゅいっ、もう、もうっ、限界なのねっっ」
 シルフィードの声の後に、ばたりと人が倒れる音がした。
 そして、ごちりと何かが堅い物を打つ音も。
「いたいっ、いたいのねっ!! おねえさま、可愛い使い魔に暴力を振るうのは、ダメなのねっ!!」
 だが、シルフィードが愚痴を垂れるのは、ある意味、仕方が無い。
 何せ、彼女は竜なのだ。
 それが、魔法で人間に変身して、ただでさえ疲れ易いこの暗闇の狭い地下道を、慣れない二足歩行で、一行と共に歩いているのだ。普段している四足歩行に比べて、二重の意味で疲労が溜まるのは当然だろう。
 さすがに黙っていられなくなったのか、才人は口を出した。
「おいっ!! 待てよタバサっ!! シルフィの言う通りだ、そろそろ休憩を取ろう!!」
「まだ早い」
「いや、でも――」
「さっき休んだばかり」
 しかし、いい加減疲れていたのはシルフィードだけではない。ギーシュやキュルケも、かなり疲労が溜まっていたので、絶好のチャンスとばかりに才人とシルフィードに肩入れする。
「まあ、そう言うなよタバサ。あまり無理をしても行軍速度が遅くなる一方だと思うよ」
「仕方ないわね。あたしは別にそれほど疲れてないんだけど、ギーシュやサイトが、そう言うんなら、小休止を取るにやぶさかじゃないわよ」

 ふん。
 暗闇の中、タバサが溜め息を洩らす音が聞こえる。
「なら、10分休憩」
 その声は、冥界のような暗黒の中でも、彼ら三人にとっては、天使の吐息のように聞こえた事だろう。キュルケ、ギーシュ、才人は安堵の息を吐きながら、闇の中に腰を降ろした。
「きゅい~~~」
 先程から寝転がりっぱなしのシルフィードも、喜びの声を上げる。

 タバサは焦っていた。
 ニューカッスルまで、およそ20リーグ。
 まともに歩けば一日の距離。シルフィードで飛べば一時間の距離だろう。
 だが、ヴェルダンデが掘り出した、この地下道を歩き出して、そろそろ二日目になろうというのに、一行は、まだ道程の三分の二も踏破していない。
 このままのペースだと、最悪ニューカッスルの陥落に間に合わない可能性もある。
 だが、無理を強いる事は出来ない。
 タバサとしても、この一寸の光さえ差さない闇中行軍が、これほど人間の体力を削ぐとは思ってもいなかったからだ。夜の闇より更に深い暗黒の中を、手探りで歩く。――これが夥しいほどの集中力と体力を要する作業である事を、彼らはまさしく思い知ったのだ。
 だからといって、この迷いようも無い一本道で、無意味に“ライト”の魔法を使うなど、魔力の無駄遣いもいいところだし、かといって松明を燃やすなどさらに論外だ。

 だが、タバサ自身の不安要素は、まだ存在した。
 そう。実は、口にこそ出さなかったが、タバサも疲労の度合いは、ギーシュやキュルケたちよりもさらに重いものであった。
 何しろ彼女は、常に魔法を使って、酸欠防止のためにトンネル内の空気を動かしながら進んでいるのだ。ただ歩いているだけの他の連中より疲れていても当然だろう。
(でも、もう……いまさら引き返すわけにも行かない)
 タバサは、自らが立案したこの地下道行軍に、少なからぬ不安を感じ始めていた。




「10分経った」
 そう言うと、タバサは立ち上がった。
 いつまでも休んでいるわけには行かない。時間がない、ということもあったが、あまり横になったり腰を落ち着けたりしていると、体全体に蓄積した疲労が下半身にきてしまう。そうなると、本格的にやばい。もう歩けなくなってしまう。
「きゅいきゅい~~」
 いかにも嫌そうなシルフィードの声が響く。
 やれやれ、どっこいしょ。といったギーシュの声や、あとどれくらい歩くのかしら、といったキュルケの声も聞こえて来る。さすがに『あと6リーグちょい』とは、タバサとしても言えないので、黙っておく。

 いま自分たちが、何リーグ歩いて来たのかは、歩幅と歩数で見当は付く。
 142サントのタバサの体格なら、やや小股で歩幅は50サント程度と換算すれば、あとは歩数計算で現在位置は割り出せるからだ。歩数のカウントは、タバサは魔法を使いながら、ほぼ無意識でやっていた。
 だが、そんな無意識行為が、彼女の集中力をより消耗させているのも、また事実だ。
(あと……6リーグ……!)
 腰がふらつき始めたタバサには、その距離は、果てしないものに思えた。

 その時だった。

 恐ろしいほどの地響きと同時に、凄まじいまでの地震が、この地下道を襲ったのだ。
「……なっ、!!?」
 まるで地面の下で、大爆発でも起きたかのような轟音が響き、そして……

「ああっ!!」

 ギーシュが叫んだ。
 地下数メイルの坑道の天井に、巨大な亀裂が走ったのを、土系のメイジである彼だけが感じたのだ。
「まずいぞ!! このままじゃ、僕たち――」
「オイ赤毛の嬢ちゃんっ!! 天井をぶち抜いて脱出だっ!!」
 ギーシュの言葉を遮る形で、それまで黙っていたデルフリンガーが喚き立てる。
 だが、天井をぶち抜けば、そこにあるのは敵陣である。いくらキュルケでも、はい分かりましたと答えられる指示ではない。
「早くしろっ!! このままじゃ、俺たち全員生き埋めだぞっ!!」

 キュルケとしても、そう言われてしまえば、さすがに黙ってはいられない。
「タバサっ……!?」
 とっさに松明代わりに、小さな炎を灯し、タバサを振り返る。
 この面子の中で、坑道の天井を吹き飛ばせるほどの破壊呪文を使えるのは、『火』のトライアングルたるキュルケのみだ。だが、キュルケは自分の呪文以上に、タバサの冷静沈着な判断力を評価していた。こんな異常事態ともなれば、なおさらだ。

 そして、タバサは――キュルケを見返し、頷いた。確たる意思を込めた瞳を光らせて。


「ええ~~い!! しょうがない!! みんな、目をつぶって耳を塞ぎなさいっ!! ボッとしてたら鼓膜をやられるわよっ!!」



 ルイズは、何が起こったのか分からなかった。
 ただ、耳をつんざくほどの爆発音がして、その爆発がまるで花火のように、次から次へと拡がったかと思うと、遥か真下の大洋から、何かが水面に叩き付けられる音がひっきりなしに響き、……そして数分後、ようやく静寂が訪れた。



 アルビオンの直下に潜り込む航路を取った貴族派艦隊。これまで座礁を恐れて浮遊大陸の真下には決して進軍して来なかった貴族派のフネが、敢えてその進路を取ったのは、ニューカッスルの大穴の存在に気付き、それを封鎖・占領するためであろう。
 それを迎撃するために、ニューカッスルの地下港から出航した『イーグル』号。
――ワルドとともに『イーグル』号の艦橋に入室を許されたルイズだが、それ以上は分からない。何かが起こった。いや、王党派艦隊が何かを起こしたのは間違いないようだが、爆発音と着水音からだけでは、ルイズの脳では、事態を推測し切れない。
 なにせウェールズをはじめ、艦橋にいる王立空軍の士官たちは、説明どころか、空を睨み据えたまま言葉一つ発しないからだ。いや、ルイズと同じく蚊帳の外に置かれているはずのワルドさえも、苦虫を噛み潰したような表情のまま、沈黙を守っている。


「伝令!! 伝令です!!」
 そこに、例の少年兵が飛び込んできた。
「作戦は成功!! 敵艦隊は、およそ四個艦隊を大破・墜落させた模様です!!」
 その瞬間、艦橋は歓声に包まれ、ルイズとワルドを除く、すべての士官・船員が飛び上がって喜悦の表情を見せた。


「よぉし!! 『イーグル』号はこのまま前進!!アルビオンの地上に出て、敵残存艦隊に攻撃をかけるぞっ!!」
 ウェールズの声に、その場にいた全員が咆哮を上げる。
 ちんぷんかんぷんな顔をしているルイズを、ほったらかしにして。

(ウェールズめぇ……!!)
 ワルドの奥歯が、ぎしりと音を立てそうになる。
 有能な軍人であったワルドには分かっていた。王立空軍が、一体何をしたのかを。
「ねえ、子爵さま、いったい殿下たちは何をなさったの? 四個艦隊が全滅って、さっきの爆発がそうだっていうことなの?」
 ルイズが、どこまでも素朴な質問をしてくる。
 ワルドは、舌打ちを懸命にガマンしながら、口を開いた。

「浮遊大陸の真下の岩礁部分に、おそらく“火の秘薬”を仕込んであったのだろう。それを大砲で、一斉射したのだと思うよ」
「……?」
「爆発が爆発を呼び、吹き飛んだ岩礁が、それこそ無数の『砲弾』と化して、その下を進んでいた貴族派の艦隊を襲ったのさ。座礁すればフネさえも沈める巨大な岩礁に、雨あられのごとく降られては、貴族派としても死の川を渉る以外に道は無かったろうよ」
「そんな……だって、浮遊大陸の真下は、光一筋差さない暗黒地帯なのよ? どうやって貴族派の艦隊を補足したって言うの?」
「おそらく使い魔にコウモリでも飼っているメイジがいるんだろう。いや、スクウェアクラスの風メイジならば、たとえ暗闇でも、風を見て艦隊の位置を特定する事は、決して出来ない相談じゃない」

「ご名答!!」

 ウェールズは笑っていた。
 一分の曇りも無い、まさしく勝利を確信した笑い。
「そして、我らが王党派の軍団は、たったいまの爆発音を合図に、地上へ躍り出て、貴族派の包囲軍の尻を衝いているはずさ」
「尻――ですと!?」
 もはやワルドの敬語は、勢い的にカタチだけだ。
 だが、勝ち誇ったウェールズは気にもせずに笑い続ける。
「そうさ! 君たちはニューカッスルの地下宮殿が、どれほどの規模のものか知らないだろう? 城から一番遠い鍾乳洞の隠し出口は、なんと城の本丸から直線距離にして5リーグのところにあるのさ!!」

――城の本丸から、直線距離にして5リーグ……!!

 ワルドは慄然とした。
 彼は、ニューカッスルを包囲する、貴族派の正確な布陣を知らないが、5リーグといえば包囲網の、文字通り陣中の真っ只中だ。もし、そんなところから、王党派が不意に、地面を突き破って出現したとしたら……!! 
(包囲網は、いや貴族派は、大混乱になるだろう……!!)

「地上に出ますっ!!」

『イーグル』号は、『マリー・ガラント』号を引き連れて、いま、アルビオンの上空に姿を現した。久しぶりに見る双月が、まるで彼らの勝利を祝うかのように、やわらかい月光を放っている。



「よぉし! 艫綱を切れぇ!!」
 ウェールズの号令一下、火を放たれ、硫黄を満載した『マリー・ガラント』号が、ゆらりと落下し始める。――クロムウェルの本陣とおぼしき地点に向けて。
「叛徒どもよ! くだらぬ贈り物だが、是非受け取ってくれ。かつての主君からの心尽くしだ!!」

 その瞬間、先程にも勝るとも劣らぬ大爆発が地上を包み込んだ。

 二隻しかないフネの一隻を、こんな自爆テロまがいの使い方で……!?
 ルイズは唖然とウェールズを振り返る。
 だが、それだけに、確かに威力は凄まじいだろう。なにせ、天幕でびっしり埋められた陣中真っ只中に、火薬を満載したフネが墜落したのだ。おびただしい被害が出たのは間違いないはずだ。
 ルイズは、思わず下を覗き込んだ。
 火炎地獄の中を、人がまるで蜘蛛の子を散らしたように逃げ惑っている。いや、もう貴族派の包囲軍はズタズタだ、と言い切ってもいい。
 だが、ウェールズはなおも容赦しない。

「全砲門を開けぇっ!! 今のうちに、貴族派の残存艦隊に総攻撃を仕掛ける!! 奴らの指揮系統が回復しないうちに、出来る限りフネを沈めておくんだぁっ!!」

 そのときだった。


「サ、イト……!?」


 見間違いではなかった。
 紅蓮の炎に包まれ、大混乱に陥ったレコン・キスタ。
 地面を吹き飛ばし、突破口を確保し、そこから敵陣を中央突破してゆく王党派の陸戦隊。
 だが、
 彼ら王党派と、全く見当違いの地面から、のそのそとモグラのように這い出てきた少年少女たち。
 泥まみれで、顔の判別さえつかないが。――いや、それ以前に、ルイズの視力では、この距離から、彼らを識別する事など不可能なはずなのだが、……それでもルイズには分かった。



「サイトぉぉぉっっっ!!」



「っ!? 何をする気だルイズ! 自殺する気かっ!?」
 ワルドが、少女の矮躯を懸命に取り押さえる。
「離してぇっ!! あそこにサイトが、サイトがいるのよっ!! 離してぇぇっっ!!」





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