あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

ゼロのエルクゥ - 10


「コーイチ・カシワギ。こことは別の世界、『チキュー』の、『エルクゥ』という種族であり、人間でもあるとの事。見た目は平民の青年と変わらないものの、オーク鬼等の亜人を遥かに上回る身体能力を持つ。その点は『ガンダールヴ』とは関係ない模様」

 手に持った、無骨で不気味なほど筆跡の揃った文字の並ぶ書類を、ロングビルが平坦な声で読み上げる。

「他には、主人であるルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールと精神感応で意識をやり取りする事が可能との話。観察者追記、彼に決闘を挑んだ生徒の証言より、おそらく相手を威圧するような精神攻撃方法も持つと見られる。詳細不明」

 アカデミーの研究文書よりそれっぽいわね、などと思いながら、読み上げ続ける。

「本人の資質としては、いたって温厚で理性的。しかし、ギーシュ・ド・グラモンとの決闘にも見られるように、実力行使に容赦はない様子。それが『エルクゥ』種族に由来する性質なのかは不明」

 オスマンは、じっと目を閉じたままその報告に耳を傾けている。

「元の地に家族と恋人を残してきていると語っており、帰還を強く望んでいる様子。それでなおヴァリエール氏に表面上の不満を冗談以上に見せず従っている事から、社会性と知性も高いと見られる」

 その髭で隠された口元が、小さく『イル・サウンディ・デル・ウィンデ』と動くのを、ロングビルは見逃さなかった。

「結論。現状においては、不穏分子ではあるものの危険とは言えない。しかし放置には問題あり。最低限、帰還の為の魔法を探している努力を見せておけば納得する程度の人格と知性は持っていると判断されるが、一度誠意がないと思われてしまった場合の被害は算定不能」

 定期的に会合の場を設ける事を推奨する、という〆の文章を言い終わるや否や、ロングビルは懐からスティックのような棒を取り出し、さっと振った。
 その足元から白いネズミがふわりと浮き上がり、ロングビルがその杖を真横に一閃すると同じく真横に吹っ飛んでいって、そのネズミはべしゃっと壁に激突してぽとりと床に落ちピクピクと痙攣を始めた。
 彼にかけられた『サイレント』の魔法の効果は滞りなく、悲鳴も、激突音も、落下音もしなかった。
 オスマンの頬に、たらりと一筋だけ汗が伝った。

「ミスタ・コルベールからの報告は以上です」
「うむ」

 オスマンは厳粛に頷き、髭をさすって思案をめぐらせる格好をした。

「それでは、私は仕事に戻りますね。宝物庫の目録を作りたいと思いますので、鍵をお貸し願えますか?」
「うむ」

 内心冷や汗だらけのオスマンは、特に警戒もせずに机の引出しから一つの鍵―――鍵と言っても、文様の描かれた棒のようなものだったが―――を取り出すと、ロングビルに渡した。

「ありがとうございます」

 くるりと踵を返したロングビルの顔には、オスマンが見た事のない、はすっぱな笑みが浮かんでいた。
 部屋の隅では、モートソグニルの痙攣が、少しずつ弱々しくなっていった。

§

「おお! 来たか『我らが鬼神』! さ、こっちに座りな!」
「ど、どうも、マルトーさん」

 決闘から数日が経ち、耕一を取り巻く環境は、いささか変化していた。
 最も大きな変化は、学院に奉公する平民達―――特に、厨房のコック長、マルトーの態度だった。
 威張りくさった貴族が嫌いだと公言して憚らない彼は、耕一がギーシュを鎧袖一触にあしらった上に、自慢すらせず平然としているのをたいそう気に入ったらしい。

「シエスタ! たっぷりついでやれよ!」
「わかってますわ、料理長!」
「い、いや、まだ昼なんで、お酒はあんまり……」
「かぁー! メイジのゴーレムを素手で切り裂いちまうような亜人殿は言う事が違うねえ! おいシエスタ! そんな安もん飲ませちゃ我らが鬼神に失礼だ! 奥にあるアルビオンの古いの持って来てやりな!」
「わかりました、料理長!」

 既に知り合っていたメイドのシエスタ共々、耕一が食事に訪れる度に、過剰とも言える歓迎をしてくれるのであった。
 少しだけ、故郷にある特殊な喫茶店に通いつめる知り合いの趣味が理解できたような気がした。

「い、いや、ヴィンテージのワインなんか飲めるほど舌肥えてないんで、もったいないですよ!」
「気にすんな! 貴族の坊ちゃんどもが飲んじまうより遥かに有意義ってもんだ! だっはっは!」

 最初もそんな事を言ってたなあ、と豪儀な笑い声に苦笑しながら、耕一は毎日、鶴来屋の本館レストランにも劣らないような豪勢な食事を取るのだった。

 次に変わったのは、周囲の生徒達の態度だ。
 無能メイジの平民使い魔、と侮るような視線は刷新され、どこか腫れ物を扱うかのような視線だけが向けられる。
 時々、血気盛んな男子が鼻息荒く挑発してくる事もあったが、少し氣を入れて睨みつけてやるだけで、すごすごと、もしくは虚勢を張りながら退散していくのが常であった。
 また、それによってか、ルイズに対する侮蔑も、なくなりはしないが確実にその数を減らしていた。『メイジの実力を計るには使い魔を見よ』という教えは、かなり浸透しているようだ。
 ルイズは、最初こそ優越感に浸っていたが、すぐに焦るような態度を見せ始めた。使い魔が凄くても、自分は未だに魔法が成功しない『ゼロ』のまま、という事にずいぶんと焦りを感じているらしく、魔法の自主練習を積極的に行っている。
 成果については……ロングビルが、『夜に鳴り響く爆発音がうるさい』という多数の陳情への対応に追われる羽目になった、とだけ言っておこう。
 そして、周囲の生徒の中で一番の変化を遂げたのは……。

「先日の無礼をどうか許してほしい。許しを頂けるのならば、言葉の代わりに名を聞かせてはくれないだろうか」

 このギーシュだった。

「ありがとう、ミスタ・カシワギ。出来る事ならば貴方と友誼を結びたいと思うのだが、今の僕はいまだ人になりきれぬ餓鬼。僕が人として立つ事が出来たその時の褒美としてそれはとっておこうと思う。それでは失礼」

 三日間の謹慎が空けた日、こう言って耕一に深々と頭を下げた時、ルイズなどは気でも触れたんじゃないかと本気で心配したらしい。耕一とキュルケは『男子三日会わざれば』を体現したような様子に微笑ましいものを感じていたが。
 芝居がかったような振る舞いは変わらないものの(どうやらトリステイン貴族は、全般的にこういった戯曲的な言い回しを好むようだ)、決闘の日とはうって変わったように潔くなり、授業などにも真面目に打ち込むようになった。
 話によれば、あの女の子二人にも素直に謝罪し、今はワインで殴られた方の少女とよりを戻しているという。

 そんなこんなで、ハルケギニアにまた朝が訪れた。

§

「ふああ……やれやれ、一週間が8日もあるとはねぇ」

 窓から差し込んでくる朝の光に、毛布の中でもぞもぞと一伸びをした。
 今日は虚無の曜日、と言って、要するに日曜日のようなものらしい。
 8日に1回の休みで体が持つのかしら、とか、そもそも一日が地球の24時間と同じかどうか判別つかないからわからないなぁ腕時計ぐらいつけてればよかった、とか、これまで何回も考えた事を寝ボケた頭でまた弄くり回しながら、一日の用意を始める。

「明日は虚無の曜日だから、街に出かけるわ。いつも通りの時間に起こしてね」

 昨夜、ルイズにそう言い含められていた。
 『休日とは、起きた時に夕陽が見える日の事である』というのが持論の耕一としては、そのバイタリティに感心した。
 とはいえ、マンガもゲームもパソコンもないこの世界においては夜更かしをする意味がないので、耕一も、最近はとても健全な起床と就寝である。
 格式ある魔法学院だけあって、図書室(図書館、と呼んだ方が適切かもしれない)にはうなるほどの本があったが、貴族じゃないと自由に入れない上に字が読めなかった。
 あれ、じゃあなんで言葉は通じるんだろう、と何気なく思ったところで、これまでカタカナ名前のヨーロッパに似た文化の人と普通に日本語で会話をしていた事に初めて思い当たったあたり、耕一の、平静であろうとしても処理しきれない混乱が窺える。
 ルイズによれば、使い魔のルーンの効力か召喚魔法の影響で言葉が翻訳されてるのではないか、と言う事らしい。
 まあ、こんな状況に放り込まれた上に言葉が通じない、なんて事にならなくてよかったのは確かだが、なんとなく都合が良すぎる気がしないでもなかった。

「さて、水を汲みにいかなきゃな」

 コキコキと肩を鳴らして、耕一は静かに部屋を出た。
 水道なんてハイテクなものはないので、朝の洗顔などに使うため、水汲み場から部屋まで水を汲んでこなければならないのだ。

「ふう」

 それが終わると、ルイズを起こしに掛かる。

「ほらルイズちゃん、朝だよ」
「……んみゅーん」

 低血圧気味のルイズは、目が覚めるまでに時間が掛かる。
 おまけにやっぱり女の子なものだから、朝の身支度にも時間が掛かる。
 胡乱な目で髪を梳かしていると、だんだんと瞳孔がしっかりしてくる、というのが毎日のパターンだった。

「はい腕あげてー」

 もう着替えさせるのにも慣れたものである。逆に、着替えさせられるルイズの方は、日を重ねるごとに居心地が悪くなっていくようだったが。
 部屋を出て食堂に向かいつつ、帰ったら保父さんでも目指してみるか、と少し本気で思っていた。

「今日は出かけるんだっけ?」
「そうよ。朝食を食べたらすぐに出かけるから、厩舎に言って馬を二頭借りておいて」
「あれ、俺も付いてくのか?」
「従者がついてこなくてどうするのよ。それに、あんたの買い物をしにいくのよ。貴族の従者として、いつまでも他人のお古なんて着てちゃかっこつかないでしょ?」
「別にいいんだけど……サイズもあってるし」
「私がダメなのっ! いいから、もう少しちゃんとした服を着なさい。命令よ」
「……わかったよ。そこまで言うなら」

 ちなみに、服はマルトーのお古を貰っていた。少し横に広いが、体格としてはちょうどいいぐらいだった。

「あと、剣とか下げてると従者っぽいわよね。今宮廷で流行ってるらしいけど……そっちも見繕ってみましょうか」
「剣、ねえ……」

 さすがに刀はないだろうな……と、前世の記憶からかふと思ってしまう耕一だった。

§

「恋人に操を立てる男性が快楽に抗いきれず、という背徳も……また一興よねぇ」

 キュルケは、『学院』と言う場所にはとても相応しくない言葉を口にしながら、念入りに体を清めていた。
 決闘の日以来、彼女の二つ名たる『微熱』は恋の炎となって、煌々と燃え上がっているのだった。『恋人がいるから』と柔らかく袖にされたことすら、自らの魅力に確固とした自信を持っている彼女にとって、闘志がみなぎるちょうどいいスパイスでしかない。

「うふふっ。さて、どうしてやろうかしら」

 今日は虚無の曜日。どうやって愛しき殿方を口説き落とそうかと微笑みを浮かべながら、キュルケは化粧を始める。
 ふんわりと湿った肌を薄手の布一枚だけで包んだ姿で鏡台の前に腰を下ろしている姿は、男子100人中100人が前屈みになるであろう、とんでもない色気を放っていた。

「ん、よしっ♪」

 制服に身を包み、マントを羽織り、おまけに制服のボタンをいつもより一つだけ余計に外すと、キュルケは鏡に向かって綺麗なウィンクを一つ飛ばした。
 目指すは、愛しき殿方たるルイズの使い魔がいる、隣のルイズの部屋だ。

「おはよう、ルイズ……って、あら?」

 躊躇なく鍵開けの魔法『アンロック』を使い、堂々と部屋に入ったキュルケだったが、もぬけの殻の部屋を見て残念そうに吐息をついた。

「うーん、まだ食堂かしら? あ、あれは……」

 虚無の曜日のアルヴィーズの食堂は、朝食の時間がいつもより長めに取られている。
 ねぼすけルイズはまだ朝食かしら、と踵を返そうとした時、窓の外に見覚えのある桃色の髪が垣間見えた。

「あたしともあろう者が、ヴァリエールに先を越されるなんてね。ふふっ」

 キュルケはどこか楽しげに笑うと、馬に跨って門を出て行く主従を見送り、別の部屋に向かった。

「ターバサー。あなたの風竜に乗せて―――って、あら? こっちも?」

 親友の使い魔たる、馬など歯牙にもかけないスピードで空を飛ぶウィンドドラゴンで耕一達を追いかけようとその部屋の扉を開けたが、こちらも空であった。

「……図書室にいればいいけど、またどこか行ってるのかしらね」

 タバサが忽然とどこかに行ってしまうのはいつもの事だったが、何ともタイミングが悪いわね、とキュルケは一つため息をつく。
 結局、図書室にもタバサはおらず、キュルケはしょうがない、とすっぱり諦め、耕一達が帰ってきてからの作戦を練るために部屋に戻った。
 しくじった手にはいつまでも拘らずにあっさりと捨てて次を見る。そんな見切りの早さも彼女の力であった。

§

 中世文明の世界に、工業的な既製品を並べた服屋などというものはあるはずもなく、服というのは手作りか、仕立て屋と呼ばれる店でオーダーメイドされるか、どちらかだ。
 ルイズが選んだのは、もちろん後者だった。それも、宝石屋と併設されているようなセレブな店だ。こういう見栄はどこでも同じようなものらしい。
 現代社会ならジーンズの裾上げにも数日かかるものだが、さすがにただの中世ではなく、さっと杖を振るってあっという間に採寸を合わせてしまい、その場でお受け取りとなった。

「……なんか、変な感じだ」
「我慢しなさい」

 執事用の黒タキシード、なんてフォーマルなものでもないが、Tシャツジーンズよりは遥かにぱりっとしたお仕着せに身を包んだ耕一は、通りを歩きながらも身じろぎを止められなかった。
 なんだか演劇の衣装を着てるみたいだ、と、高校時代に文化祭で演劇をやった事を思い出していた。あれは確か『三銃士』だったかな。

「さて、次は武器屋ね。たしか、ピエモンの秘薬屋の近くにあったから……」

 先導するルイズは、見るからに裏通りの、怪しげな路地に突入していく。
 すえた臭いが鼻をつき、大通りでは見かけられなかったゴミや、見るに耐えない汚物なども放置されている。先ほどのセレブな店から急転直下だ。

「こんなところにあるのか……?」
「武器っていうのは、平民の傭兵とか、農民の狩人とか、そういう人が買い求めるものだから、あんまり綺麗なところにはないわよ」

 耕一の呟きに答えるルイズも、顔をしかめている。

「あった。あれだわ」

 指差した店の軒先には、ご丁寧にも、剣が交差した絵柄の看板がでんと掲げられていた。
 ドアを押すと、申し訳程度につけられている錆びついたカウベルが鈍い音を鳴らす。

「…………」

 店の奥のカウンターでパイプをふかしていた店主は、じろり、と入ってきた客に目を向けた。
 少女のマントに光る、貴族の証であるペンタグラムの施された外套留めを見やって、どことなく八○見乗児が声を当てていそうな風貌の店主はパイプを口から離した。

「旦那。貴族の旦那。うちはまっとうな商売してまさあ。お上に目をつけられるようなことなんか、これっぽっちもありませんや」
「安心して、客よ。こっちの従者に剣を見繕ってちょうだい」
「へえ。それを早く言っておくんなせいよ。昨今は下僕に剣を持たせるのが流行っているようですからなあ」

 一言目の警戒するような声から2オクターブ上がった営業声を聞きながら、商魂たくましいなあ、と耕一は感心し、薄暗い店内に所狭しと並んでいる武器に目を向けた。
 さすがに刀はなく、西洋剣、槍、弓、銃などが乱雑に立てかけられたり飾られたりしている。

「なんでも、『土くれ』のフーケ、とかいうメイジの盗賊が、方々の貴族の財宝を盗みまくってるって話でさ」
「ふぅん……そうなの」
「へえ。んだもんで、衛兵だけじゃなく、小姓や下僕にも武器を持たせてるぐらいで。その時にお選びになるのが……このようなものでさ」

 営業トークを続ける店主がカウンターの上に置いたのは、細身の剣。柄飾りとハンドガードのついたそれは、小奇麗、という言葉が似合う、ギーシュ辺りが持ったらさぞ絵になるだろうレイピアだった。

「しかし、お連れの方でしたら、もう少しごつめのがよろしいですかな?」
「そうね。コーイチが振ったら折れちゃいそうだわ」

 決闘の際に見せたとんでもない腕力を思い出して、ルイズはしみじみと言った。

「へえへえ。そうでさな。ではこちらなど……」

 と、店主がもったいぶった様子で店の奥に引っ込もうとした時。

「っ!? 誰だっ!?」

 自らに向けられる『意志』を感じて、耕一がざっと身構えた。

「えっ? ど、どうしたの、コーイチ?」
「……誰かいるのか」

 じっと、耕一は、籠に入れられたあまり質の良くない剣束の方を睨みつける。

「ほう、こりゃおでれーた! にーさん、俺の気配を感じたか!」
「えっ!? だ、誰っ!?」

 突如、店主でも耕一でもルイズでもない第三者の声が店内に響く。が、人影はなく、カタカタと金属の鳴るような音がしただけだった。

「こらデル公! 客がいる時は喋るなって言ってあるだろうが!」
「最初は喋ってねーぜ。そこのにーさんが俺を感じたみたいだったからな」
「け、剣が喋ってる、の? インテリジェンスソード?」

 カタカタ、と動いていたのは、一本の錆び付いた剣の柄飾りだった。声はそこから出ていたらしい。

「へえ、そうでさ。意志を持つ剣、インテリジェンスソード。どこの酔狂な魔法使いが始めたんだか知りませんが、こいつときたら、御覧の通りの錆び錆びだわ、インテリジェンスの欠片もないほど口が悪いわ、客にケンカは売るわで……ま、聞き流してやっておくんなせぇ」
「けっ! おめーのアコギな商売から客を守ってやってんのさ!」
「ええいこの口の減らねえボロ剣が! もう我慢ならねえ。貴族様に頼んで溶かしちまうぞ!」
「上等だ、やってみやがれ! こちとらもう世の中に飽き飽きしてたところだ!」

 剣呑な口ゲンカに、ルイズは呆れたような目を向けていた。
 耕一はそれに構わず、剣束に近付くと、その錆びた剣をスラリと抜き取った。

「っとと、なんでいにーさん、ちょっと待ってな……って……」

 かなり長い剣だった。五尺―――1.5メートルほどはあるだろうか。
 少し細身で錆びている点を除けば、記憶の中で次郎衛門が振るっていた大振りな野太刀にも劣らない長剣だった。

「ちょっと、どうしたのコーイチ。コーイチ?」

 ……いや、錆びている? しかしこれは―――?

「……おでれーた。にーさん、あんた『使い手』か」

 黙りこくってしまった耕一と剣を店主とルイズが呆然と見つめていると、剣が低く言った。

「『使い手』?」
「ああ、そうだ。にーさん、俺を買いな」
「いや、『使い手』って、何の事だ?」
「……忘れた」
「なんだそりゃ!」

 思わずズッコケそうになった。

「にーさんに似た奴が、俺の一番最初に握られてた記憶なのさ。何せ六千年も生きてんだ。少しぐらいの物忘れは勘弁してくれや」
「六千年!? それって始祖ブリミルの時代じゃない!」
「しそぶりみる? ああ、ブリミル嬢ちゃんか。そういやそんなご大層な事になってんだったな」
「じょ、嬢ちゃんって……も、もしかして、始祖ゆかりの剣? こんなボロいのが?」

 神をも恐れぬ発言に絶句するルイズ。性別すら不明な始祖が女だったという事実には目が向かないようだった。

「けっ! 溶かされたくねえからって口からでまかせ並べてんじゃねえ! お貴族様、こんなボロ剣なんて放っといて、こちらをどうでしょう。ゲルマニアの高名な錬金魔術師、シュペー卿の鍛えた名剣ですぞ!」

 と店主が出したのは、きらびやかに輝く立派な大剣だった。これも1.5メートルほどの長さで、太さは段違いに太い。ごつい剣だ。ところどころに宝石があしらわれており、刀身は金色に光り、鏡のように磨き抜かれている。

「へえ、これはすごいわね! コーイチ、どう?」

 耕一は無言で、その大剣を持った。
 錆び剣を左手に持ったまま右手で軽々とそれを持ちあげた様子に、店主の顔が少し引きつった。

「……こっちだな」

 しばらくして耕一が上に掲げたのは……ボロ剣の方だった。

「ええ~? なんでそんなボロい方を?」
「なんとなく、だけどね。そっちは俺が振ったら折れる気がして、こっちは平気な気がするんだ」
「うーん、どう考えてもそっちの方が細いし、錆びてる方が折れる気がするけど……それに、かっこわるいじゃない」
「魔法がかかってるせいかもしれないな。脆さは全然感じられない。とにかく大丈夫な気がする」
「むうー」
「へっ。さすが『使い手』。そっちの娘っ子の目は節穴だが、にーさんはわかってるじゃねぇか。あんな光ってるだけの剣に俺様が負けるかってんだ」

 なぜそんな気がするのかはわからない。ただの大学生であった耕一に、武器の目利きのスキルなんてもちろんない。
 無意識の次郎衛門の記憶か、ただ自分の腕力から来る感覚か。

「はあ。そいつでよければ、新金貨百枚で持ってってもらって結構でさ」
「え、百もするの? あんな錆びてるのに?」
「お貴族様。そのぐらいの大きさの大剣なら、どんな数打ちでも二百はしまさ。錆びてる事で七十、厄介払い料が三十ってところで」

 店主の言葉を聞いたルイズが何か慌てた様子で、耕一に持たせていた財布の中を見た。

「……それにしましょ、コーイチ」
「ああ」

 なんとなく耕一は察して、何も言わずに頷いた。

「へえ、まいど」

 財布の中から百枚金貨を出すと、結構軽くなった。耕一の思った通りのようであった。

「どうしても煩いと思いましたら、この鞘に入れれば静かになりまさ。よかったなデル公、溶かされずにすんでよ!」
「デル公デル公言うなってんだ! 俺にはデルフリンガーっつう立派な名前があんだよ!」
「ご立派過ぎて涙が出てくらぁ! 身の丈に合わな過ぎてよ!」

 何気にいいコンビじゃないのかなこの二人。などと、腰に差した剣と親父の口ゲンカに挟まれながら、耕一はそんな事を思った。

§

「ふあーあ。ヒマだなぁ」

 学院の宝物庫は、本塔のかなり上階、最上階の学院長室の真下に位置する。
 扉の左右に一人ずつ衛視が立ってはいるが、中にある宝物の価値に比したら申し訳程度でしかなかった。学院の中心部に位置するそこを狙う賊などいるはずがなかったし、普段は通りがかる人すら皆無だからだ。

「ま、楽できていいじゃねえか。俺はここのシフト好きだぜ。今日は目の保養にもなったしな」
「ああ、そうだな。ミス・ロングビル、美人だよなぁ」
「あの切れ長の眼鏡がたまんねぇよな。むしろメガネって感じ? ああ、いいよなぁ……眼鏡は始祖の作り出した文化の極みだよ。そうは思わんかね?」
「……お前も大概だよな」
「貴様、眼鏡を愚弄するかぁ! 終末過ごさせるぞオラァ!」
「訳のわからん事で暴れるな!」

 コミカルにいきりたった衛視の一人が振り回した腕が、どん、と扉を叩く。

「うわあっ!?」

 次の瞬間、そこにするはずのない、ぎぃぃ、と木材が軋む音がした。
 強力な『固定化』の魔法が掛けられ、魔法による精巧かつ頑丈な鍵のついているはずのその扉が、開いた。

「あ、開いたっ!?」
「え、お、俺のせいっ!?」

 衛視の二人は飛び上がって驚き、慌てて中を覗き見た。魔法の灯りが灯った宝物庫の中は明るく、"それ"は彼らの真正面に、思いっきり目立つように残されていた。
 立派な黒曜石の壁に土を塗りたくられて描かれた、こんな書き置きだった。



 "烈火のキノコ"、確かに領収致しました。―――『土くれ』のフーケ


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