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ソーサリー・ゼロ第三部-11

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二四四

 君は食堂の裏手にある調理場を訪れる。
 焼ける肉や湯気を立てるスープの、よい匂いが立ちこめている。
 白い筒型の帽子をかぶり白衣をまとった料理人らの手によって、夕食の下ごしらえが進められているところだが、今はまだそれほど忙しくはないようだ。
 調理場の片隅の椅子に腰掛けて、手の空いている何人かの料理人たちと談笑していた太った中年の男――料理長のマルトー――が君に気づき、人懐っこい笑顔を見せる。
「おお、どうした? 今日はなんの用だい? あんたなら、たとえ用がなくても大歓迎だがね。このあいだ聞かせてもらった、『ロガーンとトロール』は傑作だったぜ」
 君は、とある珍しい果物を探しているのだとマルトーに告げ、ブリム苺の特徴を説明する。
 ブリム苺は奇妙な果物で、普通は人間も動物も食べようとはしない――鼻をつくひどい匂いがするためだ。
 だが天然の良薬であり、早めに口にすれば、悪性の流行り病すら抑える効き目がある。
 君の説明にマルトーは首を傾げる。
「俺はハルケギニアで採れる果物なら、そこらの野苺から東方原産の珍種まで知りつくしているつもりだが、そんなものは聞いたことがねえなあ」
 マルトーはブリム苺のことを周囲の料理人や給仕たちにも訊いてくれるが、皆そろってかぶりを振るばかりだ。
 君はマルトーに礼を述べると、調理場を出ようとするが、そこで奉公人の少女、シエスタと鉢合わせる。
「まあ、ミス・ヴァリエールの使い魔さん! お久しぶりです、もうお帰りですか?」
 少女はそう言って微笑みかける。
「ちょうどいい。シエスタ、ブリム苺ってのを知らねえか?」
 マルトーが、君のかわりにシエスタに問いかけてくれる。
 ブリム苺の特徴を聞いてすぐ、シエスタがはっとした表情で君を見る。
「それってもしかして、ブリュヌベリーのことですか?」
 思わぬ答えに驚いた君は興奮し、彼女の両肩をつかむと、詳しい話を聞かせてくれと大声を出す。
「い、痛いです……お話ししますから……」
 シエスタの弱々しい声を聞いて慌てて手を離し、自らの行いを詫びる。
 シエスタは驚きさめやらぬ表情で言う。
「いえ、お気になさらないでください。……ええと、ブリュヌベリーはわたしの故郷、タルブの村のそばの草原に生っているんです。薬になるので、
うちの家ではしぼり汁を瓶に詰めて常に何本か保存しているんですよ。
わたしも子供のころ母に飲まされたことがあるんですが、ものすごい匂いと味でした。≪水≫の魔法で作られた薬ほどじゃないけど効き目は確かで、わたしも一晩で熱が下がっちゃいました。
……でも、できれば二度と飲みたくないですけど」と。
 話を聞く限り、ブリム苺とブリュヌベリーは同一のものと見てまず間違いなさそうだ。
 君が、代金は払うのでそのブリュヌベリーの汁をいくつか譲ってはもらえぬかと尋ねると、シエスタは笑顔で
「はい、それじゃあ家に手紙を送りますね。ちょうど、そろそろ仕送りを出そうと思っていたところなんです」と答えるが、
それでは遅すぎる。
 タルブまで直接薬を取りに行きたいので、簡単な紹介状を書いてはもらえぬかと言うと、シエスタは怪訝な表情をする。
「そんな……往復の旅費を使えば、もっといい薬が買えますよ? なにもわざわざ出向かなくても」
 君は、とにかくその薬が急いで必要なのだと言う。
 シエスタはしばらく考え込むが、やがて意を決したように
「それなら、わたしもお供します!」と叫ぶ。
「うちの家族はお人よしばかりですけど、いきなりよその人がやって来たら警戒して、薬を出し渋るかもしれません。たとえわたしの紹介状を見せても、信用してもらえるとは限らないし。
だから、わたしが直接、使い魔さんを家族と村のみんなに紹介します」
 シエスタの言うことには一理あるが、彼女には彼女の仕事があるはずだ。
 そのことを尋ねると、シエスタは
「大丈夫です。使い魔さんのお手伝いのためなら、いつでもお休みをいただけます。そうでしょ、マルトーさん?」と、
興味津々で君たちの話を聞いていた料理長に呼びかける。
 マルトーは笑顔でうなずく。
「おう、行ってこいシエスタ。そこの旦那のお役に立ってきな」
 シエスタはそばかす混じりの顔をほのかに紅潮させる。
「もう! いやですわマルトーさん、旦那様だなんて。あの、それで……出発はいつですか?」
 シエスタの問いに、おそらく明朝になるだろうと答えると、調理場をあとにし図書館へと向かう。
 このことを、早くルイズとタバサに伝えねば。一三九へ。


一三九

 シエスタの故郷であるタルブの村の近辺にはブリム苺らしき植物が自生しており、彼女の家ではそのしぼり汁が薬として用いられている――君が調理場で得た情報を知らされたタバサは、
「明朝、門前で。シルフィードに乗って行く」と言ってすっくと立ち上がると、
そのまま図書室を出て行く。
 本心では今すぐにでも出発し、難病に苦しむ家族を救うかもしれぬ薬を手に入れたいところだろうが、同行する君とシエスタのことを、彼女なりに気遣ってくれたのだろう。

 平原が、森が、川が、丘が、眼下を過ぎ去ってゆく。
 君たちは今、シルフィードの背に運ばれ、タルブへと向かっているのだ。
 こうやって竜の背にまたがるのは二度めであり、慣れのおかげで墜落の恐怖も前回より薄れてはいるが、それでも気は抜けない。
 同乗者のうちふたりと一匹――ルイズとシエスタ、そしてキュルケの≪使い魔≫である火狐――は魔法が使えぬため、うっかり転落すれば命はないのだから。
 タバサの≪使い魔≫シルフィードの背中はそれほど広いわけではなく、少女ばかりとはいえ、人間が五人に獣が一匹も乗れば、もはや脚を伸ばす余地もない。
 一行の中で最も大柄な人間である君は、少女たちの邪魔にならぬよう小さく縮こまっている。
 本来タルブへ向かうべき顔ぶれは、シルフィードの主人であるタバサ、ブリム苺を知る君と、タルブの家族に君たちを紹介してくれるシエスタの三人だけで充分なはずなのだが、
どいうわけかルイズとキュルケまでついて来たのだ(キュルケは火狐まで連れている)。
 ふたりに理由を問いただしたところ、キュルケは
「だって、おもしろそうじゃない。この前のあなたたちの旅には同行できなかったけど、今度の機会はのがさないわよ」と嫣然とした笑みを浮かべ、いっぽうルイズは
「使い魔が主人の眼の届かないところで変なことしないように、監視につくだけよ」とふてくされた口調で言う。
 ふたりとも、学院の授業を無断で欠席することについては、なんら気のとがめるところはないらしい。
 もっとも、順調にゆけば夕方にはタルブに到着するはずなので、村に一泊するだけですぐに戻ることができる――ルイズたちの欠席とシエスタの休暇は二日だけで終わるだろう。

 背中にかかる重みをものともせず、シルフィードは力強くはばたく。
 空飛ぶ竜の背に乗るなどという生まれて初めての経験に、最初は悲鳴を上げて騒いでいたシエスタだが、すぐに慣れたようで
「すごい……街道を見てください、荷馬車でいっぱいですよ!」などと、
眼下に広がる光景を楽しむ余裕さえ生まれている。
 彼女の言葉にしたがっておそるおそる視線を下げた君は、ラ・ロシェールへと向かう街道に多くの馬車があるのを見出す。
 その車列は隊商にしては規模が大きすぎる。
「戦の準備ね。あと三週間もすれば、アルビオン解放の軍がラ・ロシェールから飛び立つから」
 ルイズが君のほうを向いてそう言うと、キュルケも
「ラ・ロシェールは、アルビオンに最も近くて最も大きな港だからね。今はトリステインとゲルマニアを中心とした、諸国連合艦隊の根拠地になってるはずよ」と説明する。
 街道を進む何台もの馬車は、軍隊のための食糧や武器、そのほか雑多な物資を運んでいるのだろう。
 アルビオンへの出征の日が近づけば、徒歩(かち)で行進する数千の兵がこれに加わるはずだ。
「戦……ですか」
 シエスタが気落ちしたように呟く。
「始まったら、貴族の皆様だけではなく、平民の兵隊もいっぱい死んでしまうんですよね。それに、アルビオンの人たちも。本当に必要なんですか? 
まだ、アルビオンがトリステインに攻め込んできたわけでもないのに」
「当然でしょ! ≪レコン・キスタ≫の恥知らずな謀反人たちは、始祖の末裔たる王様を殺めて、今もウェールズ皇太子殿下や民衆を苦しめているのよ。
これはアルビオンを解放する、大儀ある戦いよ!」
 ルイズに一喝されてシエスタは押し黙り、竜の背の上を気まずい空気が流れる。
「そんなに心配しなくても大丈夫よ」
 キュルケが明るい声でシエスタに話しかける。
「連合軍の兵力は圧倒的、内乱でくたびれたアルビオン一国じゃどうにもならないわ。決着はあっさりついて、すぐに平和が戻ってくるわよ」
「それでも……わたしは戦はいやです。ミス・ツェルプストーは、その……失礼ですが、なんだか楽しそうですね」
「我がツェルプストー家はゲルマニア屈指の武門、戦で成り上がってきた家系。ツェルプストーに生まれたからには、たとえ女子供でも、戦いの炎を
恐れたり嫌ったりするわけにはいかないのよ……本心はどうあれ、ね」
「はあ、貴族の皆様も大変なんですね」
 そんなやりとりを聞きながら、君はもう一度街道を見下ろす。
 ラ・ロシェールに近づくにつれ、荷馬車の数は増えている。
 君の故郷である≪旧世界≫は荒っぽい土地柄とはいえ、≪諸王の冠≫の貸与を軸として発足したフェンフリー同盟よって秩序がもたらされていたため
(王冠を大魔法使いに盗まれたアナランドの恥は大変なものだ!)、本格的な戦は絶えてひさしい。
 遥か空の彼方の『白の国』では、数万の軍勢同士が正面から衝突する、君には想像もつかぬ規模の大戦(おおいくさ)が始まろうとしているのだ。二〇へ。


二〇

 陽が傾きだしたころ、ルイズが前方を指さして叫ぶ。
「見て! ラ・ロシェールの桟橋よ!」と。
 その言葉に従って眼を凝らすと、彼方の山の上に小さく枯れ木が見える。
 それはこの距離から見れば一インチにも満たぬ高さだが、実際は丘ほどもある、信じがたい高さの大木なのだ。
 十日ほど前に見てきたばかりだが、何度見ても圧倒される巨大さだ。
 さらに近づくにつれ、四方八方に張りだされた大木の枝に、いくつもの白い花めいたものがついているのを見出す――実際はそれは花ではなく、空飛ぶ船の帆だ。
 これだけ離れていては区別がつかぬが、そのほとんどが戦のためにかき集められた軍艦と輸送船なのだろう。
 無言でラ・ロシェールの桟橋を見つめていた君たちだが、意外な人物の意外な一声を耳にする。
「北西から風竜が二匹」
 声を発したのは、道中ずっと沈黙を保っていたタバサだ。
 彼女が杖の先で指し示したほうに眼をやると、二匹の翼をもつ生き物がこちらに向かって飛んでくるところだ。
 相当な速さで空を翔けているようで、その姿はみるみるうちに大きくなる。
「こんな人里近いところを野生の竜が飛んでいるはずもないし、竜騎士かしら」とルイズが言うと、
キュルケは落ち着き払った口調で
「今、背中が光ったわ。鎧を着た人間を乗せてるわね。でも、こっちになんの用があるのかしら?」と疑問を口にする。
 悠然とした貴族の少女たちとは対照的に、シエスタだけは
「だ、大丈夫ですよね? なにもしてきませんよね? わ、わたしたち、なにも悪いことしてませんものね!?」と、
おどおどした様子を見せる。
 そのまま相手が近づいてくるのを待つか(三〇六へ)、タバサに逃げるよう指示を出すか(二一四へ)?


三〇六

 近づいてくるにつれ、二匹の竜とその乗り手たちの姿がはっきりと見えるようになる。
 青い鱗をもつ竜――風竜と呼ばれる、飛ぶことに優れた種らしい――はシルフィードに似ているが、ずっと大柄でがっしりした体格のため、ごつごつした印象を与える。
 その背中にまたがり手綱をつかむのは、鎖帷子と青いマントをまとった騎士だ。
 腰にはワルドが使っていたものと同種の、刺突剣に似た誂(あつら)えの杖を差している。
 ふたりともサレット兜をかぶっているので、面貌であらわになっているのは口元だけだ。
 二騎の竜騎兵は、君たちの乗ったシルフィードの左右に並ぶと、そのまま速度を合わせて飛ぶ。
 右側の竜に乗る騎士が片手を挙げ、掌を下に向けると腕を上下に振る。
 地面に下りろという指示のようだ。
「な、なにもしてないのに……すぐに解放してもらえますよね!?」
 シエスタがおびえた声を出す。
「心配ないわ、こっちは≪トライアングル≫がふたりにダーリンも居るし。闘えばまず勝てるから」
「え、ええっ!?」
 キュルケの冗談を真に受け、頓狂な声を上げる。

 シルフィードは広々とした草原に舞い降り、竜騎兵の片方がそれに続く。
 もう一騎の竜騎兵は君たちの頭上を旋回し、周囲を警戒している。
 シルフィードから降り立った君たち五人と一匹に、騎士が近づいてくる。
「我々はラ・ロシェール鎮守府(ちんじゅふ)防空隊だ」
 威丈高に騎士は言うが、その声は若々しい少年のものだ。
 おそらく、ルイズやキュルケと同年代だろう。
「その格好は、魔法学院の生徒と下僕か? ラ・ロシェールにいったいなんの用だ? あそこは今、諸国連合艦隊の根拠地だ。怪しい奴らを近づけるなとの命令が出ている。
きさまたちの姓名と目的を話してもらおうか」
 騎士のぶっきらぼうな詰問に、ルイズの表情がみるみる険しくなる。
 ルイズは怒鳴ろうと口を開くが、キュルケのほうが先に動く。
「ゲルマニア貴族、キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー。彼女がミス・タバサで、こっちがミス・ヴァリエール。
行き先はラ・ロシェールじゃなくて、その先のタルブ。これでいいかしら?」
 そう言って、騎士に流し目を送る。
「ゲルマニアのフォン・ツェルプストーにヴァリエール……まさか、ラ・ヴァリエール公爵の?」
「三女よ。そちらも名乗っていただけるかしら、騎士さま?」
 ヴァリエールの名を聞いて騎士が動揺したのを見て、ルイズは余裕を取り戻す。
 若き騎士は慌てて兜を脱ぐと一礼し、
「失礼いたしました、トリステイン空軍竜騎士、ルネ・フォンクと申します。空からラ・ロシェールに近づくものは、すべて誰何するように言い渡されておりまして……」と弁解する。
 あらわになった顔を見てみれば、小太りで人のよさそうな少年だ。
 キュルケは微笑む。
「気にしないで、あなたは立派に任務を果たしているだけなんだから。それにしても、ずいぶん厳重な警戒ね。アルビオンが先手を打って出てくることなんて、まずないでしょうに」
「我々が恐れているのは艦隊より間諜です。船に火を放たれたりして、闘いの前に損害を出すことは避けたいですからね。アルビオンは三日前にハルケギニアの諸国と完全に断交して貿易商を追放、
港を封鎖したため、今では商船の一隻もやってきませんが。
封鎖は徹底したもので、噂によると一羽の伝書鳩でさえ撃ち落されてしまうとか……」
 思わぬところでキュルケのような美人と出会って気が緩んだのか、ルネという名の少年騎士は聞かれていないことまでぺらぺらと喋り続ける。

「クロムウェルはなにを考えているのかしら」
 ルネと別れ、ふたたびタルブへと向かうべく飛び上がったシルフィードの上で、ルイズは思案にふける。
「いくらアルビオンが過去に一度も侵略を受けたことのない難攻不落の大陸だからって、ハルケギニアのすべての国を敵にまわしちゃったらおしまいよ。
最強と言われてる艦隊と竜騎兵だって、内乱で数が減ったはずだし、なにより食糧が不足しているはずだわ。
それなのに、外交も貿易もやめて浮遊大陸に閉じこもるなんて。こっちがなにもしなくても、日干しになっちゃうわ」
 そう言って溜息をつく。
「アルビオン全体を巻き添えに死ぬつもりかしらね」
 キュルケのなにげないひとことに、ルイズが息を呑む。
「まさか、そんな……」
「そもそも、ハルケギニアを一つにまとめてエルフから聖地を奪回しようという考えが、正気の沙汰じゃないのよ。狂った王様……じゃなくて、クロムウェルの肩書きは議長だか総司令官だっけ?
とにかく、頭のおかしい人間が支配する国ってのは悲惨よね。まともなことをしたら罰せられるんだから」
 その言葉を聞いて、タバサがちらりと君たちのほうを見るが、すぐに正面に向き直る。

 夕陽が山の稜線にかかろうとするころ、草原と森の境目に築かれた集落が見えてくる。
「タルブの村です! まさか、竜に乗って帰ってくることになるなんて! 父さんたち、腰を抜かさないといいけど」
 喜色満面のシエスタが叫ぶ。一九三へ。


一九三

 奉公に出た村娘が、三人の貴族の令嬢とともに竜に乗って村に帰って来たので、普段は静かであろうタルブの夕べは大変な騒ぎとなる。
 広場には人だかりができ、村人たちは遠巻きに貴族の少女らの一挙一動を見守っている。
 村人の大半は、貴族といえば尊大な官吏か医者くらいしか見たことがないらしく、ルイズたちを覗き見ては
「見てごらん、なんてお綺麗な。まるで妖精だよ」
「シエスタの奴、すごい方たちとお知り合いになったもんだな」などとささやきあっている。
 ひどく恐縮した村長がルイズたちをもてなす一方、君とシエスタは用を済ませるべく彼女の生家へと向かう。
 シエスタが生まれ育った家は、二階建ての大きな農家だ。
 彼女の家族――いかにも農夫といった風情のがっしりした体格の父親、おとなしいが芯の強そうな母親、そして七人の弟や妹たち――が、驚きと喜びの入り混じった表情でシエスタを出迎える。
 彼らは、シエスタのすぐ後ろに立つ君の存在に気づいて疑わしげな視線を浴びせてくるが、シエスタが
「わたしが奉公先でお世話になってる人よ。ずっと遠くの国から来た商人さんなんだって」と紹介すると、
たちまち相好を崩す。
 君はシエスタの家族に挨拶して名を名乗り、自分たちはブリム苺(またはブリュヌベリー)の汁を買い取りに来たのだと告げる。
「ああ、あのひどい匂いのする薬か? ワインと一緒に何本か置いてあるはずだ。おい、あるだけ持ってきてくれ」
 シエスタの父は少年のひとりに指示を出す。
「ちょっと待ってな。それにしても、あんなものが欲しくて学院から文字通り飛んで来るなんて、あんたらももの好きだね。貴族さまの気まぐれか?」と言うシエスタの父に君は、
その薬の原料となる果物はこの辺りでしか見つからぬ、大変珍しいものなのだと説明する。
「そういえば、じいさんが来るまでそんなものは誰も知らなかったって話を聞いたことがあるな……」
 シエスタの父がひとりごちる。
 ほどなく、シエスタの弟である少年が四本の瓶を抱えて戻ってくる。
 君は断りを入れると、水薬の瓶のコルク栓を抜き、匂いを嗅ぐ。
 臭い!
 この強烈な匂いは、間違いなくブリム苺のものだ!

 君はブリム苺の汁が入った瓶を、三本買い取ることにする。
 タバサの家族のために一本、ルイズの姉のために一本、自分用に一本――最後の一本は、もしもの時のために、この家に残しておいたほうがよいだろう。
 思わぬ臨時収入(代金の金貨は、出発前にルイズとタバサが君に渡してくれた)を得て頬の緩みを隠し切れぬシエスタの父だが、急になにかを思い出したような顔をすると、
「……あれが読めるかも」と呟いて部屋を出てゆく。
 数分後に戻ってきたシエスタの父は
「あんた、ずっと遠くの国から来たんだってな。もしかして、これが読めるんじゃないか? 私の祖父が書いたものなんだが、
『ハルケギニアの外の世界からの旅人が村を訪れたら、これを見せてみるように』って遺言を遺したんだ」と言って、
二つの羊皮紙の巻物を君に見せる。
 片方の巻物を拡げてまじまじと見つめる。
 見たこともない複雑な象形文字がびっしりと書き込まれているが、まったく解読できない。
 通常、文章というものは左から右へ書かれるものだが、この未知の言語は行間の空白を見るに、上から下へと書き込まれているようだ。
 ≪旧世界≫はもちろん、おそらくハルケギニア大陸にも、このような言語を操る文化は存在せぬだろう。
 これを記したというシエスタの曾祖父は、ハルケギニアとはなにもかもが異なる遠い異国からやってきた旅人だったらしい。
 途方にくれた君は、もう一方の巻物を手にとり――短い叫び声を上げる。
 シエスタとその父がぎょっとした表情で君を見て、いったいどうしたのかと声をかけてくるが、君はなにも答えようとしない。 
 息は乱れ、額に汗の玉が浮かび、羊皮紙をつかむ指が小刻みに震える。
 子供が書いたように稚拙な字だが、この巻物は西部アランシア語で記されている――≪タイタン≫の言語だ! 九〇へ。


九〇

 君はシエスタたちの問いかけにも答えず、夢中で羊皮紙を読み進める。
 大海の彼方に存在するアランシアの言語に堪能なわけではないが、それは根本的には≪旧世界≫と似通ったものであるため、
(≪旧世界≫、アランシア、クールの三大陸が、かつては一つの大陸であったことの証拠だといわれている)どうにか内容が理解できる。
 書き手であるシエスタの曾祖父が、簡単な単語ばかり使い、諺や婉曲な言い回しをほとんど用いておらぬことも、君の理解の助けになる。
 先に読んだ象形文字こそ、シエスタの曾祖父の母国語なのだろう。
 彼は西アランシア語を、大人になってから不完全なかたちで習得したに違いない。

 この文章を記したのは、ハチマン国の都コン・イチで生まれたササキ・タケオという人物だ。
 彼はハチマンの貴族階級にあったようだが、身に覚えのない不名誉な罪をなすりつけられたため、海の向こうへの逃亡を強いられることとなった。
 長く危険に満ちた航海のすえにアランシア西岸のブラックサンドにたどりついたササキは、そこで冒険者としての新たな生活を始める。
 怪物と罠に満ちた廃墟や洞窟を探索し、隊商の護衛につき、邪悪な貴族の用心棒になったことさえあると記されている。
 そうして十年ほどが経ったある日、ササキは巨大な地下迷宮の奥で罠にかかり、気がつくと別の迷宮のなかに倒れていた。
 彼は次々に襲い来る怪物どもを退け、どうにか迷宮を抜け出したが、食糧を失い、剣は折れ、満身創痍のありさまだった。
 夜空にかかる二つの月に驚いたササキだったが、とにかく人里を求めて足を進め、四日めになってようやくたどりついたのが、このタルブの村なのだ。
 ササキは行き倒れの自分を助けてくれた女と結ばれ、そこで子を生した。
 羊皮紙の最後にはこう記されている。
「我はこのタルブを安住の地となしたが、これを読む汝は、意せずしてこのハルケギニアの地に流れ着いた者やもしれぬ。汝もし野蛮なるアランシアに戻ることを望まば、東の洞穴を探るべし。
≪門≫は洞穴の奥底に在り。我はその≪門≫をくぐりし者なり。されど心せよ、そこは幾多の妖怪変化が徘徊する死の穴ゆえ」と。

 読み終えて、君はササキ――シエスタの曾祖父の書き遺した手記の内容を吟味する。
 ハチマンやコン・イチという地名は聞いたこともないが、おそらく地図にも載っておらぬような辺境の隔絶した地域か、小さな島国なのだろう。
 ブラックサンドは『盗賊都市』の別名をもつ危険な港町であり、遠く離れた≪旧世界≫においてもその悪名は知られている。
 それよりなにより、手記の最後の記述が君の心をとらえて放さない。
 このタルブの村のすぐそば(怪我人の足で四日かかるのなら、歩いて二日といったところだろう)に、≪タイタン≫へと通じる≪門≫があるとは!
 危険を冒してでも、洞窟を調べてみる価値はあるだろうと君は考える。
 アランシアから≪旧世界≫へと向かう船が半年に一隻しかなく、二ヶ月の航海に耐えねばならぬとしても、そして、王冠の奪回はもはや手遅れだとしても、
君は祖国のためにカーカバードに戻らねばならぬのだから。

 君はシエスタとその父のほうに向き直り、羊皮紙の内容について話す。
 父娘は、君とササキが同郷の生まれ(実際は、世界の反対側といってよいほど離れた場所に違いないのだが)だと聞いて、驚きを隠せない。
「じいさんは、自分は月が一つしかない国から来たってよく言ってたが……まさか、同じ国からの旅人がシエスタと知り合うなんてな」
 シエスタの父はしみじみと感慨深げに言い、シエスタはうるんだ瞳で君を見つめ、
「うわあ、すごいです、運命的ですね!」と話しかけてくる。
 彼女の態度に妙なものを感じ取った君は話題を変えることにし、ほかにササキの遺品はないのかと尋ねる。
「たしか、その巻物と一緒にしまいこんでいたはずだ。もっとも、役に立たないがらくたばかりだが」
 シエスタの父はそう言うとふたたび部屋を離れ、ぼろ布に包んだ雑多な品々を持ってくる。
 彼がテーブルの上に並べたのは、確かにがらくたにしか見えぬ物ばかりだが、そのうちのいくつかが君の興味を惹く。
 君は、このなかのどれか一つを貰ってもよい。

 刀身が鍔元から折れた剣・一六〇へ
 十字型の鉄片・七四へ
 木彫りの神像・二五へ
 鎖篭手・二七一へ

 どれも必要ないと思ったなら、三二九へ。


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