あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

虚無の魔術師と黒蟻の使い魔-04


「皆さん。春の使い魔召喚は、大成功のようですわね。
このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に、様々な使い魔達を見るのがとても楽しみなのですよ」

使い魔召喚の儀の翌日。最初の授業の冒頭に教壇に立つ教師は、そう言った。

(あちゃー。言っちゃった)
キュルケは心の中でで舌打ちした。
シュヴルーズの浅慮に対してである。
この言葉は導火線に火を点けたようなものだ。まわりまわって昨日のルイズの召喚の結果を笑いものにするような流れになるだろう。
形としてはドミノ倒しの最初の一枚目を倒したと喩えるほうが相応しいのだろうが、繋がっている先が爆弾なのだから、やはり導火線だ。

(男子生徒。あの太った……なんて名前だっけ? まぁ、あのあたりね)
「おい。ゼロのルイズ。ちゃんとあの使い魔は連れてきたのか?」
キュルケの思ったとおり、マリコルヌがルイズを冷やかす。

(そしたら今度はギーシュあたりが合いの手入れて……)
「おいおいマリコルヌ。正確に言いたまえよ。『連れてくる』じゃなくて『持ってくる』だろう?」
やはりキュルケの思ったとおりに、ギーシュがマリコルヌにあわせる。

(ホント、男って単純。それでルイズが輪をかけて単純だから、あと二・三言、何か言われたところでドカン!ね。あの先生、どうもルイズの爆発に対して危機感が足りないんじゃないかしら。爆発する前に止めてくれればいいんだけど)
キュルケはそんなことを思いながら、何時でも机の中に潜れるように体勢を整える。

「そうだなギーシュ。だけど『持ってくる』よりもっと相応しい言葉があるよ」
(はい、カウントダウーン。さーん)
「ん? なんだい?」
(にーい)
「そこらへんに幾らでも落ちてるんだ。『拾ってくる』だろ?」
(いーち)
「「あはははは!!」」
(はいゼロ)

キュルケは急いで机の下に潜ろうとするが、そこでルイズの様子がいつもと違うことに気がついた。
普段だったら凄い剣幕で席を立ち上がり、ギャーギャー騒いだ上であの二人に杖を向けてるだろうに、今日のルイズは悔しさをかみ締めたような顔で席に座ったままだ。

(あの子、少し変わったのかしら? でも言われるままなんてのもつまらないじゃない)
爆発されたら迷惑だなどと思っておきながら、ルイズが怒りを堪えたら堪えたで不満に思うキュルケ。
自分は男子生徒のような品のない茶化し方はしないと思っていても、キュルケ自身もルイズを茶化してその反応を楽しむのが好きなのだ。
それがあの有様では張り合いがないではないか。

「あー、でもそこらへんの石じゃ駄目じゃないか、マリコルヌ。あの板状の石だからいいんだろ」
「え? ん? あぁ、そうか! あの平面がいいんだな! まっ平らなところが使い魔と主でおそろいなのか!」
だん!
ルイズが机をたたき立ち上がった。
「あ、あんた達覚悟はできてるんでしょうね」
ルイズは震える右手で杖を握り締め、怒りのあまり左のまぶたがぴくぴくと痙攣している。

(まぁ、そう簡単に人は変わらないわよね)

「あなた達! クラスメイトの悪口で盛り上がるとは何事ですか!」
ここでやっとシュヴルースがギーシュたちを諌める。
赤土を口に詰め込まれ苦しむギーシュとマリコルヌを見て、どうやらルイズの怒りは収まったらしい。

(まったく遅いわよ。普段だったら一つ前のタイミングでドカン!だったわ。ことなきを得たからいいけど、爆発物はもうちょっと気をつけて扱ってもらわないと)
やれやれといった感じでため息をつくキュルケ。そこに信じられない言葉が飛んでくる。

「ではミス・ヴァリエール。せっかく立ち上がっているのだし、前に出て錬金の実演をしてもらいましょうか」

キュルケは思わず隣に座る親友のタバサを見る。タバサはまさに机の下に潜ろうとするところだ。
「聞き間違いってわけじゃないのね」
コクリ。キュルケの言葉にうなずくタバサ。
あわててキュルケも机の下に潜り込む。

「百聞は一見にしかず」
タバサのぼそりと呟く。
「そうね。実際に一度目の前でルイズの爆発を見れば、あの先生もルイズの扱いを覚えるでし―――」

ドォン! と爆音が鳴り、キュルケの言葉は途中で遮られた。
キュルケは机から恐る恐る顔を出し、被害状況を確認すると立ち上がる。

「見るだけでは済まないわよね、あの位置じゃ。まぁ、解りきった一年の復習なんてつまらない授業がつぶれたんだから良し、ね」

教壇には煤にまみれたシュヴルースが転がっていた。

「ひょっとしたらって思ったんだけどなぁ……」
ルイズは教室の片づけをしながら一人ごちた。

ルイズの爆発を受けたシュヴルースが、その意識を手放す前に、ルイズに爆発の後始末を命じたのだ。
破損した机などを運ぶのはルイズにはかなりの重労働であるが、片付けないことには授業への参加を許されない。
乗馬を得意とし、学院の女生徒の中では比較的体力のあるルイズではあるが、所詮は貴族の娘の中での話である。肉体労働には身体的にも精神的にも向いていない。
少し片付けては、休憩、愚痴の繰り返し。まだまだ先は長い。

(サモンサーヴァントはともかく、コントラクトサーヴァントは問題なく成功したのに……)
サモンサーヴァントはモッカニアの『本』を呼び出したとはいえ、爆発も同時に起こっていたので成功と言えるかは微妙だ。だが、コントラクトサーヴァントは爆発も起こらず、きちんとルーンが刻まれたのだ。
それならばと、今までとは違う結果になると期待して錬金に挑んだのだが……。
ただ、ルイズの心の中が楽観で占められていたというわけでもない。
事実、朝、幾ら時間があっても魔法を試そうとは思わなかった。本当に魔法が使えるようになったのか、確かめるのが不安だったのだ。
シュヴルースに命じられることで、やっと踏ん切りをつけたのに、その結果がこれである。

(でも! でも、もうゼロじゃないんだから! 確かに魔法を成功させたんだからゼロではないわ。これから一杯練習すればきっとほかの魔法だって成功するんだから)

何とかポジティブな思考にもっていくルイズ。
こればかりはモッカニア本人ではなく、モッカニアの『本』が召喚されてよっかったと思う。
系統魔法とは別物とはいえ、魔法の才に溢れたモッカニア本人の前で醜態を晒したら、こんな精神状態ではいられないだろう。
モッカニアがどういう反応を見せるのか、想像もしたくない。そして間違いなくモッカニアの才を妬む自分。考えたくもない。
そして何より、モッカニアの才に嫉妬する自分をモッカニアに見られるということが受け入れ難い。

嫉妬というのは醜いものだ。

本音を言えば、ルイズは大いに嫉妬している。
難なく魔法を使うクラスメイトに。
突出した魔法の才能を持つ家族に。
そして、モッカニアに。

だからルイズは虚勢を張る。
幾ら魔法が失敗しようとも卑屈にはならない。貴族の誇りを大切にし、そして己を誇る。
魔法が使えないルイズが誇りを重んじる姿を、中身の伴わないプライドと陰口をたたく者がいることも知っている。
そして、ルイズが魔法を使える者に嫉妬していると、きっと皆そう思っているだろうとも思う。
だからと言って醜い己を晒すことは良しとできない。

ただモッカニアだけは別だ。
物言わぬ『本』となったモッカニア。
ルイズの醜さを見ることはなく。そしてルイズの醜さに何を思うこともない。

「私はあなたが羨ましくてならないわ。あなたの才能を少しでも分けて欲しいと思ってるのよ」
誰もいない教室でルイズはモッカニアの本に語りかける。

生前のモッカニアは、それこそ多くの者からその才能を妬まれただろう。
何せ、世界最強の一角だ。
世界最強の称号、当時のバントーラ図書館館長代行、ハミュッツ=メセタと並び称される実力。
嫉妬しないほうがおかしい。
ハルケギニアに生まれ育ったルイズにはいまいち理解しがたいが、モッカニアの世界では魔法と同じぐらい体術も重要視される。
そんな中、魔術ならモッカニア、体術ならハミュッツとまで言われるのだ。

「でもいつかあなたの主として相応しいぐらいのメイジになって見せるんだから!」

ルイズはモッカニアに、そして己に宣言するように言う。
そして、
そして、決意も新たに教室の片付けに戻った。

(やっぱりめんどくさい……)

立派なメイジになるという決意は、教室の片付けにはこれっぽちも役に立たない。
少し片付けては休み、愚痴る。このサイクルでは終わらない。
ルイズは新たに片付けながら愚痴り、愚痴りながら休むというサイクルに変更する。

「何で、こんなこと、しなきゃ、なんないのよー!」
愚痴る。
「腰が……腰がぁ……」
愚痴る。
「こんなの平民の仕事でしょーにー!」
愚痴る。
「モッカニアの主に相応しいメイジになるって決意したそばから、何でこんなことしてるのかしら……」
愚痴る。
「モッカニアの主に相応しいのは片付け上手の女の子です……なんて……うふ、うふふふ」
少しやばいテンションで愚痴る。
「モッカニアの主に相応しいって。あれ?」

はたと何かに気づいたように手を止めるルイズ。
「普通……逆よね?」

なぜ使い魔召喚の儀式が行われるのは2年への昇級の直前なのか。
それは、召喚された使い魔によってそのメイジの属性を決め、それから各属性の専門的な授業を行うからである。
なぜ使い魔で属性が決まるのか。
それは「そのメイジに相応しい使い魔」が召喚されるからである。

今の今までそれを失念していた。
使い魔召喚の儀式は『属性を決めるための儀式』でもあるのだ。
そのメイジにどういった系統の才能があるのか。それを調べるための儀式なのだ。

満足に魔法の使えないルイズとモッカニアを実力で比すれば、主従として相応しいとはとてもいえない。
だがサモンサーヴァントで呼び出された以上、系統的には相応しい存在であるはずだ。

(モッカニアの系統が判れば、私の系統も判る! 系統が判れば、メイジとして一歩前進できるかもしれない!)

片付けの手を止め、ルイズはきれいな机のうえに腰掛ける。
そして巾着袋に入れて持ってきたモッカニアの『本』をひざの上に乗せ、真剣に考える。

ルイズの思考はすぐに壁にぶち当たる。
(私は一体何を召喚したのかしら?)
召喚されたのはモッカニアの『本』。
だが『モッカニア』を召喚したと考えるべきなのか、『本』を召喚したと考えるべきなのか。
『モッカニア』に注目するか、『本』に注目するか。それで話は随分変わってしまう。

(考え方としては3つね)

まず『モッカニア』という要素を無視して『本』にのみ注目して、ひざの上の『本』を見る。
『本』。それは人間の魂の化石だ。

(1つ目の考え方……私は『化石』を召喚した)
化石ならば土だろう、とルイズは思う。
ルイズには化石がどういって作られるかといった知識はないので、地面から出てくるのだから土系統といった認識である。
実際、ほとんどの化石は骨や殻などの組織が鉱物に置き換わったものである。
化石としてみるなら土系統というのは間違っていないだろう。

(次。2つ目。私は『人間の魂』、いや、『人間』を召喚した)
『人間そのもの』か、『魂』か。その違いを無視していいのか、少し悩んだが、『魂』も結局人間の一部なのだから、人間として考えることにする。
(……駄目。ボツ。人間の系統なんて判るわけないじゃない。せいぜい、風じゃなさそうってレベルしか解らない。風のメイジの使い魔は、基本的に空を飛べる生き物だものね。他の火・水・土はどれも生活の中で使うし、逆にこれってのもないわ)

(最後。3つ目。今度は今まで無視してきた『モッカニア』という要素。私は『モッカニア』を召喚した)
人間という種族ではなく、モッカニアという個人。モッカニアの個性から系統を割り出す。
それならば、モッカニアの魔法を踏まえるべきだろう。
聞いたこともない話だが、もしハルケギニアのメイジを召喚したとして、火系統のメイジを召喚したならやはり召喚者も火系統だろう。

(モッカニアの魔法……うーん、まぁ、土……かしらね? でも……)
モッカニアの魔法は系統魔法ではない。
それを系統魔法の才能と直接繋げてしまっていいのだろうか。

(だけど、それじゃぁモッカニアは系統魔法を使わないから、私も属性はなしとでも言うの?)
(そんなの認めないわ! それにモッカニアは系統魔法を知らないから使おうとしたこともないだけで、系統魔法の存在を知ってれば使える可能性だってあるわけよね)
(それこそ逆に、逆に私が……)

「私がモッカニアの世界の魔法を使える、ってのも……アリなのかしら?」
思わず思考が口から漏れる。
ひざの上のモッカニアの『本』を見る。
「アリ……なのかしら」
ルイズはモッカニアの『本』を机の上に置くと立ち上がり、落ち着きなくぐるぐると歩き出す。
「いや、うん。ない。いや! アリ。まぁ、うん」
ルイズの顔は変ににやけている。
「アリ。まぁ、アレよ。うん。とりあえず、試してみるのは……アリ、なんじゃないかしら。いや、別に期待しているわけじゃないんだからね、うん」
そういって一人何度も頷くと、机に戻りモッカニアの石に触れる。
モッカニアの司書養成所時代の部分を読み、モッカニアの世界の魔法についておさらいする。

モッカニアの世界の魔法、『魔法権利』などとも呼ばれるそれは、ハルケギニアの系統魔法とは根本的に異なる。

系統魔法の場合。
例えば風の系統のメイジでトライアングルのクラスだったら、使える魔法はエアカッター、エア・ニードル、エア・ハンマー、ジャベリンなどなど。多少の個人差はあれど、系統とクラスで使える魔法はある程度共通している。
自分の系統の、自分のクラスより下の魔法は大体使えるものだし、他の系統の魔法も初歩的なものだったら使えたりと、魔法を修めれば修めただけ多くの魔法が使えるようになる。
魔法権利と比較した場合、系統魔法の特徴は、『既存の魔法を、いろいろ使える』というところだろう。

魔法権利は反対だ。
幾つもの魔法を使えるような者はほとんどいない。
魔法についてはエリートとも言える武装司書にも、実用に耐えるレベルの魔法はせいぜい2つか3つといった者がほとんどだ。
そして、系統魔法と違い既存の魔法を学ぶのではなく、新しい魔法を作り出すことこそが魔法権利の本分だろう。

もちろん既存の魔法が完全に軽んじられているわけではない。
武装司書の場合、強くないと勤まらない仕事なので『肉体強化』という超人的な身体能力を手に入れるためのの魔法を身につけることが必須である。程度の差はあれ、武装司書ならほぼ全員習得している。
だが一流の戦士は、その上で自分だけの固有の魔法権利を習得するのだ。

モッカニアは魔法に関して、決して器用なほうとはいえない。
『思考共有』という人の意識に直接言葉を届ける魔法がある。肉体強化のように武装司書として必須といまではいかないが、ある程度実に着けているものの多い魔法権利といえる。
一定以上のレベルに達しないと自分から思考を送ることはできないが、多少の素養があれば送られてきた思考に返事を返すことはできる。
自分から思考を送れる者は少ないが、それに返信をする程度の修練を積んだ者は武装司書の中には多くいる。
だが、モッカニアの場合は、自分から思考を送るのはおろか、思考を返すこともできない。
しかし、モッカニア固有の魔法権利。そのあまりにも強大な力によって最強と呼ばれているのだ。

魔法権利は魔術審議と呼ばれるものによって習得する。
魔術審議は、神の定めた世界の公理を書き換える手続きだ。
世界の公理。物が上から下に落ちる。鳥は空を飛ぶ。魚は海を泳ぐ。そういった世界の常識、世界の秩序。
それを一部書き換える。
それが魔法権利だ。
どれだけ世界の常識を変えられるか。それが魔法の強さである。

そのため、魔術審議は大人になり常識に凝り固まってしまうと成功しない。逆に、幼すぎると混沌に近寄りすぎて命を落としてしまう場合すらある。
司書養成所では13歳から魔術審議を始める。二十歳過ぎぐらいで新たな魔法権利の獲得が困難になる。
現在ルイズは16歳。
魔術審議を行うにはちょうどいい年齢だ。

ルイズは、椅子に楽な姿勢で座ると瞳を閉じ息を整える。
意識から外界を遮断し、己の内へ内へと意識を向ける。
今まで系統魔法を身に着けるために瞑想の類も幾度も試してみた経験からか。それともモッカニアの『本』で魔術審議をするモッカニアを己のことのように間近で見たからか。はたまた別の理由か。
意外にもすんなりとルイズの意識は奥へ奥へと向かっていく。
そしてモッカニアの『本』で覚えた魔術審議の文言を唱える。

(行くものは行かず、来るものは来ない。月は太陽。小鳥は魚。生者は骸。鋼鉄は朧。全ての現は夢にして、幻想は全ての現なり。あるものはなく、なきものはあり、万物を虚偽と定義して、これより、魔術審議を執り行う)

魔術審議が始まった。意識の最奥に分け入り、自らの意思で世界の公理を書き換える。
神の定めた世界の公理を侵食し、自らの望む形に作り変える。

(ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは黒蟻を生み出す)
(ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは黒蟻を生み出し操る)
(ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは黒蟻を生み出し意のままに操る)

ルイズは心の中で唱えながら、自分が蟻を操る姿を強く想像する。強く、より精密に想像する。

モッカニアの魔法権利。それは蟻を生み出し操るというもの。
モッカニアの『本』のみによって魔法権利を知ったルイズは、特に意識するわけでもなく、自然とその魔法を選んでいた。

魔術審議が終了した。
世界の公理が変わった、ような気がした。

ルイズは一つ深呼吸をすると、右手のひらを上に向け、瞳を閉じ、意識を集中する。

「出て来てっ!」
そう言うと、ゆっくりとまぶたを開く。
徐々に世界が開ける。手首から少しずつ視線を上げていく。

ルイズの手のひらには、一匹の蟻がいた。

「はぁ~、そうよね。モッカニアを使い魔にしたからってそんな簡単にいかないわよね。なんというか、かめはめ波をまじめに練習する子供みたいだわ。あれ? 『かめはめ波』って何だったかしら。
まぁ、それに魔術審議って一年ぐらいかけてやっとできるようになるものみたいだし。まぁしかたないわよね……って、いるぅ!?」
ルイズにとって生まれて初めてのノリツッコミだった。

「え? うそ。ホント? ホントに? いる。確かにいるわ」
ルイズの手のひらには、通常の蟻と比べてはるかに大きな黒蟻がいる。その大きさはルイズの中指と同じぐらいだろうか。
「どど、ど、どーしよ、どーしよ。も、もう! 出てくるなら先に言ってって言ったじゃない! 私がハシバミ草嫌いだって知ってるのにご飯に入れるんだからー!」
ルイズは混乱のあまり意味のわからないことを口走っているが、自分が何を言っているのかすら解らず、右手に蟻を乗せたままうろうろと歩き回る。

「大体何よ、スバヤティって! そんなのあり痛ぁっ!!」
ルイズの奇行は突如手のひらに走った痛みによって止められた。
痛みに目を向けると黒蟻が噛み付いていた。

「痛っ! 放してっ! 放せ!」
するとルイズの言葉に反応したように、黒蟻は手のひらに噛み付いた顎を放す。そこから赤い血が溢れ出す。
痛みがルイズの頭を冷静にしていく。
ひとまず蟻を机の上に置き、ハンカチを傷口に押し当てる。

(でも、私の命令を聞いたわね。ほ、本当に魔法が成功したの? 落ち着くのよ、ルイズ。落ち着いて、もう一度確認よ。そうね……)

ルイズはあたりを見渡すと、一つの命令を念じてみる。
すると蟻は机の上から移動しはじめる。床に降り、さらにそこから移動する。そしてルイズの爆発で生まれた机の小さな破片、ルイズの小指のつめほどの破片を持ち上げ、運び出した。

「ちゃんと命令を聞いた……。本当に本当なんだ……。それなら……」
ルイズはもう一度目を閉じると、再度蟻を生み出そうと意識を集中する。
しかし、今度は出てこない。だが、ルイズにはもう少しで出そうという感覚はある。
(もっと魔術審議をしないと、いっぺんに何匹も出すのは無理みたいね)

一匹の蟻を生み出し操る。最強といわれるモッカニアの魔法は勿論そんなものではない。
モッカニア本人であれば、この教室を埋め尽くすほどの蟻を平然と生み出すだろう。
しかも平面的に埋め尽くすのではない。立体的に埋め尽くしてしまう。
それが、モッカニアが閉じられた空間であれば疑いようもなく最強だと言われる所以である。

億を超え、兆という数の蟻を操るモッカニアに対し、一匹の蟻しか操れないルイズ。
比較するのも馬鹿らしいほどの差がそこにはある。

(でも、ちゃんと実力もモッカニアの主に相応しいところまで成長してやるんだからっ)

そう改めて決意すると、初めて生み出した蟻を見る。
よたよたと破片を運ぶ蟻。

(まぁ、蟻は蟻よね。片付けの役には立たないわね……)
(…………)
(もうちょっと……)
(あと少しでゴールよ!)
何時の間にか蟻の応援に夢中になっていた。

(でも、あれよね。結局私が何系統なのかはわからなかったわね)
蟻を応援しながらも、ふとそんなことを考えるルイズ。

(魔法権利が使えるから系統魔法は駄目とか、そういうのは却下。系統魔法もちゃんと使えるようになってやるんだからっ!)
(両方使えれば最強よ! うん!)
(でも、始祖の作った系統魔法じゃない魔法を使うのって……ひょっとして異端になるのかしら)
(……あ、もうちょっとでゴールだ!)

「頑張って! もう少しよ!」
思わず声に出して応援してしまった、その時。
「随分時間がかかると思って見に来てみれば……」
ルイズの背後から声がかかった。
「ひゃぁああ! キュルケ!? いつからいたのよあんた!」
ルイズが驚き振り返ると、そこにいたのはキュルケだった。
「あら随分じゃない。あなた。もう昼休みだから、人が心配して見に来てあげたのに。こんなペースじゃ昼休み明けの授業も間に合わないわよ。
いざ見にきたらのんびり蟻さんの応援だなんて。まるっきり子供じゃない。魔法も使えないのに、授業も出ないじゃ今度こそ留年になるわよ」
キュルケの言葉に、ルイズはこの蟻が自分が魔法で生み出したものだと言おうとしたが、先程の異端扱いされるかもしれないという考えを思い出し、とどまった。

「う、うるさいわね! そこにいたら片づけができないから、どっか行きなさい!」
「片付けなんてしてなかったじゃない。『蟻さん頑張れ~』って。……それにしても何この蟻。大きすぎない? 気持ち悪い」
「大きいほうがいいじゃない!」
「何でそんなところに噛み付くのよ。まぁ、大きくて黒いってのは確かにいいことだけど。でも、やっぱり気持ち悪い」

言うとキュルケはブラウスの胸元から杖を取り出し、蟻に向ける。
それを見てルイズは慌てて、
「何する気よ!」
言うとキュルケの腕にしがみついた。
「何をするって、潰すのも気持ち悪いから焼き殺すのよ」
ルイズがどうして蟻に過剰に反応するのか理解できないキュルケは、怪訝な顔をしながらそう言い放った。

「出て行って」
普段の言い争いのときとは違う、低く押し殺した声がルイズの口から発せられた。
そこに強い怒りを感じ取れないほど鈍いキュルケではないが、何がルイズをここまで怒らせているのかわからない。
「蟻一匹でなに怒ってんのよ。こんな蟻を見てるからいつまでも片付かないんじゃない」
「出て行ってって言ってるの!」
今度は怒鳴った。


「…………」
キュルケは何も言わず退散することにした。
後少しでも踏み込めば。いや、後少しでもあの場に留まれば。間違いなくルイズは爆発していただろう。
「訳が解らないわ……」

キュルケがいなくなった教室で、ルイズは一人片づけを続ける。

蟻は魔法を解除すると消えてしまった。
『本』を読んで分かっていたことだが、この魔法は蟻を出している間はずっと魔法を発動させ続ける必要がある。逆に、魔法を発動し続ける限り、屍骸になっても蟻は存在し続ける。
せっかく手に入れたこの魔法権利。より深く知り、より強力なものにする必要がある。
ルイズはそう思いながら右手のひらを見る。
先程噛まれた傷の上にハンカチを巻いておいた。血は止まったようだが、今もずきずきと痛む。

(でもちょっと痛いだけだものね。攻撃魔法としてはぜんぜん役に立たないわ。「イタッ、虫だっ、ぺしっ」で終わっちゃうもの)
結局、黒蟻の魔法が最強なのではなくモッカニアが最強だということだ。モッカニアの桁外れの魔力によってこの魔法を最強足らしめているのだ。

(まだ攻撃魔法にはならないわね。モッカニアは羽蟻を使って偵察とかにも使ってたけど……)
(攻撃手段としてこの魔法を使おうと思ったら……)
(10匹? いや、もっと?)
(そう簡単に振り落とせないような数……)
(何匹も……一斉……に……)

急にルイズはしゃがみ込む。
そして手で口を押さえ苦しそうな表情を浮かべた。
吐き気がこみ上げ、喉元まで来ているのを、必死に押し戻そうとしているのだ。
暫くの間そうしていたが、やがて吐き気はおさまったのか、真っ青な顔で深呼吸をしている。

ルイズの思考が呼び水となり、今朝の夢を思い出してしまったのだ。
モッカニアの死。

自身の魔法を用いた自殺。


ルイズは疲れた顔で床に座り、己の右手を見る。まだずきずきと痛むその右手。
モッカニアには違う結末を選ぶだけの力はあった。だがそれを良しとしなかった。
違う結末を選ぶために力を振るうことを良しとしなかった。
力を持ち、強くなればできることが増える。選べる選択肢が増える。力のないもの、弱い者に多くの選択肢は与えられない。
強い者に多くの選択肢があるのは、弱いものから選択肢を奪うからだ。

モッカニアは善良だった。

「私は……」
ルイズは呟く。
「それでも私は……力が欲しいわ」


新着情報

取得中です。