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虚無の魔術師と黒蟻の使い魔-03


朝。
というにはいささか早い。まだ早朝というべき時間である。
普段は寝起きの悪いルイズが、そんな時間にすでに目を覚ましていた。
ただ、さわやかな覚醒とはいかないようである。

「……最悪」
げんなりとした顔で呟くルイズ。
背中が汗で湿っているのを感じる。腋の下にも嫌な汗をかいている。
不快だ。
こんな時間に目を覚ましてしまったのならそのまま二度寝に入るのが常だが、この状態では気持ち悪くて眠れそうにない。
いや、汗などは実際にはたいした問題ではない。
今は瞳を閉じるのが嫌なのだ。
そうしてしまうと、嫌でも先程見た、夢の中で見た光景が浮かんできてしまいそうだからだ。

ルイズは体を起こしベッドに腰掛けた状態で机に目をやる。
そこには手のひら大の板状の石、モッカニアの『本』が置いてある。
ベッドに腰掛けた状態のルイズからは見えないが、その表面にはルイズの使い魔であるという証のルーンが刻まれている。

『本』は魂の化石。その人間の人生の全てが詰まっている。生れ落ちたときから経験する全てのことが。
その中には、無論、生前に秘密にしていたことなども含まれる。モッカニアの世界には「秘密を墓まで持っていく」などという概念はないのだ。死後『本』が発掘されることで秘密は暴かれてしまう。
それだけではない。全ての中には、本来人に見せるべきではないものも含まれる。それは排泄行為や、情事の様子などのことだ。
それゆえに裏社会では美女の『本』が高値で取引されていたりする。特に女優など有名な者の『本』ともなれば、一般人では一生かかっても使い切れないほどの額で取引されている。
そういった『本』の売買を取り締まるのも武装司書の仕事だ。『本』は全てパンドーラ図書館に収められるのが慣わしであり、法である。

とにかくに、『本』を読むというのは何かと刺激的な体験なのである。
ましてや『本』というものの存在自体、昨日初めて知ったルイズである。その衝撃は言わずもがなである。それが夢に出てくるのも仕方のないことだろう。
モッカニアの『本』にも刺激的な場面はいくつもあったが、その中でも一、二を争う衝撃的な場面が夢に出てきて、その結果が今のルイズというわけだ。

モッカニアの人生において、刺激的・衝撃的という点で「一、二を争う」というのは実に当を得た言葉だ。二つの出来事がが大差をつけて三位以下を突き放して、甲乙つけがたい。
その二つについては、ルイズは昨夜一度読んだだけで、もう二度と読み返すまいと心に誓ったのだが……。誓いも虚しく、その直後に夢に出てきてしまったという次第だ。
一つはモッカニアが心を病む原因となった出来事。
そしてもう一つがたった今夢に出てきた場面。

モッカニアの死である。

ルイズは不快な汗をふき取り制服に着替えると、寮を出た。
本来のルイズの起床時間よりも2時間近く早い。部屋にいてもすることがないので朝の散歩と洒落込もうというのだ。

(たまには早く起きて散歩なんてのも健康的よね)
そんなことを心の中で嘯くルイズ。
とはいえ、早寝早起きならともかく、昨晩は『本』を読むのに夢中でかなり夜更かししたため、睡眠時間も短く、あまり健康的とは言い難いのだが。

あたりを見渡すとメイドたちが忙しなく働いている。
当然といえば当然だが、普段、ルイズが起きて身支度を整えたらすぐ朝食を食べられるということは、その前に使用人たちが朝食の用意をしているということだ。
忙しなく動く彼女たち、その中には特に仕事道具のようなものを持っていない者もいるが、そういったメイドが一体何の仕事をしているのかはルイズには想像もつかない。
何がしか道具を持っていれば何の仕事に従事しているのかわかるのだが……。炊事、洗濯、掃除以外に早く起きてするような仕事があるのだろうか?

そんなことをとりとめもなく考えていたルイズだが、ふと、メイドたちがちらちらとこちらを窺っていることに気づいた。
「無礼だ」と注意しようかと思ったが、その前にこの場に貴族が自分しかいないということに気づいた。

(なるほどね。こんな時間に貴族がいるのが珍しいってわけね)
だからと言って無礼であることには変わりがないのだが、何となく気勢が削がれ、ルイズはその場を立ち去ることにした。

(夜に鳴く鳥もいれば、朝に鳴く鳥もいる。学院は貴族のためのものだけど、早朝だけはメイドたちのものなのかもね)
(メイドたちも貴族のいない早朝はお喋りでもしながらのんびり仕事しているのかも知れないわ。それこそ小鳥の囀りの様に)
(それにしても、貴族は私以外誰も起きてないのかしら?)
(お年寄りは朝が早いというし、オールド・オスマンあたりは起きてたりするのかしらね)
(ちょっとお腹空いてきたな……)

そんなことをつらつらと考えながら、ルイズは足の赴くままに歩を進める。
するといつの間にか広場に出たので、そこで少し休憩することにした。
一本の木のを選び、その根元に座ろうとしたとき、そこに蟻の行列ができていることにルイズは気づいた

「……あの時、」
ルイズは蟻の行列を見て、昨日、初めてモッカニアの『本』に触れたときの事を思い出した。
しゃがみ込んで何かを見ていた少年時代のモッカニア。
あの時は何を見ていたのか確認できなかったが、今は何を見ていたのかルイズには判っている。
それは『本』でその場面を読み返したというわけではない。
早死にしたとはいえ20年以上生きたモッカニアの人生。その人生においてトピックでもなんでもない少年時代の一場面を探し出すというのは相当な時間を費やす必要があるし、そんなことをしようとも思わない。
ただ、モッカニアがどういった人生を送ったかを知っている今となっては、あの時見ていたものとして何が最も相応しいのかが判るということだ。
当然、ただ偶然落ちていた硬貨を拾おうとしていただけかもしれない。相応しいからといって、他の可能性を否定できるわけではない。

それでもルイズは、あの時モッカニアが見ていたのは蟻の行列に違いないと思うのだ。

(モッカニア……)
蟻の行列を見ながらルイズは考える。
モッカニアの『本』を使い魔にするという事について。

すでに死んでしまっているモッカニアがルイズのために何かをしてくれるということはない。
ならば、ルイズがモッカニアの『本』を使い魔にすることで享受するのは、モッカニアの人生という情報のみ。
だが、これはモッカニアの本に触れさえすれば誰でも知ることができるのだ。

(先生に見せようかと思ったけど、それは駄目ね。少なくとも当面は)

あくまで自分の使い魔なのだ。
モッカニアを知ることができるのは、モッカニアと契約した自分だけでいい。
モッカニアの『本』を他人に触らせるということは、自分だけの使い魔であるモッカニアが、他の人間と共有する使い魔になってしまうのも同じだ。
情報という形でのみ享受する使い魔の恩恵。その情報を共有するというのはつまりはそういうことだ。


気がつくと、蟻の行列はいつの間にか最後尾になっていた。

「蟻の行列の最後尾なんてはじめて見たかも。早起きもしてみるものね」
そう言うとルイズは立ち上がった。

目覚めは最悪の気分だったが、今はそうでもない。むしろ今は少し清清しい気さえする。
ある種の開き直りといえばそれまでだが、モッカニアの『本』を使い魔にしたという現実を受け入れることにした。
まぁ、現実は現実であり、いくら嫌でも受け入れざるを得ないのだが、そこまで嫌々ではないということだ。

(そういえば……)

起きる直前は最悪だったモッカニアの夢だが、あの場面の前は、何か暖かい気持ちになれるような夢だった気がする。
どんな夢だったのかは、いくら思い出そうとしても思い出せない。
夢とはそんなものだ。
ただ、確かにモッカニアの夢で暖かい気持ちになれたのだ。

ならばモッカニアの『本』が使い魔だというのも悪いことばかりではないだろう。
ルイズはそう思った。


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