あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

ゼロのエルクゥ - 07


 トリステイン魔法学院、学院長室は、中央本塔の最上階にある。
 学院長であるオスマンは、がっしりとした造りの執務机に腰掛け、白くはなっているが美髭と呼んで差し支えない見事な長髭をさすりながら、

『朝っぱらからそのハゲ頭に似合わぬ真面目くさった顔をしやがってからにわしの朝はミス・ロングビルの魅惑の三角地帯を拝まんと始まらんのじゃあ』

 という内心を押し殺して自らの使い魔であるハツカネズミをそっと秘書机の下に送り込みつつ、目の前の一人の教師に相対していた。

「して、こんな朝早くから何用じゃ、ミスタ」
「昨日の、春の使い魔召喚の儀に関してなのですが」

 机を挟んでオスマンの前に立っているのは、コルベールだった。

「一人、人間……いや、亜人の青年を召喚した者がおります」
「ふむ。確かに珍しい事ではあるが……それだけでこんな朝っぱらから押しかけてきたわけではあるまい?」
「これを」

 コルベールは、手に持っていたスケッチブックと古ぼけた本を机に広げ、それぞれ栞を挟んであるページを開いた。

「これは……!」

 オスマン老人の顔が引き締められる。

「青年の左手の甲にこのルーンが現れました。また、召喚された折、私ですら気圧されるほどの迫力を放ち、次いで学園までの道を召喚者を抱えたまま30秒ほどで走り抜け、その途中『フライ』で飛行する生徒達の高さまでジャンプで跳び上がる、といった行為を見せています」
「……なんじゃそれは。神の左手にしても無茶苦茶じゃな」

 同じルーンを示した、スケッチと、古本―――『始祖ブリミルの使い魔たち』を見るその目が、鋭い光を湛える。
 それは奇しくも、耕一達の世界に存在する『ルーン文字』と全く同じ形をしていた。アルファベットに直せば、それは―――gundalfr、と読める。

「神の左手ガンダールヴ。あらゆる武器を使いこなし、魔法を唱える始祖を護る神の盾」

 本に書かれた説明書きを、無感情に朗読するオスマン。

「召喚者の名は」
「ミス・ヴァリエール。ルイズ・フランソワ―ズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールです」

 名を聞いて、暫し目を瞑る。

「……公爵の娘か」
「実際に相対した者としましては、伝説の再来、と素直に喜ぶ事は出来かねますな。あの迫力を持ってなお、それを『子供のしつけ』と言っていました。本気の殺気を向けられたら対処する自信がありません」
「伝説なんぞ、会わずとも存在するだけで厄介じゃわい」

 自身が三百年生きたとも言われる十分伝説級の人物である事を棚に上げて、オスマンは机の上に置いてあったキセルを口に含む。
 ぽこぽこ、と水が気泡を湛える音が、暫しの間部屋に響いた。

「いかが致しますか。王室に連絡を?」
「ばかもん。結論を急ぐでないわ。よしんばその青年が本当にガンダールヴであったとしても、王室なんぞに報告する必要はないがの」
「な、なぜですか?」
「さっき言ったじゃろう。伝説なんちゅーもんは、存在するだけで厄介なんじゃよ」
「はあ……」

 意図を測りかねてコルベールが気のない返事をした、その時。

 ずがーん。

 と、学園中に炸裂音が響き渡った。2年生の教室塔から発せられたその音と振動は、本塔の学院長室にも届き、それを揺らした。

「何事じゃ?」
「……おそらく、ミス・ヴァリエールです」
「なんじゃと?」
「彼女は、その……魔法があまり上手ではなく、魔法を使おうとすると爆発してしまうのです」
「ふぅむ。爆発とな?」
「はい。火、水、土、風、そしてコモンマジックに至るまで、使おうとすると全て爆発してしまうらしいのです。『サモン・サーヴァント』と『コントラクト・サーヴァント』は成功したのをこの目で見届けたのですが」
「……魔法の失敗が爆発とは、果て面妖じゃな。身の丈に合わぬ呪文を使おうとすれば精神力が足らずに気を失うかそもそも認識すらされずに何も起こらず、詠唱が不完全であればそれこそ何も起こらぬはずじゃが」
「言われてみれば、そうですね」
「ま、そういう奴もおるかもしれんの。それで、その魔法を使えぬ落ちこぼれの使い魔が、始祖の従えた伝説の使い魔であると、そういうわけじゃな?」
「そういう事になりますか……」
「さて、不可思議じゃな」

 オスマンは再びキセルを口に含み、ぽう、と煙を吐き出した。

「とりあえず判断は保留としよう。事実は伏せ、ミスタは出来る限り彼らの観察を行い、気が付いた事は報告するように」
「わかりました」
「うむ」

 コルベールが一礼して去っていくと、ビリビリと振動していた建物が、ようやく静けさを取り戻した。

「興味深いお話でしたわね」

 秘書席でずっと我関せずと書き物をしていた女性が、穏やかに切り出した。

「うむ。わかっておるとは思うが、他言無用じゃぞ、ミス・ロングビル」
「はい。可愛い生徒をアカデミーに解剖されでもしたら、たまりませんものね」

 ロングビルと呼ばれたその女性は、簡素に結わえてあるその草色の髪を揺らし、ころころと笑う。

「カッカッカ。しかねんの」
「ところでオールド・オスマン」
「なんじゃね、ミス・ロングビル」
「このネズミは、このまま窓から投げ捨ててしまってよろしいですね?」

 ロングビルはそう言って、机の下から、簡素なバネ仕掛けのネズミ捕りの中で、チーズのかけらを咥えてバタバタともがいているハツカネズミを取り出した。

「おお、おお! モートソグニル、可愛い我が使い魔や、しくじったか! 可哀想に!」
「オラァ!」
「あーれーっ! モートソグニルやーっ! ゆーきゃんふらーいっ!」

 学院長室は、今日も平和であった。

 その日のルイズのクラスの授業は、空いている教室に移動して行う事となった。
 ルイズは罰として教室の後片付けを命じられたが、授業中の事故として、それ以上のお咎めはなしとなった。
 『土』属性のメイジであれば小一時間と掛からず終わる上に修繕までしてみせるであろうその作業も、メイジなら誰でも使える共通魔法とも言うべきコモンマジックの『浮遊』や『念力』すら使えないルイズが行うのでは、ほぼ手作業である。
 一日作業は見ておくべき教室の惨状だったが、彼女の使い魔たる耕一は、エルクゥたる膂力を遺憾なく発揮した。

「……あんたの力って、改めてとんでもないわね」
「お褒めに与り光栄で」

 教室の端まで吹き飛んでいた教卓を片手でひょいっと持ち上げて運んできた耕一に、ルイズは呆れたように呟いた。
 単純に重い物を運ぶ、というだけなら、トン単位にでもならない限り、エルクゥの身体能力にとっては児戯に等しい。
 人を狩る鬼の力を土木作業なんかに使うのはどうかとも思うが、そんな悩みはこの一年でとっくに割り切っていた。あるものなら使って人の役に立てばいいだろう、と。
 今では、押しも押されぬアルバイト先でのエースだ。いや、しばらくバイトには出れないであろうから、だった、と言うのが正しいか。

「……はぁ」

 力仕事は耕一に任せ、机などについた爆発のススを拭いていたルイズの手は、止まりがちであった。

「……あんまり気にするなって。先生も言ってただろ? 失敗は成功の母ってね」
「……ずっと失敗しかない私はどうなるのよ」

 押し殺したように呟く様子に、だいぶ重症だなあ、と頭を掻く耕一。

「『サモン・サーヴァント』と『コントラクト・サーヴァント』には成功したから、今度こそ出来るかもって思ってたのに……」
「魔法成功確率ゼロ……あのあだ名は、そういう意味だったんだな」
「……そうよ」
「ま、その二つは確実に成功してるんだ。当事者である俺が言うんだから間違いない。他の魔法もだんだん出来るようになるさ」

 キッ、とルイズが目を剥いて耕一を睨みつけた。

「簡単に言わないでよっ! 魔法の事を何にも知らないくせにっ!」
「……そう言われると、その通りだから何も言えないけどね。でもま、ゼロじゃないのは確実だと、このルーンが出てきた時の俺の痛みに免じて認めてやってくれよ。結構痛かったんだぞ、あれ」
「ふんっ……」

 鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまったルイズに、落ち着くのを待つしかないか、と耕一は肩をすくめ、無言で作業に戻った。
 ルイズはしばらく俯いたままだったが、やがて顔を上げ、

「……まぁ」
「ん?」
「……かばってくれたのは……ありがと」

 蚊の鳴くような声でそれだけ言うと、雑巾を洗ってくると言って教室から走り去っていってしまった。

「はは。なんだか、野良猫が少しだけ撫でさせてくれたような感じだな。―――っし! 頑張りますかっ」

 苦笑しつつも和んでやる気の出た耕一の奮戦により、なんとか昼休みの前には片付けを終わらせる事が出来たのであった。

「やれやれ、なんとか昼メシには間に合ったか」
「…………」

 先生への報告を終え、食堂へ向かう最中、ルイズは口を開かなかった。
 まだ機嫌が悪いんだろうか、と耕一もそれ以上は喋りかけないが、その実は……。

 ―――ヴァリエール公爵家の三女ともあろう私が、ちょっとぐらいかばってもらえたからってこんな正体不明のヤツにお礼なんて、お礼なんてっ……!

 ……ただ恥ずかしがっているだけであった。

「それじゃ、また厨房で食ってくるな」
「…………」

 無反応のルイズに苦笑しながら、耕一は食堂の裏手に回る。そこには、ちょうどゴミを捨てに出ていたシエスタがいた。

「あ、コーイチさん。お昼ですか?」
「うん、またご馳走になりにきたよ」
「はい、わかりました。どうぞ」

 勝手知ったる3回目。端のテーブルに腰かけ、出てきた賄い料理をいただく。

「どうもマルトーさん、ごちそうさま。今日も美味しかったです」
「おう。いつでも来いよ!」

 膨れた腹を一撫でして、ちょうど通りがかったマルトーに一礼して退出。
 まだ2日目だが、人間関係は悪くない。一から人と触れ合うなんて、母さんが死んで大学に入ったばかりの頃以来だな、と、耕一は少し懐かしくなった。

「さて、昼からも授業に出なきゃいけないのかね。出来ればコルベールさんか校長先生と話したいんだけどな……」

 食堂の入り口でルイズを待つ間、これからの方策を練る思索の時間があった。

「……もし、ルイズの言う通り、そんな方法はないとか言われたらどうしよ」

 ぞっとしない想像だが、しておかなくてはならなかった。
 諦めるという道はない。この身は、常に楓と共にあると誓ったのだ。何を置いても戻らなければならない。
 ……とはいえ、いざ何かを置いていかなくてはならなくなった時、基本的にお人好しの耕一がそれに背を向けられるか、というと、耕一自身もあまり自信はなかったが。
 これまでも、最優先で教師に話を聞くべきなのに、ルイズに付き合ったりしているし。

「あてもなく旅に出るのは最終手段として……」

 なんとか、大人連中の協力を取り付けたいところだ。
 しかし、例え善意溢れる人達だったとしても、異邦人で立場も弱い自分のあてもない頼みを熱心に探してくれるわけもない。
 本気で探してもらうには、相応の代価を払わなくてはならないだろう。そして、一介の大学生でしかなかった耕一が持てる代価は、ただ一つ。

「……交渉の材料が、この力しかないってのがなぁ」

 右手を見つめて、一人ごちる。
 現在の事態を先に進めるには、何にせよエルクゥの力を振るうしかない。
 割り切ってはいるし、それが都合のいい借り物でもなく、耕一自身の意志によって得た力だと言う事も理解しているし、実際アルバイトの肉体労働でも大活躍させているのだが、やはりこう、釈然としないものは残るのだった。

「祖父さんなら、もう少しスマートにやったんだろうか」

 一代で鶴来屋を立ち上げた祖父、柏木耕平。
 自分が生まれた頃には既に故人となっていたから話だけしか知らないが、彼も鬼を制御した雄のエルクゥの一人らしい。
 おそらくその興業史には、召喚されたばかりの頃耕一がやったような、鬼氣によって人を威圧する、みたいな行動も織り交ぜていたんだろう、と推測していた。
 まっすぐ脅しに使っては、『社会での影響力を持つ』というその目的に添わなくなってしまうから、あくまでもさりげなく、交渉を有利にする程度、だろうが。

「……ま、何とかするしかないよな」

 何とか出来なければ楓ちゃんに会えなくなるかもしれないのだ。うまくやるしかなかった。

「…………」

 思索が一段楽して、耕一の横を幾人もの生徒たちが通り過ぎていっても、ルイズは現れなかった。

「……ルイズちゃん、遅いな」

 昨夜も朝も、こんなに時間は掛からなかったと思うんだけど。
 昼食はメニューが違ってとりわけ時間が掛かる……とは、厨房を見る限り思えなかった。
 入り口を覗き込んで、中の様子を窺ってみる。

「うーん、あのピンクの髪かな」

 2年生の食卓である真ん中のテーブルには、それらしき桃色の髪が見える。
 隣には背の高い、赤い髪の女性がいる。確か、キュルケと言ったか。彼女と何がしかを話しているらしかった。

「友達と話してるのか。うーん、どうしようかな」

 まだ時間があるようだったら、一言断って、先生に話をしに行ってみようか。

「……そうだな、そうするか」

 拙速は巧遅に如かず。まぁルイズに従っている時点で既に拙遅なのかもしれないが、大人の協力を取り付けるための処世術と言う事にしておく。
 耕一は食堂に入り、ルイズに近寄っていく。
 その途中。

「なあギーシュ! お前、今は誰と付きあっているんだよ!」
「誰が恋人なんだ? ギーシュ!」
「付きあう、か。僕にそのような特定の女性がいてはいけないのだ。薔薇は多くの人を楽しませる為に咲くのだからね」

 そんな会話が聞こえてきて、耕一は身体中が痒くなる感覚に襲われた。

 プレイボーイをキザに気取ったナルシストなんて、現代日本じゃ芸能界でもまずお目にかかれない人格だ。さすがファンタジー世界。
 輝くような金髪のクセっ毛、確かに整った目鼻立ち、ドレープが親の仇のごとく付いた飾りシャツに、手に持った薔薇―――と、そのシャツと薔薇には見覚えがあった。
 さっきの授業で、ルイズをからかっていた一人だ。隣には、反論したらあわあわと泡を食っていた小太りの男子もいる。そう、確かにあの時も、彼はギーシュと呼ばれていた。
 ああいう人種に関わるとロクな事がない、と現代で培った人を見る眼で察知し、そそくさとルイズの所に向かおうとする耕一だったが、運命は彼を見放さなかった。

 耕一が視線を外そうとした時、ぽとり、と、ギーシュ少年の懐から、小さな小瓶が落ちるのを見つけてしまった。
 本人も友人も、小瓶に気付かずお喋りに興じている。やれやれ、と肩をすくめながら、ころころと転がってきたそれを拾い上げた。

「はい、これ、落としたよ」

 ギーシュに向かって差し出す。
 しかし、ギーシュはそれをさっと視線で一瞥しただけで、すぐに視線を外してしまった。顔は向けてすらいない。

「どうしたんだ? 君のじゃないのか?」
「……ああ、そうだ。それは僕のじゃない」

 どこか潜めた声で、視線をキョロキョロさせながら、ギーシュは言う。
 その様子に、耕一は察知した。これを持っている事が、視線の先にいる誰かに知られたらまずいんだな、と。

「うーん、そうなのか。確かに君の懐から落ちたのを見たんだけどな」

 本気で困らせるつもりもないが、クラスメートの女の子にあんな態度を取るような男には少し意趣返ししてもバチは当たらないよな、などと自分を正当化しつつ言って、それを目線の高さまで掲げ、光に透かしてみる。
 背の高い耕一の目線の高さは、おそらく食堂中の全員に見える事だろう。中には紫色の液体が入っていて、ゆらゆらと揺れていた。
 ギーシュは、それを下げろそれを! と必死に目で訴えかけてくるが、丁重に気付かないフリをした。

「それじゃあ、これは先生にでも届けておくよ。呼び止めてごめんな」
「あ、ちょ、ちょっと待ちたま」

 ギーシュが慌てた様子で言う前に、バン! と甲高い音が食堂に響いた。
 それは、豪奢な巻き髪の少女が、立ち上がりつつ両手でテーブルを思いっきりぶっ叩いた音だった。
 そのまま無言で、つかつかと耕一達のところに歩いてくる少女の周囲には、青白いオーラのようなものが幻視出来たであろう。

「ふーん。そう。これ、あなたのものじゃないんだ?」
「ああ、モンモランシー。今日も美しいね。君の宝石のような髪が、陽に照らされて輝いているよ」

 耕一の手から小瓶をひったくり、ギーシュの目の前に突きつける少女。その鬼気迫る声(となりに本物の鬼がいるのだから、まさに文字通りだ)に、隣の太っちょ男子などは震え上がっている。
 ギーシュは芝居がかった仕草で少女を誉めそやすが、それを見た100人中100人は、それを言い逃れと断ずるであろう。事実、その額には冷や汗が一筋伝っていた。

「紫の香水をあげた意味、あなたならわかっているんでしょう? ギーシュ」
「ああ、そんな顔をしないでおくれ、我が宝石たる『香水』のモンモランシー。そんな怒りの表情で、薔薇のようなその顔を曇らせないでおくれよ」
「それを、自分のものじゃない、というのね? そう……あなたの気持ち、よーーーっくわかった、わっ!」
「ご、誤解だモンモランぴぎぃっ!?」

 モンモランシー、と呼ばれた巻き髪の少女は、ギーシュの並べ立てるおべっかを丸無視して自らの言葉を紡ぐと、テーブルにあったワインの瓶を引っ掴み、バットのようにギーシュの側頭を一撃の元にしばき倒した。
 ゴキーンという鈍い音と、ガシャーンという甲高い音が同時に響き渡り、ギーシュはひっくり返って昏倒し、ガラスの破片とワインの海に沈んだ。

「さようなら。残念だわ」

 そして、足音を響かせ、肩をいからせて、モンモランシーは食堂を出ていってしまった。

 呆然とする耕一とギーシュの友人達。
 ギーシュ本人は、頭からワインの染み込んだ絨毯に突っ伏していてピクピクと数回引きつるような痙攣を起こした後、むくりと立ち上がり、

「……やれやれ。キレイな薔薇にはトゲがあるものだね」

 そう大仰に頭を振って、ワインに濡れて真っ赤になった頭を、どこからか取り出したハンカチで拭き出した。
 ……あのルイズといいこのギーシュといい、なんで吉本新喜劇みたいなオチをつけたがるんだ、と耕一は思わずズッコケたくなった。なんだ、この世界の貴族は、何かチョンボをやらかしたらオチをつけて周囲をズッコケさせなきゃいけない決まりでもあるのか。

 だが、騒動はそれでは終わらなかった。
 別のテーブルに座っていた、茶色のマントを羽織った少女が、弱々しくギーシュ達に近寄ってきて、

「ギーシュさま……」

 その栗色の髪をふるふると震わせ、涙を流し始めてしまう。

「やはり、ミス・モンモランシと……」
「誤解だよケティ。いいかい、僕の心の中に住んでいるのは、あの清浄なる森の中での君の笑顔だけなんぷべらっ!?」

 ばちーん! といい音がした。
 先程モンモランシーに対していたのと変わらぬ調子で美辞を並べるギーシュの頬を、ケティと呼ばれた少女は思いっきり振りかぶった平手でしばき倒した。
 ぐちゃっ、と、濡れた音を立てて、再びワインの海に沈むギーシュ。

「その香水があなたの懐から落ちるところ、私も見ておりました! さようなら!」

 涙を止めないまま、ケティは走り去っていった。

「だ、大丈夫かギーシュ?」

 太っちょ男子が、崩れ落ちているギーシュを足の先で突っつきながら心配した声を上げる。
 ギーシュは、まるで幽鬼のように、ゆらり、と立ち上がると、大仰に頭を振り、肩をすくませた。

「……どうやらあのレディ達は、薔薇の存在の意味を理解していないようだね」

 この期に及んでプレイボーイを気取るつもりらしい。
 愛憎の修羅場を特等席で見させられてお腹いっぱいの耕一は、ため息と共に肩を落とし、ルイズの元に向かおうと踵を返した。

「待ちたまえ」
「……何か用かい?」

 呼び止められて、仕方なく振り向く。
 ギーシュは、モンモランシーに殴り飛ばされるまで座っていた椅子に優雅に座って回転し、すちゃっ! と器用に足を組んで、薔薇を構え、

「君が軽率に、香水の壜など拾い上げたおかげで、二人のレディの名誉が傷ついたではないか。どうしてくれるんだね」

 びしぃっ! と、耕一に薔薇の先を突きつけた。

「…………意味がよくわからないんだが」

 本気で意味がわからず、眉をひそめてそう聞き返すしかなかった。
 ギーシュは、これだから学のない平民は、とやはり大仰な仕草で頭を抱えるフリをした。

「まったく、僕が知らないフリをした時に事情を察し、話を合わせて壜を目に付かないところにしまうぐらいの機微を持ってから学院に奉公したまえ。レディたちの涙は、君の不甲斐なさのせいだぞ」

 ものすごい言い草だった。周囲の友人連中も、ぽかんとしている。
 ―――ああ、つまり、八つ当たりなのか。
 耕一は、ギーシュの顔が(頬に出来た大きな紅葉は別として)赤くなっているのに気付いて、そう思った。

「……いや、どう考えても二股をかけてたお前のせいだろうが」
「な、なに?」

 子供の八つ当たりぐらいは受け止めてやるが、さすがに二股男の八つ当たりを受ける気にはなれなかった。

「たまたまバレただけで、俺が香水を拾ったのはただのきっかけだろう。もっと言うなら、二股とは言え恋人に貰ったプレゼントを、気付かずに落とすようなところに仕舞っておいた上に、誠実に対処せず誤魔化して切り抜けようとするような奴のせいだな」
「な、な、き、貴様っ! 貴族を侮辱するかっ!?」
「阿呆。侮辱してるのはお前だ。お前。貴族扱いされたいなら貴族らしい事をしてからにしろ。それとも、ここでいう貴族ってのは、二股がバレたら必死に誤魔化そうとして女の子を泣かすような奴の事を言うのか?」

 耕一が言い捨てると、ギーシュの顔が真っ赤になった。食堂内が騒ぎに気付いて騒然となってくる。
 反論が浮かばないのか、耕一を睨み付けていたギーシュが、何かに気付いたように口を開く。

「……君、どこかで見た事があると思ったら、思い出したぞ。さっきの授業にいた、ゼロのルイズの使い魔だな」
「ま、そういう事になってるね」
「ふん。学院への奉公人ですらない平民に、貴族への礼儀を説いても無駄だったか」
「二股がバレたら必死に誤魔化そうとして女の子を泣かした後に他人に八つ当たりするような子供に対する礼儀ってのがあったら、是非教えてくれ。俺には、張り倒して躾るぐらいしか浮かばないんだ」

 ギーシュの顔が、剣呑に歪んだ。

「……よかろう。君に礼儀を教えてやろう。ちょうどいい腹ごなしだ」

 ギーシュは、右手を覆っていた白い手袋を外すと、持っていた薔薇と共に耕一に投げつけて、大きく宣言した。

「決闘だ!」


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