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ベルセルク・ゼロ-14


 ガッツが厨房に入ると途端に湧き上がる歓声。
 学院で働く平民たちにとって英雄といっても差し支えないガッツへの喝采とそれに混じる貴族への罵声、特にマルトー親方のソレはトリステイン魔法学院の廊下によく響く。
 石造りの冷たい廊下にじっと立ち尽くし、拳を強く握りしめながら―――ギーシュ・ド・グラモンは黙ってそれを聞いていた。


 翌日。
 午前の授業が終わった昼休み、麗らかな日差しが心地良く降り注ぐ中庭で、しかしギーシュは汗だくになりながらステップを踏んでいた。
 ギーシュの目の前には自らが錬成したワルキューレが立っている。ギーシュはそのワルキューレの手をとっていた。
 ダンスだ。いや、それはあまりにも稚拙でたどたどしく、とてもダンスと呼べる代物ではなかったが―――どうやらギーシュは必死にワルキューレとワルツを踊ろうとしているらしかった。
 だが、あまりにも無様である。まずステップからして全然合っていないし、お互いがお互いを抱きしめようとしてぶつかりあう始末だ。貴族の踊るダンスとしては非常に見苦しいことこの上ない。
 そのうちにワルキューレの足にひっかかり、ギーシュは盛大にすっころんだ。
「あはははは! ほんとによくやるなギーシュ!!」
 その様子をおかしそうに見つめていたふとっちょの少年はギーシュが転ぶのを見て遂に吹き出した。
「うるさいな、マリコルヌ。茶化すだけならどこかへ行ってくれ」
 顔についた土を拭いながらギーシュははき捨て、立ち上がる。
「しかしギーシュ。あの『黒い悪魔』との決闘に負けてからずっとそうやってワルキューレと踊っているけれど、僕は心配になってしまうよ。君がついにくるってしまったかとね」
 マリコルヌと呼ばれたふとっちょの少年は、そう言うとおどけたように肩をすくめた。
「おあいにくさま。僕は極めて正常であり、真剣だよ。ふざけているように見えるかもしれないがこの訓練にはちゃんと意味がある。むやみやたらにワルキューレに剣を振らせるよりこちらのほうが上達への近道であるはずだ!!」
「そうかぁ?」
 自信満々に胸を張るギーシュに、マリコルヌは呆れたように声を出した。
 少なくとも、マリコルヌにはギーシュのやっていることが有意義なことであるとはとても思えない。
 仮に、ワルキューレと見事にワルツを踊れるようになったとして、それでどうやってあの『黒い悪魔』に雪辱を果たすというのだ?
「見たまえ、黒い悪魔!! 必殺、『青銅のワルツ』!!!!」
 そう言ってワルキューレの手を取り、黒い悪魔の前で突然くるくる踊りだすギーシュ。
 ずばーん。ぎゃー。
 その情景を頭に浮かべてマリコルヌは思わず吹き出してしまった。
 マリコルヌが笑っていると、ワルキューレが形を崩し、土へと還った。
 見るとギーシュは何故か薔薇を加えたままタオルで汗を拭き始めている。
 なんともふざけた姿だが、いつものことなのでマリコルヌはさして気にしない。どうやら今日の分のトレーニングは終わりのようだった。
 ギーシュが汚れた顔を拭き、髪を整えるのをなんとなしに見ていると、さくっ、と草を踏む音が聞こえた。マリコルヌが振り返ると、そこには黒髪のメイドが立っていた。
「あっ」
 声を出したのはマリコルヌとメイドと同時だった。
 このそばかすの入った愛嬌のある顔立ちをしたメイドには見覚えがある。
 あのギーシュと『黒い悪魔』の決闘の日、引き金となったのが確かこの娘だったはずだ。
 名前は知らない。さして興味がなかったからだ。
 そのメイドは怯えたように肩を縮こませると、こそこそと中庭を横切ろうとした。
 無理もない。このメイドにとって後ろにいるギーシュは恐怖の対象だろうから。
「挨拶もなしで行くとはいいご身分だな!」
 鋭い声に、マリコルヌは驚いてギーシュの方を振り返った。
 メイドはびくりと肩を震わせて立ち止まる。
 ギーシュの顔には激しい怒りが表れていた。
 それを見たマリコルヌは面食らってしまった。ギーシュがこんな顔を、平民とはいえ女の子に向けるなど見たことがなかったからだ。


「お、おいおいギーシュ。自分の存在意義を『女の子を幸せにするため』などと言い切る君らしくないじゃないか。あの時の事で怒ってるんならそれはどうかと思うぞ。あの時は誰がどー見たって君が悪い」
 そう言ってマリコルヌはギーシュをたしなめようとした。
 ギーシュの言葉に怯えるメイドが余りにも哀れだったからだ。
 だが、ギーシュの怒りはおさまらないようだった。
「ふん! この女をモンモランシーやケティ、それに他のレディ達と同列に扱えと? 冗談じゃない! それは彼女たちへの侮辱ですらある!! 彼女達は自らの家名を背負う『覚悟』があるし、貴族としての在り方を貫く『誇り』も持っている!!」
 ギーシュは先程まで口に咥えていた薔薇の造花を掲げた。
「貴族というものは美しいだけでなく、その身に大なり小なり『牙』を持つ。それこそこの棘を持つ薔薇のように……そうでなければ家名を守ることも、誇りを貫くことも難しい。僕はそんな彼女たちをこそ幸せにするために生きているのであり……」
 ギーシュは黒髪のメイド―――シエスタを鋭く睨む。
「こそこそと貴族の陰口を叩く君たちのような者たちのために生きているのでは、断じて無い」
 シエスタの顔が青ざめた。肩が震え、思わず手で口を覆う。
 陰口、おそらくは厨房での皆のやり取りのことだろう。
 聞かれていたのか。シエスタは心臓を握りつぶされる思いだった。
 貴族の悪口を言っていたことが知られたというのなら、どんな仕打ちを受けても文句はいえない。
 とは言っても、貴族の悪口を大声で言っていたのはマルトー親方をはじめとする荒っぽいコック連中であり、シエスタは彼らの様子を苦笑交じりに見ていただけだ。
 だが彼らを止めようとはしなかった。
 何故なら、ガッツがギーシュを打ちのめしたその姿、平民が貴族を下したというその事実に―――確かに自分も胸がすく思いでいたのだから。
 それが、ギーシュには気に入らない。
 そもそも貴族が平民に対し高圧的な態度を取るのは何故か。数多ある理由の中で一つ例を挙げるならば。
 貴族は『守る者』であり平民は『守られる者』である、ということが一因として挙げられる。
 もちろん例外は存在する。平民でありながら剣を取り、戦場で武勲を重ね、遂には貴族に成り上がった者など、帝政ゲルマニアなどでは珍しくない話だ。
 しかし多くの平民は有事の際安全な場所に避難し、貴族は杖を取りこれを全力で守る。
 そう、貴族は平民に対し『絶対的な力』を持つと同時にその力を自国の平和の維持に注ぐからこそ貴族が平民に対し高圧的な態度を取ることが『許される』のだ。
 もちろん貴族の全てがいざ戦という時に勇猛果敢に杖を振るうわけではない。
 だが少なくともここトリステインにおいて、戦が始まればギーシュの実家であるグラモン家はいの一番に出陣するし、ギーシュ自身もそれを誇りとし、いざという時は戦場に赴く覚悟は出来ている。
 そんなギーシュだからこそ、貴族の覚悟と苦労を知らず、ただ不平不満をさえずりあまつさえ貴族の失態を陰で笑うシエスタ達を許すことは出来なかった。
 ギーシュは黙ったまま、冷たい視線をシエスタにぶつけている。
 文字通り刺すようなその視線に、シエスタの顔は青を通りこして白くなっていった。
「も、もうしわけ………」
 たまらずシエスタが口を開きかけたその時、また草を踏む音が聞こえた。
 シエスタが来たときとは違う、重い足音。
 現れた人物にマリコルヌは怯え、ギーシュは苦虫を噛み潰したような顔になる。
 振り返ったシエスタの目の前には『黒い悪魔』ことガッツが立っていた。


「ガッツさん!」
 シエスタの顔に笑顔が戻る。
「よう、親方が探してたぜ」
 ガッツの言葉にシエスタはいっけない、と口に手を当てた。
 どうやら何かしらの用事の途中だったらしい。
 ガッツはシエスタの後ろにいる二人に目をやった。
 ふとっちょの少年に見覚えはないが、薔薇を手に持った金髪の方には見覚えがある。
 名前は失念してしまったが、決闘騒ぎの相手だったはずだ。
 と、ガッツはそこでおもしろくなさそうなギーシュの顔と、そんなギーシュにシエスタが怯えた様子であることに気がついた。
 おいおいまた厄介事かとガッツは眉をひそめる。
 シエスタはいつの間にかガッツの後ろに回りこみ、ガッツとギーシュが向かい合う形になっていた。
 ガッツのマントにしがみ付き、ふるふると震えるシエスタを一瞥してギーシュは踵を返す。
「そういうところが気に入らないんだよ」
 最後にギーシュが言い放った一言がシエスタの胸を貫いた。
 ギーシュの姿は校舎の中に消え、マリコルヌは慌ててそれを追っていった。
 あとには何が何やらといった感じのガッツと目に涙を浮かべて立ち尽くすシエスタが残される。
 シエスタはしばらくそのまま顔を伏せて立ち尽くしていた。
 ガッツはどうしたもんかと首を捻る。無視して行ってもいいのだが、一応シエスタにはメシを恵んでもらった借りがある。
 だが慰めるにしても状況がさっぱりわからないし、何より性に合わない。
 少し経って、やがてシエスタがぽつりぽつりと呟き始めた。
 シエスタから事情を説明されて、ガッツはなるほどと思う。
 ガッツは食事を厨房でとる。その時にマルトーを始め厨房の連中が貴族の悪口を叫んでいるのも当然耳にした。
 ギーシュがそれを聞いていたとしたら、腹を立てるのもまあわからなくもない。
 わからなくもないが……
「私が悪いんです。ガッツさんがギーシュさんに決闘で勝って、まるで自分のことみたいにはしゃいで、平民でも貴族に勝てるんだって浮かれて……挨拶するのも忘れちゃって……」
 シエスタがずずっ、と鼻をすする。
「ガッツさんが勝ったからって、私が偉くなったわけじゃないんですよね。ひどい勘違い。私、調子に乗ってた……さっき、それに気づかされちゃいました」
 そう言って顔を上げたシエスタだが、笑顔と泣き顔が混ざったような顔をしている。
 無理をしているのが一目でわかった。
 ガッツにはシエスタの心情は理解できない。ガッツは全てを己の剣で勝ち取って生きてきた人間だ。剣を持つことも出来ず、貴族の庇護の下でしか生きる術を知らぬシエスタの気持ちなど理解できようはずもない。
 故に同情も出来ず、適切な慰めの言葉も浮かばなかった。
 だから、とりあえず思ったことを言ってやった。
「あんたも牙を持てばいいだろう」
 シエスタはキョトンとしてガッツを見る。それから慌てて首を振った。
「む、無理無理! 無理です! 私そんな剣なんか持てないです!!」
「別に剣に限った話じゃない。武器ってのは色々ある」
 そんなこと言われても自分がそんな武器を持っているとも扱えるとも思えない。
 何より自分が貴族に楯突くという発想自体が恐ろしくて仕方がない。
 またシエスタは俯く。
「私は、ガッツさんみたいに強くないです……」
 私には、無理だ。
 その顔には自嘲の笑みが浮かんでいた。
 ガッツの口からため息がひとつ漏れた。

「だったら、ずっとうずくまっていればいい」

 ガツンと頭を殴られたような気がして、シエスタは顔を上げる。
 ガッツはもうシエスタのそばを離れ歩き出していた。程なくしてガッツの姿も校舎の中に消える。
 シエスタはしばらく呆然とそこに立ち尽くしていた。


 どういう偶然か。
 その夜、ガッツが剣を振ろうと裏庭に出ると先客がいた。
 双月の下で金髪の少年が青銅の戦乙女と不器用なダンスを踊っている。
 胸のポケットにはきらりと月の光を反射する薔薇の造花。
 間違いなくギーシュ・ド・グラモンだ。
 もう既に何度も転んでいるのだろう、その顔には泥がつき、ズボンは草の汁で所々緑に染まっている。と、観察している間にもギーシュは盛大にワルキューレとぶつかり、草原に転がった。
「うぐぅ…だめだ、また動きが引っ張られた。僕は右、ワルキューレは左……」
 ぶつぶつと言いながら立ち上がる。その途中でガッツに気がついた。
「うわぁッ!」
「よう」
 ギーシュは驚いて跳ね起き、ガッツはわりと気軽に声をかけた。
「ななな、何の用だ!!」
「別にお前に用はねえよ。俺は剣を振りにきただけ……」
「は、そうか! あのメイドに何か吹き込まれたな!! たまたま外に出る僕を見て闇討ちに来たってわけだ!! ハッ! まったく汚い、卑怯極まりないな!! 君たちは!!」
「聞けよ」
 ガッツの呆れた声に、ギーシュはまったく耳を貸す様子が無い。
 ギーシュは胸のポケットにしまっていた薔薇の造花を取り出し、大きく振った。
 そこから散った花びらが青銅のゴーレムと化す。
 その数は7体。この間の決闘の時と異なり、ギーシュに錬金可能なワルキューレを総動員しての総攻撃だ。
「この間の僕と同じと思うな! 行けッ!! ワルキューレ!!」
 問答無用とばかりにまだドラゴンころしを抜いてさえいないガッツにワルキューレが一斉に襲い掛かる。
「まあ、ちょうどいい」
 ガッツはため息をつきながらも、不敵に笑った。
「もともと剣を振りに来たんだしな」
 呟いてドラゴンころしの柄を握る。ガンダールヴのルーンが鉄の左手で鈍く輝いた。


 あっという間にただの鉄屑と化したワルキューレの残骸に囲まれ、ギーシュはガタガタと足を震わせていた。
 その視線の先にはそんなギーシュなどどこ吹く風で黙々と剣を振り続けるガッツの姿がある。
 ガッツがドラゴンころしを振るたびに、空気を切り裂く轟音がギーシュの肌を叩いた。
「ぼ、僕をどうするつもりだ」
「……別にどうもしねーよ」
「へっ?」
 しばし剣を振るのをやめて、ガッツはギーシュに向き直る。
「俺はただ剣を振りにきただけだ。お前が勝手に襲ってきたんだろが」
 しばらくポカンとしていたギーシュだったが、ガッツの言葉の意味が頭に浸透するとその額に汗を浮かべ慌てて頭を下げた。
「す、すまない。どうも勘違いしてしまったようだ。つい、あのメイドが君をけしかけたのかと……はは、は……で、では失礼する!」
 気まずさに耐えかねてギーシュは踵を返した。
 ギクシャクと去っていくその後姿を見て、ガッツは口を開く。
 偶然にもここではちあい、たまたま話題にも上った。
 だからまあ、言っておくことにした。
「随分と御大層な説教をなさったみたいだが……」
 ぴたりとギーシュの足が止まる。
「その場で怒らないで、後でかよわい女の子に当たるなんざ、勇敢なる貴族様にしちゃどうかと思うぜ」
 あざ笑うかのようなガッツの声。ギーシュに反論は出来なかった。
 そう。ギーシュが陰口を叩かれたということで激昂したならば、それを耳にした時点で厨房に踏み込めばいい。
 だがギーシュはいかなる理由からかそれをせず、あろうことかその後無力な少女に当たり散らすという真似をしでかした。これはちょっと無様に過ぎる。
 顔が熱い。きっと鏡を見たら怒りと恥で真っ赤に染まっているに違いない。
 耐え切れず、ギーシュは駆け出した。ガッツの顔を見ることは出来なかった。


 ガシャン!
 シエスタの手から滑り落ちた皿が床に落ちて盛大に砕け散った。
 厨房中の視線がシエスタに集中する。
「す、すいません……」
 シエスタが頭を下げると皆ため息をつきながらそれぞれの作業を再開した。
 皿を割るのはもう三枚目だ。
 破片を拾うためにしゃがみ込む。

『だったら、ずっとうずくまっていればいい』

 ガッツの言葉がふと頭に浮かび、シエスタはたまらない気持ちになる。
 シエスタが破片を拾い集めようと手を伸ばすと、ひょいとそれを手伝う手があった。
 顔を上げると、茶色がかった赤髪を後ろで束ねた、シエスタの同僚であるアイリだった。
 人懐っこい笑みが特徴的で、いかにも田舎娘という雰囲気がその身から出ており、仕事仲間からは愛されている。シエスタにとっても特に仲がいい同僚の一人だった。
「どうしたのシエスタ? 今日は何か調子悪そうだよ?」
「ううん、何でもないの。心配してくれてありがとう」
 心配そうにシエスタの顔を覗き込んでくるアイリに、シエスタは笑う。
 そんなシエスタを見てアイリは眉をひそめた。誰がどう見たって無理をしているのがばればれなのである。
「何か悩み事があったら話してね。無理はしないで」
「うん、ありがとう」
 こちらを気遣うように言ってくるアイリに、シエスタは申し訳ない気持ちで一杯だった。
 厨房の片づけも終わりに差し掛かり、これをもってシエスタの一日の仕事が終わる。
 明日の朝もまた早い。今日はもうとにかく寝てしまおう。
 最後まで厨房に残っていたシエスタは、最後に倉庫の鍵がしっかりと閉まっているのを確認して、重い足取りで出口へと向かった。
「やっほ」
「ひぇッ!?」
 ドアを開けたところで突然現れた人影にシエスタは思わず小さな悲鳴を漏らしてしまった。
 人影の正体は、そんなシエスタを楽しげに見つめるアイリだった。
 すでにメイド服は脱いで、ラフな私服に着替えている。
 その手には一本のワインと二つのグラスが握られている。
「マルトー親方が帳簿をごまかして卸してくれたんだ」
 きょとんとするシエスタに、アイリはにかっ、と笑った。
「ちょっと付き合いなさいよ、シエスタ」
「ひゃ…!」
 ぐい、と首に腕が回される。
 断る間もなくシエスタはアイリの部屋へ連行されたのであった。


 あっさりとアイリが持ってきたワインは空になり、シエスタはぐでんぐでんに酔っ払っていた。
 シエスタも既にメイド服からボタンで前止めするタイプのシャツに麻のズボンという寝巻きに着替えている。
 そのシャツのボタンは一番上が外され、アルコールで桃色に染まった胸がその谷間をわずかに覗かせており、アイリはそれを何やら不機嫌な顔で睨みつけていた。
「たしかにぃ~、わたしがわるいとおもいますよぉ~? でもぉ~、だからってぇ~、あそこまでいうこと、ヒック、ないじゃ、ヒック、ないですかぁ~」
「うん、そうだねえ~、そうだねぇ~」
 シエスタは二本目のワインの封を切り、自らのグラスにどばどばと注いだ。
 そのワインはマルトー親方にもらった物ではなく、アイリの私物だ。
 元々元気がないシエスタの慰めになればと酒を提供したアイリではあったが、シエスタがここまで深酒するとは思っておらず、ただ苦笑いを浮かべるのみだ。
「それに、ガッツさんまで……」

 ―――うずくまっていればいい

「確かにその通りですけどぉ……」
 そう、確かにその通りだ。
 貴族に反抗する度胸は無い、でも尻尾を振るのは気に入らないでは通らない。
 貴族に牙をつきたてるか、従順に尻尾を振るかのどちらかを必ず選択しなければならないのだ。


 酒に酔ってぼう、とした頭で考える。
 そもそも、自分がこんなことを考えているのが驚きだった。
 以前までの、あの決闘より前の自分は、貴族にかしずくことをごく当たり前に受け入れていた。なぜならそれまでそう思うことは当然で、疑うことすらなかったのだから。
 だけど、平民でありながら貴族を圧倒するガッツの姿を見て、また今日のギーシュとのやり取りを経て、シエスタの価値観は少し変化を見せていた。
 武器を持ち自らの足で立つか、平伏し誰かの庇護の下うずくまるかを選択するのは、結局のところ自分だ。
 そういう時代だから―――などと、その理由を周りに求めるのは全て言い訳にすぎない。
 シエスタはそれを自覚した。
 だから、例え弱い自分だとしても―――自らの意思で『ずっとうずくまる』ことを選択するのは抵抗がある。
 何だかわからないもやもやがシエスタの胸中にあった。
 ふぅ、ととろんとした目でため息をつく。
「私にも、武器があったらなぁ……」
 ピクッ、とアイリの耳が動いた。
 ゴゴゴゴゴゴ――――
 ただならぬ気配を纏い、シエスタを睨みつける。
「ど、どうしたのアイリ?」
 そんなアイリの様子に若干酔いも醒めてシエスタは後ずさる。
 しかし侍女用の寮の部屋は決して広くはない。すぐに壁に背が当たる。
「武器が……無いぃ……?」
 アイリの目がギラリと光る。その目はまるで羊を狙う獰猛な狼のようだ。
 シエスタは混乱していた。
 何? 私何か言ったっけ? いつ? いつ地雷踏んじゃった?
 酔いと焦りでよく回らない頭をフル回転させて考える。が、答えは出ない。頭の回転に合わせて目まで回ってきた。
「こぉんなに立派な武器をつけといて……」
 アイリが狼よろしくその身を屈ませる。
 シエスタは思わず身構えた。
「武器がないとぬかすかぁ~~~!!!!」
 アイリはシエスタに飛び掛り、その胸を正面から思いっきり鷲?みにした。
「ひぁあッ!!」
「ほらぁ! どうじゃあ! おりゃあ!! こんちくしょうがぁ!!」
 半ば憎しみを込めてアイリはシエスタの胸をもみしだく。
「あ、はぅ…ぅん」
 もにゅんもにゅんと豊かに形を変えるシエスタの胸に、もめばもむほどアイリの怒りは増していくようだった。
 怒り泣き笑いという奇妙な表情を浮かべながらシエスタの胸をもみ続けるアイリの胸はとても慎ましいもので、つまるところ彼女も随分酔っているらしかった。


 アイリの部屋からほうほうの体で抜け出したシエスタは、酔い覚ましに少し散歩をすることにした。
 寮を出て、月明かりの下を歩く。熱く火照った頬に冷たい風が心地よかった。
 しばらく歩いていくと生徒のための女子寮が見えてくる。女子寮の周りを一周したらちょうどよい頃合いになるだろうとシエスタは歩き出した。
 壁沿いに歩き、角に着いたところで曲がろうとすると―――

「あぁ、モンモランシー! 蒼い月光で照らされた君はまるで月に住む女神のようだ! あぁ、だからモンモランシー! その窓を開けて君の姿をこの目に宿す栄誉を僕にくれまいかっ!! モォンモランシー!!!」

 聞き覚えのある声が聞こえてきて、シエスタは慌てて角に隠れた。
 恐る恐る様子を伺うと、ギーシュがまるでオペラを演じているように声高に叫んでいるのが目に入った。
 視線から察するに、どうやら二階か三階かの窓に向かって叫んでいるようだ。
 なおも叫び続けるギーシュを観察していると、やがて三階の窓が開き金髪の髪を縦ロールに纏めた少女が顔を出した。
 その少女の顔には見覚えがある。あの決闘騒ぎの原因となった香水の持ち主が彼女だったはずだ。


「あぁ、モンモランシー!!」
 ようやく顔を出してくれた想い人に、ギーシュの顔が喜びに彩られる。
 モンモランシーは笑顔でその手に持っていた花瓶から花を抜くと、そのままひっくり返した。
 零れた水がギーシュの笑顔に直撃する。
「おぅふッ! 目が、目がぁ!!」
「夜中に馬鹿みたいな大声で人の名前を連呼しないでちょうだい。まったく、恥ずかしいったらありゃしない」
 そう言い捨ててモンモランシーはぴしゃりと窓を閉めた。
 ギーシュはがっくりとうなだれてしまう。
 まずいところを見てしまったかもしれないと、シエスタは踵を返した。
 パキリ―――
 はぅ、と思わず声が漏れる。小枝を踏んでしまった。小さな小さなその音も、静かな月夜にはよく響く。
「誰だ!!」
 気づかれた。
 ずんずんとギーシュがこちらに近づいてきているのがわかる。
 こうなっては逃げられない。
 シエスタは覚悟を決めて角から飛び出した。
「お前……!」
 シエスタの姿を見たギーシュは驚きに目を見開き、それから苦虫を噛み潰したような顔になった。
「見たのか…?」
 シエスタはぶんぶんと首を振る。これでは見たと言っているようなものだ。
 ギーシュの前髪からぽとりと滴が落ちる。
 ギーシュの中で怒りと恥ずかしさがない交ぜになって、ギーシュはその感情を持て余していた。
 感情的に怒鳴り散らしたいところではあるが、ガッツの言葉が重く肩にのしかかってそれはためらわれる。
 だが、ギーシュはとにかく見られた恥ずかしさをどうにかしたかった。だから、これ見よがしに肩をすくめてやった。
「まったく…盗み聞きとは、いい趣味だな」
 シエスタは固く目を閉じてギーシュに言われるがままになっていた。
 まったく今日は運が悪い。あぁ神様、私はそこまで悪いことをしたのでしょうか。
 ギーシュはシエスタが無抵抗なのをいいことにネチネチと責め立てる。
 しょうがない。だって不可抗力とはいえ、盗み見ていたのは事実なのだから。
 そう思ってシエスタはぐっと耐えた。そしたら頭がズキリと痛んだ。どうやらアルコールはまだ十分抜けていないらしい。当然だ。ほんの十分前までワインを浴びるように飲んでいた。
 早く帰って寝たかった。中途半端に歩いたのがよくなかったのか、足元がふらふらしてきた。散歩に出る前よりも酔いが回ってきている気がする。
 ちらりと目をあけてギーシュを見る。愛する少女からの不興を買って濡れ鼠な金髪は、偉そうに腕を組んでご説教ときたもんだ。
 ……ちょっとしつこすぎやしないか。
 なんだかイライラしてきた。刺すような頭痛がその苛立ちを助長する。
 悪いのは本当に私か? ただのこいつの自業自得ではないのか?
 大体さっきの少女に対する態度と自分への態度のこの違いは何なのか。
 ふとっちょの少年が中庭で言っていた言葉を思い出す。

 ―――自分の存在意義を『女の子を幸せにするため』などと言い切る君らしくない

 ということはなんですか? 私は女の子として見られていないということですか。そうですか。それはちょっと、こう、なんというか、あんまりなんじゃないですか?
 確かに私は平民です。平民だけど、女の子なんです。それだけは胸を張って言えるんです。


「ふん、またこのことを言いふらして笑えばいいさ。卑怯で姑息な君たちらしく、ね」

 シエスタはカッ、と目を開けた。
 カチンときた。もう限界だ。今の言葉には我慢できない。堪忍袋の緒が爆発した。
 大体私は悪口なんて言ってないって言ってるでしょうが―――!!(言ってない)
 怒りとアルコールがない交ぜになって血流に溶け出し、シエスタの脳髄を直撃する。
 つまり、どうもシエスタは未だに激しく酔っているらしかった。

「私と決闘しなさい! ギーシュ・ド・グラモン!!」

 ビシィ! とシエスタは真っ直ぐギーシュを見据え、人差し指を突きつける。
 シエスタの脳裏に再びガッツの言葉が甦る。
 武器をとれないなら、うずくまっていればいい。
 確かにその通りだと思う。
 自分はそうやって生きていくしかないのだということもわかってる。

 だけど、目の前のこの人の前でうずくまるっていうのは―――なんか、いや。


 ギーシュは自分を呼び捨てにし、なおかつ不敵に指差す目の前の平民でありメイドである少女をぽかんと見つめていた。
 その様はまさに豆鉄砲を食らった鳩の如し。
 止まった時が再び動き出すには少々の時間が必要だった。
 先に我に返ったのはシエスタだった。
 背筋を冷たいものが走りぬける。酔いが一気に吹っ飛んだ。目の前のギーシュを指差す自分の手が信じられない。
 な、何を、何をやっているの、わたし。こ、ころ、ころ、殺されちゃう。
 ぶわっ、と音を立てて汗が滝のように流れ出した。
 何とかしなきゃ。今からでも遅くない。土下座でもすれば許してもらえないだろうか。
 いや、だめだ。やっぱりもう遅すぎる。謝ったって、聞き入れてもらえるはずがない。
 やがてギーシュも我に返り、にやりと笑った。
「いい度胸じゃないか、君……」
「は、はう、はうはう……!!」
 な、なんとか、なんとかしなきゃ。私死んじゃったら村の家族が困っちゃう。死んじゃだめ。わたし死ねない。
 でも、でもでも、どうしたらいいのかまったくわからない。
 焦りと怒りと後悔とアルコールでぐちゃぐちゃになったシエスタの頭はそれでも必死に回転して助かる術を検索する。脳みその回転に合わせてシエスタの目もぐるぐる回りだす。

『別に剣に限った話じゃない。武器ってのは色々ある』
 ぶ、武器。私の、武器。そんな、そんなの、あるの? あるわけない。あるわけないよ。


 ―――こぉんなに立派な武器をつけといて……!!


 瞬間、シエスタの頭の中がどかーんと弾けた。


 ふらふらとその指が寝巻きのシャツのボタンに伸びる。
「ギーシュ様は、『女の子を幸せにするために生きている』んですよね」
 ギーシュはただならぬ様子のシエスタに狼狽しながらも頷いた。
「……そうだ。それが僕に与えられた使命だ。生きる意味と言っていい」
「だったら、ギーシュ様にとって私は女の子じゃない……ってことですよね?」
「君は一体何を、ををををを!?」
 シエスタの指がボタンをひとつ外した。襟元のボタンは元々ついていなかった。つまり上から二つ目のボタンが外されて、酔いと熱で桃色に染まった胸の、その見事な谷間があらわになる。
 その谷間はじっとりと汗ばんでおり、ギーシュはごくりと唾を飲みこんだ。
 シエスタの表情は伏せられていてよく見えない。ふぅ、ふぅ、という息遣いだけが聞こえてきて、それがまたギーシュをドギマギさせた。
「私が女の子でないのなら、この私の胸にある二つのこれはギーシュ様にとって馬の尻も同じ……であるならば、今私がこれを放り出したとしてもギーシュ様にはなんてことはないはず……」
「は、あぅ、おう」
 聞こえているのかいないのか。ギーシュはその背中に脂汗をびっしり浮かべてシエスタを見つめていた。
「もし、ギーシュ様が私の『コレ』から目をそらすようなことがあれば、それは私が女の子だってギーシュ様が認めたことになります。つまり、ギーシュ様はその生き様に嘘をついていたことになる」
 ボタンがまたひとつ外される。戒めを解かれたたわわな果実がぶるんと弾む。
 見る角度を変えれば丘の頂まで見えてしまいそうな扇情的なその姿。
 ギーシュの鼻から熱い血が迸る。
「勝負です。決闘です。ギーシュ様が目をそらしたら私の勝ち。そらさなければギーシュ様の勝ち。簡単です。楽勝でしょう? だって、ギーシュ様にとって私は女の子じゃないんだから」
「ひゃ、ひゃあぁ……」
 もうギーシュはまともに受け答えする余裕もないのか、声なく呻いて後ずさった。
 女の子のために生きる、などと言っていても、ギーシュはこの手のことにまったく疎い。
 だが、もちろん性欲は人並みにあるし、今のこの状況は客観的に見れば願ったり叶ったりであるはずだ。
 なのに、今すぐにでも逃げ出したいこの恥ずかしさはどうしたことだ!
 ギーシュは思わず自分の頬を両手で覆う。熱い。間違いなく真っ赤だ。
 シエスタが顔を上げる。こちらも真っ赤だ。しかも涙目だ。

 ―――勝負ッ!!!!

 シエスタの指が四つ目のボタンにかかる。そのボタンが外れれば、もうそのシャツにシエスタの豊かな胸を押し留める力はない。
 どくん、どくん。耳を突く心臓の音はシエスタのものか、ギーシュのものか。
 シエスタは恥ずかしさの余り固く目を閉じて。
 ギーシュは怯えた子犬のように震えて。
 ボタンがゆっくりと外される―――

「うわぁ~!! わかった、わかったよ! 僕の負けだ! 君は立派な女の子だよ!!」


 ギーシュは目を瞑り、かぶりを振ってシエスタを制止した。
 だくだくとギーシュの鼻から迸る血流が彼の限界を物語っていた。
「今までのことについてはこの通り謝罪する! 悪かった、悪かったよ!」
 頭を下げるギーシュをシエスタは目を丸くして見つめていた。
 シエスタは貫き通したのだ。恐ろしい貴族を相手に、女の子としての意地を。
「やったぁ!!」
 喜びの余り、両手を掲げて飛び跳ねる。
 第四のボタンが外れかけていたところにそんなことをしたもんだから、最後の防波堤があっさり決壊した。
 ギーシュの目の前にシエスタの武器<おっぱい>がばるるん、と惜しげもなく晒される。
 また飛び跳ねたもんだから、その弾力を鮮明にイメージできるほど見事にソレ<おっぱい>は弾んだ。

 ―――パァンッ!!!!

 ギーシュの顔面の穴という穴から血が吹き出し、ギーシュはそのまま仰向けに昏倒した。
「きゃあ! ギ、ギーシュ様!!」
 慌ててシエスタは零れ落ちた武器<おっぱい>を片手で隠しながらギーシュに駆け寄る。
「はぁうッ!!」
 数瞬後に意識を取り戻したギーシュがそんなシエスタの姿を見て再びゴトリと頭を落とすのも、無理からぬことであった。
 そんな二人を頭上から刺す様に睨み付ける視線が一つ。
「この泥棒猫……」
 幽鬼のように佇んで、『香水』のモンモランシーはそう呟いたのだった。





 その頃―――

「ガッツはどこに行ったのよぅ」
 ルイズは自室のベッドに座り込み、町で買った包みを抱え、頬を膨らませておりました。



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