あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

もう一人の『左手』-23


「ねえ、タバサ……これって、あんまり言いたく――いや、訊きたくないんだけどさ」
「なに」
「ここ、どこ……?」
 キュルケの、半ば脱力したような問いかけに、タバサはある意味、容赦ない答えを返す。

「わからない」


 貴族派の追撃はやり過ごした、――とキュルケも思う。
 浮遊大陸の真下に逃げ込んだ、彼女たちの駆るシルフィードを、追ってくる者は結局、誰もいなかったからだ。だが、タバサは慎重にも、さらに1リーグほど、大陸直下を飛行した上で、ようやく、地上に出る坑道掘削を実行に移した。
 ギーシュの使い魔、ジャイアントモールのヴェルダンデの能力が、遺憾なく発揮されたのだ。

 しかし、1時間ほど地下を進み、泥まみれになって、ようやく地上に出たとき、キュルケは半ば呆然としてしまった。
 まあ、無理もないだろう。
 命からがら、モグラの掘った穴に潜り込み、やっとの思いで太陽の下に這い出てみれば、そこは鬱蒼と茂った森の中であった。現在位置どころではない。街道や集落の見当も付かず、曇り空なので方角すらもよく分からない。

(これから……歩くの……この森の中を……!?)
 まだ、払暁から一時間と経っていないにもかかわらず、もう身体はへとへとだ。眼前にベッドあれば、ものの数秒で爆睡できるだろう。
 まあ、昨夜から夜通し空を飛びつづけて、一睡もしていないのだから、疲労が溜まっているのは、ある意味当然だとしても、この現状は、かなりキュルケの気力を萎えさせる。
(ってか、何であたし、アルビオンくんだりまで来て、こんな事してるの?)
 そう思って振り返ると、――そこにいたのは、一人の少年。今回の事件の発端となった、ルイズ・ラ・ヴァリエールの使い魔の一人、ヒラガサイト。
 だが、人一倍、元気で陽気で向こう見ずなはずの彼が、まるで別人のような沈痛な顔をしている。

「少し休みましょうタバサ。このまま闇雲に動いて、体力を無駄遣いするのは賢明じゃないわ」
 キュルケがそう言うと、タバサもこっくりと頷いた。背後でギーシュが、あからさまにホッとしている気配が伝わってくる。だが、才人は変わらず、凝然と俯くだけだった。
(仕方……ないわよね)
 キュルケは、そんな才人の様子に、ちくりと胸が痛んだ。


「それでも見つかったら、俺が全力を以って、お前らの盾になる。……それだけだ」


 風見は、あの時、まるで表情一つ変えずに、そう言った。
 だが、まさか風見が、自分の宣言どおりに『盾』となって、艦隊の弾幕から自分たちを逃がすために、あそこまでするなどと、誰が想像するだろうか。
(いや、……それは違う)
 分かっていたはずだった。少なくとも風見は、自分が口にした事を翻すような男ではない、と。

 そして、彼にその台詞を言わせたのは、キュルケだ。
 もし、敵に見つかったら、どう責任を取るのかと、彼を追い詰めた。
 まあ、風見からすれば、当然、その台詞は言わされた言葉でも何でもなく、『盾』となったのも、やぶれかぶれに取った行動では全然ないのだが、――それでも、当のキュルケからすれば話は別だ。後ろめたさがある限り、後味の悪さが拭えるわけはない。
 そして、頭を冷やした今なら分かる。自分がどれだけ、無意味で愚劣な台詞を彼に言わせたのか。
 そもそも、この手の作戦に危険は付き物だ。
 責任もクソもない。誰がどんな腹案を練ったところで、一分の危険すらない、水も洩らさぬ計画など、出せるわけがないのだ。それを『どう責任を取る?』などと、それこそ責任転嫁もいいところではないか。

 キュルケは、男女関係こそ人一倍だらしないが、その実、プライドは恐ろしく高い。
(ゲルマニアのフォン・ツェルプストー家の娘ともあろう、このあたしが……!!)
 思い出すと、自分がそんな発言をした事にも、風見にそんな発言をさせた事にも、耐えがたいほどの羞恥と怒りを覚える。
 そして、それ以上に、純粋に風見の身を案じる才人に対し、罪の意識を覚えてしまう。
――それが、キュルケという少女だった。

「――で、タバサ。僕たちはこれからどうするんだい?」
 ギーシュが、すっかり疲労しきった表情で尋ねる。彼はもう、自分がリーダーシップを取る気は、さらさら無いようだ。
 そんなギーシュに、一瞥すら返さず、タバサは自らが背負う大き目のナップザックを下ろすと、がざがざと何かを取り出した。
 それは、魔法学院図書館から無断拝借してきた、大判のアルビオン地図であった。
「取りあえず、あと一時間ほど休息を取ってから、移動する」
「移動って……場所も方角も分からないんだぜ。おまけに貴族派の軍が何処をうろついているかも知れない。そんな中を、てくてく歩くのかい?」

「おれが行くよ」
 才人が立ち上がった。
「行くって、……どこへ?」
 きょとんとした態で才人を見上げるギーシュに、彼は硬い視線で答える。
「元はと言えば、この話はルイズの奴が安請け合いした仕事だ。森を抜けて、最寄りの街道や村落の位置を聞き込みするくらいはやらなきゃ、……風見さんに申し訳がたたねえ」

 しかし、そんな才人に、タバサは水をかける。
「あなたが行く必要は無い」
 そう言われた才人が、反射的に血走った眼で振り返るが、当然タバサは意にも介さない。
「あなたにアルビオンの土地鑑は無い。別行動を取るのは危険過ぎる」
 そう言いながら、タバサが意味ありげに、眼鏡越しの視線を地面に向ける。そこには、彼らが浮遊大陸の真下から抜けてきた『坑道』があった。


「きゅいきゅいっ!! シルフィを置いて先に行っちゃうなんて、お姉様ひどいのねっ!!」
 そう言いながら、坑道から突如出現したのは、タバサと同じく青い髪をなびかせ、泥まみれになった――しかし何故か全裸の――妙齢の美女であった。


「なっ、なんだっ!? 誰!? この人いったい誰っ!?」
 プレイボーイの自称に似合わず、ギーシュが顔を真っ赤にさせて目を逸らす。
 一方、才人は、ギーシュと対照的に、イキナリ現れた美女に、眼が釘付けになった。
 そして、そんな彼らにタバサは、呟くように告げる。
「偵察には行く。でも行くのはこの子」
「この子って……タバサ。この人、一体誰なの……?」
 おそるおそる尋ねるキュルケに、タバサは言った。

「あらためて紹介する。わたしの使い魔シルフィード」

 唖然とする一同を尻目に、裸女が、どこか誇らしげに鼻の頭を掻く。
「きゅいきゅいっ!!」
 なぜか彼女は、自分の裸体が他者に凝視される事に、まったく抵抗は無いらしい。
「わたしが召喚したドラゴンが、韻竜だということは秘密にして欲しい」
 そして、そう言ったタバサの口調は、普段と全く変わらないものだった。


 それは一方的な――虐殺だった。

 艦砲射撃によって破壊された城壁や石垣。それらは――皮肉な事に、彼ら寄せ手の貴族軍にとって、最も恐るべき“死の弾丸”と化し、彼ら自身に襲い掛かった。
 死神の名は……V3。
 大の男が四・五人がかりでようやく動かせるほどの巨大な瓦礫を、V3は軽々と持ち上げ、砲弾以上の速度でフネに投げまくったのだ。

 いや、狙うのはフネだけではない。陸戦隊、竜騎士、トロール鬼たちなどによって編成される亜人部隊などにも、“死の弾丸”は平等に襲い掛かった。
 超音速で飛来する、巨大な『石ころ』の威力や命中精度・射程距離は、ハルケギニア製の火砲の比ではなく、寄せ手の貴族派は、今その瞬間に於いて、ハルケギニアで最も不幸な集団であった事は間違いない。
 そして、V3の周辺から、瓦礫があらかたなくなった頃には、艦隊を含めた貴族派の軍は、退却を余儀なくされていた。


「本日の偉大なる勝利に、乾杯!!」

 音頭を取ったのは、ジェームズ1世。
 ウェールズの父にしてテューダー王家の長。つまりアルビオンの現王である。
 本来なら、ニューカッスルなどという辺境の城塞に、生涯、足を踏み入れる事も無く晩年を過ごすはずの老人であった。
 だが、彼のかつての居城ハヴィランド宮殿は、レコン・キスタの手に落ちて久しい。
 そして、現在の“王城”ニューカッスルでは、トリステインからの大使を歓迎するための、晩餐会の真っ最中であった。

――篭城中にもかかわらず、どこにこんな食糧の余裕があったのだろう。

 戦に疎いルイズとて、そう思わずにはいられないほどの、豪華なパーティであった。
 所狭しと豪華な料理が並んだ円卓が、ホール内に幾つも並べられ、ウィスキーやブランデーといった各種高級酒、いやデザートの類いさえも、そこにはあった。
 話によると『イーグル』号は、V3が貴族派の部隊を退けた後、彼らの艦隊に追撃をかけて輜重船を襲撃し、大量の食糧確保に成功したとの事だそうだ。まさに天空のエキスパート・王立空軍の面目躍如といったところか。
(でも、だからって、そんな食糧をその日の内に、こんな形で食べ尽くしてしまうなんて……)
 ルイズは、眼前の馳走を見ながら、本当に、これを食べていいのか、許しを得たい気分になった。


「大使殿、このワインをお試しなされ! お国のものよりも上等と思いますぞ!」
「なに! いかん! そのようなものをお出ししたのでは、アルビオンの恥というもの! この蜂蜜の塗られた鳥を食して御覧なさい! 旨くて頬が落ちますぞ!」


 ルイズのもとにひっきりなしに現れ、酒や料理を勧めて、陽気に振舞う貴族たち。
 だが、ルイズは、そんな彼らに愛想笑いを返すと、ウェールズの姿を捜した。
 いつの間にか、ワルドの姿も見えなくなっている事も気になっていたが、それよりも、ウェールズが先だ。彼を捕まえ、あのカイゾーニンゲンの詳細を聞かねばならない。
――だが、その瞬間、喧騒に包まれていたパーティ会場は、たちまちにして静寂と緊張に覆われた、物音一つしない空間と化していた。

 美しく着飾った貴族や貴婦人たちの人垣が、まるでモーゼの十戒のように、真っ二つに割れ、現れたのは……ルイズもよく知る『彼』と、同じ顔をした男だった。
(カザミ……!!)
 貴婦人たちが息を飲んだのもむべなるかな、彼がその手にぶら下げていたのは、血まみれの生首であった。

「本日討ち取った貴族派の前線指揮官の首級です。スチュワート侯爵家のブラフォード、そう名乗っておりました」

 彼の、その言葉を聞いて、ホール中がざわつく。
 スチュワート侯爵家の嫡男ブラフォードといえば、アルビオンでも勇名を謳われた、名うての将星でありメイジであったからだ。
 だが、宴席にしつらえた、簡易玉座に反り返った老王の機嫌は、あからさまであった。

「無礼者!! 使い魔ごときが、あてつけがましく戦果を誇ろうとてか!!」
「……」
「そもそも、貴様ごとき化物が、王に直接目通りする権利などあろうはずもない!! 誰の許しを得て、我が前に姿を現した!?」

 ジェームズは、白い泡を吹きながら、眼前の男に、憎憎しげな罵声をぶつける。
 しかも、――ルイズにとっては奇異な事に――周囲の貴族たちは、玉座の老人と同じく、文字通りの白い目線で彼を見ている。今日、直接戦ったのは、彼だというにもかかわらず、だ。
 そしてそれは、いつの間にか王の傍らにいた、若き貴公子とて例外ではなかった。
「王の御前である、退がれV3」
 風見は何も言わない。沈黙を守ったままだ。
 そしてウェールズは、そんな風見を、じろりと射抜くような視線で睨みつけ、まさしく鉄鞭のような鋭い声を叩きつけた。
「――退がりませいっ!!」

 風見が、うなだれるようにホールから姿を消し、さっきまでの喧騒が、ふたたび宴の場を包んだ頃、ルイズは確信した。
――あれは、やっぱり自分が知っている風見じゃない。
(いったい……これはどういう事なの……!?)
 彼女が苦手とする、あの使い魔は――あんな侮蔑を吐き掛けられてなお、沈黙を守るような男ではない。いや、そもそも、あんな侮蔑を吐かせるような男ではない。それは、たとえ相手が国王であったとしても例外ではないはずだ。
 少なくとも、あの“風見”は、プライドだけは百人前のルイズですら一睨みで黙らせるような、独特の緊張感を発していなかった事は分かる。何故なら、パーティホールを黙らせたのは、彼が纏う迫力ではなく、その手にぶら下げた血まみれの生首だったからだ。

「さあ皆の者、無粋な化物は去った。彼奴が残した、この汚らしい空気を拭うためにも、今宵は存分に酔い、踊り、騒ごうぞ!!」
 先程までの狂態はどこへやら、ジェームズはむしろ媚びるように、宴席の参加者たちに微笑みかけ、そして、それに応えるように再び杯を傾け始める貴族たち。だがルイズには、そんな彼らの様子が、痛々しいばかりに異様なものに見えた。
 彼女は眼をやると、ウェールズがいた。父王から距離を取り、供の者すらつけずに、人知れず、この会場から退出しようとしているようだ。
 ルイズは王子の後を追った。

「殿下」
 油の節約のためだろうか。灯りもまばらな薄暗い廊下でルイズに声をかけられ、ウェールズは、にこやかに振り返った。
「やあ、――これはヴァリエール嬢。何故こんなところに? 君は、あの晩餐の主賓なのだよ?」

 しかし、ルイズには見えた。
 ウェールズが振り返った瞬間、その優しげな表情の端に、むしろ沈鬱な気配の名残が、僅かにこびりついていた事を。
「殿下をお話があって参りました」
「今は疲れている。できれば後にして欲しいんだが」

 政権が瓦解したとはいえ、王家の嫡子からそう言われては、いかにルイズといえど、何も言い返す事はできない。事実ウェールズの背中からは、根強い疲労の色が感じられたからだ。
 だが、おそらく今を逃せば、もはやウェールズと二人で話し合える機会は今後永久に作れないという確信も、なぜかルイズにはあった。
 そして、硬い視線を保ったまま無言で俯くルイズに、ウェールズは根負けしたように、
「よかろう、ついてきたまえ」
 と言うと、その口元を緩めた。

 ウェールズの簡素な私室には、先客がいた。
 驚いた事にそれは、さっき、彼に宴席からの退出を命じられた風見志郎であった。
 そして、自室にいた彼を、何ら訝しむ様子も無く、ウェールズはルイズを振り返ると、言った。
「改めて紹介しよう。我が従姉妹の使い魔にして、アルビオン王国の救世主――V3だ」
 そこにいた“風見”は、ウェールズの陰から現れた少女に、ややギョッとしたようだったが、すぐに視線を落とし、ぺこりと礼をした。
「V3です」

 ルイズは唖然としてしまった。
 晩餐でも遠目にしか見えなかったが、差し向かいで見ると、彼女の使い魔との相似は凄まじいものがある。瓜二つどころではない。まさに本人そのものだ。
 だが、それでも、この男と風見は別人だ。
 向かい合った瞬間にルイズは自分の判断に確信を持った。
 この男には、自分が知る風見志郎が発散していた、氷のごとき雰囲気が、皆無と言っていいほどにない。ここに佇む彼の眼差しは、むしろ人見知りの子供のような、落ち着かない光さえ感じられたからだ。

「こちらはトリステインからの使者、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢。……レディ、先程は見苦しいものをお目にかけた事を、正式にお詫びします」

 その瞬間、自分が召喚した『彼』を侮辱されたような気がして、反射的にムッとしたルイズであったが、どうやらウェールズが言う『見苦しきもの』とは、眼前の“風見”のことでは無いらしい。
 何故なら、ウェールズは、非常に済まなさそうな表情をして、“V3”に頭を下げたからだ。
「本当に申し訳ないV3。救国の英雄たる貴公を、他国の大使の眼前で侮辱するなど、あってはならない国家の醜態だ。父に代わって謝罪させてくれ」

「殿下……」
 ルイズは呆然となった。
 たとえ国王相手とはいえ、風見――いや、この“V3”が、他者の前で面罵されるのも、ルイズにとっては不快な眺めではあった。だがまさか、一国の王子たる彼が、一介の使い魔たる者に、頭を下げて詫びるなど、あっていい話ではない。
 そして彼は、ルイズを振り返ると、さらに彼女の想像を絶した発言をする。



「……父は暗愚だ」



「でっ!?」
 その台詞に対する、あまりの驚きに、ルイズは反射的に何かを言おうとするが、その言葉すらウェールズは遮った。
「たとえ、このV3がロンディニウムを奪還したとしても、……父が玉座におわす限り、貴族派の抵抗が止むことはないであろうな」

 その言葉が、まさしく貴公子の本音であるということは、さすがのルイズにも分かった。それほどに彼の台詞は、どうしようもなく重い絶望感に覆われていたからだ。
 だが、ルイズを黙らせたウェールズの絶望も、“V3”にとっては聞き慣れた愚痴でしかないらしい。彼は、むしろ優しげな光を眼に宿し、王子に言った。

「しかし殿下、それでも始祖はアルビオンを見捨ててはおりません。なぜなら、テューダー家には、殿下というお方がいらっしゃる。だからこそ、わたしとしても、この身を捧げて戦えるのです」
「済まぬ、V3……」
「殿下は陛下に代わって、我が主ティファニアの名誉を回復して下さった。ならば、わたしが主に代わって殿下の御下知に従うのは、むしろ当然のこと」
「いや、――我が父が、モード大公に為した非道を鑑みれば、そなたの合力をテューダー家が請うている事実こそが、まさしく恥知らずの極み。ティファニア殿の名誉回復ごときで、埋め合わせができるとは思っていない」

 なるほど……。

 ルイズは、今更ながらに納得する思いだった。
 彼らが話している内容は、ルイズにとってはよく分からないが、それでもこの白面の貴公子が、並々ならぬ誠実さと、国家を憂う愛国心の所有者である事は分かる。そして、暗愚と言い切ってなお、彼が、あの父王を深く愛している事も。
 これほどの人物が嫡子として生存しているならば、宴席にいた貴族たちが、未だに王党派を裏切らないのも理解できる。そして、レコン・キスタが降伏勧告すらせずに、ニューカッスルを攻め陥とそうと躍起になる理由も。
……何より、アンリエッタが、心中深く彼を慕う理由さえも。

「殿下、質問をお許しください」
「なんだね?」
「そこの御方……V3殿のお力を以ってすれば、レコン・キスタは駆逐できる。殿下は左様に仰いました。それは、……本当ですか?」

 その不躾すぎる問いに、ルイズは内心、恐れおののく思いだったが、それでもウェールズは、不快な顔一つせずに、困ったように微笑んだ。
「その問いに対する答え一つで、トリステインの出方が変わるという事かな? 大使殿?」
 そう返されて答えに詰まるのは、むしろルイズであったが、……しかし、そんな少女に、ウェールズは寂しげに呟いた。
「勝算が全く無いとは言わないが、それでも……少ないな。『無い』というに等しい程に」

「殿下!!」
 何を言うかと言わんばかりに“V3”が声を上げるが、ウェールズの戦況分析は冷静だった。
「ニューカッスルを包囲する貴族派は総勢五万。対する我が方は、多く見積もっても精々が三百。いかにこのV3が一騎当千の勇者とはいえ、この状況を覆すのは困難すぎる」
「ならば亡命なさって下さい!! トリステインは最大級の礼を以って殿下を歓迎いたします!!」

 さすがにウェールズの眉間にも険が走る。
「言葉には気をつけたまえ、ラ・ヴァリエール嬢。その発言は、一介の大使が口にすべき権限を越えておろう?」
 だがルイズもひるまない。
「いいえ、それはわたくしごときの浅慮ではありません。アンリエッタ姫殿下のご希望でございます」

 そう言いながら、アンリエッタが記した手紙を取り出し、恭しく手渡す。
 その所作一つ一つは、典礼に乗っ取った礼法に、何一つ反してはいない。
 だが、彼女のその眼差しまでは、決して恭しいものではなかった。
「わたくしは、恐れ多くも姫さまを知っております。このルイズ・ラ・ヴァリエール、幼少のみぎりは、姫さまのお遊び相手も勤めさせて頂きました。そして姫さまが、あのようなお顔をお見せした時に、何を考えておられるかも、深く存じております」
「そなたがアンリエッタの何を存じているというのだ?」
「この御手紙の末尾には、必ずや記されているはずでございます。殿下の亡命へのお勧めが!!」

「……なぜ、そう思う?」
 もはやウェールズの表情に、険は走っていない。
 彼としても、この少女が、誠心誠意アンリエッタの意を汲み取ろうとしているのが分かるからだ。
「姫さまはこう仰いました。ウェールズ様のお手元にある手紙が、レコン・キスタの手に落ちれば、此度のゲルマニアとの婚儀が破談になる。ゆえに手紙を回収して参れと。――なれど、それを鵜呑みにするほど、わたくしも幼くはありませぬ」
「……」
「かつて姫さまが、殿下にお渡しした御手紙の内容を僭越しようとは思いません。なれど、たかが手紙一枚で破談になるほど、国家間の政略結婚は軽い物ではありません。ならば姫さまが、このわたくしをアルビオンへ送り出した理由は、ただ一つ」
 ルイズはそこで、少し息を吸い込むと、

「それは――過去の御手紙の回収などではなく、むしろ、姫さまが新たに記した、この御手紙を殿下にお渡しする事であったはずなのです。おそらくは亡命のお勧めである、この御手紙を」

 ウェールズは沈黙したままだ。“V3”に至っては、自分がこの場にいていいのかどうか、判断に困っているようにさえも見える。だが、もはやルイズに迷いは無かった。

「逆賊を前に、国を捨てて亡命するなどという事がどれほどの事か、わたくしごときには、窺い知れぬほどの屈辱だという事も分かります! なれど、なれどわたくしもアンリエッタ姫殿下の直臣として、申し上げねばなりません!!」
 ルイズは、そこでキッとウェールズを睨むように見つめると、
「姫さまは、……どのような形であっても、殿下に生きていて欲しいのです。たとえ、御自分と結ばれる事が許されなかったとしても、それでも殿下に生きていて欲しいのです」

「なるほど、どうやら本当のようだな」
 風見志郎が、シェフィールドを振り返った。
 男女の額には、青い古代文字で同じルーンが刻まれている。傍目に見て、それはかなり異様な眺めであったが、二人は全く気にしていないようだ。
 彼らが、検分していたのは、本日、独断でニューカッスルへ攻め寄せ、見事に返り討ちにあったスチュワート侯爵家の軍団、その死体やフネの残骸であった。

「これは、明らかに改造人間クラスのパワーにやられた傷だ」
 その風見の声は、むしろ嬉しげな気配さえ含んでいた。

「嬉しいのか?」
 白い半仮面――を外したワルドは、死者に冥福を祈るでもなく、むしろ実験の結果を見る科学者のような態度の二人に、当然の反感を抱いていた。
「仮にも味方の戦死者だぞ。その態度は、人として不遜だと思わんのか」
 その言葉に、シェフィールドはむしろ、せせら笑うように口元を歪ませたが、――だが、女と対照的に、風見は表情を改めた。
「すまない。そういうつもりはなかった」


「気持ちの悪い奴らだね、全く」
 風見とシェフィールドが立ち去ってから、ワルドに酒瓶を投げ渡したのは、フーケだった。
「あんたは知っているのかい? あいつらの事を」
 そう言いながらフーケは、ワルドにしなだれかかる。
 酔態を見せているが、ワルドは気付いていた。この女盗賊が、その実、少しも酔っていない事を。
「そんなサービスなどしても、俺が奴らに関して知っている事など僅かしかないぞ」
 むしろ苦笑しながらワルドは瓶をラッパ飲みする。
 そして、そんなワルドの苦笑に合わせるように、フーケも頬を緩ませる。余計な酔態を演じて見せなくとも、情報は聞かせてやる。ワルドがそう言っている事に、彼女も気付いたのだ。

「お前は魔法学院に潜り込んでいたのだったな、『土くれ』?」
「ああ、そこには、使い魔として召喚された、もう一人の風見志郎がいたのさ」
「ガンダールヴ、だな?」
「なんだい、詳しいじゃないか?」
「俺が知っているのは、いまハルケギニアのあちこちで、“虚無”の使い魔のルーンをその身に刻んだ、異様な者たちが動き始めているという事だけさ。さっきの風見と一緒にいた、シェフィールドとかいう女も、その連中の一人さ」
 そこまで聞いて、フーケの目がきらりと光った。
「奴らが使い魔なら、その主は誰なんだい? おそらくその主こそが、レコン・キスタを含む、全ての火種の総元締のはずだよね……?」

「それを聞いてどうする……!?」
 ワルドは、女の目を真っ直ぐに見つめた。
 返答次第では生かして返さないとでも言いそうな空気だが、……そんなことに物怖じするフーケではなかった。
「その返事は、つまり、知ってるってことかい?」
 ワルドは、その言葉に反応しなかった。

 この女は、自身の感情にあからさま過ぎる。盗賊なんぞやっている割には、育ちが良かった証拠だ。――だが、手を組むには手頃かもしれない。あのシェフィールドとかいう謎の女を相手に回して騙し合うには、相棒はいた方がいいに決まっている。
 ワルドは、そう思い、右手を差し出した。

「それは分からん。だが……分かった情報は教え合う、というのはどうだ?」


 魔法衛士隊・平隊士時代に、百人の女を落としたという伝説を持つワルドの笑みであったが、フーケは、むしろ冷笑すら浮かべて酒をあおると、
「憶えておいた方がいいよ」
 と、彼の耳元に口を寄せ、囁いた。



「あんた……自分で思ってるより二枚ほど、嘘が下手だってね」



 怒りと羞恥で、顔が真っ青になるワルドだったが、そんな彼が差し出した右手を、逆にフーケは、がっちりと握り締めた。
「気に入ったよ、ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド子爵」
 娼婦のように流し目を送りながら、フーケは、ぺろりと舌を出し、色っぽく唇を舐めた。
「マチルダ・オブ・サウスゴータ。自分からこの名を名乗ったのは、貴族を捨ててからはあんたが二人目だよ。これからもよろしくね?」

 ワルドは反射的に眉間に皺を寄せたが、……やがて、その視線から硬いものが抜けた。
――気の強い女も、悪くはないか?
 何より、ここにルイズはいないのだ。自分を装う必要は無い。

「――ワルドだ。俺と組んだ事は、後悔はさせん」




 薄暗い部屋の中、二人の男が眼を見つめ合わせた。
 だが、『二人の男』などという言葉で、彼らを括るのはいささか失礼であったかも知れない。彼らは――青年と少年という年齢の相違はともあれ――第三者が息を飲むほどの美貌を有していたからだ。
 特に青年の方は、神々しいと呼分に相応しいほどの美と高貴さを、その身に纏っていた。

「ジュリオ」
「はい、聖下」
「シロウから連絡が入った」
「では、アルビオンに?」
「うむ、到着したようだ。これから行動を開始すると言っている」

 そう言って、聖下と呼ばれた青年は微笑んだ。
 それは、見るもの全てをひざまずかせるほどの、荘厳さと慈愛を含んだ笑顔であった。



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