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イザベラ管理人-16



第16話:家族というモノ・前編


”ゼロの使い魔”ことサイトは今、絶望的な戦いを強いられていた。
それは男という生物が一度は遭遇する、必ず勝たなくてはならない戦いだ。
負ければそれは、己の理想を己で蹂躙したことを意味する。
この戦いに比べれば、ニューカッスルで迎え撃つかもしれなかった5万の軍隊ごときがなんだというのか。
それほどに困難な戦いだ。しかし、彼は戦い続けなければならない。
何故ならば、男には厄介なことに矜持というものがあるからだ。
そんなものを投げ捨ててしまえば、こんな絶望的な戦いから逃れられることは痛いほどによくわかっている。
だが、彼がサイトである限り、勝たねばならないのだ。
そうでなければ、彼は自分が許せない。
「うぁぁ…!」
相手の攻撃がサイトに直撃した。危険だ、致命傷になるかもしれない。
だが、相手には容赦などありえない。連続して攻撃を仕掛けてくる。
既に満身創痍のサイトに避ける術など存在せず、全てが命中する。
もはや彼の命運は風前の灯、救援もありえない。
それでも、彼は一筋の光明にすがり、意識を保ち続ける。
時に、一縷の希望とは絶望よりも厄介なものだ。希望があるからこそ人間は痛みに耐えて抗い続けてしまうのだから。
そして、絶望は再び彼に肉薄した。もはや燃えつきかけた蝋燭ほどの力しか残していない彼にトドメを刺すために。

「わたしにも、つけて」

ルイズが甘い声で懇願した。
そう、今彼が戦っているのは、人間の三大欲求の一つにして、最も苛烈な衝動に数えられるもの…性欲だ。
男の本能の中に存在する、不可分の獣としての性。
そんなものを相手に、理性という脆弱な理論武装のみで戦いを強いられる彼の絶望を理解できる者は稀だろう。
獣性という名の悪魔が囁きかける。
『別にいいじゃねぇか。ルイズもそれを望んでるんだぜ?』
理性と恋心という名の天使が囁きかける。
『ダメだ、ルイズは惚れ薬を飲んでしまったからこうなっているだけだ!そんなルイズに手を出すべきではない!』
だが、彼は聖人君子ではなかった。かといって、ただの獣でもなかった。

「つけてくれないと、眠らない」

妥協点として、彼は一度だけルイズの首筋にキスをした。
彼の体につけられた大量のキスマークが、戦いの激しさを物語っている。
それに比べれば、今更一度だけ我慢が増えたところで何ほどのことだというのか。
だが、彼は間違っていた。

「んっ…!」

ルイズの艶かしい声と甘やかな吐息、唇に感じる張りのある美肌の感触が彼の最後の一線を崩しかけた。
だが、彼は必死に自分に言い聞かせ続けた。
ルイズは惚れ薬のせいでおかしくなっているだけだ…と。
そして、ルイズはどうやら極度の緊張により気絶し、そのまま寝入ってしまったらしい。わずかに乱れた寝息が聞こえる。
彼は勝ったのだ、この最悪の戦いに。
おめでとう…奇跡は、ここに果たされた。
サイトはようやくルイズから目を逸らすことを許された。
今のルイズは、いわゆる裸シャツである。もちろんオーバーニーソは脱いでいない。妙なところで男心がわかっている。
惜しむらくはダボダボのYシャツでないことであろうが、太ももにようやく達する程度の丈しかないシャツ一枚というのも乙なものである。
つまりは、男のただでさえ脆弱な理性という武装をあっさりと無力化しうる装備なのだ。
ルイズと同じベッドで横になっているという事実だけでもサイトは理性を手放しそうだというのに、こんな姿を見せられ、あまつさえ先ほどのように甘えられては、男としては猛り狂う炎のままに暴れるしかないというものだ。
しかし、彼は勝った。驚くべきことに、勝ったのだ。ある意味負けたと言えるが、彼はサイトという恋する少年としての自分を守ったのだ。
サイトはやるせない気持ちで、長いため息をついた。
「はぁー…俺…何やってんだろ…」
サイト、君はこの勝利を誇っていい。同時に、泣いていい。
「ますますガリアにいくのが遠のいたなぁ…宝探しやセーラー服なんて後回しにしてタバサに連れて行ってもらった方が良かったかも…いや、セーラー服は必要だったよな、うん…」
ルイズにシエスタ絡みの一件で放り出された際、彼はタバサの知り合いの日本から召喚されたという男に会いに行かないかと誘われていたのだ。
だが、ガリアまでいくとなれば当然時間がかかる。加えて、ケンカ中とはいえ、ルイズを放り出してガリアくんだりまでいくというのは気が引けたので断ったのだ。
そうこうしているうちに彼はまたぞろ様々な事件に巻き込まれ、あるいは自発的に関わり、ずるずるとガリア行きが延びてしまっている。
それに、彼は自分がおかしいんではないかと感じ始めていたのだ。
「なんか…タバサからコースケって人の話聞いた時ほど、焦ってないんだよなぁ…」
彼は様々な事件を経て、このハルケギニアに自分の立ち位置を確立し始めている。
ルイズの使い魔として、あるいはギーシュやコルベールらの友人として…。
それが関係しているのか、彼は以前ほど焦っていないのだ。
タバサから話を聞いた当初は、ルイズに踏まれたり鞭で打たれたりしてもめげずにガリア行きを許してもらえるように懇願していた。
結局はアンリエッタからの依頼でアルビオンに行ったりしていたので叶うことはなかったのだが。
それが今はどうだ、セーラー服にうつつを抜かし、宝探しに明け暮れ、今は惚れ薬を誤飲してしまったルイズをあやすために絶望的な戦いをしている。
「なんだろ……俺、帰りたくなくなってきてんのかなぁ…」
彼がその気持ちの理由に気づくのは、もっと後になってからのことだ。



ところ変わって、ここはハルケギニア随一の名勝と名高いラグドリアン湖。
この風光明媚な湖を含むガリア側の一帯は、王族の直轄領となっている。
だが、自然の美しさに反して、たった一つだけ存在する屋敷からは王族が暮らしているとは思えぬほどに人の生きる空気というものが欠如していた。
「ここ…のはずだよな」
ここまで耕介を連れてきてくれた竜騎士に礼を述べ、巨大な門へ向けて歩き出す。
陽は中天にはまだ差し掛かっておらず、明るい光を振りまいている。
陽光に照らされた門には、二本の交差した杖とガリア公用語で”さらに先へ”と銘が打たれた王家の紋章が刻印され…だが、その上から醜い×字の傷がつけられていた。
耕介はその意味を知る由もないが、それは不名誉印だ。つまり、この屋敷の主は王族としての地位を剥奪されているのである。
門の前まで来て、耕介はここに人が住んでいることをやっと確信できた。
庭が手入れされているのだ。人の手によって綺麗に整えられている。
だが、やはり屋敷の規模からは考えられないほどに生活臭が感じられない。
疑問は様々にあるが、まずは家人に会わねばならない。馬車用の巨大な門の隅に設けられた通用門を通って敷地に足を踏み入れる。
重厚な…しかし、年月にくたびれた印象のある扉を、取り付けられたドアノッカーで叩く。
しばしの後、現れたのは一人の老僕だった。
「当家に何の御用でございましょう?」
口調こそ丁寧だが、明らかに耕介を警戒している。突然の来客という以上の敵意さえ感じるが、今はそれを追及するべきではないだろう。
「はじめまして、花壇騎士のコースケ・マキハラと言います。この手紙を渡すよう主から言い付かってきました」
耕介が懐から取り出した手紙を受け取った老僕は「少々お待ちください」と言って下がろうとした…その時。
「ペルスラン、下がりなさい!」
鋭い声が、静寂に沈む屋敷を切り裂いた。
「ツェルプストー様!」
奥から燃えるような赤い髪をなびかせてタバサと同じ…しかし、タバサとは正反対の豊満な肢体のせいで全く印象の変わっている服を着た女性が現れた。
しかも彼女は杖をこちらに向けており…かてて加えて、拳大の火の玉が既に生み出されていた。
「え…え!?」
あまりにも突然のことに耕介も反応できない。
だが、女性は問答無用であった。
「タバサに手は出させないわ!」
その言葉を合図に、杖の先から火の玉が解き放たれる。
「うわぁ!」
正確に顔を狙ってきた火の玉を咄嗟に飛び退ってかわす。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
「耕介様、後ろから来ます!」
突然の襲撃に狼狽する耕介を御架月の叫びが叱咤した。
首だけで後ろを確認すると、虚空へ飛び去ろうとしていた火の玉がこちらへと引き返してくるのが見えた。
「ホーミングって、知佳やリスティじゃあるまいし!」
悪態をつきながら、御架月の柄に手をかけ、タイミングを計る。
数秒もせずに刃圏に火の玉が入り…
「ハァ!」
霊力をまとわせた御架月を抜き放ち、火の玉を叩き斬る。霊力の塊をぶつけられた火の玉は、風圧も加味されて吹き散らされた。
だが、背後からさらに呪文と思しき声が聞こえてくる。
「さすが花壇騎士ね、でもこの”微熱”のキュルケがこの程度で終わるとは思わないでほしいわ!」
今度は先ほどよりもさらに大きな火球が、しかも二つ現れた。
「だからちょっと待ってくれ、俺はタバサに手を出す気なんてない!」
先ほどのセリフから、彼女はタバサの友人か何かだと推測できる。
タバサの事情について、彼女も知っているのだろう。
だから花壇騎士という身分でここにやってきた耕介を敵だと認識しているのだ。
「それを証明できるの?」
なおも女性は厳しい視線を向けてくるが、一応話を聞く気にはなってくれたらしい。
ならば、こちらもタバサの味方であることを示さねば。
耕介は御架月を納刀し、地面に突き立てると、後ろに数歩さがって両手を上げた。
「タバサに聞いてくれればわかるよ。耕介って名前だけでも伝えてくれればいい」
耕介とキュルケの睨みあい―睨みつけているのはキュルケだけだったが―はしばらく続き…それは一陣の風によって断ち切られた。
上空から小柄な少女…タバサが風をまとって舞い降りてきたのだ。
「タバサ!」
「この人は、敵じゃない」

「ごめんなさいねぇ…もうちょっと冷静になるべきだったわ…」
ペルスランに案内された居間で、タバサの仲介により耕介は誤解を解くことができた。
と言っても、タバサがキュルケに「彼は味方」と言っただけであるが、彼女はそれであっさりと信じた。
「まぁ、いきなり攻撃ってのは勘弁してほしいけど。でも、タバサをそこまで心配してくれる友達がいてくれて嬉しいよ」
そのやりとりだけで、この二人が互いを心から信頼しあっていることがわかる。
耕介としては、タバサは基本的に没交渉なので学院での生活がどうなっているか気になっていたのだ。
だが、心配する必要もないようだ。タバサを護るために戦ってくれるキュルケという友人がいるのだから。
同時に、キュルケもタバサの変化を感じ取っていた。
彼女は現時点で”タバサ”を最もよく知る人物と言える。
なにせ、タバサの表情のほんのかすかな動きや雰囲気から彼女の考えをある程度読み取れるのはキュルケだけである。
その感覚を信じるならば、驚異的なことに、タバサは完全にリラックスしていた。
タバサはいつ如何なる時でも必ず精神の一部分は緊張させている、常在戦場タイプだ。
キュルケが知る、どんなに寛いでいる時でも、彼女はどこかで周囲を警戒していた。
それはキュルケと一緒にいる時間でさえ例外ではなかった。
だが、今のタバサはどうだ。自分から耕介の隣に座り、紅茶を啜っている。
キュルケにしか判別できない程度だが、その表情は安堵以外の何者でもない。
(なんか……嫉妬しちゃうわねぇ…)
常に嫉妬させる側であった自分が、まさか男に嫉妬させられようとは。人生とは、面白いものである。
そこで、キュルケの脳裏を電撃的にとある記憶が駆け抜けた。
それはフリッグの舞踏会の記憶だ。あの時、キュルケはいったいタバサに何と言ったか?
(『年上の』…『優しそうな』…『紳士』…!全部当てはまってるわ!)
ちょっと身長差と年齢差が激しいが、そんなものは”微熱”のキュルケにとってはなんら障害とはなりえないのである。
いきなり魔法で攻撃した自分をあっさり許すところから、優しさや包容力は及第点を超えている。
杖―彼女は耕介をメイジだと思っている―を捨てたのは不用意だと言わざるを得ないが、彼が誠実である証でもあるだろう。
騎士と名乗っていたし、先ほどの《ファイアボール》を斬り払ったところから、実力はラインの上位からトライアングルくらいか。
容姿も悪くない、鼻が低いし肌の色も黄色いが、彼の柔和な雰囲気にはむしろ相応しい気がする。
メイジとは思えないほどに質素な格好だが、それもまたタバサには相応しいだろう。彼女には貴族のプライドを外見で示したがるような輩は似合わない。
だが、何よりも、舞踏会の時のタバサの反応である。
タバサは、この男をたったあれだけの言葉から連想し、あまつさえ常に貼り付けている鉄面皮を崩したのだ。
もはや確定である。そして、キュルケ的にもOKだ。
さて、そこまで思考したキュルケの対応は素早かった。
「ねぇ、素敵な騎士さん、貴方お名前は!?」
「あぁごめん、名乗ってなかったな。コースケ・マキハラだよ。こっちは御架月だ」
なにやらキュルケの態度が一変していた。
先ほどまでのしおらしさなど一瞬で吹き飛び、今はその燃えるような赤い瞳をキラキラと輝かせている。
「ミスタ・マキハラ…珍しい名前ね、けど素敵だと思うわ!優しいのね、剣を大切にして!私はキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーよ、キュルケでいいわ!ねぇ、ミスタ、色々聞きたいことがあるんですけれど、よろしいかしら!」
「え、あ、ああ…いいけど。後、コースケでいいよ、タバサもそう呼んでるし」
「まぁ、気取らない方なのね!ますます素敵だわ!それでね、コースケ、貴方、年下の女の子に興味ない!?」
「へ…?」
戸惑う耕介など置いてけぼりに、キュルケは燃え上がる炎のままにマシンガンのごとく喋りまくる。
「コースケはまだ結婚してないわよね!なら、お相手は若い子がいいわ!貴方はとても優しいようだから、その優しさで全てを包んで上げられるもの!」
「え…えーっと…」
「ちょっと発育が悪いかもしれないけど、とびっきりの美人だもの!将来性抜群よ、今のうちに手をつけておくに越したことはないわ!そうだ、コースケは貴族にしてはとても質素な格好だけれど、家が傾きそうなの?なら、私が援助してさしあげてもいいわ!」
「い、いや、貴族じゃ…ないんだけど…」
「貴族じゃない!?なのに騎士なの?まぁ、それじゃぁ純粋に能力だけで騎士になったのね、ますます素敵だわ!ならゲルマニアにいらっしゃいな!ガリアで騎士になれる能力があれば、簡単に貴族になれるわ、もちろん私の家に来てもかまわない!」
冷静に考えればゲルマニア以外で平民が騎士になれるわけもないのだが、そんな冷静さは既に吹き飛んでいるようだ。
「ちょ、ちょっと待ってくれ、えっと、いったい何の話をしてるんだ?」
「そうよ、私の家に来て爵位を買えるお金が溜まるまで働けばいいわ!何の話って、決まってるじゃない!ね、年下の――――――――?」
「――?」
途中からキュルケ…どころか自分の声すら聞こえなくなっていた。
だが、キュルケの口は変わらず動きまくっているので、何事かを喋っているのはわかる。
耕介の隣では、タバサが半眼になって杖を振っていた。
キュルケは全く気づかず、突っ走り続けた。

結局、キュルケが《サイレント》をかけられたことに気づいたのは、ペルスランが昼食を持ってきた頃であった。
「もう、タバサったら酷いわ!あなたの為を思ってしていることなのに!」
タバサの売り込みを当の本人に中断させられてキュルケは不満げだが、タバサはそんなものはどこ吹く風と食事をしている。
だが、決して二人の間に険悪な空気はない。
「タバサ、いい友達と出会えたんだな」
そのことに嬉しくなり、耕介はタバサの頭を撫でてやる。
タバサはされるがままだが、キュルケの目にはわかる。彼女は喜んでいる。
その証拠に、食事を停止している。
(親娘みたいな雰囲気だけど…いずれは恋になるに違いないわ。彼は女としてタバサを見てないようだけど、絶対この二人をくっつけてみせる!)
キュルケはさらに気合を入れるのだった。
「そういえばタバサ、手紙にはなんて書いてあったんだ?今朝、いきなりイザベラに御架月と一緒に放り出されたから、何をするのかわかってないんだよな。手紙を見せればわかる、の一点張りだったし」
タバサは懐から件の手紙を取り出して耕介に渡そうとし…途中で引っ込めた。
訝しげな二人の視線をスルーし、自分の口で説明し始めるのだった。
「ラグドリアン湖の水量が2年前から増して、近隣の村を水没させている。それを解決する」
「増水…?俺たちじゃ、管轄が違うんじゃないか?」
治水となると、騎士である彼らが関わることではないはずだ。
ましてや、北花壇騎士は汚れ仕事や特に危険な荒事専門、ますますもって関係がない。
だが、この世界は魔法が支配する異世界ハルケギニアなのである。
「ラグドリアン湖には水の精霊がいる。増水は精霊の仕業。だから、精霊を退治する」
エルザのような先住魔法…精霊の力を操る種族は、あらゆるものに存在する精霊と契約を交わし、力を借りる。
水の精霊とは、その精霊の集合体で、人間に似た自我も持っている存在だ。
その水の精霊が理由は不明だが、ラグドリアン湖を増水させているらしい。
「ちょっと待ってタバサ、水の精霊に手を出すなんて無謀よ!水の精霊といえば、水魔法の塊みたいなもの、水に触れただけで心を奪われてしまうわ!」
水魔法の本分とは、人体の操作なのだ。この人体には、精神的なものでさえも含まれる。
人間が操れる範囲は微々たるものだが、水の精霊ともなれば話は別だ。血液に干渉して治癒能力を高めることも可能ならば、脳を弄ることさえもできる。
そんな存在を退治しようなど、自殺行為以外の何者でもない。
「心を奪われるって…そんなことができる相手とどうやって戦うんだ?交渉は無理なのか?」
「水の精霊は専門の水メイジじゃないと交渉はできない。人間とは価値観自体が違うから、交渉自体も失敗しやすい。増水を止めるには倒すのが一番確実。戦う方法もある」
水の精霊がどれほど強力な存在なのかいまいち実感は湧かないが、それでも耕介にもこれが危険極まりない任務だというのはわかる。
そんな任務をタバサ一人に任せるとは…本当に現王はタバサを殺したいらしい。
(姪を殺したがるなんて…これが政争って奴なのかよ…)
耕介がこちらに召喚されてから2ヶ月ほど経つが、未だに彼はイザベラの父に会ったことはない。
だが、イザベラやマルコー、プチ・トロワの使用人たちの話を総合するに、魔法が一切使えず、政治にも興味を示さず、日がな一日遊戯に明け暮れる冷酷な愚王であるらしい。
優秀だった実弟を謀殺して王位につき、自身を脅かし得るタバサの母の心を壊し、今度はただ一人遺されたタバサさえも”事故死”させようとする。
イザベラはタバサに任務を与えることを後悔し続けてきた。
なれば、イザベラの父も果たしてそうなのだろうか?実際に会ってみないことにはわからないが…やるせない思いは消えない。
「…わかった。俺はタバサを手伝えばいいんだろ、何をすればいい?」
だが、今はそんなことを考えていても仕方がない。
正当な手順を踏んでこの任務はタバサに与えられたのだ、拒否することはできない。
なればこそ、イザベラは耕介を送り込んだのだ。ならば、全力でタバサを護らなくては。
「仕方ないわねぇ…どうせ止めても聞かないだろうし、私も全力でサポートするわ」
水の精霊の危険性を聞かせてなお、協力すると言い切る二人に、タバサは俯いて蚊の鳴くような声で
「…ありがとう…」
と呟いたのだった。
その言葉はこの場にいないイザベラにも宛てられていた。
タバサが引っ込めた手紙には、任務の詳細が記されていたが、その最後にこう書かれていた。
『コースケを貸してやるから、必ず生きて戻りな。いいかい、貸すだけなんだから必ず返すんだよ!』

屋敷からラグドリアン湖へ飛ぶ短い空の旅の最中、シルフィードはご機嫌斜めであった。
キュルケがいるから喋れないのもあるが、何より荷物が問題である。
(うぅ…重いのね、なんでこんなものもっていくのね…)
「ねぇコースケ、本当に使えるの、この小麦粉。火薬でも調達してきた方が良かったんじゃない?」
シルフィードの疑問をキュルケが代弁してくれた。
そう、シルフィードを辟易とさせているのは、大量の小麦粉だ。
発案者は耕介であり、彼はシルフィードの怨念を一身に受けている。
水の精霊を退治するため、タバサが提案した作戦はこうだ。
タバサが風を操って巨大な気泡を作り、湖底まで行く。魔力を含んだ水を見つけたら、それをキュルケと耕介で攻撃する、というものだ。
だが、それに異を唱えたのが耕介であった。
気泡の中で炎を使えば酸素を使ってしまって危険であるからだが、これを説明するのに苦労した。
この世界は科学があまり発展していないので、燃焼の原理を知る者など稀なのだ。
もちろん耕介も専門家ではないし高校までの知識しかないこともあって説得は難航したが、なんとか方針を変えさせることに成功した。
そして、代案として耕介が提案したのが、この小麦粉である。
「水の精霊の規模にもよるけど、かなり有効だと思うよ。火薬は今から集めるには時間がかかるけど、小麦粉は簡単だからね」
要は粉塵爆発である。
だが、これまた専門家ではないことに加えて、耕介も経験則として『粉の充満してる空間で火の気は厳禁』ということを知っているだけである。
なので、百聞は一見にしかず、実際にやってみせることにしたのだ。
「見えた」
本に目を落としていたタバサが声を上げた。
行く手に、雄大な湖が見える。
「あれが、ラグドリアン湖か…」

ラグドリアン湖畔の森の一角に着陸した一行は、小麦粉を《レビテーション》と人力で水辺まで運んだ。
「大きい湖だなぁ…この中から水の精霊を見つけるのは苦労しそうだ…」
抱えていた小麦粉の袋を下ろし、嘆息する。ラグドリアン湖は琵琶湖ほどの大きさがある、この中から魔力の感覚のみを頼りに探すというのも気が遠くなる話だ。
だが、その問題は意外なところから解決した。
「耕介様、湖底に一際強い魔力がわだかまっているんですけど、それじゃないですか?」
「え、な、何!?…あの時と同じ声…?空耳じゃなかったの!?」
突然の声にキュルケがきょろきょろと周囲を見渡すが、自分たち以外には誰もいない。
当然だ、既にこの場にいる人物が発言しただけである。
「御架月だよ、キュルケ。えっと、インテリジェンスソードなんだ」
「イ、インテリジェンスソード…?」
キュルケは、耕介が差し出した御架月を改めて観察する。
故に、彼女はその怪異を間近で見ることとなった。
「ご挨拶が遅れてごめんなさい。はじめまして、御架月といいます、キュルケ様!」
御架月から燐光が溢れ、人型をとったのだ。
それはくすんだ金髪に黒い着物の中性的な美少年…であるが、キュルケにそこまで観察する余裕はなかった。
「きゃあ!何、幽霊!?」
その言葉にタバサがビクッと反応するが、御架月には既に慣れたらしく、すぐに平静を取り戻した。
だが、キュルケは突然の出現が悪かったのか、御架月に杖まで向けてきている。
「キュルケ、大丈夫だよ、御架月は俺の相棒だ。幽霊といえばそうなんだけど、悪さをするようなことはないよ」
「え…幽霊が宿った剣なの?そのミカヅキって…」
さすがにこのあたりは魔法世界ハルケギニアの住人、すぐに驚きは興味に変化したらしい。
キュルケは初めて幽霊を見たらしく、御架月を無遠慮に観察している。
御架月も怖じないキュルケが嬉しいのか、笑顔でされるがままだ。
「へぇ、貴方可愛いわねぇ、幽霊じゃなきゃお付き合いしたいくらいだわ!じゃあ改めて、私はキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー、キュルケと呼んで」
「はい、キュルケ様」
かつてここまで素早く御架月に慣れた人物はいない。さすがは新興国家ゲルマニア出身と言ったところか。
「ねぇコースケ、ミカヅキ。剣も見せてもらっていい?幽霊が宿っている剣なんて初めて見るから、是非拝見したいわ!」
「ああ、かまわないよ」
御架月も、特に断る理由はないので首肯する。
耕介が御架月をよく見えるように顔の高さでゆっくりと抜いてやると、キュルケから感嘆のため息が漏れた。
「はぁ…凄いわ、こんな綺麗な剣、初めて!いったい誰が打ったの?薄すぎてすぐ折れそうだけど、装飾品もないのにこんなに美しい剣なんて、ハルケギニア一の治金技術を持ってるゲルマニアにもないわ!」
「えっと、俺の故郷で打たれた刀って剣なんだけど、誰が打ったのかはわからない。400年前からあるらしいから」
「400年!?」
タバサがさらに評価を付け加えた。
「ミカヅキは頑丈。私の《ジャベリン》を斬った」
キュルケは、入学当初のとある一件からタバサと本気の決闘をしたことがある。
その時から彼女の類稀な実力を知っているので、驚きも一入だった。
「まぁ、じゃあ頑丈で綺麗なのね!すばらしいわ、ねぇ、是非このカタナをツェルプストー家に売ってくださらない?いくらでも出すわ!」
「いや、ごめんキュルケ、御架月は俺の相棒だから売るわけには…」
「じゃあ仕方ないわねぇ…。なら、貴方の故郷にはこのカタナを作れる人がいるんでしょう?是非その人を雇わせて!お給料なら言い値を出すわ、どう!?」
革新的なものなら既存の価値観に囚われず採用するゲルマニア人らしい対応であるが、世界を隔てているので無理な相談である。
耕介が、激しい勢いで迫ってくるキュルケに困り、自分が異世界人であることを説明しようか迷っていると救いが現れた。
「――――!――――?」
この現象には覚えがある。昼食前にもタバサが使った《サイレント》だ。
今度はすぐに自分の声が聞こえないことに気づいたキュルケがタバサに詰め寄る。
「――――もう、交渉してるだけじゃない!」
「コースケが困ってる」
キュルケの抗議への答えはにべもない一言だった。
だが、タバサのその普段よりも若干平坦な言葉にキュルケは別の意味も感じた。
「あら…タバサ、あなた妬いてるの?もう、安心して!彼はあなたのものだもの、手を出したりしないわ!ちょっと惜しいけどね!」
タバサの嫉妬というレアなものが見れた嬉しさからか、キュルケはタバサに抱きついて頬ずりをしだす。
その様子は仲睦まじい友人同士の触れ合いであったが…会話の内容が内容なので耕介は苦笑するしかない。
彼女が耕介とタバサをくっつけようとしているのは明白だが、今のところ耕介にその気はないのである。
それに、タバサの方も耕介に恋愛を求めてはいないはずだ。
多分、タバサは家族がほしいのだから。
もし耕介の方がタバサを女として意識することがあったとしたら、その時にまた考えればいい話で、今はまだ早計というものだ。
「どうにも調子が狂うなぁ…」
「でも、キュルケ様とってもいい人ですね!」
「ま、それは間違いないな」
二人が任務を思い出すまでの間、友人同士の微笑ましいやり取りを見守る耕介であった。

「ゲホ!ゲホゲホ!ちょっと吸い込んじまった…」
「大丈夫ですか、耕介様!」
御架月が発見した湖底の魔力溜りのそばに作り出された巨大気泡の中で、耕介は小麦粉を撒いていた。
「ああ。これだけ撒けば大丈夫だろう」
気泡の中は白くけぶるほどになっている。
半分ほど小麦粉を失った袋を提げて、気泡と同じくタバサが作ってくれた空気の道を歩く。
周囲には淡水魚が泳ぎ、藻などが繁茂している。
「こんな綺麗な湖で爆発起こすのはちょっと気が引けるなぁ…」
「そうですねぇ…でも、他にいい方法も思いつきませんし…」
直接水中で戦うというのはリスクが高すぎる故に選択した方法だが、湖底で爆発など起こせば周囲の生物を殺してしまうのは確実だ。
後味の悪い方法だが…他に良案もない。
念のため、魔力溜りに声をかけてもみたが、反応はなかった。タバサの言う通り、専門の交渉役以外とは話す気はないのだろう。
水面から差し込んでくる夕暮れ時の赤い光が美しい。
本当に美しい湖なのだ。
それをこの手で破壊する…切ないものを感じてしまう。
やがて、空気の道を覗き込むキュルケとタバサが見えてきた。
「お疲れ様、コースケ。準備はいい?」
耕介が外に出たのを確認し、キュルケが杖の先を空気の道へ向ける。
「ああ。タバサ、キュルケが魔法を使ったら、炎を消さない程度の速度で道を閉じていってくれ」
耕介の言葉にタバサがコクリと頷く。
「じゃ、行くわよー!」
キュルケが短くルーンを唱えると、杖の先に拳大の炎の球が生まれる。
それが射出され、次にタバサの操作を受けた空気の道が徐々に閉じていく。
「キュルケ、炎の壁を念のため張っておいてくれ!」
「わかったわ」
三人を護るように炎の壁が展開された。
それから数秒…水面が波立ち、飛沫が飛んだ。だが、細かい水滴はキュルケの炎の壁に阻まれて蒸発する。次に湖の中央付近に魚が浮き上がってくる。
「本当に爆発したわ…」
「御架月、どうだ?」
「少し、魔力が減ってます。成功ですね」
ひとまず、作戦は功を奏したということだ。
やはり後味の悪さは感じるが…もう割り切るしかないだろう。
その後も、日が暮れるまで3回ほど爆破作業を行い、御架月の索敵によると魔力溜りは3/4ほどに減少したらしい。

「凄い、塩を振っただけなのに美味しいのね!それに身もふっくらしてるし、こんな焼き魚初めてだわ」
「さっきキュルケに作ってもらった白炭のおかげだよ。これが一番焼き魚に向いてるんだ」
夜の森の中で、四人は焚き火を囲んで食事をしていた。
献立は耕介が持ってきていた人数分のパンと、精霊退治の副産物の魚だけであるが、そこは耕介の腕の見せ所である。
貴族である二人には焼き魚は新鮮だろうと作ったものだが、好評を得ているようだ。
タバサもシルフィードも一心不乱に食べ続けている。
「炭ってああいう風に作ってるのねぇ、初めて知ったわ。ねぇコースケ、貴方って不思議な人ね。色んなことを知ってるし、メイジでもないのに魔法のようなことができるんでしょう?」
「ここの地図にもない場所から来たから、慣れるのに苦労したよ。それに、俺の技は魔法みたいに便利なものじゃないよ」
本当は拉致まがいに召喚されただけであるが、耕介のような存在は珍しいらしいのであまり口外しないことにしている。
便宜上、地図にも載っていない場所から来た、ということにしているのだ。
「そうね、貴方は私の知るどんな人間とも違うわ。だからタバサも懐いたのかしらね」
キュルケは優しい瞳で、7匹目の焼き魚に手をつけるタバサを見つめる。
今は周囲への警戒を解いていないが、やはり耕介がいるせいか普段よりも警戒が薄い。
焚き火の周りに流れる和やかな雰囲気は、まるで彼らを家族のように見せていた。
「そういえば、いたわ、コースケと似てる人。同級生の使い魔なんだけど、私たちの常識から外れていることばかりしていたわ」
キュルケの何気ない言葉に耕介は違和感を覚えた。
(使い魔なのに”似てる人”…?俺みたいに人間が召喚されたのか?)
だが、その疑問を問うことはできなかった。
「ん、なんだ?」
上空から舞い降りた突然の闖入者…フクロウが耕介の肩に留まったのだ。
「あぁ、イザベラのガーゴイルか」
その足には例によって手紙がくくりつけられている。
手紙をはずすと、フクロウはすぐに夜闇の中に飛び去っていった。
「え…どういうことだ…?」
「どうしたの、コースケ?なんて書いてあったの?」
耕介が開いた手紙には、こう書かれていた。
『コースケ、なるべく早く戻ってきてくれ…』


夕暮れまで、時間は遡る。
夕日に照らされたプチ・トロワの庭でイザベラはフクロウを右手に留まらせ、葛藤していた。
俯いたその顔には、恐れや悲しみ…そして、彼女と共に在り続けた自己嫌悪が現れていた。
「あたしは…やっぱり弱い…」
彼女は明日、この世で最も彼女が恐れる存在と会わねばならないのだ。
突然の通達が来たのは昼前。タバサを助けるために耕介を手紙と共に竜の背に放り出した後だ。
半日悩み続けたが…やはり、この結論にしか辿り着けなかった。
「シャルロット…あたしは…強くなるって言ったのに…」
涙がこぼれそうになるが、イザベラは我慢し続ける。
自分の弱さが招いたことだ、せめて涙だけは我慢しなければ。
数分、涙をこらえ続けたイザベラは右手を上げ、フクロウに指令を出す。
「コースケに届けな」
主の命を受け、フクロウは朱に染まる空を飛び去っていった。
フクロウが飛び去っていった方向を見つめ…イザベラはしゃがみこみ、自分の体を抱えて縮こまった。
それはまるで寒さに震える幼子のよう。
「コースケ…あたしはまだ…あんたなしじゃ強さを装うこともできないよ…」
以前、オリヴァンに戦うことを説いた自分がこの体たらく…本当に度し難いほどに弱い自分。
しかも、今は耕介にまで隠し事をしている。
わかっている、それを伝えたところで、彼はイザベラの元を離れはしないだろう。
数日は離れるかもしれないが、結局は自分の元に戻ってくるはずだ。
けれど、怖い。どうしようもなく怖い。
彼の居場所が自分のそば以外の場所になる可能性がある…それだけで喉が震え、舌が動かなくなる。
もしもそのまま耕介がいなくなったとしたら?そう考えるだけで、まるで世界そのものが凍りついたように感じる。
いったい、いつの間に自分はここまで耕介に依存していたのか。
イザベラは日が沈み、闇が世界を支配しても、その場で震え続けた。
涙だけはこぼれることはなかった。



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