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イザベラ管理人-15a



第15話:エルザとお兄ちゃんのドキドキ深夜デート♪


リュティスの中州を挟んで北東側にある地域は、市立劇場を中心に四方に繁華街が広がっている。
その中でも、ベルクート街と呼ばれる通りは高級店が並ぶ貴族や上級市民のための場所であった。
日も落ちた頃、そこを歩くのは食事を終え、眠るまでの間を”文化的に”過ごす目的の貴族たちが多かったが…その中に明らかに浮いている二人組みがいた。
一人は190㌢を越える長身に珍しい黒髪、顔立ちも通りを歩く貴族たちとは単なる個性で片付けるには難しいほどに作りが違う。
身を包むタキシードは一目でわかるほどに上等の材質でできており、彼が富裕層であることを示している。
だが、それらを台無しにするものが二つ、彼にはあった。
一つは、布に包まれた長大な棒を持っていることだ。杖なのかもしれないが、タキシードとのミスマッチが甚だしい。
二つ目は…優雅さがないのである。歩き方一つ、身のこなし一つとっても、貴族とは言いがたい。平民が無理をしているようにしか見えない。
差し詰め、成り上がりの外国の商人が背伸びをしてみた…といったところか。
しかし、浮いている理由はそれだけではなかった。彼の連れが最大の理由だ。
背の高い男の腕にぶら下がるように掴まり、見るからにご機嫌に鼻歌など歌って笑顔を浮かべる5歳ほどの少女。
こちらは朴訥な印象が抜けない男とは対照的に、華のような魅力を振りまいていた。
美しく波打つ金の髪をポニーテールに結わえ、おそらく特注で作ったであろう上質な絹を用いた清楚な印象の黒のドレスに身を包んでいる。
装飾品も多くはない。せいぜいが金のネックレスとイヤリングをしている程度だ。
だが、それだけで彼女はこの貴族が集うベルクート街において、誰もが振り向かずにはいられないほどの輝きを放っていた。
加えて、彼女の『世界中で一番幸せ』とでも言いたげな満面の笑顔が少女特有の無邪気さ、無垢さを付加させており、ともすれば近づきがたいほどの輝きを微笑ましいものに変化させていた。
柔和な笑顔を浮かべる父と、お出かけを喜ぶ娘…というには、二人は様々な面で違いすぎた。
周囲から奇異の目で見られるのも致し方なかろうというものだ。
さて、この二人組みが誰かというと…当然のことながら、生まれながらの小市民である槙原耕介と、金色の吸血鬼エルザである。
「♪~♪♪~~」
相変わらずエルザは鼻歌を歌いながら、耕介の腕を中心にくるりと回転したり、嬉しさを表現することに余念がない。
彼女がこんなにもご機嫌なのにはもちろん理由がある。何故ならば、耕介と二人きりでお出かけであるからだ。
宮殿ではいつもあの憎きおでこ姫がそばにくっついている上に威嚇してくるせいで、あまりアプローチができない。
夜は夜で、耕介は規則正しい日常を送っているせいであまり遅くまで付き合わせることもできない。
ベッドに潜り込んで色々する…というのも考えはしたが、耕介の普段の態度から察するにエルザの体には興味がないだろう。
無理やり迫ったところで逆効果。もう少し体が成長していたらまた違ったのかもしれないが。
エルザの『お兄ちゃんを虜にしちゃうゾ☆大作戦』は難航していた。
そんなある日、降って湧いたようにこのチャンスはやってきたのである。
ことの始まりはこうであった。


「あーもう!貴族って奴はどうしてこう外面ばっかり…!」
苛立たしげに叫んでテーブルに書類を叩きつけたのは、その貴族の中でも最上位に位置するガリア国の第一王女イザベラである。
彼女はもはや日課となった書斎での食事と北花壇騎士団の書類整理、任務の割り振りを行っていた。
その傍らにはやはり耕介がおり、今は絵本ではなくイザベラが使っていたという教科書を広げている。
さらにその膝にはエルザが座り、耕介の作ったベーグルサンドを幸せそうに食べていた。
書斎は本に日光を当てないために窓が少なく作られているので、エルザも耕介にくっついてくることが多くなっているのだ。
「おっと…今度はどうしたんだ、イザベラ」
イザベラがテーブルを叩いたことではねたスプーンを素早くキャッチした耕介が苦笑しながら聞いた。
まずイザベラは紅茶を飲み干し、1度深呼吸をしてから答えた。
「本当にくだらないよ。最近、ベルクート街に賭博場ができてね、欲に目が眩んだ貴族どもから派手に金を巻き上げてるそうだ。その賭博場を潰してほしいとさ」
耕介が今の言葉を理解できずキョトンとしていると、答えは下から返ってきた。
「あはは、貴族のプライドってことだね。権力で潰しちゃったら、お金取られた貴族の人たちは面目丸潰れ。だから北花壇騎士の出番なんだね~」
「え、でも、賭けは運だろ?運が悪かったってだけで、別に恥にはならないんじゃないか?それをわざわざ潰そうって…」
耕介の心底不思議そうな声に、エルザは手についたパンくずを払って向きを変え、暖を求める猫のように抱きついた。
「お兄ちゃんってやっぱりいい人だよね~。でもね、貴族様ってプライドがすっごく大事なんだよ。だから賭け事に負けてお金取られたなんて事実自体嫌なの。それなら賭け事自体やらなきゃいいのにね~。
 それで、その賭博場はイカサマやってるだろうからそれを暴いて、負けたのは相手が卑怯だったからだ!って免罪符がほしいんだよぉ。ついでにお金も取り戻せて一石二鳥!」
「エルザ、離れな!例えイカサマじゃなかったとしても、証拠を捏造してでも取り潰してほしいんだろうね」
この任務の意味を理解した耕介は、苦笑を浮かべるしかなかった。ちなみにエルザはイザベラの言葉など華麗にスルーしている。
確かに賭け事に負けたのは外面が悪いかもしれないが、その取り潰しを北花壇騎士団に依頼するとは、少々行き過ぎだろう。
「ま、でも確かに怪しいかもね、その賭博場。最近できたってのに金回りが良すぎる。最低が金貨1枚からっていう高レートなのもあるけど、でかい勝負には必ず店側が勝ってるらしい」
店側の不自然なほどの勝率の高さは確かに怪しい。だが、誰もそのイカサマを見抜けなかったのだから、かなり巧妙な手口を使っているのだろう。
そのイカサマを暴くとなると、単に戦闘能力が高いだけでは任せるわけにいかない。
イザベラが書類を睨みながら難しい顔をして唸っていると、エルザが突然口を開いた。
「そうだ!ねぇイザベラ、そのお仕事エルザがやる!」
数秒、書斎に沈黙が降りた。
最初に口を開いたのはイザベラであった。
「…あんたが…いくって…?」
「うん」
「賭け事…やったことあるのかい?」
「ないよ!」
エルザの笑顔の断言に、ついにイザベラの何かが切れる音を耕介は聞いた…気がした。
「バカも休み休み言いな、賭けってのは運と駆け引きを楽しむ大人の嗜み、お子ちゃまに出番はないんだよ!」
一息で言い切ったイザベラは目撃した。エルザの満面の笑顔がニヤァ…と変化していくのを。
イザベラはエルザに乗せられていたと気づいたが、後の祭りである。
「うふふ、何言ってるの?エルザが一番大人じゃない?」
「ぐ…!」
そう、彼女は吸血鬼。見た目は5歳程度だが、実際はその10倍以上を生きているのだ。
しかも人間に気取られぬように30年を一人で生き抜いた、この中で最も人生経験豊富な”大人”なのだ。
「それにね、イカサマを暴くのが目的なんでしょ?なら、相手がイカサマを使うような状況に追い込まなきゃいけない。ほら、やっぱりエルザが適任だよ」
「な、なんであんたが適任になるんだい」
イザベラは反射的に反駁したが、その理由などわかっていた。
「忘れたの?エルザは吸血鬼だよ?それに、嘘を見抜くのは慣れてるもの」
エルザは30年間、ずっと人間を観察して生きてきたのだ。そうでなければ生き残ることなどできなかった。
しかも吸血鬼、彼女の言う通り、この任務に最も適した人物だ。
だが、やはりイザベラは反論せざるを得なかった。
「だからって、あんただけで賭場に入れるわけないだろ、却下だ却下!」
こうなることがわかっていたからだ。
「エルザは最初からお兄ちゃんと一緒に行くつもりよ?貴族か商人の親娘って触れ込みにすればいい話じゃない」
「まぁ、そうなるか。俺は別にかまわないけど」
エルザが動くなら、耕介を連れて行こうとするのは火を見るより明らかだからだ。耕介が断るわけもない。
しかも今回はイザベラが共に行くわけにはいかない。賭場に王女が現れるなど、相手に警戒してくださいと言っているようなものだ。
《フェイスチェンジ》を使うのも考えたが、魔法に対する備えが賭場にないわけがない。
あらゆる要素がエルザが適任だと示している。
だが、承服できないのだ。
「コースケはあたしの使い魔だよ!あんたには他の騎士をつける!」
「そんなのダ~メ。エルザはお兄ちゃんと一緒じゃなきゃイ・ヤ☆」
この幼女を装った危険極まりない妖魔と自分の使い魔を二人きりにするなど、いったい何が起こるかわかったものではない!
あどけない…だが、目を見れば蛇のような光を放っているエルザと、怒髪天を突いたイザベラの視線が衝突し、火花を散らす。
しかし、この勝負の行方は決まっているのである。
「あー二人とも、とりあえず落ち着くんだ。イザベラ、俺はついていくのはかまわないよ。エルザ、睨むのはやめなさい」
耕介にエルザの同伴を断る理由がないのだ。加えて、イザベラが耕介を行かせたくない理由など気づくわけもない。
エルザを危険視しているのはイザベラだけなのである。
「わーい、お兄ちゃんとお出かけ~♪」
エルザはますますご機嫌になり、耕介に強く抱きつく。
耕介は右手でエルザの頭を撫でつつ、左手だけでポットからイザベラのカップに紅茶を淹れて差し出した。
飲んで落ち着けということなのだろうが…イザベラの視界にカップなど入っていなかった。
「ぐ…ぐぐぐ……!わかった、わかったよ!エルザ!その代わり、必ずイカサマを暴いてくるんだよ!失敗した、なんて認めないからね!」
ついに観念したイザベラは半ばヤケでエルザに言葉を叩きつけ、目の前にあったカップを引っつかんで中身を飲み干した。
「うふふ~。じゃ、お兄ちゃん、いこ!貴族に成りすますんだから色々準備しないとね!イザベラ、ちゃんと偽の身分用意してね!」
「あ、エルザ引っ張るなって!イザベラ、悪い、また後で!」
イザベラの言質を取ったエルザは跳ねるように耕介の膝を降りると、その手をとって駆け出していった。
一瞬だけイザベラを見た時の表情は…勝者の余裕に満ちていた。
二人が出て行き、扉が閉まる。
その扉をイザベラは恨めしげに見つめ…爆発した。
「あーーーむかつくーーーー!あんのヒル娘め…!」
頭をガシガシとかきむしり、やり場のない苛立ちに悶える。その姿はどう控えめに見ても貴族には見えない。
「コースケもコースケだ、いつもいつもエルザのなすがままになりやがって…あたしだって、たまには………う!?」
何を想像したのか、イザベラの顔が熟れたリンゴのように真っ赤に染まる。
そのまま一時停止し…数秒後再び爆発した。
「うぁーあたしゃ何考えてんだ!」
イザベラの百面相を見た者は残念ながら誰も…いや、いた。
悶えていたイザベラの耳にコツコツコツと窓を叩く音が聞こえたのだ。
それが人であったならばイザベラはすぐさま口封じに動いたであろうが、今回は違った。
傍らの杖を取ると、《念力》で窓を開けてやる。
そこから入ってきたのは一羽の梟であった。
イザベラが伝令に使っているガーゴイルだ。
足にくくりつけられていた手紙はタバサからであり…内容は信じがたいものであった。
「…ハァ?アルビオンに行くぅ?あそこは今内戦の真っ只中だろうに!いったい何やってんだい…」
如何なる神秘かは解明されていないが、ハルケギニアには空に浮かぶ大陸がある。
その大陸を領土とする国がアルビオン、始祖から与えられた三つの王権の一つだ。
だが、その王権はレコン・キスタと呼ばれる貴族の連合軍による反乱で滅亡の憂き目にあおうとしていた。
今ではもはや王権側は一城に立てこもるのみである。
タバサはそのアルビオンに向かう旨を手紙でよこしてきたのだ。
理由は書かれていないからその真意を知ることはできないが、なんにせよ危険に飛び込んでいることには変わりがない。
だが、イザベラにとっては更なる驚愕に値する事実がそこには書かれていた。
「……え?コースケと同じ国から召喚された奴が……いる……?」
そこには、とあるメイジの使い魔として召喚された少年が耕介と同じ国の出身であり、近々二人を会わせてやりたいと記されていた。
その意味を認識したイザベラは、蒼白な顔で我知らず自分の体を抱きしめていた。
「コー……スケ……」


かくしてこの不釣合いな二人組みが誕生したのである。
「いらっしゃいませ、お客様。本日は何をお探しでしょう?」
二人がやってきたのは一軒の宝石店であった。
「わ、綺麗!」
エルザは《錬金》で作られたと思しき一体型のガラスケースに収められた宝石類を興味津々に見つめている。
やはり美しいものは万国共通、種族も超えて少女の目を惹きつけるのだ。
一方の耕介は、エルザを置いていかない程度に先行し、目的の物を探していた。
「あぁ、あった。これをもらえるかな」
「凄い、こんな大きなダイアモンド初めて見た!」
耕介が指したのは、店内でも一際美しく飾り立てられたショーケースに収められた大きなブルーダイアモンドであった。
エルザは一目でその輝きに目を奪われている。
二人が入店してから、エルザに宝石の解説などをしてくれていた店員が耕介の言葉に反応し、そばにやってきた。
「お客様、失礼とは存じますが、このブルーダイアモンドは売り物ではございません」
なるほど、店の格を示すための宣伝用なのだろう。だが、耕介は折れなかった。
「そう言わず、売ってくれないかな。娘も喜んでいるし」
店員の目がわずかに細められる。
「大変珍しい品でして、二千万エキューはいたしますが…」
まさしく法外な値段、金持ちで有名な大貴族の総資産にさえ匹敵する値段だ。
だが、耕介はにっこり微笑むと頷いた。
「それでいいよ、買った」
「それでは、手付け金をいただけますか?」
店員の言葉に応え、耕介はその手に銅貨を3枚渡す。
ありえない額ではあったが…店員は恭しく一礼した。
「確かに。それではこちらへどうぞ…あぁ、お嬢様はいかがいたしましょう?」
「一緒にいくよ。聞き分けのいい娘だから大丈夫」
カーテンで仕切られた奥の間へと先導しつつ、店員は顔をしかめた。
この先へこんな年端も行かぬ娘を連れて行こうとは、この客は何を考えているのか。
だが、”合図”を知っている客を相手に下手なことを言うわけにはいかない。
店員は大きな棚の横に垂れ下がった紐を引っ張った。すると、棚が横にずれ、扉が現れる。
客へと振り向いた店員は既に完璧な営業スマイルを浮かべていた。
「どうぞ、お客様。ごゆっくりお楽しみを」

「地下の社交場、”天国”へようこそ!」
入り口で御架月を預け、そこに足を踏み入れた二人を待っていたのは、舞い踊る光と喧騒、酒と煙草の匂いだった。
客が現れたことを知ったきわどい衣装の女性が耕介にしなだれかかる。
「いらっしゃいませ、素敵なお客様!是非、私と一緒にこの”天国”を楽しみましょう!」
女性はこの”金づる”からどうやって様々なものを引き出そうかと考えていたが…不意に視線を感じた。
反射的に下を向くと、そこには5歳ほどの金髪の少女。
客が長身だったせいで今の今まで気づいていなかったが、こんな賭場にいること自体がおかしい…だが、客の腕に掴まっている以上、その連れなのだろう。
まさか子連れで賭場にやってくる者がいようとは。
女性は好奇心で少女に話しかけようとし、それを後悔することになった。
「ヒィッ!」
こちらをじっと見つめるその目を認識してしまったのだ。
輝くような金髪に注意が向いて気づかなかったが…既に彼女は理解していた。
この背筋を駆け抜け、体中が凍傷にかかったような寒気は…この少女が原因だ。
何故かはわからない。そもそも理性ではありえないとわかっている。
だが、生物としての本能の部分で理解していた。これ以上、ここにいては”命がない”と。
「すまない、連れがいるんだ」
耕介の言葉を渡りに船とばかりに女性は慌てて離れていった。
とりあえず女性を追い払った耕介は、まずはいったいどんなゲームをやっているのかを観察することにした。
サイコロ、カード、ルーレット…耕介の知る物に似た遊具を使っているが、ゲームのルール自体は馴染みがない。
イザベラが事前に手に入れていた情報で、知識としてならばルールは頭に叩き込んである…だが、やはりそれだけでいきなり乗り込むのは危険すぎる。
軍資金としてイザベラから渡された金貨をチップに交換し、ゲームに興じる貴族たちを観察する。
さて、一見冷静に振舞っている耕介であったが、その内心は冷静とは程遠かった。
(うーん…慣れないなぁ…)
彼は、一言で言うなら小市民である。
家事は全て自分でするし、料理は財布と料理人としての技能と好奇心を照らし合わせて、安く、しかし美味く作る。
昔も今も、根っから大金とは縁がない、一般人だ。
別に必要がなかったからそれで良かったのだ。故に、賭け事などせいぜい学生時代の戯れ程度の経験しかない。
なにやらエルザが自信満々に任せておけとは言っていたから基本的に彼女に任せるつもりではあるが、この賭場の雰囲気だけで疲れてしまうのだ。
加えて、慣れないタキシードに富裕層の真似事…既に精神的にかなりキている。
「さて、いこうか、エルザ」
「うん、父様!」
だが、引き受けた以上は退くわけにはいかない。
まずはエルザとの打ち合わせ通り、サイコロ博打。
三つのサイコロを振り、出た目を当てる単純なゲームだ。
「あちゃ…ダメか」
まずは数回やってみたが…耕介に博打運がないのか、最初に1度当てたのみで、後は負けが続いていた。
次はどう張ろうかと耕介が思案していると、エルザが袖を引っ張り、小声で囁いた。
「うふふ…準備いいよ」
エルザの秘策が準備できたらしい。
それがなんなのかは教えてくれなかったが、エルザは相当な自信を持っているらしく、必ず勝てると断言していた。
耕介は今まで通り適当に張り…ディーラーがサイコロを振った。
三つのサイコロが台に落ちようとする時…耕介の耳にかすかに言葉が届いた。
「森に連なる者たちよ、我が声に耳を傾けよ」
その声は小さすぎて耕介にしか聞こえなかったし、他人に聞かれたとしてもその意味を解することはできなかっただろう。
だが、”人間”以外の存在には確かな声となって届いていた。
「なるほど…秘策、ね」
耕介は苦笑するしかない。
サイコロが台に着地した瞬間、ほんの一瞬だけ台の形状が変化したのだ。
それにより、サイコロの目が操作され、見事に耕介が賭けた目を示した。
「父様、当たったよ!」
エルザは輝くような笑顔で歓声を上げる。
さすがは海千山千の吸血鬼、と言ったところか。まさか彼女が魔法をかけて目を操作したと気づける者などいようはずがない。
そこからはまさに濡れ手に粟という格言通りだった。
「やった、父様また当たり!」
ディーラーや客の目を盗んで表面を微妙に隆起させたり、台自体をわずかに傾けたり…エルザは誰にもばれないように巧妙に耕介の賭けた目を出していく。
今なら耕介にも理解できる。イザベラも、エルザ自身も、エルザが適任だと言っていたわけが。
精霊の力を操るエルザは自然物を加工した物も操ることができるのだ。
そして、誰の目にも留まらぬよう自然に賽の目を操作する技術。
いずれも人間の機微に精通し、精霊の力を操れる吸血鬼であるエルザにしかできない芸当。
確かにこれでは負けようがない。
イカサマをしている引け目は感じるし、全てエルザの力であることもわかっているが、耕介は段々と気が大きくなってきていることを自覚していた。
「じゃぁ、今度はこれに全額賭けるよ」
既に数千エキューに達しているチップを全額一点張りする耕介に周囲から歓声が上がる。
悪目立ちする子連れの男が勝ちまくっているのだ、集まるギャラリーも一気に膨れ上がっていた。
耕介の相手をするシューターは顔を蒼白にし、表情も引きつらせて、哀れなほどだ。
サイコロが再び台に落ち…
「おぉぉぉー!」
ギャラリーからはさらに大きな歓声が上がり、シューターはがっくりと肩を落とした。
サイコロの目は過たず、耕介の賭けた目を示していたのだ。
「父様すごーい!」
仕掛け人であるエルザが、そんなことは露とも感じさせずに耕介の腕にぶら下がって喜びを表現する。
だが、二つ隣の台から賭場の雰囲気をぶち壊す…いや、ある意味賭場らしい叫びが聞こえてきた。
「イカサマだ!このワシにこんな真似をして、ただで済むと思っているのか!」
マントを羽織った貴族と思しき中年の男が怒りもあらわに台にカードを叩きつけていた。
すぐに従業員らしき太った男が駆けつける。貴族は、男にイカサマなどありえないと論破され、憤懣やるかたないといった風情で去っていった。
男が自信満々に言い切っていたことから、おそらく本当にイカサマをしていないか、絶対に見破られることはないと考えているのだろう。
やはり、この任務は一筋縄ではいかないな、と耕介が考えた時、先ほどの貴族が戻ってきた。
「この平民風情が…貴族をナメおって!」
入り口で預けた杖を取り返し、報復をするつもりらしい。
全くもって見苦しい姿だが、それだけにその殺意は本物だ。
杖の先から一抱えもあるほどの火の玉が現れ、解き放たれた。
距離がある上に御架月を持たない耕介にはどうすることもできない。
火の玉は男へと直進し…だが、捉えることなく、壁へと直撃した。
疾風のように現れた影が男をさらっていったのだ。
「貴様ぁ!」
魔法を避けられた貴族はさらに激昂し、続けて魔法を放とうと詠唱を開始する。
だが、そんなものよりも影の方が圧倒的に早かった。
耕介も目を見張る速度で男から離れた影は、そのままの速度で貴族の懐に飛び込み、左腕を振り上げた。
次の瞬間、半分になった杖が地面に転がった。
果たして、その閃きを捉えられた者がこの場に何人いたことか。
影はいつの間にか左手に短剣を握っており、それで貴族の杖を斬り飛ばしたのだ。
「な…なん…だと…」
「お客様、この場は魔法を禁止させていただいております」
慇懃無礼に影…耕介に迫るほどの長身で細身の優男が一礼した。
平民の客たちは貴族をやり込めた優男に惜しみない拍手を送っているが…耕介は穏やかではいられない。
もしかしたら、あの優男とやりあわねばならないかもしれない。
だが、とりあえずはゲームを続行しなければならない。まずは店側をイカサマをせざるを得ないほどに追い詰めねばならないのだから。
その後も耕介の確定された快進撃は続き、シューターが二人入れ替わっても勢いが衰えることはなかった。



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