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虚無の王-25-2


 何も無い広場に、空が立っていた。
 空だけが立っていた。
 栄光あるトリステイン貴族達の姿は、全てが足下を吹き荒ぶ砂塵の中に霞んでいた。
 精神力はまだ残っている。ワルキューレはまだ生み出せる。
 だが、それが何の意味を持つだろう。この轟風下で活動可能なゴーレムを作る術を、ギーシュは知らない。
 金属の脚が、砂利をかき混ぜた。
 広場を振り回す大渦に、比較的ささやかな殺傷力を追加しながら、その脚はこの場で唯一価値有る物に向けられていた。
 ギーシュは堪らず、ワルキューレを生み出したが、青銅の乙女は、その姿も定かにならぬまま、どこかに飛んで行った。
 今頃、誰かの頭蓋を踏み潰しているかも知れない。
 空は不意に月を見上げた。“空”を産み落とす雫を、なお、引き落とそうとしているかの様だった。
 最早、風の王にとって、この広場に警戒しなければならない物は無い筈だ。
 天から六つの赤い瞳が、広場を睥睨していた。
 この時、ギーシュは全身の痛みを忘れ、腕の中で力を失う少女に目を落とした。その手に、杖は握られていなかった。
 赤い光は地上で風と溶け合い、広場を焼き払った。


   * * *


 ぐずぐずに捲れ返り、焼けこげ、あちらこちらから煙をたなびかせる地面に、丸々とした洞窟が口を開けていた。
 少年の冒険心を刺激するには、あまりに深く、狭く、そして恐らく、相応の長さを備えているであろう縦穴は、陰鬱な闇の中に沈んでいた。
 空にとっては、見覚えの有る物だった。
 ギーシュの使い魔。女神の名を持つ大モグラは、嘗て貴族に仇為す不逞の叛徒に逃げ道を与え、首謀者たるテロリストの手間を、大幅に減殺してくれたのだ。
 あの時と違い、この深い深い穴は、自分を歓迎もしていなければ、目的地に案内してくれる親切心を備えている様にも見えなかった。
 心の中で、空は大モグラの穴を埋め立てた。
 何時までも、地の底に消えてしまった可能性を捜している訳にはいかなかった。

「どうやら、腹括った様やな」

 崩れた本塔の足下には、何も転がっていなかった。
 嘗て、この世界の先進的な物の全てを収めていた、木造の宝物庫は、異世界の暴風の前に一堪りも無かった。

「はて?何の事ですかな?」

 だが、その先進技術を生み出した頭脳は健在だった。
 奇怪な研究室の主には、過去の成果のことごとくを失った悲壮感の一つも見られなかった。
 ただ、風の強さを図る様に、そっと足を進めていた。

「誰に着くか。何を為すか。今の体制が大事言うんは、面白みあらへんけどな。まあ、健全な発想と違うんか?」
「全く。何を言っているのか、分かりませんな」

 黒いローブが風に靡いた。外見に似合わぬ歴戦の勇士は、この距離を限界点と判断した。
 これ以上、竜の腹に踏み込めば、為す術も無く飲み込まれ、引き裂かれるだろう。

「私は教師だ。生徒を守るのは当然の事です」

 固い足音が、今の今まで、この発明狂の火メイジが姿を現さなかった理由を教えてくれた。
 右大腿の下には一本の杖が伸びていた。
 一目には義足と誤認しかねないが、コルベールの下腿は健在のまま、直角に折れて後に伸びていた。
 二人で開発した、腕を必要としない松葉杖。倒れ込む荷棚の下敷きとなった腓骨が癒えるには、まだ少し時間が必要だった。
 発明者とはしばしば、発明品を扱う上でも第一人者となる物だ。
 コルベールと風変わりな杖の関係も、多分の例に漏れなかった。
 片脚の中年男は、負傷を感じさせない確かな足取りで、空と対峙した。
 周囲の状況は、見渡すまでも無かった。
 時折、風の向こうから、すすり泣きや呻き声が聞こえて来たが、その弱々しさは幽霊の囁きを思わせた。
 多くの学徒達は、鉛の重さでのしかかる“空”の下で、ただただ沈黙していた。

「私は懺悔しなければならない」

 杖越しに、十字の瞳が冷たい光を放っていた。
 対するコルベールの目は、獲物を前にした蛇の様相を帯びていた。
 眼窩の奥に燃える火が、瞳孔を縦長に切り開いた。

「私は貴方が危険な人間である事を知っていた」
「それ、後知恵と違うん?」
「貴方は国籍を感じさせない」
「あん?」
「貴方は、そう、奇妙な言い方になるが、国際的なのだ。それは、最も利己的かつ、邪悪な人間に共通した形質だ。例えば、あのレコンキスタの様に」
「お前、奴らの思想が気に入っとったみたいやんか」
「そう。だから、懺悔しなければならない」

 古い貴族の本能は、レコンキスタの急進的で過激な思想を拒んだ。
 異を唱えたのは、探求の末に磨き上げられた知性と、強靭な理性だった。
 彼等の理論にも、一理有るのではないか。
 その思想が正しく実現するのならば、より豊かな社会が築けるのではないか。

「全く、愚かだった」

 声の裏に、軽薄な自嘲は見られなかった。その声は断頭台の重さと鋭さを帯びていた。
 なまじ余計な経験を積んだ男は、自身の過去を、ただあざ笑うだけで許してやれる程、寛容にはなれない物だ。
 そう。全く、自分は愚かだった――――コルベールは悔いた。
 理性も、知性も、時として激情より尚、強い力で人を惑わす物だと言う事実から、意図的に目を背けていた。
 それは、人間の卑小、自身の無知無力を顧みない、最も傲慢な愚かさだと言うのに。

「私は貴方が連れて来た“風”に酔っていた。だから、貴方の危険性から目を背けようとした。無意識の内に、隠蔽さえ目論んだかも知れない」
「今は素面に戻りよった?」

 コルベールが杖を翳すと、夜空はどこかに行ってしまった。
 “空”はただ、ただ、青白い、一種悽愴な顔つきで、惨事の現場を冷たく見下ろしていた。
 凡そ、夏の夜には相応しからぬ光景だった。
 青みを帯びた、銀の光が静かに舞い降り、この場に佇む、たった二人の男を冴え冴えと照らし出していた。

「一つ、お願いがあります」
「なんや?」
「降伏して下さい。私は貴方を殺したくはない」
「笑えん冗談や」
「冗談では言っていない」
「は。なら、なんぼか笑ってやれるわ」

 十字の双眸が凍て付く様な光を放った。
 自身が目指す“空”よりも尚広く、高いプライドを持つ風の王は、眼前に立つ火メイジの人となりを良く知っていた。
 口元に貼り付けた笑みには、嘲りではなく、一種の高揚を伴う警戒心が浮いていた。
 笑みを浮かべたのは、コルベールだった。

「楽しかったですぞっ!」

 杖先が鞭としなり、宙空にルーンを刻み付けた。

「貴方と過ごした日々は、実に楽しかったっ!」
「ワイもなんや、そんな気がせんでもないわ」

 大剣が地に突き立てられた時、二つのウィールが解けた。四対の翼が風と溶け合い、渦を巻いた。
 白夜の海から、炎の卵が滑り落ちた。殻を払って生まれたのは、質量を脱ぎ去った、どこまでも純粋なエネルギーだった。
 地上では巨大な竜が渦を巻いている。
 光と風が溶け合い、膨れあがり、そして弾け飛んだ。





 目尻から涙が零れた。
 体中の筋肉が心臓に至るまで痙攣し、焼けただれた肺を吐き出そうとしていた。
 世界中の“空”を支配せんと目論む風の王は、この時、自分の体一つ支配する事が出来なかった。
 焼け焦げた空気を、最後の一滴まで追い出すと、漸く目の中で広場の状況が光を結んだ。

「ったく。無茶しよるわ」

 喉を撫でる異邦人に、我が身を省みる殊勝さは見られなかった。
 学院の西側半分は、巨神の鎌でざっくりと抉り取られていた。
 それでも虚無と火を象徴する塔は、僅かばかりにその形を残していた。
 石組みの壁では、火のメイジが十字を象っていたが、生憎、この世界に救い主は生まれていない。
 十字架はどこまで行っても、刑罰の道具であり、罪悪の象徴でしかなかった。
 あちらこちらから地を這う様にして届いたすすり泣きの声も、呻き声も、今は聞こえなかった。
 広場に静寂が降りた。動いている瞳は二組だけだ。
 片隅には風竜が翼を降ろしていた。動く事が無いと言う一点において、ガリアから来た少女の使い魔は、石像と変わりが無かった。
 そのすぐ傍では、おなじ様に動く事を忘れた主人が、唯一動く一点を以て、空に殺意を向けていた。
 空は本塔の痕跡へと足を向けた。

「……終わったのかい?」

 瓦礫を縫って、声が届いた。
 嘗て学院長の秘書を勤めていた女性に、旧い主人の安否を気遣う様子は無かった。
 眼前の惨状と同様、異世界の風に犯された、頭の中を整理していた。

「仕事が早いな」

 その背後には、白い仮面で素顔を覆った、貴族の姿が在った。
 二つの足音が広場に降りた。ロングビル=フーケとの取引が脳裏を過ぎった。
 あの時まで、義足の後輪を埋めていたウィール。その表面に練金で装飾を施す作業と引き替えに、後の解放を約束した。
 その後の事については、何一つとして確かな事は口にしていない。
 フーケの顔には、どんな表情も乗っていなかった。ただ、災害現場に戻って来た被災者の目で、周囲を撫で回していた。
 目の前の惨状を受け容れ、行動を起こす事に誰かの力を必要としていると言う点では、彼女もまた、被害者には違いなかった。
 帽子の下で、十字の瞳が左右した。
 使いようによっては、使える女だ。どう言う経緯で強盗になど身を窶していたか分からないが、今なら引き込むのは容易いだろう。
 問題は我が相棒だ。果たして何と言うだろう。自分よりこの世界に通じているし、腕も立つ。地球における、弟の宙よりも重要な人材だ。
 二つの目線が擦れ違った。
 空の瞳は人間性を取り戻していたが、それでもフーケはその目を見ようとしなかった。
 その理由を悟った時、帽子から黒髪へと、小さな火種が燃え移った。
 炎は油分を伝わって瞬間的に燃え上がり、そのまま瞬間的に消えた。手には炭化した髪の断片が僅かに残された。
 空は鼻をひくつかせる。
 火の付いた髪は簡単に崩れ落ちるし、自然繊維は比較的に燃え難い。
 結局の所、帽子に残る焼け焦げた匂いだけが、“空”を包んだ爆炎の痕跡だった。

「どうして、こんな事になったんだい?」
「……うん?なんや?」

 答えは一瞬、遅れた。
 空は帽子の焦げ後に、色気のない日々を覗いていた。
 どんなに嘘の多い男でも、嘘だけで生きて行ける訳が無かった。

「あんた、ヴァリエールのお嬢ちゃんとは仲良かったじゃないか。あの娘だけじゃない。他の坊や達とだってそうだ。それが、どうしてこんな事になったのさ?」
「……最初は“舞台”を用意するだけのつもりやったんけどなあ」
「舞台?」

 白仮面と合流しようとする空を、フーケは目で追った。
 その実、金属の脚は、どこにも向かっていなかった。
 空は口の中で息を漏らしていた。何故。どうして――――理由を突き詰めると、どうしても最後には“塔”に突き当たった。

「ヘイ!ゼロ ボーイ〈よう。チンカス〉」

 見下ろす男の目が、脳裏に浮かんだ。
 “クズ”だった自分を、こんな所にまで連れて来たくは無かった。

「あいつは“ゼロ〈クズ〉”やない」

 “爆風”はルイズだけの道だ。それが、何よりの問題だった。
 他の誰かに教える事の出来ない技術に、価値が有ると証明するには、実際に役立てて見せるしか無い。
 破壊力において火の系統にも勝り、それ故に融通の利かない“爆風の道〈ブラスト・ロード〉”が役立つ用途はただ一つ。
 白仮面と出会ったのは、“舞台”の用意を陰ながら進めていた時の事だ。
 空は迷わず方針を変更した。

「あいつは根っこから違う人間や。せやけど、箱入りやさかい。どうしても、目の前の安定を大事にしよる」

 指の上で、帽子が踊った。
 数百年の歴史と、数多の優秀な貴族を生み出したトリステイン魔法学院は、深い闇の中に沈んでいた。
 “空”は低く垂れ込め、風は疲れ果てて眠っていた。真夏の夜は、二度と明ける事が無いかの様に、凍り付いていた。

「だから、ぶっ壊すのかい?」
「これは成り行きや。失敗や。嫌味言うなや」

 憮然とした顔が、そのまま笑みを結んだ。
 どの道、こうなった以上だ。誰の為にしても、何の為にしても、選べる道は限られていた。

「まあええわ。世界をひっくり返す手本、見せたろかい」

 空の手を放れた帽子が、何かを掴んで回った。
 地面に突き立つ杖。十字の形状には見覚えが有った。

「世界?あのお嬢ちゃんが?」

 フーケは密かに笑った。
 女にとって男は常に無法者で、子供で、付け加えるなら大馬鹿者だが、言い尽くされた事実を再確認した思いだった。
 ミス・ヴァリエールが、一六歳の女の子が本気で世界を見返したい、などと考えるとでも思っているのだろうか。

「全く。女心が分からない男だねえ……」

 それは、見慣れた筈の光景だった。
 ギーシュは決して不良少年と言う口ではなかったが、模範的な学生でもなかった。
 大体、門限を破らない男など気味が悪くていけない。
 そんな手合いは、教区寺院の司祭の説教の中にでも引き籠もっていればいい。
 月夜に浮かぶ魔法学院の尖塔は、白昼とは違った顔を見せた。
 太陽の囁きの中で微笑む学院が慈母なら、影と無限の密度で沈黙する夜の学院は、さしずめ無言で背を向ける厳父だった。
 司祭の言う様には行動せず、司祭のする様に行動して来た若く、正直な少年にとっては、良心をチクチクと刺激しながらも、同時に大きな安堵と、懐かしさを与えてくれる存在だった。
 雲間から、月光が差した。
 見える筈の影が、そこには無かった。尖塔を減じた学院は、まるで肺病に苦しむ老夫を思わせた。
 足下の穴からは、ピンクブロンドと赤毛が覗いていた。
 残念ながら、彼女らの為、地面に敷いてやれる物は何も無く、ギーシュの両腕も限界に達していた。

「これから、どうなってしまうんだ。一体……」

 震える声は、誰の耳にも届かなかった。


 ――――To be continued


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