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ゼロの軌跡-18


ゼロの軌跡

第十八話 希望の翼


 既に日は落ち、月が二つ、明るく辺りを照らしていた。

 緑を思うままに喰らって燃え盛る森を背に、ルイズ達はなす術なく立ち尽くしていた。
 以前に一度だけ世界を繋げた石碑は、暗く佇んだまま、立ち上る炎にその姿を揺らめかせていた。


 レコン・キスタ兵は十重二十重に彼らを囲み、最早蟻の一穴すらその包囲網に見出すことは出来なかった。馬は奮い兵は騰がり、来る虐殺の時を待ちきれぬように猛っていた。
 そんな兵達を満足そうに見やり、指揮官らしき男が進み出て、勝者として彼なりの慈悲の一片を差し出した。復讐を遂げる達成感にか、苦戦した末の勝利の美酒にか、その顔は苦々しくも冥い愉悦に歪んでいた。

「よく小勢でここまで我らの進軍を食い止めてくれたものだ。しかし、悲しいかな、衆寡敵せず。今貴様らはこうして敗亡の淵にいる。
 せめてもの情けだ。ここで最後の一人になるまで足掻くか、火中に活路を見出して一人残らず灰までその身を焦がされるか。選ぶがいい」

 ルイズ達を囲む人馬は一千を数え、なおも貪欲にその数を増やし続けていた。上空から見ればそれはさながら村を浸食しようとする黒い海のようであった。
 空行騎は宙を踊るように駆け回り、彼方には何隻もの戦艦が瀕死の獲物を狙う鮫の如く村を目指して空を遊弋していた。

 ルイズ達がいなければ今頃彼らは無人の野を駆け王都に攻め入り、宮城で勝鬨を上げ勝利者としてその力を振るい権をほしいままにしていたことだろう。
 ところが辺境の村で思わぬ足止めをくらい、戦友を失い、得られたであろう多くの名誉を取り逃がしたのだ。
 それを思えば死に場所を選ばせるだけの慈悲を示した彼らは、順境にあれば必要以上の寛容さを提示していたかもしれない。

「どうした、震えて声も出ないか。女、遺言があったら聞いておこう。父母より先に幽明の境を踏み越える不孝を詫びるがいい」
「…ふざけないで」

 立ち竦むルイズ達に対して優越感を持って、もう一すくいの彼なりの慈悲を差し出したが、それは昂然たる拒絶を持って返された。

「私達は諦めない。いえ、決して諦めてはいけないの。
 私達は貴族で、国と民を守るためにあらねばならない。それは多少の苦境にあったからといって容易く放り出せるような軽々しい責務ではない。
 平民達が差し出すその実り、その金銭。その全ては平民達の営々たる努力の結晶。私達はその労苦の果実を絹のベッドに横たわりながら摘んでいる。

 それが許されるのは、私達がそれだけの義務を負っているからよ。国の火急にあっては死力を尽くし、民の危機にあっては命をも懸ける。そうでなければ、貴族に存在する意義などどこにもない。
 ここで私達が武器を捨てて命を投げ出せば、それは国と民への二重の裏切りだわ。

 私達は戦う。なすべきことをなすために。希望の火が燃え続ける限り」

 その言葉に、絶望に暗く淀んでいた仲間の目に光が戻る。
 彼らは杖を持って立ち上がる。

「希望の火などどこにある?あるのは貴様達を燃やし尽くそうとする背後の森の炎だけだ。
 地には兵馬が満ち、天には船が列をなしている。戦力差はどうしようもないほど隔たり、貴様達には十歩先の未来さえありはしない」
「今私達は生きている。立って歩くことが出来る。それで十分よ」
「…ならば既に言葉は不要か」

 レコン・キスタの指揮官はゆるゆるとその手を差し上げた。




 希望を持たぬものに、己の責務を投げ捨てるものに、未来を持とうとしないものに、決して女神が振り向くことはない。
 しかし、明日を生きるために、絶望的な苦境でも戦い抜こうとするものがいたならば、必ずや女神は祝福の吐息を彼らに吹きかけることだろう。

 それまでただ黒く鎮座するだけだった石碑。それは再び優しく暖かな光をたたえ始めたのだった。

「まさか…エステルッ!」

 レンが石碑に飛びついて叫ぶ。だが、いつまで経っても石碑は幻影を映し出そうとはしなかった。
 そして月を大きな船が遮る。月光を失い、辺りは石碑の柔らかい光だけが残った。

「ふん、虚仮脅しか。見ろ、我らの船が天を覆った。再び月が見えた時が貴様達の最後だ」

 船はゆっくりと空を泳ぐ。
 そして月が再び姿を現して、レコン・キスタの指揮官が今まさに腕を振り下ろさんとした時、レンの震える驚愕の声が上がった。


「嘘よ…、そんなはずないわ。だってここはトリステインでリベールじゃない…」

 その船は月の光を浴びて白く白く、どこまでも優美に輝く。
 天を翔るハヤブサのように気高いその姿!

「あれは…、あれは…。リベールの旗艦、アルセイユ!」

 その甲板から手を振る少女。
 ツーテールの栗色の髪。
 手に持った棒。
 そして、忘れることの出来ないレンを呼ぶ声。

「エステル!」
「レーーーーーン!」

 レンは涙声でエステルを呼び、エステルは笑顔でレンに応える。

「レン、今助けるわ。みんな、行くわよ!」


 その声に、何隻もの戦闘艇がアルセイユから射出される。それはどんな使い魔よりも速く空を翔け、レコン・キスタ兵に向けて銃弾の雨を降らす。機銃掃射を受け、一瞬のうちにレコン・キスタは大混乱に陥った。

 その戦闘艇から種々雑多な人影が地上に降り立つ。大剣を構える男、砲を持った少女、鞭をしならせる妙齢の女性。胴着や礼服に身を包んだ者もいれば軍服を着た者もいる。神父や修道女の姿さえそこにはあった。
 彼らはレンが使っていたアーツを行使し武器を振るってたちまちに敵を蹴散らしていく。

 地上部隊の苦戦を見たレコン・キスタの船はアルセイユにあらんかぎりの砲弾を撃ちかけたが、その全ては船体に届く前に打ち落とされる。そしてアルセイユの船首から放たれた導力砲をその腹に受けて次々に沈んでいく。
 更なる潰乱だけを引き起こして、レコン・キスタの船は野原へ森へと墜落していった。

 既に形成は逆転し、逃げ惑っているのは先ほどまで勝利者の表情を浮かべて勝ち誇っていたレコン・キスタ兵達だった。
 傷つき命からがら逃げ出していく彼らの中に、ルイズは見知った顔を見つける。

「ワルド様!」



「行きなさい、ルイズ」

 いつの間にか後ろに立っていたレンから声がかかった。
 <パテル=マテル>もぼろぼろの体で立ち上がり、飛び上がるべく必死に炎を噴出していた。

「ついてきてくれるの?<パテル=マテル>?」

 全身から漏れる蒸気がその問いに答える。
 パイプは取れ、歯車は飛び、関節は最早曲がらない部分の方が多い有様だったが、ルイズには七万の味方よりも頼もしく思えた。

「行きなさい、ルイズ。あなたの戦いに決着をつけてきなさい」

 ルイズは頷いて<パテル=マテル>の手のひらに乗る。
 レンが見送る中、最後の戦いへと、ルイズは飛び立っていった。


 ワルドが着陸したのは村から離れた草原の一角。よろめきながらもゆっくりと主人を降ろしたグリフォンは力尽きたように地面に横たわった。
 同じく着陸した<パテル=マテル>もルイズが飛び降りたのを確認すると、膝をついて動かなくなった。

 二人きりになったのを認めてワルドはルイズに話しかける。

「僕を追ってきてくれたのだね、ルイズ」
「ワルド様。降伏してください。そしてレコン・キスタの企みを明かし、罪を償ってください」

 ワルドは首を振り、ルイズに向かって手を差し出す。

「それは出来ないよ、ルイズ。そして君の力が僕には必要なんだ」
「私の力?」
「そう。君は魔法を使えないと思っているようだが、それは違う。君には虚無の魔法を操る力がある。あの伝説の虚無だ。僕ならそれを手伝ってやることが出来る。だから、僕と共に来るんだ」

 伝説の虚無。その誘惑に耐えられるものなどいるはずがない。ワルドの目はそう驕っていた。
 しかし、ルイズはもうメイジではなかった。そして、貴族だった。

「お断りします、ワルド様」

 ワルドは目を白黒させ、一体何から問えばいいか迷っていたが、少し逡巡して口を開いた。

「何故断るのだい?もうゼロなどとは言われなくなる。伝説の虚無の魔法を使えば、君は世界の王ともなれるだろう」
「私はメイジになりたいのではありません。王になりたいのでもありません。私はただ貴族でありたいのです。自分が信じる貴族の道を歩みたいのです。
 …だから、私はここであなたを打ち倒します」
「ゼロの君がどうやってこの僕を捕らえようというのだい。仲間は一人もいない、頼みの綱のゴーレムも既に動くことすら叶わない」

 ルイズは首に掛けたオーブメントを取り出す。
 淡く今にも消えそうなそのクォーツの光。だが、ルイズにとっては深淵をも照らしだす煕光のようだった。

「レンが、<パテル=マテル>が、私に力をくれます。世界にただ一人、孤独なあなたに負けるはずがない」
「…ッ!ほざけぇえ!」

 遂に怒りが彼の理性のグラスから溢れだしたのか、ワルドは剣を抜きルイズに向かって走り出した。 



 私は目を閉じる。視界を闇が覆ったが、すぐに『もう一つの目』が開く感覚がした。
 十字に合わされた照準、その中心に私がいる。そして、その十数メイル先にワルド様の姿が見えた。
 ああ、そうか。これは<パテル=マテル>の視界だ。

 音が二つ聞こえてくる。
 一つは私の心音。もう一つは<パテル=マテル>の駆動音だ。
 それはまるで母親の子守唄のように私に囁きかける。 

 私はオーブメントを握り締める。
 途端に頭に流れ込んでくる映像。これは<パテル=マテル>の記憶だ。
 レンと共に過ごした日々が脳裏に注ぎ込まれる。

 今の私は、レンと<パテル=マテル>と共に在る。
 恐れるものは何もない。

 オーブメントに手をかざす。クォーツが共鳴して、光を放つのを感じる。
 今こそ唱えよう。頭に浮かび上がった、その言霊を。

「事象の地平に生まれ…」
「させるかぁッ!」

 ワルド様が剣を伸ばす。しかし、恐るるに足りない。
 私は目をつぶったまま、微動だにしない。

「黒白の真理…」
「貰った!」

 突き出された剣は突き刺さる。<パテル=マテル>の太く黒い鋼の腕に。
 その胸にルーンを光らせて、<パテル=マテル>は私を守ってくれる。

「馬鹿な!まだ動けただとぉッ!」

 そして、異世界よりの少女に貰った力で、鋼鉄の揺りかごに守られて、私の魔法は完成する。

「…疎と密の球を描かん!ダークマター!」
「があぁぁぁッ!」

 生み出された重力球に押し潰されて、ワルド様は次第にその姿を小さくしていく。

「コレ…が…虚無…カッ」

 かつて私の婚約者だったそれは、中空へとその姿を消した。

「…虚無なんていう、人を救えない伝説じゃありません。
 導力魔法オーバルアーツ。私と、かけがえのない親友の、思いの結晶です」



 ルイズの戦いが、トリステインを守る戦争が、ここに終決した。



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