あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

アクマがこんにちわ-04


■■■

魔法学院の教師陣では中堅でありながら、変わり者だと揶揄される一人の男がいる。
もう二十年以上、教壇に立つ傍らで独自の実験を繰り返しているその男は、『炎蛇』のコルベールと呼ばれている。

生徒達にとっては、ミスタ・コルベールはあくまでも変わり者であった、『火』の系統を得意としながらも魔法を見せることはごく少なく、魔法を使ってがらくたを作り、失敗を繰り返しているのだとか。

ルイズと人修羅がシュヴルーズの授業を抜け出した頃、コルベールは図書館で書物を開いていた。
ルイズが呼び出した人修羅は、今はまだ問題も起こさず、ルイズの使い魔として大人しく従っている。
しかし内包している力はオールド・オスマンを遙かに超え、当に天災のレベルであると言っても差し支えはない。
何か事件が起こってからでは遅いのだと自分に言い聞かせ、先日の夜から図書館にこもり続けて人修羅に関する手がかりを調べて続けていた。
トリステイン魔法学院の図書館は本塔の中にあり、本棚は高さがおおよそ三十メイルほど、とても人間が手を伸ばして届く距離ではないが、ここが魔法学院である以上図書館を利用する者もまたメイジであり、高低差は何の障害にもならない。

すべての貴族の祖であり、虚無の使い手であった始祖ブリミル。
そこから続くハルケギニアの歴史が、この図書館に詰め込まれていた。
しかし、教師しか閲覧を許されない『フェニアのライブラリー』の中でも、手がかりらしい手がかりは発見できず、コルベールは宙に浮いたままため息をついた。

読み終えた本を本棚に戻すと、次の本に手を伸ばしページを開いていく、手に取ったのは『始祖ブリミルの使い魔達』という本で、始祖ブリミルが用いたと言われている使い魔のルーンなどが記載されていた。
そこに記載されているのは、ガンダールヴ、ヴィンダールヴ、ミョズニトニルン…どれも実際には見たことのない、伝説といわれているルーンの図柄とその名称だった。
ただ一つ可能性があるのは、第四の使い魔。この使い魔については記すことすらはばかられると書かれており、具体的なことは何一つ解らない。
唯一手がかりがあるとすれば『胸にルーンがある』という点だろうか。

ふと人修羅の姿を思い浮かべる…全身に描かれた入れ墨のような文様は、彼の言葉を信じれば『悪魔と一体化した影響』だとか。
可能性としてはこの『第四の使い魔』に最も近い存在かも知れない…そんな漠然とした考えのまま、コルベールはゆっくりと床に着地し、いくつかの本を小脇に抱えて学園長室へと歩きだした。

■■■


魔法学院の学院長室は、本塔の最上階にあって豪華なつくりをしており、広さも教室に引けを取らない。
学院長を務めているオスマン氏は、重厚なつくりのテーブルに肘を突いていた。
「ふむ…」
と呟いて引き出しを引き、水キセルを取り出し「ほほ」と笑う。

しかし水キセルはふわりと宙に浮き、部屋の隅に置かれた秘書用の机へと移動してしまった。

「おう、おう」と狼狽えるオスマンが秘書の席を見ると、ミス・ロングビルが水パイプを見て渋い顔をしていた。
「年寄りの楽しみを取り上げて楽しいかね、ミス・ロングビル」
「オールド・オスマン。あなたの健康管理もわたくしの仕事なのですわ。我慢なさってください」
「つれないのう…」

オスマンはため息をつくと椅子から立ち上がり、窓から外を見始めた。
その様子にロングビルは疑問を感じ、何かあったのかと考えを巡らせ、一つのことに思い当たった。

つい先日の『使い魔召喚の儀式』で現れたという、規格外の存在。
自らを人修羅と名乗るそれは、オスマンが直接相対しても実力が図れぬほど強大な存在であり、とても使い魔として使役できるような存在ではないという。
ロングビルにとって人修羅は、全身に装飾を施した平民程度の認識でしかない。
それに彼女はこの学院では少々異質で、生まれついてのトリステイン人でもなければ貴族でもない、貴族の立場を剥奪されたメイジであり、オスマンが個人で雇っている秘書であった。
そのため、何か問題が起きても教師陣に責任を押しつけ、自分はさっさと逃げ出せばいいと考えており、オスマンと違って随分と気は楽だった。

「なあ、ミス・ロングビル。どうにも考えがまとまらないんじゃ、パイプぐらいええじゃろう?」
「駄目です」
「まったく…ぶつぶつ」

ロングビルは手元の羊皮紙に羽ペンを走らせながら、皮肉たっぷりの口調でこう言った。
「セクハラばかりしているから罰でも当たったんでしょうね」
「真理とは、真実はどこにあるんじゃろうか? 考えたことはあるかね? ミス……」
セクハラを非難するロングビルの言葉に怖じ気づくことなく、話を誤魔化そうとするオスマンだったが、不意にその表情に深刻さが混じった。

「難しいことはわかりませんが、少なくとも、わたくしのスカートの中には無いと思いますわ」
「わ、わかった、わかったから離してやってくれ」

オスマンは顔を伏せると悲しそうな顔で呟く、そしてロングビルの机の下から、小さなハツカネズミがふわふわと宙に浮き、オスマンの肩まで届けられた。

「おうおう、モートソグニル。”念力”で捕らえられてしまったのか、大変じゃったのう。…なに、白か、純白か、しかしミス・ロングビルは黒もええと思わんかモートソグニルや。どれどれ約束通りナッツをやろうかの」

オスマンの肩に乗せられた小さなハツカネズミは、オスマンの使い魔モートソグニルであった、ロングビルに捕まってしまったが、しっかりと下着の色を確認できたので、オスマンはとても嬉しそうだった。

「オールド・オスマン」
「なんじゃね?」
「死ねとは言いませんが王室に報告します」
「カーッ! 王室が怖くて魔法学院学院長が務まるかーッ!」

オスマン氏は目を剥いて怒鳴った。声から発せられる波が、まるで突風が通り過ぎたような迫力を伴っている、とてもよぼよぼの年寄りとは思えない迫力だった。

「下着を覗かれたぐらいでカッカしなさんな!そんな風だから、婚期を逃すのじゃよ。はぁ~……まったく若返るのうこの感触、柔らかさ……」

とうとうオールド・オスマンはミス・ロングビルの背後にまわり、堂々とお尻をなで回し始めた。
ロングビルは無言で立ち上がると、床に膝を突いてロングビルの尻をなで回していたオスマンを蹴りはじめた。
「ご、ごめん。痛い。もうしない。ほんとに!マジ痛っ!」

頭を抱えてうずくまるオールド・オスマンをなおも蹴るロングビル、顔がちょっと赤いのは怒っているせいだろう、口元が楽しそうに歪んでいるのもきっと怒っているせいだ、間違いない。

「死ねこのセクハラジジイーー!」
「うひょー!」

■■■

コンコン、とノックの音が響く。
わずか0.02秒の早業でオスマンはボロボロになった服と髭を整えて窓の側に立ち、ロングビルはスカートと襟を正して席に着いた。

「人修羅です、相談したいことがあって来ました」
「入りたまえ」
「失礼します…っと」

学院長室の大きな扉を開けて、中に入った人修羅は、そこに漂う空気に驚いたのかきょろきょろと学院長室の中を見回した。
入り口のすぐ側に、秘書の席があり、そこに座るミス・ロングビルと一瞬だけ目があった。
「どうかしたのかね?」
「いえ、やっぱり大きな部屋だなぁ…って思いまして」
「ほほほ、そうかねそうかね」

人修羅は『つい先ほどまで殺し合いが行われていたような不穏な雰囲気』を感じていたが、部屋に入ってみると既にその気配は霧散していたので、自分の勘違いだと思うことにした。

「あ、結局ルイズさんと契約することになったんです、それでコントラクト・サーヴァンとを受けたんですけど、そこでルーンが浮かび上がって来まして」
「ふむ、ルーンとな? とりあえずソファにでも座りたまえ。こちらからもいくつか質問したいことがあったので丁度良かったわい」

オスマンはそう言うと、学院長室の中央に置かれたソファに身を沈めた。
ソファは畳より大きいテーブルをはさみ、向かい合うように設置されており、オスマンは自分の向かい側に座るよう人修羅を促した。

「そ、それじゃ失礼します」
もの凄く柔らかいソファの感触に驚いたのか、感触を確かめつつ人修羅が座る、その様子を見てオスマンは「不思議じゃのう」と呟いた。

「不思議?何がですか?」
「いやなに、君のことじゃよ、何というか…こちらの警戒心には敏感に反応するのに、物珍しそうに調度品を見る姿はまるで好奇心旺盛な子供のようじゃ」
「そう見えます?」
「見える。……人修羅君は敵には容赦ないじゃろ?」

人修羅の表情が、ほんの一瞬だけ硬直した。
敵に回った友達を殺した時『仕方ないよね』程度の感情しか抱けなかった自分を見透かされた気がした。

「…まあ、容赦してたら殺されますし、敵を自分の味方に引き込めなかったのは自分の実力不足が原因ですから。敵と戦うか、仲魔にするか、いつも突然に決断を迫られますし」

オスマンはあごひげを撫でつつ、ふぅむと唸った。
「君は頭の回転が速いのう」
「え?そんなことは無いですよ、学校の成績も良くなかったし」
「そんな事ではないのじゃよ、察するんに君は、自分の力ではどうにもならないものを相手にしていた。戦って殺すか、負けて殺されるのか、それしか選択肢を与えられなかったんじゃろう」
「ええ、そうです」
「戦争のようなものじゃな、時代の流れと言うべき大きなものじゃ、君に戦争を生き抜く力があっても、友人にはそれを生き抜く力がなかった…だから戦わざるを得なかったんじゃ」
「………」
「君は友達を説得するために力をつけたが、友達はそうとは思わず、君を敵とみなした……違うかね」
「いえ、細部はともかく、流れはまったくその通りです」

人修羅がオスマンの推察を肯定すると、オスマンはソファに背中を預け、ほんの数秒間目を閉じた。

「ミス・ロングビル。すまんが席を外してくれないかね」
「はい」
ロングビルはすぐに返事をすると、席を立ち廊下へと出て行った。
それを見届けたオスマンは、杖に手をかけて何かぼそぼそと呟き、秘書の席に置かれた水パイプを宙に浮かせて手元へと運んだ。

「すまんの、秘書がうるさくてパイプも吸ってられんのじゃ、一服させて貰ってもかまわんかね」
「いえ、ここは学院長の部屋なんですから、俺…僕のことは気にしないでください」
「そう言ってくれるか、ますます君に協力してやりたくなったぞ。さてコントラクト・サーヴァントについてじゃが……」
「ああ、これですね」

人修羅が左手を差し出すと、手の甲にルーン文字が浮かび上がっているのが見えた。

「これは?」
「ルイズさんと契約をしたときに現れたものです、害意のある攻撃や呪いなら跳ね返しますが、これには害意が無いみたいで」
「見たことのないルーンじゃな…スケッチさせて貰うが、かまわんかね?」
「はい」

オスマンが何か呟くと、オスマンの机に置かれた羽ペンがふわりと起きあがり、机の引き出しから出てきた紙に何かを書きだした。
おそらく人修羅のルーンをスケッチしているのだろうが、その動作に人修羅は驚きを感じた。

「すごいな…」
「ん?何がかね」
「僕が知ってる魔法とかって、戦いに使うものばかりなんです。空を自由に飛ぶとか……生活に根ざした魔法って珍しくて」
「生活に根ざした魔法、か。確かにその通りじゃな。しかし君ほどの力を持ちながら空を飛べないとは、ますます不思議じゃのう」
「大地や生命の創造に携わる仲魔はいたんですけどね、彼らがその力を振るう場所を、僕は失わさせちゃって…」
「…なんともまあ、お伽噺のような話じゃな。しかし嘘とも思えん…」
「すいません自分でも荒唐無稽な話だとは思うんです、でも…」
「検証はできんが、疑うつもりはない。君は自分の力の振るいどころに悩んでいるようじゃからのう。このハルケギニアに無用の混乱を招かぬよう、気をつけているように見える、ならば疑う必要は無いじゃろ」
「そう言って貰えると助かります」

人修羅が頭を下げると、オスマンは楽しそうに笑い声を上げた。
「ほっほっほ。平和は退屈じゃがの、戦争よりはずっっとマシじゃ。君もワシと同じずぼらなところがあるじゃろう? 王宮で着飾って暮らすより、田舎の村でハンモックでも吊り、昼寝でもしていたほうがマシ、そう感じられるわい」
「あー、ハンモックですか、あれは楽しそうですね」

学院長室に二人の笑い声が響いた。
と、そこにさらなる来客を知らせるノックの音が鳴った、オスマンと人修羅はぴたりと口をつぐんでしまった。
「オールド・オスマン。コルベールです」
扉の向こうから聞こえてきた声はコルベールのものだった、オスマンは「ほう、丁度良いところじゃな」と呟いてから、杖を振って扉を開け、コルベールの入室を促した。

■■■

「失礼致します。おや、ミスタ・人修羅もおられましたか。丁度良い機会でした」
コルベールは人修羅の姿を見ると、にこりと笑ってそう言った。
「コルベール君、かれはコントラクト・サーヴァントを受けてくれたそうじゃ、今ルーンの確認と、今後のことについて話し合っておる」

オスマンそう言うと、机の上のスケッチをふわりと浮かせ、応接用のテーブルの上にのせた。
コルベールが応接用のテーブルに近づき、小脇に抱えた数冊の本を机に置く、そしてスケッチに視線を移したところで、動きが止まった。
「…ミスタ・コルベール?」
「…どうかしたんですか?」
オスマンと人修羅がコルベールの顔をのぞき込む、するとコルベールは、目と口を大きく開いて、わなわなと震えていた。

「お、おおおおオールドオスマン!これは彼のルーンですか!?」
「なんじゃねそんなに慌てて、すまんが人修羅君、ルーンを見せてやってくれんかね」
「はい」
人修羅が腕を差し出してルーンを見せると、コルベールはテーブルの上に置いた書物をぱらぱらと捲り、あるページを開いてオスマンに見せた。
「見てください…これです」

『始祖ブリミルの使い魔達』と題された本には、人修羅の左手につけられたルーンと全く同一のイラストが描かれていた。

「ガンダールヴ……」
ぽつりとオスマンが呟くと、それを聞いた人修羅が頭にクエスチョンマークを浮かべた。
「ガンダールブ、って何ですか?」
「うむ、まあ、とりあえず説明をせねばならんな。ミスタ・コルベール。君もかけたまえ、立ったままでは話もしずらいじゃろう」
「はっ、はい」

冷や汗をハンケチで拭きながら、コルベールがソファに座る。
その慌てたような二人の態度に、人修羅は一抹の不安を覚えた。

「人修羅君、すまんが、これは魔法学院どころか、トリステイン、いやハルケギニアを巻き込む騒動に発展しかねん話じゃ。それを念頭に置いてくれたまえ」

「は、はあ…」
人修羅は、また何か騒動にでも巻き込まれるのか思い、生返事を返すのがやっとだった。

■■■

人修羅と分かれて教室に戻ったルイズは、皆の突き刺すような視線に迎えられた。
だがルイズはばつの悪そうな表情も見せず、シュヴルーズに一言謝ると、すぐに自席に戻っていった。

中庭でコントラクト・サーヴァントを行った後、ルイズは人修羅と一緒に学院長室に行くつもりだったが、人修羅が『報告は一人でも大丈夫だから、ルイズさんは授業を受けた方がいい』とルイズを説得したため、ルイズは一人で教室に戻ることにした。
「ちゃんと私の代理として恥ずかしくない態度を取るのよ」
と釘を刺すのを忘れていないあたり、ルイズも人修羅を自分の使い魔だと認め始めたのかもしれない。

魔法学院の学生として恥ずかしくない態度を取る、それがルイズなりの、人修羅への誠意だった。

■■■

授業が終わると、学生達は皆、夕食前の休憩時間を思い思いに過ごしている。
そんな中、ルイズはとぼとぼと学院長室への階段を上っていた。
使い魔とメイジは視聴覚を共有することができる、それを利用して人修羅を呼ぼうと思ったが、ルイズにはなぜかそれが出来なかったので直接迎えに行くことにした。
「まったくもう、主人の手を煩わせるなんて…」
ぶつぶつと文句を言いながら学院長室の前までたどり着くと、ちょうど人修羅とコルベールが学院長室から出てくるところだった。

「おや、ミス・ヴァリエール。丁度良いところでした、君を迎えに行くところだったのですよ」
「私をですか?」
「ええ、ミスタ・人修羅について、話しておくことがありまして、さ、とにかく中へ」
「はい…って人修羅、あんた何かしたの?」
「むしろ何かされた方だと思うんだけど…」

人修羅は困り顔でルイズを見ると、ぽりぽりと頭を掻いた。

■■■

「ガンダールヴ…ですか?」
「そうじゃよ。始祖ブリミルが用いたと言われる使い魔の一人じゃ、神の左手と呼ばれ、あらゆる武器を使いこなしたそうじゃが」
「その話は知っています、けれど、その」
「これがその本じゃ」

ルイズは、学院長室で人修羅のルーンがどのようなものか説明を受けていた。
人修羅に刻まれたルーンが、ガンダールヴのルーンと同一であると言われた時、いまいちピンと来なかったが、話を聞いているうちに喜びよりも困惑が上回っているようだった。
「わ、私、魔法が、その、いつも失敗して…それなのに」
上手く言葉が紡げないのか、ルイズにしては珍しく、とぎれとぎれに言葉を発している。
オスマンはそれを手で制し、いつになく真面目な表情でルイズに目を合わせた。
「ミス・ヴァリエール。これは事実として受け止めて貰いたい。いいかね、例え彼がガンダールヴで無かったとしてもルーンは同一のものじゃ。もしこれが王宮に知られれば厄介なことになるじゃろう」
「厄介なことですか?」

納得いかない、という気持ちが出てしまったのか、少し強い口調で返事をするルイズに、オスマンはまたも手で制した。
「よいかね、そもそもワシが魔法学院の学院長を任されているのは、ワシに権力を集中させぬためじゃ。
今トリステインを動かしている大臣達の、子供の頃の失敗談や、そのまた親の失敗談、そして人には言えぬような汚点をワシはよく知っておる。
ワシのように長生きしすぎた者が、権力の中枢にいては困る者が、沢山いるのじゃよ」

「……」

ルイズはオスマンの言葉に、何も答えることが出来なかった、子供の頃はトリステインの王女アンリエッタの遊び相手を務め、将来は立派なメイジとなって国に尽くすことを理想としていたルイズにとって、オスマンの言葉は認めたくない現実であった。

「納得のいってないという顔じゃな、まあ年寄りの戯れ言だと思うてくれ。……じゃが君は年寄りではない、将来のある身じゃ。とにかくトリステインの中枢も善人ばかりではないと思ってくれ」

オスマンは言葉を句切ると、ふぅーと長いため息をついた。
そしてテーブルに肘を突くと、前に立つルイズと人修羅を交互に見据えて、静かに語り出した。

「ガンダールヴはメイジではない、しかし千人の軍隊を一人で退けたと言われる強力な存在じゃ。人修羅君がガンダールヴならば、その力を利用する者が現れてもおかしくはない。最悪の場合ミス・ヴァリエールの家族や友人が人質にされてしまうかもしれん」
「そんな!」
「話は最後まで聞きなさい。仮に彼がガンダールヴで無かったとしてもルーンは同一のものじゃ、アカデミーなどに連れ去られてみなさい、どうなってしまうか分かったものではない」
「………」
「そしてこれが一番大事なことじゃが…人修羅君はな、ハルケギニアで言うところの、先住魔法を使えるそうじゃ」

ルイズがはっとして人修羅を見る。
「ほんとう?」
「…ああ」
絞り出すように人修羅が答えると、人修羅を見るルイズの視線が変わった、まるで、裏切られたかのような驚愕と怨嗟の混ざる瞳で、人修羅をきっとにらみ付けている。
「ここから先はミスタ・コルベールから話して貰おうかの」
「解りました。ミス・ヴァリエール。落ち着いて聞いて欲しい。私も彼も……爆発の魔法を使えるんだ」

爆発…その言葉に、ルイズの脳裏に使い魔召喚の法則とも言うべき、相性の話が思い浮かんだ。
ルイズはコルベールの方に向き直ると、こう言った。
「でも、爆発は失敗だって、いつも言われて」
「確かに『エア・ハンマー』や『ウインド・ブレイク』が暴走したり、『フレイム・ボール』が霧散して、爆発に似た現象を起こすことはある、それらは失敗と言われるが、この魔法は違う」

コルベールがそう言うと、オスマンが杖を振って、机の上に鋼鉄製の壺を練金した。
高さ30サント、直径は20サントほどのもので、金属の厚みはたっぷり1サントはある。
コルベールはポケットの中から媒体となる小石を取り出すと、それを練金で砂に変え、更にその砂を壺の中に入れ、霧状の油に練金した。
そこに杖の先端を向け『着火』のルーンを唱えると、ヒュボッ!と音を立てて壺の中から高さ1メイルほどの火柱が上がった。

「これは『火』と『土』を利用した、爆発の最も簡単な形です」
「これが…」
おそるおそる壺の中身をのぞき込むルイズだが、それが自分の魔法とは違う『爆発』であることに気づき、首をかしげた。
「よろしいですか、爆発を起こすには『ドット』では無理なのです。練金と着火の二つがあってはじめて成り立ちます、しかも油は気化したものでなければなりません。ミス・ヴァリエールは既に『ライン』と同じか、それ以上の魔法を行使していると言えるでしょう」

「私が、ラインですか?」
「あくまでもライン相当です。その理由は…次にミスタ・人修羅から説明して頂きましょう」

ルイズのとなりに立っていた人修羅が、ルイズに向き直って、口を開く。
「教室で見たルイズさんの魔法は『メギド』という魔法に似てる、これはモノを内側から破壊する万能属性の魔法で、バリアー…この世界で言う『固定化』の効果を打ち消す力がある」
「内側から?」
「ああ、教室で見かけた時解ったんだが…ルイズさんの起こした爆発は、コルベール先生が起こした爆発と違って、着火の必要が無いんだ。本来なら『油』『着火』の二行程が必要だけど、ルイズさんの場合は一回の動作で爆発を起こしてる」
「……」
「これは俺が感じたことだけど、ルイズさんが魔法を使う時に出てくるエネルギーと、コルベール先生のエネルギーは大きく違うんだ、コルベール先生は大粒の玉が沢山…ルイズさんの場合は、極小の粒がもっと沢山ある感じ…かな?」


説明を聞いていたルイズは、何を言って良いのか解らず、しばらく沈黙していた。
数十秒経過したところで、おもむろにオスマンが口を開く。
「…ミス・ヴァリエール。君は、虚無の系統かもしれん」

■■■

ルイズがが説明を受けて部屋に帰ると、既に夕食の時間は過ぎており、食堂から戻ってきた生徒達の姿が沢山見かけられた。
部屋に戻ったルイズは、食事を取る気にもならず、天蓋付きのベッドに寝そべって天井を見つめていた。

虚無の系統かもしれない…そう言われた時、なぜか嬉しいとも思わなかった。
その理由は二つある、唐突すぎたことで実感が涌かない、それが一つ。
もう一つは、虚無という名に付随する、大きすぎるしがらみだった。
オールド・オスマンはルイズに再三の注意を促した、大きすぎる力は周囲に不幸を生む、トリステインでは伝説といわれるメイジ『烈風カリン』の名を使ってまで、大きすぎる力の弊害を説明された。

ルイズは、母カリーヌ・デジレのもう一つの顔を知っている、『烈風カリン』その人である。
一人でオーク鬼の群れやドラゴンを討伐したり、名前だけで反乱軍の戦意を喪失させたりと、その働きは類を見ない。
しかしオールド・オスマンが言うには、烈風カリンという存在に依存しきった貴族達が、現状のトリステインを作り出したと言う。
貴族達は甘え、研鑽を怠った、戦争の愚かさを忘れ肥え太り、己の満足のために賄賂を巡らせている。
それは烈風カリンという人物が『強すぎた』のが原因だと言う。
有名税とでも言うべきだろうか、烈風カリンの名は国交にも利用されたが、引退と共にだんだんとその威光を失っていった。
ガンダールヴの力がどの程度のなのか解らないが、同じように外交の手段として使われてしまうことも十分考えることができる。

ルイズは悩んでいた。

トリステインへの忠誠が、人修羅を害することになるかもしれない。

以前のルイズなら、迷わずトリステインに人修羅を差し出していたかもしれないが、今はそれを肯定できない。

人修羅は、どんな形であれ、ルイズを必要だと言っていた。
それがゼロと呼ばれ続けていたルイズの、最も欲していたことだった。

「………」

ルイズは、むくりとベッドから起き出すと、椅子に座って『やさしい文字の書き方』を読んでいる人修羅に声をかけた。
「夕食、食べに行くわよ」

■■■

二人が食堂にたどり着くと、既に燭台の火は消され、後かたづけもほとんど済まされていた。
ルイズがメイドの一人を呼び止めると、人修羅があっ、と声をあげた。
「あ、シエスタ。朝はどうもありがとう。いつ取りに行けばいいかな」
「ミス・ヴァリエールと、人修羅さんですね。洗濯物はこれが終わり次第届けようと思っていました」

自分を置いて話し出す二人に驚き、ルイズは恨めしそうに人修羅の腕をつねった。

「ちょっと、どういう事よ」
「いや、朝、下着なんて洗濯したこと無いって言ったら、シエスタさんが気を利かせてくれてさ」
「差し出がましいことを致しました」

謝ろうとするシエスタを見たルイズが、それを言葉で制止する。
「ああ、謝らなくて良いわ、そうね、確かに素人にやらせるのもいけないわよね…ええと、シエスタだったわね。食事を二人分準備してくれない?」
「手つかずのものがいくつかありましたが、スープなどは冷めています。暖め直すので少々お時間をいただけますか?」
「いいわ、人修羅、奥の席に行きましょ」

ルイズは人修羅の腕をつねったまま、奥の席へと引っ張っていったが、その様子を見たシエスタはこう呟いた。
「…人修羅さん、大変そう」



人修羅は朝と違い、席に着くことが許されたので、ルイズに促されるまま隣に座ろうとした。
椅子を引こうとしたところで、パキリ、と何かが割れる音が聞こえた。

人修羅は慌てて足を上げたが、既に手遅れであった、ガラス製の小さな壜が砕けて、中に入っていたであろう紫色の液体が床に広がる。
「あら?何の臭い…って、何よ人修羅、香水の壜踏んじゃったの?」
「これ香水なのか? まいったな…拭くものを借りてくるよ」
「いいわ、そんなのメイドに任せておきなさいよ、それより臭いが強いから席を変えるわよ」

ルイズが席から立ち上がると、一つ向こうの机の下から、金髪の同級生がはい出してくるのが見えた。
テーブルクロスを捲って出てきたその同級生は、床に落ちた何かを探しているようだった。

「ギーシュ?あんた何してるのよ」
「ん?おや、ヴァリエールじゃないか」
ギーシュと呼ばれた金髪の男性は、テーブルの下からはい出して立ち上がると、キザったらしい仕草で前髪をかきあげた。
「ふっ、なに、僕は一輪の薔薇として責任を果たさねばならないのでね」

何言ってるんだコイツ、みたいな顔でギーシュを見るルイズと人修羅、その表情には哀れみすら浮かんでいた。
「ん?」
ギーシュは何かに気付いたのか、目を見開くと、すんすんと鼻息をたてて臭いをかぎ始めた、どこからか漂ってくる臭いが非常に気になるようだ。
「……ミス・ヴァリエール。何か格調高い香りがしないか?その、愛情のこもった薔薇の香りのような」

人修羅はギーシュの台詞に首をかしげ、ルイズを見た。
ルイズはギーシュの言わんとしていることに何となく察しが付いたようで、ああ、と呟いた。

「もしかして、この香水、モンモランシーの香水?」
「そうだ!そうだよ、解ってくれるかい、愚かな僕は彼女の愛を両手の器に抱えきれず零してしまってね、モンモランシーの愛がこもった麗しい香水を探しているのさ、そのあたりに壜は置いてないかい?」

人修羅の足下を指さしたルイズが、少しだけばつが悪そうに呟いた。
「…あるわよ。割れてるけど」

「そこにあったのか…って何ィーーーー!?」

まるで蛙のような跳躍でテーブルを飛び越えたギーシュが、土下座のような姿勢で人修羅の足下を見ると、そこには無惨にも踏まれ、割られた香水の壜が落ちていた。
「なななな、なんて事を!」
キッ、と人修羅をにらみ付けたギーシュに、人修羅はこう言い返した。

「俺がここに来た時は既に割れていたんだ!君に出来ることは何だ、破片を前にうなだれることか!?違うだろう。聞けばそれは君にとって大切なモノ、ならばその破片を練金してせめて別の形で生き続けるべきだと思わないか!?」
「何だと!?」
「割れた壜として形を失っても愛情は変わらない!そうだろう!?歎くことは誰でもできるが生み出すことはメイジである君しかできない!違うか!?」
「そ、そうか、僕はなんて浅はかだったんだ…よし、ちょっとそこをどいてくれたまえ」
ギーシュが杖をふり念力の魔法を使うと、地面に散らかった破片がふわりとギーシュの手元に集まった。
短くルーンを唱えて、壜の破片に杖を向ける、すると破片は瞬く間に一つになり、青銅で作られた薔薇の花に姿を変えていった。
よく見るとガラスの破片がバラの花びらに埋め込まれており、朝露をたくわえた薔薇の姿を如実に表している。

「凄いな、これが練金なのか…」
感心した人修羅が呟くと、ギーシュはまたもやキザったらしい仕草で顔を横に向けた、どうやら横顔に自信があるらしい。
「ふっ、僕は青銅のギーシュ。練金には自信があるのさ。君はミス・ヴァリエールの使い魔だね、名を聞かせてくれないか」
「俺は人修羅だ」
「人修羅か、東方の蛮族かと思っていたが、どうやら気は利くようだね。覚えておくよ」
「そりゃどうも」

ギーシュは新たに練金した薔薇を手に持つと、先ほどまでの狼狽えぶりはどこえやら、上機嫌で食堂から出て行った。

人修羅がルイズの方を見ると、ルイズは半眼で睨み付けるように、人修羅の顔を見つめていた。
「…口がうまいのね」
「いや、まさかあれで通じるとは思ってなかった。貴族ってあんな単純な奴ばかりなのか?」
「ギーシュは例外よ、たぶん…」
ルイズはふいと視線を逸らし、気まずそうに呟いた。

人修羅は、同レベルの喧嘩をしたことがあるんだなと言いそうになったが、怒られるのもイヤなので黙っていることにした。

■■■

尚、この後ギーシュは、薔薇の花をモンモランシーにプレゼントし好評を得た。
しかし不注意で香水の壜を落とし、結果として壜ごと香水を駄目にしてしまったのは覆しようのない事実なので、愛情たっぷりの往復ビンタを受けたという。


新着情報

取得中です。