あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

ゼロのエルクゥ - 04


「はは……まあ、魔法なんて物がある時点でわかってた事だけどな……」

 空に浮かぶ巨大な双子の月を見上げて、耕一はどこか乾いた声を搾り出した。
 なんというか……動かぬ証拠、とでもいうか。
 ああ、ここは『違うところ』なんだなあ、と、昼間に『フライ』の魔法を見た時とはまた違う実感が、耕一の心に去来していた。

「月なんて見上げて、どうしたの?」
「いやあ……こっちの世界じゃ、月は一つでね。改めて、ここが違う世界なんだと実感してたトコ」
「月が一つ、ねえ……やっぱり、聞いた事ないわ」

 同じく窓の方を見ながら、ルイズはため息をついた。

「そろそろ夕食の時間ね。あんた、食べ物は何を食べるの?」
「……穀物とか、野菜とか、肉とか魚とか。別に変わらないと思うぞ」

 むしろ元人間です。と、エルクゥの素性を隠すに当たって言うに言えない耕一は、そんな風に言葉を濁すしかなかった。

「そう。じゃあ、ついてきなさい。食堂に行くわよ」

 ベッドから立ち上がるルイズに首肯して、耕一も席を立った。

 本塔の1階にある食堂は、夕食時の賑やかな喧騒に包まれていた。
 ぴかぴかと光を放つ壁に床に天井。広く、高く、大きな空間に、装飾過多にしか思えない内装、壁を囲むように配置された、精緻な人形の数々。
 そこでは、故郷の都会にある特殊な喫茶店で見るような外面だけの服ではない、使い込まれた本物の給仕の服を来た沢山の小間使い達が、ルイズと同じマントを羽織った少年少女の食事の世話をあくせくと行っている。

 現代日本の人間に、これがおとぎ話のお城の広間です、と目の前に差し出したら信じてしまいそうな、そんな場所だった。

「驚いてるみたいね。ここがアルヴィーズの食堂。トリステイン魔法学院に住んでいる人達の食事は、すべてここでまかなわれるの。……ほら、椅子を引きなさい。気が付かない使い魔ね」

 ルイズは、食堂に並んだ異様に長い3つのテーブルのうち、真ん中にあるテーブルに付いた。
 周囲を見ると、生徒たちはそれぞれ、着けているマントの色が違う事に気付いた。
 ルイズが着けている黒と、紫と、茶色。
 黒いマントは真ん中のテーブル、紫のマントが食堂の正面に向かってその左、茶色のマントが右に集まっているように見える。
 そういやさっき、1年生から3年生まで居るような事を言ってたな……と、故郷の学校のジャージや上履きの色分けを思い出した。

「『貴族は魔法を以ってしてその精神となす』。学院では、魔法だけでなく、貴族としての、貴族たるべき教育も存分に行われるわ。その食事を預かる食卓も、それにふさわしいものでなければならないのよ」

 見るも鮮やかな料理を優雅な手付きで口に運び、上品に歓談し、華麗に席を立つ。
 少年少女しかいないそれは多少の緩やかさを持ってはいたが、周囲で展開される光景はまさに、『貴族』という言葉のイメージ通りの光景だった。

「……で、俺はどうすればいいんだ? 適当に座れば良いのか?」
「主人と同じテーブルにつく使い魔がどこに居るのよ。今話をするから待ってなさい。ちょっと、そこのメイド」
「はい。どうかなされましたか?」

 ルイズがちょうど通りがかった給仕の女の子を呼びつける。
 まるで絵に描いたような欧州風の外見をした人ばかりのこの場では珍しい、黒髪の女の子だ。
 肩で切りそろえられたそれが、自らの恋人を思わせた。

「これに食事を用意してあげてちょうだい。私の使い魔よ。給仕の賄いみたいなものでいいわ」
「つ、使い魔、ですか? あっ、し、失礼致しました! はい、すぐにご用意致します!」

 黒髪のメイドは、困惑したように眉をひそめた後、耕一の左手のあたりに目をやり、弾かれるように厨房へと駆け出していった。

「偉大なる始祖ブリミルと女王陛下よ。今夜もささやかな糧を我に与えたもうた事を感謝致します」

 『いただきます』にしては随分と装飾過多な言葉を口にして、手を握り合わせるルイズ。
 並べられていくフランス料理のフルコースのような皿の数々。豪奢に飾り付けられたテーブルの上の花瓶や燭台。籠に山と盛られたフルーツの彩り。

「……どこが『ささやか』なんだか」
「貴族の食事としては普通よ」

 耕一の呟きに篭められた意味は理解しているのか、前掛けを付けながらそんな答えを返すと、料理を口に運び始める。
 その後ろで手持ちぶさたになってしまった耕一に、先程の黒髪のメイドが走り寄ってきた。

「お待たせしました。あの、賄いはご用意できるんですけど、食卓に並べるわけには参りませんので、厨房まで来てほしい、との事です」
「構わないわ。行ってらっしゃい、コーイチ。終わったら向こうの入り口で待っていればいいから」
「わかったよ。じゃあ、行ってくる」
「こちらです。どうぞ」

 黒髪のメイドに、食堂の裏手にある厨房へと案内される。

「……あの、あなたが使い魔って、ホントなんですか?」
「みたいだ。不本意ながらね」

 行きがてら、おそるおそるといった感じでされた質問に、苦笑しつつ左手を上げてプラプラさせると、メイドは慌てて頭を下げた。

「す、すいません。その、召喚の魔法で人を呼んだなんて、初めて聞くものですから……」
「気にしなくていいよ。えっと……君の名前は?」
「あ、私、シエスタと申します」
「シエスタちゃん、ね。俺は柏木耕一。耕一、でいいよ」

 耕一の自己紹介を聞いて、黒髪のメイド、シエスタは驚いたような表情を浮かべた。

「コーイチさん……不思議なお名前ですね。どこか遠いところから?」
「ああ。この国がどこにあるのかわからないぐらいに遠くから、かな」

 全てを説明してもしょうがないと、耕一はそう誤魔化す。

「そうですか……」
「……どうかした?」
「い、いえ、何も」

 言葉とは裏腹に、厨房らしき場所に到着しても、シエスタはどこか考え込むような表情をしたままだった。

「シエスタちゃん?」
「あ、ご、ごめんなさい。こちらです、どうぞ」

 一声かけると、慌てたように厨房の中へと入っていく。
 耕一もそれに続くと、食堂の中とは異質の喧騒が耕一を包んだ。

 油が爆ぜる音。
 肉が焼ける音。
 水が沸き立つ音。
 食器の触れ合う音。
 人の怒鳴る声。
 せわしない足音。

 前に鶴来屋の厨房を覗いた時もこんな感じだった事を思い出す。それは外の絢爛さとは似ても似つかぬ、紛れもない労働の場だった。

「おう、お前が貴族どもの使い魔にされちまったっつー平民か。災難だったなあ」

 被っている縦長の白い帽子と服装からしてコックさんであろう、体格のいい男が近寄ってきて、バンバンと耕一の肩を叩いた。

「ど、どうも。あなたは?」
「ここの料理長をやってる、マルトーってんだ。よろしくな」
「柏木耕一と言います。すいません、突然押しかけて」
「なぁに、メシぐらいだったら幾らでも出してやるさ。味もわからねえ貴族のおぼっちゃん様方の貧しい舌に乗せられるぐらいなら、お前さんに食べてもらったほうが食材も幸せってもんだ。だっはっは!」

 人好きのする豪快な笑いをあげて、マルトーは力コブを作ってみせた。

「はは……ありがとうございます」
「いいってことよ。遠慮はいらねえから、ゆっくりしていきな」

 マルトーはひとしきり笑い、厨房の忙しさの中に戻っていった。

「じゃあコーイチさん、ここで待っていてくださいね。今お持ちします」

 片隅に置かれた粗末なテーブルと椅子に腰を下ろすと、すぐに温かそうなシチューとサラダ、パンが並べられる。
 食堂で見たきらびやかな料理とはまったく違うものだったが、耕一にとっては馴染みのある、素朴な装いだった。

「ありがとう、シエスタちゃん。じゃあ、いただきます」
「はい、どうぞ。では、私はお仕事に戻りますね。食べ終わった食器は、あちらの洗い場の人に渡してください」
「ああ、行ってらっしゃい。悪かったね」

 いえいえ、とシエスタは笑顔を浮かべ、食堂の方に戻っていった。

「……あ、うまい」

 料理は、特に前の世界と違う味がするでもなく、むしろかなりおいしかった。
 唯一、サラダに含まれていた濃緑色の細い葉っぱだけは、千鶴さんの料理を彷彿とさせるようなとんでもない味がしたが、舌にエルクゥの力を込めると美味しくなったので些細な問題だった。

 食べ物がおいしい事は、とにもかくにも人の生活に活力を与える。
 平静であろうとしても、どこか不安に沈んでいた心が、少しだけ洗われた気がした。



「……今日は疲れたわ。私は寝るから、明日の朝は起こしてね」

 部屋に戻るなり、お風呂上がりの火照った頬で、ルイズはベッドに転がった。

「起こしてねって……何時ぐらいに起こせばいいんだ?」
「そうね……2時でお願い」

 学院内の5つの広場の一つ、ユミルの広場には、大きな日時計が設置されている。
 日の出である0時から日の入である12時まで。夏の間は15時ぐらいまで伸びるし、冬なら10時で日が沈む。春の今なら、2時とは、日本で言う朝の7時ごろに当たるだろうか。
 機械時計はないものの、時刻という概念はハルケギニアにも浸透しているようだった。

「あと、私を起こす前に、これとこれ、洗濯しておいてね」
「ちょ、うわっ! お、おい!」
「干すところはメイドに聞けばわかると思うわ」

 クローゼットから薄手のネグリジェを取り出し、制服と下着をおもむろに脱ぎ出して平然としているルイズに、耕一はさすがに焦った。

「ていうか、いきなり脱ぐなっ! お、俺は男だぞ!? はしたない!」
「使い魔のオスを気にするメイジがどこにいるのよ」
「っ……はぁ。やれやれ」

 取り付く島も無いと諦めた耕一は、着替えるルイズを極力見ないようにしながら、脱ぎ散らかされたそれらを拾い集めた。
 向こうがどう思っていようと、耕一は健康かつ健全な男だから気にするものだ。いくらその体型が、年相応より発育の遅めな少女のものであるといっても、直視できるようなものではない。

 ……まあ、恋人が似たような体型なのが一つの理由であるというのは、彼の名誉の為に黙っておくべき事柄だろう。

「俺はロリコンじゃないぞ。誓って楓ちゃんだけだ。ホントだって。信じて。信じろコラ」
「どこに向かって何を言ってんのよ……」

 虚空に向かってブツブツ言い出した耕一を、アレな視線で眺めるルイズ。

「亜人だからしょうがないのかもしれないけど、恥をかくのは私なんだから、人前で変な行動は取らないでよね。じゃ、お休み」
「ん、お休み。ルイズちゃん」

 ルイズが布団を被って、ぱちん、と指を鳴らすと、テーブルの上や枕元に灯っていたランプが、ふっとかききえた。

「灯りも魔法か……便利なもんだな」

 ぎしり、と椅子をきしませて腕を組み、耕一は窓の外に目をやった。
 蒼紅の双月が、煌々と夜を照らしている。部屋の中には、微かな風の音とルイズの寝息だけが響いている。

 情緒はたっぷりだったが、先程言いつけられたお役目を思い出した耕一は、一つ嘆息して椅子に背を預け、目を閉じた。
 ルイズが起きる前に洗濯をしなければならないのなら、それより早く起きなければならないという事だ。1時間は見ておかなくてはならない。
 地上最強の生物、エルクゥであると同時に、必須科目以外の講義は極力1限に入れないようなぐーたら大学生であるところの耕一には、早起きなどというものは、三文の得でしかなかった。二束で。

 ……中世ファンタジー世界に来てまで、情緒を楽しむより時間に追われるとはなあ、などと埒も無い事を考えている内に、意識は眠りに吸い込まれていった。


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