光が眩しい。
ユーフロジーヌは、瞼の上に降り注ぐそれを感じ取り、目を覚ました。
正確に言えば、突然の衝撃で目を覚ましたのだが、まぁこの際細かいことは良いだろう。
ユーフロジーヌは、まるで生まれて初めて日光浴をするような気分だった。
ゆっくり覚醒へともってゆく間、周りがざわついているのが聞こえてくる。ここは外なのだろうとユーフロジーヌは想像する。それも、地べたに倒れているのだと分かってきた。
本来なら、うやうやしく控えた従僕<ミニストリアーレ>たちがいるはずである。しかし、それらはどうやら居ないように思われる。もっとも近しく仕えてくれていたアルマⅤが起こしたのでないあたり、それは容易に想像がついた。
「死んでるの……?」
すぐそばで少女であるらしい声がする。いきなり、なんと無礼なと言ってみたくなったが、突然くちびるを開いては体に障る。そもそも瞼もこうしてゆっくり開けなければ、あまり慌てて開いては 瞼 が 破 れ て しまう。
そうして、ユーフロジーヌはそろりそろりと瞼を開き、体の具合を確かめるようにして起き上がってみた。上半身をゆっくり、そうっとそうっと起こした……つもりだった。
「あだっ」
そう、“つもり”だったのだ。
体は思いのほか勢いよく起き上がり、何かに額をぶつけてしまった。凹んでなければいいのだけれど。
「いきなり起き上がるんじゃないわよ!」
額を押さえ、涙目になった少女がこちらに叫んでいた。
ユーフロジーヌは、安堵した。
あの少女が無事なのだから、自分の頭も問題ないだろう。
もし、自分が砕けているとすれば、彼女の頭などぐちゃぐちゃになってしまっているはずである。
ユーフロジーヌは、少々、力が強い。
「ここは?」
ユーフロジーヌが口を開いた。
芝生の上に寝転がっている事はすぐに認識できた。
どうやらお父さまの研究室ではないらしい。見れば分かる。
「ここはトリステイン魔法学院です。お嬢さん」
眼鏡をかけた男性が声をかけてきた。その姿を見止め、ユーフロジーヌは問いかけた。
「あなたが新しいお父さま?」
かの男性は驚きの表情を見せる。どうやら違うらしい。
よくよく見渡してみれば、若い少年少女たちがあたりを取り囲んでいる。さっき頭をぶつけた彼女も、そうした周囲の者達と同じ服装で、同じ年恰好であった。
そこで一歩おくれて“魔法学院”という言葉を反芻する。
決してユーフロジーヌの頭の回転が遅いわけではない。ただ、起きたばかりで頭が上手く働いていないのだ。
もしかしたら、ブドウ糖が足りないのかもしれない。起きてから食事をするまでは血糖値が上がらないものなのだ。だから頭の回転が悪くなるのも仕方ないに違いない。
一旦そう結論づけてから、自分の体に血液なんて残ってないなと独りごちてみた。
ああ、突っ込み役が欲しいわ。アルマⅤ。
「あなたは、わたしの使い魔として呼び出されたのよ。でも、あなた何処の人……?」
桃色がかったブロンド髪。その少女の特徴だ。あとは声がとても可愛らしい。とにかく、その子が言うには、私は小間使いにされるということらしい。まぁ、貧乏なお父さまもいらっしゃったから出来るだろう。ちょっと物を壊してしまうことも時々あるだろうけれど。
「ええ、分かったわ」
「……? ああ、うん」
会話が成り立たないのはアルマⅤがいないからだ。そうに違いない。
「平民ってわけでもなさそうだけど……貴族にしてはボロだし」
後半はぼそぼそと言ったのだが、ユーフロジーヌは耳がとても良い。ついでに、目も壊れやすいことを除けば良い部類であったし、体の質も元が良いから当然良い。ちょっと縫い目だらけだけれど。
ユーフロジーヌは、ボロを纏っていた。
着た当初は、とても良い素材を使ったすばらしいドレスだったのだが、時間というのは残酷である。
少しユーフロジーヌが眠りすぎたせいで、衣服がぼろぼろになってしまったのだ。たった百年程度のことだというのに、時間というのは本当に残酷である。もっとも、ユーフロジーヌはその具体的な時間経過を知りはしないが。
「まぁ、いいわ……。死体を呼んだかって大騒ぎしちゃって疲れたし……契約しちゃいましょ」
「我が名は、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我が使い魔となせ」
この子はルイズというらしい。
そんなことを考えていたら、ユーフロジーヌは口づけをされてしまった。
「最近の子って大胆なのね」
ユーフロジーヌは暢気に感想を述べた。
すると、ルイズは険しい目つきでこちらを見た。
「うぐっ……あなた臭いわよ……」
そういって口を拭うルイズ。
ゾンビが臭いのは当たり前である。
継ぎはぎの縫い目だらけになったその体。その手術痕がそれまで美しいと羨望の的であったユーフロジーヌを化け物と呼ばしめるようになったのは、十四の時。それ以来、継ぎはぎこそすれど、ずっと変わらぬその蒼白の技術の結晶。
あるゾンビ少女は、思いもよらぬ災難に巻き込まれたらしい。
ユーフロジーヌは、瞼の上に降り注ぐそれを感じ取り、目を覚ました。
正確に言えば、突然の衝撃で目を覚ましたのだが、まぁこの際細かいことは良いだろう。
ユーフロジーヌは、まるで生まれて初めて日光浴をするような気分だった。
ゆっくり覚醒へともってゆく間、周りがざわついているのが聞こえてくる。ここは外なのだろうとユーフロジーヌは想像する。それも、地べたに倒れているのだと分かってきた。
本来なら、うやうやしく控えた従僕<ミニストリアーレ>たちがいるはずである。しかし、それらはどうやら居ないように思われる。もっとも近しく仕えてくれていたアルマⅤが起こしたのでないあたり、それは容易に想像がついた。
「死んでるの……?」
すぐそばで少女であるらしい声がする。いきなり、なんと無礼なと言ってみたくなったが、突然くちびるを開いては体に障る。そもそも瞼もこうしてゆっくり開けなければ、あまり慌てて開いては 瞼 が 破 れ て しまう。
そうして、ユーフロジーヌはそろりそろりと瞼を開き、体の具合を確かめるようにして起き上がってみた。上半身をゆっくり、そうっとそうっと起こした……つもりだった。
「あだっ」
そう、“つもり”だったのだ。
体は思いのほか勢いよく起き上がり、何かに額をぶつけてしまった。凹んでなければいいのだけれど。
「いきなり起き上がるんじゃないわよ!」
額を押さえ、涙目になった少女がこちらに叫んでいた。
ユーフロジーヌは、安堵した。
あの少女が無事なのだから、自分の頭も問題ないだろう。
もし、自分が砕けているとすれば、彼女の頭などぐちゃぐちゃになってしまっているはずである。
ユーフロジーヌは、少々、力が強い。
「ここは?」
ユーフロジーヌが口を開いた。
芝生の上に寝転がっている事はすぐに認識できた。
どうやらお父さまの研究室ではないらしい。見れば分かる。
「ここはトリステイン魔法学院です。お嬢さん」
眼鏡をかけた男性が声をかけてきた。その姿を見止め、ユーフロジーヌは問いかけた。
「あなたが新しいお父さま?」
かの男性は驚きの表情を見せる。どうやら違うらしい。
よくよく見渡してみれば、若い少年少女たちがあたりを取り囲んでいる。さっき頭をぶつけた彼女も、そうした周囲の者達と同じ服装で、同じ年恰好であった。
そこで一歩おくれて“魔法学院”という言葉を反芻する。
決してユーフロジーヌの頭の回転が遅いわけではない。ただ、起きたばかりで頭が上手く働いていないのだ。
もしかしたら、ブドウ糖が足りないのかもしれない。起きてから食事をするまでは血糖値が上がらないものなのだ。だから頭の回転が悪くなるのも仕方ないに違いない。
一旦そう結論づけてから、自分の体に血液なんて残ってないなと独りごちてみた。
ああ、突っ込み役が欲しいわ。アルマⅤ。
「あなたは、わたしの使い魔として呼び出されたのよ。でも、あなた何処の人……?」
桃色がかったブロンド髪。その少女の特徴だ。あとは声がとても可愛らしい。とにかく、その子が言うには、私は小間使いにされるということらしい。まぁ、貧乏なお父さまもいらっしゃったから出来るだろう。ちょっと物を壊してしまうことも時々あるだろうけれど。
「ええ、分かったわ」
「……? ああ、うん」
会話が成り立たないのはアルマⅤがいないからだ。そうに違いない。
「平民ってわけでもなさそうだけど……貴族にしてはボロだし」
後半はぼそぼそと言ったのだが、ユーフロジーヌは耳がとても良い。ついでに、目も壊れやすいことを除けば良い部類であったし、体の質も元が良いから当然良い。ちょっと縫い目だらけだけれど。
ユーフロジーヌは、ボロを纏っていた。
着た当初は、とても良い素材を使ったすばらしいドレスだったのだが、時間というのは残酷である。
少しユーフロジーヌが眠りすぎたせいで、衣服がぼろぼろになってしまったのだ。たった百年程度のことだというのに、時間というのは本当に残酷である。もっとも、ユーフロジーヌはその具体的な時間経過を知りはしないが。
「まぁ、いいわ……。死体を呼んだかって大騒ぎしちゃって疲れたし……契約しちゃいましょ」
「我が名は、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我が使い魔となせ」
この子はルイズというらしい。
そんなことを考えていたら、ユーフロジーヌは口づけをされてしまった。
「最近の子って大胆なのね」
ユーフロジーヌは暢気に感想を述べた。
すると、ルイズは険しい目つきでこちらを見た。
「うぐっ……あなた臭いわよ……」
そういって口を拭うルイズ。
ゾンビが臭いのは当たり前である。
継ぎはぎの縫い目だらけになったその体。その手術痕がそれまで美しいと羨望の的であったユーフロジーヌを化け物と呼ばしめるようになったのは、十四の時。それ以来、継ぎはぎこそすれど、ずっと変わらぬその蒼白の技術の結晶。
あるゾンビ少女は、思いもよらぬ災難に巻き込まれたらしい。