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ゼロな提督 第9話  王女アンリエッタ


「ふぅ~む、何となく似合わないなぁ」
「んなこたーねーって!あのヘンな服よか大分ましだと思うぜ」
「そーね。同じ似合わないんなら、こっちの方がいいんじゃない?」
「ヘン…かぁ。ま、しょうがないか。執事やるんだったら、この服だしね」
 ヤンも、ルイズも、壁に立てかけられたデルフリンガーも、鏡台に映る黒服に白手袋の
ヤンを見ている。格好だけ見れば、まるでどこかの貴族に仕える平民の執事に見えない事
もない。
 でもよく見ると、やっぱり相変わらず芽のでない学者風だ。かつて彼の部下であるロー
ゼンリッター第13代隊長シェーンコップ少将は彼の軍服について「他の服は何を着ても似
合わん」と評したものだ。


       第九話     王女アンリエッタ


 ラーグの曜日の朝。
 ようやく昨日、仕立屋からヤンの服が学院に届いた
 ヤンとルイズは珍しく早起きしていた。もちろんヤンがルイズを起こしたのではなく、
デルフリンガーが目覚まし役をしてくれたのだが。
 黒スーツに袖を通し、鏡の前で身なりを整えている。昨日森の中を歩き回って汚れたし、
いい加減汗臭いので、軍服はまとめて洗濯することにした。
「ま、あんたもこれで少しは執事らしくなったじゃない。いつまでも落ち込んでないで、
これから気合い入れて執事の修行すんのよ!」
 バンッとヤンの背を叩いて、ルイズは部屋を飛び出していった。

 後には鏡台を見つめながら、慣れない服装と布地への違和感を隠しきれないヤンが残っ
ている。いつまでも朝食に行かないヤンに、デルフリンガーが怪訝そうな声をかけた。
「ヤンよぉ。その服、そんなに気にいらねぇのか?」
「いや、そう言う訳じゃないんだ」
 そう言ってヤンの手は頭へと上がる。だがその手は何かを探すように宙をさまよう。
 ベレー帽も被っていない事を今さらに思い出し、誤魔化しついでに頭をかいた。
「結局…昔の事は忘れて、この国で新しい人生を生きて行かなきゃいけないのかなって。
この服装を見てると、そう思うんだ」
「そっか。まぁ、いつまでも落ち込んでいるよりは前向きで、いいんじゃねぇか?」
「…だね」
 ヤンは胸元に収めた銃の感触を確かめてから、部屋を出た。


 寮塔を出たヤンは空を見る。
 澄み渡った青空にふわふわと雲が浮いている。

「仕事も収入も寝床もある。学院でハルケギニアの事を教えてもらえる。ヴァリエール家
三女ルイズの執事という地位に大きな不満もなし、か…」
 既に生徒も教師も食堂に向かい、誰もいない広場。ノンビリと歩くと踏みしめる草の音
と感触が心地よい。
「おちこぼれメイジに見習い執事。ゼロなのはお互い様。せいぜいマイナスにならないよ
う、頑張るとしようかな」
 そんな独り言を呟きながら、厨房へ向かう。
 ヤンが入るなり、どうしたのよその格好!意外と似合うんじゃねぇ?などの声が響いて
きた。




 学院長室では、机を囲んでオスマンとロングビルが座っている。今日は図書室でなく学
院長室でヤンにハルケギニア講座を行っていた。

「・・・というのが、私の知る限りのレコン・キスタの姿です」
 アルビオンの政治情勢、特に内戦の趨勢について語り終えたロングビルは、ヤンのキョ
トンとした顔を見た。
「…なるほど。共和制と言っても、結局は王族・貴族間の利権争いですか…。
 で…確認したいんですが、その、レコン・キスタ総司令官の名は、オリヴァー=クロム
ウェルで間違いないんですね?」
 聞かれたロングビルも、少しキョトンとしてしまった。答えたのはオスマン。
「そうじゃ。元々は一介の司教に過ぎなかったそうなんじゃが、何故か貴族議会とやらの
投票で総司令官に選ばれたんじゃよ。まあ、内戦を勝利に導いたんじゃから、それなりの
軍事的才能は持っておるのじゃろうて。
 だが、そのためにアルビオン王家は風前の灯火じゃ。このまま王家が絶えれば、始祖よ
り授かりし王権が潰える事となるのぉ」
 説明されたヤンは、話は聞いているようだが、どこか上の空で視線が泳いでいる。

「オリヴァー=クロムウェル…清教徒革命…議会派、1642年…鉄騎隊。議会を解散させ終
身護国卿に…軍事的独裁…英蘭戦争」

 ヤンの口から漏れる聞きなれない言葉に、オスマンとロングビルは顔を見合わせてしま
う。
「あの…ヤン?どうかしたの?」
 ロングビルの言葉にヤンはようやく我に返った。
「あ、ああ、ゴメン。そのオリヴァー=クロムウェルっていう名前の人は、僕の国の歴史
にも出てくる名前なんだ。しかもレコン・キスタと似たような事をした人でね。
 いや~、偶然って凄いなぁと思って」

 二人とも、ふーんと頷いただけで、深く突っ込まなかった。ヤンも突っ込まれた所で、
パラレル・ワールドである両世界が似たような歴史をたどっている、なんて事を説明も出
来なかっただろう。
 同時にヤンは、この世界の民主共和制が未だ芽吹いたばかりなのだと理解した。しかも
魔法を使える者と使えない者の間に厳然たる溝がある事も思い知らされている。
 この世界でフランス革命に相当する市民運動が起きるのは絶望的。例え数百年後に起き
たとしても、ヤンの世界より遙かに小規模だろうと想像出来てしまう。

「いや、月が二つあるくらい違う世界なんだし、別の歴史をたどるのが当然か」
「ん?なんじゃね?」
「あ、いや、独り言です。それじゃ続きを」
 とヤンが話を戻そうとした所で、学院長室の扉がコココンと、控えめながらも慌てたリ
ズムでノックされた。
「誰じゃね?」
 名乗る前にバタンと大きな音を立てて学院長室に入ってきたのはシエスタ。
「失礼します!シエスタです!じ、実は今、近衛隊の方が参られました!アンリエッタ姫
殿下が、ゲルマニアご訪問からの帰りに、学院に行幸なされると!」

 今度は学院長が慌てふためいた。




 学院へと続く街道を、金の冠を御者台の隣につけた四頭のユニコーンに引かれた馬車が
静々と歩んでいた。馬車の所々には金と銀とプラチナでできたレリーフが象られている。
そのうちの一つ、聖獣ユニコーンと水晶の杖が組み合わさった紋章は、この馬車が王女の
馬車である事を示していた。
 王女の馬車の後ろには、先帝無き今、トリステインの政治を一手に握るマザリーニ枢機
卿の馬車が続いていた。王女の馬車よりさらに立派で風格のある馬車だ。
 二台の馬車の四方を、グリフォン隊など、三つある王室直属の近衛隊が固めている。

 灰色のローブに身を包み、激務の果てにやせ細った枢機卿は、自分の馬車を降りて王女
の馬車へ乗り込んでいた。
 政治の話をするためだったのだが、王女は溜め息を付くばかりで、全く要領を得ていな
かった。腹心のグリフォン隊隊長が気晴らしにと花を捧げたりもしたものの、相変わらず
王女の表情は沈んだままだった。気品のある顔立ちに高い鼻を持つ、瑞々しい17歳の姫
も、今は美貌に陰りを宿す。
 真っ白の口ひげをいじりながら、さてどうしたものかと真っ白な髪に包まれた頭を捻っ
ている。

 先に口を開いたのは、何かを思い出したかのように急に目を見開いた王女だった。
「マザリーニ、私達がゲルマニアを訪れている間に、アカデミーへヴァリエール家から巨
大なダイヤが持ち込まれた…という話を聞きましたが、真ですか?」
「確か、そうでしたな。なんでも、斧の刃として付けられた物で、アカデミーでは刃を斧
から取り外すのに四苦八苦しているとか」
「斧の…刃?」

 意味が分からない様子の王女が首を傾げる仕草は目まいがするほど美しかった。だが、
これを説明しようとする枢機卿が目まいを感じたのは、王女の美しさゆえでなく、説明の
難しさゆえだった。

「そう、信じられない事に、斧の刃として取り付けられているそうでしてな。しかも斧本
体も信じがたい硬さだとか。あまりの硬さにあらゆる魔法でも傷すら付かず、斧と刃の接
合部に『錬金』をかけて、どうにか僅かずつ切り離しているという話です」
 なんとか分かりやすく説明できたつもりのマザリーニだったが、王女はますます首を傾
げてしまった。
「その、申し訳ないのですが…とても想像がつきません。そもそも、どうしてダイヤを斧
の刃に?」
「いや、それは…現物を見ない事には、なんとも言いようがありますまい」
 ハルケギニアに知らぬ事はない、とすら言われたマザリーニも首を傾げてしまった。
「そうですね。それで、確かその斧を持ち込んだのはラ・ヴァリエール公爵家の三女、ル
イズでしたわね?」
「そうですな。そういえば、これから向かうトリステイン魔法学院の生徒でしたな」

 枢機卿の言葉に、王女は再び考え込んでしまった。だが先ほどよりは表情に明るさが指
しているので、とりあえず枢機卿は良しとすることにした。



 魔法学院の正門をくぐって、王女様ご一行が姿をあらわれると、整列した生徒達は一斉
に杖を掲げた。しゃん!と小気味良く杖の音が重なった。
 正門をくぐった先の本塔玄関前で、学院長のオスマンが出迎える。オスマンの後ろには
ロングビル、そしてヤンが直立不動で立っていた。
「えーっと…なんで僕もここに立ってるのかな?」
「うーんと、成り行き…かしらね?」
「しょうがないわい、今さら移動するのも不敬というものじゃ。粗相のないようにな」
 というわけで、ワケも分からずオスマンとロングビルの後をついて行ったヤンは、その
まま玄関前に立たされてしまった。


 馬車が止まると、駆け寄った召使い達によって玄関と馬車の間に非毛氈のじゅうたんの
道が作られる。
「トリステイン王国王女、アンリエッタ姫殿下のおなーーりーー!」
 呼び出しの衛士が王女の登場を告げたのだが、最初に姿を現したのは四十過ぎの痩せこ
けた男、枢機卿。ガッカリして鼻を鳴らした生徒達の落胆だが、枢機卿は意に介した風も
無く馬車の横に立ち、続いて降りてくる王女の手を取る。
 生徒達の間に歓声が沸き起こった。
 王女も生徒達へ向けて薔薇のような微笑みを向けて、優雅に手を振った。

 ヤンが視線を生徒達、ルイズの方へ向けると、彼女は王女ではなく近衛隊の方を見てい
た。顔を赤らめ、惚けたように見つめている先には、羽帽子を被り鷲の頭と獅子の胴を持
つグリフォンに跨った、りりしい貴族の姿があった。ついでに横に立つキュルケも同じく
羽帽子の貴族をぽーっと見つめている。
 やっぱり女の子なんだなぁ、と感じるヤン。男としての敗北感が少々、娘を取られる父
親気分も少々かな…と自己分析してしまう。

 王女の前に跪くオスマンにならい、後ろのロングビルとヤンも膝をつく。
 オスマンに枢機卿が何か声をかけると、学院長はかなり困った顔で後ろを向いた。
 ヤンの方を。




 学院長室のソファーにはアンリエッタ姫と枢機卿、ロングビルは部屋の隅にある秘書用
デスクに、オスマンは枢機卿の正面にテーブルを挟んで座っている。そしてヤンとルイズ
がテーブルの横に膝をついている。
 部屋の隅には騎士達が直立不動で待機していた。
 枢機卿はヤンが召喚された時の話を、オスマンとルイズから興味深そうに聞いていた。
「なるほど。例の斧はそこの平民が召喚された世界での武器だというのだね?信じられん
技術力で作られたのだな・・・」
 枢機卿は改めて横に控えるヤンを見下ろした。
「尋ねるが、君の国では全ての兵士がそんな武器を持っているのか?」

 予想通りの質問ではあったが、ヤンは回答に苦慮してしまう。
 ローゼンリッターなど陸戦隊員の通常装備であり、別に珍しくも何ともない。だが、そ
んな事を言っても信じてはもらえない。正気を疑われたり異端審問だのにかけられるまで
はいかないと思いたいが。
 結局、ハルケギニアの人に信じてもらえる範囲で答えることにした。

「あれは我が国最強の陸戦隊、薔薇の騎士団が有する武器です。極めて特殊な、重要な戦
局でしか使わない最後の切り札です」

 なんとも嘘臭い説明に自分で呆れてしまう。
 だが嘘でもない。薔薇の騎士団という名前なのは本当だし、気体爆薬のゼッフル粒子が
散布された閉鎖空間で白兵戦を行うという特殊な戦局には、炭素クリスタルの斧しか使え
る武器がない。だから確かに最後の切り札だ。ローゼンリッターが同盟最強なのも誇張で
はない。
 そして、いかにも曰くありげで立派そうな斧の説明に、枢機卿は納得したようだ。
「ほほう…やはりそれなりの逸品であったか」
「この目で見るのが楽しみではありませんか。城へ戻る前にアカデミーへ寄るとしましょ
う」
 アンリエッタも目を輝かせて楽しみにしているようだ。だが枢機卿は頭を傾げる。
「しかし…そのような血に濡れた物を、めでたき婚儀に持ち込むのはいかがなものか…城
に戻ったら公爵と相談しておきましょう」
「そうですわね。いずれにせよ、ルイズも大義でした。幼き日を共に過ごした友からの祝
いの品、嬉しく思います」
「は、はい!姫殿下のお気に召しますならば、感激の極みにございます!」
 ルイズはよほど感激したのか、顔を真っ赤にしている。目からは涙がこぼれそうだ。

 そしてアンリエッタは、顔を伏せるヤンへ思いついたかのように視線を移し、全然違う
話を切り出した。
「ところで…そのような逸品の斧と共に召喚されたとすると、もしやあなたは、名のある
軍人だったのですか?」
 この言葉に、枢機卿の真正面にいたオスマンは全身から脂汗が滝のように流れ出す。み
るみるうちに顔が青ざめ、せわしなく髯を撫でる手が震えている。『僅か一個小隊でもエル
フの大群を壊滅させる軍団の長、王侯貴族を打破する共和制国家の重要人物』を無理矢理
に使い魔にしてしまったなど、口が裂けても言えない。

 そんなオスマンの狼狽は、顔を伏せているヤンの目には映らなかった。
「いえ、とんでもありません。私は見てのとおり剣を振るう力も技もなく、後方で机の上
に座ってお茶をのんでばかりいました」
 これもやっぱり嘘ではない。そして、別にオスマンの都合と関係なく、ヤンは過去の望
まぬ経歴など口にする気はなかった。正直に言った所で、信じてもらえる話でもない、と
も考えていたし。
「う、うむ!そうじゃな、そういう話じゃったな!」
 その言葉にオスマンも力強く頷いた。流れる冷や汗を飛び散らせながら。
 その姿は、アンリエッタにもマザリーニにもルイズにも、明らかに不審すぎた。

 姫殿下一行は、その後すぐに学院を去っていった。
 あとには、ヘナヘナと力が抜けて椅子に崩れるオスマンがいた。



 昼食後のひと時、食堂上のテラスでは、椅子に座ったルイズとキュルケとタバサがヤン
の入れたお茶を飲んでいた。
「へぇ~!あのグリフォン隊の隊長がフィアンセなんだ」
 カチャッとテーブルにカップを置くキュルケが驚いて声を上げる。
「そうなの。といっても父様が昔、戯れに決めたものだから、今も覚えているかどうかわ
からないのだけど…」
「あら!でもさっきポーっと見とれていたじゃない!」
「ちょっちょっと!よしてよキュルケ、からかわないで!ワルド様のご都合だってあるの
だし」
 からかわれてルイズは真っ赤になってしまう。
「そりゃ、昔は子爵様にあこがれてたし、今もとっても素敵だし、『閃光』の二つ名がある
ような風のスクウェアだし・・・でも・・・」
 もじもじしながら小さくなっていくルイズを見ていれば、唐変木のヤンでも彼女が抱く
憧れは分かる。実際、遠目でしか見ていないが、婚約者として文句のつけようもない地位
と実力と容姿を有しているのだろう。
 さてさて、そうなるとルイズの執事役としては、彼女の恋を成就させればいいのかな?
それともまずは、婚約自体が未だに有効か確認するのが先かな?なんてことを考えてしま
うヤン。
 そして、そんなことを考え出す自分に気がついて、過去の自分との違和感と、ハルケギ
ニアの生活に溶け込み始めている自分を認める恥ずかしさが沸き起こる。どうにもそれら
の感情が交じり合って整理しきれず、やっぱり頭をかいてしまう。

 ヤンが誤魔化し紛れに視線を落とすと、黙ってお茶を飲んでいたタバサに目が合った。
じっとヤンを見上げている。
「えっと、やっぱり、美味しくありませんか?」
 青いショートヘアーの少女はふるふると頭を横に振った。そして一言。
「お茶菓子」
「あ…すいません」
 いわれてヤンも、昼食後なのにお茶しか持ってきていないことを思い出した。ルイズが
ここぞとばかりにヤンをじろりとにらむ。
「まったく、何してんのよ。こんな基本的な事忘れるなんて、やっぱりまだまだねー」
「そーねぇ、やっぱり使用人みたいな仕事は向いてないかもよ?だぁかぁらぁ・・・」
 キュルケはビシッとヤンを指差す。
「貴族になったら?」

 いわれたヤン以上に、横で聞いてたルイズが仰天してしまう。椅子を倒して飛び上がっ
てしまった。

「ななな何言ってんのよ!?ここはトリステインなんだから!あんたの下品な国みたいに、
金で貴族になんかなれないんだからね!」
 つばを飛ばして抗議してくるルイズに、さらにキュルケは畳み掛ける。
「あぁ~ら、だったらゲルマニアに来ればいいのよ。そして斧を売った金で貴族の地位を
買うの。そうすれば、あなたがルイズのお茶なんか入れなくても、メイドがあなたのお茶
を入れてくれるわよ?」
「きゃーきゃー!余計なこと言うんじゃないわよ!こいつはあたしの、つつつ、使い魔な
んだから!」
 必死で強気に叫んだルイズだが、それでも恐々とヤンの方をみてしまう。すると彼は、
顎に手を当てて真剣に考え込んでいた。
 ルイズはグイッとヤンの胸倉をつかむ。
「ちょっとあんた・・・まさか、本気でゲルマニア行こうなんて考えてるんじゃ、ないで
しょうね?」
「え?えーっと…」

 と言ったところでヤンは気がついてしまった。彼を見上げるルイズの目が、少し潤んで
いることを。

 慌てて首を振ってゴシュジンサマを安心させる言葉を考える。
「いやまぁ正直、一瞬は考えてしまったんですけど。
 でも、流れ者がいきなり貴族になったって、ゲルマニア社会に簡単には受け入れてはも
らえないですよ。それに、まだまだ学院でハルケギニアの魔法や社会について勉強したい
ですしね。
 少なくとも、ルイズ様が学院にいる限り、僕も学院で働きながら勉強を続けるつもりで
すよ」
 少なくとも今のヤンにとって偽りのない言葉だ。何より、トリステイン魔法学院の図書
館は彼にとって魅力的なのだから。そしてその言葉はルイズを安心させるには十分な言葉
だった。
 ほっと安堵する小柄な少女の姿を見ると、ヤンも嬉しくなってくる。


 厨房で茶器を洗っていると、後ろからシエスタが声をかけてきた。
「ヤンさーん。聞いちゃいましたよ、さっきのミス・ヴァリエール達とのお話」
「やだなぁ、盗み聞きなんて趣味が悪いですよ」
「いえ、そんなつもりはなかったんですけど、通りがかったときに聞こえちゃったんです」
 シエスタはヤンが洗った食器を布で拭いて棚に戻していく。
 片付けながらヤンをチラチラと見る。そして大きく息を吸い、思い切って切り出した。
「それで、聞きたいんですけど、ヤンさんは結局トリステインにずっといるつもりですか?
噂では、いつか故郷からの迎えが来るとか、ゲルマニアで貴族になるんじゃないかとかい
われてますよ」
「う~ん…それは、分からない。けど…」
「けど?」

 シエスタに尋ねられて、ヨハネスの墓前で考えていたことを改めて思い出す。
 あの時は、落胆のあまり全てに悲観的になってしまった。だが、今になって思い返して
みればどうか?
 妻子や部下、イゼルローン要塞、帝国との和平交渉など、彼が残してきたものはあまり
に多い。だが今の自分にはどうしようもない。彼は今、別の歴史の中を歩んでいるのだか
ら。そしてそのことに文句もつけようはない。彼が戦場で軍を指揮するたびに多くの人々
が歴史の舞台から退場を強いられた。今、それが自分の番になっただけの話だ。始祖ブリ
ミルとやらに抗議する資格はない。むしろ、本来死んでいたはずの所を助けてもらった事
については素直に感謝すべきだ。
 そんな事を延々と考えていると、シエスタが横から心配げに見上げてきているのに気が
ついた。
 黒い瞳がまっすぐヤンの目を見つめている。
 彼は、ふぅとため息をつきながら肩をすくめた。

「まだここに来て一ヵ月もたっていないんだ。先のことなんてさっぱり分からないよ。落
ち着くまで、ここで働き続けるよ」
 結局、ヤンが口にしたのは当たり障りのない先延ばしの言葉。だがその言葉を聞いたシ
エスタはとても嬉しそうだ。

 自分がここにいることを喜んでくれる人がいる。居場所がある。それだけでも、どれほ
ど幸運なことだろうか。




 その日の夜。
 ルイズは心ここにあらずで、部屋の中を歩き回っていた。
 床にあぐらをかいて『ハルケギニア魔法史』を読んでいるヤンの前をウロウロしたり、
ベッドに立ったり座ったり。さらには枕を抱いて特大の溜め息をついたり。
「お~い、どうしたんだい?ルイズ」
「ウロウロしてねーで、落ち着いて座っちゃどーだ?」
 そう言って声をかけるヤンとデルフリンガーだったが、ルイズはぼんやりしたまま生返
事だ。その表情はまさに恋する乙女とでもいうべきだろうか。もっともヤンは『恋する乙
女』なんて甘酸っぱいモノが存在する世界にいなかったので、本当にその表現が正しいの
かどうか分からなかった。

「デル君、どうしたのかな?」
「ん~…何か今日、変わった事はなかったか?」
 壁に立てかけられた剣に聞かれて、ふと王女来訪時の事を思い出す。

「もしかして、ワルド子爵とか言うフィアンセのことかい?」
「ひやあっ!な、なななっにゃに言うのよ!」
 とたんにルイズは飛び上がり真っ赤になった。なので、先ほどの表現が正解だったと納
得した。
 そしてルイズに「何を一人で納得してんのよっ!」と殴られた。
 痛む頭をさする執事モドキに変わって剣が話を続ける。
「へぇ~、お前さん婚約者がいたのかい。もしかして、式の日取りでも決まったのか?」
「ばっ!バカ言わないでよ…それ以前の問題よ。10年も前の話だから、もう覚えてもいな
いんじゃないかしら」
「なら、確かめりゃいいじゃねーか。お前さんや子爵の家の都合だってあんだし、エレオ
ノールの姉さんみたいに破棄されたら大変だろ?」
「うぐぉ!い、イヤな事言わないでよ!てかなんで知ってるのよっ…て、ヤン!」
「ご、ゴメン。つい口が滑っぐぉ」
 ヤンの言い訳は最後まで聞かれることなく、再び鉄拳で中断させられた。


 二人がそんな風にドタバタしていると、ドアがノックされた。
 長く二回、短く三回の規則正しい音が、騒がしい部屋の中に響く。とたんにルイズの顔
が驚きのそれへと変わる。
「こんな夜更けに誰かな?」
 と訝しみながらドアに向かったヤンを、ルイズが慌てて押しのけて扉を開いた。
 そこに立っていたのは、真っ黒な頭巾をすっぽりと被った少女だった。少女は辺りをう
かがい、そそくさと部屋に入り、後ろ手に扉を閉めた。
「…あなたは?」
 ルイズの言葉に、頭巾の少女はしっと言わんばかりに口元へ人差し指を当てた。頭巾と
マントの隙間から杖を取り出し小さく振る。すると光の粉が部屋の中を舞う。ディティク
トマジックだ。
「どこに耳が、目が光っているかわかりませんからね」

 そして覗き穴の類も無い事を確認すると、少女は頭巾を取った。そこにいたのは、アン
リエッタ姫だ。

「姫殿下!どうなされたのですか!?このような夜更けに、こんな下賤な場所へ、起こし
になられるなんて…」
「うひょっ!お姫様がいらっしゃるとは、おでれーたなぁ!」
 慌てて膝をつくルイズ。ヤンも驚きつつ膝をつく。そしてアンリエッタはルイズを抱き
しめた。
「ああ、ルイズ!ようやく誰の目も憚らずに会えました!
 そんな堅苦しい行儀は止めて頂戴!昼間とは違うの、マザリーニも騎士達も、誰の目を
気にする必要はないのよ!あなたと私はおともだち!おともだちじゃないのっ!」
「もったいないお言葉でございます。姫殿下」
 ルイズは硬い緊張した声で言った。ヤンは二人の美少女が抱き合う様をみつめていた。


 ヤンは、王女とルイズのやりとりをぼんやりと見ていた。
 二人が『幼い頃一緒に蝶を追いかけた』、『ドレスの奪いッこをアミアンの包囲戦と呼ん
だ』、『あなたは友達面して寄ってくる欲の皮の突っ張った連中とは違う』『懐かしくて涙が
出てしまう』etc...の話をしているのを見つめていた。
 ルイズがヤンを「姫さまがご幼少のみきり、恐れ多くも遊び相手を務めさせていただい
たのよ」と改めて紹介したが、今度はヤンが心ここにあらずといった感じの生返事だ。

 かつて養子のユリアンは、ヤンが普段ぼんやりしていることについて、人類の歴史につ
いて思いを巡らせているとか新しい戦略を練っているとか、ひたすら美化して語った事が
ある。実際は、ぼんやりしているように見えるヤンは、実はぼんやりしているのが大半な
のだが。
 そしてこの時もぼんやりしているように見えた。だが、ぼんやりと美少女達を見つめる
ヤンは、珍しくぼんやりしていなかった。

 彼が今ぼんやりしていなかったのは、別に二人の芝居がかったやりとりに呆れていたせ
いではない。彼女がこんな夜更けに一人で来た理由についてだ。ただ会いたいだけなら、
昼間会った。共も連れず、人目を避け、わざわざ城から来た理由が昔話をするためだとで
も言うのだろうか?
 もちろんヤンは、王女が昔話をするためだけに危険を冒してここに来た、なんて全く考
えていなかった。

 それどころか、彼の脳細胞は警報を鳴らしている。

 かつて彼は上官達から無理難題を押しつけられ続けた。半個艦隊で難攻不落のイゼルロ
ーン要塞を攻め落とせだの、敵がいつ来るか分からない時に前線から首都に呼び戻され、
延々と査問にかけられたりだの。その彼の経験に基づく索敵レーダーが最大級の警戒警報
を告げていた。
 特に王女の、ルイズの情に訴えたり親近感を演出しようとする態度。これはかつて彼の
上官が彼に無茶な命令を出したり、退役を希望する彼の辞表を拒んだ時の態度と重なる。
だとすれば、この美しき王女はどんな無茶を言いに来たのか。
 いや、ここは自由惑星同盟ではない。形骸化していたとはいえ、同盟軍は文民統制の下
で規律と理性を重んじていた。だが、ここは専制国家トリステイン王国だ。支配者たる王
侯貴族の気分次第で、死ねと言われる事すらありうる。無茶と言える話なら、まだ幸運だ
ろうか。

 ひとしきり思い出話に花を咲かせた所で、アンリエッタは表情が暗くなり溜め息をつい
た。深い憂いを含んだ声が漏れる。
「あの頃は、毎日が楽しかったわ。なんにも悩みなんかなくって」
「姫さま?どうなさったんですか?」

 ルイズは心配になってアンリエッタの顔を覗き込んだ。
 ヤンも心配になって部屋からの逃走方法を確認した。

「いえ、なんでもないわ。ごめんなさいね…!いやだわ、自分が恥ずかしいわ。あなたに
話せるようなことじゃないのに…、わたくしってば…」
 聞いてるヤンの方が恥ずかしくなってきた。これだけ話を振れば、悩みについて尋ねざ
るをえない。まさか王女の悩みを無視して「そうですか、ならば聞きますまい」なんて、
臣下が言えるわけもない。
 この王女は、花のように美しいとの市井の噂だ。ヤンには、その花とはドクダミかオニ
ユリの類だろうと思えてきた。
 そういえば、さっきから壁のデルフリンガーがしゃべらない。どうやら高みの見物を決
め込んだらしい。


「席を外しましょうか?」
 ヤンのごくまともな、そして一縷の望みをかけた提案だったが、
「いえ、メイジにとって使い魔は一心同体。席を外す理由がありません。何より、軍人で
あったあなたにも聞いて欲しい事なのです」
 と、あっさり却下されてしまった。しかも、あまり聞きたくない理由付きで。
「あの、軍人と言いましても、私は昼に申し上げたとおり、後方勤務でした」
 その言葉に、アンリエッタはニッコリと微笑みを返した。
「謙遜する必要はありませんよ。あの学院長があそこまで狼狽するなんて、余程の方に相
違ありませんわ」
「いえ、そのような事はありません」
「では、そういう事にしておきますわ。それにしても、あの斧に付けられたダイヤは本当
に驚かされました」
 ヤンの言葉は王女の微笑みに流されてしまった。

 そして、もの悲しい調子でアンリエッタは語り出した。
「わたくしは、ゲルマニアの皇帝に嫁ぐ事になったのです。同盟を結ぶために…」
「はい、お噂は聞き及んでおります。…おめでとうございます」
 そして姫は語り出した。顔を両手で覆って、床に崩れ落ちながら。

 レコン・キスタに対抗するためゲルマニア皇帝との婚姻成立が必要な事――
 レコン・キスタが両国の婚姻と軍事同盟を妨害しうる材料を探している事――
 かつてアルビオンのウェールズ皇太子に手紙を送った事――
 手紙が公になれば婚姻が破棄されてしまう事――

 のけぞり、ベッドに体を横たえるアンリエッタ。そしてルイズも息をのむ。
「では、姫さま、わたしに頼みたいことというのは…」
「無理よ!無理よルイズ!わたくしったら、なんてことでしょう!混乱しているんだわ!
考えてみれば、貴族と王党派が争いを繰り広げているアルビオンに赴くなんて危険な事、
頼めるわけがありませんわ!」

 ヤンは、無理です!あなたは混乱しているんです!そんな危険な事を頼めるわけがあり
ません!と叫びたいのを必死でこらえた。
 だが、彼の主はこらえてはくれなかった。それも正反対の方向で。
「何をおっしゃいます!たとえ地獄の釜の中だろうが、竜のアギトの中だろうが、姫さま
の御為とあらば、何処なりと向かいますわ!姫さまとトリステインの危機を、ラ・ヴァリ
エール侯爵家の三女、ルイズ・フランソワーズ、見過ごすわけにはまいりません!」
 ルイズは膝をついて恭しく頭を下げた。

 ヤンは、彼をハルケギニアに召喚した根本的原因である始祖ブリミルを呪う事にした。
 たとえ命の恩人であるメイジ達の神だろうと、もし会ったらブラスターで穴だらけにし
てやると誓った。
 そして、今日一日、このトリステインを第二の故郷として新しい人生を歩もうか、なん
て僅かでも考えた自分の甘さと愚かさを、宇宙服も着ずにエアロックから宇宙空間に飛び
出してプロミネンスを吹き出す恒星に飛び込みたいくらいに恥じた。
 支配者たる王侯貴族の気分次第で、死ねと言われる事すらありうる…そう頭の隅に入れ
てはいたが、まさか、本当に死ねと言われるなんて予想もしなかった。
 自分のアルジサマは過酷な人生を歩んできたため、些か歪んだ人格になってしまった少
女だが、健気で努力家で脆いところもある寂しがり屋と思っていた。が、今からその評価
の中に『門閥貴族』を加えざるをえなかった。

 いや、有力貴族であるルイズは最初から門閥貴族の一員だ。ただ、ハルケギニアの貴族
はメイジであることが必須なため、失敗魔法しか使えないルイズは貴族の枠から少し外れ
ていた。だからこそ、使い魔の地位を拒絶し去ろうとしたヤンに、出て行かないで欲しい
と懇願すらした。
 だが、やはり彼女の根本的思想は『門閥貴族』だったことを、ヤンは思い知らされてし
まった。


 かつてローエングラム王朝を建てた初代皇帝ラインハルト1世は、旧帝国ゴールデンバ
ウム朝の門閥貴族勢力を帝国暦488年のリップシュタット戦役において打倒した。貴族連
合は、ローエングラム勢力を上回る戦力を持ちながら、無様なまでの敗北を続けた。
 盟主のブラウンシュヴァイク公爵はじめ門閥貴族と呼ばれた人々は、血縁或いは縁故に
よる排他的な結束をもとに、帝国の政治や経済を支配し搾取する事を生業としていた。だ
が本人達は自分達の血統と隆盛が帝国の為になると本気で信じ込んでおり、それに反する
存在に大きな嫌悪と憎悪を抱いていた。
 彼等はリップシュタット戦役において、無謀無策な突撃を繰り返し、無為に戦力を疲弊
させ、有能な部下であるメルカッツ提督からの苦言に耳を貸さず、尊大で傲慢な有力者同
士が衝突し、内部分裂を繰り返した。自らの領地内で民衆の反乱が起きて親族が殺される
や、逆上して自陣内にもかかわらず核攻撃すら行った。結果、完全に民衆の支持を失って
早々に敗北した。
 盟主ブラウンシュヴァイク公爵は最後は自暴自棄になって無謀な出撃を行い、当然即座
に敗れた。部下に自殺を強要され、醜態を晒しながら死亡した。


 そして今、ヤンの目の前で、同じ事がおきようとしている。それも、よりにもよって、
自分の雇い主が、陶酔に溺れて死地に向かおうというのだ。当然自分も巻き込まれてしま
う。
 いや、リップシュタット戦役では少なくとも、門閥貴族は敵と同程度かそれ以上の戦力
を有していた。だが今回は、話の筋からすると、どう考えても、少数の部隊でレコン・キ
スタの大軍のただ中に潜入しろというらしい。しかも、戦闘訓練も何もしていない、ただ
の女学生と一緒に。


 彼の頭に浮かぶ選択肢は少ない。

 アルジサマに付き合うか?
 逃げるか?
 説得して止めるか?

 ルイズに付き合ってアルビオン行き。それだけはあり得ない、絶対にごめんだ。
 逃げるとしたら、どこへ逃げろというのか?かつて門閥貴族勢力の将だったメルカッツ
提督は、リップシュタット戦役後にヤンの下へと亡命した。彼は自分を頼ってきてくれた
老将を深く信頼し重用した。だが今回は、ヤンが亡命できる国や受け入れてくれる人物は
思いつかない。今、彼の知人は学園内にしかいないのだ。
 説得して、この愚行を止めるというのはどうか…改めて二人の姿を見てみる。

「姫さま!このルイズ、いつまでも姫さまのおともだちであり、まったき理解者でござい
ます!永久に誓った忠誠を、忘れることなどありましょうか!」
「ああ、忠誠。これが誠の友情と忠誠です!感激しました。わかくし、あなたの友情と忠
誠を一生忘れません!ルイズ・フランソワーズ!」
 互いに手を握り合う。
 アンリエッタはぼろぼろと涙を流す。
 二人は、完全に自分の言葉に酔っている。

 二人は、特に王女は花のようだ。ただし、それはラフレシアだ。腐臭を放ちハエを呼ぶ
極彩色の花だ。


 ヤンは、ラインハルトが簒奪をした気持ちを、今頃になって思い知らされた。そしてこ
こは彼が命をかけて守ろうとした民主共和制の国ではない。ラインハルトがいた帝国と同
じ、専制国家だ。そして自分の身は自分で守る必要もある。


 アルジサマに付き合ってアルビオンに行ったりしない。
 逃げるあてもない。
 説得を聞き入れそうにも見えない。

 なら・・・


 ヤンの頭に第四の選択肢が首をもたげる。

       第九話     王女アンリエッタ  END



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