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ゼロの軌跡-08


第八話 別れの舞踏


 ルイズの退学申請は滞りなくオールド・オスマンに受理された。
 ただ一つ問題があったとすれば、それはオスマンの隠し切れない喜びと安堵の衝動であっただろう。

 ルイズが彼の部屋を訪い陰気な読経を連想させる声に扉を開けば、オスマンは濁った魚のような目をして椅子に凭れ掛かっていた。
 彼がルイズの話を聞くにつれてその目は煌々とした輝きを取り戻し、口ひげは反り返り、言葉は次第に暗い夜想曲から陽気な行進曲を連想させるものになった。

 それには幾ばくかの不興を覚えずにはいられなかったルイズとレンだったが、自分達が彼にかけた心労がどれほどのものであるかを思えば逆に同情もしようかというものである。
 後腐れなくこの学院を後に出来ることでもあるし、オスマンの祈りの言葉を有り難く受け取って二人は学院長室を辞した。



 今夜にでも出立したい、今から準備をしようというルイズの提案により、二人はルイズの部屋へと向かう。

 自身を過剰に飾り立てることを好まなかったルイズには然程の持ち物もなかった。
 服は枚数こそ多くてもその種類は少なかった。十六歳の女の子にしては色気が足りないんじゃないかしらとレンがルイズをからかえば、
その顔に大人っぽい下着(だとルイズは思っている)が投げつけられて、そのまま二人ともお互いの着せ替えに夢中になった。

 高価な魔道書だけでなく多くの書き込みがされた教科書、丁寧に書き取られたノートをレンは見つけた。
 努力の人という、オスマンやコルベールから聞いたルイズの評価が間違いでなかったことを知る。
 処分に困ったレンだったが、ルイズはそれを級友に惜しげもなく配り歩いた。

 夕食後には整理も終わり、荷物を全て<パテル=マテル>に括り付ければそれで終わりだった。
 杖も一本を残したのみで他は全て処分した。燃やされる杖を見ながらルイズは何を思ったのか。レンは焚き火の横にたたずむルイズの顔を盗み見たが、何も読み取ることは出来なかった。

 その火も燃え尽きようかというときに、ルイズに四人の来客の姿があった。
 キュルケ、タバサ、ギーシュ、コルベールらが思い思いの顔で立ち尽くしていた。



 口火を切ったのは赤毛の少女だった。彼女の二つ名らしくない冷静さでルイズに問いかけた。

「どうして退学するの?ルイズ」
「ゼロの私がこの学院にいる意味はないでしょう。キュルケ」

 今日まで忌避し続けてきたその言葉でルイズは返す。幾度となく侮蔑のために投げつけられたその言葉。
 虚を突かれたキュルケだったが、ルイズの言葉に悪意も自嘲も含まれていないことを感じ取り言葉を重ねた。

「サモンサーヴァントは成功したじゃない。もうあなたはゼロではないわ」
「サモンサーヴァントだけよ。そしてそれすらも成功とは呼べないの。私は従属することを望まないものを召喚した。そして結果的にレンを傷つける契約までしてしまった」

 沈黙の帳が夕闇の庭に降りた。今のキュルケにいつもの軽口を叩くことは出来ず、その白い喉に形をなさない言葉を遊ばせるだけだった。

「それでもこんなっ「それでもこの学院にいる意味が失われたわけではないだろう」」





 キュルケを遮り話し始めたのはギーシュだった。

「この学院で学ぶことは魔法だけじゃない。
 多くの友人を作ること。社会的な振る舞いや作法。そしてなにより貴族としての精神。それは今日君達が教えてくれたことだ」
「ええ、私は多くを学んだわ。
 馬鹿にされることは辛い。無視され、嘲笑の的になるのは身を切り刻まれるよう。そうして覚えた痛みを他の人に味わって欲しくない。

 そして貴族が平民をどう見ているか。
 私達を支えてくれている平民の、その上で胡坐をかく連中のどれだけ多いこと。髪を掴み地べたに擦りつけ、そうやって下げられた頭を見て満足している奴等に私はなりたくはない」

 ギーシュも二の句をつげなかった。それはまさしく今日の彼自身のことに他ならなかった。

「私はここで人であることの痛みを知った。私はメイジより貴族でありたい。なによりそのためには貴族としての責任や権利を知り、領民を理解しなくてはならないと思った。それにはこの学院よりヴァリエール領の方が相応しい。だから私は実家に帰るの」



「立派になりましたね、ミス・ヴァリエール」
「先生…」

 コルベールは今まで見せたことのない表情でルイズを見つめていた。


「あなたのような優秀な生徒がいなくなるなんて、とてもとても悲しいことです」

 寂しさ、一人の教師としての。

「魔法は使えなくとも、貴族としての精神は確かにあなたに宿っています。それはなによりも大事なことです」

 誇り、同じ貴族としての。

「私にはそれが出来なかった。だから私の分まで。
 お元気で、ミス・ヴァリエール」

 後悔、過去に囚われた大人としての。


 ルイズは深く深く感謝の言葉を紡いだ。

「今まで有難うございました。先生、コルベール先生」



 最後にタバサがルイズとレンに歩み寄った。そして一言、心から祈りを贈った。
 ルイズとレンもそれに続いた。


「この二人に始祖ブリミルの導きがあらんことを」
「この学院に始祖ブリミルの加護があらんことを」
「女神エイドスの光がこの世界を照らしますように」







 四人が去り、場にはルイズとレンの二人だけ。既に月が真上に昇っている。

「そろそろ出発しましょうか、レン」
「ええ。<パテル=マテル>、お願い」
「まってくださーーいっ!」

 <パテル=マテル>が激しい蒸気とバックファイアを出したとき、聞き覚えのある声と共にまろびでてくる人影があった。
 白と黒のエプロンドレスを着た少女といえば心当たりは一人しかいなかった。

「どうしたの?シエスタ」
「いえ、あのっ、引き止めて申し訳ありません。ですが、昼間助けてもらったのにお礼も言えてなくて、明日言おうと思ったらもういなくなってしまうって聞いて。
 ヴァリエール様、レンちゃん、本当に有難うございました」

 そういえば、啖呵をきって和解して決闘して学院長室へ向かって部屋の整理して。他人の入り込む余地がなかったなと二人は思い返す。
 ともかくも、シエスタの心遣いがルイズとレンにはただ嬉しかった。

「ヴァリエール領まで結構ありますし、お腹が空くと思ってお弁当作りました。何分時間がなくてたいした物は作れなかったのですが」
「有難う、喜んでいただくわ」

感謝を述べ、包みを渡し、別れの言葉を告げると、もうシエスタに二人を引き止める方法も理由もなくなった。
ルイズとレンは<パテル=マテル>に飛び乗る。



「あと…レンちゃん」

 最後にシエスタはレンに語りかけた。

「レンちゃんと一緒にいた時間、短かったけれど、かわいい妹が出来たみたいで私本当に楽しかった。また、会おうね」

 返答までには少しの空白があった。
 シエスタの言葉に驚いて息を呑み、言うべき言葉を慌てて探したらこのくらいの時間になるだろうとルイズは思った。辺りは暗くてレンの横顔は確認出来なかったけれども。

「レンも楽しかったわ。色々わがまま言ってごめんなさい。今度会うときはシエスタお手製のデザートと紅茶お願いね」







「さあ、出発よ」

 レンの掛け声で<パテル=マテル>は飛び立った。後方で次第に小さくなるトリステイン魔法学院。
 それでも後ろを振り向き続けるルイズを思ってか、<パテル=マテル>は中空で動きを留めた。

「別に明日にしても構わないわよ、ルイズ?」
「…いいの、行きましょう。レン」



 その時、炸裂音と共に暗闇に天高く一条の光が昇る。それは<パテル=マテル>よりも高く舞い上がり夜空に大輪の花を咲かせた。

「花火…」

 辺りが色とりどりの炎に照らされる。北の塔近くで手を振る四人も、赤く青く白く黄色くその姿を浮き上がらせた。

「錬金で花火を造って打ち上げたんだわ。全くギーシュったら、こういうのは本命の女の子相手にやるものよ。キュルケはともかく、タバサとコルベール先生まで手伝って。
 ねぇ、ルイズ。

 …ルイズ?」


 返事をしないのではなく出来ないのだと悟り、レンは四人に手を振り返す。

 こういう時は素直に涙を見せてもいいのに。
 その場の誰よりも本性を心の奥深くに、自分でも隠したことを知らずにいる少女は、そう思った。



 午前一時の鐘、時計塔の上で風竜の嘶きが一度、高く鋭く響いて辺りは元の暗さと静けさを取り戻した。

 <パテル=マテル>は再びその進路を北に向けた。







 それからしばらく後、突然魔法学院に王女アンリエッタが訪れた。名目は学院の視察。
 折から予定されていた使い魔の品評会も含めそれは無事に終わったが、学院に彼女の親友の姿はどこにもなかった。

 確かにルイズは魔法が苦手だった。もしや使い魔を呼べなかったのではないか。
 不安に思い、オスマンに問いただすと意外な事実がアンリエッタに示された。

「鉄のゴーレムと見たこともない魔法を操る少女を召喚して殺されそうになって、上級生との決闘の最中に和解して、立派な貴族になるために実家に帰った?」

 アンリエッタの思考に思い切り急停止がかかる。
 意味が分からなかった。

 不可解で理不尽な事態、それに対するアンリエッタの怒りはオールド・オスマンの管理責任の糾弾という形で顕現した。サモンサーヴァントの危険性、生徒の素行に対する指導、学院で働く平民への接し方等々。

 オスマンこそいい迷惑であった。裸に剥かれるわ、学院の一部は壊されるわ、王女に怒られるわ。
 最も王女の怒りの大部分は、多少不純な動機から来るものがあるとはいえ、正当なものであったから、彼としても王女の雷を大人しく受けざるをえなかったが。



 オスマンにひとしきり説教をたれたアンリエッタは案内された客室に引き取った。

 ルイズに頼む予定だったアルビオンへの使い。その人選を考え直さねばならない。極秘の潜入作戦に必要な家柄、性格、能力と指を折って騎士やメイジの名を思い出していく。

 しかし、王家の醜聞を扱える人間などそう多くいるはずもない。そう長くもない逡巡の後に机上のベルを鳴らす。やってきたメイドに一人の男の名前を告げ、ここに来るよう言付ける。

 数分後、礼儀正しいノックの音があった。

「こんな夜分にご苦労様です、ミスタ・ワルド」
「姫様の護衛を任されておりますれば、いつ何時のお呼びであろうと参上仕ります。
 して、一体どのようなご用件でしょうか」



 翌朝、アルビオンへ向けて旅立つワルドをアンリエッタは部屋の窓から見送っていた。

 最高の人選だろうと思う。彼以上にこの任務を任せられる人材は他にはいない。そう確信しているのに胸騒ぎがどうしても止まらないのだった。
 ルイズがいてくれたらこんな心配はしなくても済んだだろうに。

 その彼女からの便りも未だない。それが不安でもあり不満でもあった。
 王宮に戻れば手紙が届いているかもしれないと彼女は立ち上がる。

 去り際に馬車から魔法学院を返り見て、アンリエッタは始祖ブリミルに祈った。





 皮肉なことに、この朝は平和への別れ、動乱の幕開けになるのだった。



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