あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

イザベラ管理人-13



イザベラ管理人第13話:貴族というモノ・前編


イザベラは、一歩を踏み出した日から数日、精力的に活動を始めていた。
まず、朝早く…耕介が起きるのと同程度の時間に起きるようになった。
次に書庫に篭る時間が多くなり、食事もそこに運ばせている。
耕介は一度、本を読みながら食べるのは行儀が良くないと注意したことがあるが、『時間は有限なんだよ!』と一蹴された。
その際、ついでに耕介に字を教えてくれることもある。
努力し始めたイザベラの時間を潰すのは悪いと思い、他の人に教えてもらうと言ったこともあるが…
『別にあんたに字を教える時間くらいいくらでもある!それとも…あたしが教えるんじゃ不満だってのかい?』
『いや、そういうわけじゃないんだけど…まぁそれならこれからもお言葉に甘えることにするよ』
『ああ、それでいいんだよ。それにあんたはあたしの使い魔なんだから、できる限りそばにいないとダメなんだよ!』
というやり取りの末、耕介の教師はイザベラのままとなった。
さらには軍の教官クラスや政務官の補佐をしている人材などに声をかけ、家庭教師になってもらうように話もつけたらしい。
『あたしに魔法の才能がないのはもう仕方ない。なら、他の部分でなんとかするさ』
とは彼女の弁である。
北花壇騎士団団長としての仕事もこなしつつそれらをやっているのだから見上げたものである。
耕介としては、少々無茶に詰め込みすぎている気もするが、彼女のやる気を殺ぐのも忍びないので今は見守るのみにしている。
そしてそんなある日、この事件はイザベラの声から始まった。

「………はぁぁ?」
書斎で耕介の作ったサンドウィッチを食べながら北花壇騎士団に割り当てられた任務の書類に目を通していたイザベラが、呆れたような声を出した。
「どうしたんだ、イザベラ?」
こちらもサンドウィッチを食べながらイザベラが教材に指定した絵本を読んでいた耕介が、本から目を上げて問う。
イザベラはすぐには答えず、書類をもう一度読み直し、自分の目がおかしくなったわけではないことを確認した。
そして、再度内容を吟味し、昨今の政治情勢などを鑑み、この任務が全く字面通りの任務であることを読み取り…
「………アホじゃないのかい!?」
と叫んだ。ついで、耕介にその書類を突きつける。
「おっと…うーん…ド・アナル家…?からの…えーっと…………ごめんイザベラ、ほとんど読めない」
書類を睨みつけてしばし停止していた耕介だったが…文字を習い始めて数日ではさすがに1/3も読めなかった。
「あ……貸しな!」
どうやら書類の内容に気をとられて耕介がまだほとんど文を読めないことを忘れていたらしい。
わずかに頬を朱に染めながらイザベラは書類をふんだくるように奪い取り、読み上げた。
「ド・ロナル家からの要請さ。要約すると、魔法学院に行きたがらない息子を行けるようにしろ…とさ。全く、騎士団をなんだと思ってるんだい、雑用係じゃないんだよ!?」
引きこもった息子の説得を騎士にさせようと考える貴族も貴族だが、汚れ仕事専門の北花壇騎士団にこの任務を回す政務官も政務官である。
「それって…どう考えても親の仕事だよな…」
「当たり前だろ。けど、このド・ロナル家ってのがクセモノでね…結構な有力貴族なのさ。だから無碍にもできない上に失敗したらまずい。だからこっちに回してきたんだろうね。体のいい厄介払いさ」
苦々しげな表情でイザベラが怠惰な権力者の厄介さを口にする。
しかし、任務として正式な手順を踏んで北花壇騎士団にきた以上、やるしかないのもまた事実だから頭が痛い。
「ったく仕方ないねぇ…えぇっと、手の空いてる騎士は…」
額に手を当て、悩みだしたイザベラのカップに耕介は紅茶を注いでやる。
しばらく書類と睨めっこしながら悩んでいたイザベラだったが…何か思いついたのか、突然ニヤリといった擬音の似合う笑顔を浮かべた。
その笑顔になんとなく耕介は嫌な予感を感じる。
「ど、どうしたんだ、イザベラ」
「ふふん、丁度いい。耕介、いくよ!」
耕介の淹れた紅茶を一気に飲み干し、最後のサンドウィッチを口に詰め込んで、イザベラは傲然と立ち上がった。
イザベラを見上げて呆然としている耕介の首根っこを引っつかみ、書斎の出口へと向かう。
「お、おい、イザベラ、何がどうしたんだ!?行くってどこへだ?」
身長差のあるイザベラに引きずられるようにして歩く耕介は中腰にならざるを得ず、とても情けない格好だ。
ぶち破るかのような勢いで書斎の扉を開けたイザベラが振り向きもせずに答えた。
「ド・ロナル家に決まってるだろ!」

ハルケギニア最大国ガリアの王都リュティスに旧市街と呼ばれる中州がある。
このほぼ中央にあるのが、タバサの留学先トリステイン魔法学院に匹敵する格式と歴史を誇るリュティス魔法学院である。
リュティスには他にも魔法学院はあるが、その中でもこのリュティス魔法学院が別格であるのは王都の名を冠されていることからもよくわかるだろう。
そこは国内外でも特に裕福で有力な貴族の子弟しか通うことを許されぬ選ばれた者たちの学院だ。
今回、問題となるド・ロナル家の子息とは、その選ばれた者の一人であるのだが…
「ド・ロナル家ってのはね、昔から大臣や将軍を輩出してる古くからの名家なのさ」
王族が乗るには貧相に過ぎる馬車の中で、耕介は魔法学院やド・ロナル家に関する講義をイザベラから受けていた。
「そうなのか、確かにそれほどの名家からの要請なら断るわけにいかないんだろうなぁ…。で、イザベラ。もう一度確認するけど、本気で俺達でやるのか?」
脳内メモにそれらを書きつけ…耕介は無駄と思いつつも最後の確認をする。
「くどいねぇ、やるって言ったらやるんだよ!気分転換しろって言ったのはあんただろ」
そう、イザベラはなんとこのふざけた任務を自分でこなすと言うのだ。
なんでも今フリーの騎士がタバサしかいないらしく、わざわざ彼女をこんなことで呼び出すのも時間の無駄。
ついでにド・ロナル家に恩を売るつもりもあるらしい。
加えて、耕介が散々無理をするな、気分転換をしろと言ったことも理由。
こうまで言われては耕介に止めることはできないが…
「本当にいいのかな…」
王女がこんなにほいほいと街中に出ていいのだろうかと悩む耕介であった。
「あたしがいいって言ってんだからいいんだよ。それともなんだい、耕介。あんた、あたしを護ってくれないのかい?」
耕介の前に座るイザベラが、明るい笑みを浮かべる。その笑みは、耕介への全幅の信頼を表現していた。
そんな笑顔を向けられては、折れるよりないというものである。
「まさか、必ず護るよ」
もちろん、王女であるイザベラが直接出向くなど、プチ・トロワの衛士たちともめないわけがない。
だが、食い下がる衛士たちをイザベラは全て一蹴していた。
『あたしがこうするのが最良だと判断したんだ、ケチつける気かい!?護衛もいらないよ、コースケだけで充分さ。馬車!?あんなでかくて遅いのに乗っていったら日が暮れちまうよ!』
護衛を申し出る衛士たちも、北花壇騎士を追い詰めたという謎の男耕介が護衛につくとあっては退くしかない。
馬車を用意するのも時間がかかるし、王族用の馬車は見栄えが重視され、移動速度も遅い故にイザベラはいらないと断言する。
納得いかないといった風の衛士たちをことごとく言葉の斬撃で斬り捨てたイザベラは宣言通り耕介だけを護衛にこうしてリュティスまで出てきたわけだ。
その後、イザベラ先生による魔法学院講座を耕介が受けていると…行く手に巨大なマンティコアの像を擁する門が見えてきた。
馬車は門の前でゆっくりと停止する。
「ここがド・ロナル家さ。ほら、とっときな」
耕介が大貴族の豪邸を見上げて惚けている隣で、イザベラは極度の緊張で顔を青くしていた御者に貨幣を渡していた。
「殿下をお乗せできる栄誉に与り、えっと…恐縮の極み…うへ!?で、殿下、これはさすがに多すぎですぜ?」
イザベラが渡したのは銀貨であった。馬車代としては破格どころの騒ぎではない。
慣れない敬語を使おうとしていた御者が素に戻ってしまったのも致し方ないことだろう。
「あたしは『とっときな』って言ったんだよ。王宮の馬車なんぞよりよほど早くて便利だったよ、また使わせてもらう」
「へ、へぇ、そんときゃ是非!」
降って湧いたように現れた幸運…それを与えてくれた王女にぺこぺこと頭を下げる御者を追い払い、イザベラはド・ロナル家の門に向き直った。
すると、驚いたことにマンティコア像の口が開いた。
「当家に何の御用ですかな?」
完全に石像だと思っていた耕介が素っ頓狂な声をあげるが、それを無視してイザベラが答える。
「ガリア花壇騎士団長イザベラ。他に何か言うべきことがあるかい?」
「お、王女殿下!?」
慌てた声をあげる石像…なんとも異様である。わずかの間の後、門が開かれ、そこには冷や汗をかいた老人が待っていた。
「お、王女殿下、当家に何の御用でございましょう?なにぶん、突然のご来訪故に歓迎の準備もできておらず…」
「別に歓迎なんて必要ないさ、あたしは今日は花壇騎士団長としてきたんだ。任務でね。とっとと家人に会わせな」
長々と続きそうな老人―執事であろう―の時間稼ぎをバッサリと斬り捨て、案内を要求するイザベラ。

老執事は髭と皺に埋もれた顔を真っ青にし、慌てて一礼してから先導し始めた。
耕介は思う。
(…本当に良かったのかなぁ…)
おそらく、イザベラ以外で喜んでいるのは先ほどの幸運な御者だけであろう。

「こ…これはこれは王女殿下におきましてはご機嫌うるわしゅう…」
二人が通された、たくさんの煌びやかな装飾品に彩られた居間。
その真ん中で、今回の任務の依頼主であるでっぷりと肥え太った豚…もとい、ド・ロナル夫人が脂肪でぶよぶよの顔を卑屈に歪ませながら挨拶をしていた。
豪奢な特大サイズのドレスに身を包み、金銀の目がちかちかするほどの装飾品を身につけた肉塊…いや、夫人は、このガリアの退廃の象徴といえよう。
耕介の第一印象は
(うわぁ…)
だった。
「久しぶりだね、ド・ロナル夫人。今日は騎士団の団長として来たんだ、特に歓迎なんていらないよ」
これまた長々と続きそうなおためごかしを一蹴し、イザベラは案内を催促する。
「で、殿下、騎士団の団長として…と仰いますが、それはどこの…」
だが、夫人の方もそんな情けない理由で王女の手を煩わせたという噂がたつのを避けたいのだろう、必死に言葉を重ねる。
「あたしが『とある』騎士団の団長をしているって…聞いたことはないのかい?」
豚のように太った夫人が本物の豚のようにダラダラを冷や汗を流す様が面白いのか、イザベラはニヤリと笑う。
夫人たちの社交場であるお茶会で、無能王女イザベラの噂が上ったことがある。
それは、かの王女は本来存在しないはずの北花壇騎士団という影の騎士団を統率し、ガリアに仇なす不埒者どもを片っ端から暗殺している…というものだ。
確かに夫人は騎士を呼べとは言った。しかし、まさか北花壇騎士が出てくるとは…。
「い、いえ、愚息が少々、勇気が足りず、学院で不便な思いをしているようなので…勇気を与えてくださるような立派な騎士様にお出で願えないかと考えただけでして…わざわざ王女殿下のお手を煩わせるほどでは…」
イザベラの不機嫌度が加速度的に増しているが、さすがに有力貴族相手に怒鳴りつけるわけにもいかないのか、笑顔を不気味に引きつらせ、なんとか耐えている。
「安心しな、こいつはあたし直属の近衛騎士さ。実力はトライアングル、充分だろう?」
事前に余計なことは言うなと言い含められている耕介は、礼をしただけで沈黙を護った。
今迂闊に喋ればイザベラの制裁がくることは必至である。
そして、逃げ道を封じられた夫人はだらだらと冷や汗を流し…結局、折れた。
「こ、こちらでございます、王女殿下」
重たげに体を動かし、夫人が案内しようとするが、イザベラはそれを遮った。
「いや、夫人にそこまでしてもらう必要はないよ。執事かその息子付きのメイドでも呼んでくれりゃぁいい」

「イザベラ、良かったのか?あの夫人、物凄く嫌そうだったけど…」
「ハン、あんなのについてこられちゃ、息子から話も聞けないじゃないか。かまいやしないよ」
先導するメイド―問題のド・ロナル家の嫡男オリヴァン付きでアネットというらしい―に聞こえぬように声を潜める。
イザベラの言うことはもっともであろう。ド・ロナル夫人は典型的な貴族、故に外面を何よりも大事にする。
そんな母親と一緒では、子どもから本音を聞きだすなど無理な話だ。
(でも、それは王女に聞かれても無理な気がするんだけどなぁ…)
それもまたもっともである。が、イザベラは自信満々で歩を進めている、とりあえずは彼女に任せようと耕介は考えていた。
「こ、こちらです、王女殿下。アネットでございます、坊ちゃま、扉を開けてくださいませ。お、王女殿下がいらっしゃっているんです」
アネットが緊張した面持ちで派手なマンティコアの紋章が刻印された扉を示し、ノックと共に声をかける。
だが、返事はない。鍵がかけられているらしく、扉も開かない。おそらく『王女殿下が来た』という言葉もまともに受け取っていないのだろう。
一瞬で待つことを放棄したイザベラはアネットを押し退け、コモンスペル<<アンロック>>をかけた。しかし、反応はない。
「チ、かなり高位のメイジが<<ロック>>をかけてやがるね。耕介、ぶっ壊しな」
「え!?」
イザベラの行きすぎな果断っぷりに耕介とアネットは顔を青くする。
「ほら、早くしな。多分<<固定化>>もかかってるから、シャルロットとの戦いの時に使ったあれでやりな」
耕介とアネットの視線の抗議を軽く黙殺し、イザベラはなおも促す。

だが、このままオリヴァンが出てこなければ何も始まらない上に、あの夫人にご登場願うのは本末転倒…仕方なく耕介は御架月を抜いた。
「き、騎士様!?」
アネットがさらに顔を青くし、耕介を止めようとするが、イザベラに一瞬視線を送られただけでへなへなと尻餅をついてしまった。
「こんなことに使って悪い、御架月…神咲無尽流・洸牙!」
苦い笑いで御架月に謝り、霊力の白炎をまとった刀を扉に振り下ろす。
威力的にはトライアングルクラスに匹敵する斬撃を受け、扉はあっさりと半分に断ち割られ、用を成さなくなった。
部屋の内側に向かって倒れた扉の残骸を踏み越え、オリヴァンの部屋に入り…最初に気づいたのは異臭であった。
散乱した食器、ワインの空き瓶、脱ぎ散らかされた服…それらが放つ匂いが交じり合っているのだ。
書棚に囲まれ、遊具が散らばるこの部屋は、まさしく少年の砦なのだろう。
「ひぃ!な、なんだお前たちは!」
そして、部屋の中央にある天蓋つきの巨大なベッドにその主はいた。
まさしく『あの親にしてこの子あり』という格言を体現するでっぷりと太った少年だった。
突然の手荒な闖入者に恐怖し、それでも自身が特別な存在だと誇示することで自分を守ろうとする。
その姿は、イザベラにどうしようもない不快感と…シンパシーを与えた。
「フン…なんだい、このあたしを知らないってのかい?ええ、オリヴァン坊や?」
「お、お前なんか知るわけが……………え、えぇ!?お、おおおお王女殿下!?」
イザベラの正体を知り、オリヴァンはにわかに慌てだした。
当然であろう、正真正銘のあの残酷で傲慢なことで評判の王女が突然現れ…自分は今しがた暴言を吐いたのだ。
一瞬で恐怖に支配され、ガタガタ震えるオリヴァンを見下ろして、イザベラはいまだに腰を抜かしているアネットを呼ばわった。
「メイド!この汚い部屋の掃除をしな、こんな部屋じゃ臭くてまともに尋もn…いや、話し合いもできないよ。向かいの部屋は空き部屋かい?」
「い、いえ、向かいの部屋は坊ちゃまの勉強部屋でございます」
「なら、そこを使わせてもらうよ。ほら、オリヴァン、いくよ」
アネットはすぐさま掃除用具を取りに去っていった。
オリヴァンは恐怖と電光石火の状況の推移についていけず、呆然としている。
そしてイザベラは…やはり、待つことなどしなかった。
「うわぁ!?」
オリヴァンに<<レビテーション>>をかけて強制連行である。
耕介はもう一度思った。
(………本当に………良かったのかなぁ……)

全体的に埃っぽい勉強部屋へオリヴァンを拉致したイザベラは適当なところで<<レビテーション>>を解除した。
「いたぁ!」
オリヴァンが顔面から落下するが、そんなものにはおかまいなしに扉へと反転、<<ロック>>をかける。
次にオリヴァンの目の前に椅子を持ってきて、そこにドカッと座る。
背後に刀を持った耕介を従え、傲岸不遜にオリヴァンを見下ろすイザベラはまるで罪人を裁く裁判官…いや、尋問官と言った方がいいかもしれない。
「さぁ、洗いざらい喋ってもらおうじゃないか」
「え、えっと…あの…」
鼻を押さえ、どうすれば良いのかわからずオリヴァンはうろたえる。
耕介は心の底から同情するが…実際、彼からまともに話を聞くにはこうやるのが一番手っ取り早いのかもしれない。
「あたしだって暇じゃないんだ。ほれ、学院に行きたくない理由があるんだろ。それを話しなって言ってんのさ。あぁ、嘘なんてつくんじゃないよ、王女を謀ったらどうなるか…言うまでもないね?」
「ひぃ!?わ、わかりました…」
哀れなオリヴァン少年は、とても王女…いや、貴族とは思えない凶悪な笑みを浮かべるイザベラに圧倒され、すっかり怯えている。
それでもわずか迷っていたが…結局、イザベラの圧力に負け、ポツリポツリと話し始めるのだった。

(イジメ…かぁ…)
気弱な少年が引きこもる理由としてはポピュラーなもの、と言えるだろう。
魔法の腕前が重要視される学院において、オリヴァンは風のドット。
それだけならばまだいいが、説明する姿を見る限り、彼は自分に自信がない。それがクラスメイトに『イジメてもいい相手』と認識される最大の原因だろう。
先ほど、部屋に踏み込んだ時の態度と考え合わせるに、典型的な内弁慶というわけだ。
正直なところ、耕介はイザベラがいつ爆発するか、冷や冷やモノであった。
もごもごと必要以上に自分を卑下しながら話すオリヴァンは誰が見てもイライラを煽る。
だが、意外なことにイザベラはオリヴァンが説明する間、ずっと黙って聞いていた。
オリヴァンが口ごもっても、先を促すこともしない。
その代わり、相槌を打つこともないが…その方がオリヴァンには話しやすかったことだろう。
やがて全てを話し終わり、オリヴァンは泣き出した。
過去の屈辱を思い出し、我慢し切れなかったのだろう。
見かねて耕介が声をかけようとした…が
「泣くな!!」
それよりも早く、イザベラの屋敷中に響き渡りそうな一喝が轟いた。
オリヴァンはあまりのことに泣くのも忘れ、ぽかんとイザベラを見つめている。
そして、イザベラは打って変わって平静で真剣な声でオリヴァンに語りかけた。
「泣いたって何も解決しやしないよ。それより、あんたをイジメてる連中に一泡吹かせる策を練った方がよほど建設的ってもんさ」
「で、でも、あいつらは皆ラインクラスで…」
イザベラの一喝で考える程度の余裕を取り戻したオリヴァンだったが、再びへたり込む。
ハルケギニアの魔法体系において、クラスの差というものはとても大きい。
ドットからラインにあがれば、その恩恵は系統を足せる数が増えるだけではない。
ドットの魔法は消費する精神力が半減するし、威力は倍に上昇する。戦術にも幅が出る。
相性の問題はあれど、上位クラスの者に下位クラスの者が勝つことはほぼ不可能と言えるだろう。
加えて、オリヴァンはドットでも最下級。故に、オリヴァンは卑屈にならざるを得ないのだ。
どうしようもないからこそ、オリヴァンは自分の砦で空想の中に遊んでいた。
―――あぁ、もう本当に……!
その呟きは誰のものだったか。
ドンッ!と床を踏み抜こうとするかのような足音を立ててイザベラが立ち上がった。
オリヴァンが怯えた目でイザベラを見つめるが、イザベラは既に背を向けて窓へと向かっている。
「耕介、そろそろ昼だ、食事の用意しな」
耕介を見もせずにイザベラはそう言って、窓を開けた。
イザベラの態度の理由をなんとなく察した耕介は、了解の言葉だけ返して扉へと向かう。
そして、扉を開ける前に小声で聞き耳を立てている相手に忠告する。
「今から開けますよ、ぶつからないように気をつけて」
耕介が扉を開けると、そこには案の定、オリヴァン付きのメイドのアネットがばつの悪そうな表情で俯いていた。
背後からはイザベラの指笛の高くて澄んだ音が響いた。

「そうかぁ、君は忠義者なんだね」
耕介は厨房で用意してもらった昼食をアネットと共に勉強部屋へと運んでいた。
アネットが一人で運ぶと言っていたのだが、どうせコックに昼食の際のイザベラの好み云々を報告しなければなかったし、耕介も出向いたのだ。
「そ、そんな…私は、坊ちゃまにご恩をお返ししようとしているだけで…」
アネットはまだこの屋敷に奉公に来たばかりの頃、失敗ばかりで塞ぎこんでいる時にオリヴァンに助けてもらったことがあるらしい。
だから彼女はオリヴァン付きのメイドに志願し、先ほども危険を冒してまで聞き耳を立てていたのだろう。
「旦那様と奥方様は坊ちゃまの御教育には関心がおありでないのです。それに、その…お世辞にも使用人たちにも人気があるわけではありません。ですが、私だけは坊ちゃまのことを信じようと思っているのです」
本人は否定するだろうからこれ以上口にはしなかったが…
(やっぱり、忠義者だと思うよ、君は)
オリヴァンに味方がいてくれたことに、耕介は嬉しくなるのだった。
程なく勉強部屋につき、その扉を開けると、そこにはナイフを持ってオリヴァンを追い回すイザベラの姿があった。
その肩にはフクロウが留まっている。
「おら、待ちな!血がいるんだって言ってるだろ!」
「い、痛いのは嫌だぁー!」
耕介の脳裏を一瞬だけ『いつの間に吸血鬼になったんだイザベラ』などというバカな考えが過ぎった。

「全く、この程度の傷でギャーギャー喚くんじゃないよ!」
「で、でも痛いものは痛いんですよぉ…」
イザベラはオリヴァンの指にナイフで傷をつけ、血を小瓶に集めていた。
耕介が理由を訊いても『ふふん、秘策って奴なのさ』と自慢げな…正直に言うと悪ガキが悪戯を思いついたような笑顔でそう言うだけである。
「ま、まぁまぁイザベラ、その辺にしておいてやれよ」
耕介の言葉を聞いたオリヴァンとアネットが信じられないような目で耕介を見るが、彼は気づかなかった。
一国の王女を騎士風情が呼び捨てにし、敬語すらも使っていないのだから当然ではある。
「ハン、メイジにとっちゃこの程度傷にも入らないよ、魔法で治せるんだからね」
そして、当の本人であるイザベラが気にしていないことに二人はさらに驚愕の視線を向けた…が、やはり耕介とイザベラはどこ吹く風だ。
イザベラは小瓶に満たされたオリヴァンの血液を見て満足そうに頷き、オリヴァンに治癒をかけてやった。
「お、王女殿下に魔法をかけていただけるとは、光栄の極みです…!」
冷酷で傲慢と評判の王女の意外な行動にオリヴァンは慌てて社交辞令を述べるが、イザベラはご機嫌に口笛など吹きつつ完全に聞いていない。
「ところでイザベラ、どうするつもりなんだ?」
それはオリヴァンとアネットも聞きたいところ、二人ともイザベラに視線を向けた。
「ふふん、決まってるだろ。昼食が終わったら…」
イザベラは満面の笑顔―ただし、ニヤリという黒い笑み―を浮かべながらテーブルからフォークを取ると、オリヴァンにビシッと突きつけ、宣言した。

「そのいけ好かない奴らに決闘を挑むのさ!」



新着情報

取得中です。