あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

ゼロのエルクゥ - 01


 その日は、確かに普通の日だったはずだ。
 千鶴さんが料理をしたわけでも、庭に生えていたキノコで料理をしたわけでも、庭に生えていたタケノコで料理をしたわけでもない。

 北陸は有数の温泉地、隆山。
 柏木耕一にとって、東京での大学生活の傍ら、長期休暇の折には、従妹の美人4姉妹が住むこの地に滞在するのがもはや恒例となっていた。

 事件から、一年。
 エルクゥの力の制御は、一応うまくやれていると思う。絶対の保障など誰にも出来ないが、少なくとも、あの時あれほど苦しめられた鬼の慟哭が、今は全く感じられないのは確かだ。
 前世の因縁が果たされて満足しているのか。
 楽観はしないが、耕一自身のノンビリ気味な性格からか、特に気にしているわけでもなかった。出来るもんは出来る、という事で。
 彼にとっては、そんな些末事より、恋人でもある4姉妹のうちの三女、柏木楓との逢瀬の時間の方が、はるかに重要なのだった。

「この屋敷で二人っきりには、なかなかなれないからなあ」
「……そうですね」

 二人以外の従妹たちは皆用事で出かけてしまい、誰もいない静かな屋敷。昼下がりの日当たり最高の縁側で、楓ちゃんの膝枕を楽しむ……これ以上の幸せは、なかなか無い。
 まあ、直接肌を重ねるのも、もちろん最高の幸福ではあるのだが、それはそれ……などと、愚にもつかない思考で脳を満たす。

 至福だった。
 それが壊れる事なんて、考えもしなかった。
 ……まぁ、以前の経験もあるし、取り戻せる可能性がある限り、そんな事で絶望してやるほど、鬼を飼う精神は弱くもなかったが。

 "それ"が突然現れたのは、夕刻。
 友達と遊びに行っていたという初音ちゃんの、ただいまー、という声に、体を起こした時だった。

「な、なんだこれっ!?」
「耕一さんっ!?」

 目の前に、淡緑色に光る水の板、とでも表現すればいいのか、不可解なモノがあった。

 タタミ1畳ほどの、人がすっぽり入る大きさの楕円形が、宙空に浮かんでいる。
 体を起こした拍子にそれに触れた耕一の肘から先が、するりとそれに飲み込まれた。

「ぐっ……! ぬ、抜けないっ!? エルクゥの力でもっ!?」

 縁側の床板が踏み折れるほどの"力"を込めても、"それ"から腕が抜ける気配はまったくない。
 逆に、信じられないほどの引力でもって、"それ"は耕一を引き込もうとすらしてきた。
 鬼と表現されるエルクゥの膂力をもってしても、耐えるのが精一杯。そんなデタラメな引力だった。

「か、楓ちゃん、離れるんだ。このままだと二人とも引き込まれる!」
「嫌です」

 まだ引き込まれていない耕一の半身を掴み、離そうとしない。
 苦も楽も、共に。
 そう誓った恋人の想いは嬉しいし、立場が逆でも同じ事をしただろうが、耕一は歯噛みするしかなかった。

 想像の埒外の事態に、耕一の頭はすーっと冷えていく。
 事態を把握し、原因を探り、解決法を見出す。
 人の強さ。鬼すら飼いならしうる人の理性でもって、頭脳を回転させ始める。

 ―――吸い込まれた左腕の感覚はある。ものすごい力で引っぱられているから動かす事は難しいが、少なくともなくなってはいないし、怪我などもなさそうだ。

 ―――この銀板の向こうは、どうやらどこか別の場所に繋がっているらしい。縁側のガラス戸に映った自分の横姿は、板を境に、もののみごとに体半分がなくなっていたからだ。

 ―――つまり、この板は、どこか別の場所に通じたワームホール、という事だろうか?

「く……!」

 普段なら、現実感のない妄想、と斬り捨てられるようなその結論に、疑義を差し挟む余裕はなくなっていた。
 まあ、あれだ。柏木家の蔵の中とか竹林とかに比べれば、このぐらいの非現実、なんてことないだけ、とも言う。

「くっそ、なんて馬鹿力だ……っ!」

 引っぱられる力はますます強さを増し、力を思考に回せなくなってくる。

 ―――単純な力、というより、まるで空間そのものに引っかかって、引きずられているみたいだ……!

 大学はバリバリの文系、理系の素養なんて無いに等しい耕一のそれは、物理学というより小説の修辞に近い感想だったが、確かに正鵠を射ていた。
 それは、異界の扉。次元の境。空間を捻じ曲げ、時間を抉じ開け、時空を繋げるモノ。

「ぐ、う」

 限界が近い、と感覚で悟った耕一は、思考を別の方向に変える。
 ……つまりは、今必死に俺を助けようとしてくれている、この愛しい恋人をどうするか、という事。

 このままなら、まずこれの中に引っ張り込まれる。
 共に行くか。それとも、男の意地で彼女だけでも助けるか。

「耕一さん、耕一さん……!」

 心が揺れる。彼女と一緒なら、どんな事でも大丈夫、と。
 だが、とも心が揺れる。耕一も彼女も、お互いのためだけのものではない。
 千鶴さんに、梓に、騒ぎを聞きつけたのか慌てた様子でこちらに走ってくる初音ちゃん。
 彼女たちを放って行方不明になるというのも、またぞっとしない想像だった。
 それは明確な理屈があったわけではなく、言うならば、『なんとなく』としか説明できないような決断だった。

「楓ちゃん。よく、聞いてくれ」
「耕一さんっ……!」
「どうやら、この板の向こうは、どこか別のところらしい。ほら、ガラス」

 自分の姿が映っているガラス戸を顎で指すと、楓はわかっているとでもいう風に、首を左右に振るだけだった。

「このまま二人でこれに飲み込まれれば、千鶴さんや梓や初音ちゃんに、すごく心配をかけると思う」
「…………」
「二人で引っぱっても無理なんだ。このままじゃジリ貧だし、俺はちょっと向こうに行ってくるよ。楓ちゃんには、みんなに説明を頼みたい」

 そうだ京都に行こう。とでも言うような軽い調子に、楓はぶんぶんと頭を振った。

「でもっ、でも、こんなの、帰ってこれるかどうかなんて……っ!」
「たぶん大丈夫……こっちの、吸い込まれてる方の腕、消えてるとかじゃなくて、ちゃんとある。一応、どこかに繋がってるみたいなんだ」
「耕一、さんっ……!」

 涙を浮かべて、すがりつく楓。

「……俺だって、楓ちゃんと離れたくはないよ。でも、頼まれてくれないか」
「……また、待てと言うんですか」
「うう、事故だからなぁ……そんな可愛悲しい顔をされても困っちゃうんだが」

 余裕のありそうな会話だが、二人には汗すら噴き出ていた。

「楓ちゃんを信じてるから、頼めるんだ。どこにいても心は共にあると誓ったから」
「…………」
「な?」

 梓あたりに聞かれたら小一時間は笑い転げられそうなセリフを吐きながら引きつった笑顔を浮かべると、腕を掴んでいた楓の力がするりと緩んだ。
 俯いたその顔は前髪で隠れ、表情を窺い知る事は出来なかった。

「うん。じゃあ、行ってくるな。すぐ帰ってくるよ」
「……はい。行ってらっしゃい」

 視界が銀色に染まる最後の瞬間に耕一が見たのは―――彼も初めて見る、楓の泣き笑いの表情だった。

「あんた、誰?」

 銀の視界を抜けた先にあったのは、不機嫌そうに眉を寄せた少女の顔であった。
 ローティーンぐらいだろうか。自らの恋人を思わせる、体型や顔立ちにまだ幼さを残した少女だ。
 違うといえば、楓ちゃんは言うなれば日本人形だが、この少女はフランス人形のようだ、という事。
 桃色がかったブロンドの長い髪に、透き通るような白い肌。首から下を覆うような黒いマントに、ブラウスにブリーツスカート。

 だがしかし、彼女の口から発せられたのは、まごうことなき日本語の『あんた誰?』だった。『Who are you?』でも、『Hoe heet u?』でもなく、『Annta dare?』。

「……柏木耕一、だけど」
「カシワギコーイチ? 変な名前ね。どこの平民よ」

 少女の相手もそこそこに、耕一は、さっと周囲の様子を窺う。

「……どこだここ」

 地平線まで続く大草原に、はるか彼方に霞む洋風の塔、なんて日本では絶対にお目にかかれない光景に、思わず呆気に取られてしまった。
 そして、耕一と少女の周りを囲むように、同じような服装をした少年少女がたくさんと……まったく違った雰囲気の、中年の男が一人。

「っ!」

 頭皮が見えているハゲ頭に小振りなメガネ、大きな木製の杖らしきものを持っている、などという怪しげな、しかし表面上はのんびりした風体のその男に……耕一は、嗅いだ事のある匂いを察する。
 ……親父の死亡事件を調べていた刑事。長瀬と言ったか、あの飄々とした中年刑事と同種。
 獲物に気取られぬよう、鷹がトンビの振りをして爪を隠している匂いだ。

「ルイズったら、『サモン・サーヴァント』で平民を呼び出してどうするのぉ?」

 周囲を囲んだ少女の一人、目の前の子と違ってずいぶんと発育のいい、よく日に焼けた肌の少女が揶揄るようにそう言うと、どっと笑い声が溢れた。

「さすがは『ゼロ』のルイズ!」
「使い魔が平民とは! 『ゼロ』にはお似合いだな!」

 それは、あまり気分の良くなる笑い声ではなかった。
 何が起こるか予想もつかず、気だけを張りつめていた耕一にとって……その嘲笑の群れは、少々気分を害しすぎるものだった。

「―――黙れ。女の子を馬鹿にするのが男のする事か」

 少しだけ、"力"を解放して呟くと、ひっ、と空気を飲む音と共に、ピタリとその嘲笑がやんだ。その言葉に反して、男女関係なく。
 それは、目の前の少女も例外ではなかった。唯一違う反応を見せたのは、蒼い髪をした、これまた発育のよくない小さな少女だけ。
 ピンク少女への揶揄へ参加していなかった少女の反応は、耕一の呟きを見て、その体躯より大きな杖を握り締め、キッと表情を引き締める、というものだった。
 その傍らにいる大きな竜すら、少女にすがりつくような動きを見せている。

 ざっ。と、靴が砂を噛む音とともに、中年男が、怯んだ少年たちを庇うように神速の一歩を踏み出した。

「……失礼。あなたに危害を加えるつもりはありません。矛をお収めください、ミスタ」
「別に俺は何もされてないですけどね。子供同士のイジメは、度が過ぎる前に止めてやるのが大人の役目じゃないんですか」
「諌言、耳が痛いですな。教育者としてはまだまだ未熟な身、心に留めおきましょう」

 丁寧な物腰の中、両者から漏れ出る迫力に、周囲の生徒は、目を見開いて見つめていた。

「教育者って……あんた、先生なのか? という事は、この子たちはあんたの生徒?」
「左様です。申し遅れました、私、トリステイン魔法学院にて教鞭を取らせていただいております、ジャン・コルベールと申します」
「―――どこだって?」

 自己紹介も忘れて、聞いた単語に唖然とする耕一。
 中年男は、その様子に警戒を少しだけ解きながら、もう一度口を開いた。

「トリステイン魔法学院の教師、ジャン・コルベールと申します」
「……ま、まほうがくいん? まほう? 魔法だって!?」
「……魔法が、どうかしたのですか?」

 まるで当然のように答える、自らをコルベールと名乗った中年男。
 その名前は日本人ではありえないカタカナで、しかし彼の口から出るのは日本語でしかありえなかった。

「い、いや、冗談……ではないですよね?」
「杖に誓って。人が呼び出されるというのは前代未聞ではありますが、あなたは、彼女の唱えた『サモン・サーヴァント』によって、ここに召喚されてきたのだと思われます」

 コルベールの答えは耕一の質問の意図を読み違えたものであったが、その質問の意味を察する事の出来る人間は、この世界には指を折るほどもいなかったであろう。

 魔法に、召喚。
 耕一は、どこのファンタジーRPGなのか、と頭を抱えたくなった。

 まあ、もしかしなくても、耕一の存在そのものが、剣と魔法の世界以上のファンタジーだ。彼に頭を抱える資格があるかどうかは議論の残るところだが。

「その、『サモン・サーヴァント』ってのは、なんなんです?」
「あ、あなた、そんな事も知らないの? どこの田舎から来たのよ」
「ミス・ヴァリエール」

 ぴしゃり、とコルベールが咎めると、牙をむきかけた少女は憮然として、一歩下がった。

「『サモン・サーヴァント』とは、魔法使いのパートナーとなる使い魔を呼び出す魔法です」
「使い魔? それって、フクロウとか黒猫とかの、あの使い魔?」
「はい。おそらく、イメージされている通りの物かと」
「という事は、そういう役割を、俺にしろ、というわけですか?」
「……そうなります。ここ、トリステイン魔法学院では、2年次への進級に際して使い魔の召喚が許され、呼び出された者を生涯のパートナーとするのです」
「……生涯のパートナーなら間に合ってるんですけどね。人権って言葉、知ってます?」

 さすがの耕一も、怒りを通り越して呆れていた。勝手に呼び出しておいて、横暴もいいところだ。

「事こうなってしまった以上、耳の痛い話ですが……先程も言った通り、人間や亜人のような理性ある者が召喚される、などという事は、今までにない前代未聞な事なのですよ。それに……」
「それに?」
「おそらく、ゲルマニアかそれに類する国の方とお見受けしますが……ここ、トリステインの法では、平民にそういった"権利"というものは、無いのです」
「……あー」

 そういえば、ここは中世だったか、と、妙な納得をしてしまった。
 耕一は法学を習った事はないが、いわゆる『基本的人権』のような概念が出来たのは、かなり最近の事である、ぐらいは知っていた。
 武士が農民を斬捨御免、より前の時代なら、推して知るべし、と言ったところだろう。封建社会での民衆とは、支配階級の所有物でしかないのである。

「ミスタ・コルベール、召喚をやり直させてください」
「ミス・ヴァリエール?」
「平民に説明するなんて、時間の無駄です。次はちゃんとした使い魔を呼び出します。お願いです!」
「……それは認められない」

 女の子の提案に、コルベールは首を左右に振った。

「どうしてですか!?」
「決まりだから、だよ。初めての召喚により現れた使い魔を見て行使者の属性を判断し、それぞれの専門課程へと進むんだ。
その使い魔を、気に入らないから、という理由でいくらでもやり直しをしてしまえば、メイジとしての資質を見るという目的が台無しになってしまう。これは神聖な儀式なんだ」
「でも、でも……っ、人間の、それも平民を使い魔にするなんて、聞いたことがありません……っ!」

 少女の目尻に涙が浮かぶ。
 それを見て、周囲は再び笑いに包まれた。

「わはは。それって、平民風情が『ゼロ』の資質ってことかー?」
「ミスタ・コルベールも、なかなかのジョークセンスをしてらっしゃる!」

 囃し立てられて、少女の涙は見る間に膨らんでいく。
 ……なるほど。要するに彼女は、落ちこぼれ扱いされてるんだな。

 エルクゥの血を受けたヒト。最強のエルクゥの転生たるこの身を、あんな無理矢理に召喚した事を以って落ちこぼれとは。魔法使いと言うのは、さっきの鬼氣に何も感じないものなのか、と、耕一は大人気なくもちょっと憤慨した。

「ミスタ・コルベール!」
「春の使い魔召喚の儀式は、他のどのルールにも優先される。儀式を知る者なら、呼び出したものが他人の飼い動物であろうと、呼び出されたものの飼い主は名誉と思いこそすれ、文句を言う者はない。そういう儀式だ。
勉強熱心なミス・ヴァリエールなら、知っているでしょう?」
「うう……」

 ……人間扱いされてないなあ、と、耕一はちょっと疎外感を感じていた。
 いっそエルクゥ全開モードになって脅してみるか、とも思ったが、
 さっき程度の鬼氣で怯むようなこの場の生徒ならともかく、コルベールクラスの相手が多数出てきて、例えばメラ○ーマとかみたいな、いわゆるああいった魔法を撃ち込まれたらさすがに困るので、自重しておいた。

「……わかりました」

 少女が、決心したように顔を上げ、耕一の顔を睨みつけるように見据えた。

「ちょっとしゃがみなさい」
「なんで、って聞いてもいいかい?」
「いいから!」
「……はぁ。わかったよ。これでいいかい?」

 少女の剣幕に、しょうがなく腰を下ろす。

「ふん。あんた、感謝しなさいよね。貴族にこんな事されるなんて、普通なら一生ないんだからね」

 やれやれ、何をされるのやら。

「"我が名はルイズ。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール"」
「っ!」

 濃密な"力"をまとった言霊が、目の前の少女から吐き出されていく。

「"五つの力を司るペンタゴン。かの者に祝福を与え、我が使い魔となせ"」

 その力に、内なるエルクゥが危機を訴える。
 それに判断を下す間もなく、少女の手が耕一の頬に添えられ、その顔がすっと近付いてきて―――

「ちょっ! 待っ……むぐっ!?」

 その唇が、重ねられた。

「……終わりました」
「お、終わったって、一体いきなり何を……ぐうっ!?」

 触れ合った感触に、どこか恋人を思い出して固まってしまっていた耕一が我に帰った瞬間、痛みが襲った。
 ―――あの鬼の爪で切り裂かれた時のような、熱と痛み。

「ぐ……!」

 それはすぐに収まった。

「ふむ。『サモン・サーヴァント』は失敗を繰り返したが、『コントラクト・サーヴァント』はきちんと成功したようだね」
「……『コントラクト・サーヴァント』? それも、使い魔関連の魔法って奴ですか?」
「ええ。使い魔契約の魔法です」
「契約、ね。やれやれ……奴隷の焼き印じゃないんだから、わざわざこんな事までしなくてもねぇ」
「はは、耳が痛い」

 そう呟いて、左手をかざす。
 その甲には、謎の文字列が浮かび上がっていた。筆で書いたわけではもちろんない。

 ……向こうでは、ピンク少女―――確か、ルイズ、フランソワ……なんたらと言ってたかー――と、他の少年少女の言い争いがまた勃発していた。

「ほう、珍しいルーンですね。何かの文字のように見えなくもない……」

 さっと、コルベールがその紋様をスケッチに描きとめている。
 ……良識があって腕が立つように見えても、平民をモノ扱いする価値観はそう変わらないか。やれやれ。
 目の前の中年男はただの研究バカなだけであって、貴族相手でも同じような事をするだろう、というような事は、まだ耕一にはわかるはずもない。

「さあ。では皆さん、教室へと戻りますよ―――『フライ』」

 コルベールが杖を一振りすると、ふわりとその体が宙に浮かび上がった。
 続けて、周囲の少年少女たちも次々と杖を振り、離陸していく。一人だけ、竜の使い魔を召喚した女生徒だけは、その背に乗って飛びあがった。
 彼らは、遠くに見えるあの塔を目指すらしい。

「はー……」

 ―――魔法の世界と聞いていたとはいえ、実際に目にすると言葉も出ないな。

「ルイズ! お前は歩いてこいよ!」
「あいつ、『フライ』どころか『レビテーション』さえまともにできないもんな!」
「本当に平民がお似合いよね。あははっ」

 果たして帰れるんだろうか俺。というか楓ちゃんマジごめん俺汚されちゃった……などと不安と後悔に懊悩していると、ルイズはふるふると震えて、俯いてしまった。
 ……ま、あれだ。女の子のそんな表情を放っておくなんて、男としてあるまじき態度だろう。そして、そうさせるようなイジメ、も、だ。

「……さっきから聞いてると、君は何だか馬鹿にされてるみたいだな」
「……うるさいわね」
「悔しいか?」
「ほっといてよ」
「見返してやろうぜ」
「うるさいって言ってっ……! って、えっ?」

 イタズラが成功した悪ガキのような耕一の表情に、悔しさに押し潰されそうだった少女の顔が、呆、と呆けた。

「メイジの資質は使い魔を見て決定される……だったか。ルイズちゃんだったよな。君が"何"を喚び出したのか……あいつらに教えてやろう」

 思いやりのない子供には、躾が必要だからな。などと、自らの大人気なさを放り投げて自己正当化の言葉を並べつつ。

「あんた、何言って……って、わぁっ!?」

 そのまま、耕一はルイズを抱きかかえる。いわゆるひとつの、お姫さまだっこ、という奴だ。

「は、離しなさい無礼者っ! 平民が貴族にこんな事っ……!」
「舌を噛むよ。しばらく口を閉じてた方がいい」
「意味わかんないわよっ! いいから降ろし」

 足に力を込め……解き放つ。

「ぃあひゃあああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁっぁああぁあぁああああぁぁあぁぁぁああ!!!!!!!!!」

 絶叫マシーンもかくやという悲鳴が、大草原に響き渡った。

 何事かとそちらを見た巡航中の生徒は、思わず『フライ』の魔法の集中力が切れ、墜落するところだった。

 凄まじい土煙を巻き上げながら、何かが爆走してくる。
 その人間の形をしたなにがしかの腕の中には、見慣れた桃色のブロンドヘアーが見える。つまりあれは、先ほどの平民使い魔、という事だろうか?
 しかし、その疾駆する速度は尋常ではない。普通に走るのとは比べ物にならない速度が出るはずの『フライ』の魔法を使用している彼らに、あっという間に追いついてしまい、そして。

「いやあああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああぁぁああああああ!!!!」

 ぴょーん、と、軽く飛び上がるような動作で、空を飛ぶ自分たちの高さまでジャンプを敢行したのだ!

「あああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………」

 そして、飛行する一団のド真ん中を突っ切っていくと、ドップラー効果を残しつつそのまま放物線上に落下。何事も無かったかのように着地し、あっという間に土煙は遠ざかっていってしまう。

 ぽかーん。

 置いていかれた少年少女たち+中年男の表情は、そう表現されるのが最も適切であった。

「ぷっ。くくく……! やるじゃない、ルイズ。そうでなくちゃね」
「…………」

 例外は二名。
 心底楽しくて仕方ない、といった様子でころころと笑う褐色肌の女生徒と、それとまったく対照的に、無言のまま土煙の消えていく方向を見つめ続ける蒼髪の女生徒。

 彼女の望むような波乱の種と、彼女の興味を引くような力。
 今日は、それがハルケギニアに召喚された日だった。


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