あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

もう一人の『左手』-19

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「さあ、聞かせてもらいましょうか。あんたが一体、どういうつもりなのか」
 そう、押し殺した声で言ったキュルケは、怒っていた。

 ここは酒場だ。周囲の喧騒からして、盗み聞きされるとは思えないが、それでも、最低限の用心だけは欠かすわけにはいかない。
 キュルケが、眼前の人物を怒鳴りつけたいのを、必死になってこらえているのは、話の内容だけではなく、いま自分が会っている人物が誰であるか、絶対に周囲に知られるわけにはいかないからでもあった。

 そのため、目立ち過ぎる貴族のマントを脱ぎ捨て、町娘の扮装までしているのだが、しかし、キュルケ持ち前の雰囲気と、庶民の娘にしては派手なコーディネイトのおかげで――哀しいかな、街の娼婦しかに見えなかった。
 そんな彼女が、目深にフードを被った、いかにも済まなさそうな、ワケあり風の女性を睨みつけている“絵”は、ちょっと見には、娼婦同士の縄張り争いにさえも見えた。
 いや、見えたどころではない。……実は、こんな場末の酒場で女二人が飲んでいる、というシチュエーションにもかかわらず、男たちが声を掛けるのを躊躇っているのは、そのためだった。

「いや、――あんたが怒るのももっともだよね……。わたしがあんたの立場だったら、やっぱり同じ事を言ってたと思うよ」
 うつむいて、そう言うフードの女性。
 そんな彼女を見て、キュルケは深い溜め息をつくと、ようやく、その眼光から険を抜いた。
「で、説明してくれるんでしょうね? ――ミス・ロングビル」


『土くれのフーケ』が、王都への移送中に脱走した、と聞いて、一番腹を立てたのは、彼女に家宝を盗まれた門閥貴族でもなく、護送の任に当たっていた魔法衛士隊でもなく、この少女――キュルケ・フォン・ツェルプストーであろう。
 何故ならキュルケは、このまま処刑されるであろうフーケ本人から直々に、アルビオンに残した家族の事を、彼女から頼まれていたからだ。

『破壊の杖』強奪事件で、軽口を叩き合う仲になったとはいえ、フーケがなぜ自分に、そんな事を頼んだのか、想像もつかない――といえば、それは嘘に近い。
 彼女が、そもそもどんな理由があって、盗賊に身をやつす事になったのか、それは分からない。
 だが、――口の悪さはともかく――学院長の秘書をしていた時の、彼女の立居振舞は、その育ちのよさを充分に匂わせるものだった。
 彼女の人生を、一体何が狂わせたのか。それを訊くほどキュルケは野暮ではない。
 しかし、そんな女性から、家族を頼むと言われてしまえば、断る事など出来るものではない。少々ためらいはあったが、それでもキュルケは“後は任せて、安心して法の裁きを受けな”と言ったものだが……。

 何ぞ知らん、後事を頼んだ当の本人が、監獄に移送される最中に脱走を図るとは!!


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「だから……わたしだって、そもそも脱走したくて、したわけじゃないんだから。――まあ、逃げたくなかったと言えば、嘘になるけどさ」
「……どういうことよ」
「魔法衛士隊を皆殺しにした、ゴリラみたいなメイジが、わたしを迎えに来たんだよ。一緒に来なきゃ、お前も殺す。いかにも、そう言いたげな素振りでね。――いくらわたしでも、杖も無しでそんな化物と戦う気にはならないよ」
「ずいぶん情けないことを言うのね。仮にも『土くれ』の名で、ハルケギニアの全貴族を震え上がらせた女が」
 そう言われては、フーケも苦笑するしかない。
「まったくさ。世の中ままならない事ばかりで困っちまうよ」

 苦笑いのまま、だが、しれっとそんなことを言う彼女に、キュルケもつられて表情を崩す。
 しかし、そのまま杯を飲み干すと、彼女は褐色の頬をきりりと引き締め、フーケに向き直った。
「――で、その『土くれ』さんとしては、これからどうするつもりなの?」

「取り敢えず、奴らについていくよ。あんたにゃ悪いけど、逮捕前にわたしが頼んだ事はチャラにしておくれでないかい?」
「アルビオンにいる、家族のこと?」
「ああ。――どのみち、わたしらも向こうに行かなきゃならないんだ。奴らの当座の目的は、アルビオンらしいからね」
「どういう事? アルビオンが目的って、――大体あそこは今、内戦中のはず……」

 そこまで聞いて、キュルケ顔色が変わった。
「まさか……あんたを迎えに来た『奴ら』って……!?」
「ああ」

 フーケは唾でも吐き捨てそうな、苦々しい表情で、
「レコン・キスタさ」
――そう言った。



「ルイズ」
「……」
「ルイズ」
「――っ!? 子爵、様っ……!?」
 振り返ったルイズを待っていたのは、苦笑いをしたワルドの優しげな瞳だった。
「元気がないね? そんな調子じゃ、殿下から頼まれた大事な任務が果たせないぞ?」

 手綱を握るワルドが心配するのも、ある意味、無理はないかも知れない。
 街道を疾駆する一匹の魁偉なグリフォン。騎手である青年貴族の懐に抱かれる形でルイズは、その幻獣に同乗していた。


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 出立してから、もう、かなりの距離を走破している。
 学院を出るときは登り切ってすらいなかった太陽が、もう遥か西に彼方に沈もうとしていた。しかし、浮遊大陸アルビオンへの中継地たる、ラ・ロシェールの港町への行程は、まだまだ半分といったところだ。
 それでも、早馬で二日はかかるという旅程を、たったの数時間で道半ばに達するという脚力は、ドラゴンにも比肩されるという、高位の幻獣グリフォンならではであったろう。
 しかし、そんな強行軍は、当然乗り手にも、それなりの体力を要求する。
 ワルドは、仮にも魔法衛士隊の隊長であるから、当然とも言えるが、その同乗者たるルイズも、やはり弱音一つ吐かない。
 だが、それが彼女ならではの気丈さ故でないことは、ワルドにも分かっていた。
 なぜなら彼女は――出発してから数時間、全く口を利こうとはしなかったからだ。

 無論、話し掛ければ答えてはくれるが、それは質疑応答……質問に対する答えであり、『会話』でも何でもない。『会話』のキャッチボールをする気にもなれないのだろう。
 膝に乗る、婚約者の矮躯が、さらに小さく感じるのは、決して青年貴族の勘違いではあるまい。
 ワルドは――ルイズに気付かれぬように――小さく溜め息をついた。

「そんな……わたしは元気ですわ、子爵様」
「だといいが……しかし、どうやらぼくは、君を放って置き過ぎたようだね」
「え?」
「しばらく会わないうちに、君はさっきの平民の少年と、すっかり気持ちを通じ合わせてしまっているようだ」
「そんなっ――!?」
「そんなことはない……かい?」

 ルイズを見下ろすワルドの目に、硬い光が含まれる。少女は、反射的に身を竦ませるが、再度、婚約者を見上げた時、彼の瞳は、いつもの優しげなものに戻っていた。

 しかし、たった今、ワルドが言った一言は、やはり少女の胸元を、少なからず抉った。(
(サイト……!!)
 瞑目するまでもない。
 気がつけば、ふと脳裡に浮かんでいる。あの、バカで間抜けな使い魔の少年。



「さっき教えてやったろうが……女の子を傷付けて恥じないようなクソ男は、おれは気にいらねえってな。……それだけさ」
 そう言って、瀕死の重傷を負いながらも立ち上がったアイツ。

「お前が何で泣いてるのか、おれには分からないけど――お前が考えてる事は、多分間違ってるぜ」
 そう言って、わたしの不安を否定してくれたアイツ。

「迷惑……だったか?」
 気絶しそうな激痛の中で、なお、わたしを気遣ってくれたアイツ。

「美しいレディ。どうかこのおれと、ダンスを一曲お付き合い願えませんか?」
 月光の下、傷を押して、わたしをダンスに誘ってくれたアイツ。


――思い出すだけで、胸が締め付けられそうになる。
 そんな苦くて、それでも甘い、数々の記憶。

(分かってる……本当は、わたしだって)
 才人が、部屋で言った一言。
「魔法が使えないお前が一緒に行っても、ぶっちゃけ、邪魔になるだけじゃねえか?」
 あれは、かつて同級生たちから散々浴びた、誹謗混じり軽口とは違う。文字通り、口を滑らせただけの一言でしかないという事も。何より、あの少年が、本気でそんな事を言うわけがないという事も。
 全部、ルイズには分かっている。


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 ルイズがあの時、激発する切欠となった一言――才人が自分の手を払いのけ、『触るな』と叫んだ事すら、冷静になってしまえば、当然の事として納得できる。
 彼は――ただ、火傷が痛かっただけなのだ。
 傷が引きつるから『触るな』と言いたかっただけなのだ。

 だからこそ――彼女は、呆然自失たらざるを得ない。
 自分は、何という事を言ってしまったのだろう。何という取り返しのつかない事を言ってしまったのだろう、と。

「もう二度と、顔を見せないで」

 そう言ってしまったのだ。
 そんな事を言ってしまったのだ。
 そもそも自分に、あの少年を責める資格があるだろうか?
 そして自分は、あの少年に許される資格があるだろうか?

――もう、どんな顔をしてサイトに会えばいいのかも、分からないわ……!

「大丈夫だ、ルイズ」
「え……?」
「あの少年は、今までぼくに代わって君を守ってくれていたのだろう?」
 ワルドが手綱から片手を離し、ルイズの肩を、そっと抱きしめる。
「君は黙っていたが、ぼくは知っている。君が魔法学院の中で、どんな目で見られ、どんな扱いを受けてきたのか。――そして、彼は、君を庇って決闘騒ぎまでやらかしている」
「……」

「でも、もう安心していいんだ。これからは、ぼくがいる。ぼくが君を守る」
「――ししゃく……さま……」
「彼――正確には彼らだが――には、やるべき事があるはずだ。自分の世界に帰る方法を模索するという“仕事”が。だから、心置きなくそれに専念させてあげよう。君が、彼らに本当に償う道があるとすれば、おそらくそれしかない」
 その時、少女を抱きしめるワルドの左手に力が篭もった。だが、ルイズはそれに、なんら嫌悪感を感じなかった。

「そのためには何より、彼らに教えてあげねばならない。ルイズ・ラ・ヴァリエールは、もう自分の足で立てる一人前なのだと。守ってもらわねばならない子供ではないのだと。――そう思わないか?」
「……」
「無論、イキナリ一人で放り出されても差し支えないほど君は強くない。それは承知しているつもりだ。だから――ぼくがいる。君の本来の婚約者たる、このジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドが、これからは君を守る」
 ワルドの優しげな瞳が――その瞳に込められた、凛々しい力が、ルイズを射抜く。


「ルイズ――結婚しよう。ぼくらのために。そして何より、彼らのために」



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「……ちょっと――サイトぉ!! あんたもう、いい加減にしなさいよぉっ!!」

 自室に飛び込むなり、キュルケはそう叫んだ。
 無論、壁に向かっての怒号ではない。
 昨夜いきなり、泊めてくれと言って現れた少年に、だ。

 たまたま昨晩は、男を引っ張り込んでなかったから、泊めてやったが、それでも彼がただならぬ雰囲気を発散しているのは分かった。
 付き添い然として彼の後ろにいた風見が言うには、少年は、ルイズとかなり派手な喧嘩をやらかしたらしい。詳細が気になったが、『ルイズのアルビオン行きに関して、口論になった』と言うのみで、風見は多くを語ってくれなかった。
 一方、当事者の才人に至っては、完全に放心状態だったので、訊く気にもならなかった。

――まあいいか。
 そのときはそう思った。
 何より彼女は眠たかった。キュルケとしても久しぶりの孤閨なのだ。ゆっくり四肢を伸ばしてベッドに横たわる心地良さは、男との同衾とは、また違うものがある。他人の修羅場は、明日にでも訊けばいい。
 そう思い、毛布とソファを貸してやり、彼女は眠った。
 朝、目覚めてからも、凝然と宙を睨み続ける彼(その時すでに才人は目覚めていた)に、異常を覚えたが、それでもキュルケは気にしなかった。これから授業をサボり、王都で『土くれのフーケ』と会う用を控えていたし、――何より、女の朝は忙しい。

 で、部屋に帰宅してみれば、少年は、彼女が出かけた時と全く変わらぬ姿勢で、呆然とし続けている。間違いない。彼は確実に――朝、自分が出かけた時から、まったく微動だにせず、時を過ごしていたのだろう。
 そしていま、“家主”であるキュルケの叫びにも、彼は、すがすがしいほどに反応しない。完璧な無視だ。それも、意図的なシカトではない。自責やら後悔やらの声で耳をふさがれ、完全に外界からの声が聞こえていない状態なのだろう。

 キュルケは溜め息混じりに呟いた。
 死人を動かすキーワード……さっきフーケから聞いた情報の結論を。
「サイト、あんた――ルイズが危ないって聞いても、まだそんな風でいられるの?」
 その瞬間、才人は、親の訃報を聞いたように、彼女を睨み付けていた。
「どういうことだ……!?」

 だが、キュルケは、そんな視線にたじろぐような少女ではない。
「事情は知らないけど、いまルイズはアルビオンにいるんでしょう? そのアルビオンが、大変な事になってるって言っているのよ」

 そう聞いて、才人は少し落ち着いたようだった。
「アルビオンが今、内戦状態にあるっていうなら知ってるさ。……でも、アイツなら大丈夫さ。頼りになる婚約者の貴族サマがついてるからな」
「婚約者?」
「それに……おれは『二度と顔を見せるな』って言われちまったんだ。今更もう、やれることなんて……!!」

(なるほど……そういうわけね)
 この底抜けに向こう見ずな少年が、ここまで意気消沈しているからには、さぞかし激しい喧嘩をしたものだろうと思ったが――キュルケは思わず納得してしまった。ただの諍いではない。『恋敵』が絡んでいたのだ。
 公爵家の娘の婚約者というからには、おそらく出自・実力ともに折り紙付きのメイジのはずだ。風見のような改造人間ならともかく、肉体的には『ただの平民』に過ぎない彼が、ヘコんでしまうのも、まあ無理はない。
(もう少しホネがある――と思ったんだけどなぁ……)


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 キュルケは、そんなだらしない才人に苛立ったのか、先程よりも少々厳しい声を出した。
「アルビオンが内戦状態だっていうのは、誰だって知ってるわ。でも、あたしが話したいのは、膠着状態に陥ってる“今の戦況”じゃない。あと二・三日後の“これからの戦況”よ」
 二・三日後と聞いて、少しだけ才人の顔色が変わった。今朝、学院を出立したルイズが、丁度アルビオンに到着する頃ではないか。
「二・三日後に、アルビオンが一体どうなるってんだ……?」

 キュルケは、マントを翻した。
「いまアルビオンの王党派を包囲している貴族派が、レコン・キスタって名乗ってるのは知ってるわね? その貴族派が再び何人かのメイジを編成して、アルビオンに向かうって、さっき聞いたのよ」
「何人かのメイジ……?」
「なかなか城が陥ちない現状に、イラついたんでしょうね。かなりの手練を揃えたみたいだけど、その『援軍』の中に、あんたも知ってる――あの、大砲背負った亀のカイゾーニンゲンがいるらしいのよ」

 才人は目を見張った。
 平田さんが? あの人がアルビオンに!? なんで!?
――問うまでもない。解答は、明白だ。

「もし学院長が言っていた“250年前の魔獣”が、あの怪物なら、何しにアルビオンに行くのかバカでも想像がつくわ。そして、そんな怪物がアルビオンで何をするのかもね」

 一度、この手で滅ぼしたはずの王国が、自分が眠っている間に、うまうまと再興を果たし、何事もなかったかのように国土に君臨している。もしカメバズーカ――平田拓馬が、そんな状況を気に入らなければ、やる事は一つだ。
 しかし、才人には、にわかに信じられなかった。
「平田さんが、今度は自分からアルビオンに出向いて、250年前のケリをつけようとしてるって言うのか……!? まさかそんな!? そんなバカな!!」

 しかし才人とは違い、人間“平田拓馬”を知らないキュルケの目は、あくまで冷ややかだった。
「あたしは――その、まさかの話をしているの。学院長の話が確かなら、あの怪物は、たった一人でスクウェア・メイジ百人分の戦力を持つはずよ。そんな奴が本気で暴れ回る矛先に、もしルイズがいるとしたら……!!」

「その話、詳しく聞かせてもらうぞ、ツェルプストー」
 風見志郎が、そう言いながらキュルケの部屋に入って来た。
「もし奴が、破壊と殺戮を本貫とする“デストロン怪人”に再び戻るつもりなら、断じて見過ごす事は出来ん」
「行くつもりですか風見さん!? まさか……ルイズのいるアルビオンに!?」
 才人が驚きの声を上げる。
「おれたちは『二度と顔を見せるな』って言われたんですよ!? 今更どのツラ下げて――」

 しかし、風見はそんな才人の躊躇を、切って捨てる。
「そんな事は、もう関係ない」


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「――かっ、関係ないって……いくら何でもそんな……」
「もしカメバズーカが、本気で王党派に復讐するためにアルビオンに向かったのだとするなら、いくら何でも見逃すわけにはいかん。俺はまだ――“仮面ライダー”を辞めたつもりはないんでな」
「風見……さん……!!」

 風見は、あくまで“仮面ライダーV3”としての自分を崩そうとはしない。
 彼にとっては、おそらくルイズを救出することすら、二次的な問題に過ぎないのだろう。
 これまで単なる高校生として、なんとなく生きてきた才人とは違い、“仮面ライダー”という明確な価値観のもとに行われる彼の行動は、清々しいほどに単純で、真っ直ぐだ。
 才人は、今ほど風見が羨ましいと思ったことはなかった。
 風見には、このハルケギニアの全てに優先する、明確な目的意識と使命感がある。だが、それは自分にはない。――ない以上、下らない人間関係のしがらみを優先せざるを得ない。
 たとえば……主であるはずのルイズから、ツラ見せるなと言われてしまえば、やはり、彼女の下に赴くのは、気が引けてしまう。

「平賀、お前はどうする?」
「おっ、おれ?」
「カメバズーカ――平田拓馬を正面から説得できるとすれば、おそらくそれはお前だけだ」
 風見の言いたいことは、才人にも分かる。
 これを機に、ルイズと再び逢えと言っているのだ。そして関係を修復しろ、と。

「でっ、……でも……!!」
「それともここで、留守番していたいか?」
「……でも……やっぱり……」
 ためらう才人に、風見は悪戯っぽい目でキュルケを振り向き、合図をする。
 そして少女も合図を受け、その意図する言葉を正確に吐く。
「ダメよカザミ、無理強いはよくないわ。そもそもサイトは、まだケガも治り切ってないんだから」
「そうだな。なら仕方がない」
「ええ、本当に仕方がないわ」

「……あああっ!! 分かりましたよ!! 行けばいいんでしょう、行けば!!」

 そんな彼を見て、風見は満足げな笑みを浮かべる。
「そうか、やはり行ってくれるか」
「――でも、勘違いしないで下さいよ!! おれはあくまで、平田さんを説得しに行くんスからね!! 断じて、ルイズにワビ入れに行くんじゃないっスよ!! 誤解しないで下さいよっ!!」
「はいはい、わかったわかった。――でも、向こうであの子と会うことがあったら、ついでに仲直りしても、罰は当たらないんじゃない?」

 皮肉っぽく言うキュルケに、才人は……ぐうの音も出なかった。



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 アルビオンに向かう、この飛行帆船――フネは、かなり豪華な型だったらしく、船室の数も多く、ちょっとしたバーまで設置されていた。
 フーケは、これ幸いと酒を飲みに来たが、先客を見て、やや鼻じろんでしまった。

――カイゾーニンゲン・カメバズーカこと、ヒラタタクマ。

 カウンターに座り、ワインをチビチビと――いかにも不味そうに――呑んでいる。
 いまさら引き返すのも業腹なので、フーケはワインボトルとグラスだけ掴むと、男を避けるように、バーの隅のボックスに座った。

 彼女は、怪人カメバズーカの、いかにも禍々しい姿を知っている。
――いや、知っているどころではない。何となれば、彼を復活させたのは、フーケ自身だからだ。
 だから、白い半仮面のメイジから、あの時の“ばけもの”が、レコン・キスタ陣営に参戦する、と聞いたときは仰天したし、その情報をツェルプストーの娘にも流して警告しておいた。命が惜しかったら、しばらくアルビオンには行くな、と。

 だが、肝心の平田拓馬と引き合わされた時、フーケは違和感を禁じえなかった。
 筋骨隆々ではあるが、こんな50過ぎの、しょぼくれたおっさんが、あの怪物に“変身”するって……本当に……?

「ここにいたのか」
 そう言って、バーに入って来たのは、羽帽子を被った白い半仮面のメイジ。
 いや、その後ろに、さらに一人の女がいるようだが、フーケからは丁度、逆光になって、彼女の顔は見えなかった。

「ちょうどいい。ヒラタさんもいる事だし、ここで紹介させてもらおう」
 そう言って、半仮面は女を前に出し、バーの明かりを点ける。
「レコン・キスタ総司令官クロムウェル大司教の秘書を勤められる、ミス・シェフィールド。今、わざわざアルビオンから小型艇で挨拶に参られた」
「よろしく」
 黒いローブに身を包んだ女が、濡れたような声で言う。
 フーケは、一応会釈だけはしたが、平田は視線を向けようとさえしない。
 半仮面は、そんな平田に苦笑し、先にフーケを右手で指し示した。
「――こちらが、かの高名な怪盗『土くれのフーケ』。名の示す通り、“土”のトライアングルです」


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 その瞬間、フーケは思わず席を立ち、呆然と女を見た。
 いや、正確には、彼女が見たのはシェフィールドと名乗った女ではない。シェフィールドのさらに背後に立っていた青年だ。
「――あんた……カザミ……シロウ……?」

 そして、フーケの呟いた名を聞き、訝しげに振り向いた平田も、その青年を見て、同じく呻き声を上げた。
「おめえ……何故ここにいる……V3……!?」

 二人にとっては見間違えようもない。
 フーケにとっては、敵でありながら、何故か成り行きで共闘まで果たした男の名であり、平田にとっては、それこそ忘れようもない宿敵の名だ。

「ほう……?」

 そして、名を呼ばれた青年は、フードの女の陰から姿を現し、
「いかにも俺は風見志郎だが……面白いな」
 切れるような、不敵な笑みを浮かべた。
「なぜ貴様らが、俺のもう一つの名を知っている?」
 そう言いながら、口元に反して、全く笑っていない氷のような視線を、二人に送り付ける青年の額には、ローブの女と同じく、見たこともないルーン文字が刻まれていた。
 見る者が見れば、その二人のルーン文字が、全く同じく、こう記されている事を読めたであろう。


――『ミョズニトニルン』と。




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