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ゼロな提督 第6話  ロングビルの都合


      第6話   ロングビルの都合

 フーケ、と呼ばれてもロングビルは驚きも怒りもしなかった。
 ただヤンの前に立っている。半身を引き、鋭い視線を投げつけながら。
 ゆっくりと、彼女は口を開いた。
「・・・なぜ、私がフーケなのか、教えて頂けませんか?」
 ヤンもゆっくりと、言葉を選ぶかのように答える。
「まぁ、まずは…ここに来た事ですね。僕に余程の用が無い限り、この非常時に呼ばれて
来るわけ無いでしょう」
「あらあら。宝物庫のケースの中にある『破壊の壷』を見た事の無いはずのあなたが、な
ぜあの模様を知っていたか…気になって来たんですよ」
「なるほど、そうも言えますね」

 ロングビルはニッコリと笑って反論した。だが眼が笑ってない。
 そしてヤンも、既に普段の寝ぼけた雰囲気は消えている。

「ちょっと長い話なんですが、よろしいですか?それと、もしおかしいところがあったら
遠慮無く言って下さい。何しろ僕は魔法やこの国については無知ですので」
「分かりましたわ。どうぞ」
 ロングビルに促され、ヤンは語り出した。

「そもそも気になったのは、どうしてフーケは斧を奪う事が出来たのか、と言う事ですよ。
 斧を乗せる馬車が、ヴァリエール家の長女が乗る馬車がなぜ分かったんでしょうね?」
「さぁ?何しろフーケは神出鬼没ですから」

 とぼけたように肩をすくめるロングビル。
 構わずヤンは語り続ける。

「それは、フーケが王宮にいたからですよ。王宮で、エレオノールさんが斧を受け取った
のを知ったからです」
「あらあら、それじゃあフーケは王宮に以前から忍び込んでいたんですわね」
「ええ、その通り。そして王宮を出るエレオノールさんの馬車をコッソリ追っていったの
ですよ」
 頷くヤンに、女は不敵な笑みを浮かべて反論する。
「でも、もしかしたら王宮に忍び込んでいたのは使い魔だけかもしれませんわね?そして
使い魔から共有した感覚で、斧の所有者を見た。もしくは、『遠見』の魔法を使ったかも」
 その反論に、ヤンは首を左右に振った。
「でも、私達が斧をいつ、どこに持ってくるかは予めには分からないのです。ミス・ヴァ
リエールと僕は前日の夕方、いきなり王宮に呼ばれたのですから。
 斧の受け渡しをした部屋に使い魔らしき生物はいませんでした。斧をケースから取り出
したのは、あの部屋の中だけでしたし」
「でもまぁ、王宮の深くまで潜入していれば、分からないと言うほどではないですわね」
 女は腕組みして、ヤンの推理を鼻で笑った。
「ええ、全くです。その場合、フーケは王宮の中で働く誰か、もしくは王宮に自由に出入
り出来る誰か、と考えるのが自然です。
 でも、それではおかしいのですよ」
「何が、かしら?」

 ロングビルは本当に分からない風で首を傾げる。

「フーケは、斧を奪って次の日に、学院を襲撃し『破壊の壷』を奪いました。なぜでしょ
うね?」
「なぜ…かしらね?」

 傾げていた首をゆっくりと元に戻すロングビル。油断無くヤンの姿を見据える。


「学院から王宮へ行く途中で、あなたが自分で話してくれたでしょう?『狙うのは貴族が
所有する、強力な魔法が付与されたマジックアイテム』だと。
 魔力を全く含まない斧の持ち主は、平民である私です。つまり、フーケのターゲットで
は本来なかったのですよ、あの斧は。本来の目的は『破壊の壷』なのです。だから斧を奪
わなかったのです」
「あら、事実奪ったじゃありませんか?」
「ええ、奪われました。あの斧の所有者が僕からヴァリエール家、いえトリステイン王家
に移ったとたんに、まるで待っていたかのように。そして次の日、即座に学院を襲いまし
た。
 つまり、待っていたのですよ、フーケは。僕が斧をヴァリエール本家か王宮に売りつけ
るのを。学院からずっと、僕らと一緒に城へ向かいながら、ね。
 恐らくは、あの斧をゴーレムに振らせて宝物庫の壁を破ったのでしょう。宝物庫を破る
ために斧が必要だったのですよ」
「あらあら、それはおかしいわよ。さっきあなたは『フーケは王宮にいる』と言ったじゃ
ないですか」

 クスクスと、相変わらず笑わぬ眼で笑うロングビル。
 冷たい目で射られながらも、ヤンは全くの平静を保っている。

「そう、そこですよ。問題は『フーケは王宮と学院、どちらにいたのか』ということです。
どう考えても、学院と王宮の両方にいなければ、斧を奪えない。そして学院の当直が油断
しきっていて、夜には番をせず寝てしまう事も分からない。宝物庫の場所も壁の強度も、
です。
 でも知っていたから斧を奪えた。堂々と学院の壁を壊して『破壊の壷』を奪えた。
 つまり、フーケは学院にも王宮にもいた人物です」

 ロングビルは、口元だけで笑うのを止めた。
 変わりに、手を胸元へ伸ばした。自分の杖へと。
 それでもヤンは平静を保ったまま、動こうとしない。動かすのは口ばかり。

「学院にいた人物で斧の行方を、王宮の部屋の中で所有者の移転を正確に知る事が出来た
人物は3人だけ。僕と、ルイズと、頼んでもいないのに城までついてきた君だよ…ミス・
ロングビルこと、『土くれのフーケ』さん」

 フーケの杖が、真っ直ぐにヤンへ向いている。
 ヤンを見据える眼に、一点の迷いも容赦もない。
 それでもヤンは、全く動じる様子がなかった。杖が眼に映っていないかのように、淡々
と口を開く。

「もう、反論はしないのかい?他に『複数犯』とか、『以前学院で働いてたけど、今は王
宮で働いてる』可能性とか…まぁ、低い可能性なんだけどね」
「やかましい!ああ、そうさ・・・あたしが『土くれのフーケ』さ!さぁ、さっさと本題
にはいろうじゃないかっ!」
 秘書は知的な顔を醜く歪ませ、忌々しげに毒づいた。

「んじゃ、そんなワケで、あなたがフーケだと判明した所で…素直に壷と、ついでに斧を
返して欲しいんだ」
「イヤだ…と言ったら?」
 殺意を含んだ微笑みが、端正な女の顔を歪める。
「その時は、しょうがないので」
 ヤンは、フーケの眼を見据えながら、堂々と宣言した。

「追わないから逃げていいよ」
「はあっ!?」

 フーケは、大きく口が開いたまま、閉じる事が出来ない。
 もう一度、よーくヤンの眼を真っ直ぐ見た。
 だが、どうみても冗談を言っているように見えない。


「お、追わないから、逃げろって…あんた、真面目に言ってるのかい!?」
「もちろん。だって、よく考えてごらん。僕が君を死闘の末に捕まえて、壷と斧を取り戻
して、何の得があるのか」
「は、はぁ!?いや、何の得って・・・」
 フーケは真剣に考えた。ヤンが自分を掴まえて、どんな利益が得られるか。
 何か自分が見落としている事があるのかと、必死で考えた。
「そりゃ、王宮から報奨金が出て、名誉と名声を得て、それから…壷はどうすんだよ!?
危険なモノだからって、わざわざこうして返してもらいにきたんだろう!?それと斧だっ
て、あの値打ちモノを、まだあたしが持ってるんだよ?」

 そんなフーケの困惑とは裏腹に、ヤンは落ち着いてゆっくりと答えた。

「報奨金も名誉も、僕には届かないのさ。何しろ僕はルイズのツカイマだからね。どっち
もルイズのものになるんだよ。
 そして僕は、あの子が嫌いじゃないんだけど、あの子の金と名誉なんかのために君と命
がけで戦う事はないよ。命を助けてくれた恩はあるんだけど、治療費は君の言ったとおり
倍返ししたし、ヴァリエール家の三女様に今以上のお金は必要ない。
 何より僕は平民なので、貴族の名誉なんか興味ない。というか、僕自身が名誉ってやつ
に意義を感じないんだ」

 ハルケギニアの常識を丸めてゴミ箱に捨てるかのようなヤンの言葉。
 フーケは二の句が継げない。杖を持つ手の力まで抜けて、下を向いてしまう。
 継げたのはヤンの方。

「斧なんだけど、あれは君も知っての通り、王宮に売ったんだ。もう僕の物じゃない、だ
から知らない。王宮が代金を支払わないかも知れないけど、支払うにしても受け取るのは
公爵家。僕には小分けにして、月々に給金の如く支払われる事になっていたんだ。つまり
本当に払うかどうか、公爵の気分次第ってわけだ。残念だけど平民の立場では、これに文
句を言う事はできない。
 確かに給料は魅力だね。でも、命をかけてまで、とは思わないよ。むしろ、給金欲しさ
にヴァリエール家へ縛られる方が、僕にとっては問題さ。それに、既に伯爵からまとまっ
た金を受け取ったしね。
 それにあれは、壷と違って危険物じゃないんだ。せいぜい売るなりなんなり好きにする
と良いよ。
 あ、言っとくけど。あれの加工方法は僕に聞いても無駄だよ。あれは『絶対壊れない』
ことが必須の条件で作られた武器なんだ。戦場で敵と切り結んでいる時に、手持ちの武器
が壊れました、なんて笑えないからね。
 『錬金』で別の物質にすれば別だけど、多分よっぽど気をつけてやらないと、斧がダイ
ヤごとパーになっちゃうから、気をつけてね」

 もはやニコニコと楽しそうに語っているヤン。
 フーケは、力がヘナヘナと抜けていく。

「そして、肝心の壷なんだけどね。あれ、さっきも言ったとおり、とっても危険な物なん
だ…使ったら、ね。
 でも、当然ながら、そんな危険な物がうっかり間違って使用されたりしたら、誰だって
困る。だから絶対間違って使われないよう、厳重な安全装置がかけられているんだ。だか
ら、普通の人には使えない。事実、あれは誰も使用方法が分からず飾られていただけだっ
たろ。
 では、もし誰かが何かの拍子に偶然使ってしまったら?その時は使用者、つまり君が、
周囲の物全てを巻き込んで消し飛ぶ。
 つまり、君はあの壷を売る事は出来ない。危なくて触る事も出来ない。持ってるだけ無
駄な物になったね」

 フーケはヤンに向けていた腕をダランと下げてしまう。
「じゃ、じゃあ…あんたは、何しにここへあたしを呼んだんだい!?」
「君のためだよ。危ないから壷を不用意に触るなって忠告に来たんだ」
 顎までダランと下がってしまう。


「と、言うわけで。伝える事は伝えたから、君は逃げて良いよ。僕は追わないし他言もし
ない。斧があれば収穫は十分だろ?」
 ヤンはベレー帽を被り直し、フーケの横を通り過ぎて学院の門へ向けて歩き出した。
 だが、ヤンの背から地面を踏みしめる音がする。
「…待ちなよ」
 フーケの声に、ヤンは歩みを止めた。肩越しに彼女を見る。
 そこには気合いを入れ直し、杖をヤンに向けるフーケがいる。
「まだ、何か納得出来ないかな?」
「出来ないね」
「ふむ、何かな?」
「二つ、納得出来ない。
 一つは、壷の使い方をあんたから聞き出せば、壷を売れるって事。
 そしてもう一つは、あたしの正体を知った人間を、生かしてはおけないってことさ!」

 立ち直ったフーケは、殺意を込めてヤンに杖を向けている。
 だがそれでも、ヤンはフーケに背を向けたままだ。
「口は固いつもりだけど、信用してはもらえないかい?」
「人間ってのは、気が変わる事もあるからねぇ」

 ヤンは聞き分けの悪い子供を躾けているかのように、腕組みして困った顔を向けた。

「ちなみに…壷の使い方を聞いた、その後は?」
 聞かれたフーケは、うぐっと小さく呻いた。
 ヤンは溜め息混じりに、フーケの代わりに答えた。
「やっぱり、殺すしかないよね?じゃ、しゃべっても僕に得はないなぁ」
「…だったら、あんた、今あたしに殺されるって分かってるって事だよね?」

 今度こそフーケは笑った。殺意を込めて、優越感と共に。
 ヤンは半身だけフーケに向き直る。
 そして、今度は冷然と、たしなめるように言い放った。

「そして、僕の死体が発見される。もしくは失踪。メイド達の証言から、いなくなる僕と
直前まで会っていたはずのミス・ロングビルも失踪。
 立て続けに発生したフーケによるヴァリエール家周辺での犯行。
 さて、僕と同じ推理をした人が、君の人相書きをハルケギニア中に張り出すのに、どれ
くらいの時間が必要かな?」

 フーケの腕が、またも力なく垂れ下がってしまう。

「それでも殺したいのなら相手をするけど…あの斧を生み出す程の技術で作られた銃。そ
の目で威力を確かめてみるかい?」
 ヤンの右手がジャンパーの左胸へ、ビーム銃へと伸びる。

 フーケは、腰が抜けた。無様にへたり込んでしまった。
 ヤンは、悠然と彼女を見下ろしている。
 そして、彼女に歩み寄り


 笑顔で手を差し伸べた。


「壷と斧、返してくれるかな?」
 フーケは、力なくコクコクと頭を上下させた。
 ヤンは彼女の手を取り、優しく立ち上がらせる。


 ヤンが鼻歌交じりに学院へ歩くのを、フーケことロングビルはトボトボついてくる。
「ねぇ、あんたさぁ」
「うん、なんだい?」
 俯いて上目遣いにヤンを見つめるロングビル。
「こんな手間のかかる危険な事しなくったって、あんたなら楽にあたしを捕まえられたん
じゃないのかい?」
「うーん、楽に捕まえるのは、さすがに無理だと思うんだけど。でもね」
 ヤンは振り返り、軽くウインクした。
「あの斧の存在を教えてくれたお礼に、助けてあげるよ」
 はあぁ~…と大きな溜め息をつき、肩を落としてしまった。


 学院に戻る間、ヤンはロングビルに何をする気だったか尋ねた。そして彼女の
――『近所の農民に聞き込んで、フーケの居所が分かった。徒歩で半日、馬で4時間の場
所にある森の廃屋に入っていった黒ずくめのローブの男を見たとの事。彼はフーケで、廃
屋はフーケの隠れ家だ』と嘘の報告をしてヤンを連れ出し、ゴーレムで襲わせたりして壷
の使い方を知るつもりだった――
 という話を聞いた。
 即座にヤンは、なんで黒ずくめのローブの男が正体不明のフーケだと断定出来るのか、
馬で4時間の距離からの情報を朝一番に手に入れてくるのは無理がありすぎる、等のダメ
だしをしてしまう。
 ロングビルは、ますますションボリしてしまうのだった。




 そんなこんなで、森の奥にやって来たのはフーケ捜索隊ご一行の荷馬車。
 御者のロングビル。荷台にはルイズ・ヤン・キュルケ・タバサ。
 ノンビリ無駄話をしながら廃屋へと向かっている。


 宝物庫に戻った二人は、ロングビルの作り話を少々手直しして教師達に告げた。それは
『以前から正体不明のメイジが出入りしている廃屋がある、と農民達が話しているのを耳
にした事がある。その周辺で巨大なゴーレムの目撃されたという噂もあった。試しに調べ
に行ってみないか?』
 という、非常に曖昧なものだ。
 そんないい加減な情報では動けない、と言う内心怖いからフーケに出会いたくない教師
達。代わりに、フーケを必ず捕まえると勇ましく杖を掲げるルイズ、ヴァリエールには負
けられないというキュルケ、心配の一言で付いてくるタバサ、そしてヤンとロングビルが
行く事になったのだった。
 教師達も、まさかフーケと鉢合わせするとか『破壊の壷』と斧が見つかるなんて上手い
話はないだろう、と判断して許可した。


 何のトラブルもなく森の廃屋に到着。
 あっけなく廃屋の中で見つかる『破壊の壷』とローゼンリッターの斧。
 事情を知らない生徒3人は、こんなんでいいのかー!と納得出来ない様子だ。

 ヤンはすぐに『破壊の壷』へと駆け寄り、状態を確認した。
 金属の壷の表面には、銀河帝国軍章である翼を広げた双頭の鷲が描かれている。
 他にも帝国の公用語で、様々な警告文や注意書き等が記されていた。
 そして、壷の上にあるバルブや安全装置の電子ロック、メーターを調べる。


 そんなヤンの姿に、他の女性4人は興味を隠せない。
 ロングビルが、こわごわと後ろから声をかけた。
「ね、ねぇ…大丈夫なの?それ、一体何なのですか?」
 ヤンは答えず、すっくと立ち上がった。そして
  ゴンッ!
 と金属の壷を叩いた。
 とたんに首をすくめて身をかがめるロングビル。他の3人は何をしてるのだか、さっぱ
り分からない。

「ぷ…くくくっく…あは、あははっはははっ!」

 突然ヤンが、腹を抱えて爆笑し始めた。
 女性達は、一体何なのか全く分からず、顔を見合わせてしまう。
 ロングビルが、今度は少し怒って声を上げた。
「ちょっと、いい加減教えて下さいな!それは、一体何なのですか!?」
 ようやく笑いが収まったヤンは、壷をペチペチ叩きながら説明を始めた。
「いやぁ、ゴメンゴメン。
 これはね、僕の国ではタンクって呼ばれていてね。中に気体を詰める物なんだ。例えば、
今僕らが吸ってる空気とか、戦場で使う毒ガスとか、ね」

 毒ガス、と聞いて4人の表情がこわばる。
 だがヤンの顔は、いまだに大笑いの余韻をひいた笑顔のままだ。

「ああ、でもこのタンクに入っていたのは、どちらでもないよ。この表面に書かれている
のは、入っていた気体の名前と取り扱いの際の注意書きさ。
 入っていた気体の名前は、予想通りゼッフル粒子。早い話が、気体状の火の秘薬…爆薬
だよ。これはゼッフル粒子発生装置なんだ」
 爆薬、と聞かされても4人には何のことだか分からない。彼等には火の秘薬とは、硫黄
や火薬のような物しか思いつかないのだから。
 イマイチ話が見えないルイズが、胡散臭そうにヤンに尋ねた。
「空気が…爆発するって言うの?」
「あーと、空気が爆発するって言うより、そうだなぁ、火薬を目に見えないほどの粉に磨
り潰して風に乗せる、と言ったらわかるかな?」
 顎に手を当ててヤンの言葉を理解しようとしているキュルケも尋ねる。
「まぁ、あなたの国にそう言う物があるとして、それってどれくらいの威力があるの?」
 聞かれたヤンは大げさに両手を広げる。
「この中のゼッフル粒子を一気に撒いたら、この森を一瞬で灰に出来るよ」
 ヤンの言葉に、全員目が丸くなる。
 今度は、今までずっと黙っていたタバサが口を開いた。
「どうして、笑ってた?」
「簡単な事さ!これはねぇ」
 ヤンは笑いをこらえながら、再びタンクをゴンッと叩いた。

「空っぽなんだよっ!」

 女性達は、今度は眼だけでなく口まで丸く開きっぱなしだ。

「このタンクの内圧メーター、ゼロを指してるよ!ついでに言うと安全装置は解除されて
て、バルブ…ああ、栓のことだけどね、これが開きっぱなしになってた。
 つまり、とっくの昔にこのタンクの中のゼッフル粒子は全部漏れてしまっていたんだ。
今やこのタンクは、いやずっと前から、ただの鉄の壷なんだ!」

 ロングビルが、ガックリ肩を落とした。
 彼女の魔法学院に潜入するためのあらゆる努力は、学院長のセクハラに耐えた毎日は、
全てが無駄だったのだ。


「トリステイン魔法学院は、この鉄くずを秘宝と言って崇め奉っていたわけさ!」
 うららかな午後の森に、ヤンの大爆笑が響き渡るのであった。




 夕暮れの学院に5人を乗せた荷馬車は学院へ帰還した。
 学院長室で、オスマンとコルベールは報告を聞き、『破壊の壷』改め空のゼッフル粒子
発生装置を受け取った。オスマンは一応全員の無事とタンクの奪還を喜びはした。だが、
とうの昔に空っぽだったという事実は、相当にショックだったようだ。
「まあ、フーケは取り逃がしたが、盗まれた物は戻ってきたんじゃ。良しとするしかない
のぉ…。
 さて、ともかく今夜は『フリッグの舞踏会』じゃ!予定通り行うぞい」
 舞踏会と聞いて顔を輝かせた生徒達は、オスマンに礼をして出て行こうとした。だが、
退室しようとしないヤンの姿に気が付いた。
「ああ、私は学院長と少し話があるんです」
 少し心配そうな顔をしたルイズだが、頷いて部屋を出て行った。

 ワクワクといった顔でヤンの話を聞こうとしていたコルベールと、意気消沈したロング
ビルは、学院長に退室を促されて出て行った。コルベールはかなり渋々だったが。

「さて、何か私に聞きたいことがおありのようじゃな」
 ヤンは頷いた。
「前置きは止めましょう。あれをどこで手に入れましたか?」
 オスマンは、溜め息と共に語り出した。
「あれは、私の命の恩人の遺品なんじゃ。
 30年前、森を散策していた私は、ワイバーンに襲われた。そこを救ってくれたのが、
あの壷の持ち主じゃ。その人は壷の口らしきモノをワイバーンに向けたんじゃ。すると大
爆発が起こり、ワイバーンは粉々になってしもうた!だからあれは『破壊の壷』と命名し
たんじゃ。
 だが彼は、怪我をしておってのぉ。その場でパッタリたおれてしまった。学院で手厚く
看護したんじゃが、その甲斐無く死んでしもうた。以後、あの壷は恩人の形見として宝物
庫に置いていたんじゃ」
「そうですか…恩人の形見だったんですか」

 ヤンは大爆笑した非礼を心の中で詫びた。
 同時に、なぜバルブが開きっぱなしでタンクが空になっていたのかも理解した。オスマ
ンを救うためにゼッフル粒子をワイバーンに吹きかけたものの、怪我をして倒れたために
バルブをキチンと閉め直す事ができなかったのだ。
 ゼッフル粒子は可燃性だが、少々の火花では引火しない。 レーザーやビーム砲くらい
の温度でないと発火しないのだ。オスマンを助けた時はワイバーンがブレスを放ったか、
負傷した帝国軍兵士が銃を撃ったかしたのだろう。
 あとは火種が無いので、粒子は虚しく垂れ流され続け、大気の中に飛散していったわけ
だ。

 遠い目でオスマンは語り続けた。
「彼はベッドの上で、死ぬまでうわごとのように繰り返しておった。『ここはどこだ。ど
この星なんだ。オーディンへ帰りたい』とな。オーディンというのは、君の国の地名なの
かね?」
「いえ、隣の国の首都ですよ。それで、その人はどうやってこの国へ来たんですか?」
「それは分からん。彼がどんな方法でやって来たのか、最後までわからんかったよ」
「そう、ですか」


 ヤンは、少しがっかりした表情ではあった。だがそれほどのショックを受けていない事
に、オスマンは僅かな疑念を感じた。
「その、君は、元の国に帰りたいんじゃないのかね?」
「ええ、それはもちろん。ですが、自力では不可能ですよ。助けが来れば良いんですが」
 ヤンの言葉を聞き、オスマンは躊躇しながらも尋ねた。
「それで、その…救助が来る見込みは、あるのかね?」
「ええ、もちろんあります。何しろ、私以外にもこの世界へやって来た人物がいる事が分
かったんですから。
 どうやらハルケギニアと私の国は、意外と近い位置にあるかもしれない、ということで
す。見込みは十分ですよ」
「そ、そうかね…」
 ヤンの言葉を聞いたオスマンの頬に、汗が一筋流れてしまう。さして暑くもないのに。

 誤魔化すようにオスマンはヤンの左手を見た。
「ところで、お主の左手のルーンなんじゃが」
「ああ、これですか。これが、何か?」
 ヤンも自分の左手に刻まれたルーンを見つめる。
「それはガンダールヴと言って、伝説の使い魔の印なんじゃ」
「伝説の使い魔?」
「そうじゃ。その伝説の使い魔はありとあらゆる『武器』を使いこなしたそうじゃ。何か
思い当たる節はないかの?」
「いえ、別に」
 ヤンは肩をすくめてとぼけてみせる。
 正直、ルーンの情報は欲しい。だが、自分の切り札になりうるものを気軽に晒すほど、
彼は不用意な人間ではなかった。
 オスマンはオッホンと咳をする。
「まぁともかくお主が、人間が召喚された理由とか、帰る手段とか、私なりに調べるつも
りじゃ」
「ええ、よろしくお願いします」
 ヤンは一礼して学院長室を後にした。

 ヤンが閉じた扉を見つめる学院長は、頭を抱えてしまった。
「はぁ…何が『いえ、別に』じゃ。コルベール君から銃に触れたらルーンが光る事は聞い
ておるわい。とはいえ彼に、我々を信頼してくれ、など言えた義理ではないからのぉ」

 オスマンは、どちらかというと悪人ではない。
 セクハラが酷いエロじじいだが、教育者としての自覚と誇りもある。
 だからこそ、己の未熟と偏見による失敗にも気付き、反省出来る。
 学院長は必死に、彼が抱いているであろう貴族やメイジへの不信と嫌悪を溶かす方法を
考えていた。だが、ヤンのルーンを消さなければヤンは納得しないだろう。それはミス・
ヴァリエールのメイジとしての地位と相反する選択だ。他に次善の策を考えてみるが、そ
れらは即ちハルケギニアの貴族制度を、ゲルマニアのごとく突き崩すようなものになって
しまう。
「新しい時代が来るという事か…」
 自分が旧時代の遺物であることを思い知らされ、天を仰いでしまうのだった。




 その日の夜。舞踏会は予定通り開かれた。
 アルヴィーズの食堂の上の階がホールになっていて、『フリッグの舞踏会』はそこで開
かれている。楽団のバロック音楽に似た演奏に合わせて、きらびやかに着飾った若い貴族
達が、優雅に手を取り合って踊っていることだろう。
 だが、そこにヤンの姿は無かった。



「おーい、ヤン。これも洗っといてくれ」
「はーい。そこ置いといてください」
 厨房で、ヤンは運ばれてきたグラスや皿を洗っていた。
 遠くから舞踏会の音楽が届いてくるが、彼は全然意に介していなかった。
「おーい、ヤンよ」
 傍らから声がする。
 彼の横に立てかけられていたのはデルフリンガーだ。
「おめー、舞踏会に行かなくていいのか?」
「ダンスは下手なんだ。第一、僕は貴族でもないよ」
「ま、そりゃそーだわな・・・はあ、せっかく出会えた『使い手』が、こーんな冴えない
ヤツだとはねぇ」
「残念だったね。まぁ、仕事のあとで『使い手』って何の事か教えてもらうさ」
 そんな無駄口を叩きつつ、ヤンはノンビリとナイフやフォークを洗っていく。
 その周囲では、平民のメイドやコック達がトレイを運んだりケーキを盛りつけたりして
いる。
「あ、シエスタさーん!グラス洗い終わりましたよー」
「はーい。あ、ヤンさん。入り口で呼ばれてましたよ」
「ん?」
 厨房の入り口を見ると、黒のドレスを着て長い緑の髪を髪飾りで頭上にまとめたロング
ビルが立っていた。


 本塔下の広場。
 見上げれば舞踏会場の光がテラスから漏れてくる。
 ロングビルはヤンを広場の真ん中へ連れてきた。舞踏会場を見上げながら、ヤンに背を
向けている。
 先に口を開いたのは、ヤンの方だ。
「どうして未だに学院にいるんです?もうここに用はないでしょ。ここにいると、学院長
のセクハラに耐える毎日ですよ」
 それほど派手ではないが上品な髪飾りをつけた髪が僅かに揺れる。
「…あんたのことだ、分かってて言ってンだろ?今、あたしが学院から消えれば、フーケ
との関連性を疑うヤツが現れるって」
「まぁ、ね」
 誤魔化すように頭をかくヤン。
 ロングビルは肩越しに振り返り、チラリとヤンへ視線を送る。
「そんなわけで、ほとぼりが冷めるまでジジイのセクハラにも耐えなきゃならない。だか
らしばらくは、あんたとも仲良くしておかなきゃあ…て思ったわけさ」
「…舞踏会へのお誘いなら断るよ。僕は、ルイズや君たちメイジに敵意や悪意は持ってい
ない。でも、貴族制度に甘んじる気はない。
 ま、必要な時や使える時は利用させてもらうけどね」

 ヤンの言葉を聞いて、ロングビルはクスクスと笑い出した。
 今までの事務的な物とは違う、朝方のような悪意剥き出しのものでもなく、心からの素
直な、ゆえに影を含む笑顔で。
「あたしも同じさ。あたしゃ、貴族や王族ってヤツが大嫌いなのさ。詳しくは言いたくな
いけどね。
 だから狙いは貴族だけ、メイジの魔力の象徴であるマジックアイテムだけなのさ」

 ひとしきり心の底から笑ったロングビル。
 笑いが収まると、ヤンに向けて腕を伸ばした。
 細くしなやかな白い腕を差し出されたヤンだが、恥ずかしげにモジモジしてしまう。

「どうしたんだい?将軍様ともあろうお方が、ダンスの一つも出来ないってか?」
「いや、その、実は…うん。凄く下手なんだ。多分、君の足を踏みまくってしまうよ」
 赤くなって俯くヤンをみて、今度は腹を抱えて爆笑してしまう。
「きったはったでタマの取り合いしてるあたしらが、足くらい気にしてどうするよ!ほら
さっさと来な!」
 そういうやロングビルはヤンの腕を強引に掴む。
 頭上から流れてくる音楽に合わせて、無理矢理ヤンを振り回すようにダンスを始めた。


 広場の中、ロングビルはヤンに足を何度も踏まれながらも、楽しげに踊っていた。
 ヤンは大汗をかいて必死だったが。



 そんな彼等を、厨房の入り口から眺める人たちがいる。
 シエスタやローラといったメイド達だ。シエスタに抱えられたデルフリンガーもいる。
「あーら、あの二人、仲良くやってるじゃないか。シエスタぁ~、あんたもうかうかして
られないねー」
「な!何よローラったら!あたしは別に何とも無いわよ!あんな冴えないオジサン、全然
眼中に無いんだから」
 シエスタは真赤になって否定するが、周囲のメイドがキャイキャイとからかい続ける。
 そのシエスタに抱かれたデルフリンガーは、ぼやきが止まらない。
「はぁ…なんて情けねぇ使い魔なんだ。こりゃ、武器屋でくすぶってた方がマシだったか
もしんねぇや」


 テラスからも、ルイズとキュルケが広場で踊る二人を見下ろしていた。
「むぅ~、何よヤンったら!舞踏会に来ないと思ったら、主ほったらかしてロングビルと
遊んでるだなんて!」
ルイズは長い桃色掛かった髪をバレッタでまとめ、ホワイトのパーティードレスに身を
包んでいる。肘までの白い手袋が、ルイズの高貴さをいやになるぐらい演出し、胸元の開
いたドレスがつくりの小さい顔を、宝石のように輝かせている。
 が…口にしているセリフもプリプリ顔を赤くして怒る姿も、演出では隠せなかった。
 キュルケがルイズをニヤニヤとからかう。
「ふっふーん♪いいのかしらぁルイズぅ~。このままほっといたら、あんたの大事な使い
魔、あの秘書さんに取られちゃうかもよぉ~」
「なっ!何よそれは!そんなの、あたしの知った事じゃないわよ!」
 そう叫んでキュルケに背を向けるルイズ。腕組みしながら広場から視線をそらすが、だ
んだん肩が震えてくる。

「…で、でも、メイジとして、自分の使い魔が、他のメイジにギャクタイされてるのは、
見過ごせないわよね」
 小声で呟くと、ドスドスと足音を響かせてテラスを後にする。
「ホントにそれだけなんだかんね!」
 最後に一言強がりを残して。

 ほどなくして、楽団のゆったりとした音楽が流れる広場では、ロングビルとルイズがヤ
ンの腕を引っ張り合いし始め、それをシエスタが割って入って止めようとする姿がみられ
た。

      第6話   ロングビルの都合  END


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