ここは王都トリステインの裏通りにある安酒場。
時刻は夕刻。仕事帰りの一杯や、夕食を求めてやってきた者達でごった返す中、いかにも飲兵衛といった風体の男達が会話をしている。
時刻は夕刻。仕事帰りの一杯や、夕食を求めてやってきた者達でごった返す中、いかにも飲兵衛といった風体の男達が会話をしている。
「おい、聞いたか? あの『土くれ』が魔法学院の宝物庫に押し込んだって話」
「ああ、聞いた聞いた。何でもゴーレムで壁に大穴開けて秘宝とやらを持ち出したとか」
「ああ、聞いた聞いた。何でもゴーレムで壁に大穴開けて秘宝とやらを持ち出したとか」
どうやら彼らの話題は巷で噂の怪盗『土くれのフーケ』についてのようだ。
「まあ、そこまでは順調だったらしいんだが……残念ながら追っ手の学院の生徒にお宝を取り返されちまったそうだ」
「なんだって! で、『土くれ』は捕まっちまったのか?」
「馬鹿言え、『土くれ』がそんなヘマこくわけねえだろ。相手は貴族の子弟だぜ、軽くあしらって逃げたって話だ」
「まあ、貴族の餓鬼どもに捕まるほど落ちちゃいねえってこったろう。なんにせよ貴族の奴らはまだ当分枕を高くして眠れねえって訳だ」
「へっ、いい気味だぜ。それじゃ、俺らのうさを晴らしてくれる『土くれ』に今夜も乾杯といこうぜ!」
「おおっ~!」
「なんだって! で、『土くれ』は捕まっちまったのか?」
「馬鹿言え、『土くれ』がそんなヘマこくわけねえだろ。相手は貴族の子弟だぜ、軽くあしらって逃げたって話だ」
「まあ、貴族の餓鬼どもに捕まるほど落ちちゃいねえってこったろう。なんにせよ貴族の奴らはまだ当分枕を高くして眠れねえって訳だ」
「へっ、いい気味だぜ。それじゃ、俺らのうさを晴らしてくれる『土くれ』に今夜も乾杯といこうぜ!」
「おおっ~!」
衛兵や役人が聞いたら無事では済みそうにないことを声高に叫んでいるにも関わらず、誰も止めようとしない。
なぜなら彼らほどでは無いにせよ、一部の心無い貴族への不満というものは平民の誰もが大なり小なり持っているのだ。たかが酒の席でのうさ晴らしに目くじらを立てる必要も無い。
なぜなら彼らほどでは無いにせよ、一部の心無い貴族への不満というものは平民の誰もが大なり小なり持っているのだ。たかが酒の席でのうさ晴らしに目くじらを立てる必要も無い。
(別にあんたらの為にしてる訳でもないのに、勝手に心配されたり、乾杯される筋合いはないんだけどねえ)
店の隅にあるテーブルで一人ワインを飲んでいた目深にフードを被った女性――話題の渦中の人物『土くれのフーケ』は心中で毒づく。
(あんな小娘にいいようにヤラれた挙句、洗いざらい吐かされちまうなんて、我ながら情けない。しかし、どうやったらあの年であんな技術が身につくんだか)
自分がされた仕打ちを思い出したのか、顔をしかめてグラスに注いだワインをぐいっと一気に飲み干す。
「……久しぶりに故郷に帰って出直した方がいいかも」
そう呟いて机に突っ伏すと、フーケは故郷アルビオンに残してきた妹分の少女のことを考える。
その少女――ティファニアは父が家名を賭して救い、自ら庇護してきた娘であり、フーケにとっては何よりも大切な愛しい存在である。
もっとも出会った頃、フーケは世間知らずでおっとりしたテファを手のかかる妹ぐらいにしか思っていなかったのだが、ある日、寂しがるテファをなだめているうちに、なし崩し的にそんな風になってしまった。
その少女――ティファニアは父が家名を賭して救い、自ら庇護してきた娘であり、フーケにとっては何よりも大切な愛しい存在である。
もっとも出会った頃、フーケは世間知らずでおっとりしたテファを手のかかる妹ぐらいにしか思っていなかったのだが、ある日、寂しがるテファをなだめているうちに、なし崩し的にそんな風になってしまった。
(保護者としては失格なんだろうけど……きっかけはどうあれ、今じゃあたしの方がベタ惚れだしねえ)
フーケがそんな埒もない事を考えていると、酒場に黒マントを纏い、白い仮面で顔を隠した奇妙に捩れた杖をもったメイジらしき長身の男が入ってくると、彼女の向かいに腰掛けた。
「なんだい、あんた? 女を見繕うつもりなら他所をあたっておくれ」
「これはまたご挨拶だな、『土くれ』のフーケ……いやマチルダ・オブ・サウスゴータ」
「――!」
「これはまたご挨拶だな、『土くれ』のフーケ……いやマチルダ・オブ・サウスゴータ」
「――!」
男の言葉を聞いたフーケの顔が蒼白に変わる。
それは、かつて捨てる事を強いられた貴族としての名前であった。その名を知るものはごく一部の者を除いて、存在しないはずだった。
それは、かつて捨てる事を強いられた貴族としての名前であった。その名を知るものはごく一部の者を除いて、存在しないはずだった。
「……あんた、何者?」
フーケは男を威圧するように睨みつけながら尋ねた。だが、男はその問いには答えずに笑って言った。
「再びアルビオンに仕える気はないかね、マチルダ?」
「はっ、正気かい? 王家に父を殺され、家名を奪われた私が仕える訳ないだろ」
「無論、誰も今の王家に仕えろとは言わんよ。早晩、腐臭漂うアルビオンの王家は倒れるのだからな」
「……そいや今、アルビオンじゃ貴族の反乱がおきて、内戦状態だったね」
「反乱ではない。無能な王家を打ち倒し、我々優秀な貴族が政を行う為の『革命』だ」
「でも、それがあんたのような貴族様と、何の関係があるって言うのさ」
「我々は、ハルケギニアの将来を憂い、国境を越えて繋がった貴族の連盟だ。我々に国境は存在しない。そして、ハルケギニアは我々の手で一つになり、始祖ブリミルが降臨せし『聖地』を取り戻すのだ」
「そいつはまた酷い妄想話だね……それで、その国境を越えた優秀な貴族の連盟とやらが、私のような卑しいこそ泥に何の御用かしら?」
「はっ、正気かい? 王家に父を殺され、家名を奪われた私が仕える訳ないだろ」
「無論、誰も今の王家に仕えろとは言わんよ。早晩、腐臭漂うアルビオンの王家は倒れるのだからな」
「……そいや今、アルビオンじゃ貴族の反乱がおきて、内戦状態だったね」
「反乱ではない。無能な王家を打ち倒し、我々優秀な貴族が政を行う為の『革命』だ」
「でも、それがあんたのような貴族様と、何の関係があるって言うのさ」
「我々は、ハルケギニアの将来を憂い、国境を越えて繋がった貴族の連盟だ。我々に国境は存在しない。そして、ハルケギニアは我々の手で一つになり、始祖ブリミルが降臨せし『聖地』を取り戻すのだ」
「そいつはまた酷い妄想話だね……それで、その国境を越えた優秀な貴族の連盟とやらが、私のような卑しいこそ泥に何の御用かしら?」
男の真剣な言葉を一笑にふすと、フーケは皮肉っぽい口調で尋ねる。
「我々の崇高な目的を果たすには優秀なメイジが一人でも多く欲しい。協力してくれないかね?」
「夢物語は、寝てから語りなよ。私は貴族が嫌いだし、ハルケギニアの統一なんかに興味は無い。おまけに『聖地』を取り返すだって? あんな辺境、エルフが欲しいならくれてやればいいじゃない」
「夢物語は、寝てから語りなよ。私は貴族が嫌いだし、ハルケギニアの統一なんかに興味は無い。おまけに『聖地』を取り返すだって? あんな辺境、エルフが欲しいならくれてやればいいじゃない」
フーケはひどく冷めた顔で付合いきれないという風に肩を竦め、そのまま席を立って男に背を向けた。
「『土くれ』よ、お前は選択することが出来る」
「言ってごらんよ」
「我々の同士になるか。または……」
「ここで死ぬか……とでも言うつもり? 悪いけど、こっちも大人しくやられるつもりは無いわよ」
「言ってごらんよ」
「我々の同士になるか。または……」
「ここで死ぬか……とでも言うつもり? 悪いけど、こっちも大人しくやられるつもりは無いわよ」
フーケが獰猛な笑みを浮かべて杖を構えるが、男はそれを制するように手を振りながら答える。
「いや、別に断ってもかまわんよ……その代わり君のお父上の元領地が戦場になるやも知れんが」
「……結局、否応なしって訳かい。ご立派なことで」
「そういうことだ、観念したまえ」
「……結局、否応なしって訳かい。ご立派なことで」
「そういうことだ、観念したまえ」
男は悔しそうな表情を浮かべたフーケに向かって席に戻るようにうながす。
「いけ好かない男だね……わかった、協力するよ。で、あんたらの貴族の同盟とやらは、なんて言うのかしら?」
フーケは席に戻ると、腕組みしながら男に尋ねた。
「……貴族嫌いの君がそれを知る必要があるとは思えんが?」
「これから同じ旗を仰ぐことになるんだ。組織の名前ぐらい聞いておくのが礼儀ってもんだろ」
「そういうものかね」
「これから同じ旗を仰ぐことになるんだ。組織の名前ぐらい聞いておくのが礼儀ってもんだろ」
「そういうものかね」
男は苦笑すると、居住まいを正して誇るように組織の名を告げた。
「我々はレコン・キスタ、いずれ我らの名は大陸に知れ渡ることになろう――とはいえ、我々の決起までにはまだ少し時間がある。それまではお前の好きにするがいい」
そのまま男はフーケを置いて、酒場を立ち去った。
「さて、どうしたもんか……」
フーケは目を閉じると、自分が生き残び、テファを守るためには、どう立ち回るべきかを考え始めた。