あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

其之二:見たこともない月の下で


孫悟飯は死んだ。
孫悟飯は殺された。

それでオレの物語は終わりだった。
父さんの歩んだ道――ワクワクと冒険の物語は、何時しか世界を駆けた超決戦へと移り変わり、この世界に生れ落ちたばかりのオレにも、早々と運命が待ち受けていた。
避けられない血に定められた運命を、人は牢獄のようだなと同情するかもしれない。
でも、オレは、運命を恨んではいなかった。だが、それを受け入れることが出来ていたのか、と聞かれれば、そうじゃないと答える。
そう、決してオレの人間が出来ていたわけじゃないんだ。
その頃は、世界に希望があった。
大魔王と恐れられた異星人に誘拐されようと、宇宙で帝王と恐れられる、文字通り次元違いの化け物と相対したときでさえ、希望は静かに燃え上がり、見たこともないようなまばゆい光がそこにあった。
だから、オレは何だって夢中でやった。少しでも父さんに追いつけるように、頑張れた。
ただ――――それだけなんだ。

……しかし、かつての世界はもう、そこにはない。
一人の虚しい復讐者の狂信的なまでの憎しみの具体が、物語を一色に塗りつぶした。
途方もない悲しみと怒りが、希望と光に照らされていたオレの世界をすり変えた。
必死に抗った。それでも、とどかなかった。オレにはとうとう、掴めなかった。

オレは希望にはなれなかった。
父さんには、とどなかかった。

オレは世界に無念と絶望感と、ほんの少しの希望を残して、跡形もなく消え去った。



はずだった……



心から喜べる事態に遭遇したとき、人は笑うよりも先に涙を流すらしい。
なぜなら今、心は喜びに打ち震え、気持ちは感謝で一杯のオレの頬には涙がつたい、とめどなく落ちるそれはベッドとシーツにじわじわ染み渡っている。

「どうしたの? ゴハン」

カトレアさんが、オレの顔を覗き込む。
金色がかった桃色の髪が揺れ、すう、といい匂いが鼻を突く。
喩えるなら春のような色気を帯びた顔が、不安げに揺らいでいた。
ああ、と心が痛む。
この人は本当に心配してくれている。まだ出会って、たった数度しか顔を合わせていない男の涙を。
怪しむわけでもなく気味悪く思うわけでもなく、心の底から気に掛けているんだ。

「ありがとう……カトレアさん」
「……?」

カトレアさんは自然と首を傾げている……あたりまえか。
噛み合わない会話、オレは泣いてばかり。これで事情が把握できるやつがいるとしたら、
そいつはきっと、ナメック星人かなんかだろう。

「いや、ごめんなさい。って先に謝るのも変だな。ははっ……。カトレアさん。オレの言うことが理解できないと思うけど、ちゃんと聞いてください」

すっと顔が離れた。
オレはいったん口を閉じる。
これから紡ぐ言葉は簡単だが、理解するには努力が必要だから。
額を汗が一つ流れる。一呼吸おいて、口を開いた。

「オレは……オレ自身、まだよくわかってないけど、たぶん。
オレはこことは違う世界……違う次元の、人間です」




――時は夜、道端で拾った青年は、実に不思議な奇跡だった。

唐突に、声が聞こえた。助けを求める声が、強く。
悔しさと悲しさを織り交ぜて、より一層力強く響く無念の感情が、脳裏を過ぎった。

反射的に馬車を止めさせた。
らしくもなく叫び、止まりかけの馬車を待てず、あまつさえ飛び出してしまった。
その頃には、背後から呼び止める声なんてかき消すほどに、その声は強く私の心を揺さぶっていた。

そこにいたのは、血溜りの地面にうつ伏せに沈んでいる、青年だった。
山吹色の珍しい服を、彼自身の血と傷に湿らせ、中に着込んでいる紺色の袖の先には左腕が無かった。
駆け寄って膝に乗せた顔には、泥に塗れた夥しい裂傷と打撲の後、額と頬には跡の残った切り傷まで携えている。
両目は閉ざされ、息は無く、それは今まで見たことないほど弱弱しい存在だった。

だけど――――まだ、生きてる。生きようとしている!

私は部屋に帰り、ベッドに寝かせるその時までヒーリングをかけ続けた。
死なせてはならないと、わたしはわたしに唯一つの誓いを立て、ただ一心に杖を振った。
生きたいと願う命が今、わたしの目の前で消えようとしている。それは許されないことだ。
しかし、彼の傷は見た目の更に何倍も酷く、顔からは次第に生気が薄れていくように見えた。
心の壁を、薄ら寒い何かが這い上がっていくのを感じた。それが恐怖なのか、不安なのか、はたまたただの焦燥からくる錯覚なのか、わからなかった。それがわからないことは、わかった。
胸に痛みが走る。激しく、途端に咳き込んでしまう。
もうやめてください! と使いの一人が叫んだけれど、ここでやめるわけにはいかない。
グっと歯を食いしばる。でも、限界はとっくに来ていた。

「あ……!」

最後に魔力を振り絞った光を当てると、急に視界が反転した。
体から支える力が抜ける。操る魔力を失ったアルヴィーのように、わたしは倒れてしまった。
もたれかかった彼の体から、風のささやきとは別に懸命に動き出す確かな鼓動を感じて、わたしは微笑んだまま意識を失った。


わたしが目を覚ました、その2日後に彼は目を覚ました。
わたしが部屋に入ると、彼は焦点の合わない眼でぼうっとこちらに見呆けている。
体は覚醒しているが、彼はまだ意識も精神も呆然としているのだろう。
無理もない、あれだけの傷を体中に負っていたのだ。
むしろたったの2日眠った程度で目が覚めるのは、奇跡か、異常。
同時にそれは、それほど彼の生命力が、生きたいと願う想いがどれほど屈強なものだったのかを雄弁に物語っている。

彼――意識もハッキリ覚醒した彼は、「ソン・ゴハン」という不思議な名前を、戸惑いながら名乗った。
黒髪の黒目、トリステインでは珍しい部類に入る顔立ち。
彼は、篭りがちなわたしが今まで触れたこともないほどぴりぴり張り詰めた雰囲気を、何かを警戒するように常に体に纏わせていた。
それはトリステインの……ううん、ハルケギニアではお目にかかった事のない雰囲気。
母様の怒ったときよりも、もっと複雑でもっと悲しい空気を、彼は自分から纏っているような気がした。




「……あ、やっぱり!」

カトレアさんは別段慌てる様子もなく、あっけらかんと言い放った。
がくっと頭が下がる。

「えっと……どういうことでしょうか?」
「前の日にした質問、覚えてる?」
「前の日……記憶にある限りじゃ、トリステインがどうとか……平民がどうとか………………ま、まさか!?」

カトレアさんの表情が、屈託のない素敵な笑顔になる。
それは普段なら思わず見惚れてしまうぐらい破壊力のある笑顔だったけど、
今のオレは見惚れるよりもまず、笑顔に隠された真意に心底驚き頭を抱えた。

「引っ掛けだったんですか、あれ!」
「はい」

返答は笑顔と共にやってきた。
心の底で「してやったり!」とガッツポーズをかましているだろう笑顔。
そして眩しいくらいに穏やかな気。子供のように無邪気な感情が込められたそれは、オレに忘れてしまっていた心を、暫くぶりに思い出させた。

「で、でもどうして? 何でオレのことが……?」
「それわね、わたしもよくわからないの。ただ、あなたを一目見たとき、感じたの。『この人は、わたしとは根っこの部分から違う』ってね。何でかわからないけど、傷だらけで倒れてたあなたを見て、とにかくそう感じたのよ」
「……」

素直に感心した。カトレアさんの感性に、その順応性に。
死に掛けていた見ず知らずの人間を助け、あまつさえはその存在すら看破した彼女の天性は脅威の一言だ。
加えて、その存在を世界の『異常』と知りつつ、容易く納得してしまう心の広さ。
まるで初めから親しい間柄だったように軽々と話しかけ、相手を包んでしまうようなやさしさは、何者にも止められずするりと心に染み入ってくる。

「ねぇ、ゴハン……でいい?」
「ええ、好きなように呼んでくれてかまいません」

カトレアさんはオレの隣に腰掛け、顔をすっと近づけた。

「よかったら、ゴハンのいた世界のこと、わたしにお話してくれないかしら。わたし、別の世界の人とお話しするの初めてだから、いろんな話を聞きたいわ」

きらきら輝く鳶色の瞳は、好奇心で満たされていた。
恐怖や戸惑いは一片たりとも映っていない、あくまでも純粋な興味を表したもの。

オレは戸惑ったが、人造人間のことを除いて話すことにした。
ほんとうは話してしまいたい。この怒りや、悲しみを知ってもらいたい。
だが、カトレアさんはやさしかった。これほどやさしい人に自分の中に混濁した感情をぶつけるのは心が拒絶する。
仮に感情をコントロールしながら話したとしても、カトレアさんは絶対に悲しんでしまうだろう。
見ず知らずのオレのために、まったく違う世界を生きてきた、オレたちのために。

だからオレはそれを隠すことにした。それを隠し通す覚悟を決めて、話すことにした。


オレが今まで歩んできた道を。大切な、今はボロボロの世界のことを。



新着情報

取得中です。