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ゼロの独立愚連隊-06


 風と木々のさざめく音、朝のさえずりを終えて飛び立っていく鳥の羽ばたき………そして鳴り響く鐘の音。 空虚に任せていた心が、鳴り響く授業開始を知らせる鐘の音によって現実に引き戻される。
「ぐうっ………」
 うめき声を漏らしながら、ギーシュはベンチの上で膝を抱え額に手を当てて湧き上がる感情を抑え込む。
 何でこんなことに、そんなどうしようもない思いが後から後から彼の心に浮かび、その度に頭を掴む手に力を込めて耐えていた。

 破壊の杖を取り戻すという、さらには噂のフーケのゴーレムを破壊したと言う戦果を上げて凱旋した昨日。
 人生で最高の時と思えていた舞踏会、これからの日々は一層楽しいものになるだろうと思っていたのというのに………
 彼の考えでは今日という日は友人たちの羨望のこもった挨拶で始まり、教室で友人と恋人に囲まれて何と言うことの無い話に盛り上がり、夜には恋人と二人でワイングラスを片手に語らいあい、そして………
 だが実際は、友人たちに挨拶をすれば笑い声を返され、首を捻りながら教室に向かえば友人と恋人たちから嘘吐きとあざ笑われて………
 挙句に一緒にいることに耐えられずに逃げ出し、今こうして授業をさぼって一人で鬱々としているだけ。
 今までの自分がやってきたことは、軍人の名門と家名を誇り、服を着飾り言葉を飾り、知り合った男子とどうでもいい話に笑いあい、知り合った女子に声をかけてデートをして………そんな「貴族らしい」毎日をただ怠惰に過ごしただけ。
 デートした女の子の数を誇り、立場の弱い相手には威張り散らし、上級生には逆らわない。
 そうだ、ルイズをゼロとあざ笑ってメイドの代わりに決闘をしろなどといって暴力まで振るったではないか。

 そうした色んなもののツケが、自分に帰ってきたのだ。

 以前のギーシュが自分より劣っているルイズを馬鹿にしていたように、他の生徒たちは自分をルイズと同じように馬鹿にしているのだ。
 お前は嘘吐きだと。
 ドットのお前がトライアングルのフーケに勝てるものかと。
 お前ごときが自分たちよりもすごい手柄が立てられるものかと。

 何が原因だ?
 ふと自分の手柄が信用されなかったのはルイズが一緒だったせいでは……そんな考えが頭に浮かび、頭を掴む手にこもる力がさらに強くなる。
「馬鹿か、僕は………どこまで情けないんだ」
 ギリギリと、指が白くなるほどに頭を締め付けながら自嘲の言葉がこぼれる。
 俯くギーシュの目に、僅かに涙が浮かんだ。


「あら……」
 寝坊した生徒達から渡された追加の洗濯物を干しに行こうとしていたシエスタは、ベンチの上でうずくまる影を見つけて首を傾げる。
 今は授業中だというのに生徒用のマントを着けている生徒が一人。
 舞踏会の疲れが抜けきれずに眠り込んでしまったのだろうか?一応声をかけてお居た方がいいだろうか? そう思い洗濯カゴを抱えたままよたよたとベンチの方へ向かう。
「よいっしょ……もしもし貴族様?眠っていらっしゃるのでしょうか、差し出がましいようですが授業は」
「うわああぁっ!!!」
「きゃあっ」
 シエスタの声に跳ね上がるようにして飛び起きるギーシュ。
 それに驚いてシエスタも後ろに飛び退いてしまうが、その拍子に抱えていた洗濯カゴを落としてしまった。
 しかしシエスタはそれよりも目の前の人物を見て固まってしまった。
 青銅のギーシュ。
 以前に酷い叱責を受けた相手だ、忘れてはいない。
 その後にギーシュからやりすぎた、との一言はあったが、所詮平民の自分は貴族の気分次第でどうにでもなってしまう存在でしかない。
 今度こそはもう………恐怖から目の前にばら撒かれた洗濯物もそのままに立ちすくむことしか出来ないシエスタ。
 一方ギーシュはようやく真っ白になっていた意識を取り戻す。
 馬鹿なことを考えている最中に声をかけられたせいで余計に馬鹿なことをしたようで、なぜかベンチの上で杖を構えている。
 ベンチから下り、自分にこんなことをさせたのは誰だと前を見るとメイドが独り震えている。
「……何の用だい」
 醜態を見られた、との思いから声も不機嫌さがにじみ出た刺々しいものになる。
 その様子にシエスタは一層小さくなりながら震える声で弁解する。
「あ……その、き……貴族様が、いえグラモン様が眠られているようでしたので、でも、授業が………も、申し訳ございませんっ!申し訳ございませんっ!」
 目に涙を浮かべながら必死で謝るシエスタ、その必死な声がギーシュの癇に障る。
 授業の鐘が鳴るまでは静寂の中で何も考えず空虚でいられたのに………余計な世話を焼かれて授業のことを思い出してしまった。
「うるさいな。下らない世話を焼いた上にまだ僕を煩わせるのかい?」
 苛立ちがにじみ出るギーシュの言葉にシエスタはぺたん、と腰を落として声にならない声を漏らす。
 その怯えた様が、まるでギーシュが彼女を苛めているように思えてさらに苛立ちがつのる。
 耐えかね、目の前に落ちていたかごを蹴り飛ばしながら叫ぶ。
「いい加減にしろ!僕を不快にさせることしか出来ないのなら早々にこの場から去れっ!」
「ひぃっ、も申し訳、ありま、あり………」
 腰が抜けたような姿勢のまま転がるように逃げ去るメイド、それを見ながらギーシュは大きく息を吸い、吐く。
 叫んだところで気は晴れないどころか、もやもやとしたものがよりわだかまる。
 今度を大きくため息を付いて、もう一度ベンチに腰を下ろす。
 見れば目の前には自分が蹴り飛ばした洗濯カゴと、ばら撒かれて土にまみれた洗濯物がある。
 それを見てギーシュの心はさらに沈みこむ。
(一体僕は、本当に何をやっているんだ………今度はメイドに八つ当たりか?何で僕は………)
 苛立ち紛れに足元の石を拾い、洗濯カゴに投げ付ける。
 投げられた石はカゴに当たって跳ね返り、近くに咲いていた花にぶつかりその花弁を散らせた。
「あ……」
 無意味に花を散らせてしまったことについ腰を浮かすギーシュだが、立ち上がろうとする拍子に膝に手を着いてしまう。
 先程石を拾って土のついてしまった手を。
 慌ててハンカチで土を払うが、湿り気を帯びていた土は落ちきらずに染みを残してしまう。
 間の悪いことに、普段のズボンは破壊の杖騒ぎで痛んだためメイドに預けているために今日は白い予備のズボンを穿いていた。
 また馬鹿なことを………どすり、と再びベンチに腰を落として膝を抱える。
 下らない八つ当たりでメイドを怯えさせ、いらない事をして服を汚して………
「何だって僕のやることはこうも裏目に出るんだ………ブリミルよ、僕が憎いのですか?」
 そんな恥の上塗りのような祈りをしてさらに落ち込む。
 何がブリミルだ、さっきの事は自分が苛立ちのままに振舞ったのが全ての原因だ。
 また僕は他人のせいにしてわが身の不幸を嘆いて見せようとしたのか?
「しばらく寝よう。何か考えるのはやめだ………」
 そのままギーシュは膝の間に頭を埋めて考えるのを止めた。


 ちりちりと首筋を暖める日差しを感じで目を開けるギーシュ。
「んっく……ああ………」
 寝ぼけた目を瞬かせながら軽く上体を起こす。陽気のおかげか随分と調子がいい。
 ぐるり、と首を巡らせ……………地面にかがみこんだメイドと目が合った。
「………あ、あぅ………」
 見る間に目に涙を溜めて震えだすのは、先程ギーシュが苛立ちまぎれに追い払ったあのメイドだ。しかもよく見れば、以前モンモランシーの香水の件で難癖をつけてしまったあのメイドではないか。
 目の前で涙を浮かべて震える姿に、逆にギーシュの方が気後れする。
(………ここまで怖がらなくてもいいじゃないか。僕は人食いのオーク鬼か何かかい?)
 そう思うが、今までの自分の振る舞いを考えればそんなものかもしれない。
 とはいえ、こうしていても埒が明かない。軽く手で髪を整えながら声をかける。
「あ~…君、一体何をしているのかね」
 ギーシュの声に、そのメイドは小さく悲鳴を上げて後ずさる。
 その反応にギーシュは苛立ちを覚えるが、彼女をここまで怯えさせたのは自分なのだ、と目を閉じて気を落ち着かせる。
 改めて見れば、洗濯カゴに散らばった服を集めている最中のようだ。
 おそらく洗濯物を放って逃げてしまったために取りに来たものの、目の前でギーシュが寝ていたためにこうやってこそこそと気付かれないように集めていたのだろう。
 よし、ギーシュが腰を上げてメイドの傍まで歩いて行く。
 その様に今度こそ自分はもうだめだ、と覚悟を決めて目を閉じるシエスタ。
 しかし次に訪れたのは、手をかけていた洗濯カゴの揺れだった。
 恐る恐る目を開けたシエスタの目の前で、貴族が、ギーシュが地面に肩膝をついて土にまみれた洗濯物を拾っている。
 シエスタの頭の中に?マークが飛び交う。
「あの………グラモン、様?一体何を………」
 呆けた声を出すシエスタに、振り向かず洗濯物を拾い続けながらギーシュが答える。
「僕が落とさせた洗濯物を拾っているんだが?ふむ、これで全部だね」
 そう言って立ち上がりズボンについた土を、ハンカチを使わず手で払う。
 きょろきょろとギーシュと洗濯物が戻されたカゴを交互に見ていたシエスタは、ややあってからようやく状況を把握したようだ。
 飛び跳ねるようにして立ち上がると、慌ててポケットを次々とひっくり返しながらハンカチを取り出してギーシュの手や服を拭おうとする。
「ああああ、そのそのその申し訳訳わけけけけけっ……」
 が、手元がおぼつかずにハンカチを落としては拾い、を繰り返す。
 そんなシエスタを見てギーシュは軽く笑いを漏らす。
 シエスタが落ち着くのを待って、ギーシュは杖を取り出すとレビテーションを唱える。手絞りのため水を含んで重たくなった洗濯物の詰まったカゴが、ひょい、と宙に浮く。
「さて………洗い場はどこだったかな、そこまで持っていってあげよう。案内してくれないか?」
 その言葉に再度パニックを起こしそうになるシエスタ。
 先程までの、自分に死すら覚悟させていた貴族と、目の前で土に汚れながら洗濯物を拾っていた貴族の姿が一致しない。
 それでも長年の習慣は恐ろしいもので、裏返った声でコチラデスと言いながらギクシャクとした動きでギーシュの指示に従う。
 互いに無言で洗い場に向って行く。洗い場が見えてきたところで、ふと思いついたようにギーシュが言う。
「そういえば君達はいつもこういうことをしているんだろう?一体どれくらいの重さなんだい」
 ガチガチに緊張しているところにそんなことを聞かれても答えられない。
 あうあうと戸惑うシエスタを見て呆れたように笑うと、ギーシュは杖を振りカゴを自分の方へ寄せる。そして、
「ふむ………?ぬおっ、これは……は、はは、こんなに重たかったんだね」
「な、何をされているのですか、グラモン様!?」
 魔法を解いて両手でカゴを支えるギーシュを見てシエスタが驚愕の声を上げる。
 あの洗濯カゴは地べたに置いていたために、下にべったりと土がついているのだ。
 見れば、ギーシュの白いブラウスもズボンにも土が落ちている。ブラウスなどはカゴにこすれてべったりと土色に汚れてしまっている。
 だが、そんなシエスタの様子に頓着せず―――予想外の重さで他の事に目を向けられなかったし―――ギーシュは洗い場までの残り数十歩をよろよろと歩き、カゴを下ろす。
「ふう、君達tは毎日こうしているのか………ご苦労様だね」
「は、はあ。その、労いの言葉など、その勿体ありません………」
 突然やわらかくなっているギーシュの態度に戸惑いを隠せないシエスタ。と、そこに別なメイドが小走りに駆け寄ってくる。
「シエスタ。遅かったけど大丈夫?何もなかっ…………」
 そこまでで言葉が止まる。
 シエスタの目の前にいるのは、杖を持ちマントを着けた姿―――貴族。
 平民を支配するその存在が服を土で汚し、そしてシエスタと向かい合うように立ち、その手には……杖。
 声も上げられずに腰を抜かしてしりもちを着くメイド。シエスタが何かやらかしたのか、自分にまでとばっちりが来やしないか、頭の中でぐるぐると思考が空回りする。
 ギーシュはちらり、と一瞬そちらへ視線をやり、シエスタに戻す。そして、
「それでは僕はこれで。それと、シエスタというのか?先程はすまなかったね」
 そう言って一歩下がると頭を下げる。
 突然のギーシュの謝罪に、シエスタは驚愕の声と共に両足をそろえて後ろに跳び退く。
 離れたところで腰を抜かしている友人のメイドは、地面に顎がつきそうなほどに口を空けて呆然としている。
「あ、あのグラモン様?その、私は平民で……このような………それにこんなところを他の貴族様に見られでもしたら」
 おろおろと言葉を捜すシエスタに、ギーシュは自嘲を込めて笑う。
「構いやしないよ。謝罪すべきと思ったからさ。第一見られて汚れる面子も、落ちる名誉も………もう、残っちゃいないさ」
 そう言って背中を向けると、すたすたと寮のほうへ向かって去っていく。
 混乱でまだ頭はしっかりと働かないが、その背中に何とかシエスタは声をかける。
「あの、もうお昼ですが、昼食は………」
「いらないよ。邪魔したね」
 朝から何も食べてないはずと思って何とか搾り出した問いかけを、背中を向けたまま答えて手を振るギーシュ。
 そのままフライを唱えると、寮の方へと飛んでいってしまった。
 しばらく呆然としていたシエスタだったが、腰を抜かしている友人のことを思い出してぱたぱたと駆け寄る。
 手を貸して立ち上がるのを手伝いながら、二人して同じ感想を交し合った。

 全く、貴族の考えることは解らない。


 寮の入り口に着地したギーシュは、軽く靴に付いた泥を落してから中に入る。
 メイドたち、シエスタには悪いことをしたなぁと思いながらも、あの戸惑いや驚きの表情を思い出すと口元に笑いがこみ上げる。
 今度からはもう少し優しくしてあげようか、そんなことを考えながら廊下を歩いていると突然右手から声がかけられる。
「よう!ギーシュじゃねえか」
「よーう、さぼりかお前?はっは、俺たちも重役出勤だがな」
 下品な声に表情に浮かびそうになる不快の色を抑えるギーシュ。自分たちのものとは違う、上級生であることを示すマントに見覚えのある顔。たまに下級生にちょっかいをかけて憂さを晴らすタイプの嫌な先輩、という奴だ。
 愛想笑いを浮かべるギーシュに、なれなれしく肩を叩いてくる。
「ようよう、噂になってたぜ?お前上手いことやったようだなぁ」
 嫌らしいその言葉に、ぴくりと身を強張らせる。ゆっくりと振り向き、引きつった表情で尋ねる。
「上手くやった、とは何のことでしょうか………?」
 何とか言い返したギーシュに、その上級生はふん、と鼻を鳴らして肩に当てた手に力を込めてギーシュを突き飛ばす。うわぁ、と小さな悲鳴を漏らしながら廊下の壁にもたれかかるギーシュに指を突きつけながら、ひとことひとことゆっくり告げる。
「嘘吐きギーシュが、何もせずに、お手柄貰って万々歳、ってかぁ?旨い山当てやがってよお、全く………ああ美味い物食いてぇ」
 そう言って嫌らしく哂う。
 またしても自分の命がけの手柄を馬鹿にして…と思うが、上級生を前に足がすくむ。
 旨い山を当てたなどという侮辱に言い返してやりたいのに、口が動かない。
 何も言い返せず廊下の壁にもたれかかったままの腰が引けた姿勢で固まるギーシュに、もう一人の上級生が呆れたように笑い、パンパンと手を叩く。
「ほれほれ、そこまでにしてやんな。ギーシュびびってんぜ?あんまり苛めすぎんな、教室いくぜ」
「なんだよこのくらいでよぉ。じゃあな、嘘吐きギーシュ。今度旨い話し見つけたら教えろよ」
 唐突に現れた2人は、そもまま唐突に去っていった。
 2人が廊下を曲がって消えるまで見てからようやくギーシュは一息つく。
「やれやれ、助かった……」
 そこまで考えて、愕然とする。

 今僕は、安心したのか?
 上級生に対して、自分は嘘吐きではないと抗弁せずに済んだ事を。
 自分の手柄を、命がけの成果を馬鹿にされたのに、何も言い返さずに済んだ事を喜んだのか?
 同級生たちにははっきり言い返したのに、姿を現さない者には言い返せたのに。
 目の前に立つ「敵」を前に、僕は…………

 上級生たちが立ち去り独りだけになった廊下の中央で、ぶるり、と体を震わせるギーシュ。
「ぼ、僕は………」
 自分の口から震える声が漏れる。それを頭や顔の上を滑るような手つきで慌てて口を塞ぐことで抑え込む。
 そのまま、わき目も振らずに廊下を駆け出す。
 駆ける。
 駆ける。
 駆ける。
 幸いに誰ともぶつからずに自分の部屋までたどり着き、転がるように中に駆け込み扉を閉じる。
 はあはあと床に手を着いたまま息を整えると、のろのろと服を着たままベッドに倒れこむ。
 両手を頭の高さまで持ち上げ、落す。
 枕を引き寄せ、横を向いていた頭を枕に向ける。

 嗚咽が部屋に響いた。


 ふとドアがノックされる音に気付く。
 枕に顔を埋めたまま泣きはらしていた顔を上げて、のろのろとベッドから這い出す。
 どうやらもう夜になったらしい。明かりの無い部屋の中をふらふらと扉まで歩いていく。
 乱れた髪を手で適当に撫で付けてからドアを開くと、そこには申し訳なさそうな顔をしたメイド―――シエスタがいた。
「失礼します、グラモン様。お預かりしておりました服の洗濯が終わりましたのでお持ちしました」
 最早気力が尽きているギーシュは、その辺に置いておいてくれ、とだけ言ってふらふらとまたベッドに戻る。
 その様子を見たシエスタは、畳まれた服をチェストの上に並べながら心配そうに声をかける。
「グラモン様?具合が悪いのでしたら水のメイジの方をお呼びしますが………それに食堂でお見かけしませんでしたが、夕食も摂られていないのでしょう?」
 しかしギーシュは先程と同じように、ほっといてくれ、とだけ言って出て行けと言うように手を振る。
 朝の不機嫌な様子、昼の穏やかな様子、そして今の酷く沈んだ様子………気にはなるものの、メイド如きの自分が口を挟むことではないだろう。
 心配そうな顔をしながらも、失礼しました、とベッドの上のギーシュに声をかけてからシエスタは立ち去った。
 彼女の立ち去る音を聞いてから、再びギーシュの目から涙が溢れ出した。

 情けない。
 僕を認めろ。
 嘘じゃない。
 裏切ったな。
 無力だ。
 馬鹿にするな。

 断片的な感情が頭に浮かんでは消える。ただそのままにギーシュは嗚咽を漏らし続けた。
 何も考えない、ただ感情のままに泣いていた。
 感情を説明しようとすれば、出口を見つけようと思えば、それだけで自分が潰れてしまいそうだった。
 何も考えない。ただうつぶせになった顔を枕に押し付けて声を殺す、それだけ。
 僕はずっとこうして、涙を流しつくして死ぬまでこうしているのか?
 ふとそんな考えが浮かんだその時、再びドアがノックされる。もうベッドから立ち上がる気力も、声を出す意思もかれたギーシュは無視を決め込んでいたが、ノックの主は鍵が掛かっていない事を知っているかのようにドアを開けて中に入ってくる。
 枕に顔を押し付けたまま声を殺すギーシュの傍までその人物はやってくる。そして、
「失礼致します、グラモン様」
 メイドのシエスタの声だ。
 やはり枕から顔は上げずに、しかしピクリと反応したギーシュを見てシエスタがこちらに向き直ったのがなんとなく解った。
「申し訳ありません。重ね重ね差し出がましいのですが、お夜食を用意しました。朝から何も召し上がっていないようですし、よろしければ………」
 そう言ってベッド横のテーブルに何かを置く気配がした後、足音が遠ざかり、ドアが開く音がする。
「グラモン様、お昼のことありがとうございました」
 そしてドアが閉じられた。

 ベッドの中で、ようやくギーシュは―――泣くのは止めてないが―――考え事を始めた。
 昼のこと?思い当たるのは洗濯物を持ってやったことだろうか………しかし、あれはギーシュがシエスタを驚かせたのが原因だ。
 しかしそれ以外に思い当たることも無い。あのメイドはそんな下らない、むしろ逆に仕事を増やされたようなことに感謝しているのいうのか?さらには、女々しく不貞腐れる自分を心配して夜食まで差し入れてきて………
 平民のメイドに、それも一度自分が傷つけた相手からまで気遣われるほど自分は弱って見えたのだろうか。
 そうだ、部屋が暗かったとはいえ自分が泣いていたのは誤魔化しようが無い、それで心配されたのか?
 ………なにやら恥ずかしいやら情けないやらで体がむず痒い。
 しかし、平民にまで心配されていたと言う状況が逆に笑い出したいほどの馬鹿馬鹿しさを感じさせる。
「ば、ばはは、ぶふっ……ずず」
 涙と鼻水の音が混ざった笑いが漏れた。情けない笑い声に、自分自身笑えてくるような気がしてきた。
 そんな妙な感情を誤魔化すようにテーブルの上の銀盆の覆いを取って夜食に手を付ける。
 中にあったのは簡素だが手の掛かっていそうなサンドイッチだった。
 半熟になった卵と薄切りのチーズとハム、それが小さく切り分けてある。
 ベッドに腰掛けたまま、ギーシュは一つ手にとって口に運ぶ。
 かみ締める口の中は涙と鼻水のばかりで味など分からない、しかしパンを飲み込むたびに腹の中から力が溜まるような気がする。
 確かに精神的だけではなく、身体的にもよほど疲れていたようだ。そんなことも分からなくなるほどに自分は弱っていたのか………
 ごくり、と最後の一口を飲み込んでからギーシュは精一杯の力を込めて泣き顔が染み付いた表情を引き締める。
 たった一日馬鹿にされただけで何を弱気になっているんだ、そう自分を叱咤する。
 ルイズは入学してからずっと耐えてきた、男の自分が耐えられなくて男と言えるものか。
 自分を馬鹿にしていた連中、人ごみにまぎれてごちゃごちゃ言うような連中なんかの言葉が何だ。
 本当にギーシュやルイズがフーケに勝っていたとしたら、そんな恐れから復讐されるのを恐れているんだろう。姿を晒すのが怖いのだろう。
 そうだ、上級生たちだってあの騒ぎには首を突っ込まず騒いでいただけ。
 実際に動いて、実戦すら経験した自分の方が実力的には上と言ってもいいのではないか?

 そんな奴ら相手に弱気になってたまるか。
 負けるものか。負けてたまるか。

 鏡の前に立ち、ハンカチで口元を拭ってニヤリ、と強気な笑みを浮かべてみる。
 なかなか頼もしそうじゃあないか、そう自賛する。
 その夜ギーシュは、そうやって気が済むまで鏡の前で不敵な笑みの練習を続けた。


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