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イザベラ管理人-02


第2話:最初の試練・前編

大国ガリアの権威を象徴する壮麗なる王宮ヴェルサルテイル。
その中にある、王女イザベラが暮らす小宮殿プチ・トロワの朝は早い。
といってもイザベラの朝が早いわけでは断じてない。使用人たちに限っての話である。
基本的に日の出とともに起きだして、雑用をこなすのだ。
その日もプチ・トロワの日常は変わらないはずであったが…昨日から紛れ込んだ異分子たちもまた同じ時間に目を覚ましていた。
もちろん、さざなみ寮の自動飯作りマシーン兼雑用マシーンこと槙原耕介と、彼を主と仰ぐ剣霊・御架月の主従である。
耕介は上体を起こすとともにぐっと伸びをして体の調子を簡単に確認する。
「くぅーよく寝たな…えっと、今何時だ…。」
特に問題もない、次は時間を確認して風呂の追い炊きを…そこまで思考したところで耕介はやっと今の状況を思い出した。
「そうだった…ここは異世界なんだった…。」
伸びの姿勢から再びベッドに倒れこんで気を抜くと、雑多な思いが無秩序に錯綜する。
(皆心配してるかなぁ…あ、新聞出さないとって出せるわけないな…不精の真雪さんや破壊魔の美緒が心配だ…)
そこまで思考してから、不毛なことをしていることに気づく。
こちらがいくら心配したところで、家族たちの状況を知ることすらできないのだから。
怒涛の一日から一夜明けて、耕介は改めて自分と御架月の置かれた状況の異常さ、先行きの不透明さを感じていた。
昨夜は不安がっている御架月を元気付け、何より自分自身に言い聞かせる意味も兼ねて大丈夫だ、と断言した。
だが、耕介とて不安でないわけがないのだ。
たとえ言葉の通じない外国に放り出されたとしても、彼なら持ち前のバイタリティと様々な家事スキルでどこでも生き抜くことはできるだろう。
だが、それはあくまで自身の常識が通じる世界での話だ。
右も左もわからない、魔法が世界を支配するファンタジー世界に放り込まれては生きていく方策すらイメージすることはできない。
もっとも、今はイザベラの庇護を得られているから当面の心配はないが…それも試練を超えられなければ失ってしまう。
試練にしても、全く価値観の違うイザベラの考えるものだ。いったいどんな試練なのか見当すらつけられない…。
加えて試練を超えられたとしても、元の世界に帰る手段が見つかるかどうかも全くの未知数だ。
(さざなみ寮で平和に暮らしてただけなのになぁ…。)
「あ、あの、耕介様、おはようございます!」
マイナス方向に思考が飛んでいた耕介を現実に引き戻したのは、彼の相棒である御架月だった。
「あぁ、おはよう御架月。」
笑顔で御架月に挨拶を返すが、御架月は何故か哀しそうな、心配そうな微妙な表情をしている。
「…どうした、御架月?」
咄嗟に理由が思い当たらず、結局御架月本人に問いかける耕介。
「大丈夫ですよ、耕介様!僕もいますし、イザベラ様だってきっと僕達が帰るのに協力してくれます!だから元気出してください!」
「御架月…。」
御架月が必死に耕介に伝えようとしていることは、まさしく昨夜に耕介自身が御架月に言ったことだ。
「そう…そうだな、全く俺らしくもない、悲観的になるなんて。ありがとうな、御架月。」
常識すらも違う異世界に突然呼び出され、帰る方法もわからない…不安を消すことなどできようはずもない。
それでも、ここには耕介の相棒である御架月がいるのだ。
回数は少ないとはいえ、薫の退魔の仕事を手伝ってともに修羅場を潜り抜けた戦友であり家族がいる。
悲観的になる理由などどこにもないではないか。
「はい、耕介様!頑張ってもとの世界に帰りましょう!」
耕介が力を取り戻したのを見て、御架月も嬉しそうに頷く。
しかし二人はまだ知らなかった。
この異世界生活二日目はやはり波乱に満ちたものになることを。

二人が異世界二日目の朝を迎えていた一方、ガリア王都へ向けて空をひた走る青い影があった。
朝靄を切り裂きながら飛翔するその存在は、青空のように真っ青な鱗に自らの体よりも大きな2枚の翼で空を飛んでいる。
そう、イザベラの従姉妹にして北花壇騎士7号ことタバサが召喚した風韻竜のシルフィードだ。
「きゅい…お姉さま、こんな朝早くからガリアの王都へ飛ばさせるなんて竜使いが荒いのね…。」
そのごつい見た目からは想像もできない可愛らしい声でシルフィードが主に抗議する…が、その声も眠気からか弱々しい。
「………。」
一方、シルフィードの首元あたりに座って背びれにもたれかかり、いつも通りに本を広げているタバサはそんな抗議などどこ吹く風だ。
時間が朝早いことに加えて風竜のスピードのおかげで凄まじい寒さのはずだが、そちらもどこ吹く風といった様子。
何のことは無い、サイレントの応用で風をシャットアウトしているのである。
ついでにシルフィードの抗議までシャットアウトし、タバサはめくるめく知識の世界へと没入しているのであった。
「お姉さま!可愛い使い魔のシルフィを無視するとは何事なのね!きゅいきゅい!」
全く反応しない主(そもそも喋っていることに気づいていないので当然だが)に業を煮やしたシルフィードが体を揺すって実力行使に出る。
そこでやっとシルフィードが何がしか喋っていることにタバサは気づいた。
読書の邪魔をされたことにうんざりしつつもサイレントの一部を解除し、シルフィードの声を聞けるようにする。
「……何?」
普段から抑揚にかけるタバサだが、さらに輪をかけて平坦な声であった。
主の不興を買っていることに気づかないシルフィードはさらに抗議の声を上げる。
「お姉さまは竜使いが荒いのね!なのにご飯があんまり美味しくないのね!使い魔虐待はいけないの!」
文章に脈絡がないが、シルフィード的には繋がっているらしい。
タバサが無言でサイレントをかけなおしたことにも気づかずシルフィードはさらにまくし立てる。
「というわけで美味しいお肉を要求するのね!お肉ーお肉~美味しいお肉~たくさん食べるのね~♪」
途中から美味しいお肉の想像に意識が向いてしまい、タバサに言い募っていたことすら忘れてしまうシルフィード。
タバサはまた本の世界に没入していたのでシルフィードの要求は届きすらしなかったのだが…。
「る~るる~るるる~♪」
歌うことが楽しくなってきたシルフィードには、もはやどうでも良いことであった。
今日もこの主従は平和である。


プチ・トロワ専属料理人であるマルコー(魔法学院の料理人との関係は不明である)は困惑しきっていた。
突然厨房に現れた、イザベラの客人という触れ込みの男の言葉が全く慮外のものであったからだ。
「料理を…させてほしいだって?」
「ええ、この世界の料理に興味があって。
できればレシピなんて見せてもらえると嬉しいんですけど…やっぱり部外秘です?」
この世界…という言い回しが若干引っかかったが、今はそんなことよりも急がねばならないことがあった。
「で、ですが、殿下のお客人にそんなことさせるわけには…。」
マルコーにとって、この珍客ははっきり言って迷惑以外の何者でもなかった。
なにせ気難しいイザベラの客である。あのイザベラと付き合いのある者など、ろくな男であるわけがないのだ。
加えて、イザベラの客にそんなことをさせたとあってはイザベラからどんな叱責があるかわからない。
イザベラのプライドの高さはプチ・トロワに仕える者…いや、王宮にわずかでも関係のある者にとっては常識であるのだ。
「厳密には客ってわけでもないんですが…。
俺、本職は料理人でして、どんな料理を作ってるのか凄く興味があるんですよ!
料理してるのを見せてもらえるだけでもいいんですが、なんとかお願いできませんか?」
耕介は、目の前にいる恰幅のいい料理長が自分を迷惑がっていることはわかっていた。
しかし、耕介には引けない理由が二つあった。
一つは、純粋に料理への興味だ。
耕介はさざなみ寮の管理人であるが、元々は調理師免許をもつ料理人である。
全く文化の違う世界の料理と聞いて興味を持たないわけがない。
もう一つは、今後のためだ。
イザベラの試練がどんなものになるかがわからない以上、試練をこなせず放り出される可能性も考慮しなければならない。
そうなれば、帰る方法がわかるまではこの世界で生活せざるを得ない。
そのためにも、この世界の文化がいかなるものかを知ることは重要であった。
この世界の料理がどんなものか、どんな味が好まれるのかを知っておけば、料理人として働き口を見つけられようというものだ。
「お客人、貴方は料理人なんですかい?」
マルコーが耕介の言葉に興味を示す。
マルコーの視線の色は、迷惑な珍客から若干の同族意識を感じさせるものになっていた。
「ええ、俺…いや、私は遠い場所から流浪してきたので、この辺りの料理にとても興味があるんですよ。
ほら、この服も私の故郷のものなんです。
食材によりますが、良ければ私の故郷の料理もご披露しますよ!」
警戒を薄めたマルコーに、ここぞとばかりに厨房にいく前に考えておいた作り話をたたみかける。
「ほう、遠い場所ねぇ…どこらへんだい?アルビオンとか?」
「いえ、ずっと東の方です。地図にも載ってないくらいなんですよ。」
「へぇ、そんな遠くから…。よし、いいだろう、見ていきな!その代わり、あんたの故郷の料理を見せてくれよ?」
訝しげな様子から一気にフレンドリーになったマルコーは満面の笑顔で耕介の肩をバンバンとたたく。
しかしそこでマルコーは気づいた。
「あ、も、申し訳ねぇ、お客人に馴れ馴れしく…!ご、ご容赦くだせぇ…。」
目の前の男は王女イザベラの客人、あんな態度をとったことを密告されては命が危ないのだ。
だが、この長身の男はマルコーの予想とは全く違う人物であった。
「そんな、気にしないでくださいよ。同じ料理人じゃないですか。敬語も要りませんよ、勉強させてもらいます!」
そう言って耕介は右手を差し出す。
「お、おぉ!おめぇいい奴じゃねぇか!よろしくな、遠くから来た兄弟!」
二人は固い握手を交わすと、笑顔でお互いの肩を叩き合った。
ここに料理人同盟が誕生したのであった。


耕介が料理人同盟を成立させ、ハルケギニアの料理を調査している頃。
耕介の相棒御架月はこの建物や周囲の地形を把握するために偵察を…。
「わ、綺麗な薔薇園だなぁ…ほんとに凄く綺麗で豪華だ、さすがは王女様の家だなぁ…。」
訂正、偵察ではなく散歩をしていた。
脳内マッピングをしながら歩いていたのだが、あまりにも広く豪華なプチ・トロワを歩いているうちに使命を忘れ去っているのだ。
今は外に出て、庭を見て回っているところである。
「あ、この窓…イザベラ様の部屋だ!イザベラ様もう起きたかなぁ。」
朝起きてから耕介と御架月はイザベラに会うためにメイドに案内を頼んだのだ。
しかし、イザベラは昼ごろにならないと起きてこないと聞き、それまで二手に分かれてこの世界の調査をすることにしたのである。
自らの霊体の密度を操作し、窓をすり抜けてイザベラのベッドに近づく御架月。
「うわ、凄い寝相だなぁ。掛け布団も跳ね飛ばしちゃって…。」
イザベラのベッドは惨憺たるものであった。
元々寝相が悪いのもあるのだが、昨夜は羞恥でごろごろ転がりまわっていたので、寝具がめちゃめちゃになっている。
しかしその寝顔は安からなものだ。
すーすーと薄い呼気を繰り返す様子も刺々しさが感じられないこともあり、庇護欲をそそる愛らしいものであった。
「もう仕方ないなぁ…。ん?凄く薄い服しか着てないけど…寒くないのかな…。」
イザベラが身にまとっているのは薄手のネグリジェとショーツだけ…加えて布団もかぶっていないのでかなり危険な光景であった。
だが、彼は御架月。400年を生きた剣霊である。生存本能はあっても生殖本能はないので、特に感じるものはなかった。
とりあえず御架月はイザベラに布団をかけてやり、乱れた髪を適当に直してやる。
「よし、これでいいかな。でもよく寝てるなぁ、もうお昼近いのに…。
仕方ない、もう少し散歩してから耕介様のところへ行こうっと。」
そう言って御架月は、今度は扉をすり抜けて歩き出す。
この時、彼はもう少し周囲に注意すべきであっただろう。
しかし彼は、彼の存在を認めてくれるさざなみ寮で普段過ごしていたので、気づかなかった。
扉からすり抜けたところをたまたま通りがかったメイドに見られていたことに。
メイドは呆然と、イザベラの部屋の扉をすり抜けて歩き去る半透明の少年を見送り…意識を手放した。

「宮廷料理だから洗練された料理かと思ってたら結構粗野なものもあったな。
まぁ現代の宮廷料理なんて見たことないし、あんなものなのかもしれないな。」
厨房と料理を一通り見せてもらった耕介は、上機嫌に自分の知識と照らし合わせて検証しながら、庭を歩いていた。
今は厨房に入るために貸してもらった前掛けを普段着の上につけているおかげで、使用人とすれ違っても違和感を覚えることはない。
マルコーの作る料理は自分の知るものと違う部分も多かったが、なんとか再現できそうな範疇であった。
もちろん味は劣るだろうが、年季が違いすぎるので贅沢はいえない。
後は自分なりに研究して自分の料理に昇華するだけである。
今は料理を見せてもらった礼として、耕介がまかないを作ることになっている。
しかし、薪が足りなくなってしまったので庭の奥にある薪小屋へ薪を取りに行くところだ。
調味料や食材、調理器具など、耕介が今まで使っていたものと違うものばかりなので何を作るか悩んだのだが、チーズとワインがあることに目をつけ、チーズフォンデュを作ることにしている。
「問題はどのチーズと白ワインを使うかだなぁ、どうするか…。」
頭をひねりながら庭を歩いていると、突然凄まじい突風が吹いてきた。
目をかばって思わず立ち止まっていると、日光が遮られ、次いでバッサバッサと薄く広いものが空気をたたく音が近づいてくる。
耕介が不思議に思って見上げると…そこには青い巨体があった。
「な、なんだ!?」
半歩後ずさりながら、耕介が素っ頓狂な声をあげる。
青い巨体はゆっくりと地面に着地すると、左右に伸ばしていた大きな翼をしまう。
巨体の正体は、青い鱗を輝かせる巨大なドラゴンであった。
「これって…ド、ドラゴン…なのか…?」
耕介にとっては、初めて視覚的にファンタジー世界へやってきたことを示す存在であった。
ドラゴンはその巨体に似合わぬつぶらな瞳で耕介を見つめる。
「え、えーっと…や、やぁ、こんにちは…。」
どうしたらよいのかわからず、耕介はとりあえず挨拶をしてみる。
耕介の挨拶への返礼か、ドラゴンはきゅいきゅい!と鳴き声をあげる。
微妙な沈黙が流れ、耕介がどうしようか迷っていると、ドラゴンの背から小柄な影が飛び降りてきた。
その影の正体は女の子であった。
イザベラと同じ青い髪をボブカットにし、まるで御伽噺に出てくる魔法使いのような黒いマントをつけ、自身よりも大きな木の杖を持っている。
「こ、こんにちは…。」
少女にもとりあえず挨拶してみる耕介。
だが、少女は耕介に無感情な視線を一瞬向けただけでさっさと歩き出してしまう。
その様は、初めて出会った当初のリスティを彷彿とする無感動さであった。
その時、青いドラゴンがきゅい!きゅい!と喚きたてる。
どうやら少女に向かって何事かを訴えているようだ。
少女は立ち止まり、数秒考え込むと、耕介に向き直り短く告げた。
「ご飯。」
「………へ?君、お腹すいてるの?」
耕介の勘違いを誰が責めることができようか。
「違う。私の使い魔にご飯をあげて。」
今度はもう少し長く少女が話す。
「使い魔って、この…えっと、ドラゴン?」
「……どらごん?この子は風竜。私の使い魔。」
少女は青いドラゴンを指差すと、それで話は終わりとばかりに再び背を向けて歩き出す。
「あ、ちょ、ちょっと待って君!風竜?って何を食べるの!?」
耕介のもっともな疑問に少女は再び立ち止まり、今度は首だけをこちらに向ける。
「お肉。」
そしてまた歩き出す。とことん没交渉な娘である。
「お、大雑把だな…。」
耕介は困惑しながらも風竜に視線を向ける。
風竜もこちらを見つめていた。
その視線は、どう見ても期待に満ち溢れていた。

タバサは使用人にシルフィードの食事を頼むと、プチ・トロワに入った。
そういえばさっきの使用人は見たことがないなとか、今度の命令はどんないやがらせをされるだろうとかつらつらと考えながら歩いていると。
「うーん、耕介様どこいったんだろう。厨房にもいなかったし、部屋に戻られたのかなぁ。」
タバサの前を、人影が通り抜けていった。
その瞬間のタバサの心中を迸った衝撃は、筆舌に尽くしがたい。
なにせ、その人影は壁から壁へすり抜けていったのだ。
しかも半透明であった。
かてて加えて、空中に浮遊していた。
それはどこからどう見ても、タバサがこの世で最も苦手な存在である幽霊であった。
タバサはゆっくりと意識を手放した。

イザベラは太陽が中天に差し掛かる頃、ようやく目を覚ました。
「ふあぁぁぁ…よく寝た…。」
普段ははね飛ばしている寝具が今日に限ってちゃんと正されていることをわずかに疑問に思うが、寝起きの頭からはあっさりとそんな些事は抜け落ちる。
目元をこすりながらベッドから垂れ下がった紐を引くと、メイドたちが部屋に駆け込んでくる。
メイドたちはすぐさまドレスを洋服棚から取り出してイザベラに着せていく。
「今日は何があったかねぇ…。」
「はい、イザベラ様。本日はシャルロット様がお出でになります。」
イザベラの何気ない疑問に答えたメイドは、有体に言ってうっかり者であった。
「あんな奴はガーゴイルで充分なんだよ!」
たちまち頭に血が上ったイザベラの怒声をぶつけられることになった。
「も、申し訳ありません、イザベラ様!」
一瞬で泣きそうな顔になったメイドは慌てて謝罪する。
「フン…そういえば呼んでたっけね…。あぁ、翼人の件だったか。」
ようやくタバサを呼びつけた理由を思い出したイザベラは、何かもう一つ忘れている気がしつつも特に気にしないことにした。
ドレスを着て化粧も済ませたイザベラは、日光に当たろうと窓を開けてテラスへと出る。
何気なく前庭のほうに視線をやると、大きな風竜が黒髪の使用人に手ずから何かをもらっているのが見える。
「シャルロットの使い魔か………あれ?」
そこまで考えたところで、ようやくイザベラは昨日の出来事を思い出した。
しかもよく見れば、あの黒髪で長身の使用人は耕介ではないか?
「あ、あいつ、何してんだい…!」
耕介がタバサの使い魔に何かをやっていることに何故だか衝動的な焦りと怒りを感じたイザベラは部屋から走り出て行った。

シルフィードはとてもとてもご機嫌であった。
珍しい黒髪の使用人がくれた、クリーム色の衣に包まれた肉がとても美味しかったのだ。
「きゅい!きゅい!」
嬉しそうに鳴きながらもっともっとと耕介におねだりをする。
「ハハハ、人懐っこいなーお前。ほら、もっとほしいんだろ?」
そう言って使用人は再び肉を差し出してくる。
手ずから食べさせてくれる使用人など初めてなこともあって、シルフィードのご機嫌っぷりは最高潮だ。
使用人…耕介も、上機嫌であった。
風竜など、最初はどう接していいかわからなかったが、存外にこの風竜は人懐っこかったのだ。
つぶらな瞳と巨体のギャップも愛らしさを助長している。
一心不乱に肉を食べるシルフィードを時折撫でてやりながら、料理人たちにも好評であったチーズフォンデュの出来に満足する。
「きゅいきゅい!本当に美味しいのね、このお肉!」
「………ん?」
耕介は今しがた聴こえた声の主を探して周囲を見回すが…誰もいない。
いつの間にか食べるのをやめて停止していたシルフィードがギギギ…と音がしそうなほどゆっくりと耕介を見上げる。
「お前、喋れたのか?」
シルフィードは思った。
(おおお、お姉さまに怒られるのねぇぇぇ…)
それに、目の前の使用人も自分を恐れて逃げてしまうだろう。喋る竜など一般には知られていないのだ。
だが、耕介の行動はシルフィードの予想を全く裏切るものであった。
「そうか、風竜って知能が高いんだなぁ。その料理な、俺が作ったんだ。喜んでもらえて嬉しいよ。」
再び笑顔になった耕介は優しい声で何事もなかったかのようにシルフィードに接する。
そう、彼は人外魔境のパイオニアさざなみ寮の管理人なのだ、この程度は驚くにも値しない。
というのは若干誇張である。単に「幻獣は喋らない」という常識を耕介が知らないだけである。
「きゅい、驚かないのね?」
シルフィードは不思議そうに耕介に問いかける。
「ん、何をだ?」
耕介はさらに不思議そうに問いかける。
妙な間があいた時…プチ・トロワの入り口から駆け出してくる人影があった。
その影はまっしぐらにシルフィードに近づくと、レビテーションで背に飛び乗る。
「お、お姉さま?どうしたのね?」
それはシルフィードの主、タバサであった。
何故だか瞳に涙をためてガタガタ震えている…無表情は動いていないが。
「は、早く…飛んで…今すぐ…ここから離れて…!」
タバサはどもりつつシルフィードに命ずる。
シルフィードが使用人の前で喋っていることにも気づいていないようだ。
混沌としだした場に、さらに二人の人物がやってくる。
「あ、耕介様、ここにいらっしゃったんですね!」
「コ…コースケ!あ、あんた、何してんだい!!!」
耕介を探して彷徨っていた御架月と、怒りに任せて全力疾走したせいで息を切らしているイザベラであった。
さらに場は混沌とし…そのことに気づいたのは耕介だけであった。
タバサが御架月を見て、再び意識を失ってシルフィードの背から落下したのだ。
最もそばにいて、そのことに気づいた耕介はタバサを咄嗟に受け止める。
「な…!!!」
幽霊を見て意識を手放したタバサ。
そんなことには全く気づかず、嬉しそうに耕介に近寄る御架月。
まだ残っていた肉をすばやく口に入れるシルフィード。
タバサを抱きとめた耕介を目撃して、自分でも理由のわからない怒りを燃やすイザベラ。
心配そうにタバサに呼びかける耕介。
混沌はさらに深まっていく…。


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