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ゼロな提督 第3話  執事?


 トリステイン魔法学院の朝は学生達の起床から始まる、と学院の人は言う。
 実際には下男やらメイドやらが日の出前から起床している。
 さて、当然のことなのだが、ヤンもルイズの執事として働くと言った以上、日の出前か
ら起き出して主たるルイズを起床時間に起こさねばならない。

 同盟・帝国を通じてヤンの異名は数多い。が、振り返ってみるに、その中に「寝たきり
青年」というものがあったような気がする、と考えていた。朝食の時間ギリギリになった
頃に、ルイズと二人で寝ぼけた顔をつきあわせながら。
 のぼり始めた太陽を見て、慌てて飛び起きる二人。


   第3話    執事?


 ルイズ曰く「貴族は下僕がいるときは自分で服を着たりしない」とのことで、ヤンは下
着姿のルイズの服を着せてあげねばならなかった。帝国の貴族は知らないが、ルイズはト
リステインの貴族。その執事をする以上はやむを得ない、というわけでヤンは渋々ルイズ
にブラウスを着せる。
 自分を奴隷にしようと目論んだ魔法使い、歪んだ選民意識と鬱屈した劣等感を抱かざる
をえなかった貴族の少女…と思ってはいたが、見た目はユリアンよりずっと年下の可愛い
小柄な女の子。最初にルイズが16歳と聞かされたとき、思わず本人に真顔で聞き返して
足を踏まれてしまった。

 そんな彼女の着替えを手伝っていると、ふと、自分に娘がいたらこんな感じか…と想像
してしまう。ユリアンは親子というには年が近かったが、ルイズの外見は丁度自分の娘く
らいの年齢に見える。
 素直でしっかり者で家事の天才ユリアンが兄、我侭で意地っ張りで泣き虫な妹ルイズ、
気丈で気が利くけど料理はぜんぜんだった妻フレデリカ、そして粗大ゴミ扱いされるぐう
たらな自分。一瞬、そんな妄想にふけってしまう。
 でも自分の娘は遺伝学上、絶対にピンクの髪にはならないので、髪を染めるかも知れな
いけどそんな色に染めないで欲しいと祈ってるので、とっても無理のある光景だなぁと、
苦笑いしてしまった。

「ちょっと、なにボサッとしてるのよ」
 ルイズが、手を止めて遠くを見つめるヤンを見上げていた。
「…ん?あ、ああ、すまない。ちょっと家族のことを思い出してね」
「家族?あんた、家族がいたの?」
「そりゃいるよ。僕にはもったいないほど美人で優しい妻に、養子だったけどとても素直
で真面目で、家のことを任せっきりだった息子がね・・・」
 いいながらも、視線はだんだんうつむいていく。
 それを見上げているルイズの表情も、だんだんと陰が広がる。
「・・・会いたいの?」
「ああ・・・会いたいな。本当に、父としても夫としても大した事をしてやれなかった。
それでも、多分、僕が急にいなくなって悲しんでいるんじゃないか、と思って」
「…そう」
 ルイズはプイとそっぽを向いて、それ以上何も言わなかった。
 ヤンも、黙々と彼女に制服を着せた。




 ルイズが部屋から出たと同時に目の前の扉が開き、出てきた生徒達が挨拶をする。


「おはよう、ルイズ」
「おはよう、キュルケ」
「そしておはよう、使い魔さん♪」
 キュルケはルイズの後に扉から出てきたヤンにウィンクした。
「おはようございます。ミス・ツェルプストー」
 ヤンは、キュルケに礼儀正しく礼をする。
「あらあら、相変わらず他人行儀ねぇ。キュルケって呼んでいいわよぉ」
 色っぽく大きな胸とお尻を揺らしながら、キュルケはヤンに歩み寄る。
 そのしなやかな指は学者肌の頬に伸びていく。
  ペチッ
 ルイズがキュルケの手を払いのけた。
「あんたねぇ、毎度毎度いい加減にしなさいよ!」
「あーら、いいじゃないの。ちょっと親交を深めようと思っただけよぉ」
 キュルケのわびれない態度に、更にルイズはムキになって怒り出す。
「深めなくていいわよっ!ウチのご先祖様達みたく、今度はツェルプストーに使い魔盗ら
れましたなんて、絶対許さないわっ!!
「やーねぇ、ウチのひい祖父さまがあなたの所のひい祖父さまから奥さんを奪ったり、ひ
いひい祖父さまが婚約者を奪ったり、みたいな事はしないわよぉ。
 で・も!その人はあなたの恋人でも何でもないもの。だからぁ、恋をするのは自由なの
よねぇ~♪」
 甘い響きの言葉と共にじわじわ近寄ってくるキュルケに、ヤンはじわじわと後退してし
まう。
「行くわよ、ヤン」
 ルイズはキュルケを無視してヤンを引っ張っていった。




 ヤンがルイズの執事を始めて数日。
 朝食に向かうヤンにキュルケが迫り、ルイズが割って入るのが始まったのも数日。
 ヤンの新しい生活が今日も始まる。



 ヤンはルイズの部屋の掃除を終え、かごを抱えて学院の水くみ場の隅に来た。
「おはようございます」
「あら、おはよー」
「なんだい、相変わらず馬鹿丁寧だネェ。ここにゃクソッタレの貴族どももいないんだ。
もうちと気楽にやりなよ!」
 洗濯場には、主に貴族の衣服を持ち寄るメイドたちがいた。
 ヤンもルイズと自分の衣服を入れたかごを洗濯場の隅に置く。

 ヤンの仕事の一つにルイズの衣服、特に下着の洗濯がある。
 養子であるユリアンが彼の家に来たとき、彼はゴミの中に埋もれて生活していた。彼の
部下たちは上官を指して「ユリアンがいなけりゃヤンは生きてけない」「生活無能力者」「冬
になったら春まで冬眠してるさ」等の、とても親愛に満ちた、そして正しい評価を下して
いた。その上、ヤンの時代に機械を使わず洗濯する人などいるはずもない。だから最初、
彼には洗濯の仕方も分からなかった。

 目の前の洗濯物と、10倍の敵艦隊。どっちが手強いだろうか

 そんな平和このうえない悩みについて、ヤンは真剣に悩んでしまう。そんなことを考え
ながら洗濯板でシルクの下着をごしごし洗い、ぼろぼろにしてしまうのだった。





 洗濯を終え、部屋の掃除が済んだら、すぐに学院長室へ向かう。
 コンコンとノックすると、カチャッと鍵が外れる音がして、「どうぞ」という女性の声で
中へと促された。
 学院長室には秘書のロングビルしかいなかった。
「オールド・オスマンはどちらへ?」
 秘書は凛々しく立ち上がり、しなやかな足取りでヤンの前に来る。
「今はトリスタニアへ行かれていますわ。代わって私が講義をして欲しい、と依頼されて
おります」
「そうですか。ですが、あなたの仕事はよろしいのですか?」
「ええ、そのための時間は頂いておりますから。とはいえ、私も教師ではないので大した
事はお教えできません。故郷のアルビオンの地理や歴史を簡単に、だけですが、よろしい
ですか?」
「いえいえ!教えていただけることなら何でも結構です。何しろ僕はこの世界のことを何
も知りませんから」
「わかりましたわ。それではこちらへ」
 ロングビルはヤンと机を挟み、ハルケギニアの地理と歴史と文化、特にアルビオンにつ
いての授業を行った。

 ルイズが授業を受けている間、ヤンはこうやってハルケギニアについて様々な知識を学
ぶことにした。彼はルイズが受けている授業についても興味はあったのだが、さすがに魔
法のことは専門外。それにこの世界の地理政治文化、何より歴史への興味の方が上回って
いた。
 そしてオスマンは、彼を召喚して無理矢理使い魔にしてしまった負い目から、教育者と
しての立場からも、彼の学問を修めたいという要望を断れなかった。

「…で、どうしてその『白の国』アルビオンは、宙に浮きっぱなしなんですか?」
「え?いえ、さぁ・・・どうしてなんでしょうね?大陸の中に巨大な風石があるのでは?
なんて言われてますが、土メイジがいくら探査しても見つからないので、それは違うと思
いますが。
 やはり風の精霊の力かと思いますわ」

 トリステインと同面積の浮遊大陸アルビオン、と聞かされたヤンが頭を捻ってしまうの
と同じように、浮いている理由を尋ねられたロングビルも首を傾げてしまう。
 ヤンの知的好奇心は、まるで外の世界を初めて見た子供のようにあちこちへ駆け回って
いる。何の疑問もなく暮らしている普通の人々には、回答に困ってしまうものも多い。も
う少し自然科学に興味を持ってくれれば、文明も発達するのになぁ、とヤンは残念に感じ
てしまう。
 もっともハルケギニアの人々からしてみればどうだろうか。ヤンの世界の人々を「精霊
を恐れぬ不心得者どもで、魔法の力を無視する盲目の蛮人」と嘆き軽蔑するのではないだ
ろうか。
 そんな事を考えるだけでもヤンは想像力が遙か遠くへ向けて羽ばたいてしまう。


 お昼前になり、ルイズ達生徒と同じように、ヤンの授業も終わりとなった。
「あ、ミスタ・ヤン。こちらがオールド・オスマンから預かった図書館の使用許可証です。
学生が入れる場所なら入れますので。司書にも話を通してあります」
「ああ!やっとできましたか。助かります!ありがとうございます!」
 受け取ったヤンは満面の笑みで頭を下げた。嬉しさのあまりダンスをしそうになった。
だが、相手がロングビルしかいなかったことと、以前嬉しさのあまりユリアンとダンスを
したのを部下たちに見られて笑われたのを思い出し、なんとか思いとどまった。





 お昼になり、アルヴィーズの食堂横にある厨房で、ヤンは食事をとることにした。
「よ~お。来たか」
「お邪魔します、マルトーさん。いつもすいません」
 頭を下げて厨房に入ってきたヤンを迎えたのはコック長のマルトー。でっぷりしたお腹
を揺らしながらヤンの肩を叩く。
「まぁったく、そうかしこまんじゃねぇよ!同じ平民同士、困った時はお互い様さ!あん
たの食事の事はヴァリエールのお嬢様からも頼まれてるからな!」
 料理を厨房の隅の机に持ってきたのはシエスタ。
「はい、ご飯ですよー。でも、こんな簡単なモノで良いんですか?」
「ええ、ようやく図書館の使用許可が下りたので、急いで行こうと思うんです」
 机の上に並べられたのはサンドイッチと水。それを大急ぎで口に放り込み、すぐに立ち
上がる。
「ふぅ、有難うございました。ところで何か手伝える事はありますか?」
 手伝う、とヤンに言われたマルトーは、慌てて顔を横に振った!
「あー、いやいや、大丈夫だ!それよりあんたは早く本でも読んで、色々勉強した方がい
いぜぇ」
「はぁ、そうですね。この前のような失敗をしないよう、この国の事を学んでくるとしま
す」
 ヤンは恥ずかしげに頭をかいて、そそくさと厨房を出て行った。マルトーは他のコック
達に肘で突かれ、ちょっと言い方が悪かったかと頬をポリポリ指でかく。


 先日、ヤンは食事の礼にと思い、厨房の後片づけを申し出た。洗い物を頼んだ後、マル
トーはかまどの火を消しといてくれ、と何気なく言ってみた。
 次の瞬間、ヤンはかまどの火に水をかけて消そうとしたのを、シエスタに羽交い締めに
されて止められた。
 かまどの火は、くべてある薪を火バサミで壷に移し、壷に蓋をして消す。かまどに残っ
た小さな火には灰をかける。もし、火がくべられたままのかまどに水をかけたら、爆発的
に吹き上がる水蒸気に灰が巻き上げられ、厨房が灰だらけになる。水浸しになった灰は、
ただの泥。火をつけるのに邪魔なので全部取り除かねばならない。
 だが、ヤンが生活無能力者とかどうとか言う以前に、宇宙で商船や戦艦やイゼルローン
要塞の中でずっと生活してきたヤンに、かまどの使い方は分からない。彼にとって火を消
すとは、砲撃等で発生した火災を消火する、ということだ。その消火も大概は緊急消火ボ
タンを押すだけ。
 そして、一応士官学校でサバイバル技術を学んだはずなのだが、実技が赤点ラインを往
復していたヤンに、そんなモノを期待するのは無茶としか言いようがない。もっとも、た
とえサバイバル技術を完全に身につけていたとしても、「薪を小さく割るには斧を振り上げ
るより鉈(なた)がいい」なんて事は知らない。鉈なんていう、ナイフとも包丁とも斧と
も異なる、軍用ではない日用品としての刃物なんて、彼には使う事も見る事も無いのだか
ら。
 科学の宇宙で生きてきたヤンにとって、この中世魔法世界ハルケギニアは毎日がサバイ
バルだ。意地を張ってルイズの下を飛び出したらどうなっていたやら、想像しただけで寒
気がしてしまう。
 彼は、自分はこの世界では赤ん坊並の知識しか持ち合わせていないのだと、思い知らさ
れていた。


「これが立体TV辺りなら、こういう日常生活は全部カットされて、『科学知識を駆使して
大成功の連続!』という事になるんだけどなぁ…現実って厳しいんだな、ファンタジーな
魔法世界なのに」
 図書館に向かいながら、魔法世界の厳しい現実に打ちひしがれつつも感心してしまうヤ
ンだった。





 図書館は本塔にある。門外不出の秘伝書、魔法薬のレシピ、教師のみ閲覧を許された区
画『フェニエのライブラリー』もある。始祖ブリミルがハルケギニアに新天地を築いて以
来の歴史が詰め込まれている、と言われている。
 当然、平民立ち入り禁止。入り口の若い女性の司書がメガネ越しに出入りする教師や生
徒をチェックしている。司書はヤンを見ると、不審な顔はしつつ、咎める事はなかった。
再び視線を読んでいた本へ戻す。
 一週間くらい前にどこからか召喚された平民使い魔、食堂では主を擁護するため居並ぶ
メイジ達を前に怖じ気づく事無く頭を下げた人物、そういう話しは彼女も知っている。だ
が何故に突然、この正体不明の人物に図書館使用許可が下りたかまでは知らない。内心、
本が盗まれたらどうするのか、という不安を感じてはいたが。

 そんな司書の不安は気にせず、ヤンは足取り軽く図書館に入った。
 だが、入った瞬間に頭を抱えてしまった。

 本塔の大部分を占める図書館は、高さ30メイルの本棚が壁際にずらりと並ぶ光景は壮観
である。壮観なのはいいのだが、ヤンには上の本が取れない。昼休みなので他の生徒も教
師もいるが、彼等は『フライ』で本棚の間を飛び、『レビテーション』で本を取っていく。
もちろんヤンにはどちらも出来ない。
 つまり彼が読めるのは下から数メイルの間にある本だけ。彼は遙か上を飛ぶメイジ達へ、
おあずけを喰らった子供のように羨ましげな視線を送った。

「…と言っても、とりあえず下の方の本だけ読めれば、今はいいんだけどね」
 なんて負け惜しみじみた独り言をいいつつ、本棚の下の方の本から目的のタイトルを探
した。下の方にある本、即ち魔法を使わず出せる本、ということは使用頻度が多いので取
り出すたびに毎回魔力を消費していられない、基本的かつ重要な本。
「ああ、あったあった、これだな…」
 彼が取り出した本のタイトルは、『ハルケギニア全土図』。
 つまり、地図。




 放課後、ヤンは厩舎前にやって来た。
「遅いわよ!どこほっつき歩いていたの!?」
 そんな愛情に満ち足りすぎて涙が出てきそうな言葉を投げかけるのは、乗馬用のムチを
手にしたルイズ。彼女は約束通り、放課後にヤンへ乗馬を指南していた。
「ごめんごめん、図書館で本を読んでいたら遅くなってしまって」
「ふん、まぁいいわ。さ、早くやるわよ!」
 と言ってルイズは下男に厩舎から一番大人しい馬を連れてこさせる。

 大人しい馬、のはずなのだが、ヤンはこの馬から落ちたり振り落とされた記憶しかない。
 そんな乗馬初心者ヤンの不安は、ルイズには信じられないような基本的なものだ。

「あのねぇ、落馬は馬が何かに驚いて暴走した場合が多いんだけどね。乗っている人の不
安を感じて馬も不安になるから、なんでもない音とかで驚いてしまうのよ。
 乗馬を習いたいって言ったのはあんたなんだからね!もっとビシッとしなさいよ!!」
「い、いや、そう言われても、なぁ…」

 初日、近付くのも怖かった。
 鞍を手でつかみ、鐙に左足をかけて登ろうとしたら、鐙がフラフラ安定せず、鞍のつか
み所も悪くて、落ちた。
 どうにか乗ったら、即座に振り落とされた。
 周囲に集まってきたメイドやコックやら平民達や、通りすがりの貴族達がクスクス笑っ
たり爆笑したり。その度に、教えてるルイズ自身も恥ずかしくて顔から火が出る思いだ。
「全く・・・また、あたしが先に乗るから、あんた後ろにのんなさいよ」
「う、うん。お願いするよ」
「早く、まずは馬に慣れてよね。でないといつまで経っても教える事自体が出来ないわ」
「…面目ない」


 そんな感じで、前に乗るルイズに怒られながらヤンはおっかなびっくり乗馬を習い続け
ていた。




 夜、ルイズの部屋。
 魔法のランプが照らす室内に、ティーカップを前にした浮かない顔の二人。
 ルイズは鏡台の前に座り、財布の中身を広げてため息をついた。
 背後では床に直接胡坐をかいていたヤンが、ひざの上に広げた本を見ながら、ルイズに
負けないくらいの大きなため息をついた。

 じろりとルイズが振り返る。
「…何よ」
「そっちこそ、どうしたんだい?」
「あんたの入れたお茶が不味いのよ」
「…うん、僕もそう思う」
 ヤンが入れたお茶。それは、二人揃って一言、不味い!と言い切れるものだった。
「修行しなさいよね」
「心得ました、ミス・ヴァリエール」

 しばし視線を交じわせた二人は再び同時に、さらに大きなため息をついてしまった。
 またも二人の視線が交わる。

 先に口を開いたのはルイズ。
「予想はつくでしょ?」
「まあね…僕の治療費、そんなに高かったのかい?」
「オールド・オスマンが言ってたでしょ?大きな家が一軒買えるって」
 ルイズは財布をひっくり返すが、手のひらの上に落ちてきたのは銀色の貨幣数枚のみ。
「これが骨折とか、ただの怪我だったら、もっと残ったでしょうけどね・・・」
「そうか…本当に、苦労をかけるね」
「いまさら、何よ。
 それで、そっちは何なの?地図なんか眺めて」
 ヤンの膝の上に乗せられていたのは、昼間に図書館で借りてきた本『ハルケギニア全土
図』だ。
「うん、まぁ、簡単に言うと、僕の国とトリステインの距離とかを知ることができないか、
と思ったんだけどね」

 その言葉を聴いて、ルイズの顔は一瞬曇りが広がった後、すぐに晴れ渡った。

「ふーん、その様子だと、どうやらあなたの国は相当遠いみたいね」
「遠いなんてもんじゃないよ…自力で帰るのは、ほとんど不可能だ」
「そうなの?ところで、どのへんなのよ」
 と言ってルイズは地図を手に取り床に広げてみる。そこにはハルケギニア5国と、その
東の聖地辺りまでが書かれている。
「その地図には載ってないんだ」
「へえ~、それじゃ、聖地の向こう側なのね。ロバ・アル・カリイエなんだ」
 押し隠した嬉しさを含むルイズの言葉に、ヤンは残念そうに首を横に振る。
「なによ、それよりまだ遠いの?いったい何処なのよ、それ」
「何処といわれても、ハルケギニアでは知られていない場所だよ」
「ふーん。ちなみに、故郷はなんて名前?」
「故郷?故郷かぁ~・・・」

 天井を見上げて、しばし思案してみる。さて、自分の故郷といえる場所はどこだろうか。
 ふとルイズを見れば、ちょっと興味ありげなようで、ヤンに近寄ってくる。
 彼は、なるべくハルケギニアの人でも分かるような言葉で語った。


「子供のころは、旅商人の父に連れられて船に乗っていたよ。いろんな場所を巡ってきた。
だから故郷と言える場所はないんじゃないかと思う」
 ルイズは床にペタッと座って、ヤンの思い出話を聞き始める。
「16歳になる直前、事故で父が死んでね。たまたまハイネセン…ああ、ハイネセンは僕
がいた国の首都だよ。士官学校の戦史科に入学できたので、あとはずっとその士官学校に
いたんだ。
 でも、実際には最前線のイゼルローン要塞にいた頃が、一番思い出深いなぁ。もしかし
たら、その要塞が僕の故郷かも知れないな」
「ふぅ~ん・・・でも、知らない名前ばっかりねぇ」
「そりゃそうさ。僕だってハルケギニアもトリステインも知らないよ。でも、もしかした
ら…と思ったんだけどね。過去に僕らの世界と接触した跡でもないものかと」

 そういってヤンは切ない視線で地図を見つめる。

「で、方向で言うとこの地図のどっち?」
 ヤンの前に地図を置いて尋ねてくるルイズだが、ヤンは首を振った。
「方向は分からないよ。なにせ、このハルケギニアの地図を見て分かったんだ。ここは僕
らの国では、伝説とされる世界だって」
「伝説?」
 ルイズはキョトンとして聞き返す。自分の住んでる世界って、伝説になるほど特別だっ
たのかしら?という感じだ。
 だがヤンは、途方に暮れたように天井を見上げてしまう。
「そう、伝説。存在自体は誰でも知ってるけど、決して行く事の叶わない世界。虚数の海
の彼方にある、別世界・・・パラレル・ワールドさ」

 ヤンはジッと地図を見つめた。
 同盟の公用語と多くの共通点を持つ言語で記された、地球のEU地域そっくりのハルケ
ギニアを。




 次の日の朝、やっぱり二人は寝坊して大慌て。
「全くもう!なんて役に立たない執事なの!?ほらブラウス取ってよ!」
 ヤンは慌ててタンスからブラウスを引っ張り出す。いや、本人は慌ててるつもりらしい
が、どうにもハタ目には慌ててるという雰囲気がない。実際、バタバタとブラウスを引っ
張り出し、ショーツ一枚で教科書を揃えるルイズに手渡しているにもかかわらず。
「いやぁ、人は僕を『ごくつぶしのヤン』『無駄飯食いのヤン』と呼んだものさ」
「自慢になるかー!!」
 慌てている風にみえないのは、この減らず口のせいかもしれない。


 悪運強く、どうにか朝食の時間には間に合った。二人とも早足で食堂へ向かう。
 早足ながらも、ルイズはふと思い出したように口を開いた。
「ねぇ、昨夜言ってた話だけど、伝説っていうくらい遠いんじゃ、もう助けとかもこない
わよね?」
「いや、う~ん、それが分からないんだ」
 ヤンがウンウン唸りながら寮塔を出る。外には同じように寝坊したらしい学生達が早足
で食堂へ向かっている。
「でも、自分で言ったじゃない。行く事が出来ないって」
「ああ、いや、実際には『帰って来れない』という事だと思う。とは言っても、僕の勝手
な想像なんだけど」
「帰って来れない?」
「うん。実際、『虚数の海』は行くのは簡単なんだ。でも帰ってきた人がいないんだ」
「なんだか、すっごい難所なのねぇ…そのキョスウノ海って」
 ルイズは面白い話を聞けて満足したようで、上機嫌で食堂へ入っていった。



 ルイズの頭に浮かんでいたのは、難破船がゴロゴロする嵐の岩礁。
 だが、ヤンの頭に浮かんでいるのは、アムリッツァ。核融合の超高熱の中、無数の原子
が互いに衝突し、分裂し、再生し、膨大なエネルギーを虚空に発散させる恒星の名だ。

 このアムリッツァ星系において、かつてヤン率いる艦隊は敗残兵の一員となった。補給
路を寸断され、敵地に孤立し、全滅の危機にすらあった。実際、あと僅かの所で退路を断
たれそうにすらなっていた。
 この時、敵艦隊に襲われた戦艦がパニックを起こし、大質量近くにも関わらずワープし
た。進路算定も不可能なまま亞空間に跳躍した後どうなるのか?それは、死後の世界に定
説がないのと同じく、誰も知らなかった。
 ちなみに、この時起きた時空震に退路を断とうとしていた敵艦隊が巻き込まれて混乱、
このスキを突き、ヤンの艦隊は撤退に成功した。

 もちろんヤンは、大質量付近のワープが即ちパラレル・ワールドへの転移、と考えては
いない。もしそうであるなら、帰還者も、別宇宙からヤンのいる世界へワープして来る者
もあるはずだから。帰還者も別宇宙から来る者もいないのは、本来はパラレル・ワールド
へは飛べない、ということ。
 だが、ヤンは来ている。それは即ち、来る方法はあるということ。要はそれに気付くか
どうか、という点。

「期待は薄いなぁ・・・」
 ルイズの背中を見送りながら、ヤンはそれでも帰る方法を考えていた。




「ハァ…それにしても、どうしたものかなぁ」
 溜息混じりに学院長室に入ると、今日もロングビルしかいなかった。
「まだオールド・オスマンはトリスタニアですか?」
「いえ、今はミスタ・コルベールの所ですわ」
 机の上に本を広げながら、ロングビルが事務的に答えた。
「そうですか。それじゃ今日もあなたが?」
「ええ、今日は、あなたの質問にも答えられるよう、ちゃんと予習もしてきましたわ」
 見れば机の上の本には、沢山のしおりやタグが付いている。
「あはは、どうもすいません。秘書の方にこんなことをお願いして」
「構いませんわよ。私にとっても勉強になりますから。それでは今日は始祖ブリミルにつ
いて・・・」

 そんな話をしつつ、ヤンは今日もハルケギニアについて学ぶ。だが、その表情が冴えな
い事に、秘書は彼の入室時から気付いていた。

「もしかして、ホームシックですか?」
 問われたヤンは、ハッとして顔をあげた。
「あ、うん、まあ、それもあるんです。でも今目の前の問題としては…恥ずかしながら、
お金の事なんです」
「お金…ですか?」

 ロングビルは、あまりにも意外な事を言われたかのような顔で、ヤンをみつめた。


「ええ、何しろミス・ヴァリエールは僕を蘇生するために全財産を払ってしまいましたか
ら。ヴァリエール公爵からの次の仕送りまで、どうしたものかと・・・あの、どうしまし
たか?」
 今度はヤンが意外そうな顔でロングビルを見つめた。
 彼女は、信じられないものを見るかのように、メガネを何度も直しながらヤンを見てい
たから。
「あなたが、お金がないんですか?」
「ええ、ありませんよ。私は財布を持たずに召喚されましたら。もちろん私の財布には1
ドニエたりと入っていませんでしたが」
 冗談を言ったつもりだったヤンだが、彼女は笑うどころか怪訝な顔でヤンを見つめ続け
ている。
 そして、驚きと怒りの顔へと瞬時に変化した。
「あんのエロオヤジどもぉ!!」
 気品あるロングビルの下品な叫びに、今度はヤンが驚いた。




 ジャン・コルベール。
 二つ名は「炎蛇」。火系統の魔法を得意とするトライアングルメイジで、トリステイン魔
法学院の教師。魔法を特に火系統の更なる活用法を発見しようと日夜研究している。
 そして彼は今日も火の塔横の掘っ立て小屋、もとい研究室で頑張っている。

 まずは研究素材から試料を取ろうと、ヤスリで削った。
 ヤスリ『が』削れた。
 ならば切ってみようと、一番大きく頑丈なノコギリで切ってみた。
 刃がボロボロになった。
 では溶かしてみようと、二つ名「炎蛇」に相応しい高温の炎を杖から吹き出した。
 研究室ごと熱くなっただけで、全然溶ける様子はない。

「ええい、らちがあかん。コルベール君、どくんじゃ!」
 コルベールの背後から、オスマンが杖を振る。
 鋼鉄の拳が練成され、学院長の最高の魔力をもって振り下ろされた。

 ガッキイイイイインッッ!!

 凄まじい金属音と火花が響き渡り、粉々に砕け散った。
 鋼鉄の拳『だけ』が。
 いや、それを置いていた台座もついでに砕け散った。
 粉々になった鉄拳と台座の破片の中に埋もれたそれは、まったく何の変化もない。

「し・・・信じ、られん、わい・・・」
「な、なんなのですか!これは、ありえませんぞっ!!」
 オスマンとコルベールは、疲労と驚愕で床に膝をついてしまった。
 この研究素材に費やした体力と魔力に比して、得られたものは何か。

 それは、研究する事すら出来ない、という事実だった。

「本当に…ありえませんわねぇ…」
 二人の背後で、地獄の底から響くような声がした。
 ビクッと肩をすくませた二人が振り向くと、鬼のような形相で仁王立ちするロングビル
が立っていた。
「し、信じ・・・られない・・・」
 ロングビルの後ろには、秘書に迫られる二人以上に驚愕しているヤンがあった。


 ヤンの事など忘れたかのように、ツカツカとロングビルは二人に詰め寄っていく。
「一体、どういうことですか、これは!この方の所持品は、全部返却したのではなかった
のですかっ!?」
「い、いや、そのですな…あの」「よすんじゃ、コルベール君…もう言い訳は無理じゃ」
 二人は、諦めた様に肩を落とし手を地についた。

 粉々の破片の中にあるもの。それはトマホーク。
 柄の部分が切れヘッド部分しか無いが、炭素クリスタルの刃を持つヤンの世界で作られ
たトマホークだ。
 そして、これをヤンに返していないという事は…

「どういう事か分かりますか!?これは立派な窃盗です!あなた方は、彼が意識を取り戻
した時の騒ぎを忘れたとでも言うんですかっ!彼にとっては召喚と契約は、拉致監禁なの
ですよ!?
 おまけに彼の所持品を隠匿し、あまつさえ破壊しようなどとっ!!」
「い、いや、別に盗むとか壊すとかじゃなくてじゃな」「そ、そうですぞ!これは研究のた
めに」
「だまらっしゃいっ!!貴族の手本たるべき教員が、平民だからと彼の財をゆえ無く奪う
など、恥知らずも甚だしい!だから貴族は平民に恨まれ、嫌われ、憎まれるのですっ!」
 叱責される二人は、もう言い返す言葉もなく正座で説教され続けていた。
 だが、ヤンの耳には彼女の怒号は届かないようだ。
 震える足で、一歩また一歩とトマホークへ近寄っていく。

「こ…これは、まさか、そんな…」
 彼の目は、これ以上ないくらいに見開かれている。
 その姿にロングビルも気がついた。
「ええ、それはあなたと一緒に召喚された物ですわ。その斧の刃は、信じられませんが、
恐るべき巨大さのダイヤモンドですわね。先日、学院長室の机に置きっぱなしになってい
たのを見て驚きましたわよ。
 それを売れば、あなたの治療費を倍返ししてなお、お釣りが来ますわよ」


 炭素クリスタルの刃、それは巨大な人工ダイヤモンド。といっても天然ダイヤモンドそ
のものとは少し違う、衝撃にも強い物質だが。
 ヤンの世界では、鏡面処理により光学兵器を弾き小火器程度ではダメージを受けない装
甲擲弾兵と近接戦闘を行うための武器。装甲を貫くための武器なのだから、刃がダイヤモ
ンドというだけでなく、斧の本体も相応の硬度・重量を持つ。ビーム兵器の高熱にも耐え
る。
 ヤスリで削れたりノコギリで切れたり火で溶けたりトンカチで割られるようなシロモノ
ではない。


 売る、という言葉を聞いて、今度はコルベールが眼を見開いた。
「ま、待って下さい!そ、それは、いやダイヤの刃はともかく、その斧本体について、せ
めて教えて下さいませんか!?」
「そう、そうなんじゃ!どうにかして調べたいのじゃが、恐るべき硬度と粘性で傷一つつ
かんから、試料も取れず」
 ギロッとロングビルに睨まれて、再び二人は黙った。
 だが、ヤンも黙っていた。黙って斧を、特に柄の切断面を見ている。

「・・・間違いない・・・」

 しばしの後、ヤンが呻くように呟いた。
 その言葉に、背後の3人は顔を見合わせてしまう。
 あの、と声をかけるロングビルの言葉も彼には届かない。

「間違いない、片刃式だ…同盟の、斧だ」
 震える手でそれを手に取る。左手のルーンが輝くが、それすら気付かない。
「やった…やったぞ!来てたんだ、ローゼンリッターが!『レダⅡ』号にっ!!助けに来
てくれていたんだっ!!」

 ヤンは、今度は本当に踊り出した。ヘッド部分しかない斧を持って、左手のルーンを光
らせながら、ヘタながらも軽やかに。
 それを見ている3人は、果たしてヤンという人物は正気なのだろうか、と本気で考えて
いた。




「ローゼンリッター?」
 放課後になり、ルイズは再びヤンに乗馬を教えるべく厩舎前に来た
 そこにはヤンがいた。ただし、見た事もないほど上機嫌なヤンが。
「うん、薔薇の騎士(ローゼンリッター)連隊。我が軍最強の白兵戦部隊でね、その戦闘
能力は1個連隊で1個師団に匹敵すると言われる程だったよ」
 二人は馬を並べながら、広場をポックリポックリまわっている。どうにかヤンも馬に嫌
われないようになったらしい。慣れない手つき腰つきながらも、ルイズの馬と並走出来て
いる。
「その部隊が、あんたを助けに来ていたの?」
「その通りさ!そして恐らく、僕を召喚ゲートから引っ張り出そうとしていたんだ!」
 と大声を出したとたんに、いなないて前足を振り上げた馬に振り落とされた。


 ヤンの推理はこうだ。

 ヤンが銃撃された瞬間、恐らくは失血死した直後に、ローゼンリッターの誰かが彼の傍
に来ていた。その人物はヤンの死体を見て、一時は絶望した事だろう。
 だが、次の瞬間には驚愕した。何か光る鏡のようなものがいきなり現れ、ヤンの死体を
鏡面に吸い込もうとしたから。慌ててヤンの身体を押さえようとしたが、急な事で間に合
わなかった。もしくは吸い込む力に負けた。
 斧で鏡らしき物をたたき割ろうとしたが、無駄だった。鏡ではなくゲートだったので素
通りしてしまう。
 ならゲートの向こう側にいる人物を殺すか装置を破壊しようと銃を抜いた。だが慌てて
いたため手が滑って銃もゲートの中へ落としてしう。それがヤンが持つ銃。
 しょうがないのでさらに斧を突っ込み、ゲートを破壊するか開いたままで固定しようと
した。だが、ゲートは閉じてしまった。同時に斧の柄は亞空間ごと切り裂かれた。

 結果、ルイズが度重なる失敗の後に召喚したのは、ローゼンリッターの斧のヘッドと銃
と、瀕死のヤン。


 尻の泥をはたき落として馬に乗り直そうとするヤンに、不安そうなルイズの声が届く。
「でも、召喚の瞬間に誰かが居たからって、ここまで助けが来るとは限らないわよ…ね」
「そうだね、その通りだよ」
 よっこらせっ!というかけ声と共に馬に乗り直したヤンが、意外なほどあっさりと同意
した。ルイズも拍子抜けしてしまう。
「何しろ、僕が別の空間に行ってしまったのは分かるけど、どこに行ったかは分からない
んだから。来るにしても、いつのことやら」
 聞いているルイズは、喜びを隠そうともしない。馬の駆け足も早くなってる。
「そりゃそーだわ。ざーんねんだったわねぇ!とりあえず、あんたはお茶の入れ方でも学
んでくる事ね!」
「そうしようか。でも、その前に、君に追いつくとしようかな!」
 そう言ってヤンは馬を早足で走らせて、ルイズを追いかけた。

 だが、既に彼の頭の中では、さらに推理が進んでいた。

 ヤンを救出に来たと言う事は、当然戦艦で来ていた。そして襲撃者の艦を破壊した。
『レダⅡ』号へ強行接舷した後も、襲撃者の援軍や帝国軍が来ないか、警戒していたはず
だ。あらゆるレーダー・観測機器を最高度で稼働させていただろう。
 ならば、召喚ゲートの開閉とヤンの亞空間転移もセンサーに捉えたのではないか?
 召喚ゲート近くにいた隊員の証言。センサーの観測結果。何故か見事に切り裂かれたト
マホークの柄。見つからない斧の頭。一つずつなら幻覚だ故障だ事故だと済ませたかも知
れない。
 だが、4つが同時に存在すれば、それは信じるに足る重要な情報だ。


「問題は、やっぱりハルケギニアの場所が分からないって事なんだよなぁ。それに、そも
そもあの戦乱の最中、私を捜しに来る余裕はイゼルローンのみんなには無いだろうし。第
一、魔法の扉がセンサーにひっかかるかなぁ?」
 そんな不安がヤンの頭をかすめる。
 とたんに、再び彼は馬に振り落とされた。
 ルイズの笑い声が広場に響いた。


            第3話    執事?       END


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