「アルビオン……だと?」
「ええ、いま言った通りよ」
「本気で言ってるのか、ヴァリエール?」
風見は、普段ルイズの部屋ではなく、コルベールの部屋に居候している。
だから、今では、ハルケギニアの世情に、少しは詳しくなっている。そして、彼の知識によると、いまアルビオンは確か……。
「当たり前でしょう! こんな名誉ある任務をお断りするバカがどこにいるの!?」
ルイズが、えへんと胸を張る。
「本気で言ってるのか、ヴァリエール?」
風見は、普段ルイズの部屋ではなく、コルベールの部屋に居候している。
だから、今では、ハルケギニアの世情に、少しは詳しくなっている。そして、彼の知識によると、いまアルビオンは確か……。
「当たり前でしょう! こんな名誉ある任務をお断りするバカがどこにいるの!?」
ルイズが、えへんと胸を張る。
まあ、その気持ちは、風見にも分からないではない。
幼馴染みとはいえ、王家の象徴たる姫殿下が、自分を頼ってくれた事が、ルイズにとっては誇らしくてたまらないのだろう。
だから、コルベールを通じて、自分を呼び出したルイズが、嬉々として、王女に個人的な任務を命じられたことを話されたとき、風見は純粋にルイズのために喜んでやった。
……ルイズが、その“任務”の内容について話し出すまでは。
幼馴染みとはいえ、王家の象徴たる姫殿下が、自分を頼ってくれた事が、ルイズにとっては誇らしくてたまらないのだろう。
だから、コルベールを通じて、自分を呼び出したルイズが、嬉々として、王女に個人的な任務を命じられたことを話されたとき、風見は純粋にルイズのために喜んでやった。
……ルイズが、その“任務”の内容について話し出すまでは。
「気に入らんな」
風見の態度に腹を立てたのだろう。ルイズの傍らにいた、美髯の貴族が、切り込むように言った。
ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド子爵。
メイジの花形である王宮魔法衛士隊の一つ、グリフォン隊の隊長。アンリエッタが一行の護衛にと、直々に命を下した“風”のスクウェア・メイジであり、そしてルイズ・ラ・ヴァリエールの許婚者……。
「君は、使い魔のくせに、主が名誉の任務を与えられた事に不服なのか?」
風見の態度に腹を立てたのだろう。ルイズの傍らにいた、美髯の貴族が、切り込むように言った。
ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド子爵。
メイジの花形である王宮魔法衛士隊の一つ、グリフォン隊の隊長。アンリエッタが一行の護衛にと、直々に命を下した“風”のスクウェア・メイジであり、そしてルイズ・ラ・ヴァリエールの許婚者……。
「君は、使い魔のくせに、主が名誉の任務を与えられた事に不服なのか?」
しかし風見は、そんなワルドの想像を絶した返答を、こともなげに返す。
「当たり前だ。お前らの名誉など、俺には関係ない」
「なっ……!?」
自分を真っ直ぐ見つめて、そう言い返す『平民』に、ワルドは呆気にとられ、思わずルイズを見る。
見られた彼女は、非常に済まなさそうな表情で、小さくワルドに謝る。
「当たり前だ。お前らの名誉など、俺には関係ない」
「なっ……!?」
自分を真っ直ぐ見つめて、そう言い返す『平民』に、ワルドは呆気にとられ、思わずルイズを見る。
見られた彼女は、非常に済まなさそうな表情で、小さくワルドに謝る。
――そんな二人の貴族の様子が、壁にもたれて座り込んだ才人には、非常に、気に食わなかった。
さっきまで才人は、ルイズと二人、とてもいい雰囲気だったのだ。
オーケストラも照明効果も無い、寒夜の校庭だったが、才人とルイズにとっては、何にも勝るロマンチックなダンスパーティ。
そして、部屋に帰ってからも、そのムードが続けば、――いかに不器用な才人であっても――行けるとこまで行けちゃうかも知れない。
そんな淡い期待もあったのだが……その夢は、あっさり潰えた。
それはもう、見事なまでに。
部屋で彼らを待っていたお姫様――アンリエッタが、彼女に持ち込んだ依頼。
それを聞いたルイズは、もはや才人の事など忘れたかのごとく、舞い上がってしまったのだ。
オーケストラも照明効果も無い、寒夜の校庭だったが、才人とルイズにとっては、何にも勝るロマンチックなダンスパーティ。
そして、部屋に帰ってからも、そのムードが続けば、――いかに不器用な才人であっても――行けるとこまで行けちゃうかも知れない。
そんな淡い期待もあったのだが……その夢は、あっさり潰えた。
それはもう、見事なまでに。
部屋で彼らを待っていたお姫様――アンリエッタが、彼女に持ち込んだ依頼。
それを聞いたルイズは、もはや才人の事など忘れたかのごとく、舞い上がってしまったのだ。
――まあ、それはいい。
『ゼロ』と呼ばれて久しいルイズが、いかに“名誉”に飢えているか、才人は知ってしまっている。
だが、気に入らないのは、お姫様が連れてきた――ワルドとかいう男だった。
一目で分かるモテ男オーラを発散する、精悍な美男子。
彼を見た瞬間、ルイズが目を潤ませて頬を染め、声を上ずらせて眩しそうに視線を逸らし、つまり今まで才人に全く見せた事のない表情をしたのだ。
いくら彼が、二次元の女性しか知らない鈍感でも、ここまで露骨だったらバカでも分かる。
『ゼロ』と呼ばれて久しいルイズが、いかに“名誉”に飢えているか、才人は知ってしまっている。
だが、気に入らないのは、お姫様が連れてきた――ワルドとかいう男だった。
一目で分かるモテ男オーラを発散する、精悍な美男子。
彼を見た瞬間、ルイズが目を潤ませて頬を染め、声を上ずらせて眩しそうに視線を逸らし、つまり今まで才人に全く見せた事のない表情をしたのだ。
いくら彼が、二次元の女性しか知らない鈍感でも、ここまで露骨だったらバカでも分かる。
これは、恋する少女の表情だ。
しかも、ただの恋ではない。好意と憧憬が組み合わさった、第三者には、ほぼ介入の余地が無い恋愛感情。
名門に生まれ、他人を無意識に見下す少女が、『見上げる』形で表現する愛情表現。――いうなれば“恋慕”というべき感情。
しかも、ただの恋ではない。好意と憧憬が組み合わさった、第三者には、ほぼ介入の余地が無い恋愛感情。
名門に生まれ、他人を無意識に見下す少女が、『見上げる』形で表現する愛情表現。――いうなれば“恋慕”というべき感情。
そして――その青年が、ルイズの許婚者であると聞いた時、才人は、足元がガラガラと崩れていくのを感じた。
無論、崩壊したのは地面や床ではない。
これまでルイズとの間に築いてきたはずの、絆のようなものが、である。
しかも、その貴族が、将来を嘱望されるエリート・メイジだと聞いた日には。
無論、崩壊したのは地面や床ではない。
これまでルイズとの間に築いてきたはずの、絆のようなものが、である。
しかも、その貴族が、将来を嘱望されるエリート・メイジだと聞いた日には。
「もう一度、状況を整理するぞヴァリエール」
「好きになさいよ」
ルイズは、そっぽを向く。
“名誉”を解さぬ使い魔が、婚約者の前で自分に恥をかかせた事が、少女を苛立たせるのだろうが、風見は無論、彼女のそんな自尊心など意にも介さない。
ルイズは、そっぽを向く。
“名誉”を解さぬ使い魔が、婚約者の前で自分に恥をかかせた事が、少女を苛立たせるのだろうが、風見は無論、彼女のそんな自尊心など意にも介さない。
「王女の命令とやらを平たく言えば、こうなる」
「内戦の真っ只中にあるアルビオンに出向き、レコン・キスタと名乗る反乱軍に包囲された篭城中の城に忍び込み――」
「侵入者である自分たちを信用させ、国交断絶を一方的に宣告した上で、手紙の返還を交渉し――」
「そして、再び包囲軍を突破し、制空権を支配された浮遊大陸から、無事に手紙を持ち帰る――」
「しかも、王女の個人的な極秘任務のため、国からの正式な紹介状は勿論、必要経費すら与えられず、王宮からの援軍は、このワルド子爵ただ一人のみ――」
「以上で間違いはないか?」
才人は、あんぐりと口を開けていた。
なんだそりゃ……!?
アンリエッタが喋っている時は、ワルドとルイズに対する妙な絶望感で、ほとんど話を聞いていなかったが、――こうやって聞くと、身の毛もよだつ話だ。
そんな任務を――いかに信用できる幼馴染みだからとはいえ――魔法学院の劣等生に命令するオヒメサマとやらに、才人は恐怖さえ覚えた。
そして、それを“名誉”だと言ってはばからないルイズにも。
そう思い、ちらりとルイズを見た才人は、さらに唖然とする。
なんだそりゃ……!?
アンリエッタが喋っている時は、ワルドとルイズに対する妙な絶望感で、ほとんど話を聞いていなかったが、――こうやって聞くと、身の毛もよだつ話だ。
そんな任務を――いかに信用できる幼馴染みだからとはいえ――魔法学院の劣等生に命令するオヒメサマとやらに、才人は恐怖さえ覚えた。
そして、それを“名誉”だと言ってはばからないルイズにも。
そう思い、ちらりとルイズを見た才人は、さらに唖然とする。
ルイズは――真っ青になっていた。
風見に、無理やり話を“整理”され、自分が安請け合いした任務が、いかに困難に満ちたものかを、ようやく自覚したらしい。
(……ってか、分かってなかったのかよ、お前!!)
才人は、そんなルイズの性格にも、かなりドン引きだったが、同時に安心もした。
ルイズが、その任務の困難さを全て理解した上で、嬉々として命令を受けたのだったら、彼女の価値観は、あまりにも才人と異質すぎる事になる。
彼は、自分が惹かれつつある少女の、そんな理解を絶した一面を見たくは無かった。
風見に、無理やり話を“整理”され、自分が安請け合いした任務が、いかに困難に満ちたものかを、ようやく自覚したらしい。
(……ってか、分かってなかったのかよ、お前!!)
才人は、そんなルイズの性格にも、かなりドン引きだったが、同時に安心もした。
ルイズが、その任務の困難さを全て理解した上で、嬉々として命令を受けたのだったら、彼女の価値観は、あまりにも才人と異質すぎる事になる。
彼は、自分が惹かれつつある少女の、そんな理解を絶した一面を見たくは無かった。
「きゃはははは!! コイツぁひで~や! おい、貴族の娘っ子!! オメエ実は、お姫様に恨まれてるって事はねえかぁ!?」
やぶれかぶれな笑い声を上げるデルフリンガーに、ルイズがぎょっとしたような反応を見せる。
「なっ、なに言い出だすのよ、この錆び刀!!」
「だってよぉ、オレにはこの仕事、オメエに『死ね』っつってるようにしか聞こえねえぜ?」
やぶれかぶれな笑い声を上げるデルフリンガーに、ルイズがぎょっとしたような反応を見せる。
「なっ、なに言い出だすのよ、この錆び刀!!」
「だってよぉ、オレにはこの仕事、オメエに『死ね』っつってるようにしか聞こえねえぜ?」
「やめろデルフ!!」
才人は、あわてて剣を無理やり鞘に収めたが、もはや場の空気は収拾しようが無い。
彼はもはや、ルイズがどんな表情をしているか、確認する勇気さえなかった。
なにせ、この剣が言った事は、この場にいる全員が等しく思っているはずのことだからだ。
いや、全員……?
才人は、あわてて剣を無理やり鞘に収めたが、もはや場の空気は収拾しようが無い。
彼はもはや、ルイズがどんな表情をしているか、確認する勇気さえなかった。
なにせ、この剣が言った事は、この場にいる全員が等しく思っているはずのことだからだ。
いや、全員……?
「そうだ。それが我らの任務だ」
ワルドが、――彼だけは全く動じた様子も見せず、そう応えた。
そうなのだ。
この貴族だけは、任務の内容も何もかも承知の上で、ここにいるはずなのだ。
にもかかわらず、何故そんな顔が出来るのだろう。
格好つけてるだけ、じゃ、ない、のか……?
「大丈夫だルイズ、心配するには及ばない。君のことはぼくが守る。たとえ命に代えてもだ」
「子爵様……!!」
ワルドが、――彼だけは全く動じた様子も見せず、そう応えた。
そうなのだ。
この貴族だけは、任務の内容も何もかも承知の上で、ここにいるはずなのだ。
にもかかわらず、何故そんな顔が出来るのだろう。
格好つけてるだけ、じゃ、ない、のか……?
「大丈夫だルイズ、心配するには及ばない。君のことはぼくが守る。たとえ命に代えてもだ」
「子爵様……!!」
ルイズが、そう言われて頬を再度赤らめた時、才人は無性に腹が立った。
なぁ~にが『ぼくが守る』だ! 無責任なこと言いやがって!!
守りきる前に、肝心のお前が殺されちまうケースを考えないのかよ!?
戦場で、ルイズが独り、取り残されちまったら、どうする気なんだ!?
なぁ~にが『ぼくが守る』だ! 無責任なこと言いやがって!!
守りきる前に、肝心のお前が殺されちまうケースを考えないのかよ!?
戦場で、ルイズが独り、取り残されちまったら、どうする気なんだ!?
そう思った瞬間、才人はふと、一つの疑問が頭をもたげるのを感じた。
「なあ、ルイズ」
「――え?」
ワルドと見つめ合って頬を染めていたルイズは、弾かれたように、その照れた顔を才人に向ける。
――そんな彼女の様子が、ますます才人の癇に障る。だから必要以上に声に毒が込もった。
「なあ、ルイズ」
「――え?」
ワルドと見つめ合って頬を染めていたルイズは、弾かれたように、その照れた顔を才人に向ける。
――そんな彼女の様子が、ますます才人の癇に障る。だから必要以上に声に毒が込もった。
「なんでお前が行かなきゃならないんだ?」
「なによそれ、どういう意味よ……!!」
ルイズの額に険が走る。
返答次第じゃ、許さないと言いたげな目の色だ。
だが、それ以上にイラついていた才人は、言葉を選ばなかった。
ルイズの額に険が走る。
返答次第じゃ、許さないと言いたげな目の色だ。
だが、それ以上にイラついていた才人は、言葉を選ばなかった。
「だから――わざわざ、お前が行かなきゃならない理由が分からねえって言ってるのさ。そっちの護衛役の貴族サマが一人で行った方が、よっぽど成功率は高いだろう?」
「なっ……なんですってぇ!?」
「なっ……なんですってぇ!?」
やばい!! やばいやばいやばいやばい!!
脳が、ボリュームを最大にして、警報を鳴らす。
これ以上は喋るな。これ以上喋ると、地雷に触れる!! 絶対に触れちゃあいけない核地雷に!!
しかし、彼の理性はすでに、引っ込みのつかない嫉妬で破壊されてしまっていた。
脳が、ボリュームを最大にして、警報を鳴らす。
これ以上は喋るな。これ以上喋ると、地雷に触れる!! 絶対に触れちゃあいけない核地雷に!!
しかし、彼の理性はすでに、引っ込みのつかない嫉妬で破壊されてしまっていた。
「魔法が使えないお前が一緒に行っても、ぶっちゃけ、邪魔になるだけじゃねえか。そうだろ?」
その瞬間、才人の身体は吹き飛んでいた。
魔法で喰らったダメージとは全く違う、骨の髄までずしんと響く一撃。
その一発のおかげで意識が飛び、壁に叩きつけられたおかげで、その意識が回復する。
あとに残されたのは、切れた唇に折れた歯。
才人は、自分が殴られたことに気付いた。
殴ったのは、無論ルイズではない。ワルドとかいう彼女の婚約者だ。
魔法で喰らったダメージとは全く違う、骨の髄までずしんと響く一撃。
その一発のおかげで意識が飛び、壁に叩きつけられたおかげで、その意識が回復する。
あとに残されたのは、切れた唇に折れた歯。
才人は、自分が殴られたことに気付いた。
殴ったのは、無論ルイズではない。ワルドとかいう彼女の婚約者だ。
「平民、貴様は言ってはならぬ事を言った。――もう一度同じ事をほざいてみろ!! 二度と、まともな口が利けない身体にしてやるぞっ!!」
怒ってるよ、この大将。
まあ、当然か? 確かに、こいつの言う通り、一番言っちゃあならねえトコロを言っちまったからなぁ……。
フィアンセとしちゃあ、一発くらいブン殴りたくもなるよなあ。
まあ、当然か? 確かに、こいつの言う通り、一番言っちゃあならねえトコロを言っちまったからなぁ……。
フィアンセとしちゃあ、一発くらいブン殴りたくもなるよなあ。
そう思った瞬間、才人は自分のコンディションを思い出した。
全身数箇所に負った火傷と、度重なる無理な運動で、限界が近付きつつあったことを。
その瞬間、痛みがぶり返した。
しかし、この場で苦悶のうめきを上げることは、嫉妬によって歪まされた、彼の矜持が許さなかった。
そこにワルドがいたから。
そして、ワルドのさらに後ろに、ルイズが見えたから。
才人は、……立ち上がった。
全身数箇所に負った火傷と、度重なる無理な運動で、限界が近付きつつあったことを。
その瞬間、痛みがぶり返した。
しかし、この場で苦悶のうめきを上げることは、嫉妬によって歪まされた、彼の矜持が許さなかった。
そこにワルドがいたから。
そして、ワルドのさらに後ろに、ルイズが見えたから。
才人は、……立ち上がった。
「なんだその目は? いまの暴言を取り消すつもりは無いとでも言いたげだな?」
そう言いながらワルドが、つかつかと才人に近付く。
「待って、子爵様!」
ルイズが才人とワルドとの間に、割って入る。しかし、彼女が才人の身体に僅かに触れた瞬間、少年の全身に電撃を浴びたような激痛が走った。
そう言いながらワルドが、つかつかと才人に近付く。
「待って、子爵様!」
ルイズが才人とワルドとの間に、割って入る。しかし、彼女が才人の身体に僅かに触れた瞬間、少年の全身に電撃を浴びたような激痛が走った。
「~~~~~~~~~っっっ!!!!」
思わずうずくまる才人。
「サイト……!? 大丈夫サイト!!」
「うるせえ触るなっ!!」
ルイズは、痛みに悶える才人に手を差し伸べようとしたに過ぎない。だが彼は、そんな少女を突き飛ばし、思わず、そう叫んでしまったのだ。
「サイト……!? 大丈夫サイト!!」
「うるせえ触るなっ!!」
ルイズは、痛みに悶える才人に手を差し伸べようとしたに過ぎない。だが彼は、そんな少女を突き飛ばし、思わず、そう叫んでしまったのだ。
それは反射行為だった。傷口に触れようとする他者に対し、無意識が命じた防衛本能。
――だが、“絵”としては、これ以上ないほどに象徴的だった。
少女に対する、少年の峻厳なまでの『拒絶』。
当然、才人は次の瞬間に、自分の行動がとった意味を理解し、何かを言わんとする。
いまのは違う。いまの言動に意味はない。おれに、お前を拒絶する意思はない、と。
が、その瞬間、部屋に響いたワルドの声が、その声を掻き消した。
――だが、“絵”としては、これ以上ないほどに象徴的だった。
少女に対する、少年の峻厳なまでの『拒絶』。
当然、才人は次の瞬間に、自分の行動がとった意味を理解し、何かを言わんとする。
いまのは違う。いまの言動に意味はない。おれに、お前を拒絶する意思はない、と。
が、その瞬間、部屋に響いたワルドの声が、その声を掻き消した。
「平民、やはり貴様もルイズを侮るのか」
愕然とワルドを振り返る才人。だが、そこにいたルイズの婚約者は、むしろ沈鬱な声で、才人に止めを刺す。
「貴様も使い魔の端くれならば、主が『ゼロ』という蔑称に、どれだけ心痛めているか、百も承知であろう。にもかかわらず、貴様は……!!」
「貴様も使い魔の端くれならば、主が『ゼロ』という蔑称に、どれだけ心痛めているか、百も承知であろう。にもかかわらず、貴様は……!!」
――違う!! おれはそんなつもりはない!! おれはただ……!!
だが、才人のその言葉も、ルイズの目を見た途端に、彼の咽頭で自壊してしまう。
だが、才人のその言葉も、ルイズの目を見た途端に、彼の咽頭で自壊してしまう。
「そう、――やっぱりそうだったのね……!!」
彼女の目は、怒っていた。
それは、短気なルイズが、これまで見せた事のないほどの深度の怒り。
そんな目を見せられては、もう才人に吐ける言葉は、この世に存在しなかった。
それは、短気なルイズが、これまで見せた事のないほどの深度の怒り。
そんな目を見せられては、もう才人に吐ける言葉は、この世に存在しなかった。
「結局、なんだかんだ言って、――あんたもわたしのことをバカにしてたのね……? 貴族のくせに魔法も使えない『ゼロ』だって。何も出来ないくせに主ヅラした、鼻持ちならないチビだって。――そうなのね……!!」
「……ちがう……」
「あんたは……あんただけは違うって思ってたのに……、やっぱり他の奴らと同じだったのね!!」
「違うんだルイズ!! 聞いてくれ――」
「出て行って!! いますぐここから出て行って!! 二人とも、二度とわたしの前に顔を見せないでっ!!」
「……ちがう……」
「あんたは……あんただけは違うって思ってたのに……、やっぱり他の奴らと同じだったのね!!」
「違うんだルイズ!! 聞いてくれ――」
「出て行って!! いますぐここから出て行って!! 二人とも、二度とわたしの前に顔を見せないでっ!!」
「わかったよ……」
才人は、そう呟くと、うつむいたまま、扉の向こうに姿を消した。それこそ、主に見捨てられた犬のような表情をして。
ルイズは、それこそ悪鬼のような表情で、才人を睨み付けていたが、彼の背が、そのまま部屋を出てゆくのを確認した途端、ベッドに突っ伏して泣き始めた。
それはまさに、号泣と呼ぶに相応しい慟哭だった。
才人は、そう呟くと、うつむいたまま、扉の向こうに姿を消した。それこそ、主に見捨てられた犬のような表情をして。
ルイズは、それこそ悪鬼のような表情で、才人を睨み付けていたが、彼の背が、そのまま部屋を出てゆくのを確認した途端、ベッドに突っ伏して泣き始めた。
それはまさに、号泣と呼ぶに相応しい慟哭だった。
風見は、そんな少年少女のドラマに、疲れたような溜め息をつくと、しばらく一人にさせてやろうという視線で、ワルドを誘い、廊下に出た。
「まったく――困った事をしてくれたな。おかげでぼくは、一晩中ルイズを慰めねばならなくなった。どうやら今宵は眠れそうもないよ」
さっきまでの荘重な怒りはどこへやらといった風で、何事も無かったように軽口を叩いてくるワルドに、風見はやや戸惑いを覚える。
「あんたは、俺が気に入らないんじゃなかったのか?」
「はは……、そんな事はないさ。これでもぼくは、――さっきの少年はともかく――君らを買っているんだよ。あの『土くれのフーケ』を首尾よく捕らえたという、君たちルイズの使い魔をね」
「……」
「さっきの君の意見、あれはなかなか鋭い指摘だったよ。だからといっては何だが、おそらくフーケを捕らえる主軸となったのは、君なんだろう?」
「……いまは、そんな話をしている時ではないはずだ」
「ごもっとも。――で、何か話があったんじゃないのかい?」
「ああ。――あんたには、正直なところ、腹を割って話を聞きたいと思ってな」
「話?」
「今回のこの一件、成算はあるのか?」
さっきまでの荘重な怒りはどこへやらといった風で、何事も無かったように軽口を叩いてくるワルドに、風見はやや戸惑いを覚える。
「あんたは、俺が気に入らないんじゃなかったのか?」
「はは……、そんな事はないさ。これでもぼくは、――さっきの少年はともかく――君らを買っているんだよ。あの『土くれのフーケ』を首尾よく捕らえたという、君たちルイズの使い魔をね」
「……」
「さっきの君の意見、あれはなかなか鋭い指摘だったよ。だからといっては何だが、おそらくフーケを捕らえる主軸となったのは、君なんだろう?」
「……いまは、そんな話をしている時ではないはずだ」
「ごもっとも。――で、何か話があったんじゃないのかい?」
「ああ。――あんたには、正直なところ、腹を割って話を聞きたいと思ってな」
「話?」
「今回のこの一件、成算はあるのか?」
「……ある」
だが、――とワルドは付け加えた。
「その詳細を言うわけにはいかない。君たちは既に、ルイズによって一行から外されてしまった身だからね。策は密なるを以ってよしとする。“部外者”に、機密を洩らすわけにはいかないさ」
「“部外者”、か……」
風見は、思わず苦笑する。
「ああ、気に障ったら許してくれ。――ともかく、ルイズはぼくが守る。なにしろ彼女は、我が愛しの婚約者だからね。君たちも、大船に乗った気分でいてくれたまえ」
だが、――とワルドは付け加えた。
「その詳細を言うわけにはいかない。君たちは既に、ルイズによって一行から外されてしまった身だからね。策は密なるを以ってよしとする。“部外者”に、機密を洩らすわけにはいかないさ」
「“部外者”、か……」
風見は、思わず苦笑する。
「ああ、気に障ったら許してくれ。――ともかく、ルイズはぼくが守る。なにしろ彼女は、我が愛しの婚約者だからね。君たちも、大船に乗った気分でいてくれたまえ」
その笑顔には、確信があった。
風見は、何故ワルドが、この危険な任務に、そこまで確信をもてるのか分からなかったが、……それでも、彼の言葉と表情は、風見から不安を奪った。
「本当に、俺たちがついていかなくていいんだな?」
その言葉を聞いて、今度はワルドが苦笑する。
「いまさら、ルイズが君たちの同行を許すとは思えんよ。彼女を心配してくれるのは嬉しいが、――まあ、任せてくれたまえ」
風見は、何故ワルドが、この危険な任務に、そこまで確信をもてるのか分からなかったが、……それでも、彼の言葉と表情は、風見から不安を奪った。
「本当に、俺たちがついていかなくていいんだな?」
その言葉を聞いて、今度はワルドが苦笑する。
「いまさら、ルイズが君たちの同行を許すとは思えんよ。彼女を心配してくれるのは嬉しいが、――まあ、任せてくれたまえ」
翌朝、払暁――ルイズは校庭に降り立った。
ワルドの騎乗するグリフォンに乗って、出立するために。
彼女は、その瞬間、何かを訴えるような目で、母校を見つめたが、――やがて、決意したように振り返り、ワルドに言った。
ワルドの騎乗するグリフォンに乗って、出立するために。
彼女は、その瞬間、何かを訴えるような目で、母校を見つめたが、――やがて、決意したように振り返り、ワルドに言った。
「行きましょう子爵様。アルビオンへ」
だが、彼女の傍らに、その使い魔たちの姿はない。