あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

もう一人の『左手』-17


<フリッグの舞踏会から7時間30分前>

 途端に客席がざわめく。
 なに、あいつ? 一体何をする気なんだ? ってか、あいつ平民だろ? 自分が王族に口を利ける身分と思ってるのか?
 そういう声が会場に溢れる。
 見ると、ギトーやシュヴルーズが、いや、アンリエッタの近侍らしい金髪の女性も、真っ青になって舞台へ向かっている。
 無断の闖入者である才人をつまみ出す気らしい。

 しかし、才人はまったく動じない。
 傍らに突き立てた剣を振り返ると、
「そして、こいつがおれの相方。インテリジェンス・ソードのデルフ君です。――デルフ君、挨拶」
「どっ、どうも、インテリのデルフリンガーです。……って、本当にやる気かよ相棒?」

 デルフの声が震えている。
 どうやら、才人に比べて、剣の方はまだ覚悟が決まっていないようだ。
 しかし才人は、そんなデルフの戸惑いに付き合う気は、皆無なようだった。

「インテリのって何やねん? キミ、そんなに頭よさげに見えへんで?」
「そっ、そんなこたぁねえぜ! これでもオレぁ6000歳よ!!」
「ほぉ、そらすごいなぁ。でもキミ、剣やんか。どっちがアタマやねん」
「ええっ!? ――いや、まあ、多分……柄?」
「って、なんで疑問文やねん!」


 くっ……。


 アンリエッタがうつむいた。

 ギトーもシュヴルーズも、そしてアニエスも動きを止めた。
 オスマンも、コルベールも、――いや、この場にいた全ての人間が、アンリエッタを凝視した。

 彼女は、依然として苦しげに、小さな肩を震わせている。
 そして、その震えは、徐々にだが、確実に大きくなっていった。
「殿下……?」
 彼女の隣に素早く戻ったアニエスが、この空間のすべての者を代弁して、王女の様子をうかがう。
――が、その心配は、結果から言うと、杞憂だった。


「くっくっくっくっ……!!」


 笑っている……!!
 アンリエッタ姫殿下が、あのナメた漫才に、笑っていらっしゃる!!
 観客席も来賓席も、彼女の意外なばかりの反応に、驚愕していた。

 無論、才人は、来賓席で行われている、そんな珍妙なドラマは知らない。
 彼は、客席すら意識せず、傍らの“相方”とのやりとりに必死だったからだ。
 そして、その頃になると、デルフも雰囲気に慣れたのか――あるいは、やぶれかぶれになっただけかも知れないが――台詞を噛むことも無くなり、やりとりも滑らかになっていった。


「でも、相棒、おめえもちょっと考えろよ。いくら何でもおかしいと思わねえのか?」
「何がいな?」
「普通は剣を一本ぶら下げて、舞台に出てきたら、やる事は決まってるだろ? 剣舞とか試し斬りとかよ」
「剣舞?」
「ってか、――普通、漫才はねえだろ、漫才は!!」
「そないに怒りなやデルフ君。――ほな、キミが言うところの剣舞とか、挑んでみよか?」
「おう、まずこう、曲に合わせて……って、何やってんだい相棒?」
「いや、ほんならまず、キミが唄ってくれへんかったら、始められへんしやな」
「って、オレ担当かい!!」

 くふっ、くっくっくっくっくっ……くふふふふふっっ……!!

 いまやアンリエッタは、笑いをこらえてはいなかった。
 いや、それでも本人は、必死になってガマンしているつもりなのかも知れないが、それでも、来賓席に突っ伏して、腹をよじるようにして笑い続けるプリンセスに、周囲の人間も、どうしていいか分からなくなっていた。

――だって、コレ、面白いか……?

 それが、まさしくアンリエッタ以外の、この場に存在する全ての人間の統一見解であったろう。
 しかし、こう言っては何だが……彼らに、アンリエッタの気持ちは分からないのは、ある意味当然と言えた。

 退屈極まりない“芸”を延々と見せられ続け、それ以上に、一観客として舞台に集中できない事情を抱えた、いまのアンリエッタにとって、生半可な“芸”は、あくびを噛み殺す労力を生み出すだけの、無意味なものに過ぎない。

 人間と剣との漫才という、これ以上は無いくらい意味不明なシュール芸。にもかかわらず、必死になればなるほど空回りを続けるスベリ芸。そして、そんな彼らに反応しているのが自分だけで、周りは果てしなく戸惑うだけという、死の温度差。
 つまり彼女は、漫才が面白くて笑っているわけではない。
 むしろ、彼らのスベリっぷりと、周囲の戸惑いこそが、絶妙な笑いのツボにはまってしまったのだ。

「でも、デルフ君、おれ、めっちゃ音痴やで?」
「構いませんから! 歌って、剣が唄うもんじゃないですから!! 人間が唄うもんですから!!」
「でも、おれ、あんまり曲とか知らへんし」
「ああ! ぐだぐだ言わんと、早く唄いなっ!!」
「ええっと……、みっちゃん、みちみちウンコ垂れて。紙が無いから手で拭いて――」
「ゴラァッ!! やめんかバカタレぇっ!!」

――結局、こんな調子で3分間、剣と少年はやり尽くした。

「もう、キミとはやってられへんわ」
「ええ加減にしなさい」
「――ありがとうございましたぁっ!!」
 舞台上から一礼すると、そのまま才人は、剣を掴んで背を見せ、舞台袖に引っ込み、そして……観客席は騒然となった。

「……ええ、あの、それでは――とりあえず、閉会の挨拶を……」
 オスマンが、汗を拭きつつ、しどろもどろになりながらも、先程中断された閉会の挨拶をしようとしている。……だが、そんなものを聞いている者は、もはやこの場には、誰一人としていなかった。


<フリッグの舞踏会から7時間前>

「いぬぅぅっっ!!」

 ルイズは、自分の部屋のドアを蹴り開けた。
 そこには、誰もいない。
 どこ!? あいつは一体どこにいるの!?
 廊下に飛び出す。
 耳を澄ます。――声が……聞こえる? それも、男女が忍びやかに笑う声が。

「そこかぁっ!!」

 ルイズは、声の聞こえた隣室……キュルケの部屋の扉を爆破し、室内に踏み込んだ。

「ちょっ、ちょっと、……なに? 一体なんの真似なのルイズ!?」
 そこには、ベビードール一枚になったキュルケが、ルイズの知らない少年と、ベッドの上で固まっていた。……その幼い顔立ちからして、彼はどうやら一年生のようだ。
 そういえば、品評会に参加できる使い魔を、いまだ召喚していない新入生は、品評会の鑑賞は、自由だったような……まあ、どっちでもいい。
 才人がいない以上、こんな部屋に用は無い。

「キュルケ、あんた、あのバカ犬見なかった?」
「バカイヌ?」
「サイトよ! 決まっているでしょう!!」
「知らないわよ。あたしは、自分の順番が終わったら、とっとと部屋に帰って来ちゃったから。で、――サイトがどうかしたの?」
「知らなきゃ……まあ、いいわよ」
 ルイズが唇を噛みしめながら、きびすを返す。が、ドアを出たところでくるりと振り返ると、
「あのバカ見かけたら言っといて!! わたしがメチャクチャに怒ってたって!!」

「あの、ミス・ツェルプストー?」
「なぁに?」
「あの……いったい何がどうなってるんです?」
「分からないわよ、そんなこと。……まあ、サイトが何かしたんでしょうけど」
「じゃあ、その……何で服を着ていらっしゃるんです?」
「何でって……決まってるでしょ?」

「あたしは、自分の修羅場も嫌いじゃないけど、他人の修羅場はもっと好きなのよ」

 そう言い切ると、キュルケは制服の上からマントを羽織り、
「じゃ、お名残惜しいけど、今日はここまでにしましょ? 楽しかったわ」
 束の間の恋を楽しませてもらった、年下の坊やに、キュルケは艶然と微笑んだ。


(いたぁ~~~っ!!)

 ルイズが捜し求めた標的を発見したのは、それから間もなくだった。
『アルヴィーズの食堂』近くの塔の壁に、何人かが集まっているのが見えたのだ。
 そこにいたメイドは一言二言何かを言うと、そのまま食堂の方へ走り去ってしまったが、その時、ルイズには見えた。壁にもたれて座り込んだ、見覚えのあるパーカーが。
 ギーシュとモンモランシーと、メイドという謎な組み合わせが気にはなったが、ルイズは取り敢えず、そこから先の理性的思考はしない事にし、乗馬鞭を振り上げて、彼らの中に割って入るが……。

 果たせるかな、才人は確かにそこにいた。
 しかし、……壁にもたれ、深くうずくまったその姿は、もう一歩も動けなさそうに見えた。

「サイト……?」

 どう贔屓目に見ても、普通の状態ではない。
 顔面は真っ赤に紅潮し、目線はうつろに定まらず、滝のような汗を流しているくせに、がたがたとマラリアのように震えている。
 その瞬間、ルイズは思い出した。
 この少年は、舞台上でこそ元気溌剌に見えたが、――その実、とてもそんな体調ではなかった事を。

「この……このバカっ!! 何であんたはいつもいつも、そんなムチャばかりするのよっ!!」
 そう叫びながら、肩を貸そうと、才人の隣に腰を下ろすが、
「よせっ、貴族の娘っ子!!」
「~~~~~~~~っっ!!」

 ルイズが、その手を彼に触れさせた瞬間、才人は口から泡を吹き出さんばかりの悲鳴をあげ、その場に倒れ込んでしまった。
「サイト……サイトォッ!!?」
「やめろ娘っ子、相棒に触るなっ!!」
 その時初めて、ルイズは自分に制止の声をかけているのが、傍らに立てかけられた一本の剣だと気付いた。たしか、昨日自分が買ってきた、インテリジェンスソードの……。
「全身の傷が、化膿しちまってるんだ。傷を負っていない箇所に触れても、結果として皮膚を引っ張っちまうから、どこを触られても、コイツは痛みしか感じねえ」

 少女は呆然とした。



「ここに倒れてたんだよ。多分、医務室に戻ろうとしてたんじゃないかな……」

 ギーシュが口を開く。
「寮に帰る前に紅茶でも飲もうかって、ここまで来て、そこで、その剣が騒いでいるのを聞いたんだ。それで、近くを通りかかったメイドを呼んで……」
 その後を、モンモランシーが引き継ぐ。
「びっくりしたわよホント。ついさっきまで、一人で舞台を独占して、やりたい放題だったのに、――まさか、こんな状態だったなんて……!!」
 そう呟くように話す彼女に、以前の決闘騒ぎの時の酷薄さは感じられない。

「――あ、あの皆さん、どいてください! 水をお持ちしました!!」
 メイドが走って現れ、その水差しを才人の口元に差し出そうとするが、ルイズはその手を遮った。
「ありがとう。でも、――コイツはわたしの使い魔なの。だから、わたしにやらせて」
「……は、はい」
 穏やかではあるが、有無を言わさぬ口調でそう言うと、ルイズは水差しを受け取り、地べたに横たわった少年の口元に、それを差し出した。

「さあ、サイト、飲みなさい。――冷たくておいしいわよ」

 一口、二口、……。
 才人の喉が鳴り、僅かだが、瞳に力が戻る。

「――よう、ルイズ……」
「……っ!! この、ばかっ! バカ犬っ! ムチャするなって、あれほど言ってあったのに! それもあんな――あんな下らないマンザイのためなんかに!!」
「ひでえな……。これでもアタマひねったんだぜ。極力キズに負担をかけず、それでいて、人間にしか出来ねえ“芸”は無えかってな……」
 才人は、苦痛をこらえるように苦笑いすると、デルフに手を伸ばし、それを杖代わりに無理やり体を起こし、先程までの壁にもたれて座った姿勢に戻る

「だっ、ダメよサイトっ!! 無理しちゃ、また火傷が――」
「平気さ。コイツを握ると……なんでか痛みが薄れるんだ」
 見ると、左手のルーンが不気味な光を放っている。コルベールから詳細は聞いていないが、たしかに風見が、この“ガンダールヴのルーン”には、そんな力があると言っていた。
「でも、だからって……」
「ルイズ」
「なによ!?」


「迷惑、だったか……?」


 彼女は、こらえた。
 涙を。震えを。歓喜を。憤怒を。慟哭を。――その他もろもろの、あらゆる感情が入り混じった、巨大な内なるエネルギーのカタマリを。
 そして、懸命に、その内なるカタマリを黙らせると、ぽつりと言った。


「――最高の、ステージだったわよ……この、ばか……!!」


 才人は、それを聞くと、誇らしげに笑い、――そのまま目を閉じた。


「やべえ、どうやらオチやがった。――おい、しっかりしろ相棒っ!!」

「大丈夫、どうやら命に別状は無いみたいだから、いまのうちに医務室に運べば何とかなるわ!!」
 そう言いながら、いつの間にか現れたキュルケが、『レビテーション』で才人を浮かべる。

「メイド! あんたは一足先に医務室に行って、先生にありったけの秘薬を準備させて! がたがた言われたら――」
 そこでキュルケは、ちらりとルイズに悪戯っぽい視線を送ると、
「支払いは全額ヴァリエール公爵家が持つって言いなさい! それで先生の顔色も変わるわ!」
「はっ、はいっ!!」
「モンモランシー、あんたはこっちに付き合って! “水”のメイジが一人でも必要なの。“火”のあたしじゃ役に立たないのよ!」
「えっ、……ええ!」
 キュルケの勢いに飲まれ、思わずモンモランシーがうなづく。
「ギーシュ! あんたはあたしについて来て! 興味本位で道を塞ぐバカがいたら、構わないから“ワルキューレ”でブッ飛ばしなさい!!」
「おう!」
「それから、――ルイズ!!」
「なっ、なによっ」

 キュルケはにやりと笑うと、言った。
「ここ最近であんた、随分といい女になったじゃない。さっきのやりとりなんか鳥肌モンだったわ」
 我がツェルプストー家の宿敵は、やっぱり、それくらいホネがないとね。
 そう言わんばかりの満足げな笑みを残し、彼女たちは行ってしまった。

「なんなのよ、あのコ……?」
 いつの間にか現れ、勝手に場を仕切り、まさしく嵐のように去っていったキュルケに、モンモランシーは呟いた。

 いや、この場に残ったのはモンモランシーだけではない。
 ルイズも、行かなかった。
 いや、正確には、動けなかった。
 いま一歩でも動けば、たちまちの内に泣き崩れてしまいそうだったから。
 だから、拳を握りこみ、唇を噛みしめ、深く目を閉ざし、大地に足を踏ん張った。
 でも、それでも、……次から次へと止めどなく流れ出す涙は、やみそうも無かった。


 モンモランシーが、懐からハンカチを取り出し、乳母のようにルイズの涙を拭う。
「モンモ、ランシー……?」
「ねえルイズ、――わたしの謝罪、受け取ってくれる?」
「――え?」
「わたし、随分ひどい事言ったわ。あなたにも、あの平民にも」
「……」
「だからと言っちゃ何だけど……謝罪させてもらっていい? これまでのこと」
 モンモランシーは、瞠目しているルイズに、照れたような笑顔を向けると、
「だってさ、見直しちゃったんだもの。――あなたも、あの平民も」
 彼女はそのまま、悪戯っぽく、こう言った。


「メイジとして認めたくないけど、――今回のサモン・サーヴァントで、一番のアタリを引いたのは、多分、いや確実に、あなたよ」


「サイト」
「え?」
「彼の名前。――サイトって、呼んであげて」
 そう言いながら、ルイズは微笑んだ。

 その端整な美貌がはじめて見せた、険のない、神々しいまでに美しい笑み。
(ルイズって、……こんな笑顔の出来る子だったの……!?)
 モンモランシーは、その、完成された一個の芸術品のごとき笑顔に、一瞬、目を奪われてしまう。
――そして、そんな自分を振り払うように、ルイズから目を逸らすと、
「とっ、とにかく、そういう事だから! じゃあ、わたし、医務室だっけ? うん、医務室行ってくるから! あなたも早く行ってあげなさいね!!」
 そう言って、駆け出して行った。


<フリッグの舞踏会終了から30分後>

 舞踏会の会場は、着々と撤収が進んでいる。
 つい三十分前まで、あれほどホールをにぎわしていた音楽も、参列者たちの会話も、給仕たちが新たに運ぶ食器の音も、もう何も聞こえない。
 あるのは、撤収作業を進める職人たちの、怒声のような指示や合図であり、巨大なテーブルや雛壇を動かす音であったりする。

 ルイズは、その喧騒の中で一人、ぽつんと壁にもたれていた。
 宴は終わったのだ。
 同級生たちは、もはや誰もいない。
 周囲を圧する可憐な美貌も、清楚にして瀟洒なドレスも、いまや何の意味も持たない。

 才人は、……とうとう現れなかった。
 そんなことは分かっている。当然だ。最初から承知しているはずだった。
 いくら彼でも、あんな身体で、日に二度も三度も無理が出来るわけは無い。
 今頃は、医務室のベッドの上で、うんうん唸っているのだろうか。それともぐっすり眠っているのだろうか。
 それでも、……彼に義理を立てて、誰とも踊らなかった事を、ルイズは全然後悔していなかった。
 口に出すのも、いや、胸の内に思うだけでも何か癪なので、素直に認める予定は永遠に未定だが。

 でも、それでもやはり、鬱屈したものを感じざるを得ない。
 才人は来ない。
 そう、理性で分かってはいても、それでも――、
『アイツなら、あるいは来てくれるかも知れない』と、そう願う心を止められない。
 でも、結局あいつはこなかった。

 仕方が無い。
 それはもう、仕方が無い事なのだ。
 だからもう、いつまでもクヨクヨするのは、よそう。
 綺麗なドレスを着飾った、今の自分を見てもらいたかったし、そんな自分が才人と踊るのを、他の連中に見せ付けたい。――そう思ったのは事実だが、しかしそんな事は、これから先、いつだって出来る。

 取り敢えず、医務室に見舞いに行ってやろう。
 もし、起きているようなら、この綺麗なドレスを見せ付けてやろう。そして、こんな可愛い御主人様と踊り損ねた哀れな男に、くやしかったら、一秒でも早く元気になりなさいと言ってやろう。
 そうだ。それがいい。
 手ぶらで行くのも、なんかアレだから、手付かずで残っている料理を少し、包んでもらおう。
 そう思った。

 頼んでから気がついたが、そのメイドは、品評会の後、校庭で倒れていた才人に、水差しを持ってきてくれた少女であった。シエスタと名乗った彼女は、快く承知して、まだ湯気の出ているパイとチキンを包んでくれた。
 パーティ会場から医務室のある塔までは、若干遠い。
 ルイズは急ごうと思った。
 もし仮に、たったいま才人が起きていたとしても、彼女が医務室に到着するまでの、わずかな時間内に、再び眠ってしまわないとも限らないのだから。
 ルイズは、肌寒い校庭を、薄衣のようなドレス一枚で横断するべく、駆け出そうとした。

 その時だった。


「なんだ。……行き違いにならなくてラッキーだったな」



 最初、彼女は自分が寝惚けているのかと思った。
 何故なら、ルイズの網膜は、ここにいるはずの無い人物の影を捉えていたからだ。
 引きつった笑顔を浮かべながら、剣を杖代わりにホール内に現れた、一人の少年。

「サイト――なんでここにいるのよっ!? ちゃんと寝てなきゃダメでしょうっ!!」
「仕方ねえだろ。火傷が火照って、眠れないんでな」
 そう言うと、才人はぶら下げたデルフリンガーをすらりと抜き放ち、地面に突き立てると、
「散歩ついでに、――どうだ? 一曲」
 そう言って、彼女に手を差し出した。

 何という、作法もクソもない誘い方だろう。
 やっぱり、このバカはわたしがいないと、ダンス一つまともに誘えない。
 仕方ない。本当に仕方のないやつだわ。だってコイツ、わたしがいないと何もできないんだもの。
 そう思ったルイズは、――しかし彼女は、自分の顔が緩みきっている事を自覚していない。

「照明は?」
「月がある」
「音楽は?」
「デルフが担当してくれる」
 え――マジ? 剣がそう言ったように聞こえたが、ルイズは聞き流した。
「タキシードは?」
「油田でも掘り当てたらな」
「キズは?」
「痛えよ。でも正直、昼間に比べりゃ大分マシになった」
「じゃあ、最後に――ジェントルマンのかっこいいキメ台詞は?」

 才人はそこで、言わなきゃダメ? とばかりに顔をしかめたが、ルイズに一睨みされると、こほんと咳払いし、

「美しいレディ。どうかこのおれと、ダンスを一曲、お付き合い願えませんか?」

 ルイズはにっこり笑うと、そこで初めて少年の手を取った。

「ええいもう、しょうがねえな、もう!!」
 デルフがいやいやながらも空気を読み、歌声を上げ始めた。
 意外な事に、低音の利いたその節回しは、それほど聴けないものではなかった。



 彼らは、今この瞬間に、姫殿下アンリエッタがルイズの部屋で待っている事実を知らない。
 また、その王女の訪問が、彼らの身を、のっぴきならない死地と苦難に招き入れることになるのだが、それも予想だにしていない。
 彼らの頭にあったのは、ただ、誰にも邪魔をされずにこのまま、踊っていたい。――ただ、その想いだけだった。

 月下に、少年と少女の、二人だけの舞踏会が始まっていた。


 <フリッグの舞踏会終了から2時間後>

「わたしに自殺願望はありませんが、しかし、わたしを殺す事は、貴方にとって多大なる損失をもたらすことになります。それでも構いませんか?」
「……損失?」
「はい。こちらとしても、貴方のご助力を願うからには、まさかタダで、とは申しません。それなりの報酬の用意があると、お思い下さい」

(ほう……)
 おもしろいな。――平田はそう思った。
 自分の“気”を、こんな涼しい顔で流せる男。受け流しながらもなお、次に何を言い出すのかが、全く読めない男。
 平田は、目の前に座る青年に、初めて興味が湧き出すのを感じた。
「いいだろう。話を聞かせろ」
「はい」

 青年は、自分のグラスをあおり、口を開いた。

「貴方が、サモン・サーヴァントにより、この世ならざる世から召喚された方だという事は存じております。しかし、その貴方を、元いた世界にお送りする方法があるといえば、どうです?」

 平田は、この貴族が吐いた言葉の衝撃で、しばらく何も言えなかった。
 しかし、青年は、なおも話を止めない。
「この世ならざる世と、ハルケギニアを繋ぐ唯一の門。それが“聖地”にあるとロマリアの伝承は伝えています。そして我らは、その“聖地”をエルフから、我らが手に取り戻さんと願い、集う者たち」

(……帰れるってのか……)
 平田の目は、すでにまじまじと見開かれていた。


「――それが我ら、レコン・キスタです」



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