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Mr.0の使い魔 第三十六話

 日の出前、まだ暗いうちにスカボローを出立する貴族派の軍勢。動員
されたのは町にいるうちの約一割、千人程度だ。残る九千と、他の陣に
控えた四万は、特に何をするでもなく宿舎で惰眠を貪っている。
 戦の話でたびたび言われる『攻撃三倍の法則』とやらに従えば、敵は
三百なので充分な動員数と言えるが、死を厭わない兵士は尋常ではない
力を発揮するもの。特にメイジにあっては、術者の精神状態が使う魔法
の効力に大きく影響する。優秀な指揮官なら「三倍強では不足」と考え、
さらなる増員を試みるだろう。
 ただし。今回の裏事情を知っている者は、三倍どころか半分でも過剰
だと判断するに違いない。例えば、ソファの上で大欠伸をするこの男の
ように。

「朝早くから御苦労な事だ」

 出撃のラッパで叩き起こされたクロコダイルは、忌々しそうに窓の外
を眺めた。鎧を着込んだ兵士や馬に跨がった貴族達が、足並みそろえて
ゾロゾロと通りを行進する。
 ワルドからクロムウェルの持つ力と、昨日の死体運びの理由を聞いた
クロコダイルにとって、この行軍は祭のパレードと何ら変わらなかった。
どうせ城には敵などいないのだ。朝早くから出陣するなら少人数で静か
に行けばいいし、宝を運び出す人足が必要ならもっと遅い時間にすべき
である。
 つまるところ、人が気持ちよく寝ているのを起こすな、という事だ。

「に、しても」

 半端に残った睡魔に目を細めながら、部屋の中へ視線を戻す。騒音が
耳に入っていないのか、二人の掛け布団はぴくりとも動かない。起きて
しまった自分が随分と間抜けに思えて、クロコダイルは顔を顰めた。
 もう一度外を眺める。相変わらず、蹄の音と靴音がざかざかざか——。

「旦那、起きたのかい? だったらちっとばかし話し相手に」
「寝る。どうあっても寝るぞ」
「あ、酷ぇ!」

 壁際からの非難にも耳を貸さず、柔らかい羽毛のクッションで両耳を
塞ぐ。いくらか静かになった事に満足して、クロコダイルは再度ソファ
に転がった。


 Mr.0の使い魔
  —エピソード・オブ・ハルケギニア—

     第三十六話


 夜の砂漠。白い月明かりに照らされた、荒涼たる死の大地。
 そのただ中を、一人の少女がとぼとぼと歩いていた。

「一体どこなのよ、ここは!」

 ルイズである。
 砂漠に放り出された事に気づき、誰かいないかと声を張り上げ、返事
がないので自分から探しに行こうと決めた。それがだいたい五分ほど前。
ずるずるとめり込む砂に転びそうになる事数回、未だに誰とも会わずに
歩き通しだった。
 くいと視線を上げれば、暗い空に煌々と輝く月一つ。
 そう、月が“一つしかない”。普段見慣れた赤と青の双子の月ではなく、
白く光る孤独な月。これを見れば、自分がどれだけ奇異な場所に連れて
こられたのか、嫌でも思い知らされる。

「冗談じゃないわ。わたしには、大事な任務があるんだから」

 萎えそうになる意思を叱咤して、ルイズはひたすら歩き続ける。この
砂漠には、声の届く範囲には、自分しかいない。来るかどうかも不確か
な助けを待ち、無為に干涸びるなんてまっぴら御免だ。


『行かせるものか』

 不意に、くぐもった声が響いた。ハッとして足を止めた途端、目の前
の砂が噴水のように立ち上る。咄嗟に顔をかばいつつ後ずさるルイズ。
10メイルほどの距離を離しながらも、ルイズは人間大に膨れた砂の塊
から視線を逸らさない。

「エルフ、じゃないわよね」

 さらさらと砂を流し、下から現れたのは灰色の石像。あの空賊の頭目
そっくりな姿は、何かの嫌味か。石像は宝石を埋め込んだ杖をぴたりと
ルイズに定め、口を動かさぬまま声を響かせた。

『貴様を、アルビオンへ行かせはしない』
「どきなさい!」

 虚ろな一つ目に睨まれたルイズは、しかし怯みはしない。任務を全う
するという強い意志、そしてそれを邪魔しようとする敵への不快感が、
彼女の心を鼓舞していた。こんなところで、倒れてなるものか。
 数秒、両者無言のまま時が過ぎる。

『否』

 沈黙を破ったのは、石像。

『誇りあるアルビオン王家の名にかけて、貴様はここで討ち果たす』
「何、ですって……?」

 ルイズは愕然とした。この不埒な空賊が、どうして王家などと言う。
確かに、貴族派に組する商船を襲ったのだから貴族派ではない。だが、
王党派に味方する理由など皆目見当がつかないのだ。アルビオンの現王
ジェームズ一世は、ある意味潔癖すぎるほど清廉な人柄で有名である。
過去、エルフが領内に潜んでいると知った時、エルフを匿っていた家臣
に死罪を申し渡したほどに。そんな人物が、いくら敵軍を攻撃するため
とはいえ、空賊と手を結ぶとは考えられない。
 思考を巡らすルイズに気づいたのかどうか、石像は再び語り始めた。

『私は、貴様達のような外道に屈しはしない』

 言葉を紡ぐ石像の表層に、ひびが入る。続いて、薄皮一枚を剥ぎ取る
ように、灰色の箔が音を立てて削げ落ちた。そこにはあの薄汚れた空賊
はいない。白磁の肌に黄金の髪、サファイヤの瞳を埋め込まれた流麗な
男の彫像。

「う、そ」

 否定したがるルイズの意識を、石像の無慈悲な言葉が打ち砕く。

『我が名はウェールズ、ウェールズ・テューダー。
 貴様達貴族派の手先に、大切な部下を殺された男だ』

 氷柱で貫かれたような寒気が、ルイズの背筋を奔り抜けた。思わず、
その場にがくりと膝をつく。歯の根が噛み合ず、耳障りな音を立てた。

(嘘でしょう……空賊が、殿下?)

 その部下を、ルイズ達が殺したのだ。クロコダイルとワルドだけでは
なく、自身も短銃で一人を撃ち殺した。甲板では失敗魔法の連発で何人
も痛めつけている。
 知らなかったから、などという言い訳は通用しない。あの時、ルイズ
は明確な殺意を持って、彼らを殺し、痛めつけたのだから。任務のため、
自分が生き残るために——手を取り合うべきウェールズとその部下を、
敵に回した。

『我らの魂ある限り、貴様達の卑劣な企みは断じて許さぬ』

 鈍い声に従うように、彼の後ろに幾つもの石像が立ち上がる。どれも
空賊のフネで見た覚えのある顔、ウェールズの部下達だ。無機質な石の
人形は、溢れそうな憤りを内面に押し込めているように見えた。

(天罰、かな)

 彼らを傷つけ、あまつさえ殺したのは、他でもない自分達だ。報復を、
制裁を声高に叫ばれれば、拒否する権利はないように思える。
 項垂れるルイズを前に、ウェールズの像が杖を掲げた。何かしら魔法
を使うのだろう。ウェールズの得意系統は風だと、以前聞いた事がある。
できれば、一瞬で終わりそうな【エア・ハンマー】か【エア・カッター】
がいい。

(【ライトニング・クラウド】は、痛そうだからやめて欲しいな)

 それすらも贅沢だろうか。最初の決意もすっかり霞んで、後ろ向きな
思考が脳裏を掠める。そして、杖が振り下ろされ——。


『くだらねェ』


 ごう、と風が唸った。石像の手から杖が巻き上げられ、空の上で踊る。
それも一瞬の事、続いて立ち上った細く鋭い砂嵐が、杖を木っ端微塵に
打ち砕いた。
 思いもよらない一撃に全員の動きが止まる中、ルイズと石像達の間に
新たな砂の像が現れる。不規則に揺れ動く砂の塊が、ルイズの見慣れた
背中を形作った。

『随分と情けねェ格好だな、ルイズ』
「クロコ、ダイル……」
『おのれ、悪魔め! 私を、皆を殺しただけでは飽き足らぬか!』

 ルイズの心臓が、どくんと跳ねる。

(クロコダイルが、ウェールズ様を、殺した?)

 目を見開くルイズをよそに、クロコダイルを象った砂は不気味に鳴動
した。ウェールズを嘲笑っているようだ。

『ふん、あれはてめェらの自業自得さ。弱いくせに、おれの邪魔をしたのが悪い』
『何を!』
『文句があるならかかって来い。二度目の地獄を見せてやる』

 途端に、石像達が魔法を放った。火、氷、雷、岩……様々な魔法が、
怨敵を討ち取ろうと飛んでくる。後ろでその光景を見ていたルイズは、
思わず喉を引きつらせた。

『足りねェな』

 唐突に、濃密な砂の壁が出来上がる。ぼすんぼすんと鈍い音を響かせ、
全ての魔法が分厚い盾に受け止められた。
 その砂が落ちるより早く、クロコダイルが右手を大地に押し当てる。

『【砂漠の向日葵(デザート・ジラソーレ)】』

 大地が揺れた。
 ただの地震ではない。砂の壁が崩れ、向こう側の様子が露になると、
ウェールズの部下達が巨大なすり鉢に引きずり込まれていたのだ。人間
以上に重い石像だからか、魔法を唱える暇もなく砂の中に沈んでいく。

『流砂は初めてか? 砂漠ならではの棺桶だ。せいぜい堪能してくれよ』
『おのれ……!』
『さて、王子様。てめェも大人しく、あの世へ』
「待ちなさい!」

 不意の命令に、クロコダイルがゆっくりと振り向く。目玉も何もない
顔は見るだけで怖気が奔ったが、それでもルイズは意を決して彼を問い
質した。

「あんた、ウェールズ様を殺したって、本当なの!?」

 この質問が無意味な事ぐらい、ルイズにもわかる。ウェールズ達は既
に死んでおり、クロコダイルを止めても彼らが生き返る事はない。
 だが。ここで聞かなければ、この先真相を知る機会は二度と来ない。
そういう確信がルイズにはあった。クロコダイルが正直に答えないかも
しれないが、それでも今しかなかったのだ。

「答えなさい、クロコダイル!」
『……ああ、そうさ』
「ッ、どうして!?」
『任務の邪魔になったからだ。てめェだって、邪魔をした空賊を殺しただろう』

 ナイフを突き立てられたような胸の痛みに、ルイズは息を詰まらせた。
 入れ替わりに、ウェールズが怒りに満ちた声で吠える。

『貴様の下衆な任務の為に、私の部下を犠牲にしたのか!』
『そうさ。アルビオンに行って手紙を取り返すには、てめェに殺される訳にはいかねェからな』
『取り返す、だと!?』
『一つ断っておくが、おれ達の任務は手紙を元の送り主に返却する事だ。
 貴族派の連中に渡そうったって、あんな紙切れ一つじゃ交渉材料にもならん。
 それに……アンリエッタ姫直々の依頼を反古にしたとあっては、流石に人聞きが悪かろう?』

 バキン。
 甲高い音にルイズがそちらを見ると、石像の右手が肩の辺りで砕けて
いる。がたがたと震えるのは、動揺しているからか。

『馬鹿な……では、我々のした事はなんだと言うのだ!?
 貴様が、アンリエッタのために働いていたのなら、我々が戦ったのは』
『全くの無駄さ。てめェの死も、勝手な思い込みの結果の無駄死にだ』

 辛辣な言葉を並べたクロコダイルが、ふとルイズに顔を向ける。

『なぁ、そうだろう? おれ達は空賊だと思ったから抵抗したんだ。
 最初から王子様だとわかってりゃ、何も殺さなくてもよかったのに』
「それは」
『最初に二人殺した時点で、向こうが聞く耳持たなくなったのは当然だろう。
 だが、おれ達が動くより先に釈明していれば、手を止める事もできた』

 パキン。
 また、音が響いた。今度は石像の左手が砕けている。

『いいか、ルイズ。先に商船を襲ったのは、仕掛けて来たのは、連中だ』

 パキン。
 右足が付け根から折れ、石像が大地に転がった。

『チェスと同じさ。最初の一手で連中が行動し、次の手でおれ達が動いた。
 その一手目を連中はしくじったんだ。おれ達が気にする事じゃねェ』

 確かに事前の断りが一言でもあれば、彼らが王党派だと先にわかって
いれば、殺戮劇は起こらなかった。ルイズがこんなに思い悩む事もなく、
書簡を渡して手紙を受け取り、丸く納まった筈。それらが全て台無しに
なったのは、最初にウェールズ達が、空賊としてフネを襲ったからでは
ないのか。

(そう、よね。わたし達は、空賊だと思ったから戦った)

 ルイズの考えは、一概に間違いとは言い切れない。
 だが、あくまでこちらの主観による判断であり、向こうには向こうの
言い分があるという事を、この時ルイズは失念していた。

『私は、私は……!』

 パキン。
 残った石像の左足も、粉微塵になる。

(仕方がなかったのよ)

 ルイズは、既に動く事もままならない石像を無感動に見つめた。事が
終わってしまった今、真相を究明したところで何か変わる訳ではない。
 そもそも、手紙を取り戻すのはゲルマニアとの同盟を御破算にしない
為である。仮にウェールズを助けたとしても、それは同盟締結の邪魔に
なるばかりだ。ウェールズ皇太子とアンリエッタ姫が単なる親戚以上の
仲であろう事は、二人の、少なくともアンリエッタの様子を見ていれば
すぐにわかる。
 結局、ウェールズ・テューダーという一個人は、トリステインという
国の益となる可能性はほぼ皆無。で、あるならば、皇太子にはまことに
申し訳ないが、ここで消えていただく方が得策であろう。

「申し訳ありません、ウェールズ様」

 石像に杖を向け、一言断りを入れる。いくら石像だと、まがい物だと
わかっていても、王族に杖を向けるのは抵抗があった。
 だが、これはけじめだ。こんな“夢の世界”で、余計な時間を浪費した
自分への。下らない事にこだわっていた自分への。不要な未練を、弱い
心を、自らの手で断ち切らなければならない。
 使い慣れた呪文から一つ、【錬金】を選んで詠唱する。ざわざわと、
空気が震えるのを肌で感じた。それとは逆に、心の内は全くの冷静沈着
である。暴風にも揺るがない鉄や、嵐を受け流す木の葉とは違う感覚。
揺らぐ大気すら存在しない、ひたすら空虚な“無”という事象が広がって
いるようだった。
 キン、と杖が冷たく光る。

「さようなら」

 閃光、轟音。
 石像を粉砕してなおあまりある威力の爆発に、ルイズの視界は純白に
塗り潰された。


   ...TO BE CONTINUED

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