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虚無のメイジと、吸血鬼-02


 口付けは、長くて短かった。ルイズが感じたのは柔らかく、暖かい感触。

 ――吸血鬼だって言うから、もっと冷たいと思っていたのに。

 意外なくらい温もりに溢れていて、瑞々しかった。少し、羨ましくなる。
 実を言えばルイズ自身も負けてはいないのだが、そこは隣の芝生は青く見えるという物。
 どちらともなく唇が離れていく時に、不覚にも、もう少し――などと思ってしまったほどだ。
 契約の口付けが、終わる。

 周囲はまた、沈黙に包まれていた。
 吸血鬼と言う危険な存在が、こうも簡単に人間との契約を結んだ事への驚きに。
 何か裏があるのではないか、と思っている者も少なからず居る。
 それだから、フィオナが左手を掲げた時に一瞬空気が硬化したのも無理はないだろう。
 心配性な何人かは、振り下ろされた左手がルイズを叩き潰すのではないかと思ってしまったほどだ。
 見てみれば、そんな事は到底出来そうにない、たおやかな腕だったと言うのに。
 その左手に、淡い光が走って紋様を描いていく。使い魔のルーンだ。
 それを興味深そうに眺めながら、フィオナは我が左手にそれが刻まれていく熱さを享受していた。

「なるほど、これが使い魔の契約と言う物ですか」

 己の左手に紋が刻まれる事など、何程の事でもなさそうな様子で零された言葉。
 神経質な女性ならば己の肌に刺青でも刻まれようものなら、怒り狂うかもしれない。
 自分も、知らぬ間にそんな事になれば気に入らないとは思うだろう。
 しかし、彼女が私を使い魔にすることを望み、自分は使い魔になる事を受け入れた。
 その結果としてルーンが刻まれるのならば、それは致し方ない事だ。
 それよりもこの感じた事のない感覚と、我が身に刻まれる紋様の意味を知りたかった。
 自分の精神を縛るような効果があるとしたら、不愉快極まりない事だ。
 今の所、意味知覚にその様な効果は捉えられていないが、用心するに越した事はない。

「ミス・フィオナ。少々、宜しいですか?」

 そう考えていた所に、言葉が掛けられた。ゆっくりと振り向けば、表情を強張らせた中年の男性の姿がある。

「……ミスタ・コルベール?」

 怪訝そうな己の契約者の声。
 契約をしたから安心だと思っているのだろうか、フィオナはその声に混ざった幾許かの安堵を感じ取った。
 だが、目の前の男性はまだ安心できない、とそう思っている。成る程、自分は吸血鬼である。最もな事だ。
 フィオナはルイズに手だけで少しだけ待っていて欲しい、と示し、艶然と微笑んだ。

 未だ杖を構えたまま、コルベールは『それ』と対峙していた。
 吸血鬼は強力な力を持った、狡猾な妖魔だ。それが人間との契約に応じたという話は、今までに聞いた事がない。
 あくまで可能性の話だが、その力を以てコントラクト・サーヴァントに抵抗しているかもしれない。
 見せ掛けのルーンによって安心感を与え、学院に侵入して内部より破滅させていく――最悪の光景が、脳裏に
映し出されている。契約を止めさせるべきだった、と、驚きで決断の遅れた自らを、コルベールは悔いた。

「信用出来ませんか?」
「……出来ませんな」

 目の前の”それ”から微笑と共に投げ掛けられる問いに、短く答える。
 それですらも隙を作る要因に思えるのだから、今の自分の緊張は並大抵の物ではないのだろう。
 吸血鬼は、取り付く島もない返事を予想していたと言うように、微笑を崩さない。
 その唇が微かに動いた時、己の教え子が自分と吸血鬼の間に飛び込んで来ていた。

「ミスタ・コルベール!使い魔との契約は神聖な儀式だと教えてくれたじゃありませんか!例外は認められないと、
 それだけ神聖な儀式なんだと!彼女は、もう私の使い魔です!何かあったら私が責任を取ります!だから――」

 生徒の必死な様子の理由が、コルベールにはしっかりと理解できる。
 魔法を成功させた事のないルイズの初めての成功の証、それが目の前に居る使い魔なのだ。
 それがなくなってしまうかも知れない。失敗だったと言う烙印を押されてしまうかもしれない。
 強大な使い魔という一筋の光明に、ルイズは縋っているのだろう。
 尚も必死に言い募ろうとする彼女をそっと押し留め、コルベールは考える。
 確かに、彼女の言う通りだ。春の使い魔召喚の儀式は、それだけ大切な物だと自分は教えた。
 使い魔のルーンは刻まれている。その様子は、しっかりとこの目で確認した。
 ――そこでコルベールは一つの魔法を思い出した。
 ディテクト・マジック――探査の魔法なら、使い魔のルーンの真偽を確かめられるのでは?

「ミス・ヴァリエール、後少しだけ、時間を貰えるかな?」

 結果だけ言おう。コルベールの提案と説明を、フィオナはあっさりと受け入れた。
 ディテクト・マジックの結果、使い魔のルーンは真であると判断され、ルイズはフィオナを正式に使い魔とする事とあいなった。
 ルーンを刻まれた使い魔は、主に対して幾分か従順となる。保証書としては寂しいが、それはこの決断をコルベールにさせた要因の
一つなのは間違いがない。何はともあれ、当面の問題は去ったと言える。
 イレギュラーな事態はあったが、春の使い魔召喚の儀式は何とか無事に終わったのだ。
 その事に、コルベールは人知れず安堵の息を吐いた。
 緊迫した雰囲気に萎縮していた生徒たちも、段々と普段の雰囲気を取り戻してきている。

「さて皆、教室に戻ろうか」

 そして、儀式の終了を告げるこの言葉で、トリステイン魔法学園においてはお馴染みとなった光景が繰り返される事となる。
 詰まる所が、『魔法を使用できる生徒たちがルイズを馬鹿にするという一連の流れだ。
 コルベールに追従し、空を去っていく生徒たちを見送って――もとい、睨みつけてからルイズは一つ溜息を吐いた。
 自分の使い魔は、今の光景を見てどう思っただろうか。ただでさえ、吸血鬼と言う強大な力を持った相手だ。自分が彼女の主である、
と言う事に疑問や失望を抱いてしまったりはしないだろうか。
 希望と絶望は表裏一体。抱いた希望が大きいほど、やってくる絶望もまた大きい。
 ゼロと呼ばれる彼女にとって、隣にいる自分の使い魔は、大きな光明だった。
 使い魔との契約が成功した。それは魔法が使えた、と言う事の確かな証明。
 それも、相手は強い力を持っているであろう吸血鬼だ。メイジの力量を見るには、使い魔を見ろと言う。彼女の存在こそが、自分の秘めた力を示してくれていると、そう思えるから。
 だからこそ、不安も大きい。使い魔が抱いた自分への想い、それへの不安は心を鈍く疼かせる。

「とりあえず、私の部屋に連れて行くわ。その後は、部屋で待っていて」
「ええ、分かりました」

 その不安が声に乗っているのが、自分でも分かった。高まる不安。答えが返ってくるまでの時間が、酷く長く感じられる。
 そんな、ルイズの耳に届けられたのは涼やかな声。暗い何かを含んではいない。安堵が、心に満ちていく。
 ―――大丈夫、私は失望されてない。

 そう思ったからだろうか。何処となく嬉しそうにルイズは歩を進めていく。
 そんな己の主を、付き従うフィオナの紅の瞳が、興味深そうに見詰めていた。


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